日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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ヴィゴツキーの結論
2009年08月24日 (月) | 編集 |
週明けの実習現場で最終週の第4週を迎えた。
出勤前の天気は爽快な9月初旬の陽気と報じていた。
少し冷え込んだせいか、ぐっすり熟睡したわりには寝覚めは悪く、眠気が残ったまま起床した。
それでも、戸外へ出ていつもの坂道を自転車で滑り降り市街地を通り抜けると自然、清清しい気分になった。

しかし、ただならぬムードが漂う文書窓口のスタッフの面持ちが気になりつつ、実習生らしくいつも通りにご挨拶。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「大丈夫ですか?お顔の色がよくありませんね。まだしんどいのでは?」
「ええ、、、大丈夫です。」

実習の初日にオリエンテーションで個人情報保護についてのレクチャーをしてくださった
生後2ヶ月の女の子のパパである総括のO氏と文窓口担当のDさんがなにやらひそひそ話。

古今東西、ありとあらゆる人間関係が複雑でややこしく悩ましいのは、「仕方がない」?
いえいえ、仕方がないだなんて心理学者は単純にカタをつけないだろう。

「だいたいわかったやろ?」
「はい。」
先週1週間で、やっとこさ文書窓口の主要な流れはなんとか掴めた。

「でも、本気でこの業界で働きたいんやったらこの部署よりもせっかく訓練校で勉強した資格試験をそのまま活かせる部署をお薦めするわ。」
「そうですか・・・」

この仕事も奥は深いので究めればそれなりにやりがいを持って(人間関係に目をつぶれば)従事していけそうな実感を覚えていた。
とりわけ、この職場はとてもばかでかい規模の人々が入り乱れてやってくる。
同じ職種の女性部隊は100名以上はいるし、他にも多種多様の職種の人々がそれぞれのユニフォームに応じたそれぞれの役割を果たしていた。
その独特の組織運営が何といってもこじんまりした従来の保育・障がい者関連の施設とは違ってある意味閉塞感を感じさせていなかった。

それで、転記して残しておきたかったのは、昨日に引き続きヴィゴツキーのことばです。

P245  第4章  結論

われわれは、この定式化を充分な明瞭さをもって今まで述べてきたすべてのものからどのようにして行うのかについて、福音書の定式であれ、ゲーテの定式であれ、われわれが強調しなかったどのことばであれ、そこに立ち止まることはできない。しかし、これらすべての定式は、グーツマンの定式を含めて必然的に継続する必要性を認めないわけにはいかない。それらは始めに何が存在したかについて述べている。しかし、何がその後にあったのか、始めは始め、つまり運動の出発点に過ぎない。
発達の過程そのものが、出発点の否定、始めにはないが発達の道のりの最後に位置している高次の行為の形態への運動をそれ自身のなかに必然的に含んでいる。それはどのようにして実現されるのか、この問いへの解答の試みがわれわれをしてこの書物を書くようにしむけたのだ。われわれは、その試みの延長として言葉がどのようにして行為に基づいてそれ自身知性化し、発達しながら、行為を高次の行為に意志の刻印をどのようにつけるのかを示そうとした。しかし、われわれは、簡単な定式で一つの位相でこのことすべてを表したいのであるから、われわれは、次のように述べることができよう。もし、発達の始めに言葉とは無関係な行為があるとするなら、発達の最後には行為となりゆく言葉がある。人間の行為を自由なものにする言葉が。

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2009/08/24 21:05 | 研究 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
ヴィゴツキーに捧ぐ
2009年08月23日 (日) | 編集 |
今日でブログを開設して丸4年経過した。
つまり、マイブログ4周年記念日ですね。(パチパチパチパチ拍手)

「継続は力なり」とは真実だと思います。
どうにしてこんなにも心理学が大好きなのに、その道のプロになることを遮断化されているのか・・・
その煮え切らない自分で自分の思いを言語化しにくいもどかしさは、
タイムリーによくやく精読したヴィゴツキーの古典的、且つ重要な文献のなかに発見した。

とりわけ、印象に残ったのは、第5章 3歳の危機だった。

ブログを飛び出し、Pさんとめぐり会って3年目。
2005年8月23日にこのブログが誕生して3年目から4年目にかけては、それと関連付けるわけではないが、新婚生活も公私も(現在完了進行形で)不安定極まりなかった。

けれども、自分の不遇を嘆いてじっとしていたのでは、その時間が長引くだけだ。
おかげで、私はヨガをやったり、自然にまかせていろんなところへ出かけていってさまざまな方々の境遇を見聞させていただき、人脈を広げることで It’s not only me.
自己憐憫に浸ったり、途方にくれることをしなくなった。

今日の午前中のヨガもとってもいい感じでしたが、ヨガでは、いつも目標を決めてそれに向かって精進するようにとインストラクトがあります。

そこで、明日返却期限の『新 児童心理学講義』を完読し、ブログにアップすると決めました。

今回も、解説(柴田 義松)を抜粋して転記します。

レフ・セメノヴィッチ・ヴィゴツキー(1896~1934)は、ロシアが生んだ天才的学者の一人である。
スイス生まれの同じく天才的な心理学者ピアジェと同じ年の1896年に生まれた。
しかし、86歳の天寿を全うしたピアジェとは異なり、1934年38歳の若さでこの世を去ってしまった。
長生きしていたらおそらくピアジェと並ぶ世界の大心理学者として、またピアジェの好敵手として
全世界の心理学会に大きな影響を与えたに違いないのにと惜しまれる。

ヴィゴツキーは10月革命の起こった1917年にモスクワ大学法学部と、シャニャフスキー人民大学の
歴史-哲学科を卒業した。
文学や演劇の研究から心理学の研究へと移っていったヴィゴツキーの最初の著作は、
『芸術心理学』1925年で、「ハムレット」とかクルイロフの寓話などを分析しながら、芸術作品が我々の心に呼び起こす美的反応の法則性を明らかにしようとしたものである。

これによって学位を得たヴィゴツキーは、モスクワの心理学研究所、モスクワ国立大学、レニングラード教育大学などで心理学の研究や教育に従事し、多数の青年学徒を組織して研究者集団をつくり出し、さまざまの心理学問題に関する独創的な研究実験をおこなった。ヴィゴツキーの行った学問的業績はソビエトの心理学・児童学・精神病理学・欠陥学・教育学などの広範な分野に渡っている。
後に、ソビエト心理学会の重鎮となったレオンチェフ、ルリヤ、エリコーニン、ザンコフなどは、ヴィゴツキーの直接指導を受けた人たちである。

ヴィゴツキーの主な著作、『思考と言語』(1934)『高次精神機能の発達』(1931)『心理学の危機』(1927)などは、彼の30歳代に書かれたものである。今日、ヴィゴツキーの心理学説があらためてロシア国内だけでなく広く世界的にも関心をよんでいるのは、もっぱら彼のすぐれた精神発達の理論によるものである。
ヴィゴツキーは、子どもの精神発達を常に文化的・社会的環境と教育との深いかかわりのなかでとらえようとした。ピアジェが子どもの心理の研究において「教授的環境」をできるだけ排除しようとしたり、旧来の伝統的心理学において子どもの発達が教育の結果としてよりも、むしろ教育の前提として
考えられる傾向があったりしたのと比べ、これは、対照的な特徴だといえよう。ヴィゴツキーはむしろ発達を先回りし、自分の後に発達を従えるのでなければならないと考えた。(中略)ヴィゴツキーは、子どもが遊びにおいても学習においても、集団のなかで互いに協力し、みんなといっしょに何かをするときには、しばしば自分ひとりではできないことまでできるようになるという事実に着目し、そこから「発達の最近接領域」という彼の発達理論にとってきわめて重要な概念を作り出した。心理学者も子どもの発達状態を評価するときには、成熟した機能だけでなく、成熟しつつある機能を発達の最近接領域をも明らかにしなければならないとヴィゴツキーはいう。

ヴィゴツキーは、そこから教育はまさに発達の最近接領域において、知恵遅れの子どもの教育においてもこれらの子どもには抽象的思考の能力が弱いからといって、もっぱら直観性に基づく教育をしておれば、かえって子どもたちを直観的思考にのみ慣らし、この子どもたちにもいくらかは存在する抽象的思考の芽を育てることにはならない。
1980年以降、アメリカをはじめヨーロッパやアジア諸国でヴィゴツキーの心理学説への関心が高まるとともに、さまざまの教育改革の動きが活発化しているが、子どもにおける知覚、注意、記憶、言語的思考の発達の問題をはじめとして、児童心理学・発達心理学・障害児教育学等のさまざまの実践的問題に取り組んでいったのである。その後のソビエト(ロシア)心理学の基本的路線の多くは、ヴィゴツキーによって敷かれたものである。



今朝、目覚めとともに、昨晩から読みかけの幼児期ページから、自分の論文を引っ張り出して読み返した。
私の口頭試問で「是非、後続研究をやってほしい。」とエールをくださると共に、この著を特選してくださったIS准教授やヴィゴツキーにまで、思いを馳せてみた。


ゆきんこは人生にエラーだらけ、失敗だらけの凡庸なおばさんである。
あつかましいことに、コバルトブルーの表紙に写った在りし日のスマートな風貌のヴィゴツキーおじさんに、なぜだか、改めて親しみが湧き出し、母の生誕年に召された天空とつながっている気がした。


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2009/08/23 17:06 | 研究 | Comment (1) Trackback (0) | Top▲
なんとか凌いだ口頭試問
2008年02月11日 (月) | 編集 |
いい加減にまっとうな大人になりたいという願望があるにもかかわらず、ネオテニーのまま、年を重ねるのもなんだか不甲斐ない。

前回みたいな、キレキレと思しき記述をそのまま遺しておくと、
自他共に「子どもっぽい」と評されても仕方がない・・・

それを裏付けるかのように、稚拙ながらも苦心惨憺して3年係りで仕上がりつつある修士論文の審査は、去る8日の午後9時前に訪れた。

大学院では、いくつかの専門分野のコースに分かれてどうやら殆どのコースの院生の皆さん方は、1月下旬のうちに口頭試問を終えていた。

私の場合、2月以降の家賃を払う余裕がなかったので、実のところは、
私の所属する幼年コースの審査日が2月以降で好都合だったのだけど、
実家に戻って入れ替わりに間もなく遠くへ引っ越してしまう旧友Oちゃんとの別離を惜しんで、Oちゃん宅を訪問したり、特別支援教育士の資格申請書類にもたついていたら、論文の中身は1ヶ月経過して丸ごと自分の頭からすっかり忘却されていた。

約3週間ぶりに論文のファイルを開けておさらいするところからやり直し
一体、試験官3名からどんな突っ込みがくるのか皆目わからないし、シュミレーションもできない。

姑息にも、ゼミのセンパイや他コースで親しくなった院生仲間に事前に
メールでアドバイスを求めてみた。
すると、大抵の返信は
「おちついてリラックスしてがんばってください。」
という内容で、あんまり参考にならなかった。

今回は、問題と目的の先行研究集めと論証で大いにてこずったので、
(指導教官からは常々、書き直し作業の繰り返しで凹んでいた・・・)
しつこく他の文献も読み込んで、自分の論文の中身にまで十分に目を通していなかった。

8日当日は、正午過ぎには自宅を出発して学校の図書室に入った。
「あれ?Nさん、昨日、口頭試問終わったんじゃないの?」
「終わったけど、まだレポートの締め切りがあるのよ。」
「試問が終わった後でよかったね。私なんて試問と同日に2つも締め切り日が重なって、結局、残りの2つはドボンだよ。」

まあ、グダグダ言い訳はいくらでもできるけど、
人間誰しもが、自分自身の限界や身の程をキリキリと思い知らされる場面がある。

本日の審査者は、午後6時30分から3名で、私はオオトリだった。
待ちに待った図書室での約6時間。

図書室の廊下を挟んで向かいの演習室3に在籍していた試験管は、
N教授と、I准教授だった。
「学籍番号と氏名を言ってください。」
「どうぞ着席してください。」
「それでは、あなたの論文について5分ほどで説明してください。」

私は、お達しの通り、何とか受け答えした。
こういうとき、自分では一体どこを見ていたのか、目玉が泳いでいたかもしれない。

内容はともかく、先人たちの「リラックス、リラックス」という助言が
大いに助かった。
念仏唱えのようなプレゼンテーションがなんとか終わると、
まず、質疑は年下准教授のI先生から始まった。
「叙述や質問の内訳ですが、具体的な内容と項目が羅列されているので、イヌに関するかどうかでもっとスッキリまとめたらどうですか?」
「はい。」

さすが、I准教授!!整理してまとめるのがお得意だ。
確かにゆきんこの思考回路も引き出しも分類が曖昧だ。
その点、I准教授は頭の中も理路整然としているし、実際、研究室も
家庭でもこまめに掃除して生理整頓スッキリしているのは事実らしい。

「この論文は大人の応答性やひいては地域の教育力を目指していますが、あなたの所見をもう少し発展的に述べてもらえませんか?」
「従来ですと、教育力は、大人から子どもへ伝授されてきたものでしたが、今回はイヌを介することで、学校でしかるべき教育を受けた子ども
たちのイヌに対する言動が、反対に大人に教育力を発揮するのではないかと考察しました。」
「なるほどね~。確かにエピソードも見せてもらいましたが、大人の応答がこんなに少ないのかと思いました。再検討して今後の課題も是非、取り組んでください。」
「はい。ありがとうございます。」
最後は紳士的にエールを贈ってもらい、ほっとした笑顔だ。

続いてN教授の突っ込みは更に厳しかった・・・
「コミュニケーションの定義はどこに記述していますか?
「すみません・・・」
「対象となる子どもたちの年齢は?」
「小学生までです。」
「だったら、それも記述しないといけませんよ。」
「はい・・・」
「それから、どうしてコミュニケーションの媒介にイヌである必要があるのですか?」
「もちろん、両者の関心を引く媒体であれば何でも構わないのですが、
現場が地域であることと、地域で飼育されている最も身近な動物はイヌ
であること、人間と同等とまでいかなくても、イヌは人間に親しみ、ことばを聞いて従うという特性もあります。」
「私も、幼児期の子どもの心性が動物と合うのではないかと感じています。確か、動物と人間に関連する学会もあるのですね?」
「はい。人と動物の関連学会と、学校飼育動物研究会です。」

でも、2名の教官に「なぜ、イヌなのか!?」と突っ込まれると、
こじつけた言い訳しかできなかった。

「それから、数値で表されているのは、パーセンタイル値だけですが、
検定はしなかったの?」
「私は検定はできません。自分のできる範囲での分析はここまででした。」
「それじゃあ、信頼性ないじゃない。言い訳ですよ。」

・・・という感じでタジタジだった。

最後に司会のY先生からも留めの指摘があった。
「引用文献のリストの記述がメチャクチャだよ。これでは全く信用のおけない論文だ。アルファベット順に並べて。カンマやピリオドの使い方も間違っている。」
「はい。すみません・・・」
「年明けから提出日まで一度も見なかったから気にしてたけど、
考察以下のところは、思ったよりもよく書けていたね。今日指導を受けた箇所をちゃんと修正すれば、通ると思うよ。」
「はい。ありがとうございます。」

その日の調子や、先生の一言一言に生徒は一喜一憂するし、認知が歪んでしまいこともある。
自分の身の丈以上のことはできないし、あ~だ、こ~だと言うのが指摘マン・・・いや指導教官のお勉めだ。

徒歩30分かけて、借りていた文献を図書館の返却ポストに放り込むと
間借りしていたサンビレッジよりも遥かに遠い実家に帰宅したのは、すっかり午前様だった。

結局、PCの前で訂正だらけの3冊の論文の束と首っ引きの3連休だった。

明日は早朝からまた3日間泊まりがけの最後の集中講義だ。
それでは、早めにおやすみなさい。

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2008/02/11 21:13 | 研究 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
魁よりはじめよ2008
2008年01月13日 (日) | 編集 |
明けましておめでとうございます。
2007年から年を越して、約2ヶ月間ご無沙汰していました。

オンエアほやほやのニュースでは今日から、「日本災害復興学会」が発足したそうだ。
それから、オリンピックイヤーに生誕したゆきんこの年齢も繰り上がり更新して今年は大台に乗ってしまいました。
今年もちゃんとブログ更新できるかな?

私のブログは純粋な日々の徒然で、自分のために記憶力減退防止の目的で我侭気ままに綴っています。

自分という唯一無二のかけがえのない出来事を綴っています。

さて、日曜大河ドラマ「篤姫」の第2回をBGMにして丸2ヶ月間の経過をどのようにダイジェストに綴ろうか?

修士論文作成のクライマックスは、自分の記念すべき誕生日にやってきた。
親友のOちゃんや、Tちゃん、学友のSさんなどなどから嬉しい「お誕生日おめでとう」携帯メールがあって、
「自分で自分に論文完成という記念に残る誕生日プレゼントができました!」と返信した。

提出締切日はその4日後の1月10日(木)だったので、かなり余裕で製本やら、要旨(論文をダイジェストにまとめた文章)も仕上げたので、指導教官のY先生にお目にかかるまでは、
そわそわと落ち着かなかったけど。。。

だって、物騒な世の中になってしまった昨今の日本津々浦々ですから、油断大敵!
他のゼミの院生たちも、クリスマスから年末年始かけて締め切り間際まで、四苦八苦してるのは、お互い様に百も承知しているのだけど、

Y先生ときたら、本(ゴミ!?)が山積みの研究室で年末12月27日の最後のゼミで
「論文の受理は、10日の午後8時くらいでいいかな?」
「はい。締め切りギリギリまで、悪あがきします。年明けにもう1回見てもらえますか?」
「いいけど、3が日は返信できるかどうかわからないよ。」

しかし、正月3が日は当然、遠慮したのだが、論文作成の過程を山登りに喩えたら、そろそろ完成までに峠を越えてふもともみえてきたところで、手直しされては、またバタバタしてしまう。
何度か見直したけど、自分で自分の間違いにはなかなか気がつかないものだということが、
Y先生の指導の最中に、「これでもか、これでもか・・・」と打ちのめされていた。

また、赤ペン修正だらけになることがわかっていて、ギリギリに校正を御願いできない。

だけどお正月には、Pさんと即席のおせち料理やお雑煮も食べたし、最寄の神社に初詣にもでかけた。
誕生日には、「サイゼリヤ」で晩餐も楽しみ結構ジタバタしないで優雅な感じで完成させることができた。


翌日1月7日
論文作成の同士で、且つ論文ネタのキーパーソンであったS先生から携帯電話があった。
「どうできた?」
「もう、しんどかったわ~~。提出の準備できた?」
「昨日、誕生日にできたよ。表紙は、年末に文房具店で買ったけど、綴じ紐だけ100金に買いに行こうと思って。後は引用文献のページの確認に図書室に行くつもり。」
「私も文房具店に封筒を買いに行くの。綴じ紐はようさんあるから、あげるわ。車ででかけるから、今から待ち合わせて一緒に行こう。」
「ええ、いいの?ありがとう!助かるよ。」

S先生の自宅の最寄り駅で合流し、行きつけの大型文具店を紹介してもらってお茶をしながら
ダベリングした。
最近、分野に寄らず、「社会人大学院生」を志す人々は増えているらしく、
知人が受験するという話題で盛り上がった。

論文を提出しようとする2名のおばさん
その印象は、世間の人々からはどんな評価を受けるのだろう?

論文作成の道のり
それは人それぞれでブログにその醍醐味をどのように綴っていいのかわからない。
けれども、論文には、起承転結、問題→目的→方法→結果→考察→結論という方式は
コースが違っても、プロセスは同じだ。
だから、全然違うテーマをそれぞれ探求しつつも、
「どのあたり?」
「今詰まっている・・・」
「骨組みはできた」
「やばい・・」
とかなんとか、ぼやいたり、苦しんだりもがいたりしながら同士として、共感することができるのだ。

そして、ゆきんこおばさんはカフェで呟く。
「人生を賭けて払った犠牲は大きかったから、単なる憧れだけではよう薦めないな・・・」

それでも、今回の論文はゆきんこにとっては3作目。
9年に一度のペースでゆっくりじっくり完成させた作品になった。

1月10日午後8時
10日恵比寿で賑わう夜、6時限目の「特別支援教育基礎論」を受講して、廊下に出ると
Y先生と向かい合った。
「お!いい顔してるな!!」

昨年までは毎週火曜日に演習室6でビシビシと赤ペンだらけの指導が続いた。
年明けは、演習室2という今まで入ったこともない小部屋に入った。
「先生、改めまして明けましておめでとうございます。昨年、ご指導いただきありがとうございました。」
規定どおり、審査願、黒表紙の論文本稿と副本2部、要旨3部を恭しく提出した。
「一時はテーマも変わって、問題と目的も手間取ったけど、先行研究も適当なものが見つかってなんとか形になったね。」
「はい。先生のご指導がなかったら、ここまでには仕上がりませんでした。
何度も繰り返し書き直すことで、いかに自分がアンポンタンなのかを痛感しましたが、
新知見も得られて、先生のご専門からも逸れずに、仕上げることができました。」
私は深々と一礼した。

手渡した瞬間、先生も私も双方の屈託のない向き合った笑顔に「師弟愛」を実感したかも?

翌日、1月11日(金)午後6時30頃
どうしてゆきんこおばさんの胸は高鳴るのだろう?
廊下の曲がり角でI先生にばったり出会った。

2004年11月17日
第1志望の面接試験で一言も何も質疑されなかったI先生の憧憬は、今も脳裏に焼き付いていた。

「こんばんは。」
「・・・こんばんは。」
曲がりが門でそのまま擦れ違った。

2006年1月10日
I先生がエレベーターに乗り込む間際に、私にかけてくれたことばがリフレイン
「論文は、提出日までに出すことですね。」


冷静を装って、社交辞令のすまし顔で、仏頂面のI先生と擦れ違った。
しかし、小走りに図書室に引き返し、学友のNさんに詰め寄って耳元で呟いた。
「I先生に会ったよ!」
「え!どこどこ??」
ミーハー根性丸出しのはしたないおばさんたち。(だから嫌われるのに・・・)
廊下でI先生を探した。
「ゼミかも。どこかの演習室だよ、きっと。」

そうこうしているうちに、Nさんと一緒に履修している「家族関係学」の講義が始まった。
7時限目の「キャリア・カウンセリング特論」も終えて、Nさんを迎えに再び図書室に戻った。
「I先生は、どうやら演習室2にいらっしゃるようだった。でも、姿は見えなかったな。ねえ、
ゆきんこさん、I先生はあなたを知っているの?」
「どうなんだろう?実は、確かめたことないんだよね。年明け早々、思いがけずI先生にお会いできるなんて思わなかった!」

そういえば、1年前は、生保レディ。
中国にも進出している社長さんから、10日恵比寿の日に保険の契約をもらった記念日だった。
年明けは、昨年に続いて好調な模様。
論文を出しても、A(先行条件)B(行動)C(後続課題)は、まだまだ続いている。

寒い夜空の下に年明けのゴミ袋を捨てたら、段ボール箱を拾って、今まで収集した資料や書籍を詰めこむ作業が待っている。

フリースに着替えたPさんが言った。
「もう、準備始めたの?」
「うん。ぼちぼちとね。」

I先生と私、出会ってから今日までいつも曲がり角で擦れ違ってばかり。
幼なじみのマーくんには思い出の中でしか会えない。
またいつかどこかで会えるかも!という予感が、ドーパミンを脳内で放出させる。
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2008/01/13 22:28 | 研究 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
宣言 思い切って、しばらくお休みします。
2007年11月14日 (水) | 編集 |
ゆきんこの修士論文も、クリスマスのイルミネーションと共にタケナワとなってきた。

毎回、Y教授にこってり絞られては、次回の御題までの1週間の早いこと!!

データ興しだけに、こんなに手間取るとは思わず、
Pさんが去った後の自炊生活まで、1日2食とますますジリ貧感にも輪がかかってきた。

こうなったら、BGMはPさんが置き去りにしていってくれたバッハをガンガンと聞きまくるとか、お掃除をテッテーテキにするとかの気晴らしくらいしか方略はない。

久しぶりに幼年コースの同期生であるMちゃんからメールが入った。
入学間もなく、あれよあれよと結婚、妊娠、出産を経験した彼女は
3年以内のうちに2児のママになり、育児と家事と論文完成の3役こなすのはなかなか至難の技だろうな・・・と想像する。

方や、ゆきんこの社会人大学院生活も、そんなにお気軽でもなかった。
昨夜は、布団のなかでワードに打ち込んだ文字が脳裏を駆け巡り、
2008年1月11日提出締め切りの修士論文完成までのスケジュールと、
それから、1月末に現在の居宅を引き払って、就職活動までのシュミレーションで眠りは浅かった。

サテライトに5時30分頃到着すると、図書室でシングル(ビンボウ)ライフを謳歌する幼年コースのNさんとダベリング。
二人とも、同じ幼年コースだけど、論文のテーマがまるで違うので、挨拶と雑談以外は全く接点なし。
独りで3Kのプライベート空間でしょぼい食事をしているのはつまんないので、10日前の文化の日にNさんを我が家に招待し、一晩止まってもらった。
グリル鍋を引っ張り出して豆乳鍋を囲んで、いい気分転換になり、
友情も深まった(かな?)

「ねえ、いつ行く?インカ・マヤ・アステカ展。割引券見つかったよ。
見て。学生だと社会人より500円もお得!それにこの割引券だと、100円
安くなるからその分、他に使えるでしょ?木曜日は大丈夫?」

「いいよ。でも、仕事が終わるの2時だから。」
「終わったらメールちょうだい。」
「わかった。」
「それじゃ、現地集合ってことで。チャオ!」
「チャオチャオ!」

ビンボウだし、修士論文に追われる砂時計のような社会人学生生活だけど、それなりに満喫しているのかな?
多分、そうだと思う。

ブログに綴りたいことは、日々山ほどあって、会いたい人もやりたいことも自然に沸き起こってくる。
それを誰にも読んでもらっていないから余計に好きなことが書けてしまう。ホホホ~
楽しいときにはルンルンで。落ち込んだ時には鬱々と。

明日は、冒頭部分に戻って一からやり直し。
「10月に提出した問題と目的は何だい?今まで後回しにしていたが、
先行研究の継ぎ接ぎだけで全然、短すぎる。
あなたは話し言葉でも余計なことばや文を途中で挟みすぎて、何をいいたいのかわからなくなるね。もっと文を短くして。接続詞を入れて端的に表現しなさい。それから5段落くらいに分けて、各段落ごとに見出しを
つけるんだ。」

はあああああ~~い。

指導を仰ぐってことは、指示・命令・使役の大嫌いな私にはなかなか
つら~いことなのだけど、
提出期限まであと2ヶ月切ったので、大好きなブログも暫くお休みして
専念したいと思います!
(・・・と宣言しておかないと、踏ん切りがつけられないので)

恐らく、無事に提出した後も、口頭試問や転居の準備に追われ、
しばらくネット社会と断絶することになるだろう。
でも、大丈夫。
私には現実の方がやっぱり大切だから。
ネットは現実を表現したり、コピーするためのツールに過ぎないから。

それでは、来年までお休みなさい。



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2007/11/14 00:49 | 研究 | Comment (6) Trackback (0) | Top▲
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