ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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昨日、試験を終了した今日から、9時半出勤になり、初期第1研修が始まった。
講師は引き続き教育係りの1歳年上のT課長。
朝のあいさつ、語先後礼が終わると、メガネをとって、あるものを見せてくれた。
「ちょっと疲れています。クマができちゃいました。」

そうだろうな~。転勤続で全国数箇所を巡ってK支社に赴任したばかりだそうだが、恐らく女性を見る目は肥えているのだろう。
「昨日のテストで疲れたかと思いますので、今日は挨拶や、マナーについて学んでいきます。」

私はこういうの、あんまり苦にならない方かもしれない。
まずは、ウォーミングアップにマナーに関する雑誌のコピーを配布されると、順に実技トレーニングを行なった。
「笑う門には福来る」が、今年のゆきんこのモットー

豊かな表情をつくる表情トレーニング
からだにある110の筋肉のうち、54もの筋肉が顔にある。
1~11の表情の作り方があるが、笑い皺の防止には、
10番の「イキシチニヒミイリイ」のイ段の発音と、
11番の「キウイ」「ウィスキー」のウィの発音がポイント。

笑顔になるには、口角をあげることが重要。
日本人の80%は生まれつき口角が下がっているので、意識してあげることが大切。
口角だけでなく、相手のよいところを見る、思いやるといった
プラスのこころを持って目も笑わせて。

笑顔の効能 
●表情には、共振作用という、まわりの人に影響を与える作用がある。笑顔でいれば相手も笑顔になる。
●笑顔になることで、自分の気持ちも自然と落ち着いたり、前向きになったりする。いつも笑顔でいることで、免疫力もあがる。
●笑顔で口角をあげると、若々しい表情になる。

次に、入社初期4ヶ月研修テキスト「ファーストステップ」(机上編)が配布された。
S生命の保険事業で最も大切なこと、これはT課長の好きなことばだと
仰っていたが、
「悲しみとともに貧しさが訪れないように」

清貧ということばもあるが、300年以上の確たる富と誇りを維持してきた
事業精神には、なるほど含蓄がある。

スミセイの社会貢献事業のなかでも、個人的に関心が強かったのは、
障碍をもつ方々のための特別に訓練されたアシスタントドッグの育成・普及支援だ。
この訓練の課程にも、行動分析学がふんだんに使われている。
私はまだ、ABAに関して素人感覚を抜け出せていないが、
動物の行動メカニズムを、いくつかの理論にまとめあげているから、
要は、身の回りの行動現象の見方がABA的に洗練されてくるのかどうか
というだけで、その理論に基づいて、望ましくない行動を望ましく修正したり、さらにいい行動のレパートリーを増やしていくトレーニングは、どんなことでもABAなわけだ。

私が元緘黙なのか疑わしい方もいらっしゃるだろうが、
私自身が、かなりABAの効果を実証した被験体と言えるかもしれない。

犬って本当に偉いなあ~。
盲導犬や聴導犬、介助犬というのがそうしたワンちゃんたちだけど、
人間の我々の方が頭の下がる思いさえする。
私だって、本業は障害児畑で生きていきたい。

昼食が、研修期間よりもグレードアップしてお味噌汁付きになった。
嬉しい!

「それがどうしたの?」というささやかなことにも嬉しいことや喜びを見出したい。

お味噌汁どころか地球の向こうには、食べるものさえままならない
飢餓に苦しむ人もある。
今はいいところしか見えてなくて、生命保険のの世界に眉を顰める
人もある。
案外、裏のWさんとか、家庭教師先のTさんが既契約者だったことは、
普段のお付き合いでは知らなかったことだ。

2時半から、正職員として登録する書類に署名・押印の手続きをして
夕方4時過ぎに帰宅した。
今日からルールが少し厳しくなり、退社時にもサインすることになったのに、初日の今日は、うっかり忘れてしまった。明日は気をつけよう。

今度は、Tくんの教材とカリキュラムの準備。
絵本に沿って、質問項目を考えた。後半は、前回の続きで粘土遊びをしようと1時間半かけて準備万端整え、再出発したはよかったが、
T家のインターホンを押して、自転車の前籠の袋をほどくまで気がつかなかった。
「あ!仕事の書類鞄と間違えた!」
「こんばんは。」
「ごめんなさい。家まで取りに帰ってもいいですか?」
「いえ、もうそのまま適当に御願いします。どうぞ中へ」

私のミスだけど、何もなしで何かやれというお題は、いくらなんでも厳しい…

しかし、こんなことも過去にはいくらでもあった。
「え~と、何か材料をお借りできますか?絵本と、新聞紙、それから
はさみと糊」
「新聞は先日廃品回収に出しましたが、ちょっと探してみますね。
絵本は、生活発表会でエルマーとりゅうをやったので今、好きなんです。」

「Tくんごめんね。忘れちゃったよ~。今日はTくんの好きな絵本にしよう。」
Tくんは、就学前にしては、なんだか小難しい集めの本を選んだ。多分、
小学校2年生くらいの内容だ。
例えば、「こんぶとわかめのちがい」とか、「絵地図を見て、目的地までのルート確認」だとか。からだの内臓の部位などだ。
でも、私が来るだけでTくんのヤル気が満々になるのは嬉しいことで、
1時間は殆ど座っていられるようになったし、知的好奇心も随分高まった彼の成長振りが、嬉しかった。

最後はチェーリングの輪つなぎきょうそうで盛り上がった。
「よ~し、Tくんに負けないぞ!がんばれゆきんこせんせい!」
「ぼくのほうがながいぞ!!」
「まって!Tくんはゆっくりやって。」
それから、Tくんは袖口からチェーリングを隠したり、マジックごっこに、最後は手錠に見立てて「ねこのけいさつごっこ」
「ゆきんこせんせいがどろぼうですか?」
「たいほする!」

この類はあんまりやりたくないごっこ遊びだけど、Tくんの社会性の広がりは充分に感じられる遊びに発展したのが嬉しかった。
2005年の2月にTくんの家庭教師を依頼されて、ちょうど1年経ち、改めて
Tくんの成長をしみじみ感じたひとときだった。

「お仕事はどうですか?」
「本当は、家庭教師を本業にしたいのですが、、、」
「だったら、そうしてください。保険の仕事は厳しいと聞いています。知人も外交員をしていて、結局もたなかったって… 」
「本業だけではとても食べていけませんもの。仕方ありません。」
「少々生活は苦しくても、本業に徹した方がいいのでは。」

また、こういうこと言われるんだから。

来週の星占いは、          
「知的好奇心が点火されそう。自分では意外と思う分野の知識習得が吉」
それって、保険の勉強ってこと?





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今日は、午後6時半から8時前まで家庭訪問療育をしてきた。
笑顔でヤル気満々のTくんとパパの顔がリフレインする。
がんばったな。喜んでもらえてよかったなと実感するとき、
この仕事は、誰が何と言おうと、わたしの天職かもしれないと
自惚れてしまうこともある。

しかし、謙虚さを見失って悦に入ったときほど、
家康の格言通りに「勝って兜の緒を締めよ」と振り返りたい。

それもこれも、色んな人々との出会いの連なりの中で
起こってきた行動の連鎖の賜物なのだから。

朝9時半にわたしは、自宅から徒歩5分のとある場所へ
買い物袋を提げて出かけた。既に、20人ほどの地域住民が
並んでいた。
ハッピを着た係りの男性が声をかける。
「4列に並んでください。ご持参のカードと引換券を交換します。」
昨日、図書館で借りた岩波新書の「怒りの方法」(辛 淑玉著)を
読みつつ、待つこと15分から20分。
辛さんの辛らつな文体にわたしは、何故かしら頭がスカッとしてくる。
きっと、彼女の背負ってきた境遇がわたしとオーバーラップし、
今まで素直に言えなかった代弁をこの1冊の本の中に凝縮されているから
なのだろう。


順番を待って入ることを許されたその建物の中は、
半分食糧倉庫といった感じ。
「お待たせしました。本日、ここN町に通信販売のメリーマート
オープン記念特別販売をさせていただきます。」

今日から3日間、先着200名に指定の数品を午前10時と午後2時の
タイムサービス特別価格で販売のちらしが、一昨日投函されていた。
気になるお値段は、なんと100円!

自称、恥ずかしがりなどと言いつつ、いそいそとでかける私に
母が呟く。
「あんたもようやるねぇ。」
「こういうのが、大学院行ってるんだから、一般庶民感覚と
これからの時代、両刀使いでいいんじゃないかなぁ?」

午後からは、訪問先のTくん(6:2)の教材とカリキュラムを作成した。
昨夜10時にTくんのご両親に依頼され、Tくんは3日前から発熱が
続いていて、保育所も休んでいたのだが、わたしの来訪を
心待ちにしているので、是非来て欲しいと懇願されたのだった。

5月頃にも、同じようなことがあり、わたしはその時かなり
冷淡な態度で断っていたのを、きっとご両親は懸念されたのだろう。
5月当時、わたしは保育所で9時から5時までの保育をしていた上に、
週末の金曜日の夕食時に慌てて駆けつけていたため、現在の失業中
のように、心と時間のゆとりがなかった。
また、Tくんともう1件の家庭訪問に、週3日の夜の大学院で
帰宅は午後11時半。
そして、担当のクラスは荒れに荒れまくっていた。

わたしはとうとう6月にはバーンアウトした。

8月にTくんのお母さんのご依頼で、再開して月2回、
1回につき1時間のペースで、今回で18回目になった。
2月から始めたときに、ご両親もわたしもこんなにも彼が
好転するとは、思ってもみなかった。

「雨が降ってご不便をかけますが、どうか来てください。」
「はい。じゃあ、今から出かけていきますね。」
午後6時過ぎに、確認の電話が再び入り、わたしはピンクのレインジャケットに身を包み、雨の中自転車を走らせてTくんの町へ向かった。

「あ、パパさん。今日はお休みだったんですか?」
「いや、出張でね。直帰だったんです。」
「そうですか。お疲れ様でした。Tくん、こんばんは。」
「T、ちゃんと先生にご挨拶して。」
「Tくん、お熱あるって?大丈夫?
 今日はパパと一緒にしようか。」

Tくん、今日は発熱にもかかわらず、過去最高、絶好調だった!!
どんな風に絶好調だったかって?
(ああ、このブログあんまり人の目に留まってないのにね)
初めから終わりまで一度も離席をしなかった。

はじめに、くもんの線引きプリントを8枚ものの3分でしてしまう。
「ええ、もう全部できたの?すごい!」
次に「11ぴきのねこ」
「Tくん、とらねこたいしょうになって、おさかなをわけてください。」
大きさはバラバラだけど、Tくんは自分で魚を描き、
適当に切った破片を、パパが11匹のねこの上に並べて確認した。
「惜しかった。1枚余ったけど、上手に分けたね。」

読解のポイントは「どうしましたか」の質問に答えること。
Tくん「え~とね~・・・」と考えていた。
わたしは質問を変えた。
「じゃあ、絵を見てお話を作ってみて。」
パパが言った。
「隣にいなくても、ちゃんと自分でできるじゃないか。」
「そうですね。でもパパが横にいて見ていてくれるから、
Tくん、お熱あるのに頑張ってるんだと思います。」
「お前、こんなに細かい紙くずまで拾って、手先が器用なんだな。」
「ホント。このお星様のトークンシールも、自分で切って剥して
上手に貼っているね。」
さすがに、40分ほど経過してTくんは発熱もあって疲労と集中力が
ピークに達した。
「疲れたでしょう。おしまい。」

夕食が出来上がったお母さんに見てもらった。
「なるほど、黄色い紙の裏に両面テープを貼ってシールにしてるんですね。」
「はい。星型に沿って、Tくんに一枚ずつはさみで切って
貼ってもらうようにしてみました。」

毎回、上手くいってるわけではない。
だからこそ、上手くいった時には記録しておくことが大切で、
たとえ上手くいかなくても、「失敗は成功の母」
失敗を成功へ転じるためにも記録が必要。
帰宅すると、ビデオも時計もなくていい加減なのだが、
(そこが、正真正銘のプロと言い切れないところ)
あとは10年余りの職人感みたいなので、時系列にザーッと記録する。

第3者のわたしが、超禁断プライベートゾーンのご家庭に
介入するなんて、どこまで守秘義務を守るのか、
どこまで信頼関係を掘り下げて、「家族もどき」になれるのか。
幸い、T家の皆さんは、Tくんがお腹にいるときからの
長い付き合いを許してくださってきた。

「ねえTくん。この上手にできたやつ、せんせいのせんせいに
みてもらってもいいかな?」
「すごいね。先生の先生っておじいちゃんみたい。」

一足早く、勉強を済ませた兄のF君が階下へ降りてきた。
「ゆ~きやこんこ・・・」とご機嫌で歌いだす。
Fくんが襖を開けてこちらを覗き見たので、
わたしのテーマソングを歌ってくれたFくんにお返しした。
「♪ゆ~きやこんこ、あられやこんこ」
Fくん、にっこり。

18回目の終了シールを貼って、Tくんは寛ぎモードに入った。
「パパさん、20回目は記念パーティーにゲームをしませんか?」
「ゆきんこさんも一緒に?」
「もちろん。じゃあ、考えておいてくださいね。」

全ては必殺仕掛け人の、I先生の技をバックボーンに
いかに自分とTくんとのオリジナリティに持っていけるかの
MY ABA WAY なのだ。

さて、明日はK先生の講演会に出かけよう!




夕方、午後6時すぎ、気晴らしに
「世界の車窓から 世界一周鉄道の旅 ~5大陸、55ヶ国列車の旅~
ユーラシア大陸(3)ドイツメルヘン街道、東欧の旅~
を視聴して、家庭訪問先に出かけた。

T君は、今週水曜日は、雨で延期になった運動会
今日は、午後からうちの近所の発達障害児療育施設のS園へ
兄のF君と療育を受けて、帰宅していたので、とてもお疲れさんだった。
「そういう時は、無理しないようにしましょう。
無理矢理やって、いやになるといけませんから。」
お母さんのAさんは、なんだか不思議な人だ。
できるだけ沢山の人脈とブログなどのネットワークを
つないでおくことが、得策だと考えるのは、多くの
聡明なこの業界における関係者とも一致するところなのだが、
飽和状態になって、身を滅ぼしそうになっても
それを停めてしまったら、バランスが悪くなるから
やめられないという状態にわたしには見えたりする。

わたしも精神的には決して強壮でないのに、
辞めたいと喚きながらも、続けているのは、
Aさんとの持ちつ持たれつの関係を維持しているからなのだ。

自分では自分のことはよくわからない。
いいところも悪いところも。
けれども、凹んだときに、タイムリーに慰めてもらうと
また前を向いて頑張れたりするものだ。

Tくんは、疲れているにもかかわらず、
「今日は疲れたね。運動会がんばったんだって?
 また、今度にする?」
「ううん、する。ちょっと待って。」
「じゃあ、待ってる。」
その間にAさんと雑談して待った。
30分ほど、だらだらとお気に入りのテレビアニメを見てから
Tくんは、運動会のパンフレットをわたしに見せにきた。

今日は兄Fくんの担当のもう一人の家庭教師Iさんは
お休みだったので、Fくんもブラブラしながら
ブロックで遊んだりしていた。
元々わたしは、6年前にはFくんの初めての家庭教師だった。
その時の記憶を彼がどれくらい留めてくれているかは
わからないが、Aさんが、わたしのことを気に入って
ずっとかかわらせてもらってきたことにも
改めて感謝の念が涌いてきた。

Fくんがブロックの人形をわたしの目の前に見せた。
「パパ」
「Fくんのパパ?ほんとだ、メガネかけてる!」
「Tちゃん」
「こっちはTちゃん?ひげはえてるよ、フフフ。」
Fくんも笑っていた。Fくん流のジョークかな?
2月からはじめて今日で16回目だったが、
Tくんはこの頃、自分で自分の意識の集中のさせ方や
落ち着き方が、コントロールでき、小1時間は着席していられるように
なってきた。今日は久しぶりに、おかいものごっこをして、
はじめてお店屋さんになり、「ありがとう」と上手に応対していた。
写し文字なら、数字もひらがなも書けるし、何より指示に
素直に応じてくれるようになっていた。

初めはわたしの方が泣いて断ったケースだった。

Aさんは人脈や情報量の幅広い人なので、わたしの方が
勉強させてもらっているところがずっと多い。
なのに、わたしに深々とお辞儀をしてくださった上に
帰りがけにはこんな励ましももらったのだ。

「何度、失業しても、これまでどうにか自分の力で食いつないで
いらっしゃるじゃありませんか。ただ、ゆきんこさんの場合、
周囲の人々との軋轢のために、自分の力を発揮できないことが、
難しいんですね。どんな業界においても厳しいのは同じです。
大学院にまで進学されると、今後、それが反って
あなたの人生のハンディキャップにならなければいいのですが。
でも、前向きにがんばろうとすることに無駄はありません。」
「Aさんだって、これまで多くの関係者の方々を品定めの上で、
今もこんな私を頼みにしてくださっているのですか?」
「もちろんです。自分の人生を作るのもゆきんこさん次第。
自分が変るだけで、相手も変ってくれるんです。」
「そういえば、わたし、Aさん前回お会いしたときと
変ってるって、今、お会いして思っていたんです。」
「本当?嬉しい!!」
「あなたの子どもにかかわるいい才能をもっと生かして、
磨きをかけてごらんなさい。そうしてもらえれば、幸せになれる
救われる子どもたちもどんなに喜ぶでしょう。」
「こちらこそありがとうございます。なんだか失業中は、どうしても
凹んじゃって・・・こんなに励ましていただいて・・・」
「それじゃあ、次回よろしくお願いしますね。」
Aさんが深々とお辞儀するので、わたしのお辞儀も深くなった。

帰宅して、記録を書いて、恐る恐るブログを見てみた。
何事もなく、楽しげなコメントが何人もの人たちから
寄せられていた。

地域の情報誌の来週の星占い
「目標達成は目の前。
チャレンジしがいのある高い目標ほど、星は味方に。」


明日8:00には、早速S先生にもう一度電話をしようと思った。
勇気リンリンで!



昨日も今日も、晴れたら暑い。
室温は26度。

昨夜も寝付くのに、時間がかかった。
夜中にみぞおちや、背中がキリキリと疼いてくる。
働いている間はそうでもなかったのに。

わたしの脳裏には、夢ともイメージともつかない
映像が何度も蘇り、刻まれる。
小高い山の上にあるコンクリートのキャンパス
ここには、数え切れない何段も続く階段も、電動で
スイスイ上がれる長い4つのエスカレーターも
ついているのに、
夢の中では断崖になっていて、わたしは何かに
突き落とされ、どんどん落ちていくのだ。

I先生のコメントの中で言い放ったことばの意図を
考える度、頭の中がそのイメージと共にグルグル回っていた。
「私がどうと言うより・・・」
「公共性という最低限のルール」

それは、その「何か」を象徴していた。
「自分の人生なんだから、自分でなんとかしてよね。」
という突き放しにも聞こえた。
蚊帳の外のわたしが、中に入れない以上は、
泣いても喚いても無駄で、
結局、自分の手中に収まらない君は、あの研究室から
スポイルされた時点で、こんなに時間が経ってから
駆け込まれても無駄なんだ。

「そういう素直でない性格してんだったら、
僕だって救いようがないよ。
君自身が、初めからルール違反してるんじゃないか。
 それに、お願いだから、僕のクライアントには
余計な不安材料持ち込まないでくれないかなあ。
ホント、君のメールには辟易してたんだ・・・
T先生もダメ、歯医者さんもダメなら次はボク?
勘弁してよ。
こんなに忙殺されるっていうのに。」


そうなのかア・・・セイテンノヘキレキそれじゃあ、思い切って自己満足だけの
骨折り損のクタビレモウケな仕事は辞めてしまった方が
いいんだろうか?

わたしだって苦しんできた。
あの7年前の弾劾でズル剥けになって、今日まではいつくばって生きてきた。
目の前に子どもたちの屈託のない笑顔が途切れ途切れにあったからだ。

どんなふうに人生を選んでみても、工夫してみても
環境に要請しても、誰かにすがったり頼ったり、もがいたり
慟哭してみても、
やっぱりどうにもならないことってあるんだ。

特にABAを知ってからという1年10ヶ月
わたしは、ABAとI先生の著作をよすがにしてきたのだ。
それを、
「ボクをいちいち自分の人生の引き合いに出すのは、もうやめてくれよ。」
と言い放たれては、「消去バースト」するしかない。

「消去バースト」というのは、赤ちゃんや
ことばが十分に使えない子どもなどが、自分の要求を
通すために、泣き叫んでそれがエスカレートすると、
かんしゃくを起こして暴れまわるというものだ。
それでも、相手がそれを堪えて、要求に応じなくなるまで、
無視を続けていれば、
「泣く子も黙る。」
「泣き寝入る」
というABAの無慈悲な手法である。


その禁句中の禁句だったコメントを言い放ったわたしは、
もう前言撤回できないのだ。
そういうわけで、昨日もブログもHPも見なかった。

それでも、熟睡はできて今朝は少し早めに起きることができた。
それでも、朝はテレビ体操でウォーミングアップして、
夕方6時半に控えている「たった一人のお客さん」のために、
時間を割いてカリキュラムを考えた。

来年就学の6歳のTくんに向けての教材は
「11ぴきのねこ どろんこ」(馬場のぼる こぐま社)
1996年10月10日第1刷発行だから、ちょうど9年前ってことになる。

前回の課題とポイントは、
「だれだれは、どうしていますか?」の質問に答える。
1ページ1問で、トークン1ポイント、合計20問だ。
これをどれくらいの時間集中できるか、時間も計る。

それから、おかいものごっこ
ちらしの値段と品物を書いたコピーと
カラー広告チラシでマッチングさせるという課題だ。

五味太郎さんのシリーズも大好きで
「すうじの絵本」(岩崎書店)も選んでみた。

I先生の突き放しのことばが、胸に刺さって哀しい。
ABAは、これまでわたしが試してきたどの子どもにも
実に有効だった。
わたしには、I先生からのご褒美は一切なくて、
ついに論文を書く要求も閉ざされたけど、
どの子どもも本当にわたしに信頼を寄せて、成長してくれたのだ。
だから、ずっとI先生を崇めてきたのだ。
自分勝手だけど・・・

けれども、わたし自身の人生は、ABAを知ったその日から、
どんどん追い詰められていった。
子どもたちやお母さんたちに喜んでもらっても、
それを面白くないと考える正職の公務員たちの嫉妬や陰謀の
対象になったのだ。
わたしは、アルバイトでもいいし、
ただ子どもたちやお母さんたちに少しでも
役に立とうと思っただけで、それを自分の喜びにしたかっただけなのに。

昨日は、ようやくハローワークに足を向けた。
銀行に寄って、失業保険の給付を受ける用紙に銀行印をついてもらった。
この町の官公庁界隈は便利だ。駅前から徒歩10分以内に、
税務署、法務局、パスポートの発行所、ハローワークも含む
諸公共団体が勢ぞろいしている。
ないのは、裁判所くらいだろうか。

その辺りを、正午や午後5時過ぎに自転車で通り過ぎると、
わたしの目から見て、千と千尋の神隠しに登場する
「カオナシ」のような公務員の皆さん方が、タバコをプカプカさせて
ゾロゾロと歩いている。

昨日は正午あたりにハローワークで離職票を提示し、
所定の用紙に必要事項を記入して、受付で手続きを行った。
ハローワークの各窓口担当者は、2月に訪れた時とは
ガラリと顔触れが変っていた。
若い新人らしい男性職員が、至って
事務的な、慇懃丁寧なマニュアル通りの応対ぶりで
なんとなく嫌気がさした。
バブルのはじけるちょっと前までは、
プータロウの扱いは、蔑みにもにたぞんざいな対応もあったらしいし、今は、パワハラに、セクハラ、リストラ対応で
やかましくなっているから、何事も卒なく穏便に計りたいのだろう。
「ガムをソファに押し付けるなどの悪質なイタズラはお止めください。
警察に通報します。」というオレンジの張り紙も見に入る。

求職者の数も、その頃よりはずっと少なかったのも印象に残った。
わたしも、応対の男性の説明に
「ハイ、ハイ、」と事務的に相槌を打った。
つまらないコミュニケーションだ。
赤ちゃんと「いないいないばあ」している方がよっぽど楽しい。

そんなつまんない、他愛無いわたしだけの嬉々とした
一方的な報告も、2004年の1月からこのブログを開設した
今年の8月のお盆の頃まで、ずっとHPに書き込んできた。

今はそれも、あまりにも虚しすぎる行動だった。
その間、わたしは2回もハローワークに裁判所や
労働監査基準局、弁護士事務所まで訪れたのだ。
その果ては、やはり「消去バースト」だった。

頭には、カーペンターズの「デスパラード」が
リフレインして、とぼとぼと自転車を押して歩き出した。

自転車を市民会館の自転車置き場に停めて、
わたしは、ダイレクトに隣接の建物の扉を押した。
「9月末日まで、アルバイトで働いていた者ですが、ちょっと
聞いてもらいたいことがあって来ました。」

メガネの中年の長身の男性がソファに案内してくれた。
「お話、伺いましょう。」
わたしは、市のアルバイト職員として、1年半のうちに5箇所の
保育所を転々としたものの、口先だけの
信頼関係や俊敏な連携を求められても、それが難しかったこと、
正職員以上の常に厳しい上司の監視下に置かれ、
その度に、精神的に追い詰められたこと、
他のパートを要請したからと、無理やり退職届けを書かされたこと、

最後は、正職員でさえ、一切面談のない
子育て支援室のK課長から、2度も呼び出しを受けて
「2度と勤めないように」と通告を受けたこと、
これは、明らかに弱い立場のアルバイトに対する人権侵害だ。
結局、この町の自治体の人間関係の悪さが、
市民生活にも影響を与えているのではないか。
とにかく、生まれ育ったこの町の自治体の職員たちから
受けた有形無形の精神的ダメージはあまりにも大きすぎる。

アルバイトでもそうなんだから、きっと正職員同士でも
そのようなことがあるのだろう。
『あなたのために、辞めた方がいい』と進言する正職員さえいたのだから。

メガネの男性は、だんだんと顔を曇らせていった。
「近くのK市では、アルバイトの身分も保証されていると聞いています。
市の財政が悪化していますので、確かにアルバイト雇用は増加していますが、そのような子育て支援室の実態は知りませんでした。」
男性職員にそれ以上のことばはなく、わたしは涙を拭って
その建物を後にした。

そんな昨日で、わたしはブログに向かうには、
あまりにも鬱々とした気分に苛まれていた。

駅前のマンションに住む友人を訪ねたが留守だった。
自転車を隣のG駅まで走らせ、G図書館へ行くと、
リストラのおじさんたちが、黙々と読書していた。
わたしは、モームの「環境の力」という文庫本を手に取り、
読んでみようとしたが、頭が受け付けなかった。

外へ出て、G神社の祠に手を合わせて拝んだ。
フェンスの傍に立って、周辺の町を見下ろすと、
ザワ~っと音を立てて周辺の木々がカゼにざわめいた。
「ああ、いいな。風にそよぐ木々の声に、何の悲しみも憂いも、不安も
何もなくただざわめいているだけだ。
わたしのそんな想いも風にとんでいってしまえばいいのに。」

自転車でまた走り出す。団地のあちこちに、
「変質者に注意!」だの
「危険だと思ったらホイッスル!」のポスターが目に付く。
この道を春には子どもたちと散歩で歩いたことも思い出しながら、
10月1日にフェンスの外側から運動会を見たK保育所を通過する。
午後2時、外にいるのは柵に囲まれた一人ぼっちの
アヒルのミケだけだ。

地球には65億人ものヒトが生きている。
日本は、世界で10番目に人口の多い国だそうだが、
少子化で1位ランクが落ちたそうだ。

誰かが生き残ろうとするときに、
誰かが犠牲を払わなければならない。
地球も黙してI先生と同じメタ・メッセージを
発するだろう。

わたしは、スコラ(スクールの語源で「暇な」という意味)を
もう少し味わってみよう。
そのどちらかの選択をする前に。


今日は、秋分の日。「暑さ寒さも彼岸まで」という諺があるが、
昨日よりも汗ばむ陽気だ。
休日はいい。煩わしい職場の人間関係から免れる。
朝もゆっくり寝坊できる。
それに加えて、何気なくつけたTVの映像が現実離れしている場合、この上なくわたしを慰め、癒してくれる内容だったら、
布団から出るのに、勇気が要ってしまう。

「喜びは創りだすもの」
バーモント州の片田舎で理想の花園を30年の歳月を
かけて育んできたアメリカの女流絵本作家
ターシャ・テューダーの世界にうっとりとまどろむ。

男性陣が何と言おうが、こんな御伽噺のような
100年前のアメリカ開拓時代そのままに、
絵本の世界を頑なに実現していることに、
羨望しないでいられるだろうか。

日中は、広大な庭の手入れ
大きな桶に溜めた雨水を庭に撒く。
秋にはリンゴの収穫とジュース作り
手作りの蝋燭の照明で読書や絵本製作
「人付き合いは苦手、ひとりでいるのが好き」
「電気を発明したエジソンは偉大。感謝している。」
「どんなに厳しいときも、幸せは心の持ち方にある。」

斉藤由貴のナレーションと、90歳を超えた独居老女ターシャの
愛犬コーギーのメギーが短足のモンローウォークで歩く姿が
なんともいえない演出だ。

春から夏にかけて色とりどりの花で賑わう庭と対照的に
真冬に咲くSNOW DROP マツユキソウも印象に残った。
案外わたしって、ドメスティックかもしれない。

その余韻に浸ることは、今朝はできなかった。
11時には、9月のはじめから約束していた
家庭教師のサブワークに出かけた。

Tくんは初めの30分はレモネードをおかわりしたり、
TVアニメを見入ってなかなかその気にならなかった。
お気に入りのネコにまつわる絵本「11ぴきのねことぶた」と、
自作のABAの技法のひとつトークンエコノミーをヒントにした
手作りのネコシールとカレンダーを切り抜いた
マスを提示すると俄然、ヤル気満々になった。

市販のイラストシールをそのまま使うのが定番だが、
ゆきんこ流は、シールもご本人にひと手間かけて作ってもらう。
「あれ?このねこかおがない。」
「うん、Tくんかいて。」
「わかった。このねこはこわいかお。」
「ほんと、こわ~い!」
「せんせい、このねこのかおかいて。」
「いいよ。このねこ、やさしそうなかおじゃないね。
いじわるなかおだ。」

はさみもセロテープも手先が器用なTくんには、
敢えて用意せず、自分で家の中から探して用立ててもらう。
どんな動物自分の欲するものを自分で手に入れようとするはずだからだ。
シールは購入しないといけないが、自分で簡単なイラストをかいて、
使い古しのカレンダーを切るだけなので、経済的。

そんなわけで、モチベーションの高い門下生に
師匠は冷たいと噂では聞いている。
ABAの理論上、行動そのものが報酬になったとき、
強化子は不要になるというのだ。
だから、ABA的に言えば、もっとも崇高な個体は、
自ら目標を作り、それを達成する上で何らの
報酬もなく、自らの喜びとする。ということに帰結する。
だから、ボランティアの人たちをブログのなかでは
賞賛するのだが、わたしのような誰にも褒められない
無名の食えないプロ場合、
そのバランスが悪すぎて、美談にできないので
シニカルになってしまう。
とても、ターシャの超越した心境には程遠い。

座卓と壁際に置いた椅子の上に脚立に立ってそこから
座布団にジャンプを繰り返していたYくんだが、
集中力が途切れそうになると、自然に自分でイメージを
膨らませていった。
「ネコの特急列車、ガタンガタン、」
「なにえきですか?」
「え~と、ねこやまえき」
「ブレーキ、キキーッ!」
「その音、耳が痛いよ、Tくん」
といいながら、マスにひとつひとつ「駅に着く」印に
シールを貼っていた。

30分も延長して頑張ったので、久しぶりに会った
お父さんもご機嫌だった。
「ゆきんこさん、よかったらランチをいっしょにどうそ。」

数年前からのお付き合いのご家族の団欒に加えていただき、
Tくんと兄のFくん、ご家族の近況について
ゆっくり聞かせてもらえたことも、わたしにとっては
大きなご褒美だった。
次々にパパさんが、デザートなどを振舞ってくれるので、
「わかった。わたしを食べ物でひき付けて、太らせようっていう魂胆でしょ。お尻に根が生えてきたらどうするんですか?」
テーブルを囲む家族に笑みがこぼれた。

「わたし一人暮らししようと思うんだけど。」
「賛成!わたしの部屋を共有しない?」
「ええ?いいの?」
「あ、でも掃除とか雑用頼むけど。」
「独りより、ちゃんとできると思うよ。それよりも
わたしの方が邪魔にならないかな?」
パパさんの妹で、近くに独り暮らしをしているYさんからの
冗談半分の提案にも花が咲いた。

3時に帰宅すると、そのまま6時過ぎまでうたた寝を
してしまった。カイカ~ン!

夕食の準備を済ませた母がこう厭味を言った。
「あんたの年頃でこの時間にうたた寝なんかしている
女性はいないわよ。少しは気配りしたらどうなの?」
「その必要がないんだもの。誰にも迷惑かけてないでしょ。」
わたしは、炊きたてご飯を二口食べながら、問いかけた。
ニュースでは、自殺サイトについて報じていた。
「ねえ、お母さんには、恐いものなんて何もないよね。」
「そうね。もう老後だから、あとはどうにでもなったらって
感じよ。」
「5歳で母が死んで、戦争も経験して、結婚しても、
パートナーには未だに、苦労かけさせられて、
母子家庭で働き続けて・・・」
「頼る人もなかったけど、乗り越えてきたし、
どうってこともなかったわ。」

母とターシャの生き方がなんとなくつながるような気がした。



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