日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
嘘じゃありません(仰げば尊し)
2014年04月01日 (火) | 編集 |
本日エイプリルフール。
しかし、嘘をついている暇はありませんでした。

本当に、今日から消費税は8%になってしまいました。
本当に、「笑っていいとも」は終わって、『バイキング』なる新番組が始まりました。

そういうのは、あまり私には関係ありませんが、
私の場合、今日から失業者になりました。

去年8月7日に採用されてから今日を待ちわびていましたから、本望です。
私には、いえ、ある自治体にとっては、パラダイムシフトが起こるほどの大変革の一翼を担うことになり、
正直、荷が重すぎて恐る恐るその町へ毎日通勤していました。

そして、昨日3月31日。
年度替わりでドタバタしている上司を足止めさせてしまいましたが、辛うじて退職のご挨拶をさせていただきました。
「また機会がありましたら、お力を貸してください。」
「自分なりに調べさせていただいておりました。お役に立つ機会がございましたら、よろしくお願い申し上げます。」

終始一貫、敬礼をしてくださいました。

でも、結局、そのことばはもちろん社交辞令です。
いえ、私にとっては身に余る光栄な8か月間でした。

45歳にしてようやく学校現場での職務に就くことができたは、このブロクをアーカイブしていただけたら、つながってくるのです。

私がそもそもこのブロクを綴り始めたきっかけは、社会人大学院での日々を公開したいと思ったからです。
大学院受験を志し、挑んでから10年が経ちました。

まさか、10年経って文部科学省のモデル事業の仕事をさせてもらうことになろうとは思いもしませんでした。
しかし、反対に言えば、教育現場は私のような「前代未聞の」職務者を投じることで、なんとか窮状を打破したいとの
文部科学省からの念願があったのです。

私が配属されたのは、学校現場における「火の見櫓」的な部署でした。
正直のところ、前職のコールセンターでの職務は性に合っていました。
だるくて重い不定愁訴と慢性腰痛を気遣ってくれる同年代の優しいおばちゃん集団が気に入っていました。

突如の真夏の出来事で、おばちゃんたちとお別れし、なじまない町でゼロから人間関係と信頼関係を築き直すことが、
はっきり言って転職回数が多すぎる私にはもうたくさんでした。
40代には、「ゆきんこさん」と呼ばれていたのに、再び「ゆきんこ先生」と呼ばれることになりました。
失礼なことに、中枢部署にて、私はまるで荒木村重に幽閉された「官兵衛」のような気持ちで8か月間を過ごしました。

けれども、その間もありがたいことに、元のコールセンターやら医療事務を習った仲間との親交は途絶えず、労いや励ましのメールに支えられていました。

しかし、悪いことばかりではありません。
今振り返ってみると、私の勤務態度がいけなかったのです。
大いに反省しました。

「ゆきんこ先生もやりにくかったでしょうね。突然の新しい誰もやったことがないお仕事ですものね。」
「ありがとうございます。そう思ってくださいますか?」
「お疲れ様でした。でも、私もゆきんこ先生に救われたのですよ。落ち込んでいた時に先生の書評を読んで、やる気が出せたのです。ありがとうございました。」
「そう言っていただけて、私も嬉しいです。転職してこちらに来た甲斐がありました。」
と、慮ってくださるF先生からのことばで、8か月間の緊張感がほどけました。

「え~!毎朝4時半起き!? よく通勤してますね」
「ありがとうございます。そう言ってくださるからがんばって早起きできます。」
と、花の世話をするSさんが声をかけてくださった。
毎朝、ピカピカに廊下やトイレを掃除して下さっていた清掃の方たちにも自分から挨拶をした。
昼休みには、厨房の配膳係のMさんと雑談をして親しくなった。

事務員さんも別れ際に、アドバイスしてくれた。
「せめて、教員免許更新だけでもしておいたら?」
「う・・・ん、そうですね。そのおかげでこちらで働かせていただけたのですから」

ブログにはこの辺で留めておいて、あまり詳しいことは職務上書けない。
故郷のK市の窓から山も川も見える。
春には鶯の囀りも聞こえる。


中学時代、ワンダーフォーゲル部で、近畿圏の山を登った。
ワンダーフォーゲルの語源は、「渡り鳥」だ。
その名の通り、私はどうやら一所に居つくのは難しいらしい。
おかげさまで、「前代未聞の」職務に就かせていただいたのは、これで3度目だ。
6歳から18歳までの特別支援を要する学齢期の児童生徒の方々にも接することができた。

80歳前の母も言ってくれた。
「あんたもいろんなところへ行っていろんな経験してるね。数奇な運命やね」
「そう思うよ」
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2014/04/01 22:55 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
改めてABA?
2013年09月01日 (日) | 編集 |
本日、防災の日。
大正時代の大参事 関東大震災のことも忘れて、暢気な9月1日日曜日を過ごしています。
昨日からの大雨も午後から上がって、付近の野山はかわらず佇んでいます。

しかし、私の人生はまた一変してしまいました。
お盆休みはどうしてたっけ?
9日間もあったのに、どこへもでかけず、PCにかじりついていました。
今夏はそれしか暇つぶしがなく、休みの終盤に新しい仕事着を新調したくらい。
久しぶりに遠方の友人とスカイプでしゃべってイベントも何もなく終わりました。

さて、盆休み明け。
早速、私の机を設けてもらったのはいいのですが、
本格的に新しい勤務が始まると思いきや、仕事らしい仕事はありませんでした。

「事務局のHさんからすぐ退職するように言われたのですが。」
「いやあ、ごめんな。今はまだ研修中で、スタッフは皆それぞれ出払ってるんやわ」
それでも、週の半分はなんとか潜りでキャンセル待ちの研修やセミナーに飛び入り参加させていただき、
残りの3日間は、誰もいないスタッフ室で、勤務時間、関係書類に目を通して過ごすだけでした。
それもそのはず。
8月末日までは夏休み。
9月にならないと、私の新しい仕事も始まり様がありません。
それを承知で、早めに職場の様子に慣れた方がいいと思ったのですが、
結局、あまりに暇すぎて、勤務時間中は軟禁状態に近い感じでした。

しかし、私の心に少しときめくことがありました。
このときめきは、彼是このブログを始めたいきさつにかかわる出来事に由来します。

配属された4名のスタッフの補助業務として、新しく迎えられた訳ですが、
その4名のうち、最も若いアラサーのKさんと会話を交わすうち、次第に親しくなりました。

というのは、遡ること10年前、社会人大学院を受験することを決意し、
大学院生活ネタをアップする目的で、ブログを更新し続けてきました。
結局、その10年前に志した第1志望の研究室には入れなかったのですが、
第2志望の幼年コースに入学し、同大学院内で周辺をうろうろしながら、悔しい思いをしていました。

そして、向かい合った座席のK氏は、その第1志望のゼミの学部修了生で、現在はF氏に師事しているというのです。

「とても、アスペルガーとはわかりませんね」
「まあ、そのうちわかりますよ」
「今回の求人話、とっくに過去になって諦めていたのに、正直今更で、嬉しくなかったのよ。」
言ってみれば狭い世界。
大学の先輩後輩という間からの私とKさん。
これ幸いと、暇つぶしをいいことに共通の話題である懐かしいABAの話に花が咲きました。
「ABAの話ができるなんて嬉しいですね!」
「それは、こっちのセリフ。面接では何も言ってもらえなくてがっかりしたのよ。」
「どんな本読みましたか?」
「碧い表紙のABA入門。これはボロボロになるまで実用したよ。この本に出会わなかったら、大学院に挑もうとは思わなかった。今にして思えば、身銭を切るまでもなく、同様のセミナーが気軽に受講できたのにね。」

さすがにABAに精通しているI先生の愛弟子として鍛えあがられたK氏の読破ぶりに、
改めて消し去ったABAへの情熱が再燃した。
「燃えカスにまた火がついたみたい」

K氏から聞くところによると、私にとって禁断のIゼミの内部はかなりの混迷を極めていたらしい。
だから、飛び入りの道場破りは許容しても、ゼミ志望の学生を拒絶していたとのこと。
「それなら、セミナーで高らかにあのアナウンスはないよね。『どうぞ御気軽にサテライト受験してください』と。」
一件があったのは、その後しばらくのことだったらしいから、内情がわからない限りは仕方がない。

虐待を受けて育った私には、『こわくて胃が痛くなってしまうほどの』『血尿が出るほど頑張らなければ認めてもらえないほどの』スパルタ方式過ぎるゼミの徒弟制度にはとてもついていけなかっただろう。
I先生の本質や実態を何も知らないで、ただ追っかけをしているくらいで良かったかもしれない。

アラサーのK氏は、40半ばのゆきんこおばさんにとても紳士的で恭しい。
そして、精通しているABAについてなんでも親切に解説してくれる。
「ゆきんこさん、そうおっしゃらず、どうぞ安心して内地留学のつもりでいてください。」
「内地留学!!? それなら来てよかったよ。K氏とこれから仕事できるなんて本当に嬉しい。」

しかし、彼のセリフに用心するに越したことはない。
甘いセリフで誘っておいて、その実、スパルタ。
それが、ABAの落とし穴かもしれない。
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2013/09/01 16:09 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
珍しく9連休
2013年08月13日 (火) | 編集 |
めまぐるしい7月が終わっても、信じられない記録的猛暑は続いています。
今年は、甲子園の高校球児の皆様や会場の応援の方々も熱中症にはくれぐれもお気をつけいただきたいものです。

昨日、第1試合は難なく横浜高校が、香川丸亀高校を下し、
今日の第1試合は初出場で初勝利をあげた富山第一と、第4試合は延長戦で辛くもサヨナラ勝ちした大阪桐蔭の模様に興じました。
猛暑ではありますが室内でゆるりとしたお盆休みを過ごしています。

しかし、ゆるりとしているのは、10日から19日までの9連休中だけのこと。
それが終わってからの新業務のことは、今このひとときはあまり考えますまい。

というのも、さかのぼること、8月5日にようやく就業する初日の通知があり、
8月7日付で辞令の交付を受けました。

その前からHPで関連する情報を事前学習するものの、該当する情報が実に少ない。ほとんどない。
しばらく平日の有閑マダム的午後のお茶の時間はご法度になります。
それで、2日には無理を言って旧友のSちゃんを難波へ呼び出し、シャトルバスに乗ってIKEAに繰り出しました。

「そんな遠くまでフルタイムで週5日勤務大丈夫?多分、仕事内容は合ってると思うけど、家事やる時間がとれないよ。」
「うん・・・またダウンしないかと不安だし、今は結婚してるから両立無理だよ。だから、いざとなれば、また前職に戻れるように会社に頼んでおいたの。『待ってるよ』と言ってもらってほっとしたけど、それでも不安だな~」


仕事内容不明のまま、不安いっぱいで厳かな雰囲気の中、辞令を受けて自己紹介。
それから3日間は、毎朝、まずは挨拶と自己紹介、午後から会議と研修だけでせいいっぱい。
「はじめまして。ゆきんこと申します。
ブランクと腰痛がありますが、せいいっぱいがんばりますので、よろしくお願いします。」
の連続でした。

2日目には、8月に同じ条件で採用された職種の方々3名にも会する機会がありました。
なんでも、この新規モデル事業に相応しい人材がなかなか見当たらなかったとか。
「私でいいんですか?」
と聞いたけど、やっぱり私しかいなかったみたいで、実にありがたいご縁です。

でも、本心は
「なんで私なん?」
と思ってる。
「あなたは、生きるのが下手よね。」
「ほんと、損な性分よね」
と慰められてなんとか、捻くれそうな自分を宥めすかしている。

今回の仕事に就くことになって、否応なしに
自分の半生を振り返らざるを得なかった。
走馬灯とはこのことで、
過去20年間の汗と涙と辛酸なめた経験が次々と脳裏によみがえった。


3日目にして、所属の一室に机を設けていただき、恭しく迎えていただけてようやく所属感がわいてきました。
新しく同僚になる方は4名で、男性2名、女性2名。
皆さんとても親切で、なんとか落ち着いてきました。

そして、4日目からはいきなりお盆休みが土日を挟んで9連休。

本日はちょうどその中日です。
お盆休み中、特に変わったこともなく、普通の主婦生活に戻りました。
実家の母の様子を見に行ったり、整骨院への通院。
2時間も待ちくたびれて、顔見知りになったお馴染みの患者さんたちとダべリング。
姿勢矯正効果は抜群でいつも満員御礼なのは結構ですが、去年よりも3倍くらいに患者さんが増えていて、
暑くて苛立つのか、予約制にして欲しいと不満げです。

家では、3食ご飯作って、掃除、洗濯、お買い物。
昼食は薬味を添えた麺類、夕食はミキサー使って野菜の冷スープなど夏バテ対策してますが、
こう暑くてはただでさえ、食が細いのに、ますます食欲不振。

今朝は、猛暑に耐えられなくなる前に午前9時までに
桃と和菓子をお供えして、お墓参りも済ませました。
付近のお墓はちゃんと仏花が供えられていて、これは次回からの反省です。
私がいくら一生懸命やっても、やっぱり血族にしてもらいたい。
そして、私の血族はどうして私を他人同然扱いなのだろうか・・・
よほど、前世の行いが悪かったんでしょう。

お盆休みといえば、
独身時代は、母にまかせっきりで、どこへも出かけず家事だけという夏休みはありませんでした。
「かまわず、どこかへ出かけていいよ」
と言われてもね。

今年は熱中症で命を落とす方もいらっしゃるし、危険危険。
いつかの夏には、天然クーラーで有名な奈良の天川村へ行ってみたいという希望はあります。

7月まで親しくしてくれた会社の同僚の方たちとの交流も続いていて、
Aさんからは、「ペルセデス流星群の観測」を勧めてもらいました。

それで、一昨日の夜と昨夜に夜空を見上げてみたのですが、
(♪見上げてごらん~夜の星を~)
老眼のため、よく見えません。
点滅してるのは、星じゃなくて飛行機だよね。

あと残り4日どんなふうに過ごしましょうか?
週明けの19日からはいよいよ起床4時半、6時に家を出て片道2時間の通勤が始まります。
今までがあまりにお気楽な、片手間主婦のシフト勤務だったから、余計に辛いのです。

そんなにスーパーウーマンだなんて買い被らないでください。
晴天の霹靂でも、いつも通り、平常心でいるように
めげないように、キレないように、ぶっ倒れないように、せいいっぱい努力してるんです。


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2013/08/13 11:35 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
モーレツしごきバイト
2013年07月16日 (火) | 編集 |
今年はアベノミクスの効果で、一部の方々には昇給やらボーナスの優遇があったと想像しますが、
我が家の家計においては、何らの影響も受けておりません。
というか、そもそも障碍児・者業界に長く身を置いていたので、経済の動向には無頓着。
ブログの立ち上げから間もなく現場を離れて久しいですが、それからというもの不況に喘ぎながら今夏を迎えました。

それで、更新できなかった1か月間は、3週間のフルタイムでの立ち仕事に明け暮れていました。
私と同じ条件で採用されたアルバイト雇用者は7名。
6月22日初日からおおわらわの勤務にドボン!
たとえていうなら、2日半の研修でよくわからないうちに実践現場に放り込まれた鵜のような気持ち。

初日は何が困ったと言って、いざ、出陣というときに、何のフォローもなく接客し、端末操作を行う羽目になりました。
販売の仕事とはわかっていて応募して、思いがけず採用されたはよかったのですが、
見よう見まねで、おばさんになって初めてのバーコードのレジ操作をこなさなくてはなりませんでした。

なんだか、人様のお金に触り慣れていないので、レジでもたついてしまい、ピー・・・とエラー音が鳴り響きます。
おろおろして、常駐の社員さんやパートさんの手を患わずこと甚だしく、ストレスフルでした。
研修では何も聞かされていない難題にぶち当たり、訳のわからない初日が終わりました。
午後7時半の電車のホームで汗だくのクタクタになってしまい、夕食を作る気力もありませんでした。

勤務4日目には、とんでもない失敗でスタッフに尻拭いをさせ、疲れを通り越し、食事も休憩も取るのも忘れて追われていました。
何せ、レジだけでなく、端末操作がやっぱりややこしい。
誰や、こんなプログラム作ったの!?
と不満をもらしたところで、決められた操作ができないことには仕事になりません。
それだけでなく、店内の案内やら、商品在庫の確認、取り寄せの内線での連絡などなど、
バイトにしてはあまりにも業務が多すぎて、おばさんの脳みその容量を超えて、フリーズしたり、
理解不能的消化不良を起こしていました。

こんなに業務内容溢れているなら、もっと研修できっちり教えて欲しかったと応募したことを悔やみました。

バイト仲間もそれぞれに仕事が夢に出てきたり、お腹を壊すなどの不調を訴えていました。
疲労困憊し、楽しみにしていた女子会の誘いも断り、オフは専ら休み明けの勤務に備えてただただ休養するだけでした。

とうとう10日間を過ぎ、6月末日にはエアコンで喉の調子が悪くなったのをきっかけに、鼻水、倦怠感と、
夏風邪でダウンしてしまいました。
7月1日から3日3晩熱にうなされて、この3日間の方が仕事よりもよほどしんどかったです。

熱が下がって週末からまた勤務に復帰しました。
その頃には、6月中の繁忙期が一時マシになったのと、レジの操作や慌ただしい業務に少し慣れてきました。

それにしても、底なしに覚えきれない決まりごとでミスと失敗は最終日まで続きました。
せめてもの救いは、ここまでいやというほど失敗を繰り返しても、へこたれなかったことです。
3週間というゴールがあったから、耐えられたかもしれません。
すっかりおばさんになったので、ふれぶてしくなったのかもしれません。
でも、この調子で物覚えが悪いのでは、自分は将来、認知症になるかもしれないという不安を感じました。

バイトの私でもこんなにヘロヘロだったから、尻拭い係でもある社員さんたちの気苦労は、どれだけだっただろうとそれが一番、心苦しかったです。
「ゆきんこさん、今日で最後だけど、また、このバイトをするかもしれないから、言っておくね。」
と丁寧に指導してくださいました。
最後の挨拶では、
「お世話になりました。」
「また来てくださいね。」
社交辞令とも思いましたけど、テキパキとした接客のプロの方の贐のことばは嬉しかったです。
そういう訳で、販売の仕事も奥は深く、難しいのだなと痛感しました。

でも、この部署に関しては、休憩時間に交わした他の従業員の方々のコメントによると、
「一番大変なところに配属になったのね。」
「あの部署は3週間で覚えられる業務ではないわよ。」
「ピリピリしているのは業務上仕方ないのよ。」
「挫けず、がんばってね。」
という慰めと励ましで、やっぱり大変なバイトなんだと自分を奮い立たせていました。


のど元過ぎれば、暑さもしんどさも忘れてしまうでしょう。
明日は、いつものバイト先に戻る予定です。
いつものバイト先があるのも有難い。

しかし、こちらはバイト同僚によれば、5月6月のうちに、ベテランの正職員が複数人退職したと、波乱含みです。
私自身のバイト人生も波乱含み。
やっぱり、おばさんパートでいいから自分の適職と安定した雇用を望みます。
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2013/07/16 17:55 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
秋深し 仕事に復帰しました。
2012年11月03日 (土) | 編集 |
10月は1か月間まるまる休職し、姿勢矯正と腰痛治療に励んだ月間でしたが、
終わってみれば、もう文化の日。

その間、世間は山中先生のノーベル医学生理学賞と文化勲章の受賞に喜んでいた反面、
アメリカ大統領選挙戦も大詰めとなり、日本の大手家電メーカーをはじめとする景気の低迷などのニュースが報じられました。

ちょっとしたマイブームとしては、お気に入りの俳優さんがいます。
その30歳の独身男性の俳優さんは、15年前の高校時代、わが故郷で結構有名なK学園高校の出身だそうです。
K学園は、毎年ラグビーで優勝を誇っているのですが、その俳優Tさんも、ラグビー部で活躍していたと、
昨日のバラエティートーク番組で本人さんが語っていました。
今晩も、新しいドラマで若手刑事役として出演するので、楽しみに待っているところです。


さて、私の腰痛治療経過といえば、実は遅々としながらも姿勢矯正は進展していきました。
室内が埃を被ると、クシャミと鼻水を連発し、掃除しないわけにはいきません。
それで、ちょっと念入りに掃除をしたり、小走りしようものなら、また元の歪んだ姿勢に戻ってしまいます。

「もう10回くらい言ったけどな」とI先生のお達し通りに、
「いついかなる動作をしているときでも、自分のその瞬間の姿勢を自己モニタリングせよ」との指令の意味がようやくつかめてきたように思います。

このI先生のウンチクが厭でいやで、何度通院を止めようかと思い悩んで、紹介者の同僚Iさんや、親友に愚痴をぶちまけていました。
「何の権限で仕事も休ませて、毎日通院させて、一体、いつまで私を金蔓にする気なんだ」と日に日にイライラが募りました。

でも、ようやく気付いたのです。
「やっぱり、子ども時代からの歪みが半年ほどで簡単に治るはずがない。こんなにも歪めてきたのは自分自身なんだから・・・」

長年、一体どんな姿勢を年がら年中やってきたのか、
1日のうちでも数えきれないくらいに前かがみの姿勢になっていて、
それに自分が全く意識していなかった!

姿見の鏡に写る自分を眺めて少し驚いています。
「自分の体がシンメトリーになっている!」
「O脚が伸びている!!」
春から通い始めて秋が深まり、ようやく気が付いた11月です。

昨日の夕刻、1か月ぶりにアルバイト先のシフト勤務に入ったところ、ちょっとした変化を発見しました。
まず、正社員の若い女性スタッフが新規採用され、新たにアルバイト勤務者も大勢要請されていました。
給与はホントに安いし、じわりじわりと細かいルールが追加されていますが、こういうところを見ると、このご時世によく努力して社会貢献しているなと思います。
9月末には埃を被っていた扇風機も掃除されていて、ダストアレルギー傾向の私としては嬉しい。
お客様にお伝えする内容も、少しアレンジされて、戸惑いながらの復帰第1日目でした。

しかし、案外、仕事内容はきちんと覚えていて、おなじみのメンバーの方々と同席しながら卒なく終えることができました。

「こんばんは、久しぶりですね。」
「腰痛持ちで、休養していました。また今月からよろしくお願いします。」
「ゆきんこさん、私と同い年だったのね」
「同じ中学校の出身だったのね」
と、最近同年齢でダブルワークの方たちとちょっと会話することも増えてきました。

私の場合、晩婚で子どもはいませんが、同年齢の女性なら大抵は中高生のお母さん。
子どもの教育費を捻出するために、土日や夜もお母さんたちは健気にも働いているのです。

なんといってもこの会社の最も良いところは、陰湿なイジメ臭いムードがなく、皆さん、気さくに笑顔で挨拶を交わします。
現在の職場環境がいいからこそ、長年治らずに後回しにしてきた腰痛に向き合う時間に集中できたかもしれないと振り返ります。

今月は姿勢を崩さないように気を付けながら無理なくゆるゆると仕事に戻っていくつもりです。


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2012/11/03 20:39 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲