ゆきんこの引き出し
日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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「読み困難の理解と支援」

一昨日23日の午後。
約1年ぶりにO大学中之島センターへ赴き、教育実践学フォーラムに出席してきました。
因みに、最寄駅の苗字である中之島けい子さんが5代目のおけいはんに就任して3か月。
いつものK電車に乗るとドキッとしたことがありました。
偶然にも、2年前に支援員をしていたときの利用者の男性と乗り合わせたのです。
しかし、就業規則に則り、辞職した後は一切、職務外のかかわりをすることはできません。
男性は他の見ず知らずの乗客と同じく降車して、無味乾燥にすれ違い、遠ざかっていきました。

この建物に出没し始めたのは、2005年でした。
それから大学院を修了してもうすぐ5年。
未練がましく出没しているのは、心ある同窓生だったK大学講師K先生のお誘いを受けたからです。

身構えて、到着してみたら開演1時間前で余裕ありすぎました。
おかげで、机つきの良い席をキープして遅れて参加するK先生の席も合わせて陣取りました。

定刻になり、研究主幹のM先生の挨拶が始まりました。
今回のゲストスピーカーは、大阪芸術大学初等芸術教育科 田中裕美子先生で、
テーマは「読み困難の理解と支援」でした。


田中先生は、言語聴覚士を養成する講師で、
この専門分野(言語病理学)である3つ領域、すなわち、
1.聞こえの問題(聾・聴覚障害)
2.発語の問題(失語症などの言語障害)
3.ことばの問題(乳幼児期からのことばの発達)
のうち、3が専門で「子どもの発達に応じた教育実践研究」を課題とされている。

10年前にアメリカコロラド大学より日本に帰国され、日本を拠点にアメリカの家族との往復生活を送っておられるとのこと。
現職では、ディスレキシアと言われる読み書き障がいの子どもたちを対象に、とりわけ読みの指導に献身されている。

担任教師が、読みに問題があると思う児童は、読み書きだけが問題ではない。
大抵は、授業に集中できない、学習が定着しないが興味のあることはできる、私語やひとり遊びが目立つなど、学習態度に問題を感じるケースが主になってくる。


Dyslexiaとは、decording(音と文字の変換困難)が主症状であり、
先天性の言語発達障害の1種と分類されている。
しかし、対象となる子どものクラス内での喧嘩や問題行動に負われ、読み書きの問題は一見わからない。
小学校低学年のうちは、こだわりや対人関係の問題が中心で、4年生ごろに落ち着き、学習指導の問題が浮上してくる。

読み困難の児童の発見のために、田中先生が独自のスクリーニングテストを考案し、実施した。
田中先生によれば、このスクリーニングテストの実施依頼は多いものの、スコアの結果だけではわからない。
その後、学校の体制が整わず、人事異動などで全く本児の特別支援教育に生かされないことを嘆いておられた。

テストの様子を映像化して細やかに対象児の読みのつまづきの様子を観察し、汲み取る指導者のセンスが要請されると強調されていた。

そして、子どもに合わせた指導法
・できないことは無理にさせない
・時間に余裕をもち、できるようにさせる
・読んであげる、読み仮名をふる
・知的レベルに合った教材を選ぶ
ことが大切である。

まとめ
読み書き困難児へのアプローチは、
日常コニュニケーションや遊びを通してなんとかなることはない。
低学年では本児の困り感がないが、やがて子ども自身のメタ認知が自尊感情を低めていく。
なかなかブレイクスルーできない子どもたちを早期発見し、読解ストラテジーの指導を進めることが重要。
「読んでわかる感」「自尊感情」と自立的学習の指導が肝要であるとまとめられた。

こんなフォーラムの内容といい、講師の田中先生の辿った道といい、
とても他人事ではありませんでした。
過ぎさった子どもたちとのかかわりが脳裏に蘇り、それは自分の記憶と重なり合いました。

このディスレキシアという専門用語。
すっかり耳慣れたことばとなりました。
恩師のT先生が先日1月半ばの講演会でも成人当事者の方との対談をされていたのを聴講してきたばかりでした。
それから、2月の初めにNHKのニュースウォッチ9でも、特集でその模様が放送されていました。


でも、未練はありません。
いえ、あるから今の私は役立てられないとわかっていても飽きもせず、聴講しているのです。

現行の教育界は、ベテラン教員の殆どが、定年までわずかで、
あと数年もすれば、新卒の若い先生が取り残され、
脂ののった中年期の教員が空洞化することが懸念されています。

仕方がありません。
20年前には、ごま塩頭の先生たちは働き盛りで有り余っているし、
新人教員の養成などどこにもありませんでした。

そして、働き盛りと言われる中堅世代になった今、
私のキャリアを採用する教育現場などやっぱりどこにもありません。

「もったいないわね、あなたの経験なんとか活かせる場所があればいいわね。」
K大学で教鞭をとりつつ、博士課程で論文作成中のK先生が宥めてくださいます。
「もう今は何の関係もない人生ですから。贅沢は言ってられません。何だってやって生きていきます。私はただ、先生のお誘いが嬉しくて来ているだけなのです。」
「そう仰らず、つながっていましょうよ。」

丸福珈琲館で偶然再会したもう一人の行政関係者の同窓生と談話しながら、
決して上から目線でないK先生の優しい一言が私の拠り所であり、慰めのように思われました。

当事者児童の予後は、読み書きが改善する例はあまりありません。
ニュースで流れた成人となったI氏の悔し泣きの姿が焼き付きます。
「勉強は好きやったけど、読まれへん、書かれへんのが恥ずかしかった。ほんとはもっともっと勉強したかった!!」

先生たちは一体、将来長い大人時代の困難を想定し、目前の子どもに対してどれだけの責任を果たしているでしょうか?
私自身の戻ってこない半生(反省)も含めて、いくら慮ってもこの悔しさは計り知れません。
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テーマ:小さなしあわせ - ジャンル:日記

教育実践学フォーラム

2011年も早師走です。
公私共にいろんなことがあり、取り返しのつかないこともありましたが、概ねは平凡に日々が過ぎ、
掃除して3時にはホットケーキを焼いて食べて、のんびりとした日曜日が暮れていきます。
窓から紅葉に染まる山々を望み、居間には、ポインセチアと小さいクリスマスツリーを飾りました。

昨日は、久しぶりに中之島のお馴染みの場所へ出かけてきました。
午後12時30分にH大学講師のK先生と待ち合わせ、まずはランチをご一緒しました。

なんやかんやとブログに綴ってきたようなことを話していたら、定刻がすぐにやってきてしまいます。
「来年の今頃を考えると、一体どうなっているのかしらね、ホホホ。」
「K先生、その、『ホホホ』でどうにかなりますよ。」
「私には先生って呼ばないでちょうだい。あなたをお友達としてお誘いしたのだから。」
「なんだか恐縮してしまいます。もう私は特別支援のプロの道から逸れてしまったのですから。全ての免許を生かし切れず、葬ってしまいました。でも、世の中は世知辛いですから、こうして生きていることで十分です。」

大学院修了後、同窓だったK先生は長年の特別支援学校教諭から養護教諭を養成する保健学部の大学講師にキャリアアップされ、今や、博士課程で論文を作成中。しかし、日々の講義との両立は厳しく、なかなか進んでいないのだそうだ。

そんなエリート街道のK先生と並ばせていただき、セミナールームへ進んだ。
セミナールームは厳かでひっそりしているのに、大勢の教育関係者で満席だった。
「あら、ご無沙汰しております。」
「思いがけずお会いでき、嬉しいです!」
「こちらは娘です。今年合格しまして、来年から修士課程に入ります。」
「おめでとうございます。在学中はお母様に大変お世話になりました。どうぞ充実した学生生活をお過ごしください。」

毎年3回教育実践学フォーラムが主催され、今回で8年目、第24回目を迎えたとのこと。
ゲストスピーカーは、京都大学こころの未来研究センター教授 船橋新太郎先生。
船橋先生の輝かしい履歴は、省略させていただき、大まかに言ってしまうと、霊長類研究と、認知神経科学の世界的第一人者と称される理学博士でいらっしゃる。

テーマは「ワーキングメモリと前頭葉」

心理学における記憶の種類には、大きく「短期記憶」と「長期記憶」があるが、
ワーキングメモリとは、短期記憶のグループに属する。

短期記憶には、次のような特徴があるとされる。
1.貯蔵できる情報の容量に厳しい制限がある。
2.情報を貯蔵できる時間は数分程度。
3.貯蔵している情報を意識することができる。

さらに、短期記憶だけでは説明できない従来の認知機能としての記憶のメカニズムを「ワーキングメモリ」の概念として提案したBaddeleyは、いくつかのモデルを示した。

そして、心理学事典の説明では「ワーキングメモリ」とは、
環境から新たに入力される情報だけでなく、長期記憶から取り出された情報も含み、それらが併せられて状況の理解や作業遂行に必要な前提となる記憶が能動的に遂行される。したがって、変化や作業の進行に伴って変化していくものである。
「情報の一時保持機構と、情報の処理機構を併せ持つシステム」と考えることができる。

脳の作業台のような役割をする「ワーキングメモリ」は、日常生活で考えるとき、暗算をしているとき、相手の話を理解するとき、判断や意思決定するときなどに必要とされる。
例えば、目的地へ向かうため、同乗者と雑多な都市内を運転中の人が、同時進行で
会話したり、交通ルールを判別して事故を起こさないよう安全運転したり、ということができるのは、
脳の中でどんな神経回路が働いてできるのか?

しかし、嘗ての心理学者は、脳のどこの部位でそれが行われているのか究明してこなかった。

現在では、ワーキングメモリの役割は前頭連合野が相当すると考えられ、ヒトの脳で最も重要な部位とされている。
異種動物で前頭連合野の大きさを比較すると、ネコ3%、イヌ7%、マカクザル11% チンバンジー17%、ヒト29%で、ヒトを人たらしめている部位といえる。
また、ヒトの大脳皮質の成熟と発達は、前頭連合野の成熟が最も遅く、発達の影響を大きく受ける。
脳外科医にしてみれば、刺激しても誘発電位の起こらない「沈黙の脳」とも称されてきたが、実は最も重要な高次領域として知・情・意を司る部位とされる。

前頭連合野の損傷によって、
・問題解決能力・応用力の低下
・不要な刺激に対する反応抑制ができない
・感情表出や理解の困難
・倫理観・道徳観・責任感の欠如
など、いわゆる実行機能の障害として理解される。

さてそこで、
ワーキングメモリにかかわる神経メカニズムを探る。
・どのように調べるか?
・どのように情報を一時的に保持するか?
・どのような情報が保持されているか?
・どのようにして情報を処理するか?

マカカ属のサルを使った実験で、サルは(指さしをしないので)どこを見ているか(視覚情報)を脳波電位の変化を「再現法」の眼球運動で調べる。
見続ける訓練を続け、場所(位置情報)を覚えさせる。
覚えているときに、脳内でどんなことが起こっているのかを検証する。

実験の結果、サルが記憶しようとしているとき、前頭連合野の左右の両側にニューロン活動が活発に発火していると考えられる脳波の電位変化がみられた。
また、このとき、サルの眼球運動も活発になっていたことから、記憶と眼球運動にはかかわりがあるかもしれない?と考えられる。

しかし、どうやって記憶を保持しているのか?という疑問はまだ解明されていない。ということでした。


残り15分会場からの質疑応答は、
Q「思い出そうとするとき、上目使いになることがありますが、それと脳波との関連はありますか?」
A「巷ではそんなこと言ってるようですが、わかりません」


こんな立派な世界に名立たる博学の先生でも、わからないことがあるんだ!
謎は宇宙のごとく深まるばかりです。


私がどうしてもできなかった珍問は、
「生まれたての赤ちゃんは無理ですが、1歳ぐらいの赤ちゃんは指さしをする。でも、サルや自閉症の子どもはしない。この違いはどういうこと?つまり、前頭連合野の機能と何か関係ありますか?一体、いつから人類は指さしをし始めたの!?」
史上初の指さしはいつ、どこでどうやって生まれたのか!?
謎です!!

知りたいなら「心の未来研究センター」へ行かなくちゃなりませんかね。
いやいや研究ていうのは、誰も教えてくれない、だから自分で究めなくちゃならない。
地味で過酷なお仕事ですよね。

見るからに温厚でサンタクロース姿が似合いそうな船橋先生に感謝感激しました!
そして、何だかブログを綴り始めた頃の乳児室を懐かしく感じました。
どの赤ちゃんたちも、私にとっては大切な「先生」でした。

テーマ:一期一会。人生は出逢いで出来ている。 - ジャンル:日記

写真療法セミナーで再会!

終日雨の土曜日の、雨上がりの日曜日は、カラリと晴れて行楽日和になりました。
予てからスケジュールを立てていたことを午前、午後に渡って実行しました。

午前中は、故郷H市市庁舎前にて行われた恒例行事の「NPOフェスティバル」を見物しました。
一昨年くらいからしばしばお世話になっているあるNPO代表のOさんからお誘いの電話をいただき、Oさんの出店ブースを訪ねました。

NPOというのは、文字通りに非営利団体ですから、当然どの出店者もこの行楽日和が絶好のお商売日和です。
「こんにちは。どこかわからなくて探しましたよ。」
「久しぶりやね。おじゃみ(お手玉)どう?」
「さあ、子ども時代からおじゃみで遊んだことありませんから。」
「ほんなら、これは?」
はっきり言って押し売りだけど、まあ仕方ない。
財布の紐を緩めることとしました。


こういうところに来ると、いつもよりも財布の紐が緩んでしまいます。
地元のNPOセンターのブースでは、黄色いハッピ姿の女性たちが、東日本大震災被災地の物産を販売中。
「被災地からお見えですか?」
「いいえ、義援金を兼ねて気仙沼市の海産物を仕入れました。買っていただけると支援につながりますよ。」
「そうですね。今回の震災ではボランティアも何もできませんでしたから。」
そういう訳で、気仙沼産わかめを買いました。
因みに、お値段比較ですが、通常、業務用スーパーで購入している乾燥わかめが、40円足らずであるのに比して、
気仙沼塩蔵生わかめは、25倍もします!

続いてぶらぶらと市民会館の中へ足を進めると、NPO「七夕星まつりの会」さんが、講演会の真っ最中。
「どうぞ、中へ入って聴講してください。」
「そうですか・・・じゃあ、これも何かの縁かと思うので・・・」
となんだか無抵抗に会議室へと案内されました。

講演はほとんど終盤に入っていましたが、講演会の資料をいただきました。
テーマは「池田における機物の歴史と織姫伝説」
池田市観光協会ボランティアガイド代表の村田 昌義氏が講師をされていました。
池田にも織姫伝説があるとは初耳でした。どうやら織姫さまはあちこちに出没されてたのでしょうか?
それとも、彦星と夫婦になるまでは結構働き者だったんでしょうかね?


さて、正午を過ぎて、ぼちぼちと駅に向かい、特急電車に乗って次なる目的地へ。
40分後には、滞りなくヒルトンプラザに到着しました。
次なるセミナーの開演までには、時間が小1時間もあり、しばらく休憩用のソファで時間を潰すこととしました。

そして、30分前にはそろそろと、会場のニコンプラザフォトスクエアの中へと進みました。
奥の小さなセミナー室の受け付けには誰もいないので、勝手に署名をして資料をいただきました。
参加者署名の中には、既に既知のあるご家族一同の署名が書き込まれ、その中に一際クッキリと刻まれた懐かしい筆跡が目に飛び込みました。

セミナールームの中には主催者のS君がそこにいました。
室の隅に佇んでいました。
私とは目が合いません。
私が誰なのかもS君はもう覚えているはずがありません。

こっそりと、数名の聴講者に紛れて一番後列の席を陣取りました。
すると、着席して間もなく打ち合わせリハーサル中の女性に声をかけられました。

「あの、、ゆきんこせんせい??」
「わかりましたか?ご無沙汰しております。」
「よく来てくださいましたね!!」
「案内のおはがきをありがとうございました。それから、S君の写真集も謹呈していただいて。」

「S!ゆきんこせんせいよ!!」
「もうすっかり忘れていますよね。Sくん久しぶり。すごい写真を撮るんだってね!!」
すると、Sくんは視線を逸らし、恥ずかしそうに横を向いた。そして、ソワソワしたように
「うぅ~」と声を上げた。
「先生に教えてもらったし、おうちにも遊びに来てもらったよね?いつだったかしら?」
「もう13年ぐらい前だと思いますよ。私もとっくに40過ぎましたから。」
「ええっ!?もうそんな年になりましたか!」
「それはそうと、発表のご準備中でしたよね。どうぞ戻ってください。」
「ええ、でも、ちょちょっと話すだけですから。」
「話すってことが大変なことなんですよ。」
「まあ、、、それはそうです・・・それじゃ、また後で。」

S君のお母さんがリハーサルに戻り、やがて定刻に2時を迎えた。
小さなセミナールームは定員40名ちょうど満席になった。
写真療法のセミナー「子どもを救う写真の力」と題し、講師の野村氏が語り始めた。

以後、終了時刻4時のところを5時30分まで延長スピーチされた内容を詳細に綴っているのは、かなり大変なので、
概要を述べさせていただくと、

元有名私学進学校高校教諭だった野村氏が、写真の魅力に目覚め、写真部顧問に就任し、私的にもアマチュア写真家として、フォトコンテストなどで次々と受賞され、本格的に写真家となられた。
それが高じて、不登校や家庭の心理的問題を抱えた児童生徒たちに写真を使った認知行動療法をするに至り、ひとりひとりの問題解決の助力となった。そして、しばしば報道各紙で取り上げられるようになったそうだ。

何しろ、「写真を使った認知行動療法を行っている第1人者は、私だけ。」と野村氏はいう。
野村氏は、「ミイラとりがミイラになった」と自身を暴露される場面もあった。自らも、高校教員として従事することに苦悩され、半ば、ノイローゼとなり精神薬の多量投与の果てに幽体離脱体験まで持つという。

休憩を挟んで、S君のお母さんの事例発表もあった。
S君の生い立ちと幸せな家族史は不可分ではないだろう。
中学生になったころ、S君は正式に重度知的障害をもつ自閉症と診断された。
それでも、S君の幼い頃からの得意分野は今も彼の個性を際立たせているように思える。
無発語であっても、非言語コミュニケーションの表現手段をもっていたので、写真の被写体は彼の興味の幅広さを物語っている。
つまり、カメラのシャッターを切ることで、他者や外界とかかわるコミュニケーションツールを手に入れ、
彼自身の世界を拡大させたというのだ。

成人したS君は、私がとっくの昔に退職した施設で、現役就労中とのこと。
手先の器用さを生かし、作業工賃の成績も常にトップクラスだという。
そして、2年前から野村氏に師事し、余暇には家族旅行の旅先で写真の題材探しに無我夢中の様子だ。

そんな野村氏とS君ご一家に、実は今回、引き合わせたい旧知の女性がいた。
終了予定時刻を1時間半も超えても、聴講者は殆ど退席せず、最後まで真剣に聞き入った。
セミナーが終わっても尚、野村氏の周囲には特別な方々が取り巻き、なかなかコンタクトをとれずにいた。
面識もないのに、厚かましいことだが、この瞬間こそが私のミッションだった。

「あの、野村先生、失礼します。一昨日申し込んだゆきんこです。」
「ああ、はい」
「お電話で申し上げていた墨アーティストの方です。」
本来の居場所でないところでうろうろと彷徨う猫のように、野村氏はなんだか落ち着かなかった。

「本日は、貴重なお話をありがとうございました。お暇なときにこちらをご覧になってください。私のプロフィール付の最新機関紙です。」
こゆきさんが辛うじて、野村氏に目的物を手渡し、一礼して退散することとした。

「なんだかお忙しいところに、大阪駅のど真ん中へ呼び立ててしまってごめんなさい。」
「いいのよ!こういうのは絶好のタイミング。あなたからわざわざ誘いがあるってことは、神様からのお告げなんだから。」
「でも、10月中に2回もお会いできるなんて、よかったです。無理に応じていただき、お誘いした甲斐があるといいのですが。」
「NHKも取材に来てたし、野村さんが今は余裕がないんだなってわかったわ。でも、真剣に講演されてて、真摯な方だし、きっと落ち着いたら連絡を下さるわ。」
「はい。ところで、これからどうしましょうか?もうお帰りになりますよね。」
「ちょっとだけ、お茶しない?紹介したいいいお店あるのよ。休日はライブもあるんだけど、今夜はどうかな?」

梅田を後にし、こゆきさんの自家用車に便乗させていただいて着いたところは「チャクラ」というインド風喫茶&雑貨店。
休日静まる夕闇の南森町のビジネス街から少し外れた一角にひっそりと店のオレンジかかった灯りが印象的なお店だ。
ガラス引き戸の向こうにかなり珍しい民族衣装が並んでいて、思わず覗き込んだ。
引き戸を開けて奥に入ると、木のぬくもりに包まれたような喫茶室に妖艶なインドの民族音楽がBGMで流れ出した。

小さな男の子を連れた若い夫婦が去ると、部屋はこゆきさんとゆきんことで貸切状態になった。
前回こゆきさんに会ったのは、10月1日だった。
9月の再就職が決まって間もなく、突如、こゆきさんから新作の個展の案内はがきと電話でのお誘いがあり、
母と共に市民ギャラリーを訪れたばかりだった。


「しかし、どうしてこんなことになったのか、なんだか不思議です。私も制作に時間を削っていつも忙しいこゆきさんが無理を押してくださるとは思わず、ダメ元でお誘いしたのですよ。」
「それは、あなたの力よ。あなたが皆を引き寄せたのよ!自信持ちなさいって」
「今はもう、普通の平凡な主婦ですよ。」

異色の墨アーティストとして、知的障がいを持つ方々に書を指導されてきた経緯でしばしば取材をうけていたこゆきさんと野村氏がこの後、どんなコンタクトを織りなすのか、仕掛け人としてはお楽しみだ。

でも、一番いいと思えるのは、取材抜きにして自分にとって1日がナイスなニュースだ。
今回の講演内容は、写真療法に新奇性を感じたが、要は、親に愛されない自暴自棄になった子どもたちを
どのように癒し、他者を信じ、自分を信じ、笑顔を取り戻すためにどのように自立へと育むのか、それには写真が一助となるだろうということを示唆する発表だった。
なぜなら、たった一枚の写真には、どんな詳述された文章よりも見えないことばを抱合しているからだそうだ。
紹介された写真の中でいろんなことを乗り越えてきたS君の写真はやっぱり、幸せ色に見えた。

そんな取材対象になるよりも、思いがけない、かけがえのない瞬間的な再会にワクワクドキドキしたら、十分幸せだと思う。

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「子どものリズムとパフォーマンス」その2

終戦から65年目の記念日も相変わらずひどい暑さです。
お盆ラッシュとは関係ないですが、更新が滞りがちです。
猛暑に負けて、エアコンつけたら夕方から日暮れを待たないことには、ほんのそこまでの買い物までもが億劫です。
家事のなかでも、やっぱり買い物タイムは楽しいようで、面倒なロスタイム。
激安品の前で財布とにらめっこしながら手を伸ばしたり引っ込めたり。
冷蔵庫をパンパンにしたくないし、数日経てば、余った食材で何を作ろうかと悶々として献立が決まらな~い。。。

それなら、日中冷房の室内で何をしているのかといえば、11日から今日15日までの盆休み中は実家やら友人宅でのほほんと時間が過ぎていくばかりでした。
おなじみの故郷の市街地をうろうろするくらいで遠出はしなかった(金欠でできなかった)けど、比較的平凡な盆休みだったかな?

それでは、前回の続きです。
恩師Y教授との思いがけない再会の直後に教育実践学フォーラムが始まりました。
「子どもの生活リズムとパフォーマンス」-睡眠教育(眠育)の重要性-
ゲストスピーカーは、兵庫県子どもの睡眠と発達医療センター 三池輝久先生でした。

1942年熊本生まれの三池先生は、1968年熊本大学医学部卒後、小児科入局。
同大学医学部講師に就任後は、小児発達学講座を開講され、2008年4月より現職というプロフィールです。
本来は筋ジストロフィーが専門だったのに、不登校児にどっぷり専念されたと自己紹介されました。

不登校児の問題を取り上げるとき、生活リズム・パターンの改善がなかなか進まない。
生活リズムの乱れには、多くの原因や背景が考えられるが、本当の背景はどこにあるのか?
脳機能と、睡眠リズムのアンバランスではないだろうか?
睡眠は脳の栄養であり、「眠る力」は生命力でもある。
ある研究によれば、1日平均7時間睡眠の人は長寿。
5時間以下なら平均寿命よりも1.6倍、10時間以上なら1.9倍早死にするらしい。
つまり、ひとそれぞれの最適な睡眠時間には個人差はあるものの、
長生きするための理想的な睡眠時間は7時間で、
短時間でも長時間でも短命だということらしい。

睡眠を司る脳機能には3つの役割がある。
1.体温調節
2.ホルモン分泌
3.自律神経

レム(動)睡眠中には、情報処理ネットワーク(記憶)を整理する。
脳を活性化すると脳神経回路のシナプス受容器にグルタミン酸が蓄積するが、
睡眠時には、除去するはたらきがある。
徹夜で詰め込み型の試験勉強をすると、グルタミン酸が蓄積したままとなり、翌朝受験の最中ブチッと脳裏で音がしてそのまま頭が真っ白になり、しばらく眠ってしまったというエピソードもある。
だから、「あんまり勉強しすぎると却って逆効果」
無理しても脳は働かない。
ミトコンドリアは体内にエネルギーを供給する役割をし、且つ、シナプスの脳機能維持を果たしている。
しかし、質の良い睡眠中に機能されていて、熟睡できないと機能しない。

睡眠の「長さ」と「時間帯」と「質」がとても重要である。
光と電気の24時間営業の現代日本人のライフスタイルが、生活リズムを壊し、日本人は睡眠によるリセットの力が失われている。

地球上の社会生活、学校生活からの離脱、睡眠欠乏の慢性化と混乱が脳機能の歯車を噛み合わせることが難しくなっているのに加え、脳機能バランスの悪さが、昨今の発達障がいを引き起こしているのではないか?
と、三池先生は推測されている。

睡眠が障害されると、どうなるのか?
ネズミを不眠不休させると、6日目には死んでしまう。
発達障害児では、新生児期から泣いてばかりいて眠らないなどの症状が懸念される。
乳児期から睡眠リズムがバラバラというケースは後に発達障害と診断されることもあるだろう。
1~4歳児の71%は午後10時までに就寝しているが、29%が10時以降も起きている。
これらの約3割の子どもたちを3~5歳までのうちに睡眠障害の治療・予防する必要がある。
そうでないと、睡眠障害は生涯の問題につながるのではないだろうか?
思春期に睡眠障害で朝起きられないという理由で不登校に陥った場合、
起きてから登校させるというのではなく、定刻に無理に起こして連れて行く方が得策である。

ADHDの場合、多動になるのは脳の一部が眠っていて、覚醒しきっていない状態であることが一因と考えられる。
日中、教室で「じっとしてろ」「座っていろ」と叱られると、
本人は「自分は好かれていない」「どうせ俺なんか・・・」という態度になり、
やがて反抗挑戦性障害へとつながりかねない。

睡眠障害は発達障害児・者だけの問題ではない。
ストレスと不安が強まると眠れなくなり、仕事が捗らない社会人を増産している。
夜でも明るい日本の都会の有様にも問題がある。
睡眠学者アビサレイの報告によれば、
日本人の平均睡眠時間は、1960年代には8時間13分だったが、
2000年代には、7時間23分に減少している。
最早日本人は、世界で一番睡眠時間が短くなってしまった。
日本だけでなく、隣国韓国の高校生も受験競争を強いられ、睡眠時間は5時間以下とのことである。

三池先生はレジュメでも、以下のように強調してしめくくっている。
「不登校は、こころの問題を背景とした不安や緊張に伴う生活時計軸のズレです。
 朝、学校社会生活時間に脳が目覚めてくれず、精神身体活動の準備が間に合わないので、
最終的には昼夜逆転の眠りが現れます。
こころの問題の解決はできませんが、睡眠リズムを調節し、学校社会への復帰に向けて準備を整えるお手伝いができます。」
今後は、幼児期・児童期からの睡眠障害と思春期不登校、ひいてはひきこもりとの一連の関連性を明らかにする研究をされるそうだ。

テーマ:みんなに知ってもらいたい - ジャンル:日記

「子どもの生活リズムとパフォーマンス」

主婦業は、エンドレスの無報酬事業です。
やめられない、とまらないわけだけど、
子育て済んで、パートナーも円満定年退職したとき、
「自分の残された時間を自由に謳歌したい」
という熟年女性の気持ちが、たったの4ヶ月くらいでなんとなくわかってしまうのは、
自分でも少し早過ぎないだろうか?

以前は毎日、綴っていたブログを今はまとまった時間がとれなくて一番、後回しになってしまいます。
余暇は確実に増えているはずなのに、脳裏で「そうじしなくちゃ」「買い物しなくちゃ」「料理しなくちゃ」と考えていることは、永い独身時代には全くといっていいほど母任せだった・・・

長寿天国は、間違いだったのかと諸外国から疑われるような報道が相次いでいて、目下、私の親族も他人事ではありません。
週に1回は、独居暮らしにしてしまった母の様子を見に行ったり、母の親しい友人に様子を訊ねたりと、
日ごろの何気ない会話が一番大事だなと切実に感じる猛暑の8月上旬です。


さて、前置きがいつも長いのがクセであり、何気ないことも大げさに記録する習癖も遅まきながらのブログ更新を維持させています。
去る7月31日(土)は待ちに待った講演会の当日でした。
大学院の同窓生で親しくしてくださっていた複数の目上の女性の方々をしつこくお誘いしていました。
3名の方々は、いずれも教育者として重要な社会的地位をお持ちの上に、相変わらずのご多忙ぶりで、なかなか連絡がつきませんでした。

けれども、そのうちの1名の方と再会することができました。
待ち合わせは、大阪中之島界隈のキャンパスイノベーションセンターに正午と決まりました。
独身時代から、しばしば愛用してきた青いワンピース姿でいそいそと出かけました。
お相手は、某H大学の講師に就任して3年目のK先生で、2年ぶりの再会でした。

「貴女が、わざわざ誘ってくださらなかったら、自分の研究につながるこの講演を聞き逃していたわ。ありがとう。」
「大学院に入学する前から定期的にフォーラムを開催されているのを知っていて、修了後もしばしば聴講していたのですが、今回はどなたか同窓の先生方とご一緒したかったのです。
今や、すっかり大学院と無縁の生活を送っている私に、変わらず懇意にしてくださってありがとうございます。」
「そうね。。。不況で大変でしょうけど、がんばってね。」
「先生の大学の学生さんたちも就活大変なのでしょうね。」
「ええ。採用試験に合格した学生は誰もいないから、厳しいわね。偏差値がそんなに高くないし、受験勉強もそんなに苦学していないからのんびりした学風なのよね。」
「中高時代から、それほど遮二無二勉学に励まずに、すんなりと大学まできたのでしょうね。」
「そうなの。だから、社会人になる厳しさがよくわかってないらしいのよ。だから採用試験や就活を何となく甘く考えてるようね。」
「私も当時はそうだったかもしれないです。バブルがはじける前だから、のんびりしたものでした。社会人になって大学も入りなおしてみたけど、履歴が途切れ途切れになってしまっては、もう取り返しがつきません。」
シーフードピラフを食べ終え、話は、今時20歳前後の現役大学生たちの関心事が生活習慣と肥満の関係についてだったり、ひきこもりの人々の将来、ヤンママの虐待の危険性や、親ライセンスの必要性など、誰もが持っている最近の関心事へと進んだ。
その間、突然、携帯電話のベルが鳴って中座した。
お誘いしていたもう一方の、S先生からだった。
「ごめんね~~!!本当は今日行くつもりでちゃんと申し込みもしたんだけど、午後から急に学生のゼミが入ってしまって・・・!今度はきっとご一緒しましょう!!」

講演30分前の午後2時になり、2階のレストランから3階の多目的ホールへと移動した。
着座してしばらくすると、何と、恩師の修士論文指導教員Y教授がお出ましになり、私の後列に着席された。
「先生、ご無沙汰しております。在学中はお世話になりました。こちらで偶然お会いできるとはびっくりしました。」
「大学教員もいろいろ勉強しなくちゃね。フォーラムは、所用がなければ参加するようにしてるよ。
元気に新婚生活送ってるの?」
「はい。毎日の家事に苦労してます。主婦の地道な大変さが身にしみてます。」
「そうなんだ。えらいじゃないか。」
「Tさんは、無事、論文書いて修了されましたか?」
「それが、まだ指導してるんだよ。今年でラストチャンスだからね。」

定刻2時半になり、司会のコーディネーターM先生が、ゲストスピーカーの紹介をするところからフォーラムが始まった。
ここで、そろそろ晩御飯の支度をします。
<続く>

プロフィール

ゆきんこ

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴13年目になりました。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    修了後も、失業と再就職を繰り返し、どうにかケセラセラでやってきました。
    出会いと別れの中で次第に専門分野への執着を捨て、遠ざかる日々です。

    独身時代の趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などでしたが、兼業主婦になってからは家事にまい進、心身とともに衰退しています。
    かなり前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。

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