明日は修士論文中間発表会(始まりはいつも雨)

慢性疲労がなかなか抜けない今週も、ぼよよ~んの日曜日です。

昨晩は、終日PCと首っ引きで、先行研究論文の検索とレジュメの書き直し。
ただでさえ、働くおばさん&週4日往復3時間の夜間大学院やのに、
一体、何回書き直すの!?

などと簡単にキレていたのでは、2足の草鞋のうちどっちかを脱いで
1足にしておけば、睡眠時間もキープできるんですが。

お気に入りのI先生のブログから師の日常を慮れば、私がやってることなんてちっぽけな努力にもならない努力です。

月1回往復8時間の道のりを発達障害にかかわる専門家チームの
プロジェクトスーパーバイザーとして、遥遥出張されるというのですから。

決して良い子の皆さんは真似をしないように。
ゆきんこはI先生の御ことばを真に受けたばっかりに
「身の程知らず」のとんでもない泥沼人生になってしまったのだから。
これが「THE 自業自得」

今時分、ワールドカップが最もトレンディな番組ですが、
ゆきんこは、元来スポーツ全般にあんまり興味がありません。
論文を晩ご飯までに仕上げて、昨夜は久しぶりにドラマを2本見ました。

タイムリーに子どものいないミドル世代の夫婦とその飼い犬が主人公の介助犬物語「運命の犬ディロン」と
お気に入りの韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」

チャングムは、医女修練に優秀な成績を修めたにもかかわらず、
試験官の接待に参加しなかったことと、身分が卑しいために、
一度は、試験に落第した。しかし試験官の処遇が不公正だったことが、
王の耳に入り、再試験でもトップの成績を修めて、見事に宮中付きの
医女に大抜擢される。

しかし、王の食生活を司る女官よりも処遇の低い医女となったチャングムは、嘗ての同僚だった女官たちに蔑まれながらも、さまざまな知恵や
アイデアを提供した。チャングムは同僚に呟く。
「私ね、前は女官だったの…」
そして、とうとうチャングムを陥れた宿敵のチェサングンに再会するところで、次回に続く。

ゆきんこのノンフィクションとなんだかオーバーラップするなあ~。
保育のおばちゃんから保○のおばちゃんになって、たった一文字しか
変わらないのに、行く先々の働くおじさんたちに、
「前の仕事の方がよかったのに」とか、究極には
「そのトシまでずっと独身で男性関係あるの?」
という思いっきりのセクハラ発言に、まだ気付いてないんだから!

今朝は、午前10時まで大好きなお寝坊して、昨晩書き上げた論文の
お試し最初の第1歩に踏み出すはずだった。
しかし、「♪はじまりはいつも雨」

19日月曜日、午後7時30分ごろ。ABAのF先生を待ちに待たせて
ゼミ生がだ~れも来ていないところへ、暢気に引き戸を開けた。
「こんばんは。F先生今日は早くお見えだったのですね。」
開口一番、オオボケ。

「いや。今日はみんなが遅いんでしょう?」
「あら?私も1時間も遅れてるんですね。すみません。
そうだ。先生、ゼミ生のKさんが来られるまでのお時間、ちょっとわたしのレジュメを推敲していただけませんか?来週発表なんです。」
「いいですよ。発表するときは、なるべく自分のことばでお話なさい。
レジュメに書いてあることはいつでも読めるのだから。」
「はあ、、、そういえば、講師の先生方がレジュメ通りに話さないので
用紙の余白にメモを書き込んだりしていました。」

「では、レジュメを棒読みしないでどうぞ。」
「あ~、、、難しいなあ。。。
私は会社員になって、もう保育士でもなく、障害児さんとのかかわりも
なくなってしまいました。保護者でもない『フツウのオバサン』という
立場で、身の丈にあったどんな研究ができるのか?

現在の仕事を通して、ある地域住民地区に週1~2回出入りしているのです。子どもが安心して過ごす時空間として、家庭や学校でも諸問題が
浮上し、専門家に依拠するだけでは不十分だと考えられます。

第3の子どもの居場所として地域社会の役割も重要視されていますが、
『隣は何をする人ぞ」という個人主義の行き過ぎも、人と人とのつながりを希薄なものとなっています。私は今かかわりを持っているI町の
人々の子どもを見守る温かい眼差しや、飼育動物とが子どもたちの子育てにどんな役割や意義があるのかを、自然観察を通して、検討したいと
思います。」

「独立変数と従属変数は何ですか?」

「(また難しいことを・・・)え~、、、独立変数は、
近所のおじさん、おばさんやイヌ・ネコです。従属変数は、子どもたちです。」

「子ども会に関する先行研究はデータに基づいたものなのかい?」
「いえ、タイトルだけインターネットで調べただけで、データなどの
詳細まで調べていません。」
「データに基づいた論文でなければ、論拠に乏しいただの自己主張に
終わってしまうからな。」
「はい。あ、時間になりました。発表会に行ってきます。どうもありがとうございました。」

午後8時からの7時限目は、中間発表報告会の第3回目。
一人15分の発表と質疑応答で1回につき3人。
そのうち3年生子育てアドバイザーのO先生と、小学校講師のN先生が同じYゼミの所属だ。

両先生は難なく1年生の鋭い突っ込み質問を交わして、発表を終えると
肩を撫で下ろした。
昨年1年間かけて、アンケート作成と調査、回収までの過程と、
データ集計の段階まで研究を進めてきたのだから、あとは論文にまとめるだけ。

しかし、序の口で人生行路がメチャクチャになっているゆきんことしては、発表以前の問題が、おも~く圧し掛かる。

それでも、色んな人生行路が行き交う波止場みたいな大学院で、
個々の専門分野の教官にお目にかかるのも、
はたまた、その門下生も「へ~!」と小さな驚きを発見する。

水曜日7時限目の「幼年児童心理学I」では、ある1年生の女性の
プレゼンテーションが印象に残った。
「私は3年ほどフランスに滞在し、ベビーシッターや、保育アシスタントの経験をしました。そこでの日本と対象的な違いは、子どもたちの
移行対象の行動です。日本の子どもたちにあまり見られなかった
指しゃぶりやタオル持ちが、フランスの子どもたちには顕著に多いのはなぜだろうと思っていました。」

英会話で、5年間諸外国の留学生としょうもないお国事情異文化交流を楽しんでいたゆきんことしては、こういう問題提供は興味深い。

木曜日はYゼミ、Y先生は体調を崩し、かなりお疲れのご様子で
困った2名のゼミ生のために、遠路をバスにのって駆けつけてくださった。

「月曜日にF先生にもコメントを頂戴しましたが、近所のおじさん、おばさんの温かい眼差しのあるI町と、そうでない人の往来はあっても、インターホンで『結構です!』と顔を合わせもしない夜遅く眠りに就くだけの
ベッドタウンO町との比較をしようかと思うのです。」

「タイトルがなんだかおかしいよね。もっと対象を絞ってごらん。
地域社会なのか、子ども会の活動なのか、飼育動物なのか、
そんなに欲張ると、後からまとまらなくなるよ。」
「う~ん、やっぱり飼育動物でやりたいです。今年に入って時々調べていましたから。教師と子ども、親子という関係は対等ではなく、
支配-服従のタテ関係にあります。でも、飼育動物と子どもの関係は
そうではなく、子どもが主体になる関係性であることがポイントです。」
「そんなに怖い先生や親ばかりじゃないよ・・・
保育現場でも確かに飼育動物と子どもたちのコミュニケーションは
よく見られるよね。でも、地域で飼われている動物といえば、犬かネコか。保育所じゃあんまり飼っていないよな。でも、動物のなかでは、ウサギなんかと比較しても、ことばもわかるし、色んな反応するから確かに面白いよね。」

「私、インターネットで見つけたわ。どこかの地域で防犯の目的なんだけど、ワンワンパトロールっていうのがあって子どもたちの登下校の時間に、犬を散歩させている地域の取り組みがあるそうよ。」

「へえ、ワンワンパトロール!」

「でも、自然観察でタイミングよく犬の散歩と子どもたちが遭遇するところを見つけられるかしら?」

「そうですね・・・今から1年かけて、これから夏休みにもはいりますし。子ども会の会長さんに行事企画で提案させてもらったり、色々
考えてみます。」

「動物園のふれあいコーナーもいいかもよ。」

「色々いいヒントをありがとうございます。ある論文には飼い主が飼育動物に対することばかけが子どもに対するのと共通点があると論じられていました。私が動物も子どもも好きだし、動物好きな子どもも多いと思っていましたが、そういえば、動物嫌いな人もいるし、動物が好きでも、子どもが嫌いという人もいますね。」

大学院ではそんな1週間を過ごして、いよいよ明日の午後9時ごろに
私の出番がやってきます。

まな板の鯉になって、手も足も出なくなるほど突っ込んでもらって
強く逞しく弁明力をつけていくのが、研究の1歩1歩。
ゲルダが吹雪に抗って、カイに会うために前へ進んでいきました。

今朝、納豆ごはんを食べたら、早速公園へ出かけようと思っていました。
雨の日に一体、誰が外で遊んでいるでしょうか?

ゆきんこにはモノトーンの写真があります。
今の私よりも若かったハニカミ笑顔の父、よちよち歩きのわたし。
その間には、コッカースパニエルの雑種犬。

病院から初めてやってきた小さな一軒家の押入れに
「こんなもん生んでどないすんねん!」
と父は私を閉じ込めた。

今もどこかにそんなお父さんはいないだろうかと、心配です。
こんな私が歌う自転車のアカペラBGMは、
「♪真っ赤な薔薇と白いパンジー、子犬の横には」










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テーマ : 大学生日記 - ジャンル : 日記

Y伯父さん、安らかに

父の日の今日も、あと2時間あまりで終わり。

16日の朝、3年ほど入院介護状態だった義理の伯父Yさんが身罷られた。
年内にお迎えがくるだろうことは、親族の間で暗黙の了解だったが、
ピーク時には4世代9人家族だったS家が、2000年以降、3人に激減したのは、親族にとってのセンセーショナルとも言える。

お陰で、住職さんや葬儀屋さん、間柄も詳しく知らなかった親族同士が喪服姿でしめやかな会話の中にも、お馴染みになっていくことが
冷笑的になってしまう。

今年の2月1日に亡くなった従姉のKさんのお父さんだから、
告別式も、前回に比べると和やかなムードのうえに、笑顔と日常会話も
入り混じった。

「K子さんは来ないの?」
妹で同い年の従姉のM子さんに尋ねた。
「Kくんが熱出しちゃって。今日はNさんが参列するって。」
「あらぁ、可哀想に。」

などど、いつものように詳細を綴っている時間がありません。

参加親族の顔触れは多少違っていましたが、午後4時前に前回とほぼ同じ行程で、無事に終わりました。
木魚や住職さまの念仏は、催眠作用大有りなので、瞼を開けているのが
せいいっぱい。。。

帰宅は午後5時
昨晩のお通夜を欠席して、また一からやり直しの修士論文の昼間発表の
構想とレジュメを書き直し。

昨晩は、1週間の疲れがドッと出てしまい、夕食後はさすがにキーボードを叩く気力も文章も涌いてきませんでした。

とにかく会社はいいムードを演出し過ぎる傾向にあるので、
それも「過ぎたるは及ばざるが如し」って感じの1週間。
活力のドーパミンも枯渇してきました。

木曜日のゼミで「次はゆきんこさんの番だからね。」
とY先生に釘を刺され、その時はブー垂れて返事をしなかった。

汗ばんだ喪服を脱いで、入浴してから3時間半。
参考文献も調べなおして、なんとか4ページのレポートにまとまった。

要旨はこんな感じ。
タイトルは
「地域社会における子ども会と飼育動物に関する子育て支援のあり方」

後々、緘黙症とか、他の悩んでいる方々にも応用できないかと
考えに考え、苦手な学校や先生抜きという環境でアニマルセラピー的なかかわりができないかと模索していました。

地域社会のなかで近所のおじさん、おばさんはあなたの成長を暖かく見守っているよ。
そんな観点を上手く使えないだろうか?

犬を散歩させているおばさん(ゆきんこやSちゃん)が何気に、ダンマリの親子に近づいてみる。
すると、こんなやりとりが想定される。

子ども 「ワンワン」
お母さん「ワンワンだね」
イヌ(ぴょんた)しっぽを振る
おばさん(ゆきんこ)「ワンワンも嬉しいって」

なかなかいいんじゃないかな~(自画自賛)

学校と先生、そして教室という「~ねばならない」ストリクトな環境は
緘黙症児だけでなく、誰だって我慢したり緊張したりしている。
しかし、自分の家がある地域とか子ども会ではどうだろうか?

ゆきんこが今の仕事で地区担当になったI町にお馴染み感が出てきた上に
子どもたちとも会話する機会が作れるようになってきた。

そして、初めて名義変更した仲良しのお客さまは、ラッキーなことに
小学校1年生の坊ちゃんのお母さんで子ども会の会長さんだ。

そういえば、ブログのお友だちの野ウサギ。ちゃんも、
現役の子ども会の役員さんで、子育て真っ最中のお母さん。
ゆきんこのアイデア、どうですか?

ゆきんこは母になれない元保育士だけど、
これからそこらへんのおばさんになっても、
地域社会のイケテルおばさんになろうと思う。

「ゆきんこさん、あのね・・・」
なんて、営業職員同士でさりげなく打ち明け話ができるおばさんになりたい。
「そうか、大変だね。おばさんも見ているからね。一人じゃないよ。
お隣だもん。」

無理に話さなくったっていいんだ。
だって、おばさんの犬のぴょんたは何にも言わないけど、通じ合ってる仲間なんだ。
親子じゃないし、人間同士でもない。
でも、ぴょんたは君のことをわかっているし、ことばなんていらないんだ。

どうしても話してみたい友だちがいるのなら、僕と一緒に公園へ行ってみようよ。

あの子は僕の頭を撫でて、それから君に微笑むよ。
人と人とはことばが多すぎて、けんかになっちゃうこともあるけどね。
僕がいたら、きっと大丈夫。

そういえば、無口な好々爺って感じのYおじさんと一人娘のKさんは、
AROというボクサー犬を飼っていた。
Kさんの生前のことばも思い出した。
「子どもの頃、私はずっと子どものままで、おじいちゃんは生まれたときからおじいちゃんのまま生まれて死んでいくんだって思ってた。」

今頃Kさんは、伯父さんが天国にやってきて伯母さんもAROと、結婚する前の幸せ家族に戻って、一家団欒しているかもしれない。
あの世に行かなくちゃ、家族団らんの時間が持てない今の日本のせわしさもなんだか悲しいけどね。


テーマ : 大学院生日記 - ジャンル : 日記

HちゃんのPetit Ballet Class Concert 2006

日曜日はぼよよ~んと楽しく過ごそう。

午後1時、H市内のT公民館へ出かけました。
目的は、★営業所の同僚Hさんの長女Hちゃん(小2)のバレエ発表会を
鑑賞すること。

「ゆきんこさん、探してたのよ!」
「Hさん、今日まで大変だったでしょう。」

先週の金曜日、Hさんの自動車に便乗し、地域の団地に職員募集のチラシを撒きに出かけたときのこと、

「なんだかバタバタして仕事と家庭の両立が上手くいかなくてね~。
それにHの発表会も控えているし、仕事場では子どもを職場に連れてくるのも気を遣ったりして・・・」
普段、気丈で明るいお母さんぶりのHさんが駐車場で涙ぐんだ。
私は、彼女の肩を擦った。
「仕事と子育ての両立がこんなに大変な時代はないよ。
私はHさんがいてくれたことも、この営業所に入る決心ついたんだ。
今までは保育所で子育てのお手伝いをしてきたけど、会社でもできるんじゃないかってね。それに、HちゃんもTくんも私と同じ幼稚園と小学校の後輩というのも、奇遇じゃない?
今月は大変だけど、落ち着いたらゆっくり話そうね。」

さて、今日の午後1時Hちゃんの晴れ舞台の当日を迎えた。
「Hは、一番最初の演目で舞台に向かって右側に出てくるの。
私はTと前の席に座るね。ゆきんこさん、席はあった?」
「うん。一番後ろから見てるね。」

平成16年に発足した舞台のヒロインたちは、女子小学生27名
テーマは「Sleeping Beauty(眠れる森の美女)」ですが、
演目はお姫様の踊り、優しさの精の踊り、元気の精の踊り、など
同じバレエの衣装と、まだ早すぎる化粧に変身した女の子たちが
出てくるだけで、王子様も他のキャストも全然出てきません。

しかし、クラシカルな音楽BGMと共にカーテンの幕が開いた途端、
家族集団が三々五々と立ち上がり、デジカメやらビデオ、携帯を掲げて
「我が家のお姫様たち」を取り始めた。

完全部外者のゆきんこは、最後列のためご家族のみなさんが立ち上がるのに遠慮して、黒山の隙間からチラチラと垣間見るだけでした。

Hちゃんも緊張した面持ちのなかにも、青い妖艶な衣装を纏い、
サファイアの精の踊りを披露してくれました。

休憩時間に弟のTくんが、私を見つけて寄ってきた。
「なあなあ、ゆきんこさん、なんでここにおるん?」
「Hちゃんのバレエ見に来たんだよ。ここにおったらあかん?」
「エヘヘヘ~」
なんだよ、その笑いは?
これまた部外者らしいヒロインたちの男兄弟たちが、
ホールの隅っこに屯してきた。
年長の思春期の男の子が複数の小さい男の子たちが群がってきても、
話しかけたり、流行のヘアメイキングをして戯れるように面倒をみていた。
やっぱり同性同士の方が遊ぶのも楽しいんだね。

カーテンコールの後に、指導者のM先生へ子どもたちからお礼の花束を
贈呈した。
保護者の代表が挨拶した。
「半年前から、子どもたちの衣装までM先生がひとつひとつ丁寧に衣装を
手作りしてくださいました。舞台の子どもたちにとっても、
家族にとっても一生の思い出に残る1ぺージになりました。
心から感謝しています。ありがとうございました。」

1時半に始まった小さなバレエ発表会は、2時32分に終了した。
発表会や、スポーツの試合を家族や地域のつながりのなかで、
楽しめるというのも、この頃は貴重な感じがしました。

そうそう、Hちゃんこの前は、「家族画」のサンプルになってくれて
どうもありがとう。お疲れ様でした。
これからも素敵なお姫様になってバレエで踊ってみせてね。




テーマ : ほのぼのと - ジャンル : 日記

命どぅ宝(命は大切な宝物)

今週もあっという間の一週間。
只今、午後9時20分。
NHK「にっぽんのこれから」テーマは「米軍基地」について
オンエアバトルを視聴中です。

「アメリカはジャイアン、日本はスネオ」
こういう喩えは単細胞のゆきんこにわかりやすい解説だ。
ゲストのなかには5年前、日本語教師養成の専門学校の教材の1つとして話題に上った「ゴーマニズム宣言」でご存知の
漫画家 小林よしのり氏とか、地元K外大の出身の女優 東千鶴さんなども激論中です。

今朝は少し寝坊して「課外授業ようこそセンパイ」の
ウチナー(沖縄)のことばについて、
沖縄県出身の俳優 藤木勇人さんが母校で沖縄の方言が話せなくなった
母校の現役小学生たちに沖縄の愛情深い方言の味わいを共に
学びあっていました。

その番組を視聴し終わって、
午前10時半に家を出て、昨日から電話予約していた
お客さんのところに午後から馳せ参じました。

K沿線の遊園地の反対側に位置するI町が、私の担当地区
3月から週1~2回は巡回訪問しておりますが、
何度行ってもお留守のお客さんたちが、何と半分以上です。
こういうお客さんたちにお目にかかるのは至難の技になってくるので、
「ああ、やっと会えた~!!」というささやかな悦びもあれば、
「もう結構です!」という冷淡なインターホン越しの声しか
浴びせられないという悲しい結果に終わることもあり。

今月、全営業所をあげての重要月の為、
新人職員とはいえ、毎週の締め切りに追い立てられて、
甘えていられないところもあり、
上司に同行を御願いしてダメもとの保険提案を繰り返しています。

「ちゃんとサボらないでやることやってたら、たとえ結果が出せなくてもいつかは出てくるようになるからね。」
と所長たちが慰めてくださいます。

なかなかアンケートも取らせてもらうことが難しく
やっとしゃべってくれるようになったお客さんからは、
「あんたのことは信用してもええけど、コンピューター入力した情報が
漏えいするのが心配なンや。」
とか、
「どうせ保険会社は損せんようにずる賢くお金を巻上げてる。」
などというきびし~いお小言も頂戴して凹んでしまう、、、

それでも、優しいお客さんも何人かいて、
「会社で練習している介護の話、聞いてもらえますか?」
「保険の提案の練習させてもらえますか?」
聞いたり、
「松嶋奈々子のキャンペーンに申し込みませんか?」
と頼んで、何とか応じてもらったりしてます。

5月から出入り許可をもらった会社のあるお客さんには、
「奈々子好きですか?」
「CM御覧になりました?私携帯買ったばかりなんですけど、
あのCMのクローバーのストラップ付けてるんです。」
と見せびらかしました。


販促品のガムや飴ちゃん、チラシ、お絞り、プレゼントなどなど
全ては自営業扱いの給料天引きなので、
どこまで先行投資するのかが、お財布の中身と常に相談しないといけません。

このクローバーのストラップはかなりの人気なので、
ゆきんこの未来のお客様、先着5名様に限定サービスするつもり。

気のせいかなと思いますが、気のせいではないでしょう。
金曜日に入梅した6月の第2週目
自転車で行き交う道々に、犬をお散歩させている人々、
田んぼに植わったばかりの早苗、
そして車椅子や杖をつきながら散歩するシニア世代の方々、
お百姓さんの屈託のない赤ら顔も何だかチャーミングに私の目に映ります。

今日も上司の同行で、
「この頃薔薇の花が綺麗だな~と思うようになったわ。」
「はい、私もです。紫陽花も次々咲いて花の美しさに見とれてしまいますよね。」
「そうね。見て、見事なアマリリス!」

私の地区担当は、2つあるんだけど、
H駅のアーバンな市街地よりも、
地域のつながりがあってお庭のきれいなお家がいっぱいのI町に
もしかすると、自宅の地域以上の愛着が涌いてきました。
自宅っていうのは、社会人になる以前の学生時代から寝床があるだけ
という場所だった。

ところが、I町は結構旧い町並みで、懐かしい感じさえする。
線路を隔てて、生まれる前から今も盛況の遊園地があって、
その遊園地の隣には生まれた病院もある。
反対側には、2005年7月から9月に子どもたちと過ごしたH保育所もあって
I町の人々は何となく善良な方々のような気がしています。
さらに、犬を飼っているお宅も結構あって、ご主人がお留守のお宅だと
「こんにちは~。おかあさんはルス?」
なんてお辞儀すると、今にも喋りそうな表情でじっとアイコンタクト
するのも楽しい。

今月は、「子ども絵画コンクール」の応募作品を地域のみなさんに
頼んで廻らないといけなくて、初めて「名義変更」で仲良くなった
お客さんを初め、何名ものお客さんたちに優しくしてもらいました。
「アイスクリームお食べ。」
「暑いからまあ上がって、お茶飲んでがんばりや。」

全く初めてのお宅をピンポンしたら、気さくな奥様が2つ返事で
快諾してくれ、坊ちゃんに直接頼んだ。
「Sくん、絵を描いて応募してくれませんか?」
「え?」
「コンクールで入賞したらフランスのルーブル美術館に展示するんだよ。ルーブルって知ってる?」
「知らない。」
「じゃあ、モナリザって絵は知ってる?」
「うん。聞いたことあるな。それで、先生どんな絵を描いたらいいの?」
「いや、センセイじゃないんだけど・・・」
「ねえねえ、オレは協力するだけでいい?」

ともかく、Sくんとその友だちはこのアプローチで俄然、ヤル気になって
くれた。
こんなことが嬉しい♡

これをABA(応用行動分析)的に分析してみると、
ターゲット行動はお客さんと面談すること。
強化子は、お客さんそのものであり、
そこに笑顔やら、励ましの褒めことばがあり、
さらにボーナスポイントで、お菓子とお茶付きなら言うことなし!

5~6人のお客さんに面談して夕方5時営業所に戻ると、大先輩の所長さんたちにしてオシャベリしてみた。

「ゆきんことしては、この営業所にきて本当によかった。
だって、トビラを開けるとみなさん、とっても素敵な笑顔で
『ありがとうございます!』って何度も言ってくださったんですもの!
それに、ある時トビラを開けた瞬間のことばが『お帰り』に変わって
もっと嬉しかった。自分が居てもいい場所はここなんだって。」

「そうよ。ゆきんこちゃんが嬉しそうにしているのが、私たちにも嬉しかったわ。貴方は本当に純粋な人だとわかったから。
さあ、一緒に蕨餅食べましょうよ。」

「がんばったら、お給料も上がるシステムも私にはとても魅力的だったんです。ABAというアメリカで主流の心理学の分派に行動経済学というのがあるんですが、この会社の経営が上手くいってるのは十分にそれが
理論的に実証されているんじゃないかと、それも面白かったんです。」

「まあ、そんな観点で入社したの?理論的なことなんて難しいことはわからないけど。」

「保育所だって同じでしたけど、上司に頭ごなしに叱られるのがイヤで
子どもを育てるところでアルバイトという身分で反論できないのも
辛かったのに、上司のほうが部下に気遣ってお茶を入れたり接待したりして下さるなんて、こんな職場はないと思いました。」

「営業所によっては上司が威張っているところだって結構あるわよ。」
「もしそうだったら、初めから入社しなかったですよ。それに、
こんなに奥深い、生涯に渡ってお付き合いしていく仕事が不器用な私に
できるんだろうかと思ってましたが、一人一人のお客さんたちの人生に
触れることが、自分にとってもかけがえのない体験になっています。

木曜日、同行してくださったお客様への提案でも、本当にびっくりしました。初めてアンケートを気安く頂いた方だったのですが、いつもは忙しくて擦れ違いでやっとお話できてよかったです。ありがとうございました。でも、『父に治してもらってたから医療費を払ったことない』なんて、暖簾に腕押しでしたね。」

木曜日の夜の学校では、6時限目、M先生の最終講義で
カウンセリングのロールプレイングを保健体育の先生とペアになり、
『心のお天気』を語り合った。

「私の心の天気は、『狐の嫁入り』って感じです。
晴れているけど、雨が降っている。以外で不思議な感じのお天気。
今日会ったお客さんの話が思いもよらなかったから。
雨はやがて上がって、空には虹が出るでしょう。」
「それはいい結末ですね。僕の天気は嵐ですよ。」
「嵐とは、また大変なお天気です。T先生、この前のプレゼンテーション
のヒロミチおにいさんのようなさわやかイメージとは、随分違いますね。」
「昼のキャンパスでゼミがあってね。指導教官に
『君は子どもの心をちっともわかってないね』と指摘され、
ガーンと落ち込みながらこちらにやってきたんですよ。
もう気分はこんな感じ。」
T先生は、人差し指を机に押し当てニジニジといじけたポーズをとった。

「そうですか。タイムリーに『心のお天気』を聴くロールプレイでよかったですよ。」
「そうですね。少し聴いて貰えてすっきりしました。」
「ホント。お家に持って帰らずに済みましたね。」

さて、7時限目Y先生のゼミは、A市子育てアドバイザーのO先生と
ゆきんこの3名だったけど。

「・・・それで、緘黙症と動物の飼育をどのように研究するつもりでいるの?」

「ブログの方々との交流は、直にお会いすることは不可能ですし、
事例を探すことも難しいです。仮にケースを見つけられたらの話ですが、自分の過去の体験から推測して、教室にいるのは辛かったり、
友だちと話すことはできなくても、教室の外に、飼育動物がいることが
ウサギに餌をあげようとか、自分の役割や飼育動物に対する責任感、
養護性を見につけることで、学校に居場所を見つけ、動物には話すことができるようになるんじゃないかと。」

「あなたの調べた先行研究を見せてもらったけど、あなたの現状に即した身近なところで研究できないかな?
あなたは教育現場に身を置いていないし、依頼できる緘黙の対象児も
先行研究のようなプロジェクトを組んで共同研究するなんてどう考えてもできない話だろう。
さっき話した近況では、子育て世代の同僚ともかかわりがあり、職場で保育を頼まれることがあるとか、仕事を通して担当している地域の方々とのかかわりがあるのだから、もっと身近なテーマに絞って無理のない内容を研究対象に考え直した方がいいんじゃないか?
緘黙のことも、去年ゼミに入ったときから言ってたから、あなたにとっては重要なテーマだろうけど、果たして実際に取り組めるのかどうが
考え直してごらん。」

Y先生の締めのことばに、頭に血が上り、笑顔が消失した。
何で散々時間を割いて調べたことを、こんなに簡単に却下するかな!

そもそも、Y先生のゼミは希望していなくて選択の余地なんてなかった。
ゼミを希望できないことは、研究テーマも希望通りにいかないことを
意味している。だから、時々は失礼千万
「Y先生、ゼミに入ってごめんなさ~い。」
「こんな中途半端な人生なら、初めから不合格にしてくださればよかったです。」

なんて、シニカルなことばを言って困らせてしまうのだった。

明けて6月9日金曜日の午後2時、損害保険募集人の合格者にノミネートされた営業職員として、勉強会に出席するためにK支社ビルの4階へ出向した。

タイムリーに、隣室は支社長室があり、K支社長は在席していらっしゃった。そして、私の手元には示し合わせたように、I先生が監修された
「働きたい」のリーフレットがあった。
教育係のW部長はまだ来ない。

そして、ゆきんこは意を決し、勇気リンリンの行動を起こした。
(おねがいドラえもん!)

「失礼致します。K支社長、お時間ちょっと宜しいでしょうか?」
「はい。どうぞどうぞ。」
「あの、他社のものですが、以前からお目にかけたいと思っていたリーフレットを持ってきました。」
「まあ、どうぞお掛けなさい。」
「はい。失礼します。」
「面接の時にも申し上げましたが、私の前職は障害児加配の保育士であったことは、K支社長にも存じ上げていただいていたかと思います。」
「ええ、そう言ってましたね。」
「上司には、既に話をして承諾を得ていますが、私は夜間の大学院に
通わせてもらっています。一昨年の秋に受験し合格しましたので、
去年の4月に入学しました。」
「そう、去年の4月から通ってるんですね。」
「はい。その大学のある教官の方が、発達障害の方々の就労支援のために監修されたリーフレットですが、他社の協賛を得て作成されたことを
支社長にもご紹介したいと思っていました。」
「そう。これは頂いていいのかな?」
「はい。どうぞ、お目通しください。お忙しいとは思いますが、宜しく御願いします。」

考えてみれば、緘黙症のことも、発達障害のことも、
あんまり自分だけで、なんとかしなくちゃともがいているのもおかしかった。


沖縄には、「ぬちどぅたから」(命はかけがえのない宝物)という
素敵なことばがある。
沖縄の空の上には、米軍機が飛び交い、
戦中、戦後も多くの犠牲者が命を奪われてきた。

ひとつだけの命の重みをかみ締めるようになった今日この頃です。













テーマ : 人生の行方 - ジャンル : 日記

MISSスランプ

先週めいっぱい働いて、学校に通って、
忙しいのは私だけじゃなく、もっともっと忙しい人もたくさんいます。
睡眠時間を削ればそれなりに捻出できないわけでもないですが、
帰宅が毎晩11時半で、お腹が空くからお味噌汁をチンしてホッとして、
それから明日の身支度の準備とか時間割、
歯磨きに洗面などをしていたら、真夜中の12時。

家は狭くて、PCの横に母が布団を敷いてしまうと
もう寝かせてあげないとかわいそうだし、
朝は7時になる前に起床しないと、お弁当も作らないといけませんので
全然メールを見ている時間もありません。

今週、土日の連休で、おまけに同居の母が仲良し12人グループで
美山のかやぶき民宿「とみ家」さんにホームステイ旅行へ出かけてくれたので、昨夜から終日、PCの前で宿題の研究論文検索に勤しむことが
できました。

昨日午後5時過ぎまで、6月の修士論文昼間発表に備えてまずは
先行研究論文を検索していて、特に「緘黙症」に関する内容を調べていました。

さて、この1週間の経緯と、検索内容をご紹介しようと、
午後6時すぎから約5時間もアホみたいにブログに綴っていましたが、
何しろゆきんこはメディアリテラシーが大したことない。

ちょっと別のサイトにアクセスして、また続きを書こうと思ったら
なんと、5時間かけて綴った文字が消えうせていました。。。
「もう寝よう・・・」

昨夜視聴した「宮廷女官チャングムの誓い」では、
権力争いの陰謀の果てに謀反の罪でチェジュド(済周島)に流罪に
なったチャングムが、そこで出会った医女に師事しながら、
修行に励んで、いつか王宮へ戻って復讐することを企てているという
お話でした。

さて、2年前ゆきんこがある意味、一念発起し、臨床心理士を目指して
いいおばさんなのに社会人大学院に臨んだのも、似たようなリベンジがその原動力になっていた。

いつまでも独身のままで、恋愛らしい恋愛もせず、
「選り好みしてんじゃないの~!?」
と、保育士仲間からは言われ続けてきた。

2年前の春「私、大学院を受験する。」
と両親に宣言すると、二人は同意してくれた。
1999年に言語障害の専攻科を修了したものの、
使い捨て保育士として右往左往しながら、
半分くらいは人間不信と鬱状態で
保育所を転々としてきた日々を知っていたからだ。

今の仕事もその延長上みたいなもので、
ヒトトコロにじっとしていると追い立てられるように
「査定がクリアできない」
「締め切りまでに目標達成!」
などなど、上司の上司からはっぱが掛かってくる。

それをいちいち真に受けていると身が持たなくなるので、
そこは自己コントロールだ。
「ゆきんこちゃん、大きな声では言えないけど、
誰もいないところで、上手に息抜きしなさいよ。」
と、がんばりやさんで姉御肌のBさんが励ましてくれる。

5月26日にBさんと同行してレストランで食事を共にした。
「ゆきんこちゃん、今この仕事をしていることは人生の無駄には決して
ならないよ。あんたの人生の目標が他にあるのなら、今すぐじゃなくてもそっちの方に行く日が来ると思う。」
「私、Bさんが声をかけてくれたのはやっぱり縁があったと思うし、
一緒に働きたかったから、後悔なんてしてないよ。」
「あんたは、こんな街中に育ったと思えないくらいほんわかしてるから、田舎の方があってるんじゃないの?」
「転校する度、よく言われたよ。どこの田舎からきたん?って。」

大学院に進学したことで、
それまでお付き合いしてきた方々と疎遠になり、
出かけていった先で新たな出会いも増えたように思う。
そこで出会った多くの先生方自身の人生のプロセスに触れ、
一人一人の先生方もまた多くの生徒やご家族の方々との
かかわりの中で悩んだり、辛い思いを乗り越えて、
疲れきった顔を合わせながら、同じことを共有する時空間を
噛み締めている。

で、ブログが更新できないし、相変わらず不人気な内容なので
気ままに綴っていますが、
緘黙症について調べたことを少し報告したいと思います。

もっと真剣に取り組めたらいいのですが、なかなか凡人の域を出ない
宙ぶらりんな人生行路を余儀なくされているので、
どうか「自分のできる範囲で」ということでご容赦ください。

日本における緘黙症に関する研究論文は、130件あまりあることが
わかりました。
一般の大手の専門書などにはまだまだ文献は少ないですが、
学術機関には少なからずあるようです。

1.まずは国立大学法人のHPにアクセス
2.そこから図書館のサイトに入る
3.論文検索の専用サイトをクリック
因みに私が行き当たったのは[CiNii]という研究論文サイトでした。


昨日調べたのは、1998年に在籍していた特殊教育特別専攻科で
お世話になったことのある2名の指導教官の先生方が養護学校の
先生方と執筆された2005年9月の実践報告の最新の研究論文です。

執筆者のY先生は、脳神経医学
F先生は不登校児に対する絵画療法がご専門の先生です。

「養護学校における個別の特別支援教育(1)-場面緘黙症の生徒に対して
-」
事例は、知的障害および場面緘黙症と診断された養護学校高等部の
女子生徒A子で、高等部に入学してからの3年間の取り組みの経過を
それに連携的にかかわったクラス担任、進路支援担当者、プレイセラピー担当者、養護教諭、精神科校医の記録に基づいて要約するとともに、
場面緘黙症の生徒への教育支援のあり方について若干の考察を加えた。

詳細については、HPを御覧になっていただければ、と思いますが、
驚いたのが、A子さんが入学してから就労するまでこんなに手厚い内容且つゴージャスなメンバーを取り揃えてのサポートが、今の日本の現状で
可能なのか!ということでした。

もちろん、「個人情報保護法」などもあり、まずは「私は~で困っています。研究論文の対象になってもいいですから治してください。」
と、クライアントが自己申告と勇気あるボランティア献体になってくださることが条件で成立する話。

記述によると、A子さんは幼少時より母親からネグレクト(育児放棄)を受け、特に母性愛に欠けていたので、家族愛の代償となる養護教諭の
存在が最も重要だったと述べられ、更に、教師集団が対応に困ったときには随時、精神科医との綿密なアドバイスの元に長期計画を実践できたことが、通常冷淡なタッチで記述されることが多い論文にしては、
なかなか情熱的に、いいアプローチと「グッドな関係」をキープしたことにウェイトが置かれていた。

A子さんへの心の支援策のひとつに「集団コミュニケーション・プレイセラピー」を週1回2年間継続して実践された経過も興味深かった。
はじめは、緊張して遊びに参加しなかったA子さんだが、
終盤には、笑顔で集団に溶け込むことができるようになったそうである。

他にも岐阜大学・富山大学・筑波大学の発達臨床心理研究室などで、
場面緘黙症を対象とした研究論文は2000年以降に発表されていました。

先週の水曜日、5月31日午後10時前のことです。
夜の学校から大阪駅まで、ある現役セラピストの女性とJR神戸線の電車に揺られ、会話をしました。
私が落っこちた教育臨床心理コースに見事合格した彼女によると、
現職で実際にクライアントを持ちながら第1線の大学教官に心理療法を学べる国立大学法人で、しかも夜間開講というのは元町のこの学校だけだとか。


だから年々高倍率の競争率もこんなご時世で激化しているから、
改めて彼女の学業振りを直に聴かせてもらえてのは、ラッキーで
アルバイトで落ちこぼれの障害児加配保育士の私には
手の届かない高値のコースだったんだなと思いました。

「ところで先生、緘黙症の方を治療なさったことはありますか?」
「ええ、小学生の方で2~3人、担当したことがあります。」
「どのようなことを心がけてアプローチをなさいましたか?」
「そうですね。貴方の心の中に入っていかないわよ。でも、
困ったときには役に立ちたいの。そんなメッセージを送り続けました。」

「私は去年の8月からブログを作っています。最近、緘黙症だった
方々と交流するようになりましたが、彼らは教師の認識が薄いことと
社会的認知が広まらないことに憤り、悩みを打ち明けられずに人知れず
困っているようです。何とかお役に立ちたいのですが、
私自身も、去年仕事でバーンアウトした上に、今は会社員として、夜は
前職の幼年教育について学んでいるという全くちぐはぐな状況なのです。」

「ブログで緘黙症の方と交流って?私にはそんな発想がありませんから、なんだか新鮮だわ。だって緘黙の方って人とかかわりたくない方でしょう?」

「わたしの場合は、『緘黙じゃないでしょう?』ってブログ仲間から言われてます。でも、小学校のころから元々話すよりも書くほうが楽だったし、話すとなると、相手の表情や雰囲気とかに左右されますし、何よりその場で声に出して話さなくちゃならないことに、不安や緊張があり、相手の反応に過敏になってしまうんです。
ブログやメールなどの文字が媒体になることで、返事が返って来ることに手応えがあるんですね。相手のリアクションを気にしないでいいので
画面から飛び出してくることはないということも安心できます。
お互いに傷つきやすくデリケートなことをわかっているから、
直接会わないのに、双方向でのやりとりが可能なのもメリットかなと
思います。」

「そうなんですか。直接は人に知られたくないのに、でも自分の存在を
ブログにして公開できるのはどうしてかしら?だって自分のことを
面識もなくどこの誰かもわからない人が知っているだなんてその方が信用できないじゃないですか?」

「会わないし、誰だかわからない。絶対に相手の領域に侵入しないという前提があることが、安心できるのです。直に顔を合わせたらそれで
終わってしまうんです。私の場合はね。
実物の私を知っている人のことは、プライバシーにかかわるので、
反って事実は書けませんよ。」

「そうですか。私は直接クライアントと対面することで信頼関係を作るという方法しか知らなかったけど、ブログだから安心できることもあるんですね。
でも、たくさんのブログの中でリンクするかどうかも取捨選択するのですから、実体でも同じ結果になるのかしら?」

翌日、6月1日の夜の学校の共通講義の教室で再び彼女に会った。
「先生、昨夜はありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそありがとうございました。勉強させてもらいました。」

お昼の保険のおばちゃん業では、日中1日平均30人から50人くらいは面談している。それだけではなかなか契約には至らない。
おきゃくさんの百面相に恐れおののきながら半分以上は、門前払いのつら~いお仕事です。

K所長と軽自動車の同行で、彼女の身の上話を聞かせてもらっていると
「まるでピア・カー・カウンセリング」って感じです。

そろそろ日曜日も残り少なくなってきました。
ブログも好きだけど、他のこともしたいから息抜きしなくちゃ。

論文検索に没頭して、
昨日のお洗濯物を取り入れるのを忘れていたことは
母には内緒にしておいて下さい。

私が自転車で横切ったら、
明日も薔薇の花が黙って美しくそこに咲いててくれますように。


テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記