2009 / 11
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プータロウといえども、自分も含めて困難を抱える方たちを見てみぬ振りがどうしてもできないゆきんこ。

ダンヨガの特別プログラムの後は、とてもだるくて気分が悪くてたまらず、
早川先生の講義が終わると、総会をキャンセルして即行で帰宅し、布団に臥せった。
特別のエクササイズの痕跡に鎖骨の下には痣があるし、両手のひらから肘にかけて、
ビンビンと夜中も震えていた。

それでも、翌朝は必ず、老いた母が母親業を怠らず、布団を引っ剥がす。
だから、昨日の同い年の男性のような暮らし振りは、母と同居のうちは絶対に許されない。
気だるさが全身に残るものの、午後からの目的に備えることにした。

12時30分ごろ出発して1時間かけて到着したのは、5駅向こうの隣のN市。
わんわんコミュニティの代表Hさんのお誘いで、わんわんふれあい活動を見学させてもらった。
そもそも普通の主婦で、普通の愛犬家だったHさんが、愛犬のぷうちゃんを飼うことで、
多くの方々とふれあいで社会に貢献したいと活動が徐々に広がって4年目を迎えた。
今日は午後2時から、Hさんたち5名の愛犬家グループが、市内の子どもセンター内の小さな遊び場で、3歳未満の未就園児たちとその母親たちを対象にワンちゃんとのふれあい活動を行った。
集まったワンちゃんは4匹。
トイプードルのぷうこちゃん、コッカースパニエルのななちゃん、ヨークシャテリアのさくらちゃん、
シーズーのココちゃん、のガールスだ。

オレンジ色でHさんのオリジナルデザインのロゴ入りブルゾンでかっこよくきめた子育てママさんたちが、入念な事前打ち合わせを行った。

子どもセンターから、10組ほどのよちよち歩きの子どもたちとお母さんたちが出てきて集まった。
司会の飼い主さんが、はじめにカンタンなイヌとの挨拶を話して、いざ、ふれあいタイム。
イヌにとっては、子どもがどんな行動を起こすか、実は恐怖極まりない体験。
しかし、ヨークシャテリアのさくらちゃんなどは飼い主さんの顔をじっと見て、子どもたちに抱かれたり
触られたりするのを容赦している。
イヌは本当に賢くて忠実だなあ〜と感動した。

3歳未満といえども、十人十色でイヌに対する反応さまざまだ。
男の子のなかには、イヌより滑り台、砂場など、関心を示さなかったり、走り回ってばかりで母親が後追いしては捕まえていた。

草を食べさせたり、リードを引っ張る加減がわからず、イヌのかかわりがまずくて乱暴そうな子どももいた。
その子にお母さんが「ダメ!」と叩いた。

親子が去ったころ、活動を労ってセンター長がお茶をふるまってくださった。
「私は、結構です。メンバーではなく今日は見学に来ました。」
「どうぞ、遠慮なく。ここでお会いしたことが嬉しいんですよ。」
「ありがとうございます。・・・実は、私は元保育士で、保育士時代から動物とのふれあいに関心をもっていまして、こちらの愛犬家の皆さん方と知り合いました。」
「そうでしたか。では、これからも子どもセンターにいらしてください。今も現職ですか?」
「いえ、カラダを壊しまして・・・障がい児や被虐児の対応でバーンアウトしました。」
「それは大変で辛い思いをされましたね。尚のこと、このセンターに来てリハビリされたらどうですか?」
「そうおっしゃっていただけて、ほっとしました。またお伺いしたいです。」
「これも何かのご縁ですよ。あなたお名前は?」
「ゆきんこです。」
私よりも小柄なエプロン姿のセンター長のあたたかいことばが胸にしみこむようだった。

反省会では、愛犬家のメンバー同士で対策をどうするかの反省会で話題に上がった。
「やっぱり、教えてあげないといけませんよね?」
私に目を合わせて意見を求められた。
「私は、評論家でも何でもないですが・・・自分の経験ではイヌと小さい子どものかかわりや躾はよく似ていると思います。でも、皆さんは、子どもとイヌとどちらが躾け易いですか?」

「そりゃあ、イヌは冷静にかかわれるんだよね・・・?」
メンバーは苦笑いで、暗黙にイヌであることをほのめかした。

解散して、Hさんは私と特別に話す機会を残してくれた。
駅前に自転車を停めて、バス停のベンチで1時間あまり談話した。
「ゆきんこさん、どうして何者でもないといいながら、不登校や障がいのある人とのつながりをもっているの?」
「どうしてだろう?歩いていたら、勝手に出会って仲良くなっていたという感じ。」
「私もイヌを飼ったと同時に気がついたら自然にふれあい活動をしていて、その延長上に障がい児や困っている人たちとかかわるようになったの。でも、全然知らないから、ゆきんこさんにいろいろ教えて欲しいわ。」
「私も、障がいを持つお子さんとのかかわりから、イヌに関心をもって、こうしてHさんと会えたことを嬉しく思ってます。これからもHさんと一緒に活動したいから、仕事はN市に見つけてHさんのご近所に引っ越して、イヌを飼いたいよ!親離れも私の課題だしね。」

出会ってまだ1ヶ月あまりのHさんが親身にゆきんこの近況や、これまでのこと、将来のことまで
話を聴いてくれるのが何より嬉しかった。
Hさんだけではない、ショルダーバッグの中では、目をくりくりさせてぷうちゃんも傾聴してくれていた。

「GWどうするんですか?」
「私はキャンプ。ゆきんこさんは?」
「私はフジパンの工場でチマキの短期バイトです。キャンプ楽しんできてくださいね。」
二股の交差点で、Hさんと別れてツツジの咲く川沿いに自転車を走らせ帰路についた。



昨日23日(日・祝)もやや肌寒い空気を感じつつ、早起きして終日、ボランティアに勤しんだ。
昨日は、H市役所前の通りでNPOフェスティバルが開催され、既に今月の初めから予定が入っていた。
午前中は、ホースセラピー牧場が出展する公園エリアで、スタンプラリーの担当。
約50名くらいの市民のみなさんにスタンプを押してもらった。
フェスティバルが始まる10時前に一番乗りで来てくれたのは、旧友のTちゃんと息子のKくんだった。

午後は、別の子育て支援グループのNPO主催のアンデス音楽祭の受付係り。
参加者にグループ別に着席してもらうため、4色のカラーガムテープを名札代わりに肩に貼り付けてもらった。

親子連れの参加者たちは、数曲のアンデス音楽を鑑賞したあと、ワークショップを体験した。
実際にボンボ・ケーナなどの民族楽器の試演奏やダンスを練習し、最後に全員で合奏してフィナーレという賑やかなプログラム構成だった。

電話で誘いをかけてくださった元家庭教師先のTさんと二人の息子さんFくんとTくんにも3年ぶりに再会した。
すっかり背が伸びた二人は、私のことをもう忘れただろうかというくらい、初めはよそよそしかった。
でも、演奏会の後片付けで会場がバタバタしだすと、退屈紛れか、弟のTくんが寄ってきて会話やその場の遊びに誘ってきた。
Tくんは3年前の私との数回の学習内容を記憶に留めていた。
「ゆきんこさんの家、M町?M町ってどこ?」
「今度遊びにくる?」

すっかり日暮れになって、打ち上げパーティーを催す喫茶店に移動した。
アンデス音楽の主要メンバーに混じってほとんど部外者のゆきんこも飛び入り参加させてもらった。
ペルー出身の日系の男性や、その家族・友人、そのまた友人・知人のつながりの20名が小さい喫茶店を占領した。
全くのアットホームな不思議なメンバーだったけど、共通点は南米文化つながりでその場ですぐに
フレンドリーな笑顔と音楽・そしてエキサイティングな踊りが飛び出してくる味わったことのない独特の雰囲気だった。それでいて、緊張感がなく居心地もいい。

気がつけば、ゆきんこはやっぱり自閉のFくんの傍にいた。
「Fくん、おはし使うの上手だね。」
Fくんの円らで空ろな瞳は私とアイコンタクトしないけど、こんな騒然とした場所でも
彼は、淡々とそのムードを楽しんでいる仙人のような佇まいで私の横に座していた。

3年を隔ててもTくん・Fくん兄弟が私を受け入れ信頼してくれたことが一番嬉しかった。


去年の勤労感謝の日は、確かどこへも出かけず論文をたった独りで書いていた。
一昨年は、重要人物殿とお目にかかった。
来年はどうしているだろう?


午前中、国会中継を視聴しながら、自分を見つめなおしたら、次第にお出かけモードになった。
午後1時には、先月から出没し始めたホースセラピー牧場に顔を出した。

ここのスタッフもボランティアも癒し馬のファンだから、みんな気さくでフレンドリー
毎週出没しているだけなのに、ゆきんこの新顔も次第にお馴染みになってきた。
そんな私に6月からボランティアを始めたというYさんも、
「ずっと前から知っているみたい」
と評してくれた。

スケジュールでは、ポニー2頭の馴致の後に、8日の午後にはH小学校を訪問することになっていた。
あいにく、当日は終日雨で、キャンセルとなったとスタッフのGさんから聞いた。

今日は、ポニーは牧場でお留守番。
女子中学生の実習のお相手があるそうだ。

出発までのほんの束の間、引退競走馬のサラブレッドのカシューにニンジンをやった。
馬の唇は肉厚で手のひらでもごもごとニンジンをつままれた。すると少し唾液でぬれた。
大きなつぶらな瞳を覗き込んで、独り言と判別つかない語りかけをした。
「競走馬だったなんてすごいね。そして、今度はセラピーホースとして人を癒してくれるなんて
ほんとお疲れ様・・・」

午後1時30分、ポニー抜きで12月に訪問依頼を受けているN小学校へと徒歩で下見にでかけた。
歩きながら、Yさんから馬の特性について詳しい話しを聞くことができた。

競走馬は、ビジネスライクに仕立てられた走る目的で産み育てられるそうだ。
そのため、普通のギャンブルと違って賭けるお客は、馬の出身地やその両親、馬主、などなどを
考え合わせるのに頭を捻るとか。
馬主が、馬の引退の時期やその後の生死まで決めてしまう。
たまに、赤い目の白馬も生まれるそうだが、見た目に美しい白馬は突然変異だから、
脆弱性をもっている。
最近、「ユキちゃん」という白馬が、それにもかかわらずダービーで優秀な成績を上げているということで人気を集めているそうだ。

N小学校に着いた途端、私は感想を述べた。
「ふ〜ん・・・なんだか、サラブレッドの生涯って切ないな・・・
人間社会の縮図って感じですね。私だったらどんな馬でも子どもでも分け隔てなく
かかわりたいけどね。」

帰りは、ゆきんこのナビゲーターで母校であるK小学校経由で牧場まで戻ることになった。
「こんにちは。来年、訪問させていただきます。今日は下見に来ました。」
Gさんが校門前で門番の男性に挨拶した。

馬の学校訪問の依頼は、教育委員会を通して今年に入って複数の小学校から依頼を受けているらしい。
「幼稚園にはいかないんですか?」
「あんまり、範囲を広げると対応できなくなるんでね。」
「それにしてもK学校の坂は急ですね。」
「でしょ?起伏は多いですね。地図ではわからないでしょう?丘がつく地名が多くて昔、仁徳天皇稜並みの大古墳があったと考えられているんです。
でも、住宅地になってしまったから、発掘されていないんですよ。」
「いつ頃かしら?」
「多分、奈良時代より前ですね。600年代かな?この辺は天皇の縁の地名も多いです。」
「ふ〜ん。」
「この坂、お馬さん大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫、大丈夫。」

子ども時代を過ごした故郷をスタッフやボランティアのみなさんに案内できて、とてもルンルン気分だった。
実のところ、子ども時代は、憂いと悲しみ色に染められてはいるが・・・

帰ってきたら、所定の用紙に感想や反省点を書き込んだ。
総じていえば、車や人通りが少なくて安心して馬の馴致ができそうだというものが多かった。

馬の視界は真後ろが見えない他は350度と広範囲だ。
草食動物で怖がり。だから、天敵を遠くから一望して察知し、すぐに逃走できるようなしくみになっている。
馴致のときには、車のクラクションや傍で手綱を引く人間に視界をさえぎされ、おっかなびっくり
外へ出る。
舌は鈍感で甘いと苦いしかわからない。
耳はよく聞こえているけど、人間のことばはよくわからない。
低くて安定した音声だと安心する。
こわがっている人間に過敏に反応して、こわがる。

「ふ〜ん、そうやって馬の話をじっくり聞くと、犬とはどこが違うんだろう?
人間とはどう違うかなととても勉強になりました。
私は障害児・者の方々とのかかわりが多かったですが、やっぱり共通点はあるように思いました。
馬と人間なら、人間が後から進化して出てきた種ですよね。ということは、人間らしい前頭葉が機能していない障害のある方々には、人間の祖先にあたる動物と同じ本能部分で似たような特性を示すことがあるんです。

例えば、馬のとてもこわがりであるという特性。
記憶力がよくて一度いやな経験をすると、2度と同じことをしようとせずに、同じ場面に遭遇すると驚いてしまうということは、自閉症のフラッシュバックに似ているんじゃないかな〜?」

「へえ〜、そうなんですか?」

「私、馬のことはわからないけど、人間はいろいろかかわらせてもらってきましたから・・・
Yさんの馬のお話、とても楽しかったです。」

「こちらこそ、よければ、馬の本をお貸ししますよ。」

「ありがとうございます。」

Yさんは結婚して2年目ということで同じミセス同士でこれからも話題はたくさん共有できる気がした。
牧場の隣には宿泊もかねたセミナーハウス「癒しの家」がある。
Yさんの案内で今日はここにも初めて入らせてもらった。
この癒しの家は、なんとモデルルームを寄贈してもらって移築したそうだ。
こじんまりした新婚向けの真新しい柿渋の白い壁が、何とも初々しい。

スタッフによると、ホースセラピー牧場のそもそもの候補地は、なんとPさんのご近所だったというから
あまりにも奇遇であることに驚いた。
更に驚いたのが、リーダーのGさんの故郷というのが、ゆきんこが昨年、一時独立して論文を書いていたK市内の100メートル以内のご近所だったという話で、
馬にはこんなに人を引き寄せる癒しパワーがあることを実感した。
Gさんには、ゆきんこが海外旅行のついでに乗馬を楽しんだ話も聞いてもらった。
すると、大学では畜産の専攻だったというGさんは、ワーキングホリデーで牧場経験をしたいと考えていたそうで、実に興味深くゆきんこの話に傾聴してくれた。

「グリーンバレーを知り合いに紹介しました。
乗馬クラブでライセンスとってもそれを生業にすることは庶民には難しいです。
ただ馬と触れ合うというニーズは全国的にもきっとあると思うんです。
私がボランティアで出没しているのがすごく羨ましいって。」

「馬って、別に家でペットにしたって全然、構わないんですよ。お世話ができれば。」

「昔は飼っている人結構いたのにね。」

「でも、今の住宅環境じゃ、それも難しい。人間だっておかしくなってますよね。」

「日本って海外に比べると人の住環境も牧場の規模も偏狭だなとつくづく思う。」

「海外志向の人は、一度は留学とか移住とか考えるけど、日本を捨て去って永住まではなかなか
踏ん切りつけられない。帰国したときの受け皿も日本人なのにお粗末ですよね。
JAICAなどでも経済効果のあるボランティアなら帰ってきても企業に収まれるんですが、
そうでない分野は、帰国後の生活がビンボウになってしまうリスクがあります。」

宣伝チラシを4枚持ち帰って、別れの挨拶をした。
「明日、友だちに会うので宣伝しますね。私、口コミが得意みたい。」

どんなに楽しくてもボランティアじゃ生きていけない。
もう子どもじゃないから、誰もパトロンになどなってくれない。
平日の日中、ボランティアできる女性たちは「当然、専業主婦」なのだ。
でも、私は違う。

好きなこと、夢中で注ぎ込める情熱をなんとか、お金に還元できないものだろうか?
私の人生もキャリアも愛情も全てが無償なら、そのうち底をつくのは目に見えている。
日本社会は一体いつまでお人よしの「癒し屋さん」を奴隷にしているのだろうか?
まるで宮沢賢治の「オツベルと象」と同じじゃないか?
いや、ここのボランティアのむごいのは、こちらが身銭を切ってお馬さんにかかわらせてもらって
いるのだ。

私はそんなに貪欲でもビジネスライクな人間でもない。
「認認介護」よりましだというギリギリラインで必死に笑顔を作っている。
そして、夜中に象はとうとう叫ぶ!

「苦しいです。サンタマリア・・・」

昨夜は、テレビの映画放送で「南極物語」を見た。
1983年の作品で、随分時間がたった気もするし、ついこの前のような気もする。
作品中に夏目雅子が存命していて、荻野目慶子もすっかりオバサンになっているから、やっぱり時の流れは感じるなあ。

そういう中途半端な年代の私も、ボランティア相談員がそこそこ板についてきた。
今日は終日、午前10時から午後6時までを電話ブースのなかで過ごし、
ひっきりなしの相談に応じていた。

まずは、常連相談者から10時きっかりに立て続けに電話のベルが鳴った。
「おはようございます。」
「え・・・と、服はどこで買いますか?百貨店とか?」
「さあ、人によると思いますが?」

「禁煙して一ヶ月半になります。」
「どうやって続けてるんですか?」
「禁断症状が出てきたら、飴を舐めたり、ガムを噛んだりしています。」

正午になって、ちょっと外出させてもらい、総合福祉施設の福祉図書
コーナーに絵本を借りに行った。

こんなに安らかで居心地のいい場所(…といってもそれは私だけかもしれないけど)があることを市民の何人が知っているだろう。

「こんにちは。絵本を借りに来ました。」
「こんにちは。」
「Uさん、質問ですけどね、小学校1年生のとき、算数は得意でしたか?」
「はい。得意でした。」
「どうやって勉強しましたか?」
「プリントの宿題を家でしていました。」
「ふ〜ん。私、家庭教師をしているのですが、算数をどうやって
教えようかなと思ってね。」
「・・・・」
「あ、子どものころにどんな御伽噺や昔話を読みましたか?」
「金太郎を読みました。」
「他には?」
「・・・・、こぶとりじいさん。」
「こぶとりじいさんね。なるほど、ありがとう。」

Uさんの意見を参考にTくん向けの教材を探していると、休憩時間を
済ませて、ペアの女性が戻ってきた。
お互い存在を知っていたが、女性と話をしたのは初めてだった。
「こんにちは。また来ました。」
「こんにちは。よくきていらっしゃる方ですね。」
「あら、私の声でわかりますか?そういえば、ニュースで聞いたのですが、耳の聞こえとか速聴に鋭敏になるそうですね。声がどの辺の距離から聞こえてくるのかわかるんでしょう?」
「ええ。わかります。」
「この前、家の近所の交差点で、すぐそばにポールがあって、信号が
青なのに、目の前に横断歩道を遮って、大きなダンプカーが止まっていました。危ないので白い杖の女性に声をかけたんですが、音を聞き分けて、ぶつからないように立ち止まっていらっしゃってすごいな〜と思ったんです。」
「そんなことがあったんですか。」
「雨の日は聞こえ方も変わるんですってね。」
「ええ。雨の日は全然聞こえなくて、怖いですね。」
「盲導犬は使わないんですか?」
「私、イヌが怖くて、傍で吠えられたことがあるんです。」
「ああ、イヌがこわいと使えませんよね。イヌも匂いを嗅ぎ分けて
イヌが好きな人かどうかがわかるんですよね。
算数はどうやって覚えるんですか?」
「書くと、量が浮き上がってくる特殊な紙を使って、触角を頭の中で
イメージして覚えていくんです。」
「じゃあ、普通に覚えるのと同じですか?」
「そうですね。」
「ある視覚障害者の方の話を思いましましたが、色だけは想像が難しいと。」
「ええ、私も生まれつき見えませんから、話を聞いてイメージで覚えていますが、色も混ぜ合わせたり複雑なものはわかりません。子どもの頃
塗り絵をしましたが、クレヨンは持った感じではどの色も同じですから。」
「ああ、赤は血の色で、白は牛乳の色」
「ええ、想像はできます。」
「形や重さとか、長さは触ってわかるけど、色はどうしてもね。」
「そうですね。」
「どうも、ありがとうございます。」
「いいえ、また来てくださいね。」
「ええ、また来ます。ここも居心地よくて広々していていつもきれいなんですけど、初めの頃よりは、少しカーペットも傷んできてますよ。」
「はあ〜、そうですか。」

自分でも気がつかなかったが、彼女は随分前から声色を聞き分けて、
私を知ってくれていたようだった。
それなのに、今日の今まで、会話しなかっただなんて。

電話相談も、顔の見えない声だけのやりとりで、どこの誰だかわからないという匿名の気軽さで、深刻な話の中にも笑いが飛び交うこともある。
「お久しぶりね。」
「はい。私の声を覚えていらっしゃいましたか?」
「ええ。1年ぶりくらいかしら。ちょっと相談したいことがあって。」

この頃は世相を反映して金銭や経済的なトラブルの話もあったり、
自分の許容量を超えた相談内容など多岐に渡ってきたが、
それも、自分自身の辛酸舐めた体験が、何となく効を奏してくる確立が
高くなってきた。

トイレに行く時間もなく、ずっと電話の向こうにひたすら耳を傾け、
自分なりのない知恵を絞って、アドバイスもしてみた。
「ここの相談員さんのアドバイスを色々試してみましたが、
タバコがやめられません。」
「どんなことを試してみたの?」
「本数を減らすとか、種類を変えるとか。」
「どうしてやめられないのかな?」
「う〜ん、自分に負けちゃう。」
「そうかぁ。いくら相談員がアドバイスしても、自分でがんばろうと思わなくちゃ、負けちゃうよね。」
「はい。」
「今日は、何本吸ったの?」
「2本です。」
「あと、何本吸いますか?」
「今日はもう吸いません。」
「明日まで吸わないで我慢できますか?」
「がんばります。」
「それじゃあ、がんばって!明日まで吸わずにがんばれたら、明日また電話をください。」
「はい。」
「自分で、明日まで吸わないって決めたんだよ。自分との約束だよ。」
「はい。ありがとうございました。」

保育士という肩書きを捨てても、私の言動は、保育所の中でも外でも
あんまり変わっていなかった。

子どものころに積み残した宿題は、大人になってもチラチラと顔を出して、周囲の人々を巻き込んでいくことがよくあるような気がしている。

因みに、石切神社のベテランの占い師さんや霊媒師さんたちの話もある相談者から教えてもらったのだが、本当かどうかはさておき、子どもの頃以前の、前世から克服できなかった課題を何百年単位で人は引き摺って生まれ変わってくるのだそうだ。

…てことは、わたしの特異な緘黙も?独身を維持していることも、
神のお告げで定められているって?

そんなこと聞いたら、修論が書けないじゃないの!


昨夜午後9時 NHKスペシャル「気候大異変」を視聴した。
私は結構天気を気にする方だ。
高校時代も自転車通学で、現在も自転車通勤しているから、
その日、その時の天候には、敏感なのかもしれない。

番組では、アメリカの気象のエキスパートによる未来の地球シミュレーションで、将来の自然災害を予測し、今から対策を取ろうとしている。
昨年9月にアメリカのフロリダを襲ったハリケーンカトリーヌの原因は、
地球温暖化によるもので、100年後の地球の至る所で、起こりかねないという。
100年後の日本は、雪は降ることもなく、1月には紅葉、5月には海開きが
始まり、夏の季節は約半年で、冬はなくなってしまう。
真夏には熱波のために死者も続出するという。夏の間も昨日は20℃かと
思えば、翌日は35度という激しい温度差のために、体温調節が追いつかなくなるためだとか。

また、海抜の低い地域では、巨大な台風がもたらす高潮の被害で、
大勢の人々が高いサイクロンシェルターに非難しきれず、生き残るのは20%に過ぎないとか。

その未来の災害に備えて、世界各国が巨額の対策費用の備蓄は必至と
番組は警告していた。
やっぱり、「備えあれば憂いなし」かな?

我々、20世紀から21世紀を生きている世代は、いまだ嘗てない科学技術の恩恵を受けて、ぬくぬくとおいしいとこ取りをした栄華を謳歌した
世代かもしれない。
自分が生まれる前の昔のことも、死んだ後の未来のこともわからないけど、「自分さえよければいい」人々が増えすぎたために、
未来をめちゃくちゃにしてしまうのは、あまりにも傲慢のような気がする。

昨日のボランティアのようすを母に話すと、40年間保育にかかわってきた人だけに色々のブーイングが返ってきた。
「そんな小さい子どもたちに事故や怪我でもあったら一体、誰が責任を
取るの?だいたい、偶発的なグループで何の統制もとっていないなんて
危険極まりないじゃない。」
「お母さんたちも確かに無防備よね。初対面の人を信頼しきって、
赤ちゃんを任せるなんて。」

もちろん、みんないい人ばかりならいいけど、昨日のニュースのこともあり、世の中物騒になっているのは間違いない。
信頼関係が目に見えるとはどういうことなのか。

午後2時から6時まで、電話相談ボランティアをした。
今日の当番は、初めて母とペアになった。
前回、ペアを組んだY氏が午前の当番に来られていたので、早速話した。
「こんにちは。どう?その後どうしたか、心配してたんだ。」
「すみません。ご心配かけて。今は新人研修受けています。
水曜日テストがあって、90点取って合格しないと社員になれないんですけどね。」
「そう。がんばって!」
「ありがとうございます。」
「会社はどこにあるの?」
「近いんですよ。バス通りのTとかK方面へ行く道路の茶色の建物です。」
「ああ、あの辺ね。」
「昨日、保育ボランティアに参加したら、帰りがけに総合福祉施設の近くでばったりWさんにも会いました。」
「へえ、そうなんだ。」
「あ、2時になりましたね。」
「待ち合わせたんだ。もう行かなくちゃ。」
「いってらっしゃい。楽しんできてくださいね。」
「ありがとう。じゃあ、お先に。」

今日は、前回より相談件数は少なかった。
3日後の試験に備えて、「まちがいやすい問題集」を解きながら、答えあわせ確認した。

3時ごろ、1件目の電話のベルが鳴った。
「はい。こころの電話相談です。」

「禁煙を再開して3週間になりました。でも寒いし、気分が塞いで外出する気になりません。」
「そんなときもありますよね。春になったら気分も晴れて自然と外に
出かけたくなるかもしれませんよ。」

2件目は、初めて相談するという初老の女性だった。
「先日、退院しましたが、身体が思うように動かなくて些細なことで
イライラします。主人に話しても、私の世話ができなくて
『また入院するか』なんて言うんです。半年近くも入院してたのに、
とにかく、ずっと黙り込んで何もしないでいるとそれだけで
ストレスも溜まるものですから。」
こういう話は、自然「うん、うん」と相槌が多くなる。
「それは、本当にお辛いことですね。悩みを打ち明けられるお話し相手を探してみては?
もちろん、こちらにお電話くださって、気が晴れるのならお役に立てて
嬉しいのですが。ピア・カウンセリングというお互いの悩みを相談する
グループもありますよ。」
「どちらに問い合わせたらいいでしょうか?」
「活動の窓口がある総合福祉施設をご案内しましょうか。」
「ありがとうございます。」

2件とも、所要時間は30分くらいだった。
従来のカウンセリングは、ただ聞くに徹するというものだったが、
この頃は、あれこれ提案してすっきり電話を切ることもできるように
なってきた。

悩みのない人はいない。悩むから人間。
人間だから、笑ったり、泣いたり、怒ったり、拗ねたり、妬んだり、
恨んだり。

私は、できるだけ笑っていたい。どんな人にも笑っていて欲しい。
自分が笑っていても、泣いている子がいたら気になって笑えない。
そんなのは幸せじゃない。

昨日のごちゃごちゃの保育室で笑っていたのは、障碍のある男性だった。自分から私に「アハハハハ。」と笑顔を向けてくれた。
でも、なかなか笑えないな。
困っている人や幸せじゃないと思っている人が多すぎるから。
地球は声を出さないけれど、悲鳴をあげている気がするから。

午後9時「地球大異変」の第2回が始まった。

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴4年目のアラフォーです。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    在学中から以後、失業と再就職を繰り返し、問題山積です。

    趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などです。
    生年月日は、住民票の住民になった日と同じ
    ちょっと前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。