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2006/08/31 (Thu) 未来予想図
今日で8月も終わり。
カレンダーで水中から顔を出すあどけないバンドウイルカくんとも
今日でお別れだ。

この書き出しは、ちょうど1年前のブログとおんなじ。
★営業所の営業員はみんな善良で親切だ。そして献身的で人の何倍も
働くスーパーウーマン。
今も、入社当時のその第1印象はほぼ変わらない。

我々よちよち歩きの新米外交員を手取り足取り指導しながら、
彼女らが外出している間に、子どもたちの保育も、夏休みじゅう送り迎えも含めて助け合っている。
有給休暇だって望めば、いくらでもくれるし、何と言っても正職員で、
福利厚生も男性と互角の処遇に、一見申し分はない。

しかし、見えない醜態にオブラートがかかっているおいしいお話でもある。
なりふり構わず、「誰でもつれて来い」式の採用活動。
これでもか、これでもか、の際限ないノルマ。

「ゆきんこちゃん、O所長と言ってたんだよ、最近元気ないって。」
「あ、そうかな?私、去年まで仕事や人間関係がずっと辛くて泣いてばかりいたでしょう?それが、今年、★営業所に来てからみなさんに歓迎してもらって、心地よく働かせてもらってきたのが、本当に嬉しかった。でも、半年経てば、人間関係も、色んな物事も変わらずにあるってことはないんだなって。」

午前中、K支社で翌月の査定に向けて全員がノルマを達成し、昇格しよう!という気合入れの研修が、W部長から告げられた。
「黙っていたら、お客さんは振り向いてくれず、時は流れていく。
限られたほんの数分でいかに熱意を持ってわが社の商品のメリットを
印象付けるかが勝負です!では、模範会話をやってみましょう。
Nさん、ちょっと前へ出て御願いします。」

打ち合わせなしのアドリブで、Nさんはおきゃくさん役のW部長を唸らせる。

しかし、Nさんは珍しく遅刻した。
そのついでになのか、ロープレを終えると「ちょっとトイレ行かせてください。」と中座した。
「どうしたの?」
「気分が悪くてね。」

昨晩、仕事帰りに営業員同士のバーベキューパーティーに参加したせいかな?
それが理由か、根拠のないNさんへの胸騒ぎで、昨夜はぐっすり眠れず、
私も研修中、最前列でW部長の目を盗んで瞼を閉じてまどろんでいた。

「お待たせ、ゆきんこちゃん。行こか。」
「Nさん、大丈夫?昨夜はどうだった?」
「もう、愚痴愚痴パーティーよ。事情はよくわからないけど、直属の上司と部下がうまくいってないと、先行き心配よね。ゆきんこちゃんと私は、彼女たちと同じ所長じゃなくてよかったね。」
「うん、人間関係に問題があるとわかってたら、初めから入社しなかったよ。
大学院の専門と生保の仕事は似ているとS支所長も言ってたし、それを
真に受けて喜んで入社したのに…」
「実は、一昨日、S支所長に呼び出されたのよ。ヤル気ないんだったら
いつでも辞めていいのよ!って。さすがに堪えたわ。」
「ええ!知らなかった。私にはいつも褒めてくれるし、親切で優しいよ。そういえば、他の営業員も見えないところで叱られたり怒鳴られたりしているそうだね。私は一度も見たことがないんだけど。」
「そのせいかな、体調悪いのは。すっかりヤル気無くしたわ。」
「そんな話聴いたら、私も不安だよ。いつか私にもそんな日がくるのかなって。」
「前の営業もきつかったけど、このまま中途半端な給与で辞めるのも悔しいし、ボーナスも欲しいしなぁ。」

ABA的にこのシーンをどのように分析、考察すべきだろう。

S支所長の二枚舌は、この会社の社風を反映するものだ。
時には猫かわいがりをすると思いきや、「働け働け~!!」と
鞭打つ叱咤激励に蜂の一言。
これを会社のトップセミナーに出席しては、末端の営業員にダイレクトに雷がゴロゴロ落ちてくる。

だからって、そんなに売り上げなくちゃならないの?
心身の健康を害してまで?
保険っていざというときの保障なのに、喫煙コーナーでみんな
タバコ吹かして、肺が真っ黒になるまで、血液はドロドロにしてまで、
ストレス解消で、お菓子を無駄食いして、営業成績挙げるのが、
そんなに素晴らしいことなの?

「どうしてよりによって、ゆきんこが生保なの!?」
親友たちの忠告を聞かなかった私って本当に脳天気なアホだな~。

「ゆきんこちゃん、先月の専門試験の結果来てたよ。」
「ありがとうございます。」
すっかり内容も忘れてしまったが、結果は72点でギリギリの合格ラインを通過した模様。

「今度は一体どうするのよ?何か見つかったら辞めたらいいし、
今のところ何も言われてないんだから、勤められるだけ勤めたら?」

夕餉の会話で母が言った。
「自分でやろうかな?」
「だから何を?」
「何をするか、何したらいいのかわからないから悩んでるんじゃない。」

人間が生きていくにはお金が要る。
でも、お金が要るのは人間だけで、野生動物の世界には不要だ。
ABAの先生のことばがアタマを過ぎる。
「水と食べ物。これがあれば生命維持は可能だ。しかし、それを得るための間接的手段として、人間にはお金や仕事が必要なんだ。」

私の未来予想には、数年前、いやもっともっと昔から郷愁の自然の風景があった。
ハローワークの前に佇んでいたBさんとの出逢いがなかったら、
どうしていただろう?

職業訓練を斡旋するインターネットで、私は何を検索していたか?

そう、実は自給自足の農業経営だった。
まさかと思う方は、アーカイブ2006年1月5日を御覧下さい。










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2006/08/30 (Wed) 思い通りの人生って?
縁あって、というかハローワークで引っ掛かって保険のお仕事を始めて
早半年。もうそんなに経ったのかと思うほど目まぐるしく毎日が過ぎていく。
しかし、確かにこの★営業所に初めてやってきたのは、1月だった。

私の後にやってきた営業員も毎月入社してきて、半年の間にすっかり
中堅職員になってしまっている。

というのも、保険営業員の命は短い。毎日が生き残りゲーム。
仕事はしないわけにはいかないので、おきゃくさんがいやがるのを
わかっていて、「お話だけですから」と仕立てに出ると、
お客の立場で居丈高なお相手の態度にも、忍従しなければならないこと
多々あり。

ほんまに、ええ精神修養になってます。
やっぱり、ご先祖さまの家業と今の仕事はつながっているから
こんなに毛嫌いされても仕方がないんだろうか。
それとも、私の業(ごう)なんだろうか?

「何やのその特約!?そんなんつけへんかったら、給付せえへんって言うの?」

そのリアクションを★営業所に戻って愚痴る。
「今日もお客さんの反感かったよ~。なんでこんな目に遭うんだろう。」

なかには、翌週、再訪したら、
「この前はごめんね。入ったばっかりのあんたに関係ないけど、つい。」
というアフターフォローがあれば、まだましですが、
半分くらいは玄関ドアをシャットアウト。

それでいて、今朝の朝礼では、
「誰か9月の説明会だけでいいからつれて来れる人いない?」

勿論、生保レディが疎まれる理由もよくよくわかってきた。
成績のよいベテランの営業員は確かにオバタリアンも少なくない。
しかし、従来の生保の悪習の尻拭いを一手に新人にさせて、
「ゆきんこくん、ご苦労でした!」
と、言っている巷の風当たりを免れている上役の固定給をかき集めているだなんて。。。

ああ、明日は教育係のW部長の研修だ。この頃うんざり感が出てきた。

その生保の裏事情を知っていて、元看護士という輝かしいキャリアから
転じて、7月に入社した年上の女性が、私に恭しく話してくれた。
「ゆきんこさん、あなたがこの営業所で働いている姿を目の当たりにして、絶対しまいと思っていたこの仕事に就いたわ。」
「私もYさんにお電話したこと、責任感じますよ。
 でも、職業訓練校の面接でご一緒して以来、ずっとYさんのことは
気懸かりでした。この営業所で私が営業員になってから偶然再会したとき、こんな風に一緒に働けたらと思ったんです。
現実になるなんて、夢みたい!」
「声をかけてくれたHさんにも、ゆきんこさんにも感謝しています。
あなた方の人柄に惹かれて、入社を決めたのだから。
でも、続けられるかどうかは心配…。」
「それは、みんな同じ不安なんですよ。わたしも内心はいつまで続くだろうと思っています。辛いときは遠慮しないで、どんな愚痴でも聞きますから。
わたしも、たくさんBさんに聞いてもらってます。」
「ありがとう。私にも★病院の第一線で看護士として働いていたプライドがあるわ。でも、医療の世界って実は、視野が狭くて世間知らずなのよ。
保険の仕事は忌み嫌われるけど、社会を大きく見渡したり、不特定多数の方々に信頼されるためにこれほど骨身を惜しまずに、研修も積まければならない仕事もないでしょう。」

営業員同士の励まし愛が、なんとか、保険会社とお客さんの間で
潰れてしまいそうな自分を、奮い立たせている。

「ゆきんこちゃん、明日の同行一緒に行けなくなっちゃった。」
元お墓の営業レディだったNさんが隣の席で断った。
「いいよ。お客さん本位だから、予定通りになんていかないもの。
一緒に何食べに行こうか考えてたんだけど…」

果たして、プー太郎になるのはいつの日か。それでも、生保レディは
やさしい。

「見て、ゆきんこちゃん!綺麗な夕陽。」
「ホント!こうやって一瞬の自然の情景に、上手に息抜きするんですね。O所長、部下がどんどん入ってくるのは大変でしょう?」
「そうね~、なかなか育成が行き届かなくてごめんね。」
「いえ、私だったらとても無理ですから。夜は寝ておられますか?」
「大丈夫よ。ありがとう。」

一体、誰が好き好んでこんな人生歩きたいと思うだろう。
矛盾や葛藤をバネにして、人に言えない訳などなしに。

どうかどうか、愛されている専業主婦の皆さん。
夫婦の絆を大切にしてください。
×1の母の娘からの御願いです。

そして、どうか、つっけんどんな心無いシャットアウトは、
ご容赦ください。
(ま、そこまでEQの高いおきゃくさんには滅多にお会いできないのですけどね。)

う~ん、やっぱり、仕事の話はつまんないな。
コメントなし?


2006/08/29 (Tue) 黄昏のワンコたち
昨日が、会社の締切日で、今日から重要月9月戦がスタートした。

ゆきんこは今朝のプレゼン当番だったので、各営業員の昨日成果を検証し、3分間スピーチを述べた。
「朝夕が少し、涼しくなって夜中も寝苦しくなくなってきましたね。
新人社員のYさんと以前、雑談で話したのですが、
私は、就寝のときに、テレビでみた省エネ安眠対策をこの夏、実行していました。肉などの発砲スチロールのトレイに、保冷剤を平らにして冷凍庫で凍らせ、それをタオルで包んで枕と首の間に挟んで寝ていましたが、昨夜はそれがなくても眠れました。

日中の気温もこれから徐々に下がってこれから活動しやすくなると思いますので、また初心に戻ってがんばりましょう。」

などど、殊勝なことを言い、(これもお仕事ですから・・・)
「それでは、いつもより大きな声で、気合をいれて御願いします。

おはようございます!

いらっしゃいませ!

ありがとうございます!



「ゆきんこちゃん、今朝の挨拶よかったよ。」
「S支所長もよろこんでたよ。」
「そうかな・・・」

なんて自画自賛が本日のテーマではない。
営業所では、会社から「うそでしょ~!」という信じられない破格の
ノルマを自己申告させられる。
なので、「アハハ~!」と笑って本心を誤魔化して、気色悪いほど
明るいムードの「郷に入れば郷に従っている」

まだ青々とした田んぼにも、稲穂が実ってきた。

ちょっとした発見は、昼下がりに★保育所の裏にある田んぼの沿道を★営業所へ向かって、自転車を走らせていた途中だった。

電信柱から、スズメの小集団が、田んぼに舞い降り、
にんげんさまよりお先に、取れたての新米をついばんでいたこと。
「フフフずるいなあ、もう!」
口ずさむアカペラのBGMは「♪夏の終わりのハーモニー」

昔ながらの案山子はないけど、スズメよけはなんと
鍋焼きうどんのアルミ容器だ。(デジカメなくてごめん)

さて、仕事の諸々は省略します。

午後6時過ぎ、退勤して真っ直ぐは帰宅せず、
M公園へ寄り道です。

7月から主には毎日曜日の黄昏時に、自宅から自転車で5分以内の複数の公園にでかけ、観察記録をつけ始めました。

犬を散歩させているシニア世代の方々には毎日お会いするのですが、
偶発的な、犬と子どものふれあいっていうと極小です。

それでも、7月から開始して、8週目に入りました。
思ったよりも観察は順調かも?と自己満足している。
初めは、飼い主に観察しているところがバレて
怪しげ(帽子にピンクのサングラスが余計に)で、
スーッと知らん顔して、通り過ぎていました。

好奇心が強いタイプの犬だったら、近寄ってくるので、こうなったら
飼い主さんと会話です。
「かわいいですね~。ワンちゃんと目があっちゃいました。
私、犬好きな匂いでもするんでしょうか?」
「犬を飼っているんですか?」
研究している・・・とは言えないので、
「飼いたいんですが、仕事で帰宅が遅くなるので、散歩する時間がないんです。」
「犬も好きなヒトには近づくけど、怖がっている人はイヌの方も
怖いんですよ。」
「へえ~、そうなんですか。」

という感じで、毎日同じ道、同じ公園でも、ちょっとした変化を
発見するのが、ちょっとした気分転換と研究モドキになってます。

こっちのノルマは今のところお気楽に週2日、小1時間のペースで、
観察データを集めています。







2006/08/27 (Sun) オリオリ先生に折り入って御願いしてみた。
日曜日の午後。NHKの「のど自慢」もほのぼのと中継中。
お寝坊しながら、いつもの日曜日の番組をダラダラと視聴して、
今日は、8月最終土日の定番長寿番組「愛は地球を救う」もチラチラ
見ている。

ABAのお陰か何なのか、ゆきんこのそもそものおっかなびっくり
びくびく性格は徐々に改善されてきた。
しかし、自分にとって嫌子と思われるものは、常に地球上を取り巻いている。
それは、人間が地球上に出現する以前から自然の進化によって創出されてきたものではなく、大方自分と同じ種によって人為的に、機械的に
操作され、制御されてきたものだった。

自分の身の丈に合わないことがわかっていて、身の程知らずなことに
受験したら、なんとか合格してしまった社会人大学院。
生徒たちは、各種学校現場で壇上に立つバリバリ現役教職員。

しかし、自分のアルバイト保育士、保険外交員という職業をコロコロと
変化させながら、自分は何者かというアイデンティティが揺らいでくる。

フラフラと時代の急速な変化の波に揉まれて、
自分の伴侶を見つける時間も、子どもを産んで育てる親業も、
自分自身が儘ならない。いや、ノイローゼにならないように、
現状維持していることで必死という精神状態だ。

昨夜、近所のWさんのお誘いでカラオケから戻った母が、
夕食後、会話してきた。
「あんたに少しでも元の仕事に戻りたいっていう気持ちがあるから、
ブツブツ言いながら、T先生のセミナーに顔出してるんでしょ?」
「私だっていっそのこと、全て放り出して保険の仕事に専心したいと思うよ。日本の教育界のどうしようもなさをわかってて、何もかも中途半端にするのも悔しいじゃない。今まで一体、いくら投資したと思ってるのよ。
去年の年収60万円だったのに、2回申請して学費免除の許可降りなかったから、結局、会社員になったんだからね。」
「それじゃ、いつまでもT先生に仏頂面をしていたら、折角会場でお会いしたって先生だって声をかけにくいでしょう。」
「私、D大学で、先生に言われたことが今でも許せないんだもの。
『よくあんな施設から来たね。』『中学生のディベートだ』と言ったのよ。

もうこの先生は信用できないと思った。私の適正をよく弁えもしないで、厨房に入ったり雑務をさせる保育所を紹介して失敗したのに、
どの面提げて、仕事を紹介してくださいなんて言えないじゃない。
仮に紹介してもらったとしても、またバーンアウトすれば、保護者の信頼を失って、今度こそ立ち直れなくなるかもしれない。
とにかく私、T先生が日本じゅうに名を轟かせている有名人だったとしても、先生の傘下に入らないし、在学中だって優秀でない学生を冷遇するような人物が、果たして特別支援の権威だってことに疑問を拭いきれないの。」
「それでも、あんたは本当に困っている子どもたちのためにと思うから
そのセミナーだって顔出してるし、夜の大学院にも行ってるんじゃないの?そこに顔出している限り、先生だってあなたをちゃんと見ていて
くださってるんでしょう?」
「私の将来を誰も約束なんかしないわよ。だから右往左往して頼りなく生きてきたんだから。」
「私だって心配だもの。あんたがいつまでも不安定な状態のままで、
必死にがんばってきたことが、全部無駄になってしまうのは。
先生から授かった教えを今の会社でどうやって使えるっていうの?
先生だってそんなつもりで教えてこられたわけじゃないでしょう。」

「教育界で、教えてもらったことは何一つ使えなかった。
セミナー開いているのだって、大半は金蔓に決まってるじゃない。
全員の身分の保証なんてするわけない。いつだって一部のラッキーな
人間だけが得するようにしかシステムはできていないもの。
教育委員会と教育大学、各自治体は何の連携もしていない。
連携が可能な極僅かの地域だけが、辛うじて理論と実践が結びついた
研究が許されているけど、私の地域にはどの大学教官の介入もないんだもん。」

自分の夢は相変わらず、停滞していた。
この頃は、I先生のHPやブログを見ても虚しい…
I先生の研究室に入りたかったのに、HPでもクリックすると、
認証IDがないと入れない。
こういうこと、ひとつとってもはみ出し者感が強くなる。
(ABA的には確立操作による行動の弱化および消去)

I先生のお眼鏡に適った人格にも知的にも、耐久力に優れたスーパーな学生だけが、研究室に入ることを許され、特別の指導を受けることが許されるのだ。

それは、8年前に体験したインリアル研究会でも同じだった。
優しいのか冷たいのかわからない一部のインテリチックな女性教諭たちが、勢揃いしたときの雰囲気に圧倒されて、近寄ることさえできなかった。

ゆきんこにブログが最適なのは、
人間、特に人間を観察しようとする人間に対する嫌悪感が
増すだけでなく、その特定のグループが醸しだすムードに嗚咽してしまいそうな時があるからだ。

「D大学に入学したときは、あんなにT先生が大好きだって、追っかけてたのに、おかしな子ね。」
「今はもう大嫌いなの!間近で見て確認したら違ったのよ!」

今時の離婚が急増しているのにも、近い心境かもしれない。
コミュニケーションが希薄だとか、家族の絆ということが、
マスコミや周囲で声高にされ過ぎるのも、子育て支援と同じで、
どうなんだろう?

ご多忙な現役高校教諭のオリオリ先生から有難いことに
コメントを頂戴した。
4月8日のブログにも「お仕事変わったんですね。」とコメントくださっていたのに。
忙しすぎてブログの一人一人の人生の変化にいちいち付き合っている暇はない。

私も人気ブログのオリオリ先生とはリンクしていないので、
(そんな厚かましいことはしませんが)
久しぶりに拝見して緘黙症についてのコメントを差し上げた。

すると、「不勉強でした」のタイトルで、
教育委員会に掛け合ってみるとのお返事がありました。
しかし、オリオリ先生のブログでも、児童・生徒を心から愛している熱血先生の存在は希少価値らしいです。

現役教職員の平均年齢はどれくらいかな?
8年前に私が在籍していた教職員の内地留学生の専攻科においても、
平均年齢は、40代半ばくらいだったと思います。
そこからさらに、新卒の教職員採用が若干増えているにしても、
あまり変わっていないか、上がっていることは予測できます。

教職員の集まるどのセミナーへ出かけても、働き盛りという先生方は少ない。
これから育っていく駆け出しの先生の育成もしなくちゃならない。
「教育改革」とヤイヤイ言われたって、雑務に追われて何だかお気の毒です。

オリオリ先生のブログにも、緘黙の皆様方のコメントをお寄せくだされば、現役のやり手の先生ですから、何かの突破口が見つかるかも…
そう思って余計なお世話ですが、昨夜コメントしてみました。

それにしても、
自然は人間みたいに動き回ったりやかましくなくていいなと思う。

自然は黙ってそこにある。
プレッシャーをかけたり、我侭や文句や愚痴を言ったり、叩いたり蹴ったりしない。

自然は、何もしない。
自然を傷つけても、困らせても何も言わない。

母はこれからある府会議員さんと交渉会に出かけるらしい。
「何かいうことはある?」
「え?そうだな…日本のシステムはどうして融通を利かせられないのか?」
「そりゃ、難しい問題ね。どこに生れ落ちるのかである程度、箱で区切られたシステムからはみ出して生きることなんて、政治家に相談しても
無駄よ。」

ああ、午後はのんびり過ごそう。

2006/08/24 (Thu) 夢のお告げ
今朝、目覚める寸前まで見ていた夢について書きます。

初めに朧に出てきたのは、8年前の言語病理学の権威で嘗ての師匠T先生
先生の御前に、母が私の腕を掴んで連れてきた。
「何かいいたいことがあるのなら、ちゃんと言いなさいよ。」

私はどうしようもないダンマリを決めて、8年前のT先生の前で晒した
醜態を変えようともしなかった。

なんとかかんとか一言、そのひとことを素直に言えば、
その瞬間に、T先生の傘の下に入れるのに、
元の世界に戻れるのに・・・

場面は変わって現れたのは、★営業所のホープNさんだ。
「ゆきんこちゃん、そんなのいいから心斎橋においしいもの食べに行こ行こ!」

私はすんなりNさんのペースに乗せられていた。


大人の世界で自分がイニシチアチヴを取ることは好きじゃない。
そして、誰かが何かをリクエストしたり、必要とされることが
結構好きな私は、そちらに単純に靡く性質があった。

今日は営業所の掃除当番が当たっていて、
私の勧誘で入社したばかりのOさんと同行して戻ってきたのが午後5時。
それから端末処理をして、
「さてと、お掃除しようっと。」
「あ~!Hが掃除する!」
「あ、そう?助かるなあ。さすが2年生だと塵取り使うの上手だね。」
するとHちゃんの弟のTくんと、Yちゃんも総出で俄然、ヤル気満々になって、3人の子どもたちが床に散らばったシュレッダーの紙くずを
拾い集め始めた。
「すごいな~。あっという間に綺麗になっちゃった。」
(本当は若干、屑は残っていた)

「それじゃあ、ゆきんこは、トイレ掃除しようかな?」
「私トイレ掃除もする!!」
「もう6時半だよ。ママも一緒に帰るの待ってるから、お家に帰って
手伝ったら?」
「お家はパパがやってるの。」
「へえ、パパがトイレ掃除のお当番。すごいね、パパ。
でも、今日のお当番、ゆきんこだから。」
「Tもする!やりたい!!」

そんなにやりたいのかよ?トイレ掃除!
いつもはゲームばかりしてるのに??

いつの間にか小さい個室トイレに3人のお子様とゆきんこが大集合。
「え~、、、では、トイレのお掃除はまずタワシで擦ります。」
「あ~、Hがやる!」
「ずるい~!Yも!!」
「Hちゃん、交代してあげてね。」
年長のHちゃん、次いで雑巾で拭き掃除もやりたがり、年下の2人に
なかなか順番を譲らない。
「もう、ずるい~!」
「Hちゃん、Yちゃん待ってるよ。でも待ってる子ってセンセイ
ホントは偉いな~って思っちゃう!」
「Y待ってる。」
「えらいな、Yちゃん待てるんだもんね。」
「はい、代わってあげる。」
まだ幼稚園のYちゃんとTくんには、確かに雑巾がけの
トイレ掃除は未経験の新鮮さがあったらしい。
「それじゃ、床もふいてくれる?」
「ユカってどこ??」

しかし、雑巾絞りもできない彼らの雑巾がけは
ありがためいわくな、出来栄えに終わった。
「ありがとう、ピカピカ(びちょびちょ)になったわ~!
ご苦労様。今度はおうちのお手伝いもしてや。」
「はあ~い。」

3人はようやくご満悦になり、帰路に着いた。
「ゆきんこさん、すいません。反ってトイレ掃除の邪魔をしてしまいました。」
「いいよいいよ。今はきちんとできなくても、好きになってくれたら
そのうち家でもちゃんとお手伝いできるようになるでしょう?」

ちょっとしたことばかけのおまじないに子どもたちがヤル気満々
勇気マンマンになってくれることが、
★営業所の業務よりも、嬉しくて面白いのは、会社員になっても健在だった。




2006/08/23 (Wed) ゆきんこの引き出しの誕生日
ああ~、今日も暑かった。
残暑も厳しい自転車営業は、いくら日焼け止めのメイクしても、
汗かいてファンデーションが取れたら、
カンカンに紫外線浴びて、すっかりドカタ焼けです。

夜の学校が2ヶ月間、夏期休暇中なので、今日は8時まで残業しました。
残業しても残業手当はありません。
出来高払いの自営扱いで、売り上げに応じて給与受取額は毎月違います。

「それでも、本当に自営業ならもっともっと大変だよね・・・」
そう言って、お給料袋を覗き込み、喜怒哀楽の表情様々。

昨日誕生日だった隣の席のNさんと金額を比べた。
「どうして金額が違うの?Nさんあんなに売り上げあったのに。」
「う~ん、私は経験者だから処遇が新人扱いじゃないんだ。」
「会社の査定のことはよくわからないけど、、、
Nさん、貴女のために私、隣にいるよ。いるだけでいいの?」
「ありがとう~!ゆきんこちゃん、好きよ!私には奥さんがいるのよ!」

あの、、、Nさん、旦那さんと誕生日お祝いしたんでしょ?


本日のちょっとした出来事。
もたもたと活動準備を終えて、一番最後に★営業所を出た。
自転車の隣に日焼けした小学生の男の子。
もちろん初対面だ。
「もうすぐ、パパがくるよ。」
突然、少年は私に話しかけ、その抑揚と人懐っこさに違和感を覚えた。

彼は最寄駅のホームの高架下の階段を指差した。
「あの人?」
「ううん、まだ・・・・あ、来た。」
「あの人がパパだ。」
「うん、そう。僕ね、ドイツにいたんだ。」
「ドイツにいたの?いいなあ~。日本は暑いでしょう?」
「うん、暑いね。」
「ドイツはどうだった?」
「北海道みたい。」
「そう、北海道みたいなんだ。へえ~。
ねえ、日本とドイツどっちがいい?」
「ん~~?」
「ちょっとドイツ語で何かしゃべってみてよ。」
「○△■★~~~。」
「うわ、ペラペラだ上手だね~!!」

ドイツ語がネイティブ並みに話せる少年と出会えるなんて、
異文化交流好きのゆきんことしては、大満足。

「それじゃ、さようなら。」
「さようなら。」
少年と後から合流したお父さんと二人のきょうだいは
手を振ってさわやかに歩き出した。

さようならって挨拶。なんだか日本語なのに新鮮!

自転車に乗って考えているうち、
毎朝、お弁当を作りながら聞き流していたラジオドイツ語講座の
その、お決まり文句を思い出したその瞬間、
信号待ちをしていた家族に再び、追いついた。

「え~と、ドイツ語でさようならは、アウフヴィーダージーエン!」
「そうです。アウフヴィーダージーエン!」
日本語に直訳すると、「また会いましょう!」


通りすがりのI町や、寺院が地域のなかにある地区では、
提灯が飾られて「子どものための地蔵盆」という催しも
本日開催されていた模様。

しかし、営業シングル族には、いささか参加しにくい行事だ。
寂しいな~。

さて、それとは関係ないけれど、
今日はゆきんこのブログ日記の1周年記念。

ご興味のある方は、2005年8月のアーカイブを御覧下さい。
去年の今頃、ブログを書いていることも、
前職の保育士を辞めて、保険の外交員になったことも、
自分の予想外の人生でした。

ゆきんこの由来については、2回書かせてもらいました。

タイトルに使った「引き出し」の由来についてですが、
昨年の同日、集中講義の最中にブログを開設しようと決心し、
「引き出し」を思いつきました。

なぜなら、日本語で「教育」と訳されている英語の
EDUCATIONの語源は、「引き出す」という意味に端を発していることを
集中講義のなかで学んだからです。

子どもが持っている未知数の可能性に満ちた引き出し。
好奇心満々の子ども心で、引き出したい。
「うわ、びっくり!君はドイツと日本の架け橋になれる引き出しをもってるんだ!」

この引き出しを引いてくださる誰かのために、
お役に立っていればいいのですけれどね・・・

では、アウフヴィーダージーエン!



2006/08/21 (Mon) 胸騒ぎの百日紅(さるすべり)
向日葵のテンプレートもそろそろ季節外れの、8月下旬。

NHK朝の連ドラ「純情きらり」を見終わって、★営業所へ向かって
いつものバイコロジー出勤で今週も始まりました。

自宅付近の軒先には、もう向日葵ではなく、新しい夏の終わりを告げる
花が咲いていた。
「あれ、何の花だったっけ?サルスベリ!」

起伏の多いM町から★町の坂道そして、I町の下り坂を抜けて田んぼの畦道をベルを鳴らして通り抜け、K線の沿道へもうすぐ抜けるというところで、「あら!」という光景を目にしました。

あるお母さんが小さな小学校の男の子のリュックを後ろから鷲掴みにして
「ちょっと待ちなさい!」と追いかけていた。

見覚えのあるメガネの女性。

通りすがりに振り返り、既知の女性だと再確認した。

そして、10メートルも離れた道路脇のコンクリート溝に
大きなリュックを背負った小学校中学年の男の子
私は通りすがりに声をかけた。

「Fちゃん、お母さんのところへ行くんだよ。」
Fくんの耳に私の声は届いただろうか?

その光景は、一瞬で脳裏に焼き付いた。

ごめんね。
ごめんね。

私、通り過ぎてしまった。

だって引き換えしたら、何とことばを交わしていいか
わからなかったの。

午後、ハローワークへNさんの車に便乗して話した。
「ゆきんこちゃん、今朝の研修では随分、W部長に突っかかってたね。
どうしたの?」
「何度も言ってしつこいようだけど、私はBさんがいたし、仲間関係のいい★営業所に入ったのであって、他の営業所や、会社がそうでないことには、この限りではないのよ。今はS所長も大目に見てくれてるけど、
いつまでもチヤホヤしてくれるわけではないと思うし、
どうしても、今まで続けてきたことを放り出していいのかという
思いは交錯してる。
Bさんだって、ゆきんこが望むならいつかそっちに行く日がくると思うと
言ってくれたんだもの。」

「でも・・・S所長もゆきんこさんに随分便宜を払ってくださってるのだし、誠実なゆきちゃんならそのうち営業力もついてくるよ。」
「私は売るものなんて保険じゃなくても何でもよかったのかも知れない。
今朝、以前の家庭教師のご家族と擦れ違ったの。でも、通り過ぎちゃって、、、試験の時、話したでしょう。生霊が私を金縛りにしたって。
入社してから、ずっと連絡してないんだ。。。」

7月末の試験勉強で、教育係のT課長が生き抜きに心理テストをしてくれた。
結果を聞いて大爆笑したことを思い出した。

「やりたいことがいっぱいあって、根が深い」




「今、★営業所にはあなたが必要なのよ。」

2006/08/20 (Sun) 学校飼育動物市民講座 続編
明けて20日のお昼前です。

母が私の幼少時からの旧知のIさんと遠距離電話中。

「今は保険会社に行ってるんだけどね。3ヶ月売り上げがなかったら
クビになるそうだから、時間の問題なのよ。もういい年だから後がないのよね~。今までの保育現場では、学歴高すぎて管理職の扱いが悪いし、雑用や掃除させてもヘマするから。なかなか適材適所にいけないのよね~・・・」

週末の土曜日の夜は「宮廷女官チャングムの誓い」でアタマがスカッとする。
チャングムの幼なじみのヨンセンが、王の寵愛を受け、懐妊したことで
大出世して、チャングムの宿敵クミョンがヨンセンに最敬礼をするシーンで、後宮入りしたヨンセンがにんまりと笑うところがなかなか受けたな~。

しかし、敵もしぶとい。陰謀に陰謀を塗りたくって王宮に君臨してきた
チェ一族は、医女ヨリを参謀させて、ヨンセンのお世話を甲斐甲斐しく
する素振りを見せながら、ヨンセンの母体に負担をかけるように
故意処方を目論んでいる。

2003年放映されて大反響だった「白い巨塔」もそうだけど、
陰謀や人の足の引っ張り合いみたいなドロドロした人間関係模様を
一体、ヒトは何世紀繰り返してきただろう。

その足元の現実直視を避けて、大学院でごもっともな理論を一応、宿題だから読んではみるものの、やっぱりペシミストになってしまう・・・

そもそもゆきんこは6歳で両親の離婚だけでなく、遡ること何代もの問題を引き摺ってグレーな人生を歩いてきた。コミュニティなんてものは
とうに崩壊していたから、先生はもちろん、小さい女の子が
緘黙だったのかどうかさえ、気に留める人もいなかった。
そんなわけで、私は誰よりも猜疑心が強く、厭世的だった。

書きたくない、穿り出したくない過去などいくらでもある。
ほんのちょっとした一言や瞬間でそれが噴出すると性質が悪いから
大人しく相手の迷惑を念頭に置いて、じっとしてきたのだ。
それを「行動的ではない」「愚鈍だ」「ネクラだ」と単純に言い放つ自分が恩恵を受けていることの有難さにも気付かない人々に何と言われようと最早、耳を傾けようだなんて思わない。

世論調査でも、内心不安や疑心を抱いている人々は少なくない。

で、愚痴ってしまうと際限ないので、昨日の続きです。
そんなに難しくないと思いますが、ダイジェストで、子どもたちが
動物飼育活動でどんなエピソードをつくりだしたのか、いくつかの
事例研究の一部をご紹介しましょう。

「食べていいよ ボブル。たまごばかりあたためていなくて、えさも
食べなよ。おなかすいてない?
そっか!一生けんめいでえさを食べる時間ないのか。
よしっ。わたしがえさを近づけるね。
たくさん食べてひなをたくさん生んでね。」


ここには、動物の立場になって考え、自分でできることを行動に移そうとする子どもの姿がある。動物が生命を守り育んでいる姿を見つめ、
動物と一体となって見守っている子どもの姿がある。

続いて幼稚園教諭 K先生の観察記録
「チャボのなかではボス的存在のミルちゃん。特にシロちゃんに対しては餌を横取りしたり、顔をつついたりして攻撃的である。子どもたちは
一緒に遊ぶなかでそれぞれのチャボの性格までもがわかるようになってきた。「ミルちゃんっていじわるやな」「いつもシロちゃんとけんかするしな」と話し合っている。しかしミルちゃんのことを嫌いになるのではなく「シロちゃんとミルちゃんは近くにしないで抱っこしよう」などとそれぞれを大事にしている。


そして、小学校教諭T先生の事例

ウサギのキララが瀕死の状態になっているのに気付きました。
担当教師は「このまま何もしないで死なせてしまったら、子どもたちに
納得できる説明ができない。」という共通意識をもって
教頭の了解を得て、すぐに地域の動物病院へ連れて行きました。
獣医師さんに預かってもらい、翌日の土曜日に、面会に行くと獣医師さんは「結論から言うと、1時間ほど前に死にました。残念ながら、お腹に
腫瘍がたくさんできていてとても助かる状態ではなかったので、必要以上の処置はしませんでした。

子どもたちは黙って真剣に聞き、キララの死を受け止めていました。
その後の短い時間でお別れの会を計画し、翌日子どもたちは一人一人
冷たい手でキララを撫でてお別れし、人参とともに埋葬しました。
教頭先生が命の尊さについてのお話をしてくれました。
飼育委員会の児童はこの出来事を朝礼で全校に伝えたり、自分たちのキララに対する思いをパネルにまとめ、掲示しました。


トリは全国学校飼育動物研究会 事務局長 中川美穂子先生
「動物飼育作品に見る実感と他とのかかわり」

東京で「雪のすけ」と名づけられた小学校のウサギを持ち出し、
サッカーボール代わりにして(飼育係の友だちが泣いて止めるのも構わず)逃げようとする雪のすけを何度も蹴って、殺した後で川に投げ込んだ高校生があった。

全く憤慨だ!!なんという極悪非道な行動なんだ!

「命」をみること 4年
目が見えないとすごくこわがりになることがわかりました。
わかるのは音とにおいだけだから、動物がこわがる音や声は出さないようにしてあげたいと思いました。今でもシルフィーやラバがびくびくしていたのを思い出します。人間は怖いときには誰かのそばにくっついたりするけれど、動物もそういうことをすることがあります。したくても
そこに家族がいないことの方が多くて、ウサギなどはかわいそうだと
思いました。


まだまだ紹介したい作文はありますが、この辺にして、

3時20分からパネル展示の発表もありましたが、アンケートに記入していたら、参加しそびれてしまい、うっかりしていました。

最後に総合討論

動物飼育教育を学校で展開するには、専門家である獣医師をどれだけ
要請し、連携していけるか、それをコーディネートする学校長や
教頭の裁量にかかっているが、地域の格差は大きく、
「めんどうくさい」「経費と手間がかかる」などの理由で、
動物が餓死したり、病気でも獣医師に見せることができない劣悪な飼育環境などの問題もある。

「見事に管理職はこうした場に出てこない」
(まるで障碍児さんたちの世界と同じやン)

キーワードは形骸化

そういえば、8月6日グランキューブ大阪で開催された
公開シンポジウムで、I先生が司会の討論会がありましたが、
さまざまなシステム論や問題解決論が机上で展開されているにも
かかわらず、現場は二進も三進もいかない泥沼化と、形骸化。

けれども、関係者たちは終了後、まずまずの成果だったのか、
満足げな空気が漂っていました。

ロビーで休憩時間に買おうか買うまいか躊躇していた限定販売の専門書があり、最後の一冊が机の上に残っていた。
「学校・園での動物飼育の成果」2006年6月20日 第1版第1刷発行
編著 全国学校飼育動物研究会

「すいません。今日だけ10%OFFなんですよね。」
「ええ、そうです。」
「領収書御願いします。」
「はい。お名前は?」

領収書を手渡し、販売員は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。完売しました。全部売れると思ってなかったです。」
「こちらこそ、ありがとうございます。このお値段で多分、大手の書店でも後から欲しいと思っても買えないだろうと思って。最後の1冊が買えてよかったです。」

5時15分近鉄京都駅から携帯で電話した。
「もしもし、S支所長ですか?今、京都駅です。」
「お疲れさん。それじゃ、6時30分にH駅で待ち合わせようか?」
「はい。よろしく御願いします。」

母が声をかけた。
「もう蝉の声が、聞こえなくなったね。」
「え?聞こえるよ。隣の子の声。」
「蝉の声は期間限定だけど、あの子はずっと泣いてるね。
あれでは脳ミソによくないわ。」
「わたしはどうだった?」
「あんたは『アイアイアイ』と言ってたね。全然泣かない子だった。
でも、あんたのお父さんに押入れに入れられたときは泣いてたでしょうね。」
「どうしてその時、家にいなかったの?」
「私も外へ放り出されて鍵をかけられたのよ。」
「ふ~ん。それって多分、自分が子どもの頃にそうされてたんじゃない?」



2006/08/19 (Sat) 感性を揺さぶる飼育体験
昨日から引き続き、休日の本日も講演会へお出かけです。

昨日参加した特別支援教育士養成セミナーも3日間連続で、全国津々浦々から基本的には教育熱心な先生方が、あと何年でリタイアするのを承知の上で、若くない身体に鞭打って、スーツケースを提げて、泊りがけで、しかも身銭を切って受講されているのですから、アタマが下がります。

しかし、ゆきんこの目的地は、本日、大阪ではなく京都でした。
大好きなお寝坊のあとに、午後11時に出発して到着したのが、
アバンティの9階にある京都市アバンティホールでした。

エレベーターに乗り込むと、昨日とはちょっと違った雰囲気の関係者らしき方々が、何やら会話中。
「もしかして、VETのみなさん??」
こんなとき、別段、ゆきんこはまるでスパイみたいに耳を欹てているわけでもないし、短期記憶力に限界があるから、印象しか残らない。
「社員教育では、エレベーターで私語は禁物と言われているんだけどな。」

9階で一斉に降りると、すぐ講演会場のロビーに受付が設置されていた。
「ゆきんこと申します。」
「ゆきんこ先生、学校関係ですね?」
「・・・はい・・・」

本当は会社員だけど、めんどうだから同意した。
とりあえず、1年前はそう呼ばれていたけれど、今は何となく先生と
呼ばれることに抵抗感があった。
どうして後ろめたいんだろう…

自分の知っている人にお目にかかることは、初参加で縁もユカリもない
場合は、堂々とホールの前列に座ることもある。

参加者はホールに疎らに着席していたので、集団苦手な私には
なかなかいいシチュエーションのマイナーな講演会だ。

午後12時30分
学校教育動物市民公開講座が始まった。
テーマは「感性を揺さぶる飼育体験~動物の力を教育に」

主催は日本小動物獣医師会、共催が、全国飼育動物研究会だ。
挨拶のあとに、
初めは2人の基調講演があった。
「愛づる」動物飼育を進めよう 国立教育行政研究所の鳩貝太郎氏と
「生活科における動物飼育」 文部科学省初等中等教育局 教科調査官の田村 学先生だ。

両先生とも、鳩貝先生は生物が専門の元高校教諭
田村先生が、自らの学童期から動物飼育の経験が豊富な小学校教諭で、
教育現場経験が豊富なプレゼンターなので、口先だけの大学教官よりも
納得して聴講することができた。

夜の大学院の指導教官には、実際、机上のイマジネーションだけの先生も少なくない。
「幼稚園の教諭は諦めました。水着になって泳ぐのがどうしてもダメだったんです。」

レジュメの全てを書いて報告できないので、ダイジェストですが、

長崎県で平成16年に調査した児童生徒に対する「生と死」のイメージに対する意識調査で、「死」という対語に「生き返り」と答えた生徒が
13%~15%もあり、昨今、コンクリートジャングルの中で、
実体験を伴わないバーチャルリアリティの密室で育てられた子どもたちが異常になるのは当たり前。
それをなんとかするのに、命の大切さや、実感を伴う教育に有効だと
言われているのが、飼育教育である。

地域ではペットブームだが、欧米諸国の子育て世代が、家庭教育の一環
で、保護者が意図的に動物を家族の一員として飼育するのとは、
日本の現代ペット事情はちょっと違っている。
日本の場合は、うちの親戚にもそうしたケースだけど、
家族が亡くなり、喪失感を埋め合わせたり、一人暮らしの寂しさを
紛らわすために、ペットを飼うケースが多い。

眠くなってきました。
続きはまた明日。。。








2006/08/18 (Fri) 特別支援教育士養成セミナー
更新ができすにもがいていたら、お盆休みもあっという間に終わってしまった。

今日の夕食後、丸々2週間インターネットにアクセスできず、やっとやっと交換したモデムを接続して、溜まっていた120以上のメールにも目を通した。

夏期休暇の前半、8月9日から11日までの3日間は、集中講義の共通科目
「学校経営と学級経営」に出席した。参加していた教員の皆さん方は
ざっと70名。午前9時15分から午後5時までみっちり6時間なのに、省エネで室温は冷房が殆ど効いていないから、団扇でパタパタ扇ぎながら、
朦朧としてくる意識のまま、午後は眠りこけていることがおおかった。
内容は、難解すぎてもうすっかり思い出せないので省略・・・

「ねえねえ、譲与変数ってなあに?」
「わかりません。そうだ、数学専攻の彼女に聞いてみましょう。」
昼休み後に、丁寧に解説してもらったっていうのに、忘却の彼方・・・

16日には、久しぶりに吹奏楽団時代からの旧友のOちゃん、Sちゃんと
3人で天王寺駅で待ち合わせ、堺市のミュシャ美術館へ出かけた。
この時のことは、また別に書くとして、

昨日は休み明けでがんばって午後9時前まで残業した代わりに、
今日は事前に休暇を取って、どうしても出席しないといけないセミナーへ出かけた。

目的地は天満研修センター
目的は、特別支援教育士養成セミナーに出席すること。

昨夜はなんだか、興奮して一睡したかなというころに、夜明けがやってきた。

12月に参加したきりの久しぶりで、小学校の先生方が中心の新規の受講生の方々が増えて、顔触れが随分変わっていた。
本来、3年以内にすべての講義ポイントを取得し、ライセンスも手にして
いるはずが、4年目にして今日、開講の「検査法演習:K-ABC」もやっと
受講できたというわけ。

余裕を持って早めに壁側に近い席を確保して、相席の目上の女性教師が
戻ってきて、軽く会釈した。
「先生は、もうポイントずいぶん取れました?」
「まだ1年目なの。これからよ。」
その時、銀髪の初老の権威が現れた。
私は即座に笑顔を真顔にリセットした。

「台風の風が吹いていますが、日本のこの暑さは大したことないです。
先日、アメリカのネバダ州へ、特別支援教育の就労支援システムの見学へ行ってきました。あちらは42度ですから、水分補給を常にしていないと熱中症になるほどでした。」
ほぼ定刻に、プレゼンテーションを始めた嘗て追っかけまでしていた
T先生が再び、壁際を通り過ぎたのに、私は伏目のまま群集に紛れて
「知らん顔をした」。

おかしいけれど、会社員になった今、いや、
4年前からクビを傾げつつ、腑に落ちない気持ちのまま、受講してきた。

講師は午前の部が愛媛大学のH先生と、午後は国立特殊教育研究所のF先生。

ここで、母が居間の掃除をすると言い出した。(続く)


プロフィール

ゆきんこ

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴12年目になりました。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    修了後も、失業と再就職を繰り返し、どうにかケセラセラでやってきました。
    出会いと別れの中で次第に専門分野への執着を捨て、遠ざかる日々です。

    独身時代の趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などでしたが、兼業主婦になってからは家事にまい進、心身とともに衰退しています。
    かなり前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。

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