2009 / 11
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失業の憂さ晴らしに3月から無料体験ダンヨガに通い出した私は、結局、1年コース会員になることを決めた。

日曜日の午前中は、夜勤明けの初対面の女性も加わって、和やかにいつもと同じメンバーと、
いつもと違うメンバーが手をつなぎ輪になって、股関節エクササイズに取り組んだ。
「うわ〜〜!いたあぁぁぁぁい!!」
ヨガに関心があって始めた人たちの動機は、類似していた。
今のヘタレな自分を克服し、少しでもよりよい健康で幸せに自分らしく生きたいと願う素朴な善良さを感じた。
そして、基本的に真面目な人たちだ。

「今日はいつもの振動よりも、自由に踊ってみましょうか」
始めは立つこともできずに床をゴロゴロと横転していた。
前夜、ファン・ジニの最終回で、自由な庶民派の踊り子として貫いた生涯を見終わった。
そのせいか、気分はすっかりファン・ジニで誰よりも楽しく大胆に回転したり、ジャンプしたりと
自由に快活に踊っていた。
「私って誰よりも我がままだし、阻止されずに自由に生きたいとい願望があるんだなあ・・・」
宇宙の塵が浮遊する様を想像しながら、このカラダさえもどこまで自由ってわけじゃない。
手を伸ばしても、それ以上は伸びない。
ジャンプしても、重力のある限り、必ず、地に足がつく。
などということも感じていた。

インストラクターが囁いた。
「自分の心を見つめてください。あなたは今、何を思っていますか?」
私はPさんの心身の健康を思うと、背中と胸が痛くなり涙が滲んだ。

しかし、入会を決めたとはいっても決めきれない諸悪の根源はどこにあるのか、
この10年間、ハローワークと数々の職場を転々として、気がついたこと。
彷徨って行き場のないヘロヘロになった季節外れの蝶のような自分だ。
何かを決断し、行動に移そうとすれば、母の横槍が入りなし崩しになる。

ダンヨガの入会は1年まとめての年払いで安くない。
「同じ値段なら、1週間の海外旅行に行けるじゃない。こっちの方がよほど有意義よ。」
旅行パンフレットを見ながら母が昨日のバトルなど意に介さないで言った。
「自分の価値観押し付けないでよ!」

昨日29日、レッスンを終えて、帰宅し夕食を取りながら母と話した。
「私、1年間ヨガに通うから。今日お金も納めてきた。」
「はい、どうぞ。それで、いくらかかるの?」
私が金額を言った途端、母の血相が変わった。
「そんなところにそんな高い金額払うなんて、あんたの金銭感覚どうなってんの!!」
「私が働いたお金なのに、なんでいちいち干渉してくるのよ!」
しかも、失業中にもかかわらず、無職者が支払う額ではないと、猛烈に怒りを露にした。

私は私で、私の交友関係から職業選択、外出先、帰宅時間、果ては金銭の使途にまで何もかもに干渉され続ける半生にブチ切れた。
「ヨガに払うお金あるなら、私に食費を払いなさい!ここに住まわせてもらってなんという口の利き方をしてるの!!」
「生まれたくて生まれたんじゃない!仕事なかったら出て行けないもん!!」
「今まで3つも大学行かせてもらって好きなことして、何言ってるの!?」
「そうだよ。習いたい先生がいてやりたい勉強がしたかったから。
でも、仕事には結びつかないんだもん。母親に怒鳴りつけたり、仕事が空回りしないために、Pさんに元気になってもらうためにも、失業中だから、ヨガをがんばれば上手くいくようになるってインストラクターが言ってくれたんだもの。」
「そんなこと!誰だって口車に乗せてお金欲しさにいいことを言うのよ。だから、オレオレ詐欺だって増えてるんでしょ。どうせ、明日ドロンされているわ。」
「もうわかった!そんなに言うなら、私じゃなくて責任者に直接、文句言って今からお金を返してもらおう!」

即座に、ダンヨガに電話をかけた。
インストラクターたちは母の剣幕に半分呆れつつも、返金することを承諾した。
ダンヨガに限ったことではなく、最近の私は、母の言動にことあるごとに反抗しては八つ当たりしていた。
それは、白髪が生えても飛び立てない鳥のようだった。

3月の毎土曜日には3週連続の「新創業塾ビジネスプランセミナー」に参加した。
2006年12月に女性起業家セミナーに参加して、2年4ヶ月ぶりに商工会議所に出かけた。
参加者30名中、男性諸氏が8割で、業種もさまざま。

建築リフォーム・認知症の方たちのためのグループホーム・蝋細工のアートフラワー・教職員塾・ペーパードライバー教習
自然食レストラン・ネット販売・ベトナムコーヒー・フランスパンベーカリーなどなど。
将来を度外視すれば、異業種交流は、単純に楽しかった。
2年前の女性起業家セミナーの内容はすっかり忘れているけれど、
男性諸氏に混じってのセミナーとの違いとして、印象に残ったのは、より現実的で具体性があったことだった。
「日本一明るい経済新聞」の編集長のイケテルオーナーの特徴とか、
「只今、創業真っ最中!」の若手美容師の経験談
最終日は、事業計画書や、専門的な簿記とやりくりの方法など。

保育や心理学では「もうかりまっか?」という話題は出てこない。
男性は古来の本能が、現代ビジネス感覚に影響しているのか、
それとも、歴代の習慣がそうさせるのか、
黙々と楽しげにPCを叩いて、経営シュミレーションに耽る姿は、
女性起業家セミナーでは見られない光景だった。

夢を具体的にどのように実現するのかの熱気は、3日間静かな会議室の中に充満していた。
プログラムは、予め司会進行の中小企業診断士のW先生が考案した、フォーマットに、
それぞれの創業プランをできるだけ具体的に明記し、最終回はそれを公表することで修了した。
私の場合、シングルでPさんと出会った直後の2年半前と比べると、その構想は半分くらいズレていた。

2年前には、かんもく児のための専門クリニックの構想があった。
しかし、その構想は、半分歪んで、社会的に孤立しがちな人たちが、
最初の一歩を踏み出すための気軽なコミュニティ・カフェへと変化した。
最終回で参加者全員がプレゼンテーションを3分間で披露した。

「私は、ドッグ・コミュニティ・カフェを創業したいです。
現在、ひきこもりなど社会的に孤立している寂しい方たちが増えています。
私はこれまで障がいをもつ方たちとのかかわりが多かったので、
そうした人たちと、愛犬家の方たちがイヌを連れて入ることができ、仲良くなれるコミュニティ・カフェをつくりたいです。
どちらかといえば、営利目的でなく、友だちや仲間づくりのきっかけにしてもらい、そのついでに
飲食を楽しんでもらうという感じです。
私はイヌが好きで、愛犬家の方とコミュニティを作り、学校の登下校時のワンワンパトロールや
アニマル・セラピーの活動をするための、居場所作りをしたいと思いました。
立地条件は、店舗つき住宅。
必ずしも駅前でなくても構わないのですが、イヌの散歩のついでに立ち寄れる公園付近で、
数台の駐車場があることです。
商品は、作業所などで製造しているクッキーやケーキとハーブティーのセットを500円〜1000円で値段設定します。
ワンワンパトロールやドッグセラピーの活動機関誌を発行したり、オリジナルグッズの販売で、活動資金も作りたいです。
是非、遊びにきてください!」

拍手をもらい、隣席で既に創業者のM氏からは、
「あなたのアイデア、うまくいきますよ。ニーズがあるのに事業にはなってないからね。」
「創業者のMさんからそう言っていただけると励みになります。
去年、社会人大学院で論文を書いたのでそれを実現させたいと思いました。」
「そうなの?どこの大学院ですか?僕もMBPの称号を得ました。」
「名乗るほどじゃないです。合格したから行っただけですから。
でも、苦肉の策なのですよ。
従来の女性の仕事なんてどれもアンペイドワーク。奴隷制です。
自分で食べていくには、自分の関心事をなんとかビジネスラインに乗っけなくては。
もう10年もハローワークを行き来してるんです。」
「そういう時が、チャンスですよ。僕もこの2〜3年は踏ん切りつけて船出する時期でした。
でも、漕ぎ出してみると案外、周りが加勢してくれるものですよ。」
いかにも紳士的で面倒見の良さそうな面長のM氏は、名刺を差し出してくれた。

しかし、帰宅した途端、夢ははかなく打ち砕かれてしまう。
「一体、何を創業するっていうの?そんなの、不良債権抱えてすぐに経営破たんするのがオチだわ!」
「おもしろいアイデアだから上手くいくって、創業者の皆さんたちには言ってもらったよ。
どうして、頭ごなしにできないって決め付けるのよ!
私をいつまでも子ども扱いしないでよ!」
「新しい作業所ができるらしいから、そこに就職させてもらえばいいじゃない。」
「いや!私の人生は自分で決めます!指図は受けません!」
「家族なら、意見して当然よ。自分で自立して食費も入れてないのに、親に楯突くんじゃありません。」

どうやら、あまりにも卑近で影響力最大の母の過保護の弊害が人生を阻んでいる気がしてならない。
どうして20年前に乗り越えられなかったんだろう。
母は、私をいつまで子どものまま、自立させてくれないんだろう。
乳飲み子の私と実家に帰れなかった自分の代わりに、私を路頭に迷わせまいとする間違った過保護なんじゃないだろうか。

さっきは銀行から電話がかかってきた。
「住宅ローンの説明会がありますが、いかがでしょうか?」
「ありがとうございます。勉強させてください。最近、住宅情報チラシを見ていました。」
「失礼ですが、現在の年収はいくらくらいでしょうか?」
「失業しています。」
「住宅ローンを借りるには、正職員で3年以上勤務していらっしゃることが条件となっておりますが。」
「創業を考えていまして、店舗つき住宅はどうですか?」
「未経験者の方ですと経営破たんの可能性もありますし、磐石な経営実績がありませんと該当しません。」

私も子ども扱いを受けても仕方ないのだろうか。
失業者は、所詮、社会人として全く信用がないようだ。
しかし、もう保育士には戻らないとして、
これからどう生きていけばいいのか、
本当に途方に暮れていた。

途方に暮れてはいるものの、あきらめたわけじゃない。
凹みきらないだけの希望を持続させる力はまだ残っている。
ダンヨガのお気に入りの癒しBGMが私に夢想を誘う。
花畑にひらひらと舞う蝶を。


離職票のサインと印鑑がもれていたという理由で、午前11時ごろ先の職場を訪問した。
「エヘヘ、こんなヘマしてごめんなさい。私もクビになるわね。」
「そんなことおっしゃらないでください。胸が痛みます。」
上司が少なからず罪悪感をもっていることはわかった。
「それじゃ、お世話になりました。」
ガラス越しにマー君の小母ちゃんが待っていてくれた。

「Dさん来てくれたの?」
「どうしようかと思ったけど、もう当分来ないんだよね。ちょっと寄っていって。」
「ありがとう・・・Dさんがここに住んでたから母と私を呼んでくれたんだよね。」
何を隠そう追われた職場は、小学生の頃、マークンと私が住んでいた文化住宅の向かいにあった。
その文化住宅の跡地には一戸建てが数件並んでいる。
当時、母が離婚して実家に戻れず、母の同僚だったDさんが空き部屋に呼び寄せてくれたという縁が
続いている。

Dさん宅の前を素通りしてもなかなか室内にまで招いてもらえない深い理由があった。
「本当にいいの?」
「いいよ。」
「ありがとう。Dさんの気持ちを思うとずっと気にしていたけど、なかなか頼めなかったんだ。」
門扉をくぐると、庭先で遊んだ思い出がよみがえった。
「わあ、なつかしいなぁ〜」
応接間に通してもらうと、老犬がソファにうずくまって座っていた。
「こんにちは。突然お邪魔してびっくりさせてごめんね。」
すると老犬はよろよろと立ち上がり奥の部屋へ移動した。

「一人でいるのが好きなイヌなの。」
「そういう人もいるよ。」
「さあ、こっちに挨拶してやって。」
Dさんが仏壇を開けて促してくれた。

私は遺影の幼なじみの青年の顔にまじまじと見入った。
そして素直に涙が出た。
「もう何年になるのかな?」
「19年」
「そんなに経つんだ・・・。だって今の私が離婚したときの母と同い年になったんだもんね。」
「桜の咲く4月6日に亡くなったからね。毎年その頃はしばらく外に出たくなかったよ。」
「そうだったけ。ずっと来れなくてごめんね・・・」
「後を追って死にたくて河原まで行ったこともあった。」
「そう。最愛の息子に先立たれた母ってたまらないよね。」
「ことばでなんか言えないよ。順番どおりでないんだから。親不孝だよ。
誰にもこんな気持ちわからないよ。」
「そうだよね・・・」
「マーくん、ごめんね。いつも一緒で気がつかなくて。」
「ホント、小さい時から一緒だったから、それが自然恋心に変わったんだね。
いつもゆきちゃんのことを話してたよ。」
「Dさんも知ってたのに、なんで私、気づかなかったのかな・・・」
「今日はMがあんたを連れてきてくれたんだね。」
「う・・・ん。そうなのかな?」
気のせいか、私と向き合った19年ぶりの遺影は嬉しそうに見えた。

「今日は突然に、すみませんでした。」
「いいよ。また時間を作っておいで。お母さんにもよろしくね。」

私は次なる目的地に行く前に予定の1時30分までY川の河川敷をサイクリングして時間をつぶすことにした。
ホースセラピー牧場に顔出ししようか、図書館で読書しようか迷って、陰鬱な気分を癒すのに
都市部に残った自然に触れたかった。
そよ風はもう冷たくない。
土手にはイヌのフグリが咲いていて、早い春の訪れを感じた。
川面には、鴨の集団や、3羽トリオのゆりかもめが並んで柵にとまっていた。
「みんなしゃべらなくても仲良く一緒にいるのにね。人間だけが話せるのに、それが難しいんだよね。」
ゆりかもめを写メールしかけたら、二人連れの男女が声をかけてくれて、私も加わってしゃべりながら
15分くらい散歩した。
「あんたどこから来たの?」
「M町です。」
「歩けば健康にいいし、いい運動だよ。しかもタダ!」
「そうですね〜。今日は自転車で来ました。」
「今度は一緒に歩こうよ。お弁当作ってきて。」
「はい。それじゃ、また。」

この会話ならどこが凹んでるのか、まったく問題ないよね?
ところが、1時30分にダンスタジオに着いたら・・・
とんでもない初体験が待っていた。




マスコミで報道されていることは、あまり他人事だとは思わないのが、私の思考回路。
そして、それとはあまり乖離しないところで夢想家であるのも、私の好いところでも悪いところでもある。

少々、辛いと思える状況でもある種ドラマティックに気分転換すれば、「難波のことも夢のまた夢」
そのうち、宇宙のなかでいつどこでどんなふうに生きてきたのかどうかさえ、確かめることもできないほど、何万光年も時は過ぎ去っていく。

すると、失業中に限って私は、自然、「現実逃避」をするのか、
哲学書を読んだり、はたまた、何もしないで無為にしていたりする。
自宅の中やブログのなかでは、自分を愛し、誰にも迷惑をかけるでなし。

コモンセンスのなかで普通に適応しているマジョリティの方々には、少数派故の目に見えない苦しみや悲しみは、なかなか理解してもらえない。
あまりに切実感のない一生懸命さは、上司にとって苛々の要因になっているだろう。
「つりバカ日誌」の主役ハマちゃんが、かわいがってもらえたのは景気がいいときだけの話。

表面、能面みたいに平静を装って、実はかなり焦っている。
過去の度重ねての経験からいって、ジタバタ行動に移して、支離滅裂になりそうな気配を感じている。

景気の良し悪しがあるのは、お金が地球をかけめぐっているから。
お金の種類の数だけ、国があるのかな?
すると、密林のジャングルではないのかな?
カブトムシは黒いダイヤ・珍獣も都会に連れてくれば、動物園やペットショップで高価な値段がつく。

お金のない国もある。
昨晩、キング牧師の公民権運動のドキュメンタリーを視聴した。
いつ、どんな時代も良くなったり悪くなったりで、時代のピンチにヒーローが現れるのが、
歴史の法則なんだろうかね?
末路は、多喜二もキング牧師も同じなのかしらね?
その意味では、科学技術は躍進したのだろうけど、果たして人類ってどれだけ進歩したんでしょうか?

人間がもっと進化したなら、お金のない文明がやってくると思います。
お金があるから、ある人とない人の間に格差が生まれる。
お金があればできるのに、なければできない。
お金のある人だけが生き残る。
それを繰り返していたら、オリンピックと同じこと。
金メダルはたった一人しかもらえない。
お金もたった一人だけが自分一人で誰にも遠慮なく使う。

そして、誰もいなくなってしまう。
お金はあってもひとりぼっち。
つまんないです。

地球というかけがえのない星もお金みたいなもの。
たった一人の人間が欲しいままに使いたい放題になったら、
最後にはその人間も死んでしまい、何も残っていなくて、宇宙の塵になっているだろう。

一昨日、アムロの飼い主さんに会いに行きました。
オレンジピンクの薔薇の鉢植えを手向けました。
飼い主のIさん夫妻が「アムロの命日、覚えていてくれたんだね。」
「アムロのこと、忘れるもんですか!」
生前の散歩が大好きで、誰にでも人懐こいアムロの話をしました。
Iさんは、私の失業についてコメントしました。
「あんたも不運だね。でも、辛抱が足りなかったんじゃないか?今は、非常勤の方が正職員以上に
成果をあげないとすぐに怠け者扱いされるんだよ。」
「だから、蟹工船なんですよ。」
そんな話をしながら、Iさんは手作りのお寿司と白菜・長ネギなどをおみやげにくださいました。

お金は大事だけど、もっと大事なものがある。
いつかは、宇宙の塵になってしまう私たちを誰がいくらで買うのでしょうか?
いえ、買ってしまっていいのでしょうか?
どう思いますか、キング牧師?

昨日は父の誕生日だった。
父の引きこもり歴はもう何十年だろう?

私は自身の生活が埒もあかずに不安定なこと、
父の生涯も障害ももう取り返しのつかないことがわかっていて
一体何をやっているのかな〜とぼーっとしてしまうことがある。

他人事は他人事だとさらりとしている一般人に比べると、
良くも悪くも、私は自分の周辺に関しては他人事と思わない性質らしい。
自己分析はもう30歳までに否というほどやってうんざりしている。
どんなに自己探求したって自分が何をオペラントし、セルフコントロールするかなんていちいち計算して行動しているわけじゃないし、どんな風に死ぬのかも誰にもわからない。

昨晩も、その前夜も眠りは浅かった。
特別の1日を迎えるその前後は、荷物をまとめる段階でやはり脳内は不要なドーパミン放出されているのか、そわそわしてとりとめのない思考がぐるぐると駆け巡るものだ。

Pさんへの差し入れのお菓子とカップ麺
RさんとMさんにもお手紙とプレゼント渡そうっと!

今振り返ると、自分の結婚の前夜などは今の心境に比べたら、穏やかで安らいだ気持ちだったように
思う。

昨日の朝は、久しぶりに5時台に起床した。
おにぎりもつくって気合十分!

荷物は最小限のつもりだったけど、バックパックはピチピチに膨れた。
自宅を出たのは午前7時。
通勤ラッシュのなか、8時過ぎに大阪駅へ着くと駅構内のアナウンスが流れた。
「今夜は台風の接近に備え、お早めにご帰宅ください。」

う〜ん、、、大丈夫かな?
日帰りするにはやや強硬なスケジュールだけど、泊りがけするほどでもないという目的地まで
高速バスで往復7時間あまり
現地の滞在時間は5時間30分

目的というのは、PさんとRさんの本番の応援に行くこと。
失業しなかったら、この目的地に行くことはできなかったけど、
反対にいえば、失業したから応援できたともいえるかも。

往時のバス内で既に隣り合わせの女性は何度も髪を触りながら、
目的地で開催されるイベントの分厚いプログラムに目を通していた。

途中、バスは蒜山高原や大山などを通過し、大学時代に合宿したことなどを思い出した。
現地鳥取県米子市は、台風一過の雲で上空はどんよりと覆われていたが、
のどかな地方都市の風情がいい感じ。
自分の生まれたこの町を都会だと意識したことはないけど、
殺伐とした落ち着きのないムードのなかで育った者からすれば、
ほっとできる地方ののどかな風情というのは、何だか羨ましい。
米子駅に着くと、自然スーツケースを引きずる小集団に追随した。

あれあれ?
さっきの臨席の女性、赤いスーツケースで交差点の前まで一緒だったのに、反対方向へ行ってしまった。
こっちだよ〜
とココロで叫んでみたけど、わざわざ追いかけて目的から逸れるのもなんだかね。
いつでもどこでも模範的な親切おばさんできない私であった。

親切を押し売りされても、嬉しくない人たちの存在が少なくないと最近自覚してきたのもあるかも。
それも寂しい。

会場へ着くと、ロビーの受付は関係者で賑わっていた。
お馴染みらしき常連者は、地方都市での再会にちょっぴり同窓会気分かも?
人込みのなかで過去に面識のある人でも、所変わって意外に遭遇するとびっくりしてしまうことがある。
大学院で障害児心理学の講義を受講したT先生の姿も目に飛び込んだ。

「あ!先生!?」
すれ違いにS女史は絶句して不動の驚きの表情を一瞬見せた。
「こんなところでお会いするなんて・・・!」

失業中は、申し込み用紙に記入するとき、往々にして凹んでしまうことがある。
名前は当たり前として、必ず「所属」の欄があるのだ。
空欄で出せず、一応記入して受付担当者に渡した。
一日臨時会員の費用は3000円。失業者には安くない!
手続きを済ませて、PさんとMさんに再会した。
まずは、館内のレストランで腹ごしらえだけど、本番を控えているPさんに余裕がないことは察知できた。

「びっくりしちゃった。私が保育士していたときの市の発達相談員の先生にばったり擦れ違ったよ。」
よもや、S先生だってなんで私がここにいるんだろうと思っただろう。
私の人生ってなんだか平凡じゃないのかな〜
普通に保育士業が恙無くできたのなら、ここに来なくてもいいんだから。

こうしたビッグイベントはやっぱり苦手で、居心地の悪さとか疎外感を感じるものだ。
特に、今回はわざわざ来なくてもよかったのにのこのこやってきてしまったというか、
自分がここにいてもいいのかなという感じ・・・

ああ、そうか・・・

MさんとPさんは事前打ち合わせのため、レストランを出ると一時解散した。
ぽつんと一人3階の会場にとり残された。
基本的に気長な私は、ひとりでぼ〜っとしているのはあんまり苦ではない。

エレベーターの前にオレンジのTシャツ姿の男子学生3名が座って雑談していた。
廊下で自販機の飲み物を購入し、廊下を隔てた中庭へ移動した老賢人の姿を見てみぬふりをした。
「まさか、ABAの大御所K先生では???」

しかし、K先生にとっては私は通りすがりの見知らぬ一般人
日本のABAの神様と崇められているK先生が、私みたいな、隠れ信奉者に気づくはずもない。
もちろん、なれなれしく近寄ってご挨拶など滅相もない。

知っているのに知らんふり 見てみぬふり
その罪にならない罪が積み重なって取り返しのつかない大罪になる。
それでも、介入したために失敗した罪の方が見過ごすことよりもはるかに重い。
だから、知らんふり。

表層では、何の介入も事前事後の変化もない2者の個体は通過した。
大方のそれぞれの人生は、このように変哲もなくスルーしていくものだ。
どちらかが、明確に示すオペラント行動を生起させない限りは。
その意味で、行動療法家はいつでもどこでも抜け目ない観察者だから、
被写体になる側としては、ちっともココロが休まったきがしないのだ。

ダーウィンみたいに無心にただただ観察しているのではない。
いや、ダーウィンだって種の起源を編纂するには、相当な年月をかけ、時代の宗教者に抗って実証するまでに数々の方略を練りに練ったのだ。

すごすごと会場に戻り、資料に改めて目を通すことにした。

2時30分を過ぎて、Pさんをはじめとする発表者たちが小会議室に現れた。
机を並べて、配布物などを設置し終わらないうちに、次から次へと聴講者が入室してきた。
「どうぞ、ご署名をお願いします。」

定刻になり、マイクを通して司会進行役のF先生の声が会議室にこだました。
この先の内容については、やむなくオフレコにしなければならない。
「王様の耳はロバの耳」と書いておこう。
表現の自由があるといっても、あらゆる刊行物は、検閲を受け、時代によっては隠蔽されてきた。
人間社会には、社会性だの、不文律だのルールという縛りがあるのだ。
人間は、サルにも犬にも退化することはできない。

そう思うと、人間に生まれたことを悔しく、恨めしく思っている人間の数は測り知れないのではないか?人間関係ほど、疎ましく猜疑に満ちた危ういものは他にあるだろうか?
ダーウィンが父に勧められた医師を生業に選ばなかった理由は、麻酔なしで小さな子どもに処置することが耐えられなかったからだそうだ。

無事発表が終わると、ほっとした表情の関係者に挨拶したのも束の間、
慌しくもと来たバスターミナルへと小走りで退散した。
バスは定刻の5時30分に発車し、指定席に座ると自然寛ぎモードにはなった。
車窓は、大山を抜けると次第に暗さを増し、日没が早くなったことを覚えた。

どういうわけか、ことばにできない気持ちというのがある。
それをブログなり何なりで言語化すれば、ココロは幾分浄化されたように感じられる。
ことばに吐き出すことが、刃になりかねないおそれをもたらすのなら、ぐっと秘めておかなければならないことがある。
それが、俗に言う精神分析の「抑圧」というものか?
開けてはならないパンドラの箱なのか?
ココロに渦巻く言語化してはならない感情。
人間だから誰にだって自然なことでしょう?
ベクトルを失った情熱は、心の中でアイデンティティと共に崩壊し、不燃焼爆発を起こそうとする。

その理由が自分のなかではっきりしているのを自覚し、隠蔽しなければならないことが辛い。
その対策に、無駄だとわかっていて、やはり私は、心理学の専門書を読み漁ろうとしている。
無駄だとわかっていて・・・











誰でもそうだと思うけど、失業して暇になったというのはおもしろくない。

いくら時間がたっぷりあるからといって、凹んでいること自体がやりきれなくなる。
この10年間、ニートやフリーターなどで、生殺しのように若い時間を無為に過ごさせられた人もそうなのかもしれない。

気分転換にネットサーフィンもするけど、なんとなくココロから楽しんでいるのではない気がしている。
なんていっている私はわがままなのかな?

すると、自己分析サイトに行き着いた。
テストをやってみると、このような結果だった。

あなたは母性の人です。聖母マリアのように慈悲の光でまわりの全ての人を優しくつつみこみます。心優しく面倒見が良いので、誰からも好かれ、まずあなたの事を積極的に悪く言う人はいません。ただし、人への尽くし方にも注意が必要です。あふれでる包容力で暖かく人を包み込むので、その気持ち良さに他人はつい心を許してしまいます。しかし次第に関係が深まるにつれて、その暖かさが暑苦しく、うっとおしがられるようなこともありがちです。「わたしがこんなに尽くしているのになぜあなたはわかってくれないの?」なんて思ったことがありませんか?こんな気持ちをかかえつつ我慢していると、葛藤状態から「自律神経失調症」にかかってしまう危険性があります。もう少し他人との距離のとり方や気持ちの読み方を学習しましょう。また、目先の親切や優しさが総合的な判断より優先し、大局を見誤ったり大きなチャンスを逃したりする事もありそうです。クールになれないところがあなたらしいのですが、冷静な判断力が高まればもっと飛躍することが出きるでしょう。
自分がこの文章にあてはまるのかといえば、全てがあてはまっているわけではない。
これまで複数の人々から指摘されてきたことが、直らないので就職活動にも積極的になれないし、
通り一遍の努力では認めてもらえない過酷な時代だな・・・と本当に凹む。

完全に凹みきると、自暴自棄になりそうなので、持ちこたえられる理性で平静を装っても、悔し涙が滲む。
ゆっくりしたいけど、なんだかこのままではいけないという焦りと実行できない葛藤が渦巻いている。




  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴4年目のアラフォーです。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    在学中から以後、失業と再就職を繰り返し、問題山積です。

    趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などです。
    生年月日は、住民票の住民になった日と同じ
    ちょっと前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。