やはりアートは癒されるぅ〜・・・

只今、初コメントのまい豆さんへのコメントを書き込んで、
お気に入り番組「迷宮美術館」が始まった!


今夜のテーマは「パリに咲いた女たち」
1920年代、花のパリを舞台にパリに颯爽と現れたモダンガールのアート
をクイズ方式で解明していく番組だ。

マリーローランサンは、シングルマザーに育てられた新進気鋭の女性アーティスト

マリーの絵を好むのは上流階級の女性たちだった。
マリーの絵が愛される理由は、色彩と女性らしい繊細なタッチ。
濃淡をつけた色合いの変化で幻想的な、母性的でありながら憂いのある
現実離れした夢見る乙女チックな画風が魅力的である。
ローランサンはモデルの選り好みも激しかったらしい。
描きたくないモデルの依頼に対して、例えば、男性の場合、料金を高くしたそうだ。
母子家庭で育ったマリーは自然、男性嫌いだったそうだ。
また、女性でも黒髪よりも金髪の女性を好んだ。

一方、タマラ・ド・レンピッカ
時代の最先端を行くスーパーレディ
大富豪やパトロンを標的にしたマニッシュでシャープな印象に、
女性ゲストが、
「カッコイイ〜!!」と唸る。

他の女性のもとに去っていたタマラの夫の肖像には、腹癒せなのか、
結婚指輪を描かなかったという。

当時の一世を風靡した女優スージー・ソリドールはその美貌で、多くのアーティストの肖像画の対象となったが、

レンビッカの描いたソリドールの肖像画は、
自分自身を曝け出している挑発的な裸体。
男に従属しない、立ち向かっていく女性像。
それは、彼女自身の生き様の象徴でもある。


そして、上流社会出身でベルト・モリゾは、
美しいだけでなく逞しさも兼ね備えた女性だった。
17歳のある日、邸宅から心躍らせて向かった先は、有名画家のアトリエ。
印象派の師匠、マネに弟子入りする傍ら、モデルとしても活躍した。
「スミレのブーケをつけたべルト・モリゾ」は、
マネの傑作のひとつでもある。

モリゾは師匠のマネの手法を身につけようと努力を重ねたが、
そこへ年若いライバルが現れた。

エヴァ・ゴンザレス
エヴァに熱心に指導を施すマネ。嫉妬を覚えるモリゾ

モリゾはマネを尊敬していたが、全く模倣することは考えず、
自立した存在であることを望んだ。
しかし、マネの手法で修正された作品がサロンで入選し、モリゾは自分らしくない作品の入選に愕然としてしまった。

その後、マネの指導を離れて描いた「ゆりかご」はアカデミズムで評価された傑作だ。

マネの弟、マネージャーのウジェーヌと結ばれたモリゾは、彼の後ろ盾を励みに、独自の世界を描き出していった。

「化粧する女」で一流の画家としての不動の地位を確立し、
「印象派の画家はたった一人である。それは、ベルト・モリゾである。」と評された。
後に師匠だったマネも「君の作品が一番よかったよ。」
それまで、男性中心だったサロンに、
44歳にして印象派画家の地位を不動のものとしたモリゾが
その後、初めて描いた自画像は、マルモッタン美術館にある。

引き締まった表情で正面を見据えるひっつめ髪の質素な姿は、
キャンバスに向かって絵を描く自画像だった。
「また新しいことに挑んでいくんだ」という気概は、
敢えて画面の余白に物語られている。

師匠に阿ることなく、男性に屈することなく女性らしさと自分らしさを
貫いた。

「女性って素敵で怖いなって思います。」
とゲストの一人高見恭子さんがコメントして番組は終わりました。

さて、現実社会のゆきんこは、相変わらずすったもんだしている。
だんだんアカデミックな世界で、モリゾに肖りたい気持ちがタイムリーにふつふつと涌いてきた。

1週間前に「夢の美術館−大阪コレクションズ」の前売りチケットを購入した。
これを3月のご褒美にとっておいて、
明日からの3連休も哀しいことに、営業です。

それから、2つのレポートの締め切りも16日まで。

ああ、私もパリジェンヌに生まれたなら、どんな作品を描いたでしょう。
どんな作風を作ったとしても、男性諸氏にあ〜だ、こ〜だと
修正されるなんてやなこった!
と師匠に引導を渡したモリゾの思いも、
男性を排除し、幻想の夢の世界に陶酔したいマリーの気持ち、
男なんて何さ!と粋がっている男勝りなレンビッカの強さも、
「みんなちがってみんないい」

どこかで、彼女たちの諸々の思いを追体験してきたゆきんこは、
とってもとっても癒されてしまいました!

さて、Fゼミが急遽、休講でご機嫌さんに今夜も花金番組を満喫したので、今からレポートがんばります!

因みに、F教授は、今晩特殊教育学会の打ち合わせにドタバタしている模様です。
このブログを書き込んでいる最中には、母の口コミである心の電話相談員のMさんから、「緘黙症」についての問い合わせが入りました。

1月は、地球温暖化とエルニーニョ現象のために世界の平均気温は、
過去最高を記録したらしい。
とてもとても、尋常ではいられません。

あと何年もしないうちに、
「雪ってなあに?白くて冷たいの?」
などと、未来人たちは言っているかもしれません・・・

日曜美術館 放送30年 ベスト オブ ベスト

昨日から台風13号の被害が九州地方で出ている模様です。
現在の仕事柄、被災者や遺族の方々にはちゃんと保険の給付あったかなと慮ってみたりします。

こちらは曇り空ではありますが、雨風もなく穏やかな3連休の敬老の日です。

昨夜も母の友人で裏のWさん宅に夕食後の午後7時お邪魔しましたが、
結局、保険の提案は却下されました。
年金生活者の日々の暮らしは、これ以上の出費を許すわけがありません。

「明日はH市民会館でフラダンスの発表会やねん。」
「毎日忙しいですね。それじゃ、お休みなさい。」

午後8時前に帰宅して、「功名が辻」を視聴しながら徐に過去によくやっていた内職を始めました。
「一体、何時までやるつもり?」
「明日も休みだからいいでしょう?10時までには終わります。」

どんな内職かというと、9月15日(金)の日暮れ時、
私の錆サビ母校のS小学校から戻った同僚Hさんの長女Hちゃんがこんなことを言った。
「なあ、ゆきんこさん、今日はHの誕生日やねん。だから、今度プレゼント持ってきて。箱にはいったの。」
「Hちゃん、今日、お誕生日なんだ。8歳かな?」
「うん。これはママからのプレゼント。」
と真新しいハンドバッグをショーイング。

そのあからさまなプレゼントのオネダリように、おめでとうということばも忘れて、呆れるばかりだった。

小児科病棟保育士だった当時は、入院患児の多くの子どもたちに
私の方がプレゼントをもらっていたことも思い出し、恵まれすぎることは貪欲さに歯止めがかからなくなるとこや、感謝の気持ちをどう育てるのかということまで、身近な目の前の子どもの、こんな些細な言動に
懸念してしまう。(すっかりオバタリアン化?)

しかし、Hちゃんの催促が頭にこびりついていたので、
土曜日出勤の際には、「感謝感謝」が口癖のN所長からこんな助言をいただいた。
「私、Hちゃんのことばにびっくりしてどんなプレゼントをあげようか、
あげまいかと悩んでいるんです。彼女のことば通りに年齢不相応の高価なプレゼントをあげるのは、よくないと思うんです。」
「箱入りのプレゼントでしょう?それなら空き箱にお誕生カードでも
入れておいてあげたら?」
「ああ、なるほど。」

元保育士のゆきんこが、子どもにプレゼントするのが嫌いなわけじゃない。でも、品物そのものよりも私には心が篭っているのかどうかの方が
大事なのだ。

例えば、親友のKちゃんの2人子どもたちは、Hちゃん、Tくんと同い年だけど、
7月25日の★営業所のイベントに、彼女たちは、私に手作りのプレゼントをお手紙を持って、はにかみながら来てくれた。
こんなオペラントな行動は、強制されて沸き起こってくるものじゃないのだ。
そうした子どもたちの感謝の気持ちが込められたプレゼントは、一見ゴミかもしれなくても、捨てられるものじゃない。
しばらくYちゃんたちの作品をPC前の砂壁にピンナップさせてもらい、即日とはいかなかったけど、残暑お見舞いも兼ねたお礼の手作りカードをお返しした。

N所長のアイデアいただき!というわけで、日曜日の夜も更けて、
なぜだか余暇活動に、モチベーションが回復してきた。
去年まで家庭教師をしていたときの道具や材料一式を座卓に広げて
夜なべが始まった。

まずは、バースデーカード作り。
昨夏、H保育所の物置で謹慎中にひたすら作成した120枚のカードのうち、余分に作ったカードが残っていた。
これに、「Hちゃん、おたんじょうびおめでとう」と書きこんだ。

金色のゴージャスな感じのお菓子の箱に、昔作ったビーズの赤い靴と指輪、ホットドックのミニチュアを入れた。
それからギフトや諸々の写真カラー広告を集めて、Hちゃんの好きなものを選んで切り抜き、それをボール紙に貼った。
デコレーションケーキ、オードブル、ハンバーガー、デザート、カクテル、花束、キティちゃんグッズに、アクセサリー、かわいいペット
(ハムスター、ペンギン、クリオネ、金魚、白い仔犬)アルプスの少女ハイジのイラストなどなど。

これらをゴールドボックスに詰め込んで、仕上げは、H市街地のK百貨店の包装紙でラッピングして、ぞうさんのごほうびシールで止めたら、
最後に、リボンをかけた。
このリボンも、実は、9月14日の大会でいただいた花束についていたものを再利用。

Hちゃんのというより、自分の好きなものだらけの広告を詰め込んで、
保険の話でアタマがいっぱいだったのがリフレッシュできた。

布団を敷いて、眠りを誘うのは、モーツァルトとハープの調べで
脳内はたっぷりアルファーα派に満たされ、ご機嫌さんで就寝できました。


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テーマ : ニッチを探せ!! - ジャンル : 日記

HちゃんのPetit Ballet Class Concert 2006

日曜日はぼよよ〜んと楽しく過ごそう。

午後1時、H市内のT公民館へ出かけました。
目的は、★営業所の同僚Hさんの長女Hちゃん(小2)のバレエ発表会を
鑑賞すること。

「ゆきんこさん、探してたのよ!」
「Hさん、今日まで大変だったでしょう。」

先週の金曜日、Hさんの自動車に便乗し、地域の団地に職員募集のチラシを撒きに出かけたときのこと、

「なんだかバタバタして仕事と家庭の両立が上手くいかなくてね〜。
それにHの発表会も控えているし、仕事場では子どもを職場に連れてくるのも気を遣ったりして・・・」
普段、気丈で明るいお母さんぶりのHさんが駐車場で涙ぐんだ。
私は、彼女の肩を擦った。
「仕事と子育ての両立がこんなに大変な時代はないよ。
私はHさんがいてくれたことも、この営業所に入る決心ついたんだ。
今までは保育所で子育てのお手伝いをしてきたけど、会社でもできるんじゃないかってね。それに、HちゃんもTくんも私と同じ幼稚園と小学校の後輩というのも、奇遇じゃない?
今月は大変だけど、落ち着いたらゆっくり話そうね。」

さて、今日の午後1時Hちゃんの晴れ舞台の当日を迎えた。
「Hは、一番最初の演目で舞台に向かって右側に出てくるの。
私はTと前の席に座るね。ゆきんこさん、席はあった?」
「うん。一番後ろから見てるね。」

平成16年に発足した舞台のヒロインたちは、女子小学生27名
テーマは「Sleeping Beauty(眠れる森の美女)」ですが、
演目はお姫様の踊り、優しさの精の踊り、元気の精の踊り、など
同じバレエの衣装と、まだ早すぎる化粧に変身した女の子たちが
出てくるだけで、王子様も他のキャストも全然出てきません。

しかし、クラシカルな音楽BGMと共にカーテンの幕が開いた途端、
家族集団が三々五々と立ち上がり、デジカメやらビデオ、携帯を掲げて
「我が家のお姫様たち」を取り始めた。

完全部外者のゆきんこは、最後列のためご家族のみなさんが立ち上がるのに遠慮して、黒山の隙間からチラチラと垣間見るだけでした。

Hちゃんも緊張した面持ちのなかにも、青い妖艶な衣装を纏い、
サファイアの精の踊りを披露してくれました。

休憩時間に弟のTくんが、私を見つけて寄ってきた。
「なあなあ、ゆきんこさん、なんでここにおるん?」
「Hちゃんのバレエ見に来たんだよ。ここにおったらあかん?」
「エヘヘヘ〜」
なんだよ、その笑いは?
これまた部外者らしいヒロインたちの男兄弟たちが、
ホールの隅っこに屯してきた。
年長の思春期の男の子が複数の小さい男の子たちが群がってきても、
話しかけたり、流行のヘアメイキングをして戯れるように面倒をみていた。
やっぱり同性同士の方が遊ぶのも楽しいんだね。

カーテンコールの後に、指導者のM先生へ子どもたちからお礼の花束を
贈呈した。
保護者の代表が挨拶した。
「半年前から、子どもたちの衣装までM先生がひとつひとつ丁寧に衣装を
手作りしてくださいました。舞台の子どもたちにとっても、
家族にとっても一生の思い出に残る1ぺージになりました。
心から感謝しています。ありがとうございました。」

1時半に始まった小さなバレエ発表会は、2時32分に終了した。
発表会や、スポーツの試合を家族や地域のつながりのなかで、
楽しめるというのも、この頃は貴重な感じがしました。

そうそう、Hちゃんこの前は、「家族画」のサンプルになってくれて
どうもありがとう。お疲れ様でした。
これからも素敵なお姫様になってバレエで踊ってみせてね。




テーマ : ほのぼのと - ジャンル : 日記

K・Dくんの展覧会

今週も月から木まで、毎日夜間の学校へ通い、帰宅は午後11時30分。
忙しいけど、去年の保育畑での忙しさとは違って、スケジュール通りに
行動規制されているのは、何かに追い立てられているようだ。
布団に横たわっても、スッキリ入眠できずに、「浅い眠り」のまま
夜が明けてしまうことが多かった。

月曜日のF先生のゼミでは、M3年のKさんのデータをみんなで
(といっても3名)解析してみた。
高校時代、典型的な文系コースだったので、統計の勉強など基礎の基礎から全くしていない。
ゼミの小部屋に入る前に図書室で「SPSSでやさしく学ぶ統計解析」(室
敦子+石村貞夫著 東京図書1999)を借りたけど、ちっともわかりません。
Kさんのデータをみてもやっぱりわからない。

研究論文の場合、調査でも、実践でも何らかの数字に置き換えて、
その事前、事後に有意差(誰がやってもクリアに違いが見える)が
出ないことには、信頼性に乏しくなってきて、その後の考察が難しくなる。
起承転結がはっきりしないまま、曖昧模糊とした結論しか出ない論文も
ごまんとあるわけです。

木曜日にも本所属のY先生のゼミがあり、
「ゆきんこさんもそろそろ準備を始めよう。」
と言われてしまった。
う〜〜ん、、、どうしよう。。。
6月26日の発表までに、大概をまとめて文章化しないといけない。

今週は雨がよく降って、金曜日の午後は土砂降りだった。
沖縄と一緒にもう入梅したのかな?
家の軒先には、薔薇の花があちこちで美しく咲き、
水を張った田んぼには、蛙の声もこだまし始めた。

「ゆきんこちゃん、この仕事はケータイ必需品だよ。」
「そうですね。再就職したら買うつもりではいたんです。
電話が好きじゃないし、あまり必要性を感じてなくて
友人に催促されてもずっと買わなかったんですが。」
「じゃあ、私と一緒に見に行こう。」

先輩たちは、「相手の気持ちが変わらないうちに」
サササと事を運んでいくのが上手い。
いつの間にかK所長の車で同行の途中、土砂降りの中
着いたところはケータイ電話ショップ

松雪恭子によく似た長身にロングのカーリーヘアーが印象的な
Sさんの手ほどきで、申込書にサインした。
電話番号もその場で決めて、オレンジの箱を受け取った。

「おかえり〜。ケータイ買った?どんなの?」
「番号教えてよ。」
持ち主そっちのけで2〜3名の同僚が、勝手にいじくって
「わたしのアドレス一番に入れちゃった〜。」
「あ、40円使っちゃったごめん。」

翌日の今日は、やっとサタデー
午後、自転車の籠に3つの紙袋を入れ、市街地にこぎ出した。

最初はNさんのお店。
女の子二人がウマとびをしていた大きな背中の主に声をかけた。
「あの、S生命のゆきんこです。Nさん昨日、お誕生日でしたよね。」
「ええ?」
「1日遅れましたけど、お誕生日おめでとうございます。」
「忘れてた。誕生日だったんだ。」
「ええ?自分の誕生日忘れないで下さいよ。私より若いんだから。」
Nさんは照れくさそうに笑ってプレゼントを受け取った。

次は、河川敷沿いに聳え立つ「白い巨塔」
2006年1月にオープンした真新しい且つ最新の医療技術を備えた
13階建て高層建築のK医科大病院に足を踏み入れた。

夫に先立たれ、身寄りのないNさんが入院するというので、
ボランティアで面会に伺った。

その前に偵察に行ったのが子どもコーナー
待合室は黄色やピンクのカラフルなソファが備えられ、
可愛らしく明るい雰囲気の病棟だ。
総合病院でもゆきんこの勤務していた小児科とは雲泥の差。

「先日お伺いしたとき、こちらに入院されると仰っていたので、
来てしまいました。」
「まあ、私そんなこといったかしら!?よくここがわかったわね。」
Nさんは驚きと喜びの入り混じった表情で私を迎えてくださった。

「本当につまらないものですから、遠慮なく受け取ってください。
会社の小雑誌と、母の手作りの小物入れです。それから、先週知り合いのお医者さまにNさんのご病気のことを教えてもらい、その連載記事も
持ってきました。」
「ありがとう。検査の途中でも、自宅で療養が継続できるように勉強してる最中なのよ。退院したらまた家に寄ってね。」
「はい。」

3つ目の紙袋は、天満橋のあるギャラリーに届けた。
11月の中旬、母と訪れて以来、2度目訪問だった。
「こんにちは。こゆきさんは?」
オーナーの若い女性がにこやかに答えた。
「今トイレです。さっきまでお客さんの接待をしていらしたけど、
たった今、お帰りになったばかりです。ちょうどいいタイミングで
来られましたね。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「ゆきんこさん。来てくれたのね。」
奥から暖簾をくぐって松葉杖のこゆきさんが現れた。
「3月はどうもありがとう。無理してでもお邪魔してよかったわ。」
「こちらこそご足労をおかけしました。」
「いいのよ。いやなことだったら自分から身体動かして、都合つけて
わざわざ行かないもの。そうしたいと思えば誰が何と言ってもするんだから。お母さんは?」
「母は今日は用事で来られませんでした。こゆきさんによろしくと。」
「そう。それで、仕事はどう?」
「ぼちぼちですね。ノルマは厳しいですが、子どもたちだけでなく
幅広い方々にお会いできるし、何といっても職場の皆さんに歓迎されて
仲間関係に恵まれたことが一番ほっとしています。
営業成績はともかく、各々の営業所と比べてもチームワークの良さには
評判の高いのは確からしくて、満足しています。」
「それはよかったわね。今までの現場はどうかしていたのよ。
言ってみれば、あなた『出る杭は打たれる』って感じだったんでしょう?」
「保育はアルバイトという身分で、大人しくしていたつもりだったんですけどね。」
「それでもあなたの存在そのものが、現場の人々にとっておもしろくなかったんでしょう。虐めじゃないの。」
「私、そんなに詳しく話しましたっけ?」
「言わなくてもわかるの。私の妹なんだから。」
「すごいですね。今の職場は気に入っています。
でも、自分の予感ではそう長くはないと思っています。
本当は私、お店したいんです。こんなギャラリーみたいなの。
こゆきさんと同じ仕事したいんです。障碍があってもなくても
自分で稼いで自分の力で生きていける方法を芸術的なことでできたらと。」
「そんな話、初めて聞いたわ。」
「していませんでしたか?したつもりだったんですね。」
「すると、将来私と一緒に仕事をすることになるのかしら?
そういえば、ゆきんこさん絵を描くのも得意だったわね。
いつも手描きの年賀状くれるものね。」
「プロになるほどの腕前ではありませんけど、複数の占い師さんにも
芸術的なことをすればいいと言われたことがありました。
でも、母親の反対を押し切れないでしょう?こゆきさんみたいに勇気ないですから。」
「私だって、書家として活動し始めて、障害のある方々に指導させてもらうようになったのは、まだ5〜6年なのよ。人生どうなるかわからないものよ。」
「今は、人間関係のよさを大切に、仕事と学業が両立できるようにしたいと思っています。さっきもお客さんのところへ顔を出したら
随分喜んでもらいました。まだ2〜3回しかお会いしたこともないのに
娘のようだと気に入っていただいたみたいです。」
「あなたの誠実さがお相手に伝わるんでしょうね。」
「身の上話などもお聞きすると、説明していてもこんなに重い仕事はないと感じますね。単なるノルマを達成するだけにとどまらない奥の深さに、身震いして圧倒されます。」
「そうね。私も勧誘受けたことあったな。でも営利目的なことはどんなに強く誘われてもきっぱり断ったわ。」
「ところで、特に何のきっかけもなく、頭のなかからふっと死者の
お告げがあるというご経験ありますか?」
「どういうこと?」
「例えば、大学院の受験を決意したのも、私には祖母の背後霊があるような気がするんですよね。予備校へ向かう交差点の前で、ふっと祖母のことを思い出し、涙が出てきたことがありました。
そういえば、こゆきさんに出逢ったのも、祖母と最後に別れた直後でした。」
「それも初耳ね。私に会う前に御祖母さまに会いに行ったの?」
「そうです。父と別居した同じ年でした。内緒で一人旅で病床の祖母に
会いました。それが最後でした。
去年の春に父に話して二人で泣きました。すると父がまたGW明けに
1年前のそのときの話を思い出したのか、GW明けに電話をかけてきたんです。今度は伯母に会いたいと。」
「それは急いで、連れて行ってあげなくちゃ!手遅れにならないうちに。」
「でも、私にそんなこと!もう30年も伯母にあっていないんですよ。」
「だったら、私が電話してあげようか?それも何だかおかしいよね。
お父さんはあなたの御祖母さんの死に目に会えなかったんでしょう?
それに、伯母さんが亡くなってしまっていたらどうするの?」
「そうですね・・・私が連れて行かなくちゃならないですよね。
なんだか怖いです。誰か付き添ってくだされば・・・」

そこへちょうど別の客人が現れた。
こゆきさんが、わたしよりも旧い知人と思い出話を展開するうち、
心地よい睡魔に襲われ、私は10分くらい質のよい居眠りに陥った。
目を覚ますと、ギャラリーのガラスのショウウィンドウの外側が
薄暗くなりかけてきた。

「ごめんなさい。ちょっと疲れているみたいです。
そろそろおいとまします。」
「あ、さっきの話。自分で電話できる?」
「そうですね。次回のこゆきさんの展覧会までに、また近況を報告します。」
「それじゃあ、そのときにまた会えるわね。待ってるわ。」
「はい。ありがとうございました。」

お客さんには親切そうな微笑をたたえることを徐々に学んでいけるし、
断られることにも慣れるだろう。

でも、父の人生の末路に残された、虐待によって断ち切られた血のつながりという絆を元通りにするというどんな難解な統計学よりも困難な人生最大級の宿題の前に、たじろがないではいられなかった。

最後に、K・Dくんの代表作ををご紹介しよう
静かな雨に打たれながら
 静かな音を聞く
  静かにふりそそぐ中
   僕はまだ生きている

 水タマリが広がり
 いつの間にか消えていたような
 気がする水にうつったいろんな色が
 あざやいていた。皆がしずくをあびながら
 今日も一日が楽しかった。
         楽しい雨が今・・・」
 



テーマ : なんとか生きてます - ジャンル : 日記

薔薇の名前

GWを過ぎると、しばらく土日以外の休日はない。

今週、★営業所では採用&面接ラッシュが続いていた。
4月から5月にかけてハローワーク前ですれ違う女性たちの数が増えて
天気も季節もいいから、がんばってお仕事探そうと思っているのだろうか?

週明けの月曜日、11時ごろBさんとペアになって
二人組の女性に声をかけた。
「こんにちは。あの、お仕事お探しですか?」
「ええ。」
「いいお仕事見つかりましたか?」
「いえ、探している最中です。」
「どんなお仕事を?」
「営業をしているのですが、パートなので収入は少ないです。
子どもが二人いるので、融通の利く仕事がいいのですが、
条件がなかなか整わなくて。」
「私たちは正職員として採用されたばかりですが、子育て最中の女性も
何人かいて、融通も利きますよ。
私、去年までは保育士だったから、職場でお互いに保育もしてるんです。
研修期間に自分に向いているかどうか確かめながら無理強いなんて
しませんし、私も駆け出しですけどわからないことは先輩たちに聞きながら楽しく働いています。
お子さんたちのためにも安定した職場と収入は必要でしょう?」
「はい。それが一番の条件です。」

その誘い文句に彼女たちは安心感を覚えたようだった。

3日後、★営業所にやってきて支所長の面接を受けると、
あっさり入社の意思を固めたらしい。
「NさんとOさん、入りたいって。」
「本当ですか!賑やかになりますね。」
「机の配置換えしなくちゃね。」
「くやし〜い!私も採用したかった!」
「午前中の方が成功確立高そうだね。」

同僚のそういう言動にもあんまりピンとこないけど、
ゆきんこはそういう本音や思ったこと、感じたことをそのまま
素直に表現しあえる仲間に囲まれて仕事ができることが一番嬉しかった。

「おかえりなさい。Bさん契約一度に2つももらえたの?」
「そうなのよ〜!お客さんがいい人だったからなんだけどね。
これ、お客さんにもらっちゃった。ゆきんこちゃんにもあげるね。」
「ありがとうBさん。おきゃくさんに宜しく仰ってください。」
「ゆきんこちゃん、この職場にきてよかったでしょう?」
「うん、Bさんがいてくれたからだよ。」
「ゆきんこさん、Bさんが好きなんだね。」
「うん。だっていつでも一生懸命なんだもの。」

上司のK所長も鬱から脱して、ニコニコ笑顔が戻ってきた。
彼女とはブログのなかの近況を話したりする。
「結局、鬱っていうのは気分の波だから誰でも落ち込んだり、
調子のいい時ってあるでしょう?
その波が大きいからしんどくなるから、調子のいいときはもの凄く
いいんだけどね。」
「その時は、ガンガン同行もお願いしますね。」
「6月は絶好調って占いにもあったよ。」
「きっと当たりますよ。調子悪いとき、私が運転変わりますから。
でも、10年以上も乗っていませんから練習しないと」
「あ、それいいね。私も空き地で練習したから付き合うよ。」

5月のように風通しのいい人間関係が、自ずと仕事へのヤル気を
強化させてくれている気がする。


夜の大学院では、まだまだそんな会話は出てこない。
新1年生の方々は5月病の兆しが見え始め、「お疲れさん」って感じの
顔をしている。

仕事柄、笑顔が板についてきた感じがするので、トビラを開けて
「こんばんは。」と入っていくと白い目で見られてしまう。
こちらでは周りの重たい空気に合わせて大人しく振舞うのが課題かも。

図書室で去年「人類と科学技術」を履修したIさんに声をかけた。
「Iさん、これよかったら参考にしてみて。」
「どうしたんですか?この資料?」
「4月に地域の教員採用試験の対策講座に参加したとき余分にもらったの。教育法規が中心だけどね。受験する気もないのに、こんなところに顔出してるの。イッチョカミでね。」
「へえ、大阪府も受けようと思っていたんです。ありがとうございます。」

水曜日の6時限目は「幼年教育思想研究」という講義を履修している。
午後7時過ぎに教室に入ると、DVDの上演が既に始まっていた。
最後列に座って、日本語の字幕スーパーが全く見えない。
おまけに修道士だけが出てくるやたらと真っ黒な映画でさっぱり
わからなかった。時折グロテスクなシーンにゾ〜っとしてしまう。
一体、これが幼児さんたちや幼年教育とどんな関係があるんだろう?
授業時間内で映画鑑賞が堪能できるわけがない。

「こうした中世の時代背景を元に次回は、思想家で教育者、政治学者でもあったジョン・ロックについてお話していきます。
よかったらDVDお貸ししますので、どうぞ。」
S先生のことばかけに、早速席を立って、お借りすることにした。
「先生、DVDお借りしたいのですが。来週には必ずお返しします。」
「どうぞどうぞ。ゆっくり見てください。」
「何だか怖い映画ですけど、怖いものみたさで・・・」

タイトルは 薔薇の名前(The Name of Rose)
元祖007でお馴染みのショーン・コネリー&クリスチャン・スレーター主演で1986年と20年前の作品だ。

恐らく、だ〜れも知らない異色作品だろう。

ストーリーの舞台は14世紀中世イタリアの厳格な修道院
世界史では「暗黒時代」だから、初めから終わりまで火事とか
火炙りのシーン以外は真っ黒クロスケなくら〜い映画だ。
日本人で世界史に関心のある人は多くないし、宗教感覚にも疎ければ、
娯楽性を感じない歴史映画は、ヒットしないだろう。

宗教裁判が激化している中世のヨーロッパで、
イタリアの修道院での会議にイギリスのウィリアム(ショーン・コネリー)と、見習いのアドソ(クリスチャン・スレーター)が参加していた。そこで不審な死を遂げた若い修道士の死の真相解明を任された二人が謎を探るうちに、連続殺人が巻き起こっていく。

「セブンズ・イン・チベット」の名匠ジャン・ジャック・アノー監督による中世の雰囲気を存分に醸しだす、謎に満ちたゴシック・サスペンスの傑作!

ウィリアム&アドソは、さながらホームズ&ワトソンコンビの探偵物語
と捉えると、ちょっとは気軽になるかもしれない。

現職の教職員がこの映画から何を読み取るのかが夜の学校に於いては
お題になる。

時の絶大な権力を握っていたのが、中世の僧侶たちだったが、
その権威が正義なのか否かは誰が決めるのか?

謎の真相は、封印された古典がぎっしりと詰められているヒミツの
修道院の図書室に隠されていた。
そこには、古代ローマやギリシア時代の名著や哲学者の教え、
アリストテレスの喜劇などが自由奔放に描かれ、宗教家たちを非難する内容のものもあったのだ。

それを解明しようとするものは、不実の罪を期せられるか、
男性を惑わす魅力的な肉体美を持つ女性を魔女として、
拷問にかけ、火炙りにするということが宗教裁判の異端審問員によって
公然と不当に行なわれていた。

これをパラドキシカルにそのまんま見ていると
「どっちが邪悪やねん?」
「何が正しいねん?」
と突っ込みたくなってくる。

暗黒時代、ゆきんこが大好きな笑いや喜劇も、
笑っただけで、魔女扱い火炙りになってしまう。
ひょっとして、緘黙症であることがフツウの時代だったのかも。

DVDのいいところは、外国語が好きな人は、何ヶ国語かのリスニングが
楽しめるし、
原作者や監督の撮影シーンや裏舞台のエピソードなども鑑賞できること。
異端扱いを受けた知的障害のある修道士のメイクや、
溺死シーンの細かい演出、ドリンクを片手に休憩するスタッフ
ショーン・コネリーの賛美歌の練習シーン
そして、画面には決して出てこない監督の素顔。

映画化に至るまでに、
原作者ウンベルト・エーコの中世のイメージが、歴史推理小説という言語に置き換えられ、それを読んだ監督が、脚本にして、映像としてイメージ化される。
実際に、原作者が映像化された作品を目の当たりにすると、
そこには、監督の間接的なイメージが内在化されているため、
100%原作者のイメージ通りの作品には仕立てあがっていない。

ゆきんこは、教育・保育畑でいつもこれと同じ縮図を垣間見ていた。
大人(親)と子ども、教師と生徒、健常者と障害者という関係性は、
特権階級と民衆、つまり支配−服従という関係性を免れ得ないものなのだと。

しかし、ウィリアムは同僚に反駁した。
「笑いは邪悪なものでしょうか?
他の動物は笑いません。笑うのは人間だけです。」

両者の垣根を越えられるのは、環境によっては「共に笑える」ってことじゃないでしょうか?








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