2009 / 11
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自称心理学オタクのゆきんこ。

新しい派遣の仕事は、ある専門業界の事務スタッフだ。
履歴として凡そ15年間に及んだ障がい児・者関連従事者として働いた日々は、現役時代から遠ざかっていったとしても、新しい業務を習得するにあたって無に帰してしまうことはないと思っている。

15日には朗報が入り、旧友のSちゃんも無事に再就職が決まったらしい。
お互い新しい仕事に慣れるまでの数ヶ月はストレスフルには違いないが、
ブランクのあったHちゃんも同じ業界でパート職員としてがんばって働いている。
そんな心理学科を共に卒業したアラフォーの旧き良き友情は、現場が違って多少辛く理不尽な思いをすることがあったとしても、がんばろう!
たまの休みには、集まってストレス発散のランチタイムを楽しもう!
ってことで、増える白髪と共に沈む夕日に向かって日々を刻んでおります。

しかし、41歳の秋。
もちろんいいことばかりではないのだ。
上司は、私が多く仕えた方々の中では最年少の26歳の女性だ。
この7月に配属替えになって昇進したけど、それ以来、ストレスのために慢性的に胃を痛めている。
従える部下は、全て前職歴のある年上スタッフ6名。
プラス、10月に新入りしたばかりの最年長のゆきんこおばさん。
これは年若いTさんにとって大変なプレッシャーです。
のんびりした日本海育ちのTさんは、大学進学以来故郷を離れ、一人暮らしをしている。
そんなTさんの境遇に自分の同年代時代のことを振り返り、
(といっても、私の場合、地元を離れた経験はあんまりないですが)
「Tさんにお渡ししたいものがあるんですよ。」
「なんでしょうか?」
「はい。」
手渡したのは、文殊院へのドライブでHさんに見せた心のお医者さんが書いた雑誌
『プチストレスとつきあう本』

さて、業務上のいやなこと、悪いことは敢えて書きません。
今回、大不況に伴う失業期間が3月から9月の半年間に長引いたことや、
昨年、比較的スムーズに再就職を果たしたはずが2ヶ月間で強制的自己都合退職に追い込まれたことは私にとっては痛手になりました。
その意味で、今回どんな業種・職種なのかは敢えて明示せずに追い追い記述していくつもりです。
辛かったこと、後悔は反芻すればするほど、悔恨となるばかり。
心のしこりとなって前進することや好転することを阻んでしまうような気がしています。
と強がってみますが、実は、ずっと立ち仕事だから背中と腰が突っ張ってきて、
ぎっくり腰の予兆を感じています。

そして、努力がちっとも報われヘンなぁ〜と
凹んだことが1つ。
「今後こそ通ってるでしょう」と予測していたはずの資格再試験の結果です。
昨日の午後2時過ぎ。
週末の半日勤務を終えて帰宅し、手を洗ってリラックスしかけたところに
訓練校の指導教官から携帯に留守電が入った。

「え〜、、、今回も不合格でした。」
先月末、再受験したとき、試験前日ギリギリまでメールのやりとりで受験対策につきあってくれたTさんにメールを入れて泣きついた。
返信によれば、Tさんは合格したらしかったが、
弟さんが大変な手術を終えたばかりで、その看病でしばらく懸念が続くとのことだった。

隣人の緊急事態と比較するのはいけないことですが
結果にこだわり不快感を持続させず、今、午後のひとときをのほほんと快適気分で過ごせば
どうってことないわけです。

とはいえ、凡人の当たり前の心境として不合格に再再受験勉強の面倒くささをイメージすると、
かなり凹ませられました。
なんで大学院受験にストレート合格できた私が、今回の再試験不合格なんでしょう???
試験って出題される傾向と対策、そして運というのがあります。
私の場合、努力の甲斐や結果が反映されないのはやはり、「運」がないから?

あとは、人気度や倍率もあるし、受験といっても試される内容はさまざまなので、
誤解しないで欲しいのは、大学受験の時点でも既に長所と短所という形で専門性が極められていくということです。(とっても不合格だった言い訳)

例えば、90%の過去問に対応していて、平素の勉強では特に問題なく恙無くやっていても、
当日、思いも寄らない抜け落としていた問題が出て、「しまった!」という感じ。
そして、遍くの一人一人の人生も、運と縁という目に見えない変数が渦巻いて網羅していたはずの
網目から抜け落ちた穴におっこちてしまう方々がいらっしゃるのです。(It’s Me!)

だから、人生、どんな難しい関数にも当てはまらない珍問・難問が永遠に解決されることはない。
けれども、「仕方がない」「運が悪かった」では済まされない悪あがき根性が、
しぶとく心理学オタクを相変わらず維持させています。
なんて、こんな誰も読んでくれないモノローグが私にはなんてことない気分転換的習慣ですが、
「ゆきんこさん、賢いのになんで落ちたん?あんなに勉強してたのに。」
というTさんの返信に矛盾と葛藤がどうしても渦巻くのでした。

そういうわけで、いつも自分で自分を癒すことに無我夢中。
今日は、午前中久しぶりにプリンを作ってみたら、
蒸し加減と材料の配合バランスが絶妙でおいしくできました!
そして、10月に入ってリクエストしてH市の中央図書館がゆきんこというわがままな一市民のために
買ってくれた新刊本は、

『ATC(アクト)を実践する(アクセプタンス&コミットメントセラピー)』−機能的なケース・フォーミュレーションにもとづく臨床行動分析的アプローチ−

[著]パトリシア・A・バッハ/ダニエル・J・モラン
[監訳]武藤 崇/吉岡昌子/石川健介/熊野宏昭
(2009年8月24日初版 星和書店)


は じ め に
あるクライエントが最近,「私は『恐れること』を恐れているので、人生が自分の思ったようにうまくいかない」と話した。このようなパラドックスは、セラピーに訪れるクライエントにはよくあることである。
実際に,すべてのセラピストが,そのような経験をもっているだろう。
ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)は、実証的な知見や臨床的な実用性が証明され、蓄積されつつある。また、ACTは一般にも知られるようになってきている。最近のメタ分析(Hayes, Luoma,
Bond, Masuda, & Lilis, 2006)によって,その有効性が支持されている。
「第3の波」の行動分析やマインドフルネスの出版物・ワークショップが,広範囲(不安から怒りまで
,喫煙からてんかん発作障害まで,境界性パーソナリティ障害から親のコーチングまで)にわたる臨床上の問題に対して利用可能になっている。ACTの研究知見の数は増加を続けている。これは、
実証的に支持されているセラピー(ESTs)の重要性を確立した科学的伝統と同じ流れの中にある。
そして、ACTは、これらのセラピー・メソッドに,人生の価値,マインドフルネス,人間の苦悩に対する
言語の影響への焦点を含むスタンスを新たに吹き込んだのである。ACTの研究者は、ACTを構成する応用的な介入を開発しているだけではなく、人間の行動と認知の基本原理,そしてこの探求に関連する理論的・哲学的土台を記述してもいる。目標は、正確性,幅,深さを伴って,人間の苦悩に取り組むためにより適切で包括的な心理学となることである。」


しかし、544ページ中、まだ124ページしか読めてなくて、返却期限は再再受験申し込み締切日と同じ23日まで。

これまで遅々と読み進んできたなかで、イントロダクションは既に刊行されてきたオーソドックスなスキナー博士の流れに沿ったABAの歴史やらその効果と限界などのおさらいで、
どこが従来と同じで、新たなトリートメントはどんな効果が明らかとなったのかが読んでからのお楽しみです。

124ページまでで一番、興味深かったのは、P96の「価値」
「ACTでは、価値を明確化していけるよう、クライエントをサポートしていく。このなかで、クライエントは、個人的な価値に向かう生き方がどのようなものか、短めの文章を書くように求められる。
Heyes,他(1999)は、クライエントが自分にとって個人的に重要で非情に大切なものを明確化できるように、価値ナラティヴ・フォーム、価値アセスメント評定フォーム、ゴールアクション・バリアーフォームを提供した。社会的価値調査(Ciarrochi & Blackledge, 2005)は、青年期の受検者で使える短縮版である。価値の的中表(Dahl & Lundgren 2006)を用いると、価値を査定しやすくなる。アーチェリーの
標的の絵を使って、クライエントは価値ある生き方という点から、自分の最近の行動がどれくらい近く
「的を射ているか」評定するように求められる。このツールは下記の文脈主義的行動協会のウェブサイトにあるCiarrochi & Blackledge,(2006)のACTに関連するアセスメントツールのコレクションからも入手できる。」


www.contextualpsychology.org

なぜ、この記述に惹かれたのはといえば、20年前に直筆でしたためたゆきんこ初の心理学学位論文
「生き方についての一考察」(Yukinko,1989)とオーバーラップするかも?という予感がしたからだ。
このABA(応用行動分析)の第3潮流最先端のアプローチ方の実践本を(図書館のだからタダで!)入手して(好子)
チョコレート色の書籍に読みふける休日は、なぜか幸せなひととき。
文殊院から帰宅する自動車の中でHさんが、わたしにチェルシーをくれました。
チェルシーを舐めると、とろけて舌の上がスイートになりました。(好子)
Hさんと何気なく口ずさんだ今に伝わるなつかしのCMソングが自ずとリフレインするのでした。

「♪わたしにはわか〜る
  あなたが〜
  あなたにも〜
  分けてあげたい
  ほら、チェルシ〜
  もひとつ チェルシ〜」



5月の連休明けから4ヶ月コースの職業訓練を受講して、終了日まで残すところあと8日となりました。

盆休み明けの今週に入って、部署が変わり2週間の限定で「文書窓口」というところでお世話になってます。幸い、きさくな年上の3名の女性陣に温かく受け入れていただき、バタバタと働かせていただき、昨日21日はちょっと残業でした。週末は最終チェック作業をまとめて行うなど書類が他の日よりも多くなります。おまけに部署の主力メンバーが2名もお休みで、てんてこまいでした。
1週間のうちに仕事のおおまかな流れはつかめたものの、やはり主力戦力とはいかないので、ゆきんこの仕事振りは自己評価0.4人前ってところでしょうか。実習生はなんぼ働いても無償奉仕です。
でも、無償奉仕といっても、次々ときさくに業務ひとつひとつを丁寧に教えてもらえるのは、「実習生」だから。

保育業界では、こういう至れり尽くせりの親切は、福祉なのに全然なかった。
今まで誰もが嫌がるドロドロクサクサした業界にどっぷり浸かって、腐らずに(時には凹みながら)
障がい児専科の保育士・療育支援員として曲がりなりにもがんばってこられたのは、子どもたちに心身ともに健やかに育って欲しい、少しでも笑って楽しく過ごして欲しいという私なりの信念や情熱があったから。

何度振り返っても、あんなにしんどい仕事よくやってたな〜・・・
その過去の辛酸の数々に比べたら、他の実習生たちのぼやきや不平・不満はゆきんこにとっては取るに足らないことでした。

今回の実習では、自分の工夫次第でどうにか回避したり、誤魔化したりしながら、上手くやっていけそうな気がしています。
水曜日に、訓練校の指導教官から電話がありました。
試験の結果は、一部合格ということで、9月末に再受験することになりました。

アラフォーともなると、結果の如何や人間関係のゴタゴタに動じなくなったみたい?
何せ、ブログを開設する以前からどうしようもなかったこれまでの半生に裏打ちされてよくも悪くも逞しいものです。

今は、受験のときに親しかったメンバーとは実習先がバラバラになってほとんど交信しなくなった代わりに、同じ実習先に出向しているメンバーと親しくなりました。
そこで、今朝は同じく再受験することになったMさんと駅のホームで待ち合わせて10日振りに訓練校へ出かけました。

いつもは、スーツのヤマピー先生が、私服にジーンズ姿でお出迎え。
「3枚の問題は、1枚ずつのバランスが大事なんだ。全部で300点満点だけど、3枚の合計で210点
をクリアしている必要がある。1枚目は50点、2問目が100点、3問目が150点満点で、配点もバラバラなんだ。だから、1枚目を完璧に仕上げようとするより、配点の高い問題を間違えないことが大事。」

「それを知ってたら、もっときちんとテスト対策できたのにな〜」
反省すれば、3枚目は焦ってしまって間違っているのがわかっていて直せないままめちゃくちゃに書いていたと思います。
結果は結果。

回答用紙をコピーさせてもらって、手続きを済ませるとパラパラとメンバーがやってきた。
話題は専ら、実習先の人間関係や仕事のしやすさ、通勤しやすさ、などなどの論評に花が咲いた。
誰だってイヤだな〜と思う人は、おんなじで、どこへ行っても苛める人いじめられる人に2分されるらしい。

「ウチの実習先、めっちゃいいで〜。みんな優しいし。」
「スタッフも資格合格した人たちばかりじゃないみたい。」
「やっぱり、一緒に働く人間関係が大事だよね〜」

訓練生仲間が総じて言うには、全体的に我々の同期生たちは皆仲良くて、このメンバーでそっくり同じところで働けたら言うことなし!で一致していた。

他方、実習先でお世話になっている先輩同僚と新参実習生が風通しのいい関係を築けたのにはワケがあります。
彼女たちは、子育て最中で前職は保育士だったってこと。
「(ゆきんこが)普通の人でよかった〜」とか、
「この人、数日で機密情報知ってるわよ。」
「なんだか言いやすいのよね。」
「安心してください。他言しませんから。」
「お互いの身のためよ。」
「はい・・・」
と、「実はね、、、」という内部事情にも多々触れていた1週間だった。

そんな職業訓練の近況と関係ないかもしれませんが、
元保育士のゆきんこのお盆休みは、ちょっと読書してました。

これも、社会人大学院時代当時の発達心理学者IS准教授のお薦めの著

『新 児童心理学講義』
ヴィゴツキー著 柴田 義松訳者代表 (2,002年5月25日初版 新読書社)

心理学オタクのゆきんこのモノローグですが、各学会の諸々の理論は、不完全であるが故に、
その時代潮流のパラダイムチェンジというのが興ります。

昨年のお盆休みは、心理学のなかでも徹底的行動主義学派 B・F・スキナー博士の名著2冊を読んでいましたが、アンチ行動主義の発達心理学者のIS先生は、常々、心理学の黎明期の名立たる学者が記した名著をいくつか特選されていたことが修了後も脳裏にありました。

ヴィゴツキーといえば「内言と外言」、VS ピアジェの発達認知と対比的に学説を述べよというのが、大学院受験のお題としては定番でした。
そして、1998年に在学していたときに、指導教官だったT先生はやたらとピアジェを読まなくちゃ!と
学生にハッパかけていたのに、この著が新刊された頃から次第にピアジェからヴィゴツキー理論にパラダイムシフトが変っていました。

そこで、私のブログの問題点は何をいいたいのかが、とりとめもないので、一昨年の指導教官であったY先生のイライラの種になっていました。

私は職種を変えようと、職場を変えようと一貫して変らない心理学への情熱です。
スキナーであろうと、ヴィゴツキーであろうと、心理学を追求してきた学者の名著を携え、読みふけっているのが思春期から変らない私の志向性であり、その観点から周囲の人間模様を眺めたら、
100年前も100年後も人間の本質は変化しつつも変化していない。

・・・なんて、私なりに達観して癒されています。




転職とハローワークの出没頻度が高いゆきんこ。
雲り空の今日も、正午過ぎにハローワークへ出向した。

「58番の方」
「採用が決まりました。」
「おめでとうございます。」

8ヶ月以上経過しても、交友範囲の広い母の知人からまだ結婚の祝辞もパラパラと電話越しに入ってくる「おめでとう」のことばが、今の自分の心情とミスマッチ。

今回、職種の変更も射程に入れた就職活動の間、しばらく借りていた本の内容がまずまず参考になったので記録しておきたい。

「自分のキャリアを磨く方法 −あなたの評価が低いわけ−」
著者 山本 寛 創成社新書22
2008年6月20日初版
定価 800円

目次

第1章 キャリアをめぐる環境の変化
 キャリアをめぐる環境の変化/働く人のキャリアの変化/境界のないキャリア

第2章 キャリアとは何か
 キャリアの意味/人生そのものとしてのキャリア/職業生活としてのキャリア/組織の職位としてのキ ャリア/職業とは何か/キャリア・チェック1(キャリアの分析)

第3章 キャリアの特徴
 継続性/連鎖性/発達性/キャリア・チェック2(職業への態度)

第4章 キャリアにはどのような種類があるか
 客観的な側面と主観的な側面/内的キャリアと外的キャリア/組織との関係によるキャリア/タテのキ ャリアと横のキャリア/価値観・志向性による分類/キャリア・チェック3(組織への態度)

第5章 キャリアの転機とキャリアチェンジ
 キャリアチェンジ/キャリアの転機/多様なキャリアチェンジ/キャリアチェンジを促進する条件
 転機としてのM&Aとキャリア発達/キャリア・チェック4(専門性)
 
第6章 キャリアが発達するとはどういうことか
 キャリア発達とは/キャリア発達基準の変化/キャリア発達の指標/昇進/エンプロイアビリティの高さ
 転職/キャリア・チェック5(業績)

第7章 キャリア発達には段階があるか
 探索期/確立期/維持期/開放期/

第8章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(1)キャリア上の夢や目標を持つ
 キャリア上の目標とは何か/キャリア目標を達成するためのコミットメント/価値観とキャリア目標との 一致/個人のキャリア目標と組織とのかかわり/キャリア・チェック6(キャリア目標の設定)

第9章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(2)実際に行動する
 必要な時期に意思決定する/自己分析によってアイデンティティを確立する/キャリア目標を達成する ための行動を起こす/キャリア上の機会をつくり、可能性を高める行動/フィードバックを求める/他者 からの評価を高める/ネットワークをつくる/キャリアをチェンジする/キャリア・チェック7(キャリア上の 機会をつくり、可能性を高める行動)

第10章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(3)遇線や逆境にどう対処するか
 偶然の出来事にどう対処するか/逆境にどう対処するか/キャリア・チェック8(フィードバックを求め 
 る)

第11章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(4)キャリアの意味づけと統合
 キャリアの意味づけと統合/自分史/キャリア・チェック9(他者評価志向的行動)
 
第12章 女性のキャリア発達
 キャリアにおける性差/キャリア・パターンの性差/キャリア発達の性差/キャリア・チェック10(ネット ワークをつくる)

第13章 非正規社員のキャリア発達
 非正規社員のキャリア発達の重要性/正規社員への転換(登用)/キャリア・チェック11(肉体的・
 精神的な健康度)

第14章 ワーク・ライフ・バランスとキャリア発達
 ワーク・ライフ・バランスとは/ワーク・ライフ・バランスとキャリア発達/キャリア発達における労働生活 とそれ以外の生活の役割/キャリア・チェック12(基礎的な一般能力)

キャリア・チェックのまとめ

ハローワークを出たあとは、ホースセラピー牧場でポニーと馴致。
クリスマスパーティーのチラシを通行人に配ったところ、30枚ほど全て完了した。
帰りがけ、川沿いの堤防で最後に手渡した女性は、なんと顔見知りのKさんだった。
ガイドヘルパーの最中で、利用者の方を同伴して散歩中、偶然の出会いに驚いた。

牧場へ戻ると今まで面識はあったものの、敬遠していた女性Nさんと砂利拾いの会話した。
Nさんはいつも馴致から帰ると、ボランティアメンバーにお菓子を配ってくれていた。
ほぼ初対面の人同士の挨拶って、だいたい「どこから来たんですか?」
それで、自分の職場や行ったことがある場所なら、「ああ、私も○○で・・・」とか
共通項が作れる。

ゆきんこはボランティアのなかでも地元の民で抜け道もよく知っている存在になってきた。
でも、12月からの新しい仕事に身も心もそろそろセットアップして、癒しのお馬さんたちとも
しばらくお別れするだろう。
   

11月第2週に入って、日中も冷え込みを感じるようになってきた。

水面下で悩んでいることほどなかなか公表はできないし、何よりブログにありのまま、正直に綴ることが憚られてきた。

それは、研究の世界や私的空間・心という最もプライベート空間さえも同じかもしれない。
それは、ちょうど封印されたパンドラの箱が開けられて元には戻せなくなった感覚だ。

私はストレスや不満が溜まると攻撃的になってしまう。
失業の度にその憤懣は、徐々にエスカレートし、書きなぐることで発散していた。

確か、3年前の11月ごろ、夜間社会人大学院の発達心理学の時間にIS先生から
E・H・エリクソンの「社会と子ども」のなかの「ヒトラーの児童期」について討論したことを思い出す。

Pさんとの最後の電話の後の3日3晩、全く熟睡できず脳ミソがぼんやりしていた。
「快適睡眠講座 〜よりよい睡眠をとるために〜」
の無料メンタルヘルスセミナーに申し込もうかな〜?
それに伴いどんより感と食欲不振

昨晩はFAXで申し込んでみた。
「からだほぐしですっきりリラックス」

母からすすめられた図書館の本を読んでみると、少し冷静になれた。
石坂晴海「男と女の離婚格差」(2007小学館)
それによると、

「夫の最優先事項はあくまでも仕事で、仕事に影響することはできるだけ排除したいという本音がある。妻の訴えで一番多いのは、ダンナは仕事ばっかりで家のことも子どものこともやらないで私一人でがんばっている。わかってくれない。認めてくれない。見てくれない。でも、それは夫にしても同じ気持ちなんですよね。お互いがんばってるけど、お互い余裕がなくなって相手のがんばりが見えなくなって
しまう。相手ばかりに意識がいくというのは、いい意味でも悪い意味でも自分をないがしろにしいる。
人に気を遣いすぎる、顔色をみてしまう、あるいは、我慢とか犠牲とかで自分を放置してしまっていることが多い。そうしているのは、実はパートナーに対してだけでなく、あらゆる人間関係に出ているはずだ。

人は誰でも自分の「パターン」というのを持っていて、それはあらゆる人間関係に出ている。
会社での上司、同僚、部下との関係も、過去の恋愛関係や親子関係などが影響していたりする。
夫に向かう怒りや悲しみは、夫だけでなく過去の恋愛や親子関係の中で培われた問題だったりする。
過去の満たされなかった思いが夫に向くことも少なくない。そこに気づくと長い眼で見れば夫婦関係が
改善されるケースは多い。
パートナーシップにおける大きな壁となるもの、それは
「罪悪感」「恐れ」「恥ずかしさ」というきわめて人間的でやっかいな3つの感情だという。

専門的には、心理的に距離が近ければ近いほど自分自身を扱うように相手を扱う。
多くの人はみんな自分に厳しい。
自己嫌悪というのは自分をバカにしたり攻撃していることだから、
身近な人にも同じような攻撃をしてしまう。

なぜそういうことが起きたのか、
そこを見つめて何かを学んで卒業するという形の離婚でないと
おそらく同じトラブルが他の近い関係に出てくる。
自分の中に相手を引き寄せるフックみたいなものがある。
それが自分のパターンだ。
せっかく縁あって引き寄せあったのだから、
そのパターンを見つけて、受け入れて、手放して卒業した方が得であることは間違いない。
自分を知ることで何より自分が楽になる。
そもそも他人だった男女が夫婦という形をとって角をつきつけあうことの意味は、
そこにあるのだと思う。







昨日は、9月下旬に取り寄せていた2冊の図書の返却日だった。
気温は27℃と再び9月中旬並みの汗ばむ陽気だった。
正午前には自宅を出て、市街地の図書館へ出向いた。
隣接する総合福祉会館の福祉図書コーナーはいつも閑散としていて集中して読書するにはもってこいの環境だ。

そこで、ソファに腰掛け一気に読み終えることにした。
本のタイトルは
『森の生活 WALDEN TWO 心理学的ユートピア』 by B.F.Skinner(1948)
もう60年前(昭和23年)に著された作品だというのに、今のマイブームはなぜだかスキナー博士なのでとても新鮮な気持ちで読めた。

もくじは以下のとおり

  序   古武 弥正(関西学院大学心理学研究室にて)
1.戦後のある日                  1
2.第二ウォールデンへ             10
3.雨のない街                  17
4.お茶をのみながら              26
5.衣装談義                   32
6.雑踏を避けて                 39
7.食生活                     45
8.労働クレジット                 50
9.お客様の作業                 67
10.作業場見学                 75
11.芸術について                85
12.保育室で                   96
13.感情論                    102
14.教育論(感情教育)             106
15.教育論(知育教育)             120
16.恋愛論                    133
17.家の問題                   143
18.迷い                      154
19.過去の共同社会に対する批判      159
20.道徳論                    163
21.心の分析                   187
22.医療施設                   192
23.ユートピア論(宗教・政治論)        199
24.宣伝                       213
25.横断的観察                   220
26.縦断的観察                   226
27.第二ウォールデンの分胞(指導者の原理) 231
28.告白                       253
29.非難と弁明(自由論・民主主義論)     263
30.幕間                       291
31.車のきしみ                   294
32.回顧と展望                   298
33.神学                       309
35.心のあらし                   319
36.帰郷                       332
解題(訳者付記)                   337
あとがき            宇津木 保 うつきただし

非常に盛りたくさんな1冊で、もう1冊借りていた『マインドフルネス&アクセプタンス』(2005 ブレーン出版)は全く読む時間がなかった。
ウォールデン・ツーのような古典的図書は、日本国内でわざわざ神奈川県立図書館から取り寄せたくらい稀少価値の高い著作だから、もう2度と読むことはできないだろうと、できるだけ丹念に読んでみた。

私の頭ではとてもついていかない果てしない内容だ。多分、あと3回くらい読んでも真髄はわからないだろう。
それでも、行動分析学の始祖であるスキナー博士に敬愛をこめて、拙いながらも自分のわかる範囲でコメントしておきたい。

解題から引用してあらすじを述べると

原著はスキナーが夏期休暇を利用して一気に書き上げたそうである。
1965年には8版を重ね、当時の経営者のための再教育セミナーのテキストに活用された。
人間工学あるいは人間の行動科学について原理的な結論に達したフレイジアという男が、その原理にしたがって想像した心理学的ユートピア「ウォールデン・ツー」を心理学教授のバリス、哲学教授の
キャッスル、戦争から帰還したばかりの2名の若者ロジャースとスティーブ、彼らの女友達バーバラとメアリーの合計6名で、数日間にわたって見学した時の描写を中心とした物語(フィクション)である。
登場人物中のフレイジアとバリスは、スキナーの分身的人物とみられる。
その内容は、もくじにも示されたとおり、社会生活の広範囲にわたって理想社会のさまざまな問題にふれ、常識的あるいは哲学的批判に対する、心理学的あるいは行動科学的見地からの主張や弁明がある。そして、積極的強化の原理に基づく理想社会の現代における可能性を徹底的に追及してみせる。第二ウォールデンを成立させる基本的原理は「強化」の原理である。
この概説から 「科学と人間行動」とも重なり、日本の行動分析学の心理学者たちにも確実にスキナー博士の心理学的ユートピアの構想が受け継がれているのだろうと頷ける。

さらに、私が印象に残った箇所を抜粋してみたい。
目下、失業中、生まれてこの方低所得の私にとって「労働クレジット」は嬉しいシステムだ。

全ての老若男女に「失業」という概念がない。そして労働の対価となる貨幣が存在しない。知性や能力の差異に応じて好きなときに好きなだけ好きな労働をすれば、規定された単位のクレジットに換算される。今の日本では家事・育児・介護などの女性が不当に請け負わされてきたアンペイドワークや福祉におけるボランティアは、無償の奉仕のままである。しかし、心理学的理想郷では、全ての労働とみなされる行動をクレジットに換算して、日常生活の衣食住の必需品も貨幣を用いずに賄われる。過不足も貧富の差もないので無益な搾取もされない。経済状態の格差もないので、若者は自由に恋愛し、適齢期には相応しい男女が結婚して定数の子どもを育てることができるシステムだ。
                               
次に、心理学的ユートピアを創設したフレイジアの最も心にのこる台詞を引用したい。

「行動の科学は科学の科学なんです。それは話すことについて話し、知ることについて知るところの特殊な術なんです。さよう、そこには行動の原動力に関する面倒な問題もあります。すべての科学は、競争的文化の産物ですから、今でも大部分の科学者たちは、競争によって動かされていますし、少なくとも、科学を支えているものは競争的な人たちです。しかし、科学的な方法を用いて人間行動を研究しようとする場合には、競争心の存在は即ち自殺を意味します。生き残ろうとすれば、結局、争ってはいけないのだろうという、今までとは大分違った事実が明らかになってきます。」

「いろいろな点で、実際の第二ウォールデンの創造は近代科学の見地から見た世界の進化よりは、キリスト教的宇宙観の精神に酷似しているのです。」

バリス  「愛とは何でしょうか?」
フレイジア「結局、積極的強化の別名じゃありませんか?」
バリス  「あるいは、その逆ですかね」
フレイジア「人間と犬との協同作業は、人間や動物を奴隷扱いすることとはえらい違います。」
バリス  「一体、いつになったら、人間社会も奴隷的社会としてではなく、協同的社会として分類されるようになるのでしょう」

この本を読み終えたのは、2時過ぎだった。
3時には帰宅して裏のWさんとお茶しながら英語の話をする約束をしていた。

福祉図書コーナーの一角のテーブルで気に入った台詞を書き出し、3冊の書籍を借り出した。
そして、カウンターの聴覚障害のある女性スタッフに印刷室の場所を尋ねた。
持参のおにぎりをほおばって一休み。帰宅時刻まであと30分。
見開きのスキナー博士の肖像写真のコピーをとった。
総合福祉施設から市立図書館へ移動し、2冊を返却して帰路に着いた。

不思議なことに、ABAを知った日から4年目に入っても興味津々ドーパミン放出性格は未だに維持されているらしい。
失業中にもかかわらず、バッテリーを付け忘れた電動自転車のペダルをなぜか軽快に踏みしめていた。

単純な「刺激と反応」の縮図に被れている私って、やっぱり脳天気なのかしら?


  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴4年目のアラフォーです。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    在学中から以後、失業と再就職を繰り返し、問題山積です。

    趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などです。
    生年月日は、住民票の住民になった日と同じ
    ちょっと前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。