2009 / 11
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9月中旬になり、爽快な風や夕涼みが楽しい風情になってきました。

ダンヨガをはじめたばかりの私は、いわゆる「丹田力」がまるでない状態。
それまでも、自分の力で粉骨砕身しながらの13年以上に渡る障がい児加配保育士としてのプライドを全身全霊かけて、精進してきたつもりでした。

半年前、わずか2ヶ月で試用期間内に晴天の霹靂のように正職員採用を断られ、全く就職活動に対して拒絶反応を起こしていました。
怒りや憎悪、そして積年の被害者意識に苛まれ続けていたことに気づき、6ヶ月かけて次第に私の心身に滞っていたマイナスエネルギーが浄化され、転じてプラスエネルギーが満ちるように変化したように実感しています。
脳波振動の自然のリズムに任せて全身を振ることで、全身のツボからマイナスのエネルギーが排出され、精充呼吸で新しい新鮮な空気を全身に行き渡らせる。
これを6ヶ月間続けてくると、ヨガのセッションが終わって数時間経つと、全身に風が吹き渡っているようなスーッとしたメントールな感じや、はたまた、ぽかぽかとした熱風が吹くこともあります。
そんなわけで9月に入って、職業訓練校でのプログラムが修了した後も、ヨガのおかげか、心身ともに好調です。

因みに、今週(9月12日〜19日)星占いによると、
「大胆さと思慮深さがうまく一致し、難しい課題や高い目標も乗り越えられる。」

再受験日があと10日と迫りましたが、週2回のヨガと就活と並行してどんどんスケジュールを入れて楽しみながら実行しています。
受験勉強は、今朝は3時間くらいは集中して取り組みました。
先月末に先んじて合格したSちゃんの教材がとても重宝していて、テスト例題集も昨日までに1冊仕上げることができました。
私の場合、主婦業、子育て業から免除されているのですから、これくらいの努力はしないとなと、
根っからのくそ真面目根性に磨きがかかっている今日このごろです。

私の場合、これまで就活の手段に主に地元のハローワークを利用していたので、履歴書書いてもすぐ面接に応じてもらうという方法で就活してきました。
今回は、新聞の折込求人広告や、駅前のフリーペーパーなどもこまめにピックアップして何件か即座にかけて、応募することも厭わずにやってみました。
また、これまで利用したことのなかった「派遣会社」への登録も数件やってみました。

(ダンヨガ修練)以前の私なら、気負いすぎたり焦ったり、腐ったりして気持ちを取り乱す寸前までイライラしていたかもしれません。凹んで何もやる気がせずにダラダラと無為に時間を過ごし、世間や他人を恨みがましく思っていたでしょう。
ヨガの前から就活の度に、写真撮影から、履歴書、マナー講座、模擬面接とありとあらゆる対策はやるだけやってあまりの用意周到さに、友人たちも唖然とするほどのむだな努力家であることを自負してきました。

しかし、今回は、何をやろうと結果がどうであろうと、
「ダメでもともと」
「ケセラセラ」
という開き直り根性まで備わった気がしました。

去る11日金曜日のこと。
先週に引き続き、私が新たに目指す業界特集の求人情報誌が発行されるのを待ち構えて、ヨガ修練を終えてから駅前のその交差点に行こうと思っていました。
しかし、日中のヨガは参加者がいないということで、インストラクターが中休みに外出してしまいました。
終身会員の古参のA氏が修練しているところをお邪魔して、あんまり好きでない「BOW」という103回のお祈りポーズを1セッションやったら、やはり途中から気分がムカムカしてきて退出しました。

お目当ての交差点に行くと、午後3時過ぎなのに最新号の情報誌がまだラックに入っていませんでした。
そのついでに、ジャージに半そでTシャツというラフな姿で、ハローワークのある建物の前に駐輪しました。
「ここに停めたらいけませんか?」
「ホンマはあかんねんけどな、」
警備員の女性が私を失業者と察して多めに見逃してくれた。
「すみません、就活なので助かります。」
「なんか大変なんやってね。何枚かいても落とされるって・・・」
「そうですね。私ももう1年失業してます。」
「がんばってな。行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます。行ってきます。」


いつか、訓練校に在籍している最中の就活日に来たとき、ハローワークは待合の席まで満席で、
なんともいえないマイナスエネルギーを帯びたムードが充満していて気分が悪くなり、数分もいられなかった。
しかし、金曜日の午後3時ともなると、空席も半分くらいあって、即座にPC検索することができた。
それから、1分もかからず、自分の理想にぴったりの求人を見つけてプリントアウトし、スタッフに紹介状と面接の依頼を要請した。
あいにく、その日は担当者が出張中とのことで、週明けに自分で電話するようにと指示された。
その日のうちに、前回もお世話になったキャリアカウンセラーのH氏に模擬面接の予約を取り付けた。

翌日のうちに、履歴書は手書きで仕上げたものの、求人の条件欄は「実務経験者」とありそのことがどうも気がかりだった。

週明けは、午前中に直に電話するのを控えて、午後1時からH氏に相談してみることとした。
「ゆきんこさん、去年、あんなに面接もバッチリだったのに、どうしてまたここへ?あなたには今更
模擬面接なんて不必要でしょう?」
「いえ、あの事業所は役員面接はその場で採用を決めていただきました。でも、一緒に働くことになった上司が・・・」
「まあ、事業所によっては、理不尽なことがあるんですねぇ・・・」
「行く先々でそればっかりで、、、、だから、今度はどんなにひどいことがあっても挫けずに仕事にも支障が少ない職種に変更して4ヶ月間、職業訓練に励みました。」
「過去は水に流して、先に進むしかありませんからね。」
「はい、そうですね。」

親切にも、H氏は予め、応募先のHPや想定質問も一式用意してくださっていた。
「応募者は全員で5名です。そのうち既に2名は不採用になったようですな。あとの3名はこれからでまだ募集中のようです。」
「応募しようかどうか相談したくて、まだ先方に電話していないのです。やはり前回の痛手もあって全く未経験の若くない私だと、面接に応じてくださらないだろうと思います。それよりも、実習先だった派遣会社の登録日が16日ですから、そちらの委託先への就職の方が有利かなと思っています。」
「だったら、ダメ元で電話したみたらどうですか?電話の時点で断られたらそれはそれで、次にいけばいいじゃないですか。」
さすがに、ベテラン相談員のH氏にも認められたのかな?という履歴と四方山話のなかに、答えは自ずと見えた。
「お世話になりありがとうございました。帰宅したら早速、電話してみます。」
「またいつでもお声をかけてください。」
「いえ、もうそんなに度々は来たくないんですけど。。。」
苦笑いで再びのH氏と別れの挨拶を交わした。

宣言どおり、帰宅して電話すると、またもや担当者は会議中だとのことだった。
そして、会議が終わると告げられていた3時過ぎ、再びかけようとしていた矢先に、ベルが鳴った。
「いつ、面接に来てもらえますか?明日はどうですか?」
「はい、明日お伺いします。」
あまりにも速攻で、面接日は翌朝15日11時に決まった。

明けて15日は深夜から雨が断続的に降っていた。
9月に入ってからは初めての雨模様だったかもしれない。
なんだか、ぬかるみの結婚した日を思い出す。
失業中は、少し朝寝坊で起床時間は、8時台にずれ込むがそこから面接時刻まで余裕で身支度して
レインスーツに身を包み、自転車をこぎだした。
自宅から約30分。
婚姻届を出した場所からほど近い位置に、志望の面接先はあった。

受付には既に同様のリクルートスーツ姿の若い女性がベンチに腰掛けて待機していた。
どうやら今回の面接、滑り込みセーフだったみたい!?

面接は、事務長室と、相談室の別室でそれぞれの上司と1対1で行われた。
といっても、処遇や勤務条件、職務内容などなど、一方的に話を聞いていただけ。
それぞれの上司からはシンプルにこんな質問が投じられた。
「ケアマネなどは考えませんでしたか?」
「少しは考えました。でも私には、机上の作業が向いていると思い直しました。」
相談室で別途面接を受けたもう一人の上司は、
「実は、私と同い年なんですよねぇ。」
「はい、アラフォーです。40代の方はスタッフにいらっしゃいますか?」
「う〜んん、殆ど20代ですね。僕だけです、40代は。」
「そうですか。」
「どうやって、通勤されますか?」
「最寄り駅はM駅です。今日は自転車で来ました。3年前は隣のK駅まで自転車通勤でした。」
「そうですか、近いですね。」
「もしも、採用していただけたら、付近に引っ越します。お墓も近くにありますから。」
つい口をついて出たことばが、上司の笑いをとった。

調子付いてか、昨日の午前10時も連日、面接になった。
こちらは1ヶ月前から実習先で顔見知りになった派遣会社総括のM氏。
「度々、お電話いただきありがとうございました。」
実習直後の2日には、既に履歴書を持参していたのに、それから丸2週間待機しての面接日を迎えた。
前日同様にM氏から類似の勤務形態の希望や処遇などの説明を受けた。
最後に簡単な、適性テストも30分間受験した。

処遇だけ聞き流したとしても、やはり派遣会社より直接雇用採用の正職員の方がよほど条件はよかった。
しかし、M氏のことばの方がよほど、現実身に迫っていた。
「前職に戻ることはありませんか?以前の仕事とこの現場での業務は違っていると思いますが?」
「既に保育士を辞めて4年ほど経っています。それ以前から、事務職への転向を考えあぐねていました。もう戻ることはないと思います。こちらでスタッフの皆さん方と楽しく実習させていただいたことで、決心がつきました。」
「副総括とも話し合いの末、ゆきんこさんを当社で採用させていただきたいと思います。」
「・・・ありがとうございます!」
「ゆきんこさんには、3つの部署から希望する一つを選んでいただくことになります。正式採用日までに担当者と顔合わせをしてもらえますか?翌週連休明けの24日までに希望部署を考えておいてください。」
「わかりました!では、連休明けのこの時間に改めてお伺いします。」

ドレスアップして、アフタヌーンは旧友たちの待つ天満橋駅へ出発だ!
少し汗ばんだリクルートスーツの私に爽快な9月の熱い風が吹いた。

できるなら、風に生まれ変わりたいのが本音です。

ブログにアップしきれない諸々のことも何かとある2009年の葉月です。
1日には、若田さんが「きぼう」から帰還されたのですが、週明けの訓練校ではあえて話題になりませんでした。

そこで場違いな宇宙の話題なんぞ持ち出せば、また仲間はずれにされかねません。
お盆休みに先んじて34度の猛暑の中、母と伯母たちは今日、早々に祖父の墓参りを済ませてきました。

いつものおりひめ号に乗ると、いつもより少し空いていて、席に座ることができました。
天満橋駅のいつものトイレに入ると、なんと顔見知りの懐かしい方とご対面。
「あら!N先生。」
「あら〜!!久しぶり!どうしてるの?」
「失業してて訓練校に通ってます。お急ぎでしょ?」
「うん、主人が入院してて見舞いに・・・」
「お大事に。また電話します。」

N先生との馴れ初めは、16年前の新大阪のカウンセリングセンターでの出会いに起因している。
当時、医薬品卸売りメーカーの営業部で新人販促レディをしていたのだけど、
職場の人間関係と仕事のストレスで半病人のように凹んでいたグレーだった私も蘇る。
新大阪に位置するマンションの一室が事務所になっている民間のカウンセラー養成講座に通い心理学オタクのゆきんこは、股関節に軽い障害をもつN先生と同期生として諸々のカウンセリングの技法を習得していた。

あれからカウンセリング教室はどうなったんだろう?
その後、今回のように偶然再会する機会があったのは、確かちょうど10年の夏だった。
10年前も、私は現在と同じような状況にあった。

失業して訓練校に通い、日本語教師資格を取得するために境筋本町の所在地まで繰り出していた。
同時に、水彩画を趣味にしてノンプロが主催するギャラリーなどにもぶらりと出かけていた。
地元H駅前の市民ギャラリーに入ったとき、今回のようにN先生に再会した。
10年前のN先生は、自分でマンションを借りて「イルカの学校」と称するカウンセリング教室の主宰となっていた。
私は失業中であったため、そもそもの心理学オタクの延長上にN先生のカウンセリング教室にも出没させていただき、公私共にいろいろとご相談させていただいた。
そのときいただいた幻想的なイルカのイラストは今も大切に自室の砂壁に貼っている。
そのときN先生のおすすめでカウンセリングに集った女性たちと楽しんだセルフセラピーカードは、
今も人生の折々に験している。

N先生が紹介してくださり、スーパーバイズもしていただいたお陰で若干30歳にして、国分康孝先生にお目にかかり、教育カウンセラーの資格を取得することもできた。

しかし、10年前に取得した2つの資格は未だに活かしきれないまま、今回も新たに資格試験に臨んだ
自分ってなんだか堂々巡りを繰り返しているのかも・・・?

明日から現場での職場実習を目前に、訓練校のNY先生から約1時間オリエンテーションの説明があったが、総勢60名の女性がすし詰め状態の狭い教室に集められると、終始私語は収まらなかった。

「これ、あげる。」
「カイくんシールじゃない!?いいの?」
「うん、いっぱいあるから。」
なんだかひとつ年下のMさんの行動って、、、、
ここだけの話今まで私がお相手してきた幼い方々と似ているんじゃないかと持ち前の専門領域の嗅覚で勘ぐっていた。

私も天然万年ネオテニーだから、いいんだけどさ〜

「いつも実習前は皆さんをヨメに行かせるような気持ちです。くれぐれも、無断欠勤はやめてください。何か困ったことやトラブルがあれば、ハローワークではなく、訓練校に相談の電話を入れてください。
この訓練校とつながっていられるのもあと1ヶ月ですからね。それと、おタバコは気をつけてください。
体調も自己管理能力のうちです。実習先の人間関係はこちらでフォローの仕様がございません。」

おっしゃるとおりなんだけどね〜・・・
若い時は、全てお達し通りの当たり前の社会人マナーが遵守できてこなかった気がする。
諸々の配布資料の中に実習評価シートが目に付いた。
ABCの3段階で、自己評価と実習先の担当者の評価とが分かれている。
なんだか、小学生のつうしんぼみたいで、また凹む。

NY先生からの説明が終わり、解散時刻を過ぎても訓練仲間はいつもよりも長々としゃべりこんだり、
メルアド交換に時間を割いていた。
しばらくがやがやしている間に、心理学オタク後輩になったAちゃんに前約束の雑誌を手渡した。
「あ、FRAUだ。」
「でも、発行年は97年。今のAちゃんくらいの歳に買ったんだ。これで、しばらく楽しめそう?」

「明日の待ち合わせ時間は8時40分に駅前の改札口にしましょうか。」
などと、実習先から最も至近距離の私が自然、遠方から来る他4名を誘導していた。

午後からハローワークでの失業認定を控えて、5人組で炎天下の西天満公園界隈に繰り出した。
その前にランチタイムを楽しもうと約束していた。
偶然、見つけたCAFEは、全員まんざらでもないこじんまりした雰囲気のお店だった。
最近、飲食店業界に感心を持ち出した新たなヴィジョンで店内を物色しながらも、仲間との会話も楽しんだ。
サラダランチか、プレートランチで迷った挙句、枝豆スープやチキンもついている1000円のプレートランチを選んだ。
「このケーキりんごですか?」
「そうです。」
「おいしいです!」
「ありがとうございます。」
そのやりとりに4人が一斉に笑った。
「あれ?うけましたか?」
「だって、素直に感想言うんだもん。」
「私、コメント上手かも?」

心理学と研究の世界、そして凡庸な失業者とヨガの修練者としての感性で仲間の会話やキャラを失礼ながらゆきんこ流に分析してみると、
自分のあるべき枠の中で新しい仕事への期待と不安、でも、ごく当たり前に働いたお金で自分と身近な人々と共有できる人生を満足させて、プライドをキープしたいという現代女性のいじらしさが見え隠れしてくる。つまりは、自己実現なのかな?

「この大不況でどの国の人も人生を狂わされている。私も新婚1年目には夫のお父さんに今からでもがんばって!(子どもを産みなさい)と言われたけど、夫婦共々失業してるし、今朝の新聞では韓国の
方が出生率が低下してるんだって。大不況で結婚を延期したり、破談になっている人たちもいると書いてあったよ。」
「・・・・」

忘れないうちに付記しておきたい名台詞があった!
7月31日に放映された朝の連ドラ「つばさ」での斉藤由貴の台詞だ。
「歳を重ねても大人になれるわけじゃない。結婚しても夫婦になれるわけじゃない。」今のゆきんこには、なんとも胸に沁みることばだ・・・・・!!

5人組とは、13時過ぎに解散して、一人天満橋のジュンク堂で書物を物色した。
今話題の村上春樹『1Q84』、ブルーバックス南部博士の『クォーク』などなど。

実習先で身につける黒のハイソックスに、スーツ、シューズ、ブラウスも買い揃えた。
おっと、忘れてた。スーツにアイロンをかけなくちゃ!!


世知辛い100年に一度の大不況だからこそ、今日は雨だな〜と空を見上げる余裕が欲しい。

ぼ〜っとしているようでも、やることはやってる私はあまり自堕落な性質ではないらしい。
かといって企業社会が要請するほどテキパキと効率よく働く有能さもない。
だから、その中間地帯でニートにも正職員にもならずに、足繁くハローワークに出没する年月はカレコレ10年目となった。

そのときの開き直りっていうのは、
「It’s not only me.」
何もかも自業自得ってわけじゃない。

20日には合同就職面接会があった。
地域の求人企業が30社ほど集まり、その場で面接・採用を即決する催しだ。
一応、写真添付の履歴書は持参したものの、ピンとくる応募先はなかった。
そこで、厚生労働省のジョブ・カードを作成するための説明や、面接攻略セミナーなどに参加するにとどまった。
自宅にいてもくさくさするときは、思い切って身支度を整え外の空気を感じてみる。
すると、みんな困って仕事を探しているんだな〜と返ってクールになるときがある。
最近、ニーチェの格言集を読んでいたせいかな?
こんなとき、世俗から遠く離れた奇人哲人のオコトバは、いい鎮静作用をもたらしてくれるようだ。

ついでに、会場では翌日もブランクのある女性のための再就職支援セミナーもあることを知り、
その場で申し込んだ。
21日の午後は、セミナー形式で女性キャリアコンサルタントの講義と実践ワークがあった。
私より年下の講師は、才色兼備、いかにも元大手電気メーカーで実績を残したバリバリのキャリアウーマンだったオーラを放っていた。
最後列に、「またかよ〜・・・」とうんざり顔で座っていたゆきんこ。
しかし、いつもお決まりのセミナーと一味違ったアプローチが気に入った。
その場で、一言挨拶と一礼のシーンをビデオ録画し、参加者全員に再生して見せてくれた。
自分の姿はなかなか客観的に自分ではわからないもの。
私の場合、度重なるセミナー通いで「どうでもいいですよ」オーラが放たれていた。
そこで、T先生が即座にほめことばを言ってくれた。
「『どうぞ』のひとことのあるなしで随分印象が違いますね!」

馬車馬のように第1線で働いたというT女史だが、某大手電気メーカーといえども、やはり男女平等ではなかったと述懐した。女性だって働きたい。
でも、現行の男性と同じ待遇でどうやって家事、出産、子育てをやりこなせと言うのだと仄めかした。
「がんばりすぎず、あきらめず」と女性参加者を根気よく励ましてくださった。
一番面白かったのは、女史がストレス発散のために阪神戦を観戦するのだと繰り返し強調したことだった。

22日は午後からPさんとクラシックギターのリサイタルに出かけた。
会場は独奏ギタリストのK氏の教え子の方々や関係者の方々で満席だった。
音楽でもゆきんこが学生時代所属したブラスバンドとは違った厳かで気の優しい音色の調べは、
お疲れモードのPさんの眠りと安らぎを誘ったようだった。
それでいて、情熱的な音色に2時間30分うっとりした。

23日、ぎっくり腰の予防と整体に整骨へ通院、午後は就職希望先に電話応募してみた。
それから、電話相談のボランティア。
相談者の殆どは常連の精神障がい者の方たちだ。
大した話はしないけど、自分で話し相手を見つけるのが難しい相談者にとっては、いい話し相手になるらしい。

25日にはハローワークに寄り道してから、Tちゃんのお招きでランチとダベリングを楽しんだ。
「ええ、たったの2ヶ月で採用取消!?」
「どうも、私が気に入らなかったらしい。それならはじめから不採用の方がマシだった。」
「従業員2名なんて閉塞的だね。それは不当な理由だけど、相性悪かったら結局続かないんだから
それでよかったよ。」
「ぎっくり腰になったのも、やっぱり上司のストレスかなぁ?」
「結局、人事してきた管理職ってその人の好みなんだから、正当な人選かどうかわかんないよ。」
「私だって人格を否定するようなパワハラじゃないの?と指摘したい言動はいくらでもあったよ。
次に行くしかない。」

昨日26日は、最後の整骨院の通院を済ませて午後1時過ぎに職場に顔を出した。
2ヶ月間、通過していたま〜君の小母ちゃんの家の前を通過していた。
偶然、Dさんは門先に出ていた。
「こんにちは。お正月楽しかった?」
「うん、、まあまあ・・・元気?」
「毎日、ここを通っていたんだよ。でも、今日で最後になっちゃった。」
「仕事がんばってるんでしょう?」
「ううん。試用期間内に採用取消だって。」
「ええ?ひどいじゃない?」
「まあ、仕方ない。退職届出してきます。」

いよいよ、上司や理事と再びのご対面。
お互いに誤魔化し笑顔と気遣いの美辞麗句が交わされた。
「腰、大丈夫?」
「はい、今日まで保険証も使わせてもらいすっかり治りました。」
「まっすぐになってよかったね。」
「退職届と保険証です。」
「自己都合で書いてくれたんだ。雇用保険は使えないけど、一応、離職票を発行します。
異議なしに○つけてもらっていい?」
「本当は自己都合じゃないから、ありに○でもいいですか?」
「あら、それじゃ退職届には自己都合と書いているから不一致になるわよ。」
「・・・・」
不承不承その場で異議なしに○をつけさせるのは、明らかにパワハラじゃないか!
雇用者は美しく追い出したいから、落ち度は作らず暗黙のプレッシャーをかける。
だってこの職場は30年以上お局として君臨していた彼女の独占領なのだから。
気分はかつての難民アルメニア人だ。

「あなたの文章なかなかね。3月の機関紙に投稿させてもらうわね。編集みたいな仕事も向いてそう
なのにねぇ。」
「ありがとうございます。条件は厳しいのでこれからハローワークへ行きます。」
「そうそう、早く仕事探さないとね!」
(じゃあ、なんで辞めさせるんだよ。)
「私物とか忘れ物ない?また仕事決まったら連絡ちょうだい。」
「わかりました。このご時世ですから、そうカンタンにすぐには見つからないと思いますが。」
(誰が連絡なんかするもんですか)
「後任の方はもう見つかったのですか?」
「今、ハローワークに求人票を出してるよ。検索したら出てくると思うけど。」
「今度は、適任の方が見つかるようにお祈りしています。それじゃ、お世話になりました。」

自転車を走らせ、お次はハローワークへ。
昨日よりも更に込んでいて、順番を待ち手続きだけでも2時間近くかかった。
スタッフも顔馴染みになってきたせいか、何度も出没している失業者には妙に慇懃な態度に改まった
気がする。それに、心地よいBGMが流れ、玄関には花も飾られたりと変な気遣いに投資されるようになったようだ。そんなことより、安心して追い出されずに働ける職場を紹介して欲しい〜〜!
来たくて来てるんじゃありませ〜ん!

4時30分
ハローワークとセットでこの時節、混雑しているのが税務署。
年末調整したけど、ほぼ10年間のうち、1年以上同じ職場で継続して勤務したことはなかったため、
確定申告もお馴染みになっている。おかげで、買い物すればレシートを必ず1年間保管して確定申告の際に備えるようになった。
なかには、幼い子供づれの夫婦や訳ありげ老若男女が入れ替わり立ち代り、係員の手引きで電卓を打ったりPC入力していた。
今回は、医療費がかさんだのでそれもレシートと交通費の領収証を全て添付し、申告した。

そんなこんなで、ハローワークに行ったり来たりの2009年2月でした。
一縷の望みは帰宅後に届いていた通知書。
なんと応募した書類が1次選考の結果、2次面接のチャンスにこぎつけました!









10月の終わりにハローワークで見つけた事務職の求人。
その2日後には自転車で訪問し、先方で履歴書を持参した。

同時にハローワークで6日には模擬面接も受けた。
10月の初回再就職説明会で、再就職支援セミナーの司会進行役だったH氏に質問したのがきっかけで、以後、個別コンサルティングで懇切な助言を受けることになった。
「もう〜、というのはやめましょう。まだできる。と自信をもって。」

自分の面接の言動のクセやら、ドアの開閉の所作マナー、アドバイスなどを受けた。
複数の転職経験があり、人事採用担当など経験豊富なH氏は、なんだかゆきんこに関心ありげな
感じで、親しく雑談などもした。
「言い方や書類作成は工夫が大切です。ナビゲーターもひとりひとり経験も違ってアドバイスも違います。だから、おいしいとこどりすればいいんですよ。」
今となってはH氏の事細かなアドバイスが大変役になったのだな〜としみじみしてきた。

今週明けの10日には、応募先から電話で連絡通知を受けて書類審査を通過して
面談日を知らせていただいた。

過去2回の失敗を教訓に応募先のHPやブログ、機関紙などに目を凝らし、
新しい志望職種の「ボランティア・コーディネーター」
について調べたり、自分なりの面接対策を考えた。

それから、なんとか気力復帰させて今日の午後まで、平常心を取り戻しつつも
なんとなくそわそわした胸騒ぎも感じつつ過ごしていた。
偶然、学生時代からの旧友とメール交換しているうち、全員で集まれることになった。
昨日は、日中、自然公園でもみじの散策やホースセラピーを案内して楽しいひとときを過ごすことができた。

面接を控えている前日だというのに、全く暢気なものだ。
しかし、私の場合、そういう気分転換が功を奏したらしい。
帰宅した夜と、面接までの午前中までに、面接シュミレーション
そして、本番までの開き直り。

出かける前に旧友のOちゃんにまた、メールして意気込みを伝えた。
Oちゃんから即座に激励の返信をもらって落ち着いた。

自宅から風をきって自転車をこぎだせば、穏やかな気持ちに包まれた。
学齢期を過ごした公園を横切ると、小学生らしき男児たちがスーツおばさんの私に一瞬注目した。

幼なじみのM君のおばちゃんとまた再会した。
「あれ?どうしたの?」
「今から面接。この前は会ったときは履歴書出しに来たの。行ってきます!」
「ゆきちゃんなら、受かるわ。」
「どうかな?たくさん応募してるらしい・・・」

こじんまりとした事務所に面接の15分前には到着した。
テーブルに着座して待機するようにお茶を差し出されてまたリラックス

過去2回にはそんなアットホームなサービスなんてなかったもの・・・
お電話くださった事務局長のKさんとスタッフの女性たちが傍で和やかに談話しているのも
さらにリラックス効果を増した。

「では、ゆきんこさん。お待たせしました。こちらへどうぞ。」
「はい。ありがとうございます。」

通された面接室の面接官はシニア世代の3名だった。
あんなに想定していた質問項目だけど、ことごとく外れてしまうんだな〜
しかし、一貫して心がけたのは(ひきつり)笑顔と、新しい仕事への意欲だった。

「給与は財源が限られているため、高額は出せませんがいいのですか?」
「報酬よりもやりがいの方が私には大切です。」

「教員免許状をお持ちですが、教員にはならなかったのですか?」
「はじめに自閉症の療育指導員になったきっかけは?」

「これまでは、子どもたちとのかかわりが主だったようですが、これからは成人の方々との
関係が主立ってきますがよろしいのですか?」
「私生活では同居の母の友人・知人の方々などシニア方々とも親交しています。」

「電話相談員をしているというのは、ボランティアですか?」
「はい、ボランティアです。」
「やってみてどうですか?」
「電話の向こう側の方々はそれぞれお悩みやわだかまりなどを抱えていらっしゃいますが、
傾聴するうち、穏やかになり、電話を切るときには
『ここに電話してよかった』
『ありがとう』といっていただき、気持ちよく挨拶できる瞬間がとても嬉しいです。」

結局、履歴書や職務経歴に的を当てたパーソナルな質問に終わった。

帰りがけには総合福祉会館に寄り道して、平和コンサートでリフレッシュ。
午後4時30分
夕焼けの中、地元のK神社にもお参りして神頼み。
「こんにちは。お参りさせていただきます。」
宮司さんに会釈して、社の前で拝んだ。

ふと掲示板をみると、標語が目に入った。
そういえば、ちょうど2004年の大学院受験のときにも願掛けをした。
同じようなシチュエーションだったな・・・
その時のアインシュタインの格言はおぼろげに脳裏に刻まれていた。

今、目の前にした標語は、孔子の子ども子思(しし)の『中庸』のなかのひとつだ。
「誠は天の道なり これを誠にするは人の道なり」
Iさんの自宅横のお地蔵さんにも手を合わせて帰宅した。

午後5時
着替えて、ひと段落してPさんにメールを打っている最中、同時に電話のベルがなった。
「ゆきんこさんのお宅ですか?」
「はい、そうです。」
「ボランティアセンターのKです。」
「先ほどは面接ありがとうございました。」
「面接の結果ですが、きていただくことになりました。」
「ありがとうございます!」
「あなたはがんばりやさんのようですが、ゆったりぼちぼちいきましょう。肩の力を抜いて長くやっていきましょうね。」

それにしても、こんなに即決するとは意外だった・・・
採用が決まったからといってぬか喜びはできない。
仕事も結婚も時には危機的なことや辛く耐えられないと思うことがあっても、途中で投げ出したり辞めてしまおうとは、もう望まない。

それにしても、この願ったり叶ったりのご縁は、天国のマーくんが私を呼び寄せてくれたんじゃないだろうか?
心の痛みをバネにして今こそ、自分の子ども時代を過ごしたこの地区に、自分で見つけた「誠の道」に
志を新たにしよう。

日本人物理学者3名のノーベル賞受賞の朗報と相まって、アメリカに続いて日本の株価も大幅下落そたと報じられた。

そんな社会情勢の最中、ゆきんこの日常も一寸先は闇なのだが、なぜだかモチベーションは高めだ。
不思議と「ピンチはチャンス」と思考回路を切り替えるABA(行動分析学)クセが上手く作用しているらしい。

友人のTちゃんが、再就職するという知らせもタイムリーに作用して、その翌日の今日は午後から事前にキャリアカウンセリングの予約を入れていた。

担当、カウンセラーのKさんが融通を利かせてくれて、本当なら終日拘束されて受ける職業能力検査
を別の予定を挟んで、効率よく受けられるように配慮してくれた。

おかげで、2週間前には、初回面接を午前中に済ませてから午後には大阪市内の総合医療センターに梯子することができた。

今回も、医療センターの再診予約にあわせて、私から指定した日時にカウンセリングセンターを再来所する手配を整えてもらった。

そういうわけで、午前中は総合医療センターに出かけた。
採血やがん検診の結果も異常なしでしばらく患部を経過観察することになった。
この専門医に辿りつくまで4つの医療機関でもしっくりした答えがもらえなかったのだけど、
質問に淡々と即答してもらえると、すんなり納得して安心できた。

患部は年単位で滅多に痛くなることはなかったのだが、なぜ痛かったのかは壊疽によるものだと
解説を受けた。
つまり、痛みと共に患部は縮小して死滅しているらしい。
だから、経過観察しながら自然消滅するだろうことを予見しているのだけど、
そうはいっても、人間の細胞のひとつひとつが常に変化しているのだから、ガンに変異する可能性も
0%ではないそうだ。

2階の診察室から階下の会計カウンターに下りて、少しおどろいたことがあった。
それはある常連と思しき女性患者の容貌だった。
前列に並ぶ、女性の後姿の後頭部にはおおきなイボが頭髪からはみ出していた。
そして、よく見ると衣服で隠れていない部分の顔面や手の甲にまで、女性の皮膚は同様のおおきなイボで覆われていた。

病気や疾患も無数にあって治る病気もあればそうでないものもたくさんあるのだろう。
医療科学の進歩は目覚しく、我々はその恩恵も受けているが、人が生き、そして死ぬまでの病院との往来は古今東西絶えることはないのだろう。

11時30分には、次なる目的地へ移動した。

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  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴4年目のアラフォーです。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    在学中から以後、失業と再就職を繰り返し、問題山積です。

    趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などです。
    生年月日は、住民票の住民になった日と同じ
    ちょっと前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。