過去と未来の拮抗

思いかけず、2月に保険会社に入社することになって早5月もそろそろ終わりに近づいている。

毎月曜日は大学院でABAのF先生のゼミにゼミ生もどきになっているのだが、今日は先生の都合でお休みのため、6時半にはBさんの代わりに掃除当番を買って交代して、6時半には帰宅できた。
母と二人で夕食が食べられた平日は実に久しぶり。
だって、夕食はいつも電車のなかで朝お弁当と共に作ったおにぎりや
お菓子をほおばっているのだから。

会社では毎週毎週締め切り日が決められている上に、支社からの上司の
上司クラスの方々が入れ替わり立ち代わり突如お出ましになっては、
常に挙績やら、採用やらとハッパをかけてくる。

そんな追い立てられるムードに徐々に慣れてきたものの
まだまだ元来ののんびりのほほん振りの素人感覚でいられるのは、
いつも気配りと思いやりを絶やさず、心優しく自己犠牲を払うことを
厭わないS支所長の便宜のお陰である。

「ゆきんこちゃん、11月には支部に昇格しないといけないの。
チカラを貸してね!」
「はい。私もS支所長に部長になってもらいたいです!」
単なる利害関係だけでは心からがんばろうというヤル気になんて
結びつかない。

★営業所の同僚のなかでも、「純粋無垢」な印象をキープしている
ゆきんことしては、反対に「不器用?」とか「マイペース」とも
言われていてもそれを「受容」してくれている仲間関係に支えられているところが相変わらず大きい。

金曜日の夜。
「支所長、来月重要月なんですよね。」
「そうよ。がんばろうね。ゆきんこちゃんも○活してくれたらなんとか
目標達成できると思うわ。」
「そうですか・・・来週は所用で土曜日出勤できないのですが、
明日、出勤しましょうか?」
「そう?午前中はお客さんの予約があるから午後1時から取り掛かろうか?」
「はい。宜しく御願いします。」

翌日27日の土曜日も6~7名の営業員が出勤して設計書のプリントアウトをしていた。
「こんにちは。」
「土曜日もご苦労様。それじゃ、端末立ち上げて。」
「はい。」
I町に在住の契約者リストを片手に設計書を作り直した。
担当地区のI町には60数名の顧客がいらっしゃるのだが、
そのうち10余名分を作成するだけでも実に3時間以上もかかってしまった。
そして出かけたのは午後4時過ぎ。

同行の車中で、ハンドルを握る支所長に恐る恐るリクエストした。
「支所長、今日は何時ごろ終わりそうですか?」
「ああ、何時がいいの?」
「実は仕事が終わったら、友人と会う約束をしてまして。」
「いいよ。何時にする?」
「6時ごろには電車に乗りたいです。」
「わかった。後は私がやっとくから。」
「え?支所長が!?」
「うん。」
「いいんですか?申し訳ないです。。。。
あの~、、、我侭ついでにもうひとつ御願いが」
「なあに?」
「まだ入社したばかりで恐縮ですが、休暇をいただけますか?」
「いいよ。遠慮しないで休暇はちゃんと20日あるんだから。
寧ろきちんと使った方がいいくらい。」
「そうですか!ありがとうございます。これから友人と旅行の計画を
立てるつもりなんです。」
「私も休みとって旅行したいな~。でも、責任あるしね。」
「他の所長から聞いたんですが、支所長が会社の大抜擢を受けて
昇格されたのには、随分葛藤がおありだったそうですね。」
「責任重くなってしんどいだけだもの。給与だって据え置きだしね。
でも、チャンスをもらって引き受けたからには、がんばらなくちゃって
思ってるの。」

いつも笑顔を気配りと思いやりを絶やさず、
損得勘定なしにひたむきに仕事に徹する上司がなんだか眩しい。

3軒の契約者のお宅に提案書を持参して、後は上司にお任せで
夜7時過ぎ、Oちゃんのコンドミニアムに到着した。
「こんばんは~。」
「お疲れさま。」

K百貨店の地下で買い出してきた「中食」を半分こしてまずは
腹ごしらえ。

「私はさあ、折角夏休みだし、パスポートの期限が切れないうちに
海外行きたいな~。国内はいつでもいけるし、ダイビングもだんだん
できなくなりそうでしょう?3年前のケアンズよかったよね。
あそこまで贅沢は無理だけど、そんなに遠くなくて、お手ごろ価格で
英語圏のリゾートで、まだ行ったことないところ・・・
で思いついたのが、グアムかサイパン」
「私はそのイメージじゃなかったなぁ。うわぁ!夏休みは10万円近くも
するじゃない。」
「じゃあ、どこに行きたいの?」
「そうだな~、、、世界遺産とか見たい。」

メールでも事前に希望の行き先や旅行先で何を楽しみたいのか
伝えていたが、お互い忙しいのはわかっていたけど、
たったの2人とはいえ、日時・行き先・予算・旅行の目的の4つを
話し合うだけでも、思いのほか時間がかかってしまった。
どちらかが或いは何かの条件を妥協しない限りは、
理想どおりの旅行ってなかなか難しいものだ。

それくらい旅も人生も多種多様。
パンフレットとネット情報の数が増えれば増えるほど、あれこれと迷ってしまうし、時間だけが刻々と経過して気がつくと深夜になっていた。

「グアムとサイパンってどう違うの?」
「もしも申し込めなかったときに予算内で国内旅行も考えよう。」
とりあえず、グアムか北海道に行き先は決まった。
あとは、週明けに心優しい上司に希望日ドンピシャリの休暇の許可を
「うん、いいよ。」と言ってもらうだけだ。

予定外の日曜日の正午帰り。
午前8時起床とはいえ、脳ミソが呆け呆け状態のまま
電車に揺られて考えた。

出不精のOちゃんから珍しく旅行の誘いに、2つ返事で応じたものの、
(大の旅好きの為)
大学院の研究と、独居老人の父を故郷に連れ帰るという課題も
お座なりになっていることが頭を過ぎった。

H駅に着くとまずは電話相談室に顔を出した。
「スミマセン・・・昨夜のうちに帰宅できなくて母に当番を代わって
もらいました。」
正午から午後2時まで、後半4時間を担当する相談員の方と交代するまで
パンフレットを見比べているうち、徐々に脳ミソは覚醒していった。

午後2時半から4時までGWに中途半端に片付けられなかった
ジャングル状態の自室から2005年の秋・冬に訪れた美山町の資料探し。

それから、4時過ぎから本腰を入れて宿題の先行研究の検索に3時間近く取り組むのに扱ぎつけた。
H大学付属図書館にアクセスして、辿り着いたのは日本各学会のHP一覧
そこから「日本発達心理学会」会報の論文目録に辿り着いた。
ああ、ありがたやPCくん。

いくらビンボウと言っても、PCもなく、英語の基礎レベルに
ゆきんこが到達していなかったら、
多くの出会いと別れの遍歴と情報の取捨選択の果てに、
今、ここ、この瞬間がなかったら、

そこでわかったのは、
「緘黙症」はやはりお座なりのニッチ(隙間)な研究対象であること
動物と人間のかかわりで論文を書いている研究者の発見!

あ~、眠くなってきちゃった。

週明けの月曜日の午後12時半から1時半まで
ハローワークの前に佇む私にニヤニヤ顔で近づく既知の女性と
2名出遭った。
「あなた、S園で一緒だったわね。」
「あ、I…さんでしたね。」
「Sさんって知ってる?」
「支所長と知り合いなんですか?」
「子供同士がクラスの同級生なの。」
「それじゃあ、以前この仕事を?」
「もう10年以上も前に、2~3年くらいね。」
「私がご一緒してから、1年間はS園にお勤めだったんですね。」
「ええ。でも、もう保育士はしないわ。」
「疲れたでしょう。ゆっくりしてください。」
「うん。がんばってね。」
意味深な笑顔を浮かべてIさんはバイクで走り去った。

今度は、2005年の夏、H保育所でアルバイト仲間だったT先生だ。
「久しぶり。髪が伸びたんだね。」
「ゆきんこさんも、お仕事かわったんですね。」
「うん。T先生が保育士以外の仕事もやったことがあるって言ってたでしょう?ずっと保育士しかしてこなかったから、あなたのことばが
とても参考になったの。ずっとバイトで何回もハローワークに来るのもイヤだったし。
今は、正職員にしてもらって楽しくやってるの。
あれから、Rくんはどうなった??」
「Rくんは、いろいろ不安を残して卒園しました。」
「そう。学校に入学してどうしてるかな? また保育士に登録するの?」
「う~ん、、、ちょっと考えます。」
「気が向いたら寄ってみて。」
Tさんも笑顔でチラシを受け取り去っていった。

TさんもIさんもH市内の障害児加配の保育士の経験の結果、
失業して再び同業に戻ることに躊躇っていることは一目瞭然だった。
それは、正しく6ヶ月前の打ちひしがれた私自身の姿そのものだった。

自閉症の専門施設になりつつあるのに、誰もABAを知らないS施設の実態や、「エジソンのお箸」を使っていたRくんのこと、検索していた先行研究論文とが、
私の過去と未来のなかでグルグルとかき混ぜられて方向性を見失っているような感じだ。

私の自閉症道は常に曲がりくねって屈折していた。





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テーマ : 人生の法則 - ジャンル : 日記

K・Dくんの展覧会

今週も月から木まで、毎日夜間の学校へ通い、帰宅は午後11時30分。
忙しいけど、去年の保育畑での忙しさとは違って、スケジュール通りに
行動規制されているのは、何かに追い立てられているようだ。
布団に横たわっても、スッキリ入眠できずに、「浅い眠り」のまま
夜が明けてしまうことが多かった。

月曜日のF先生のゼミでは、M3年のKさんのデータをみんなで
(といっても3名)解析してみた。
高校時代、典型的な文系コースだったので、統計の勉強など基礎の基礎から全くしていない。
ゼミの小部屋に入る前に図書室で「SPSSでやさしく学ぶ統計解析」(室
敦子+石村貞夫著 東京図書1999)を借りたけど、ちっともわかりません。
Kさんのデータをみてもやっぱりわからない。

研究論文の場合、調査でも、実践でも何らかの数字に置き換えて、
その事前、事後に有意差(誰がやってもクリアに違いが見える)が
出ないことには、信頼性に乏しくなってきて、その後の考察が難しくなる。
起承転結がはっきりしないまま、曖昧模糊とした結論しか出ない論文も
ごまんとあるわけです。

木曜日にも本所属のY先生のゼミがあり、
「ゆきんこさんもそろそろ準備を始めよう。」
と言われてしまった。
う~~ん、、、どうしよう。。。
6月26日の発表までに、大概をまとめて文章化しないといけない。

今週は雨がよく降って、金曜日の午後は土砂降りだった。
沖縄と一緒にもう入梅したのかな?
家の軒先には、薔薇の花があちこちで美しく咲き、
水を張った田んぼには、蛙の声もこだまし始めた。

「ゆきんこちゃん、この仕事はケータイ必需品だよ。」
「そうですね。再就職したら買うつもりではいたんです。
電話が好きじゃないし、あまり必要性を感じてなくて
友人に催促されてもずっと買わなかったんですが。」
「じゃあ、私と一緒に見に行こう。」

先輩たちは、「相手の気持ちが変わらないうちに」
サササと事を運んでいくのが上手い。
いつの間にかK所長の車で同行の途中、土砂降りの中
着いたところはケータイ電話ショップ

松雪恭子によく似た長身にロングのカーリーヘアーが印象的な
Sさんの手ほどきで、申込書にサインした。
電話番号もその場で決めて、オレンジの箱を受け取った。

「おかえり~。ケータイ買った?どんなの?」
「番号教えてよ。」
持ち主そっちのけで2~3名の同僚が、勝手にいじくって
「わたしのアドレス一番に入れちゃった~。」
「あ、40円使っちゃったごめん。」

翌日の今日は、やっとサタデー
午後、自転車の籠に3つの紙袋を入れ、市街地にこぎ出した。

最初はNさんのお店。
女の子二人がウマとびをしていた大きな背中の主に声をかけた。
「あの、S生命のゆきんこです。Nさん昨日、お誕生日でしたよね。」
「ええ?」
「1日遅れましたけど、お誕生日おめでとうございます。」
「忘れてた。誕生日だったんだ。」
「ええ?自分の誕生日忘れないで下さいよ。私より若いんだから。」
Nさんは照れくさそうに笑ってプレゼントを受け取った。

次は、河川敷沿いに聳え立つ「白い巨塔」
2006年1月にオープンした真新しい且つ最新の医療技術を備えた
13階建て高層建築のK医科大病院に足を踏み入れた。

夫に先立たれ、身寄りのないNさんが入院するというので、
ボランティアで面会に伺った。

その前に偵察に行ったのが子どもコーナー
待合室は黄色やピンクのカラフルなソファが備えられ、
可愛らしく明るい雰囲気の病棟だ。
総合病院でもゆきんこの勤務していた小児科とは雲泥の差。

「先日お伺いしたとき、こちらに入院されると仰っていたので、
来てしまいました。」
「まあ、私そんなこといったかしら!?よくここがわかったわね。」
Nさんは驚きと喜びの入り混じった表情で私を迎えてくださった。

「本当につまらないものですから、遠慮なく受け取ってください。
会社の小雑誌と、母の手作りの小物入れです。それから、先週知り合いのお医者さまにNさんのご病気のことを教えてもらい、その連載記事も
持ってきました。」
「ありがとう。検査の途中でも、自宅で療養が継続できるように勉強してる最中なのよ。退院したらまた家に寄ってね。」
「はい。」

3つ目の紙袋は、天満橋のあるギャラリーに届けた。
11月の中旬、母と訪れて以来、2度目訪問だった。
「こんにちは。こゆきさんは?」
オーナーの若い女性がにこやかに答えた。
「今トイレです。さっきまでお客さんの接待をしていらしたけど、
たった今、お帰りになったばかりです。ちょうどいいタイミングで
来られましたね。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「ゆきんこさん。来てくれたのね。」
奥から暖簾をくぐって松葉杖のこゆきさんが現れた。
「3月はどうもありがとう。無理してでもお邪魔してよかったわ。」
「こちらこそご足労をおかけしました。」
「いいのよ。いやなことだったら自分から身体動かして、都合つけて
わざわざ行かないもの。そうしたいと思えば誰が何と言ってもするんだから。お母さんは?」
「母は今日は用事で来られませんでした。こゆきさんによろしくと。」
「そう。それで、仕事はどう?」
「ぼちぼちですね。ノルマは厳しいですが、子どもたちだけでなく
幅広い方々にお会いできるし、何といっても職場の皆さんに歓迎されて
仲間関係に恵まれたことが一番ほっとしています。
営業成績はともかく、各々の営業所と比べてもチームワークの良さには
評判の高いのは確からしくて、満足しています。」
「それはよかったわね。今までの現場はどうかしていたのよ。
言ってみれば、あなた『出る杭は打たれる』って感じだったんでしょう?」
「保育はアルバイトという身分で、大人しくしていたつもりだったんですけどね。」
「それでもあなたの存在そのものが、現場の人々にとっておもしろくなかったんでしょう。虐めじゃないの。」
「私、そんなに詳しく話しましたっけ?」
「言わなくてもわかるの。私の妹なんだから。」
「すごいですね。今の職場は気に入っています。
でも、自分の予感ではそう長くはないと思っています。
本当は私、お店したいんです。こんなギャラリーみたいなの。
こゆきさんと同じ仕事したいんです。障碍があってもなくても
自分で稼いで自分の力で生きていける方法を芸術的なことでできたらと。」
「そんな話、初めて聞いたわ。」
「していませんでしたか?したつもりだったんですね。」
「すると、将来私と一緒に仕事をすることになるのかしら?
そういえば、ゆきんこさん絵を描くのも得意だったわね。
いつも手描きの年賀状くれるものね。」
「プロになるほどの腕前ではありませんけど、複数の占い師さんにも
芸術的なことをすればいいと言われたことがありました。
でも、母親の反対を押し切れないでしょう?こゆきさんみたいに勇気ないですから。」
「私だって、書家として活動し始めて、障害のある方々に指導させてもらうようになったのは、まだ5~6年なのよ。人生どうなるかわからないものよ。」
「今は、人間関係のよさを大切に、仕事と学業が両立できるようにしたいと思っています。さっきもお客さんのところへ顔を出したら
随分喜んでもらいました。まだ2~3回しかお会いしたこともないのに
娘のようだと気に入っていただいたみたいです。」
「あなたの誠実さがお相手に伝わるんでしょうね。」
「身の上話などもお聞きすると、説明していてもこんなに重い仕事はないと感じますね。単なるノルマを達成するだけにとどまらない奥の深さに、身震いして圧倒されます。」
「そうね。私も勧誘受けたことあったな。でも営利目的なことはどんなに強く誘われてもきっぱり断ったわ。」
「ところで、特に何のきっかけもなく、頭のなかからふっと死者の
お告げがあるというご経験ありますか?」
「どういうこと?」
「例えば、大学院の受験を決意したのも、私には祖母の背後霊があるような気がするんですよね。予備校へ向かう交差点の前で、ふっと祖母のことを思い出し、涙が出てきたことがありました。
そういえば、こゆきさんに出逢ったのも、祖母と最後に別れた直後でした。」
「それも初耳ね。私に会う前に御祖母さまに会いに行ったの?」
「そうです。父と別居した同じ年でした。内緒で一人旅で病床の祖母に
会いました。それが最後でした。
去年の春に父に話して二人で泣きました。すると父がまたGW明けに
1年前のそのときの話を思い出したのか、GW明けに電話をかけてきたんです。今度は伯母に会いたいと。」
「それは急いで、連れて行ってあげなくちゃ!手遅れにならないうちに。」
「でも、私にそんなこと!もう30年も伯母にあっていないんですよ。」
「だったら、私が電話してあげようか?それも何だかおかしいよね。
お父さんはあなたの御祖母さんの死に目に会えなかったんでしょう?
それに、伯母さんが亡くなってしまっていたらどうするの?」
「そうですね・・・私が連れて行かなくちゃならないですよね。
なんだか怖いです。誰か付き添ってくだされば・・・」

そこへちょうど別の客人が現れた。
こゆきさんが、わたしよりも旧い知人と思い出話を展開するうち、
心地よい睡魔に襲われ、私は10分くらい質のよい居眠りに陥った。
目を覚ますと、ギャラリーのガラスのショウウィンドウの外側が
薄暗くなりかけてきた。

「ごめんなさい。ちょっと疲れているみたいです。
そろそろおいとまします。」
「あ、さっきの話。自分で電話できる?」
「そうですね。次回のこゆきさんの展覧会までに、また近況を報告します。」
「それじゃあ、そのときにまた会えるわね。待ってるわ。」
「はい。ありがとうございました。」

お客さんには親切そうな微笑をたたえることを徐々に学んでいけるし、
断られることにも慣れるだろう。

でも、父の人生の末路に残された、虐待によって断ち切られた血のつながりという絆を元通りにするというどんな難解な統計学よりも困難な人生最大級の宿題の前に、たじろがないではいられなかった。

最後に、K・Dくんの代表作ををご紹介しよう
静かな雨に打たれながら
 静かな音を聞く
  静かにふりそそぐ中
   僕はまだ生きている

 水タマリが広がり
 いつの間にか消えていたような
 気がする水にうつったいろんな色が
 あざやいていた。皆がしずくをあびながら
 今日も一日が楽しかった。
         楽しい雨が今・・・」
 



テーマ : なんとか生きてます - ジャンル : 日記

薔薇の名前

GWを過ぎると、しばらく土日以外の休日はない。

今週、★営業所では採用&面接ラッシュが続いていた。
4月から5月にかけてハローワーク前ですれ違う女性たちの数が増えて
天気も季節もいいから、がんばってお仕事探そうと思っているのだろうか?

週明けの月曜日、11時ごろBさんとペアになって
二人組の女性に声をかけた。
「こんにちは。あの、お仕事お探しですか?」
「ええ。」
「いいお仕事見つかりましたか?」
「いえ、探している最中です。」
「どんなお仕事を?」
「営業をしているのですが、パートなので収入は少ないです。
子どもが二人いるので、融通の利く仕事がいいのですが、
条件がなかなか整わなくて。」
「私たちは正職員として採用されたばかりですが、子育て最中の女性も
何人かいて、融通も利きますよ。
私、去年までは保育士だったから、職場でお互いに保育もしてるんです。
研修期間に自分に向いているかどうか確かめながら無理強いなんて
しませんし、私も駆け出しですけどわからないことは先輩たちに聞きながら楽しく働いています。
お子さんたちのためにも安定した職場と収入は必要でしょう?」
「はい。それが一番の条件です。」

その誘い文句に彼女たちは安心感を覚えたようだった。

3日後、★営業所にやってきて支所長の面接を受けると、
あっさり入社の意思を固めたらしい。
「NさんとOさん、入りたいって。」
「本当ですか!賑やかになりますね。」
「机の配置換えしなくちゃね。」
「くやし~い!私も採用したかった!」
「午前中の方が成功確立高そうだね。」

同僚のそういう言動にもあんまりピンとこないけど、
ゆきんこはそういう本音や思ったこと、感じたことをそのまま
素直に表現しあえる仲間に囲まれて仕事ができることが一番嬉しかった。

「おかえりなさい。Bさん契約一度に2つももらえたの?」
「そうなのよ~!お客さんがいい人だったからなんだけどね。
これ、お客さんにもらっちゃった。ゆきんこちゃんにもあげるね。」
「ありがとうBさん。おきゃくさんに宜しく仰ってください。」
「ゆきんこちゃん、この職場にきてよかったでしょう?」
「うん、Bさんがいてくれたからだよ。」
「ゆきんこさん、Bさんが好きなんだね。」
「うん。だっていつでも一生懸命なんだもの。」

上司のK所長も鬱から脱して、ニコニコ笑顔が戻ってきた。
彼女とはブログのなかの近況を話したりする。
「結局、鬱っていうのは気分の波だから誰でも落ち込んだり、
調子のいい時ってあるでしょう?
その波が大きいからしんどくなるから、調子のいいときはもの凄く
いいんだけどね。」
「その時は、ガンガン同行もお願いしますね。」
「6月は絶好調って占いにもあったよ。」
「きっと当たりますよ。調子悪いとき、私が運転変わりますから。
でも、10年以上も乗っていませんから練習しないと」
「あ、それいいね。私も空き地で練習したから付き合うよ。」

5月のように風通しのいい人間関係が、自ずと仕事へのヤル気を
強化させてくれている気がする。


夜の大学院では、まだまだそんな会話は出てこない。
新1年生の方々は5月病の兆しが見え始め、「お疲れさん」って感じの
顔をしている。

仕事柄、笑顔が板についてきた感じがするので、トビラを開けて
「こんばんは。」と入っていくと白い目で見られてしまう。
こちらでは周りの重たい空気に合わせて大人しく振舞うのが課題かも。

図書室で去年「人類と科学技術」を履修したIさんに声をかけた。
「Iさん、これよかったら参考にしてみて。」
「どうしたんですか?この資料?」
「4月に地域の教員採用試験の対策講座に参加したとき余分にもらったの。教育法規が中心だけどね。受験する気もないのに、こんなところに顔出してるの。イッチョカミでね。」
「へえ、大阪府も受けようと思っていたんです。ありがとうございます。」

水曜日の6時限目は「幼年教育思想研究」という講義を履修している。
午後7時過ぎに教室に入ると、DVDの上演が既に始まっていた。
最後列に座って、日本語の字幕スーパーが全く見えない。
おまけに修道士だけが出てくるやたらと真っ黒な映画でさっぱり
わからなかった。時折グロテスクなシーンにゾ~っとしてしまう。
一体、これが幼児さんたちや幼年教育とどんな関係があるんだろう?
授業時間内で映画鑑賞が堪能できるわけがない。

「こうした中世の時代背景を元に次回は、思想家で教育者、政治学者でもあったジョン・ロックについてお話していきます。
よかったらDVDお貸ししますので、どうぞ。」
S先生のことばかけに、早速席を立って、お借りすることにした。
「先生、DVDお借りしたいのですが。来週には必ずお返しします。」
「どうぞどうぞ。ゆっくり見てください。」
「何だか怖い映画ですけど、怖いものみたさで・・・」

タイトルは 薔薇の名前(The Name of Rose)
元祖007でお馴染みのショーン・コネリー&クリスチャン・スレーター主演で1986年と20年前の作品だ。

恐らく、だ~れも知らない異色作品だろう。

ストーリーの舞台は14世紀中世イタリアの厳格な修道院
世界史では「暗黒時代」だから、初めから終わりまで火事とか
火炙りのシーン以外は真っ黒クロスケなくら~い映画だ。
日本人で世界史に関心のある人は多くないし、宗教感覚にも疎ければ、
娯楽性を感じない歴史映画は、ヒットしないだろう。

宗教裁判が激化している中世のヨーロッパで、
イタリアの修道院での会議にイギリスのウィリアム(ショーン・コネリー)と、見習いのアドソ(クリスチャン・スレーター)が参加していた。そこで不審な死を遂げた若い修道士の死の真相解明を任された二人が謎を探るうちに、連続殺人が巻き起こっていく。

「セブンズ・イン・チベット」の名匠ジャン・ジャック・アノー監督による中世の雰囲気を存分に醸しだす、謎に満ちたゴシック・サスペンスの傑作!

ウィリアム&アドソは、さながらホームズ&ワトソンコンビの探偵物語
と捉えると、ちょっとは気軽になるかもしれない。

現職の教職員がこの映画から何を読み取るのかが夜の学校に於いては
お題になる。

時の絶大な権力を握っていたのが、中世の僧侶たちだったが、
その権威が正義なのか否かは誰が決めるのか?

謎の真相は、封印された古典がぎっしりと詰められているヒミツの
修道院の図書室に隠されていた。
そこには、古代ローマやギリシア時代の名著や哲学者の教え、
アリストテレスの喜劇などが自由奔放に描かれ、宗教家たちを非難する内容のものもあったのだ。

それを解明しようとするものは、不実の罪を期せられるか、
男性を惑わす魅力的な肉体美を持つ女性を魔女として、
拷問にかけ、火炙りにするということが宗教裁判の異端審問員によって
公然と不当に行なわれていた。

これをパラドキシカルにそのまんま見ていると
「どっちが邪悪やねん?」
「何が正しいねん?」
と突っ込みたくなってくる。

暗黒時代、ゆきんこが大好きな笑いや喜劇も、
笑っただけで、魔女扱い火炙りになってしまう。
ひょっとして、緘黙症であることがフツウの時代だったのかも。

DVDのいいところは、外国語が好きな人は、何ヶ国語かのリスニングが
楽しめるし、
原作者や監督の撮影シーンや裏舞台のエピソードなども鑑賞できること。
異端扱いを受けた知的障害のある修道士のメイクや、
溺死シーンの細かい演出、ドリンクを片手に休憩するスタッフ
ショーン・コネリーの賛美歌の練習シーン
そして、画面には決して出てこない監督の素顔。

映画化に至るまでに、
原作者ウンベルト・エーコの中世のイメージが、歴史推理小説という言語に置き換えられ、それを読んだ監督が、脚本にして、映像としてイメージ化される。
実際に、原作者が映像化された作品を目の当たりにすると、
そこには、監督の間接的なイメージが内在化されているため、
100%原作者のイメージ通りの作品には仕立てあがっていない。

ゆきんこは、教育・保育畑でいつもこれと同じ縮図を垣間見ていた。
大人(親)と子ども、教師と生徒、健常者と障害者という関係性は、
特権階級と民衆、つまり支配-服従という関係性を免れ得ないものなのだと。

しかし、ウィリアムは同僚に反駁した。
「笑いは邪悪なものでしょうか?
他の動物は笑いません。笑うのは人間だけです。」

両者の垣根を越えられるのは、環境によっては「共に笑える」ってことじゃないでしょうか?








テーマ : 今日もお疲れさんでしたw - ジャンル : 日記

お仕事は人間性

GWもそろそろ終わりに近づいてきました。

一頻り、ちょっぴりヘタレ&センチメンタルになったあとは、
いつも通りに復帰しなくてはなりません。

午前7時半、起床。
身支度をしたら、★営業所へ出かけた。
玄関の階段で「あ、だんごむし。蟻さんも発見!」

去年の春はこいぐみさんのHくんたちと春の散歩の途中で
「はっけんごっこ」楽しんだのにな。

先週、発掘した自動車では走れない狭い新しい抜け道を発見し、
3分くらいは通勤時間を短縮できるようになった。

道中に広がる田んぼの畝も田植えの準備が徐々に始められて、
その一方で、隣のまだお百姓さんの手付かずのエリアは、
遠くから眺めると、蓮華の絨毯みたいで、アグネス・チャンの
「草原の輝き」なんかを口ずさみたくなってしまう。
沿道には蒲公英の綿帽子もゆらゆらそよ風にそよいで、
なんとも美しい春から夏への風物詩です。

★営業所に着くと、外交員この道20年のSさんに次いで2乗りだった。
「偉いね~、今日はお休みなのに。」
「Sさんも出勤したいらっしゃるじゃありませんか。」
「まだあんたは入ったばかりだから無理しなくていいんだよ。」
「支所長が同行してくださるそうなので、出勤しました。
平日、何度訪ねても、お留守のお客さんのところへ行こうと。」

しかし、上司は終日姿を現さなかった。
営業員の活動は、表面上は暦通りなのだが、
自己管理、自主運営なので、だんだん土日や夕方の顧客とのアポイントにも際限がなくなってくる。
締め切りに追われている漫画家とか、執筆家、
はたまたエンドレスワークに携わる専門家にも近いライフスタイルになってくる。
もちろん、個人差は大いにあるから、最終的にはどこまでやってどこで終わらせるのかは自分次第になってくる。
でも、それも社内専用端末で何をどれくらいインプットしているのかで
査定されているから、全く自由って訳じゃないんだけど。


5月2日の主役だったN所長が、愛車の後部座席に二人の小さなお孫さんを乗せて出勤してこられた。
女の子は明朗快活で、初対面の私に臆することなく話しかけたり、
顔見知りの営業員とかくれんぼしたりとお茶目で可愛らしい。

「私のこと知ってる?今はおばあちゃんとお仕事してるけど、
前は保育所の先生だったよ。」
「え~?どこの?」
「K保育所。知ってる?」
「知らな~い。」
「知らないよね?」
「Sの先生は、○○先生。」

幼い子どもたちにとって、初めて出会う先生は特別の感覚があるんだろうな。多分、家族以外のその他の大人と違って。
往生際が悪いのかもしれないが、保育所の枠の外で、
子どもたちと偶発的に出逢いながらどんなかかわりをしていくのか、
それも新しい仕事とないまぜで、模索中!
だって、心の底では障害児保育士だったプライドを捨てきれる訳が
なかったからだ。

「デンチャ、デンチャ、デンジャ」
「ん?なあに?」
「デンチャ、デンジャ」
Sちゃんの弟が人懐っこく、私の隣にちょこんと座って同じ不明瞭な
ことばを繰り返した。
「あ~、電車?」
「トチュウ、トッチュウ」
「え~?トッキュウ??」
「Uちゃん、特急やな?」
「ああ、特急乗ったの?」
「ううん、乗っちゃったらわからないから見に行ってんな、電車乗って。」
「そうか~。電車に乗ったん?特急見たの?」
「ウン。」
「特急好き?」
「ウン!」
U君は嬉しそうに頷いた。

N所長が、しばしのお孫さんたちの守役を終えて、二人は母親の元へ
連れ戻された。

12時過ぎに、K所長が遅れてきたけど、同行は望めなかった。
「一人で行くんだ。私も今日は10件くらい廻るから。」
「はい。もしなにかあったら、所長の携帯にかけてもいいですか。」
「うん。頑張ってね。行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」

さて、単独営業どこまでできるかな?

でも、結果としては、よくがんばりました!
上司の同行なしで、お客さんの承諾書を2通だけだったけど、
面談も10人くらいできて、ポスティングも80枚くらいしました。
自分の足でじっくり担当地区を廻れたので、それだけで何となく
この町に愛着が涌いてくる気がしました。

「へえ、お絞りのお届け?加入してからそんなんしてもらったことないわ。また、おいで。」
という反応や、
「いえ、結構です。何かありましたら、こちらから連絡します。」
などなど、お客さんによって反応様々。

再び営業所に戻ると午後3時。おなかがペコペコ
「いや~、がんばったね。お疲れさん。御座候(ござそうろうと言う
回転焼きの名前)お食べ。」
N所長がお茶を淹れて下さった。
「ありがとうございます。何か特に成果あったわけじゃないけど、
やったな~という単なる自己満足ですね。」
「そう。それがこの仕事は大事。同じ事の繰り返しで、本当は地味な
仕事だから、気持ちがどんどん落ち込んだら続かなくなるのよね。」
「ところで、U君のことがちょっと気になったんですが、今おいくつ
でしたっけ?」
「3歳半よ。」
「どうしても前職が抜けてなくて、専門家の方から何か発達相談を
受けたことはありますか?」
「ええ。半年くらいは遅れているのよ。生後10ヶ月で大病をしたの。」

続く




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まほろばとは

2006年3月下旬、2階の自室を掃除中に、発見した1枚の紙
その内容を転載します。

まほろばとは

やまとは国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる やまとうるはし

大和は国のなかで一番優れたところである。四方には、青い山々が垣の
ように折り重なって巡っている。
大和は美しい。(古事記)

倭健命(やまとたけるのみこと)が詠んだ歌で、「まほろば」とは優れた美しいところを指すことばです。
日本人は、古代より大和は“国のまほろば”として讃え、それをこころの誇りとしてきました。
日本は今日、世界に誇れる物質文明の花を咲かせました。
一方、私たちのまわりには自己中心主義がはびこり、日本人の歴史と伝統とそして私たちの国土がはぐくみ育てた、豊かな、温かい“日本人の心”は忘れられようとしています。

戦後の日本は、物質文明の豊かさを追い求め懸命に努力してきました。
おかげで物は豊かになり、生活は便利になりました。
しかし、毎年3万数千人もの人が自ら命を絶っています。
また子育てが本能にあるべき親が子どもを虐待する悲しい現象も起きています。
今、日本人に欠けているのは心の豊かさです。
その心を求め、見直し掘り起こし、育てて生活のうえに顕現してほしいのです。そして日本が世界の「まほろば」になることを願っています。


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こどもの日だけど・・・

本日もP-カンのGW中盤、子どもの日です。
皆さん、楽しんでいらっしゃいますか?

私は、ひとりぼっちなのをいいことに、少々凹んでおります。
調子が良すぎると、体調も崩れたりしますからね。

ちょっと無理して頑張りすぎると、忘れた頃に
全身がバリバリの神経痛になったり、胃酸過多になってくることが
あります。

調子のいい時は昔の辛かったことも思い出すこともないのに、
セルフセラピーカードを引いてから
2階の窓から青い空や白い雲を、ぼけ~っと見ていた・・・

「ハートブレイク」

職種をガラリと変えたつもりでも、
3日くらい目先の忙しさから解放されてみると、
「私の人生、これでいいんだろうか?」
と悶々としてくるものです。

遠い未来の展望に失望しそうになる時、
目先のことに囚われて、大事なことを見失いそうになってやしないか?
もう1人の自分が警告するからかもしれない・・・

ABAのI先生は、5月3日終日大阪での特別支援教育士養成セミナーでの
ご講演を終えたことをブログに記録されていた。

それとこれとは、関連あるのかわからないけど、
3連休のせいなのか、週明けの試験勉強に身が入らない。

「何のために?」
この資格を必死に取ろうとしてきたのか?
とてもことばでは言い表せない。

自分で自分を必死に慰めるとしたら、
人生はやり直せるし、無駄なことなんて何一つないってことだ。

日本LD学会から定期的に贈られてくる学会誌やセミナーの案内が
PCの隣にあっても、どうにもならないんだ。
資格を取っても、どうにもならないんだ。
だって初めから今の今まで、はみだしているのだもの。

どうして涙が出るのかな。

日本に生まれた子どもたちは労働に従事させられたり、兵士にされることは、法律で禁じられ守られている。
しかし、地球のどこかには、「子どもの日」なんて知らない子どもたちもいる。そして教育を受ける権利さえもっていない子も。

私は子どものいないおばさんだ。
子どもみたいにおばさんになることを拒んで遊び呆けてもきた。

昨日と今日と連日で2005年5月20日から2006年2月まで放映されていた
アニメ「雪の女王」の総集編を3時間視聴した。

ゲルダってすごいよね~。
「どうにもならないときは、自分にできることをする!」
そう言って、前人未踏の北の果てまで、幼なじみのカイに会うために
一歩、また一歩と吹雪に抗って足を出す。

雪の女王の鏡の破片が目に突き刺さったために、記憶を失ったカイの心を呼び覚ましたのは、ゲルダの一途な想いだった。(泣けます!)

ついつい自分を癒すのに、ファンタジーに陶酔して、現実直視を避けちゃうんだよな~。
お気に入りのハイジのお菓子食べて、やっぱり勉強しよう。

品名 パン・ド・デセール(いちじく)
(株)スイス菓子ハイジ
神戸市灘区浜田町1-1-27
フリーダイヤル0120-222486

ハイジさん、震災を乗り越えて営業していてくださった
お陰で、私の口においしいお菓子が入ります。いただきま~す!


















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憲法記念日

五月晴れのGW到来。
日本じゅうの皆さんがめいめい楽しい計画を立てて、実行中の真っ最中
ではないでしょうか?
関空から海外でGWを過ごす旅行客は、16万4000人だそうです。

ここ数年、ゆきんこはつまんないGWを過ごしています。
3年前から受講してきた「特別支援教育士養成セミナー」の常連受講者
だったり、2年前は受験勉強で臨床心理士を目指すべく予備校通いを始めてレポートを書いていた。

ちらかった部屋の掃除に、衣替えなどしていると、
20代の時みたいなゴーカな海外旅行もそうそう楽しめなくなってきました。

とはいえ、旧友とのお付き合いはかけがえのないもの。
4月29日のみどりの日は、ポートピアランドに位置する「神戸花鳥園」
へ出かけました。

高い天井から色とりどりのベゴニアのハンギングシャンデリアがお出迎え。
夜行性のフクロウさんたちは、ねむそうな目を開けたり閉じたり、
眠ったままだったり。
「もしもし?今ねえ、ハリーポッターの白いフクロウさん見てるよ。」


一番人気は、バウムクーヘン顔の「カラフトフクロウ」
フクロウ以外の色んな種類の鳥さんたちは、餌付けと日頃の躾が上手く
いってるのでしょうか。
人とのふれあいにすっかり慣れている見事なコンパニオンでした。
どの人の腕の上にもチョコンと乗って餌をオネダリしていました。

野生の鳥では自分から人間に近寄るってことは、まずないと思います。
フツウに家庭の鳥籠で飼われている小鳥さんたちも、飼い主以外に馴染むには、それ相応の時間がかかります。

Oちゃんの家族ヨウムのリンちゃんも、よそ者のゆきんこが忘れないうちに介入することで、「あ、また来たんだ。」という感じになってきました。
「リンちゃん、いい子ね~。」
「トイレ行く?」
「シャワーする?」
そして、リンちゃんの18番「♪はとぽっぽ」だけでなく、
今年の1月から教えていた童謡を歌ってくれるようになりました。
「♪こっとりはとっ・・・」
「ってもうたがすき~」

もうこれで、Oちゃんと大爆笑!

転職して1ヶ月あまり。
センパイ営業員のみなさんからは、
「そろそろ疲れが出てくる頃でしょう?」
「はい。仰るとおりです。」
ブログも休日を挟んで10日間更新できませんでした。

出かけて行ってなんぼにもならない駆け出しで、
雨が降っても風が吹いても繰り返し、繰り返しの訪問セールス

「あっ、ちらしと地図忘れた。」
「なんだルスか~。」
と、無駄足を踏むこと数知れず。

究極には、
ピンポーン(インターホンを押す)
「こんにちは。ゆきんこです。」
この文章だけなら、余程日頃の行いがよろしくなければ、
忌み嫌われることもなかろう。

しかし、「S生命の」と付加しないことにはお仕事にならない。
「結構です!今、子育てで忙しいですから!!」
ああ、コワ~イ・・・

ある程度、経験積んだ営業ウーマンなら、こんなことは大手電機メーカーのエンジニアからハローワークのキャリアカウンセラーになったおじさん曰く「蛙の面に小便」なんだけど、

「会社説明会にお誘いしたら、もの凄く怒られました。訪問先のご主人に許可を得て、元々奥さんが外交員をしていたと聞いていたから。」
「随分、いやな思いをしたのか、そういうキャラクターなのか・・・」
「旦那さんの方は優しい感じの人ですよ。」
「優しい旦那さんなら奥さんはキツイ人かもしれないね。」

夕方6時、梅田経由で最も混雑の激しいJR 神戸線の寿司詰め状態の電車に乗って、だんだん汗臭くなってくる息苦しさに耐えること30分。
神経を鈍化させ、人をモノ化していなければ、人ゴミが途方もなくおぞましいという元々の感度を必死に騙し続けて3年目。

「こんな通勤ラッシュアワーがイヤで、バーンアウトして療育指導員辞めたのにな。」

本当は家の中が大好きなひとりっ子で、ちっとも退屈しないのだから、
こんな私が不特定多数の方々にお目にかかる外交員というのも、驚異的かも。(花鳥園のコンパニオンバードに同じ)
休日に誰もいない部屋でブログに向かっていられることで、自分を取り戻してオタクになれるのは、実にシアワセなことだった。
(レポートと、損害保険の試験がなかったら…)

それでも、人生ってのは、厭なことばかりじゃない。
1人の個性も悪いところばかりじゃない。
人生の中のいいことや、出会った人々のいいところを見つけられているのか、そうでないのかという些細な違いなんじゃないかと思えてきた。

例えば、一般的には保育士よりも保険外交員の方が職業のイメージが
宜しくないことを、世間一般の人々から否応なく教えられた。
「でも、実際の世界を知らない人たちの偏見なのよ。」と、
語る仲間たちは、これまで過ごしてきた教育界の人々と同等か、それ以上の人格者かも知れないとまで思える程だった。

「ゆきんこさんってほんわか、ほのぼのしてるね。」
「純粋で真っ直ぐな心を持っているのね。」
「あなたの人生を左右してしまって、責任感じるよ。」
「私にあなたのスーツ見立てさせてよ。」

こういうことを真顔で言ってもらったことって、
私の人生にはあんまりなかったのに、
この営業所に来てからというもの、殆ど日常的になったのだから、
「夢じゃなかろうか」と思わなくもない。

お客さんの中にもいい人もいる。
他社商品の証券を見せてくれるお客さんのなかには、本音で話してくれたり、聞いてくれる人もいる。

「介護保障のことは知らなかったな~。これは誰もしらないんじゃないの?」
「そうですか。他の方にもお伝えした方がいいですよね。」
「それにしても、この仕事ってどうなの?うちのオクサンも以前、誘われてたみたいだけど、社会人経験ないからね。」
「私も、誘われて始めたばかりです。前は保育士でした。ずっとバイトだったんですけど、お世話になった先生が私のためを思って辞めなさいと進言してくださいました。」
「あ~、その方が合ってるのに。癒し系だもんな。」
「癒し系ですか?」
「今はその先生も退職されて、親御さんの介護をされていると聞きました。」
「そう。。。オレのところもそんなに余裕はないよ。妻と子どもたち、
1人で家族を養わなくちゃ」

昨日、5月2日の午後は、★営業所で定年60歳を迎えた大ベテランの所長さんの祝賀パーティーを催した。

60歳前後の永年粉骨砕身してこられた支部長さんに部長さん、課長さんの間に挟まれた指定席で、身の置き所にも話題にも困ってしまった。
「H課長、このお仕事に就かれたのはどんなきっかけでしたか?」
「僕は元々建設関係の会社で現場監督をしてたんだが、
昭和53年に当時の上司がこの会社に入って声をかけてもらって転職したんだ。当時不景気になってね。」
「もうこちらの会社の方が、長くお勤めされているんですよね。」
「そうだね。」
「入社して私が感じたことは、こちらの男性社員のみなさんが、
他の男性に比べても誰に対しても、友好的に話をされることが印象的でした。苦手な方とはどうされていますか?先日もインターホン越しに
怒鳴られてしまいました。」
「誰とでも話すのは、慣れるに越したことはないよ。私も何十年し続けてきたからさ。相手がいやがっているのに無理に話すこともないけど、自分から話さないことには、会話にならないんだから。」
「保険の話も、なんというか孫にも衣装って感じで、外交員の服装といい、まだ板についてなくて上手く説明できません。」
「自分のわからないことをお客さんに話したって、わからないよ。
相手にわかりやすいことばで、自分にも相手にも納得できる説明で
いいんだよ。」

つまり、インフォームドコンセントですね?

今回、定年を迎えられた主人公のN所長は、家族からもお客様からも
多くの上司や部下からも人望と信頼の厚い優しく忍耐強いお人柄で知られてきた方だ。
決して雄弁ではなく、
「会社のおかげと思ってる。」
「みんなにいつも感謝してる。」
と、いつも仰っていて、見守っていただけるだけで安心するという
オーラを醸しだしていらっしゃる。
多くの肩書きのある方、ない方から寄せられた祝辞を一緒に拝聴しながら、N所長と共に同席の1年以内に集まった新人営業員5名も含めて、
全員が涙でハンカチを濡らした。

N所長が育成した後輩の営業員も多く、センパイ営業員の誇りは
自らも営業成績をキープしつつも、何人の後輩たちを育てて、出世させていくのかによって賞賛されるシステムだ。
営業員の数が増え、総じて営業成績が上がれば、営業所そのものの実績が評価されるという組織と人材育成は、褒めちぎってなんぼの世界なのである。

N所長は、どの営業員にも優しく骨身を惜しまず指導にも献身されてきた。
それが、私には一目でわかったのだ。
「あ、ABAとおんなじだ!やっぱりABAなんだ。」


大きな花束を机に並べて、今まで見たこともない芸能人級の特大ケーキにロウソク60本と勤続年数の25本に火を点した。
「ゆきんこちゃん、誕生日の歌を歌ってよ!」
「ええ!そんなおこがましい!」

こうして午後4時半で和気藹々と祝賀パーティーが終わり、
早めに、営業所を出て自転車でH駅に向かった。
それでも、定刻の6時30分には間に合わなくて7時になってしまう。

遅れて席に着くと、免疫学の先生が指名した。
「ゆきんこくん。球麻痺について調べてきたか?」
「はい。調べました。」
「よっしゃ。あとで聞くからな。」
「はい。」

先週の授業で、つい質問したら宿題になってしまった。
すっかり時間に追われるライフスタイルになったものの、
4月28日(金)の支社での勉強会の帰りにK医大付属病院前の図書室に
寄り道した。
「応用行動分析学で特別支援教育が変わる」(山本淳一、池田聡子2005)を返却して「トビラノムコウ」(山下康代 2006マキノ出版)を
借りたついでに、1階の医学書コーナーの医学事典をちょっと立ち読みしてみた。

はあ~、、、
日本語でも理解不能なのに、英語の医学事典まである。
そういえば、お医者さんってカルテにドイツ語で記録してるもんね。

「おい、小児科病棟勤務!球麻痺って何や?」
それは、5年前の話で1年くらいしかやってないんですが。。。

「私は保育してただけで、、、
球麻痺とは、延髄の麻痺で、舌下神経、舌咽神経、迷走神経が障害され言語障害、嚥下障害、構音障害を伴います。
また、仮性球麻痺は、この神経経路に通ずる大脳皮質の延髄路が障害されます。」

講義が終わって、顎髭がモチーフのH先生は、
「いちいちプリントに書いてあることを説明してたんじゃ、先の病気の
話まででけへんやないか。しっかり読んどけ!」
と言い放って、午後8時講義室を出た。

ベテラン風のメガネの先生が話しかけてきた。
「あなた、いつも先生の質問によく答えているわね。」
「いえ、実は以前勉強したことはあったのですが、もうすっかり忘れていまして。球麻痺ということばに聞き覚えはありましたが、
改めて学びなおしてよかったです。」
「私も養護学校でそうした症状の子どもたちと接しているものですから。
それがこの資料なの?平成11年にD大学にいらっしゃったんですか?
しっかり勉強されたのね。」
「そうですね。この資料は当時の宝物です。今は医療系の勉強は教育系ではできなくなりました。私はたまたまその過渡期に言語障害のコースに入学できたので、本格的に大脳の解剖実験学習も経験させていただくことができました。指導教官の先生もアメリカと日本で医学博士号を取得された方で、言語病理学の第1人者として今も幅広くご活躍ですが、教育系の大学にいらっしゃったのも、考えてみればラッキーだったかもしれません。」
「もしかすると、T先生のことじゃ?」
「ええ、T先生をご存知で?T先生、有名ですよね。去年の今頃もテレビに映っていらっしゃいましたから。」
「あなたはD大学の大学院にいらしたの?」
「いいえ。専攻科です。教員免許を有していることと3年以上の障害児関係の職務に従事していることが当時の入学条件でした。」
「それじゃあ、教員免許を持っているのね?」
「ええ、中学・高校の社会科ですが。」
「出身の大学はどちら?」
「O大学です。阪大系列の先生方に心理学を学びました。」
「そう~~~」
「同窓だった先生方は『ことばの教室』や通級指導教室などの専任でした。でも私は、保育士でも何でもないんです。当時の資料は箪笥の肥やしになってますから、どうぞゆっくり御覧になってください。」

私は脳神経学のファイルの束を女性教諭に差し出した。

何なの?矢継ぎ早なこの質問攻撃は?
聞くだけ聞いて、自分のことは何も自己開示しないなんて。

さて、どうしようかな?
折角のGWを有意義にするのかどうかも自分次第だけど、
今日は憲法記念日だから、
憲法が自分の日常とどんな関係があるのか考えてみるのもいい。

自分の身体を支えているのが骨格だったり、
自分を自分で命令してくれているのは、脳ミソだってことを
自覚しているのは専門家くらいのものだ。
自分の生活が成り立っているのが、この国に生まれて
憲法に裏打ちされていることに気がつかないのも当たり前。

布団の中でしばらく各党の代表者が円卓を囲んでいた「憲法記念特集」を視聴した。
イラクへの自衛隊派遣問題や、靖国参拝に対する中国・韓国との
政治的軋轢、その矛盾を解消すべく憲法改正について議論が交わされた。

GWを満喫しても全然構わないし、わたしだってゴロゴロしたり好きなことしている。
でも、今日は何の日か忘れていたり、大事なことが何かわからないとか
「かんけ~ね~よ」族が、どれくらいいるのかな~と気がかりなのは、
おばさんになった証拠かな?
難しいことはわからないけど、わからないことをそのままにしておくからわからないままなんである。

来年、4月29日は「昭和の日」5月4日が「みどりの日」になるそうです。


午後、土弄りをしていた母の姿を見て、12月の中之島バラ園で頂いた綿の種を筆箱から出して、植えてみました。
芽が出てくるのかお楽しみです。


















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