どうする?ゆきんこ

北京オリンピックが開幕して8日目は、63回目の終戦記念日。

大半のスポーツシップがない日本国民にとっては、お盆のシーズン。
耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んだ過去は、戦争を知らない世代にとって
「そんなのカンケーネー」というギャグで交わされがちだ。

スポーツ音痴の私でも、連日オリンピックを放送されることで次第にテレビに釘付けになるのだから
日々のコツコツとした取り組みが大成することもあれば、瞬時に台無しになる事象の瞬間瞬間に、
飽きもせずABA的な発見で少しでもクールにしようと試してみたいのだが・・・

ワーク☆での、辞職騒動はO氏から一転してゆきんこにダイレクトにふりかかってきた。
4月から気力と足りない体力で重度重複障害の方々の支援に粉骨砕身してきたが、
いよいよ急ピッチに展開した。

「オレ、8月末で辞めるから」と言っていたO氏。
施設長のY女史の説得で心の変容が起こったらしく、
「辞めるのやめたんだ。」
どう考えても、多動の他、諸々の問題行動満載のN君と、精神安定剤を減量し始めたI君が
いつ暴動を始めないかと冷や冷やハラハラしながらの支援は、障害者入所更正施設における輝かしいキャリアを積んできたO氏以外に代行できる職員はいない。

オリンピックの開会式が始まる前の金曜日の夕刻。
利用者の皆さんを無事に送り届け、トイレ掃除をしていた私に施設長がしゃがみ込んで話し始めた。
「ゆきんこさん、送迎車の添乗のことだけど、あなたが添乗したときにトラブルが起こるのはどうしてなのか、検証しないといけないわね。」

施設長は来る監査報告のための準備をしている。
そこで、事故報告書に目を通し、私にこんな問いかけをしたのだ。
「開所以来、あなたの報告書が一番多いの。こういう報告書は大きな事故が起こらないようにするための大切な資料になるんだけど、それにしても、どうしてあなたの報告が一番多いのかしら?」
「先生、実は私もこの仕事をずっと続けていけるかどうか気がかりなのはそのことです。
私が担当しているのは、片時も目を話せない利用者の方々です。でも、そうでなくても私は女性で、この通り華奢な体格ですから、成人に達した利用者の方々の大半ががっしりした体格でとても互角ではありません。何か事があったときには、自分ではセーブできないギリギリの物事が何度もありました。」
「あなたを見ていると、思いやりがあって優しく親切にかかわっているのがわかります。でも、授産施設では利用者さんと時には身体をはって闘わなくてはならないときもあります。これまでのあなたの履歴や適性から判断しても、この障害者施設は合ってないかもしれないわね。」
「やはり、先生もそう思いますか?」
「事故が起こってからでは取り返しがつきません。あなたにとっても相応しい職場を探しなおすほうがいいかもしれないわね。」
「そう言ってくださって何だかほっとしました・・・結婚しても、離婚することだってできるのですものね」

こんな話の流れのまま、8月の第2週は終わった。
私から現在の仕事を継続する自信がないことは、相談したが辞職を明言した覚えはなかった。

週明けの11日。午前中から常務理事のM氏も出勤していたので、施設長の口添えで夕刻に相談の機会を設けてもらった。
「そういうことなら8月末日にしたらどう?」
「でも、就職活動もやり直しになりますし、求人もすぐ見つかるかわからないので今すぐってわけでもないのですが・・・」
「遅かれ早かれの話なら、ダラダラしないで時間に区切りをつけた方がいいでしょう。もうしばらくなんだから、あなたも気楽にやればいいよ。この仕事は張り詰めすぎていては続かない。」
「折角、採用していただいたのに残念です。利用者さんにも情がありますし・・・体力と気力さえ何とかなれば。」
「残念だね。まあ、そういう理由で辞職する人が大半ですよ。」

確かに、O氏とゆきんこではキャリアも技能もまるで違う。
生活介護といっても、子どもの保育と障害者の身辺自立の支援も似て非なるところが大きかった。
施設長が早速、求人公募の手続きをしたらしく、ほっとした反面、何だか腑に落ちないところもあった。

支援員の胸中に関係なく、利用者さんは高らかに笑ったり泣いたり、洗面所で水遊びに興じる。
飽きるとふらりと室内を出て、引き止められることでかかわりを求める行動に翻弄される。
送迎車のなかで、突然、誰かが誰かを小突く、注意するとへへへと笑う。

施設外部のゆきんこの周辺の人々は、私の窮状を察して心配してくれた。
盲目の最重度の障害のある人に、就労支援の方法など思いつかないのも無理はないし、
身辺自立もしていない人に労働させるなんておかしいと
私の辞職理由に反対する人はなかった。

ママになったヤワラちゃんだって、いつまでも金メダルを取り続けることはできない。
自分でもそもそも無謀だった障害児・者の支援にかなりの歳月を費やしたことにもう悔いはない。

今さらの別居新婚と、今すぐ死ぬわけにも、働かないわけにもいかない四十路の進路変更は相変わらず、闇雲のなかだった。
そんな最中、ようやく私の手中には、日本の行動分析学者たちによって約された
『科学と人間行動』(B.Fスキナー著)があった。

さまざまのクリスマス・イブ・イブ

只今、NHK総合「知られざる野生」を丁度、見終わったところ。
南半球パプアニューギニアの真夏のクリスマスのイルミネーションは、
天然の蛍の照明だ。一斉に樹に留まって、それぞれの蛍が同時に点滅し、雄が雌にプロポーズの争奪戦を繰り広げる。
なかなかゴージャス且つワイルドな求愛行動だ。
日本の男性諸氏にもがんばってもらいたいものだ。
もしも、「今年も彼女いなくて、外へ出かけるのが虚しいんだよな・・・」
なんて、ふてくされているのなら、鳥や虫を拝察してみよう。

口下手でダイレクトに口説けないだなんて言い訳は、生物の世界には無い。
最終的には、ことばなんかは凌駕されるものだ。
夜空には、オリオンとシリウスが輝き、君の工夫とアイデアに満ちた
アクションを見守っている。

・・・・と冒頭から偉ぶった文体なんだけど、
わたしが、星の王子様なら冬の風に昨夜寒そうに震えながら咲いていた
雪の中のバラ園に囁くだろう。
「君のその凍えるようなダンス、なんてセクシーなんだろう。
ベルサイユのバラよりずっと可憐だよ。」
なんてね!

う〜ん、10日のポリテクセンターの選考会には落ちたけど、
即座にSちゃんに頼んだところ、なんと来年1月から公演の「ベルバラ」
のチケットが入手できたのだ!
こっちの方が、断然、倍率高かったはずなのに!

本当は、今日家庭教師先のT家のクリスマス・ホームパーティーに
招待されていたのだが、昨夜、訳あってママから電話でドタキャンを告げられた。

昨日、一昨日とお楽しみがあったので、ちょっと長くなるけど、それをまとめて書こう。

一昨日21日は、今年最後の夜の学校の授業。
所属ゼミのY先生(専門は社会心理学、仲間関係)が予め提示された研究論文に、受講生たちがそれぞれにコメントをメールで送信し、それについてディスカッションをした。
・・・といっても、それぞれの現場を抱えている教師たちの思惑があり、
日本人は忌憚の無い意見交換を憚るという文化・風習をそう簡単に
改革できるわけもなく、だんまりになってしまう。
「送信するコメントで、ここは伏せて欲しいという箇所があれば、
それも付記して下さい。」

お題は、クラス仲間間で幼児が2年連続でリジェクト(拒否)される傾向にあるのか、ソシオメトリックテストを用いたその相関と、孤独感についてだ。
ソシオメトリックテストとは、心理学者ドッジが考案した調査質問紙の1つで、内容はクラス内で、各子どもたちが好きな子どもと嫌いな子どもを選ぶ言わば、人気投票みたいなものだ。
類似テストにGUESS WHOテストというものもあり、こちらは
「遊びたい子は誰ですか?」「すぐにけんかする子は誰ですか?」など
ひとりずつ指名して記入するタイプもある。

結果と考察は、固定化されたクラスの中で、一度、人気者と仲間はずれのグループが出来上がってしまうと、それが長期化してしまう。
拒否児に選ばれた子どもは、自然、孤独感を抱きやすく、攻撃的な要素も持ち合わせやすいので、これに対する方策としては、SST(社会性スキルトレーニング)の導入も考慮するのも一案だ。とまとめられた論文だ。(広島大学 前田教授)

10名足らずの学生の各教師たちのなかには、
「子どもの頃にテストをした経験があって、厭な思いをした。」とか、
「R群(拒否児)が出現しないようにクラス替えを頻繁に行なった。」とか、テストの実施そのものに難色を示すコメントもいくつか寄せられていた。
その裏を斯いて、Y先生のコメントは、
「ぼくの娘なんかは、小4でこのテストを受けたらしいけど、
仲良しの友達と離れ離れになりたくなくて、わざと仲良しでない演技を
したらしいが、これは女の子ならではのテクニックで、男の子なら、
こんな巧妙なことは思いつかないだろうな、ハハハ」
途中、真冬の雷が轟き、しばらくして氷雨が降り出した。

「じゃあ、今日はこの後も忙しいんで、ちょっと早めに終わります。」
年明けの題材になる論文を配布して講義が終わり、Y先生とゼミ生たちが
夜の氷雨の街に繰り出したのは、とある宴会場。
既にサラリーマンたちのの忘年会でがやがやと賑わっていた。
ビールをグラスに注いで「お疲れ様でした。」と一同乾杯!

今年で2年目の夜の幼年教育コースのY先生のゼミは
2年生が2名、1年生が2名の4名でこじんまりしている。
現場も職種も年齢がバラバラなのが、いいところで、それが、
Y先生のねらいでもあった。

「類は友を呼ぶ」で、似たもの同士は、幼児期から自然、仲良しになるが、それが固定化されることなく、流動的な仲間関係が健全だというのが、「僕はアメリカ嫌いでね。」というY先生のモットーだ。

同期で2歳年上のTさんは、男性で学部は元々経済だったらしいから、
初めの頃は、かなり場違いな感じと、幼年教育の内容に抵抗感もあった
ようだが、「だいぶリラックスして慣れてきました。」とビールを飲んだ。現場でサンタクロースになって子どもたちにプレゼントすると語っていた。

子どもにクリスマスのプレゼントを何にしようかとか、
子ども時代はサンタをいつまで信じていて、いつごろファンタジーに気づいたかとか、印象に残ったプレゼントは何だったのか?など
ざっくばらんに談話した。

ゆきんこにとって、実は3回目のゼミなのだが、前の研究室やメンバーの
雰囲気とのギャップにもようやく慣れてきた。
T先生は、アメリカでドクター(博士課程)を修めた権威だったから、
アメリカ大好き、英語を話せないのはナンセンス。
7年前当時、プレゼンテーションも、ディスカッションもディベートも全く初めてで全然できなくて、緘黙に陥り、悔しい思いをした。
現役のバリバリ教員たちに囲まれて研究室はいつも花盛りだった。

ここで、「風のハルカ」にも英語で主役のハルカが、英会話するシーンがオンエア中。


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