錆サビ母校の夏祭り

昨日、ブログを書いてから、夕方6時まで約4時間エアコンが効いていない居間の座卓で試験勉強に勤しんだ。

それから母と自転車に乗り、隣の校区のS小学校まで夏祭りに出かけた。
S小学校区のI2丁目には10歳で転校し、それから社会人になった23歳まで
13年間を過ごした地区だ。

その13年間は、我々家族が最も辛く、苦しい時代でもあった。
その13年を詳細に綴っている時間はない。

★営業所の同僚Hさんがこの地区に居住しておらず、
彼女の前情報がなければ、今回わざわざ思い出したくもないこの場所に
わざわざ来るはずもなかった。

「あれ、老人向けの温泉いつの間にかなくなってる。」
「変わりに違うお店できてるね。」

「問題は、子どもたちとペットがかかわっているところに遭遇するか
どうか・・・」

私の子ども時代から次世代へと変遷する間に、
ぎょっとするほどこの地区は、大変貌を遂げた。

子ども時代、Hゴルフセンターの前でラジオ体操をしていたり、
通学途中には、ウシガエルの鳴き声や蛍もチラチラしていた
あの夏はもう影も形もない。

私がI2丁目を去った後、住民の反対を押し切ってゴルフセンター跡地や
田畑を切り崩して、巨大なマンションが立ち並び、どこからともなく次世代新婚夫婦世代が移り住み、居住区域となった。
後輩にあたる子どもたちがS小学校へ通学している。

錆びれた裏門から小学校に入って、自転車を停めた。
現役の小学生の女の子たちが、2人組、3人組に体育館に入る階段に
腰掛けてカキ氷を食べていた。
わざとなのかオシャレなのか、浴衣を着ているのはいいけれど、
その足は膝上何センチまで出ているんだろう?

なんで大人用のミュールはいてるんだ?

自分の小学生時代の思い出が音を立てて崩れる思いさえする。
一度、自転車でグルグルと出向する先にはどこに子どもがいるんだと
思えるくらいに見当たらないが、
昨夜の夏のひととき、母校の校庭に関しては、
まだまだ子ども軍団は健在のように思われた。

しかし、自分の子ども現役時代とは何かが違っていた。

スーパーボールすくいの前には行列を作って並んでいたし、
仲良しグループで、楽しんでいるように見える。

前職で6歳未満の子どもたち、中でも3歳未満児や障害児などの
小さな子どもたちが主流のお付き合いだったゆきんこにとって

何の根拠もないけれど、現役小学生たちに異様な不気味さを覚えた。
どうして化粧をしているのだ?
どうしてゲームや玩具の剣がお祭りに必要なんだ?
なんとも表現のできない落ち着きのないムード

でもね、子は「親の鑑」っていうじゃない?

「あら、ゆきんこさん。来たのね。」
「うん。今日は母も一緒にね。」
「こんばんは。」
「ねえ、昨夜2次会来ればよかったのに。」
「ああ、うん。何となく試験勉強が気になったから。」
「そうか。私もTがぐずりだしたし、カラオケ屋も幼児連れの客は
午後10時になったら帰宅させるとかで、1時間で切り上げたんだけどね。」

金曜日の夜、大声で高らかに笑ったシーンがリフレインした。
「もう今時の子どもたちは、ブランド競争激しいのよね~!
金銭感覚だって大人顔負けで、うちのTだっておばあちゃんに
おねだりするのよ。紙のお金がいいって!それを貯めてゲーム買うんだってさ。」


「Hさんが知らせてくれて久しぶりに母校に来たけど、全然変わっちゃった。可愛そうに、校舎は錆付いてボロボロだよ。」
「ゆきんこさんのときは、どうだったの?」
「私は2期生だから、当時はピカピカだったよ。あの校舎前の桜並木も全然なかったな・・・」
「でも、あなたの母校なんだから、それだけ年月経てば、ボロボロになっても仕方ないわね~フフフ。」

ちょっと!Hさんの方が年上じゃないの・・・
「じゃあ、そろそろ帰るね。ペット同伴はお祭りじゃ禁止されているみたいだし。」
「そう?じゃまた、月曜日ね。」

毎日5分の路上観察では、滅多と子どもとペットのふれあいシーンに
遭遇しない。

寧ろ、ペットオーナーは、子ども嫌いだったり、人嫌いの傾向があるのなら、自然観察には限界があって、やっぱり第3者の介入が必要なんだろうか?

何より、今時の子どもにゾッとしている大人。。。
これが一番イケテない気がする。

私の同級生の皆さん、今頃どこでどうしているんだろう。
今朝の「サンデーモーニング」では、会社への帰属意識や忠誠心は
アメリカ人よりも日本人の方が激減していると報じていた。

つべこべ言わないで、試験勉強の続きしようっと。











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テーマ : お祭り - ジャンル : 日記

来週も試験が待っている!

昨夜は、突然の夕方に★営業所の「お疲れさん」宴会が入り、
2次会のカラオケは遠慮して、午後9時過ぎには帰宅した。
お陰で、「となりのトトロ」を見てほっこりしながらしばし、リラックマになれた。

子ども時代はいいなあ~。
「♪夏はどうして楽しいか、好きなもの言ってみよう」

生命保険募集人の日々は過酷だ。
そして、それに追い討ちをかける豪雨の後の真夏の猛暑。

更に、大学院の前期授業のレポートが次々と提出された。
「締め切りは8月末日ですから、それまでに、幼年思想教育研究の講義で
取り上げた、コメニウス、ジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソー、フレーベル、そしてジョン・デューイの著作のいずれかを読んで、
印象に残った台詞などを取り上げ、意見や感想文を送信してください。」
「レポートの枚数、書式や文字数の指定はありますか?」
「自由でいいですよ。但し、皆さん大学院のレポートですから、
それに相応しい内容を御願いしますね。」
S先生はやんわりと水曜日の最終講義で伝えたが、
これがやんわりではない・・・

25日火曜日6時限目の「免疫学と病理学」の最終講義。
「ほんまにもう~!しっかり勉強しいや!ゆきんこ
お前のレポート書き直しじゃ!ワシの資料をちゃんとよんどったら
シミや日焼け止めみたいなインターネットの猿知恵の書き写しなんかせんでええねん。」

ばれたか~、、、実は販促品の健康手帳を参考にしたんだ・・・
奇しくも顎鬚がご立派なH博士とエレベーターで二人きりになった。

「H先生、M原にお住いなんですね。」
「おう300年な。」
「300年!?」
「そう。先祖代々300年や。」
「私、学生時代スクールバスで毎日行き来していました。」
「そうか、O学院行ってたんか。しっかり勉強しいや。」
「はい。ありがとうございました。」

その帰りがけ、大阪の紀伊国屋書店になかった文庫本を求めて
徒歩で三宮センター街のジュンク堂書店へ向かった。
お目当ての古典は、岩波文庫の書棚に上下巻とも並んで収められていた。
ジョン・デューイ著『民主主義と教育』
日本語でありながら(原著なんかは読解不可能)
チンプンカンプンなこの類の古典だけど、
水曜日までになんとか第4章だけでも目を通さなくっちゃと、一気に読んだ。

躊躇しつつ、(いつも躊躇性格)その場で買ったこの本をとりあえず、レポートの題材に使えそうだけど、果たして読む時間をどうやって確保するんだろう。

今週1週間は、26日に最終締切日を経過して、営業所のムード全体が何だかだらだらしていた。
現在の営業員が12名なのに、8月の第1週までに3名採用、
更に9月には、10名採用というノルマが課せられている。

また個人的には、来週8月3日、4日と連続で専門試験を控えているから
昨日の午後1時から5時まで4時間、対象者が支社に集合し、缶詰になって
ドリル方式の勉強会に参加。週明けの31日もまた4時間お勉強。
このブログ早々に書き上げて、試験勉強しなくっちゃ。

「みんなこんな大変な目標ばっかりでほんまに大変やな。
でも、何にも目的がないよりも、やることがいっぱいあるってええことやんか。モノは考えようやもんね。
10名採用って、ゆきんこさんはどう思う?」
「はあ、、一人の営業員につき、一人採用すれば達成できると思いますが・・・」

上司がその上の上司に檄を飛ばされ、更にペーペー社員には、褒め殺しや「お疲れさん会」などをいかに交わして、適当にオフタイムにぼんやりするのがストレス解消

もちろん、サボるつもりなんてないけれど、
生保レディの境遇は、「他に何も人生の確たる目的がなかった」女たちか、生きるために仕方なく駆け込んだ女たち、
稀には生命保険の仕事に全身全霊をかけて邁進するスーパーウーマンか


久しぶりに発達障害関連のブログを覗いてみたら、「ゾッ」としている
自分を認めざるを得なかった。
どうして、自分の過去をブログでいちいち追体験しなくてはならないだろう。

それなのに、どうして屈託ない笑顔が出せるだろう?
(・・・という心理状態かも)
どこかで逃げ道や捌け口を作ってみたところで、生きて行くということから誰も逃げ出せない。

そういえば、5月に40歳になった教育係のT課長のことばが印象に残った。
「世界の長寿国第1位だった日本が今年、平均寿命が短くなったそうです。」

「自殺が多いからじゃない?」
「子どもを狙った殺人も増えてるしね。」

ブログのなかで釈迦利器になっている関係者がなんだか痛々しい・・・

ゆきんこの人生にも多くの方々との出会いと別れと人生の悲喜交々があった。
人々の笑いや憂いを吸い取って、シニカルに微笑んでなんとかしのいで
いる自分がある。

NHK朝の連続ドラマ小説「純情キラリ」では、
昭和時代の日本が戦時中、次々と思想・心情・表現の自由を奪わていくなか、主人公の音楽学校に進学できなかった桜子が、希望を捨てずに生きていく物語である。

桜子の姉、笛子は教職員の社会的地位を捨て、新進気鋭の画家、冬吾と結婚した。
二人の子どもの母親になったが、戦時中、芸術活動が厳しく制限され、
第2子は、先天性網膜症という視力障害を負って生まれてきた。
冬吾一家が、窮地に追い込まれ、冬吾は家族のために筆を置いて、
笛子に内緒で慣れない肉体労働者となり、怪我をしてしまう。

それが、笛子に気付かれ「自分はあなたに絵を描いて欲しくて、全てを犠牲にしたのに、どうしてこんなことするのだ!」と夫を叱る。

皮肉にも、その逆境が彼のやる気や作品により良い影響を与え、
疲れきった身体でキャンバスに向かうとき、
反って冬吾は生き生きと絵筆を走らせるのだった。

ああ、今という時代が嫌いだ!
人も全ての万物も自分の意思では生まれてこない。
だから私は自分の意思で結婚しないし、子どもも産まないことにした。
自分の理想を追い求めるには、「今」があまりにも鬱陶しすぎるからだ。

耳の遠くなった母と罵りあいながら、最後は母がこう言い放った。
「よくも私に長生きしてくれるなと言ったわね!
あんたは生まれてから今の今までずっと私の世話になり続けてきたのに
今度は私の世話をしたくないというなら、今のうちに出て行けば?
昔は嫁・姑の間でも嫁が姑に気を遣ったものなのに、
今は、姑が孫の面倒を見て、嫁は一人で遊びに行き、感謝さえしない。
実の娘のあんただって、外面はいいようだけど、介護したくないんでしょう。
そのうち私が耄碌してわからなくなったら、いよいよ出て行けないんだから、楽したいんなら今のうちよ!」

それでも、前を向いて歩いていくしかない。
過去に戻ることなんて、ドラえもんでも誰かが発明してくれなくては
できない。
しかし、一見難解な古典という読み物には、
現代にも通じる未来へのヒントが散りばめられている。
でなければ、精神分析医の権威ユングが推奨してきた「ゲド戦記」が
今日、こんなにももてはやされたりはしないだろう。

ゆきんこは、やっぱり目先の試験勉強そろそろ始めます!

テーマ : となりのトトロ★ - ジャンル : 日記

育てることの困難

先週から水浸しの日本列島。
日曜日も、午後からやっぱり雨がしとしと降り続いています。

昨夜は午後11時過ぎ「チャングムの誓い」が始まった途端、ぐ~すかと熟睡してしまいました。

今朝は、サンデープロジェクトを横目に遅いブランチを食べて、
11時半には自宅を出発しました。
目的地は、甲南大学の5号館511号室。

午後1時から5時半まで開催された
人間科学研究所(心の危機と臨床の知)第7回公開シンポジウム
「育てることの困難-家族・教育・仕事の今を考える-」
参加してきました。

定員は300名の事前予約制なので、
2ヶ月前くらいに、夜の学校の掲示板の前でチラシをゲットして、
往復はがきで申し込みしていました。

キャンパスの入り口には、他にも教員採用試験やTOEICの当日でも
あり、ぐずつく天気にもかかわらず、色んな人々が出入りしていたようです。

本シンポジウムのコーディネーターで、
臨床心理学者の高石恭子先生の挨拶が既に始まっている最中に
遅れてそろそろと空席を見つけて滑り込みセーフ。

シンポジストは4名で、大御所は何といっても
東京大学の汐見稔幸先生の演目
「父親の子育て-男性の自己実現という視点から」

しかし、高石先生はこう断った。
「汐見先生はまだ到着していらっしゃいませんので、予定を変更します。」

というわけで、1番手は繰り上がりで
甲南大学の家族社会学者 中里秀樹先生の
「ライフコースの多様化と子育て期の働き方」
1967年生まれで8歳から2歳半まで3人の男の子のパパでもある
中里先生は「夏期休暇中は、一時的に専業主夫になることも可能だが、
子どもとかかわることばかけのトーンがギスギスしてくるのを
避けられない。」と冒頭語る。

パパ・ママ息抜きサロンサイトのBaboo!JAPANを紹介し、
戦後日本における女性のライフコースと人口学的条件の変容では、
戦前世代(1925~1929)団塊世代(1945~1949)高度経済成長期(1965~1969)の3世代を比較したデータから
初婚後・子あり群から未婚子なし群へと変容していることを示した。

なるほど~。ゆきんこは正しく未婚・子なし群にカテゴライズされるというわけ。

次のシンポジストは、高石恭子先生で演目は
「女性の子育て意識と母性愛」
ユング派の臨床心理学者で学生相談も担当している1960年生まれの
高石先生の発表で最も関心があったのは、
おとぎ話に見る「人魚」研究だ。

上半身は人間で、下半身は魚の人魚。
王子様の住む陸上(男性社会)に共存するために、声と引き換えに
足をもらったけど、王子様の愛情(会社で対等に生きていくこと)をゲットすることができず、
お姉さん人魚たちの「海に戻っておいで!」(家庭に戻って専業主婦でいいじゃないの)の助言も虚しく、
最後は泡になって消えてしまうという悲恋と自己犠牲が
メタ・メッセージに込められた1837年のアンデルセンの名作だ。

ウルルルル~
これは他人事ではない話だ!

現代女性のアンビバレントともダブルバインドとも言える
息苦しさを代弁してもらって嬉しいような、切ないような・・・

因みに、ゆきんこの子ども時代「アンデルセン物語」というテレビアニメがあった。
中でも「にんぎょひめ」を視聴していたとき、
それから夕食も食べず、ひたすらコタツの中に潜って
泣きじゃくっていたことを思い出す。

休憩時間を挟んで、高石先生からのメッセージが告げられた。
「残念ですが、汐見先生はやはり今日のご講演は無理だという
連絡が入りました。代わりに2006年6月に講演された録画VTRの
最後の20分を視聴していただきます。」

がっかり・・・
でも、仕方がない。体調悪いのに無理して欲しくないものね。
どんなに偉大な教育者であったとしても。

1960年代から集団就職により地域社会が崩壊し、
それに代わって企業社会に存続してきた労働組合活動さえも
1990年代には弱体化していった。
同時期、男女参画事業や男性の育児参加が叫ばれ、
「オヤジの会」とか「育児連」というグループも台頭した。

その変遷のなかで、一億総中流意識の幻想が破れ、
日本人の価値観・倫理観は「勝ち-負け」「善-悪」という単純2分化された。
子どもに与える影響も大きく「鉄アレイ自我」の形成を汐見先生は危惧している。

男は企業社会で扱き使われ、女は家事・育児を強制される日本社会の
質が問い質される社会心理病理が相次いでいるが、
「父親の育児は、こうすればいいという答えが十分見えなくて申し訳ない」
スクリーンの向こうでぼんやりと汐見先生は締めくくった。

がっかり・・・

最後のシンポジストは、爽風会佐々木病院の精神科医
斉藤環先生「若者の非社会化と家族」
NHKで1970年に放映された30年前の思春期の若者の映像を再公開
「・・・彼らはもう40代後半を迎える世代ですが、30年前から
何も変わっていないという思いを新たにしました。」

斉藤先生はニート・引き篭もり治療の第1人者
現代の若者が成人として成熟する年齢を35歳として、
臨床における成熟の2つの条件は、
1・情緒的コミュニケーション能力→不適応としての「ひきこもり」
2・欲求不満耐性→不適応形態としての「キレル若者」
を挙げている。

レジュメの内容を全てお伝えすることはできず、
とにかく学者や研究者、臨床家のみなさんのことばを
聴き取るのもこの頃はアタマがついていかない。
(やっぱり年相応に徐々に老化現象)

でも、明日休講になったABAのF先生がいつかのゼミの時間に
呟いたことがアタマを過ぎった。

「私、結婚したくないし、子どもも欲しくない。こんな時代だもの」
「日本人はちょっとくらい減ったっていいんだよ。」
「そうですよね。世界的に見れば寧ろ人口爆発が心配です。
地球の裏側には、食べ物さえない餓死している子どもたちもいます。
そんなに少子化ってやいやい言うなら移民を受け入れたらいいんだし。」


他にもチラシで新しい情報仕入れたから、ブログのお友だちに
コメントして、お風呂におふろにはいって、ねましょう。
明日もこわ~いノルマが待っています。。。












テーマ : 生きていく事とは - ジャンル : 日記

友だちの友だちは友だちだ2

昨日、一昨日と明日18日付けで提出する2つのレポートを仕上げた。
3連休最終日の海の日は、終日あいにくの雨だったが、兼ねてから約束していた、旧友のOちゃんとSちゃんに5ヶ月振りに会ってダべリングを楽しんだ。

待ち合わせはJR天王寺駅の改札口前。
3人とも時刻にON TIMEで現れた。

さっきまで視聴していたNHKスペシャルのサイエンス番組「恐竜VSほ乳類」を見終わって、入浴後、書いております。

ゆきんこは、現実離れした、壮大な番組を視聴することで、
ある種の現実逃避や、気分転換をする傾向がある。
1億5000年前に栄華を誇っていた爬虫類の覇者、巨大恐竜が
滅亡し、小さな夜行性の哺乳類の原始祖先が、卵ではなく、
胎内に胎盤を持ったことが、画期的な進化だった。
子宮のなかで、血液からへその緒を通して胎児に直接、
確実に栄養を与え、また出産後も哺乳することで、
子孫に効率よく栄養を与える体内のメカニズムは、
進化の過程でヒトにも受け継がれている。

しかし、昨今のヒトの女性はそうした自然に抗い始めているらしい。
(というのは、自分のこと!)

かなりオカタイ導入になってしまったけど、
長い付き合いのOちゃんとSちゃんとの話題は、
年経るごとに変遷してきた。

失業したり、転職したり、法律がいつの間にか変わって
それに翻弄されていたり、一番頭が痛いのは、
今は健在でも、否応なく自分をこの世に生み出してくれた親を
いつかは看取るという近未来と子どものいない自分の老後だ。

「子どもがいてもいなくても、自分の老後が安泰だという確証がないから、未来に希望がもてないんだよね。」

「この頃30~40代の自殺が増えているらしいよ。」

「がんばって自己投資したり、資格も色々取って時間とお金とエネルギーをかけても、それが将来につながらない虚しさっていうのかな・・・
3年前から少しずつ取得してきた単位制の特別支援教育士の資格も、
1回の受講料が5000円で、30科目だから合計で20万円。おまけに、
休みが小学校の先生みたいに取れなかったから、去年1科目取得しそびれたがために、再登録料が2万円だよ。その資格取ったからって、
今更、教育現場に身を置くこともできない。」

「は~~っっ・・・」
Oちゃんがため息をついた。

「とにかくやたらに資格が多くてお金がかかる割には、資格取得しただけで、現場では実用的でなく、寧ろ資格なくても実用的で、技能が高い人もあるわけで・・・」

「だからって、何の資格もない人が手前味噌にやることがまかり通るのも、こんな時代だし、資格というのは社会的な信用度とも関連があるには違いないけどね。」

Oちゃんのおすすめのスパゲッティー屋さんで、そんなあんまり楽しくない話題に終わり、Oちゃんとは別れを告げて、Sちゃんと私は傘をさして
天王寺公園のゲートをくぐった。

大阪市立美術館内、地下展覧会室で開催されていた2006年第25回現代水彩画展公募展を鑑賞した。

無数の無名のノンプロ水彩画家の作品は個性に溢れているが、
その中から各賞に輝いた秀作は、やっぱり素人目に見ても
傍で目を凝らしたり、はたまた遠くから見惚れたり。

「単に、上手下手というのでなく、絵でも人でも何となく
惹きつけられる感じってあるね。」

「う~ん、そうだね。不思議だけど、魅力のある対象とそうでない違い
って何だろう?」

「それに、今はありふれた作品でも時代が変われば、付加価値や希少価値があがることもあるよね。」

「ゴッホなんかも、死んでから作品が有名になったんだもんね。」

1時間ほど経って、公園内の園芸ショップにもふらりと立ち寄ったが、
なんとなく手持ち無沙汰になった。
雨がしとしと降っているので、郊外を散歩するにも足元が悪い。

「どうする?」
「ちょっと早いけど、お茶にしよう。」
「HOOPあたり行ってみようか?」

若者向けのショッピングモール街HOOPへ移動すると、
雨にもかかわらず、若者たちで賑わっていた。
沖縄調のこぶしの聞いた声を震わせる駆け出しらしき男性ヴォーカリストを取り囲んで。

「はじめ千歳みたいな感じ。」
「こういうサウンドが夏らしくて癒されるんだね。」

それから無印良品とロフトでしばしお買い物。
フロアを行き来するうち、歩き廻るのにも適度に疲れてきた。
おやつの時間はどこも空席のないHOOP内の喫茶店は諦めて、
あべの近鉄百貨店レストランフロアの「オリーブハウス」に腰を下ろした。

昔々から月に1回、梅田の喫茶店でダベリングを楽しんできた
仲良しグループの集まりもいつの間にか結婚や子育てで
メンバーが解散したものの、相変わらずの習慣で、
喫茶店に甘いものさえあれば、いくらでも話題には事欠かない。

でも、今回はいつものケーキセットではなく、この喫茶店特有の
4種類混合デザートセットと、抹茶白玉あんみつを注文して
半分こしたので、二人ともメニューの選択には大満足だった。

「ゆきちゃん、今の職場の人間関係本当にいいみたいだね。
業界が業界だけに心配してたけど、」

「うん。いい仲間関係じゃなかったら入社してなかったと思うしね。
逆に、非営利の福祉業界で人間関係でもみくちゃになっていた方が、
自分らしく仕事ができずに苦しかったんだもん。」

「ゆきちゃんがその天然キャラで、仲間に受け入れられているのが
何よりだよ。」

「今までそれでもたなかったから、今の仕事もできるところまでという
割りきりがあるのかも。信用にかかわる業界で、一番売ることが難しい商品だけに、一から上司に営業の機微や臨機応変さまで手取り足取り指導してもらえるのも、ラッキーだった。」

「いい上司でよかったね。今までの保育業界よりも幅はきっと広がると思うよ。」

「今日、明日のことで今はせいいっぱいでいつか終わりが来ると
思うけど、実のところ右往左往で、まだ本当に行き着く先が
恥ずかしい話だけど見つかっていないというだけのような気がしてる。
行きがかり上、そこにBさんがいて誘ってくれたからとしか、
今の状況を説明できないんだもの。」

「そうだよ。これからゆきちゃんが行くべきところはきっと見つかるんだと思うよ。今の会社でいい社会勉強していることも役に立つよ。」

「そうだね。今度はSちゃんちに行ってもいいかな?」

「いいよ。久しぶりにおいでよ。」

「Sちゃんも、無理しないでね。」

「うん。ゆきちゃんもね。」

H駅に着くと、雨は上がっていた。
さて、ちょっと公園までブラブラ歩きで、お散歩最中のワンちゃんを
リサーチ。

でも、また雨が降り出した。
公園から飼い主さんと犬が仲良く小走りで家に帰っていった。











テーマ : 楽しい休日 - ジャンル : 日記

国土地理院で調べもの

今週もドタバタの1週間でした。
明日から3連休ですが、ゆきんこは明日土曜日の午前中もお仕事です。

その代わりというわけでもないですが、
今日は有給休暇をとって、生まれて初めて足を踏み入れた公共の建物へ
出かけてきました。

火曜日の7時限目は「野外活動特論Ⅱ」という科目を履修していて、
5月下旬か6月のいつかの講義でふとこんな話題になりました。
明治時代の兵庫港の地図をながめていたとき、
「N先生、この道路沿いにある記号はなんですか?」
「ん~、、、何でしょうね?私もわかりませんね。
大阪の国土地理院で聞いて調べてみてはどうですか。」

え!それが宿題なの!?

今朝、国土地理院の場所確認のため、インターネットで調べてみたが、
本拠地の所在がつくば大学のご近所だったことはわかったけど、
大阪合同庁舎のどこなのかわからない・・・

ともかく来週18日火曜日の最終回フィールドワーク発表会に備えて
受講生仲間のFさんと午後13時30分、大阪駅で待ち合わせ
谷町線に乗り換えて天満橋で下車した。

「国土地理院はこの庁舎ではありません。谷町4丁目付近の第4庁舎10階です。」

「徒歩で行きますか?」
「歩こうよ。わたしと一緒だから12分くらいなら歩けるでしょ?
先週のフィールドワークよりずっとましだから・・・」

七夕の翌日の8日は終日神戸方面へ馳せ参じ、
それまで講義の中で地図や論文で学んできた
鈴蘭台~湊川流域~兵庫運河までの水害跡地のフィールドワークがあった。
参加者5名のなかで最も俊足なのは最高齢のN教授で、
最も遅かったのが夏バテ状態の若干22歳のFさんだった。

公務員族の皆々様がお勤めになっておられる摩天楼の目的地の一角に
目指す「国土地理院」があった。
入り口には茶色い制服のガードマンが護衛していて、普段着の
お姉ちゃん二人が入っていく雰囲気ではない。

軽く会釈して、ガラス戸の入り口に足を踏み入れ、受付嬢に学生証を見せた。
「H大学大学院のゆきんこと申します。国土地理院に調べものの用向きで
参りました。」
「どうぞ。」

エレベーターでFさんに話した。
「ねえ、N先生の宿題なかったら、こんなところには一生に一度も来ないよね。」

10階について再びカウンターで学生証を提示した。
「国土地理院は廊下の突き当たりにあります。」
まちがっちゃった!

そして、3時前、今度こそ国土地理院の窓口に入った。
たのも~う!(とは言ってないけど)
窓口の女性が奥に座る上司らしき男性に問い合わせてくれた。

「どうぞ、こちらにおかけください。」
男性が案内してくれたオフィスのなかの接客テーブルに着席した。
「この地図なんですが、道路沿いにあるこの記号がわからないんです。」
「はあ~、、、この地図はどこで手に入れたのですか?」
「大学院の講義で資料としてN先生から配布されました。
地理学者のN先生も知らない記号ですから、こちらに出向いて教えてもらうようにと。」
「ちょっとお待ちください。」
男性は書棚から専門の地図記号の解読書らしき文献を持ってきた。」
「いつの時代の地図でしょうか?」
「明治だと思います。」
「う~ん、、、これは難問ですね、、、」
男性は謎の記号を頁を捲って探した。
「国土地理院でもわからないことあるんですね。」
「なんでしょうね???道路が途切れているのも不思議ですね~
 宿題はいつまでに?」
「来週の火曜日です。3連休明けには発表なので、今日仕事を休んできました。」
「ゆきんこさん、すぐに見つからないようなら、N先生に事情を話して
後日にしましょうか?」
「あ、ありました。電線です。」
「電線ですか。」
「明治18年の地図でしょう。当時鉄道が開通したり、発電されたときの記号ですね。現在の電線の記号はこちらです。」
「記号って年代と共に変わるんですか?簡略化されたり?」
「そうですね。最近は複数の色を使用されていますから。」
「ありがとうございました。これで宿題の謎が解けました。」

天下の地理院のスタッフは至ってフツウのおじさんやOLさんたちが
扇風機の廻ったフツウのオフィスで仕事してたけど、
★営業所に比べたら、いや、保険会社に比べたら緊迫感とか追い立てられ感がなく居心地のよさそうな、外部から護られているような雰囲気がした。

「謎が解けて何だか嬉しいよね。誰に聞いてもわからないことが
わかったんだから、何だか得してみんなに吹聴したい気分だね。」

大阪のことは全くわからないというFさんを待ち合わせた
元のプラットホームまで見送って、★営業所には16時半に顔を出せた。

それから明日の訪問先の確認とか、来週の予定表を記入し、
同僚のUさんに便乗させてもらった。
「今日休みとってどうしてたの?」
「ああ、宿題でね、わからない地図記号を国土地理院へ行って教えてもらってきたんだ。中学生の宿題みたいでしょ?」
「ふ~ん、そういえば、老人ホームの地図記号ってできたんだって。」
「へえ、そうなんだ。知らなかった!」
「ところで、丘の上の王子様は元気?」
「体調崩して大変だったみたい。私もこんなに忙しくちゃとても会いにいけないよ。それに王子様というよりもおじさまかもね。大金持ちでもなさそうだし。」
「丘の上のおじさまか、アハハ。」
「そう、ウィリアムおおおじさまだもんね。」

ドライブ会話はこのへんにしておきましょう。
なんでもかんでも自己開示というのも、
このご時世では気をつけたほうがよさそうです。

WELL,ENJOY SUMMER HOLIDAYS!







テーマ : こんなことありました - ジャンル : 日記

大相撲やってます。

お友だちのコメントを梯子して書き込んでいたら、もう夕方の5時だった。

今週はまた特別に忙しかったな~~・・・
土俵上でエストニア出身の金髪のちょんまげ力士把留都(バルト)が
塩まいているってことは、まだまだ日本は平和だ。

しかし、6日木曜日北朝鮮のテポドン発射事件はそんなに大騒ぎでも、
雑談の話題にさえ上らないのは、日本人は平和ボケでいいんだろうかと
思いませんか?
「もう~、お陰で『特集少子化1.25』の録画でけへんかったやん」
とブツブツ言いながら、歯磨きしているゆきんこも暢気。

保険業界でも、縁あってスカウトされてしまったS生命はやっぱり
ノルマがきつい。
けれども、前の業界より「まだまし」と思っている。
自転車をこぐ膝頭が疼こうが、土曜日の晩ご飯時も、めげずに家庭訪問しようが、おきゃくさんの大半には理不尽な断りを受けようが、

七夕の日には織姫と彦星が年1回のデートを楽しんでいるのも忘れて
残業。
「あ~、お絞りたたみはお持ち帰り」

隣の台所で老母が怒鳴っている。
「どうして肉を全部解凍してしまったの!食べきる分だけにしなくちゃ後でどうするのよ!」

保険の仕事は基本的に自営業だから、多少上司のお世話になっても、
迷惑を掛けたり、掛けられたり、危害を加えられたりという、保育・教育現場の泥臭さよりは、まだまだましだと今のところ思っている。

教育系の大学は、質の良い教員の再養成・再教育を行うべく、
私の所属する大学院も夜間開講を行って5~6年経過したが、
実際には石川啄木みたいな世界
「働けど働けど、楽にならざり、じっと手を見る」

全ての国立大学は法人化されてから国家公務員としての処遇を剥奪されたので、教官たちも「自分で宣伝して自分で稼ぐ」自営業扱いになっている。業界もレベルも対象も違うけど、臨床心理学コースのF先生によると、とかく、言うこと為すこと「この研究成果(商品)をあなたは買いますか?」と常々、ゼミの時間に仰っている。


研究者でも、保険の優績者でも、表彰されるのは極一握り。
富はそこに一極集中する方式が、イデオロギー的には、
現代社会の「ネオ・ナショナリズム」
強くて優秀は人が賛美され、そうでない人はそれなりにという
自己責任だけがここ数年、強調され続けてきた。

大学教官もその対象となっているわけで、夜の講堂ではいかに
現政府の要人たちが「アン○ン○ン」なのかを嘆く声も聞こえてくる。
すなわち、緘黙だけでなく、なぜマイノリティが取り沙汰されないわが国なのかということを考えていただきたい。

100のエネルギーを注いで5の利益を出せる対象なのか?
1の投資で50の利益が見込めるおきゃくさまか?
どっちが損でどっちが得か?
どっちが徳がある行動なのかどうかは多くの政治家たちには「かんけ~ない」ので、専門家にとっても「馬耳東風」という厳しい現実がある。

従って、社会人大学院生は人文科学の約4割を占める心理学者たちにとって益の見込めないおきゃくさまに過ぎないのである。
そうでなければ、昨年の年収60万円だったゆきんこを2度の学費免除の審査から却下して、学費を搾り取るだろうか???
最初から免除するつもりなどないのに、制度としては形骸的に残しているのだから、仕事を辞めるか、学校を辞めるか、健康を害するかのどれかしか選択肢はない。

炎天下の6日の13時、ハローワーク前で当番の採用活動をしていると、
見覚えのある女性が、スマイルで手をかざして断りのポーズをとり、
隣接の「医師会館」の階段をかけあがって行った。
「あ、N医師のご令嬢だった。前も警察前で擦れ違ったんだよな。」

行きつけにしているご近所のNクリニックに受診するたび、
私の健康保険証はいつも肩書きを変えていた。
「今の保険証もいつまでもつか・・・」

光化学スモッグも発令されると、「何やってんだろう・・・」と
ただでさえ、ぼ~っとしている田舎キャラに磨きが掛かってくる気がする。

しかし、ゆきんこを魅惑する目下の対象は、今年の主役で論文のヒーロー!
癒し系ペットの君たちも決して自由ではない。
飼い主につながれていて、ワオ~ンと嘗てのご先祖だった狼のように
月に向かって吠えるなんてカッコいいことできない。

ウチのご近所には、散歩に連れて行ってもらえない秋田犬がいつも
しょんぼりとうつ伏せに檻の外を見つめている。
勇気をもってピンポンして、代わりに散歩してあげようかしらと
思わなくもないけど、ペットを可愛がらない飼い主に会うのが怖い・・・(根はいつもへタレ)

そうだ、F先生の宿題、思い出した。ゆきんこの持参のおやつを
F先生は殆ど食べ尽くして質問した。
「かりんとうってどんな漢字をかくんだい?」
「さあ、この袋には沖縄産黒糖使用とだけしか説明がありません。
コンペイトウなら調べたことがあります。ポルトガル語のコンフェイト
砂糖菓子というのが語源で、安土桃山時代イエズス会修道士から織田信長への献上品だったそうです。」
「ふ~ん。それじゃあ、来週はかりんとうについてインターネットで
調べておいで。」

なんでこれが宿題なんだ!?
でも、こういうのが実は大学院の宿題なんですよね。
「わからないことは何でも自分で探して調べよう!」
THATS 研究! LETS 研究
そういうわけで、晩ご飯食べたら明日の宿題に取り掛かります。



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なんとか済んだ中間報告会

朝ごはん食べて、出かけようと思いきや、ガレージから出した自転車のサドルに雨粒がポトリ。
研究の第一歩の出鼻が挫かれっぱなしの7月1日の午後1時半です。

今週も色んなことがあり過ぎて、なかなかダイジェストに綴れそうもありません。

まずは、たったの3ヶ月のお付き合いでしたが、直属上司だった年下ママのK所長が、6月末で退職されました。

詳細については、新米保険外交員の私を度々、彼女の軽自動車内で
山下キリンさん著「トビラノムコウ」に負けず劣らずの生々しい
「ピア・カー・カウンセリング」で展開されてきたのですが、
(どっちが本業なんだろう??)

遡ること、3週間前の月曜日の午後4時半。K出張所のメンバーが、★営業所のある建物の4階に集合した。
「改まって、一体何の話かな?」
「あ、わかっちゃった!」
「エヘへ~、わかっちゃった?」

自称アホキャラのK所長は、2006年新年に初めて会ったときとほぼ同様のゴージャスな笑顔を浮かべた。
「ゆきんこさんに初めて逢ったときのこと、悪いけど全然憶えてないんだ。」

ああ、この笑顔。

辛くて逃げ出したくて堪らない時、相手を安心させたり、誤魔化して無理して作ってたんだ・・・

「悲しくても、辛くても笑ってるときもあるからね。」
K所長は、昨日の正午バウムクーヘンの菓子折りを携えて、そういい残してまた笑顔でトビラノムコウへ去っていった。

でも、年上のお節介おばさんのゆきんことしては、
K所長がこの営業所で輝かしい成績と履歴を遺してきたことを不意にしても、最良の決断だったと思う。
というより、ドクターストップかかったんだから、仕方がない。

「K所長、私にはこんなに過酷な仕事をやり続けてきたK所長が、驚異的です。どうしてできるんですか?」
「それはね~、使い分けできるからだよ。」

いい加減、プロのカウンセラーでも教育者でもないただのオバちゃんなんだから、もっと平々凡々でいいんじゃないかと思ってるのに、
昔からゆきんこは「当たり障りのない」余生を送りたいというのが
理想なのに、実際の人生はいつもそれに相反してきた。

「ゆきんこさんは、キンダーカウンセラーがあってるんじゃないの?」
すなわち、上司は、私の身近なところでお目にかかった「乖離性」だったけど、最後まで相手への気遣いと笑顔を忘れず、取り乱したりはしなかった。

仕事でも、1軒1軒のお宅をピンポンして、この頃は応接間で
入らせてもらって、滔滔とおきゃくさんの人生話を聞かせてもらうことも少なからずあり、(生々しいので語録は敢えて書きませんが)
「何もないお家なんてないんじゃないか?」と思えてしまう。
尚且つ、自分はこんなに大変な身の上話に、耐久できるほど強くなく、どっちかといえば反対に、聴いて欲しいくらいなのに、

「アハハハ~!」
と瞬間的に茶化してしまう妙技をいつの間にか身につけたらしい?

私の子ども時代、どの家庭にも家族団らんがあって、子どもたちは
みんな路地で安心して日暮れまで遊んでいた。
日暮れにはお母さんの手作りの晩ご飯の匂いや
「ご飯できたから、帰っておいで」と公園に迎えにくる姿もあった。

それが、今はもう珍しい光景になってしまった。
お父さんとお母さんの仲はよくない。

大人たちは朝から晩まで働きづめで料理なんか作る時間も気力もない。
コンビニで買ってきたものを空きっ腹にかきこんで、

学校の友だちは疑心暗鬼で苛めたり苛められたり。
現実が苦しくて外に出られず、引き篭もったり、
その逆に、攻撃的過ぎたりと、「適度に」人付き合いすることの難しさを誰もが抱えているような気がする。

前置きが長すぎて、読むのが煩わしいのもゆきんこの
不人気ブログランキングで恐縮です。

先週の土日に完成させたレジュメを頭の中でシュミレーションして、
いよいよ本番の「中間報告発表会」が6月26日午後8時半頃
無事に修了しました。

1番手は、中堅幼稚園教諭のK先生。
2歳年下で幼稚園児のパパ(男性)であるK先生は、リリアン・カッツの
「プロジェクトアプローチ」を基にした5歳児クラスの畑プロジェクトの進捗状況の結果・考察の段階にまで入っていた。
3人のプレゼンターのうち、ダントツの進行状況で、
2番手に控えているゆきんことしてはタジタジ・・・

ここだけの愚痴だけど、ゼミのY先生は今まで師事した指導教官のなかでは最も暢気。だからギリギリまで野放図にされたまま
「まあまあ、」というのも、ちょっと程があるんじゃないかと思っている。もちろん、研究というのは、誰も教えてくれないことを自分でやっていくのだから、どのゼミに入ったって野放図なんである。
ここで、「緘黙なんだ」と弁解しても「しゃべれないあんたのくるところじゃない」と引導を渡される冷たい場所なんである。


「それではゆきんこさん。」
「はい。論文のテーマは、地域社会における飼育動物に対する子どものコミュニケーションとしました。

今、保育・教育現場にいない近所のおばさんという私ができる研究は何かということで、子どもにとって重要な環境である家庭と学校が、
21世紀の日本社会において決して安心できる居場所ではなくなってきたなかで、地域社会においても人間関係の希薄化が浮上してきました。

その一方で、人間にとって身近な飼育動物である犬やネコはペットとしてだけでなく、家族や人間に代わる役割を果たしています。
保育現場で飼育動物に関する研究もいくつか行われていますが、
家庭や地域で身近な犬やネコはあまり飼育の対象になっていません。
そこで、地域で飼育されている犬・ネコと子どもとのかかわりに注目し、自然観察を基に、その役割や意義を検討したいと思います。

対象は、地域の飼育動物と子どもたち
期間は、2006年7月から来年の3月まで
休日に公園へ出かけ、自然観察を行い、
実験的介入として、ご近所の犬の飼い主に依頼して同行したり、
動物園のふれあいコーナーなどへ出かけようと思います。」

と、ここまで書いて、午後3時前に雨があがった。
それじゃ、ちょっと行ってきます!




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