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2006/11/26 (Sun) 女性起業セミナー2006
今年も残すところ、あと35日あまりとなりました。
時の経つのは早いです。(おばさんになった証拠)

自宅では10日くらい前にヒーターをつけはじめ、昨日帰宅してから
ホットカーペットを居間に敷きました。

只今、NHK喉自慢では、イリノイ出身の英語教師トンプソン姉妹が、
歌詞を英語にアレンジした琵琶湖の唱歌を可憐に披露し、見事合格!
「日本のどこが好きですか?」
「え?全部です。」

その次に歌った高校生の夢は「獣医になること」
いいですね~。

夢に向かって歩いていこうとする。
それだけで十分、幸せなのかもしれない。

ABAということばも、緘黙ということばも、まだまだ巷に流布しきることの難しい「なにそれ?」っていうことばかもしれない。

宇宙の万物のなかには、測り知れない不思議なことがグルグルと
渦巻いて、出会ったり擦れ違ったりしているのだ。

自分がヒトとして、今、ここに存在している真の理由を
「風が吹いたら桶屋が儲かる」という辻褄の合う論理でその場で説得できても、実のところ説明することなんてできない。

「あなたはこの父と母を選んで生まれてきたのですよ。」
などと言われて、私は納得などできない。

2004年1月、突如ABAブームが自分の中に巻き起こり、
「これは私を幸せにした画期的なツールなんです!」
となるべく平易なことばで口コミしてみても、その大方の反応は、
「一人でそんなに盛り上がっているなんて脳天気だね。」
と呆れられるばかりだった。

「だからね、今やっているそれ!それが、ABAなんだってば!
どうして見えないの?」
伝わらないのには、自分の伝える技に多分、問題あるんだろうな~
と反省します。

私は言語障害の、ABAのゼミからも常にはみだしてきた。
だから、専売特許のない、趣味領域の一ファンである限り、
お金を儲けることは許されていない。
ABAについてあ~だ、こ~だと解説などしたら、これは似非セラピストにも近い違法行為になってしまうわけです。

ですから、プロでない素人が、プロはだしのことをインターネットで公開するのもルール違反で、いい加減な情報が蔓延しないように、
そのための厳粛たるライセンスは当然、必要だと思います。

私に与えられている自由は、せいぜい1円にもならないボランティアの受け売り情報。
もちろん本当なのかどうかの検証はご自身でしていただき、そのリスクも弁えてほしいです。(幸か不幸か、私のブログは不人気です)

それくらい個人情報やお互いの信頼関係がこれほど、やかましく
ピリピリしていなくてはならない時代もありません。
いちいち書いてませんが、私は過去に恐ろしい目に何度も遭い、
憤慨してきました。

ABAの師匠、F先生の語録も、生で狭いゼミ室のなかだけで、極少数のゼミ生の短期記憶で終わらせてしまってはもったいない。
「ABAにはまる人間は結構、苦労人だ。それは万策尽きて、最後の望みを
かけてやってくるクライアントが、カミングアウトするべくオペラントに行動しようとするとき、もう半分は治っているんだ。」

すっかり日没が早くなり、5時を待たずに窓の外は暗くなってきた。
★営業所では、今週も順調に売り上げを伸ばし、他の営業員たちは
モーレツに駆けずり回っている。私を除いて・・・
夕方4時に1週間の活動や成果を一人一人検証し、褒章の記しに拍手が飛び交った。

でも、景品もらっても、ちょっとしたお小遣いもらっても、
やっぱり嬉しくなかった。
お客さんに契約もらっても、お給料がそれで多少、増えても
他の営業員みたいに素直に喜んでいない自分があった。
そしてS支所長から、最後にお告げがあった。
「Nさんが12月から4級所長に任命されることが正式に決まりました。
おめでとう!!」

私の5倍くらいの活動量だもの。おまけにパワーも。上司の引き立ても。
その代わり、彼女はとうとう胃潰瘍になってしまったし、
食事だって、3食まともに摂っていない。
そうまでして、もらって嬉しい褒章なのか?
それが「子育て支援に貢献している」この会社の方針なのか?と
素直に喜べないのだ。

21世紀という時代潮流に疑問を持たず、殉死していくことに満足するのなら、それが「普通」ってことなんでしょうか?

こうした「ちょっとしたシニカルな乖離」は、凡人として外面的には振舞っていても子ども時代からどうしても抜けない孤独感だ。

午後5時10分、★営業所を飛び出すとき、営業員の冷たい視線を見て見ぬふりをして、明かりの点る市街地に自転車で向かい、夜の学校に辿り着いた。

演習室3には、今週も一番乗り。
隣の小部屋では、精神分析派で、京都大学出身のI助教授と、
幼年コース1年のI先生がマンツーマンの対話をしているのが見えた。

10分するかしないかのうちに、小学校校長のY先生がやってきた。
「Y先生、こんばんは。お疲れ様です。」
「ご苦労様ですね。貴方はどちらから来ているのですか?」
「H市です。」
「そんな遠くから・・・やるなあ~。」
「もっと遠方の先生方もたくさんいらっしゃいますよ。
帰宅は深夜近くで、乗り物の中で皆さん仮眠していらっしゃるようです。寧ろ、遠方の先生方の方が、切羽詰った使命感を強くお持ちなのではないでしょうか。Y先生も校長職と兼任では、睡眠時間少ないでしょう?」
「そうですね。だいたい平均3~4時間でしょうか。」

F教授を待ちきれず、私は数ヶ月前にも、Y先生に口コミしていた
「緘黙症」について話題を投げかけた。
「以前あなたが言っていたように、私も気に留めてはいたのですよ。
あ、あの子がそうだったかな?と。だからといって、気にかけてはいますが、出席態度や日常生活に特に問題がなければどうしても、他に特別支援を要する子どもたちに、学校は右往左往してしまうのが現状です。」

30分くらいして、F先生が息を切らせてお出ましになった。
「は~、今日はT市まで出張でした・・・」
T市からここまで片道3時間以上もかかる。
「先生こんばんは。お仕事、お疲れ様です。」
とパンを差し出した。
「いつもすみませんね。いただきます。」
「いいえ。このパンやさんのスタンプを集めてるんです。」
「・・・・」

毎週金曜日にお目にかかっているだけに、今週はいつもより遥かに
ぐったりと疲労されているのが一目瞭然だった。
F先生に、「重要人物さん」にお目にかかったことを報告すると、
「あ、そう。はい。」
と機械的に返答された。

ついでにY先生が質問してくださった。
「緘黙症というのは、以前からあったのですか?」
「ありましたよ。ギリシャ時代から。」
「ギリシャ時代!?」

はっきり言って、ゆきんこは相変わらず、Fゼミのお邪魔虫。
手ぶらで自発的に何の御題も持たずに、出入りさせていただき、
1年が経過した。

「それでは、この文章について何か意見をお互いに言い合ってください。」
F先生はいつものように目を閉じて、ゼミ生たちの自発的なやりとりに
黙して傾聴された。(寝ていらっしゃるのかと間違うくらい)

「地域の元気なお年寄りと子どもたちとの放課後の交流において、最後にはどんなイメージ像を描いていらっしゃいますか。」
「SD法(セマンティック・デイファレンシャル)で、双方がお互いに抱くイメージが好転することを狙っていますし、最終目標は、お膳立てした立役者がなくても、活動が廃れずに受け継がれていくことを願っています。」

「私のような親世代が既に、核家族で育ち、私自身も祖父母に疎遠な環境で育っています。私が子どもに期待したいのは、お年寄りへの尊敬や畏敬の念を持って欲しいと願っています。
そのための媒体に、先生がお考えになった百人一首や太鼓演奏もいいと思いますが、最後には、お年よりも童心に戻って、自分の子ども時代の遊びを再現して、今の子どもたちに伝承していくような内容だと、もっと面白くなるのではないでしょうか。

例えば、この冬の時期ならしめ縄作りとか、季節を楽しむよもぎだんごを一緒に作って食べるとか。
スタッフのお膳立ての必要がなく、お年寄りと子どもたちとが、議論しあって次のプログラムも考案していけるようになったらな~と
イメージしました。」

「ああ、なるほどね。あなたも手伝っていただけますか?」
「え?A市まで?・・・今は身動きとれないんです。」

毎晩、ここに来てるんだから、確かにA市には途中下車するのは
どうってことないはずなんです。

言うは安し、するは難し・・・
だいたい、ゆきんこは過去の保育士仲間からも罵詈雑言、でくの坊扱い不適応感めいっぱいで、保育業界から逃避しているんだから・・・

ゆきんこは、セラピストでも、臨床心理士でも、保育士でも、特別支援教育士でも、学校関係者でも、保護者でも何でもない。

何者でもない私は、とりあえず、万有引力のお陰で2足歩行しているから、目的地での見聞を自分の脳ミソの媒体を通してお伝えすることで
何とか生きて、生きがいを見出しています。

M3の保育士Kさんによると、
「なんかのときに言ってたよ。F先生ご自身も小学校1年生のとき、
先生に全然しゃべらなかったんだって。」
「え?それ初耳だな。どこで仰ってたの?」
「どこで聞いたんだったかな?Yキャンパスだったかも。
確か、1年生の時の先生に嫌なこと言われて、もう2度とこの先生としゃべらないと決めて、クラス替えするまで口を利かなかって。
だけど、学校でそれ以外の不適応行動は起こさずに過ごしていたそうよ。」

「そうなんだ・・・ただでさえ、お忙しいのにまた大きな課題を先生に
投じてしまったんだね。私も悩むよ~~~。
何ていうの、ごみたろうさんの絵本『わにさんどきっ、はいしゃさんどきっ』そんな心境。」









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2006/11/23 (Thu) カミング・アウトの功罪
今日は、勤労感謝の日。

昨日は、★営業所でY部長からお達しのあったロールプレイングしたことをこんなふうにお客さんたちの前で、話しかけてみた。

「失礼ですが、ご結婚されてますか?」
「はい。」
(ここで、「いいえ」という答えが返ってくると、次の切り替えしが
難しい。

「明日はお休みですよね。」
「はい。」
「明日、祝日なんですが、何の日でしょうか?」
「何だっけ?」
「建国記念日?」
「ブー。違います。当たったらプレゼント差し上げます。」
「そうだ。勤労感謝の日。」
「そうです!それじゃ、次のクイズ。今日は何の日でしょう?」
「11月22日?いい夫婦の日」
「当たり!はい、プレゼントです!」
「ありがとう。蛍光ペン欲しかったんだ~。」
「今日は、奥さんのために早めに帰ってくださいね。」

・・・ってやっている保険のおばちゃんの私はシングルで、
独身男性がしょんぼりしているのも、横目から視界に入ってくる。
「私も独身ですから、『独身の日』作りましょうか?」
などと、フォローにならない墓穴を掘っていた。

墓穴堀のついでに支所長に呼び出されて、★病院の事務局に署名を
もらいにいって、釘をさされた。
「絶対遅れたらいややで!支社の玄関に2時半!」
「はいっ!」

10分前に待ち合わせた上司(S支所長)と部下(ゆきんこ)
3階の事務所の奥の応接間に通された。
総務部長とご対面だ。

「どうそ、かけてください。」
「失礼します。」

あ~、、、、
都合の悪いことは置いといて、記憶に残ったところだけ。
「君には夢や目標がありますか。」
「・・・・夢はありました。」
過去形の自分の夢は、私にしてみれば、この会社に遮断化されてしまったのだ。
「もう一度聞くよ。君の夢はありますか。」
「夢は、今もあります。」
そう1月に初夢に見た『こぐまクリニック』の夢が・・・
それをこの会社に妨げられているなんて、面と向かって言えるわけない
やんか!

涙でぐちょぐちょになった私を支所長は、女子トイレに引き込んだ。
そして抱きしめて言った。
「もうすんだことよ。これからがんばればいいの。気持ち切り替えて
仕事に専念しよう!」
私は喉から出掛かった台詞を、絶対に音声にできなかった。

「御願い・・・支所長。その抱きしめた腕を放してよ。私の夢を阻止しているのは、貴方のその抱擁で、私はこんなに苦しんでいるんだから。」

「支所長、すいません・・・鼻水が上着についてしまいました。」

さて、お客さんの前では、ただでさえ、腫れぼったい瞼を余計に腫らしていても、引き攣り笑顔。
さっきまでの泣き顔をさらすわけにいかないし、会社のロゴをつけている限り、「募集人」の実演をしなくてはならない。

本当の自分って、何だろう?
私って何をしたいんだろう?
などと、ぼ~っとブレインストーミングする暇もない。

昨夜から今朝にかけて、重大な人物にお会いする羽目になってしまう
計画のため、気もそぞろ。
といってるわりには、昨夜は8時間寝てましたが、
憧れの一休寺まで自転車で繰り出す私の辞書には「不眠不休」ということばはない。

「今から行きます。私、臙脂色のフード付のトレーナーを着ていきます。ハーバードのロゴ入りです。」
「ハーバード!」
「母校でも何でもないですよ。買ってきただけ。」

★営業所へ向かう桜並木の紅葉は、半分くらい落葉して、
自転車のタイヤが踏みつけると、カサカサと乾燥した葉が撓る音が伝わってくる。
「去年の美山の紅葉、本当に見事だったな~。」


そして、約束の時間と場所に到着し、約束通りに携帯のベルを鳴らした。


「やっぱり、変わってますね。」
初対面の同い年のお相手にそう言われても、これまで何度となく強化されてきたことば。素直にはヨロコベナイ。
「ソシャルスキルがないって何人かの教官に言われましたから。」
「それに、カリスマ性ありそうですよ。」
「それじゃあ、普通ってなんでしょう?哲学的な問いになるけど。」

凡人でいたい、でも凡人の域からはみ出していつも疎外感を感じている
自分に納得する嬉しい「褒めことば」って何だろう?

昨夜の夜の学校でも、私はやはりマイノリティだ。
6時限目が終わりに、来月の修士論文の締切日が休講になる予告を、
「幼年教育思想研究演習」の指導教官S先生がした後に、
年上の先生方が7名の1年生集団で、盛り上がりだした。
「忘年会しようよ!」
「場所はどこにします?」
「十三にちょっと知られたてっちりのお店あるよ。」

「いいですね~。2年生は3人だもの。」
でも、教室に居た2年生は私だけだった。

私の呟きに、1年生の先生集団は半分聞こえないフリ。知らん顔。
自分たちが、今ここでやっている仲間はずれに気がついていないのだ。

「あら、それじゃアナタも加わりますか?」

夜の大学の先生たちの鈍感さに、私は人知れず半分呆れ、半分しょうがないな。・・・と諦観していた。
そして、自分の夢や目標、人生、3度目の正直の修士論文のテーマさえ、
何一つ、思い通りにならなかった半生を。

凡人として生きてきたはずなのに、
「なんで?」
「何で他の誰でもない私が、その要請に応えるの?
「どうしても私じゃなくちゃいけない?」

と懐疑してしまう行動の連なりのなかに、自分の脳ミソからはみ出しそうなさまざまな方々の人生がリンクするのがなんだか怖い。
それを行動に移すまでに、どうしようもない無駄な時間を過ごしてジタバタして、今もそうしている。

変わらないわけにはいかなくても、大変なのは不安が高まる・・・

マイノリティの心に渦巻く誰にもわかってもらえない感覚。
「なぜ、私が?」
「なぜ、あなたが?」
ABA的には、「個体はなぜそのように行動するのか?」

それでも、悩むだけ悩んで困るだけ困って、
最後は単純に、ケセラセラで行こう。
面白いと感じたことに素直に感動したり、笑ったり、
おや?と思ったことに、疑問を投げかけて、
会いたいと言ってくれた人に遭遇し、(ドキドキしても)
一体、何ができるのかわからないけど、協力できることはしよう。

それにしたって、午後1時に待ち合わせて初対面で、至近距離30㎝で、
6時過ぎまで語り合うなんて、アンビリーバボー
こんな特別ゼミナールも前代未聞の初体験!

帰宅するや否や、ヒステリックな母の一撃。
「ちょっと、初対面で何で暗くなるまで話し込んでいるのよ!」
そして、ブラウン管には、また女子高生の自殺を悔やむ学校長の顔が
シンクロに現れた。


今朝ふとんの中でぼんやり目覚まし代わりに見ていた
吉田拓郎が嬬恋コンサートで繰り返したメタ・メッセージを真似してみよう。

「♪私は今日まで生きてみました。
これからも、なんとか生きてみます。」

天国の御祖母さま、マーくん、Tくん。
この地球になんとか生きている私たちに
どんな行動ができるのか、どうかどうか見守っていてください。
そして、今日2006年11月23日が、小さなスモールステップの第1歩で、
偉大な歴史の第1歩になりますように。

それでも、それでもゆきんこは、
人知れずコソコソしているマイノリティでいたいです。
ですから、今月年齢更新されるI先生。(今日まで知らなかった!)
見逃してください!

昨夜、K電車の吊り広告を見つけた。
期間限定の特別商品、買おう!
これが、ゆきんこの「それがどうしたの?」っていう
サプライズだ!




2006/11/19 (Sun) かなり疲れてます・・・
は~、しんどい・・・

どうしてにんげんにうまれたんだろうなぁ・・・

ABA的には、(F教授が11月17日午後8時から9時40分のゼミで仰るには)
「なぜ、個体はそのように行動するのか」を解明すべく、
論拠を述べるに当たり、
「風が吹いたら桶屋が儲かる」そのプロセスを論理的に説得しなければ
ならない。

ゆきんこの日々は大ピンチのクライマックスで、
それを誤魔化すのにブログの更新と、絶対削れない寝食の時間を
キープするのが、せいいっぱいになってきた。

それもこれも、また他人のせいにするのは、ABA信奉者どころか、
我侭気ままなオバタリアン・シングルの悪あがきですが、
「なんでこんな人生なの!?」と無言でI先生を責めようにも
責められない苦々しさでいっぱい・・・

じゃあ、誰がオペラントに行動したの?
他でもない自分自身です、はい。

只今、NHK総合では、筋ジストロフィの双子の兄弟のドキュメンタリー
を視聴中。

そして、PCの横には数日前に届いた「特別支援教育士資格認定協会」の黄緑の封筒の封を、やっと切って中身を確認できた。

ああ、胃が痛いな・・・

来年の2月に書類を整え、申請しないと4年間かけた時間とお金が
全て無駄になる。
なのに、身動きが取れない。
私は、保険会社の募集人で年末までは、自転車で寒空のK市とH市を
何往復もする過酷な日々。
おまけに、本社から特別有能なコンサルティング・ディレクターの
N氏がやってきて、営業員各々の動向や言動をいちいちチェックするは、
養成部のY部長の突き出たおなかがすっかり嫌子

確か、11月10日のF先生のゼミで「自由にお話なさい」と仰ったとき、
「会社のノルマがすごいし、部長の突き出たおなかが、おなかが~!!」
と騒いでいたとき、F先生が無表情だったことを思い出した。

で、そんなこと書きたかったんじゃないんです。

私は幼児期からなぜかシンデレラが好きなんですが、
隣町のシンボルは「はちかつぎちゃん」

LD学会に入会したのはもう4年前の2002年のこと。
ゆきんこが、失業中、パソコンの職業訓練を受講後、
保育士をしながら、なけなしのお給料で、今使っているPCを購入して、
インターネット接続して間もなくのことだった。

当時、N保育所をパワハラとリストラされたものの、
母の旧同僚だった幼稚園の園長先生の最後のコネがあって
なんとか「障碍児施設K園」の療育指導員の肩書きを奪回したのと、
D大学の同窓生から届いたはがきの知らせで、現LD教育士認定協会会長の恩師、T先生の退官記念講演がリンクした。
T先生の相変わらずの宣伝メッセージが壇上で、誰に言うともなく満場に轟いた。

「HPにアクセスしてください。LD学会に入って、特別支援教育士の養成
セミナーを受講してください。」

翌日、何も深く考えず、検索して資料を取り寄せた。
申し込みの条件に、推薦人などは不要だったが、
たまたまラッキーなことに、障碍児関連の実践の現場と、
LD学会への入会の条件が合致して、現在に至っている。

いやいや、申請書類には、確か勤務先の責任者の署名が必要だったかもしれません。
何せ、4年以上も経過してますからすっかり忘却しました。

受講生は大半、小学校教諭や学校関係者なので、
福祉業界の保育士は、これまた未だにマイノリティ。
会場で受講生に配布されるアンケート用紙にも「保育士」の項目ありませんから、いつも
「どうして保育士はないんですか?」と、また悪あがきで記入し続けているうち、この頃ようやく修学前児、特に3歳未満児からの取り組みの
必要性も浮き彫りになってきたので、最近は受け入れ態勢ができたか、
保育士さんたちの受講希望者も増えてきたのは、苦節15年の道なき道を不器用に彷徨っていたゆきんこおばさんにとっては
本当に嬉しいことです。(涙)

しかし、資格取得までのプロセスは、まるで修行僧のようだ。
★営業所だけに特別に課せられた(ひえぇぇぇぇ!なんで!?)
休日返上、過労死寸前の生命保険のとんでもないノルマ
(しかも、殆どの営業員は自動車なのに、私は自転車営業)
週4日の午後6時30分~9時40分の講義。
休日こそこそと、そして細々と始めた論文のための観察。

そして、まだ終わっていないLD実習。
どうしよう~どうしよう~どうしよう~!
検査器具も対象児もないのに!

そこで、思いついたのは、
保育士は敷居の高いタカビーで融通の利かない無慈悲なLD学会よりも「保育学会に入ろう!」
そこで、ABAなり障碍児関連の事例研究報告を増やそう!
というものです。

はっきり言って、特別支援教育士養成セミナーの内容は、
保育士にとっては「ネコに小判」という感じ。
だって、国語の指導、算数の指導をどうして保育現場でできるでしょう?
発達検査のWISC-Ⅲの対象は、学齢期の子どもたちだし、
受講しても、無意味と感じたり、落胆することもあります。

費用も留学までいきませんが、その場のテストが不合格だと、
再受講しなくてはなりません。

更に、教員なら夏期休暇、冬期休暇を使って3日連続の受講も可能ですが、わたしの場合、保育士時代から土曜出勤や行事が重なり、
休暇がとれなかったため、取得が長引き、3年以内にただでさえ少ない休日を返上して連休や年末年始も受講しないといけません。

このことを考えると、通常の激務に加えて、保育士さんの受講をとてもとてもお勧めできません。
因みに、この4年間に、ゆきんこは一体、何回転職とバーンアウトを
繰り返し、何回泣いたのか、もう数え切れない。(本当は、8箇所です)


ここまできて、
「あかん・・・そろそろバーンアウト」の予兆。

夕方5時にはすっかり暗くなって、もうワンコたちのお散歩など
とてもとても観察できない。
土日も雨降ってたしね~。

しかし、週末金曜日の午後8時には、F先生のゼミにツワモノが勢揃い。
(私は部外者です)
今週嬉しかったのは、夕方5時過ぎに
F先生から携帯に非通知電話を直々にいただいたことだった。
F先生のゼミに受け入れてもらって1年経過したけど、ゆきんこの名を
呼んでもらったことは一度もない。

「あなた」とか「彼女」とか。
でも、それでいいんだ。
私はどうせ部外者で、ABAのありがたいゼミに出没できるだけで、
身に余る光栄なんだから。

ゆきんこは常に部外者マイノリティであり続けてきたため、「獅子身中の虫」となりかねない「危険人物」ですから、
F先生が、警戒にも似たよそよそしい敬語と態度を取るのも仕方がない。

それも、ABAの「風が吹いたら桶屋が儲かる」(:略してカゼオケ)の
論理で、F先生ご自身が、過去のクライアントに苦い水を飲んだご経験が
あるからなのだとお察しくだされば、まずまずABAが理解できてきた
ことになると思います。

今年4月に入学した小学校校長のY先生の論文の冒頭部分の文章推敲で、
約1時間。

木曜日の同時刻、ゆきんこの幼年コースのYゼミで経過報告した
翌日のせいか、がっくりきてしまう。

F先生が、「ちょっと休憩行って来ます。」と退室されて
早速、愚痴とため息。
「ああ、いいですね~、Y先生。F先生からこんなにきっちり文章の推敲をしていただけるなんて、どんなに羨ましいか。
昨夜、ゼミがあったんですけど、『これでいいよ、いいよ。』『参考文献もまだまだいいよ。』
『これから寒くなるから、観察できないでしょう?また温かくなってから再開しよう。』って、次回のゼミも一体いつ開いてくださるのか・・・」
「・・・・・」
「そうですね~。厳しいけど、F先生はスケジュールをいっぱいにしているのがお好きのようです。どんなに忙しくても、毎週来てくださるもの。」

Y先生のアタッシュケースには、特別支援教育の対象児のケースファイル
の束がぎっしり詰め込まれている。Y先生はABAの門下に入って以来、
最先端の録音テープに一部始終を収録することを習慣づけるようになった。
さらに、とんでもないことに、F先生の門下に入れば、
毎週土曜日は、森の奥のキャンパスに出かけてケースを受け持つことになる。そして、ケース会議は深夜にまで及ぶ。
・・・とM3のKさんからは帰りの電車のなかで報告を受けた。

だいたい想像はしてたけど、
「なんでそんな辺鄙なところでなくては、ABAができないの!」
とモノグサ心と恐怖心(お金もないし)で、その実態は未確認。

そして、Y先生が調べ上げた、先行研究の文献の数は、ゆきんこよりも遥かに多い。
「Y先生、夜は寝ておられないのでしょうね。」
「そうですね。」

それなのに、Y先生、いつもシュークリームとか、コーヒーとかの
差し入れも、毎回怠らない。
17日の夜は、持ち寄りが多くて、ゆきんこがパン、K先生は巻き寿司などなど、机の上はなかなかのご馳走も並びました。


父には「お前は尼になれるぞ」と冗談交じりに言われたこともありますが、軟弱な私には、そんな神業できましぇん!

とにかく、今のゆきんこ。
片腕を保険会社の上司にぐいぐい引っ張られ、
(こいつはちっとも売り上げのないヘタレな営業員だな
もうちょっと懲らしめたら契約とってくるか???)

それに抗うように右足を夜の大学へ向けてはいるが、
(君は本気でABAやりたいの?どうなの?)
反対の足は、ヒタヒタと迫りくる老親の介護で、ギプス固定状態。
(このごろしんどいねん。もう脳梗塞なんだから)
4年越しの取っても見込みのない無駄な資格
(まるで、自家用車のないペーパードライバー)
資格ってよくわかんない代物ですね。
欲しい人にレッドソックスみたいに交渉して売却するわけにもいかない(笑)

一体、自分らしい人生はどこへ行ってしまったの?
保育士に戻ったら、それで単純に解決するの?
アハハ、ちょっと笑って大相撲でも見ようかな。
今日のゲストは黒木 瞳さんだって。

2006/11/12 (Sun) 格差社会は子どもをどこへみちびくのか その2
只今、NHK総合の「のど自慢」が富山県黒部市でオンエア中。

元保育士のお母さんペアの後に、42歳で孫がいるという男性が歌い終わった。

昨夜の講演会の続きです。(ジャーナリスト斉藤貴男氏)
現在の与党軍団は、凡そ三浦朱門氏と同様の発想だが、
最近は回りくどい表現からあからさまになり、
「能力別クラス編成」「みんな教えなくていい」
手間をかけるのはええとこのエリートだけ。そうでない子どもたちはそのまんま。

しかし、どうしてもついていけない子どもは必ずいる。
下から何番目のしんどい子は、じっくり教える必要がある。
下手は教え方は、反っていじめの原因やコンプレックスを助長する。
こうした子どもたちには、特別なプロフェッショナルを要請する。

つまり、ABAを活用した特別支援教育!ですね!

危険だと思うのは、意欲・関心の高さは小さければ小さいほど、
家庭環境に左右される。もう小学校6年生くらいになると手遅れ。
これに対し、三浦氏は「それが狙いだ!」

教育改革の国民会議の諮問機関(小渕・森内閣1999~2000)
当時の委員だったノーベル物理化学賞江崎玲於奈氏の発言に、
大いなる期待を寄せたが、見ると聞くとでは大違い。唖然とした。
「就学時健診の採血検査でDNA鑑定し、ゲノム解析すれば、優秀かどうか
わかる。心理学では、遺伝と環境論を依然闘わせているが、
環境論派は、共産党員だ。私は、遺伝論者で優生学思想を支持する。」

それを聞いた途端、インタビュアーの斉藤氏
「お前はノーベル化学賞を受賞しても、世界一のアタマが悪い!」MAD SCIENTIST、選民思想の似非科学者だ!
そして、江崎氏を採択した政府与党が更に問題だ!

因みに、優生学というのは第2次世界大戦中、世界制覇と民族統一主義を
掲げたナチス・ドイツのヒトラーのドイツ国家思想と同一である。

そのため、ゲルマン民族を脅かすユダヤ人を蝿のようにチクロンBという人間殺人ガスを使って大量虐殺したのが、あの「アウシュビッツ」だ。
蝿やゴキブリに同じようなことを人はヒトにも平気でやってのけるのだ。

すなわち、政府の要人たちはこの『教育改革』で、
エリート以外の人々を「生かさぬよう、殺さぬよう、じわじわ殺していく」方略のもとに、この数年のうちに改革という名の法律をコロコロと変えてきたのだ。(私は凡人ですから、いちいちチェックしてません。)
いかに凡人たちに気付かれないように、
そろりそろりと、使い捨て労働者・切捨て兵士を量産していくかという
隠密計画を・・・

キャアアアアア!!

2000年前後といえば、かなりのリストラが強行にされて、
わが町のハローワークも失業者で溢れていた。
そして、その中に(なんとか)国立大学出たての私も、
その群集に紛れて失業給付を受け、職業訓練校に通っていた。
それが、専門だった「言語障害教育コース」とリンクするかも?
という理由で、2000年10月~3月までの6ヶ月間「日本語教師コース」を受講していた。(懐かしいね~!)

比較として、移民の増加に頭を抱えている英国の研究者報告では、
「移民の子、できない子(喋れない子)は学校へ来るな!」
と暴れる子が多い学校は査定で評価されないので、
こうした小中学校の退学者が増加した。
公教育・義務教育が解体し、学業意欲が低下する。
そこに追い討ちをかけるように、
第10条「家庭教育の重視」平易に言えば、
「お宅の子の躾や教育は、親の責任です。学校も政府も責任取りません」というご都合のよい、責任転嫁。
この教育改革委員にも、ノーベル賞受賞者野依氏も賛同していたから、
ノーベル賞とったからって、信用するのはもうやめよう。

この委員会には、ヤンキー先生の義家氏や海老名佳世子氏も名を
連ねてはいたが、殆ど効果はない。

このままではとんでもないことになる差別的教育は、
企業社会ニーズの教育施策に反映される。
つまり、どれだけケチってGNP(国民総生産)を高められるか?

第2次大戦後、農村から都市へ「金のたまご」と賞賛された
若者世代は、軍隊式の画一教育の機会均等(立花隆氏曰く、やかんと湯呑み方式)→高校全入とシンクロしていた。

ところが、バブル景気前後、サービス業界では、「マニュアル通りの従順さ」が重宝されている。
マクドナルドの笑い話だが、
痩せた若い女性が20人前のハンバーガーを注文する。
店員はマニュアル通りに
「お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりですか?」
状況判断するアタマなんて要らない。
目先の利益だけを追い求めていればそれでいいのだ。

バブル崩壊後の経営者は終身雇用・年功序列から大転換の新経営方略を
展開し始めた。
国際競争力の低下を防ぐため、人件費を徹底的に削減する。
それが、非正規雇用者(アルバイト・パート)の大量増産だ。
政府の調査ではその割合は33%とされているが、恐らく過半数を越えているだろう。

格差社会と教育は不可分だが、
2000年まではそれを意識しないで生活できた。
しかし、正職員とアルバイト職員がほぼ同等の勤務体系で、処遇が雲泥の差、すなわち金持ちとビンボウ人が同じ仕事をすることになった。

つまり、勘違いかもしれないけど、
同じ仕事をしていたとて、1ヶ月文字通りの不眠不休で論文かけるエリートなのか?
論文や理論で屁理屈をこねられないボキャ貧凡人なのか?は、
将来、何十倍ものお金の格差が生じるということを意味する。

「ABA勉強したい人、この指と~まれ!
♪あとからきても、よさないよ(いれてあげないよ)フ!」

なあ~んだ!
そういう意地悪なら、最初から受験しなければよかった!
絶対絶対、しゃべんないからね!

何だよ!あの失礼な面接は!
最初から落として、受験料巻き上げるだけで、
あんなに必死で面接の練習だってリハーサルしたんだから!
あんなに遠いところまで必死で歩いたんだからね!

ま、こういう起伏の激しい輩は「臨床心理士として不適格でしょう」
とDNA鑑定されて、スポイル→ガス室直行。

T先生のヒトサシ指がフラッシュバックした。
「仮の研究室の決定ですから。」
私は辛うじて、言語障害の権威の研究室にノミネートされた。(名ばかり)
でも、言語療法士になりたくても、事前にそのベースとなる土壌を持っているのか、どれだけ専門書などで自主学習する意欲があるのか、
何より、権威のご機嫌取ったり、根回ししたり、媚び諂ったり、という
実力以外のソシャルスキル(これが鼻につく場合も往々にしてあり)
が、最も慈悲深いであろうという期待を覆された衝撃だった。

そして、T先生の研究室に入れなかった学生の末路・・・(涙)
また、ヒステリックに脱線してしまいました。

1995年、阪神大震災とオウム真理教の2大災難が勃発した。
終身雇用制度から階層化させよとの方向転換が示されたが、
バブル崩壊の要因となったもうひとつの理由は無視された。
豊満経営のツケ不良債権処理を日経連は経営者責任を敢えて問わず、
人件費のみに押し付けたのだ。

中国では人件費は日本の30分の1で済む。(つまりジンカイ戦術)
今後、3通りの経営戦略が展開されていくだろう。
その3通りとは、
1.長期雇用の大学院卒の幹部候補生
2.高度専門能力活用 例えば、カリスマ営業マン、スペシャリスト
  こちらは、契約期間が限定されている。
3.雇用柔軟型 使い捨て、いらなくなればいつでもクビ
  この人口割合は30~50%に達する。
  つまり、半分はここにカテゴライズされてしまうのだ。

まさか、こんなに広がるなんて思わなかった。
そして、行き着くモデルはアメリカ社会。

1970年、在米22年のジャーナリスト小林ユミさん(東大学卒)
が著した『アメリカの真実』には、
「4つの階級、
1.特権階級(大富豪)
2.プロフェッショナルまたはベンチャービジネスコース 
3.貧困層(明日クビになる運命)
4.落ちこぼれ(社会参加不能)
このうち、富は1と2だけで60%が握られている。
中産階級は存在しない。」

さて、斉藤氏は病弱だった学童期を養護学校で過ごしたが、
この母校を除いて、他の養護学校を閉鎖し、ぶっ潰す計画を美濃部都知事が構想している。
では、斉藤氏の母校千葉の養護学園だけがなぜ例外なのか?
平成天皇の生誕記念に昭和10年創立された由緒あるそして先駆的な(養護)学校なので、潰すに潰せないのがその理由とか。

「じゃあ、凡人に生まれた私が悪いのか?」
そんなバカな!スタートラインがまるで不公平極まりない。

孤児院で育ったKさん、
意欲・関心が低く、学校で先生に教えてもらえない。
社会人になって夜も寝ないで働いても、
永久にお金がもらえない。
負けたお前の自己責任。
チャレンジさせてもらえない。
どんなにがんばっても非正規雇用。
80%は残飯を漁っている。

方や、ご先祖様は代々総理大臣(A級戦犯含む)のAさん。
実力なのかどうかわからないけど、親の七光りで総理大臣に抜擢
「オレは優生学的に、ご先祖のDNAを受け継いでいる。この世は家柄だ!」
企業に入ってもチヤホヤされ、親からの見返りでゴール一歩手前。

これは江戸時代の話じゃないんでしょう?

格差社会と戦争は像を結ぶ。
国の根幹となる憲法はそもそもが、
為政者が暴走しないための、国民擁護の箍(たが)として機能していた。(近代立憲主義においては)

ところが、国民の責務で固めた法律改正でじわじわと、
「反論する者は、排除」
元軍人将校だった小池清彦氏も「今が危険極まりない。これまで
戦争をせずに済んだのは、憲法9条の第2項が機能していたからだ。
これが改正されても、今までのように自衛隊に志願する若者が減るだろうから、次に徴兵制が始まるだろう。」

斉藤氏は日本の近未来がアメリカモデルなら、こう推測する。
おちこぼれ対策と志願兵がリンクして、殺人によって手柄を立てた者を
賞賛する。
為政者は「そうだ!いいアイデア思いついた!下々の輩を戦争に使おうっと」
「あなたは100人切りの査定を見事クリアしました!
おめでとう!勲章と、天皇家御用達のかにかに食べ放題を褒賞にあげましょう!」
「すげぇ!オレ100人殺して(苛めて)褒められちゃった!
もっともっと殺してやるぜ!!」
「うんうん。もっとがんばってね。あいつ気に入らないから
ボクの代わりにちょっと懲らしめちゃってよ。
あ、これはここだけの君とボクとのひ・み・つ
約束守れる?いいこ、いいこね。
♪ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんの~ます」

ほ~、、、これが100年後の日本の姿ですか。。。

これで、お金をかけずに楽チンな戦争が楽しめる。
志願兵は男女を問わず、そして障害を問わずになるのかどうか、

ただ、確実に言えるのはボランティアでオペラントに死のうとする
方々は生命保険の対象からは除外されます。
生き残って(死に損なって)障害者になっても、それこそでくの坊。
勿論、給付金なんてビタ一文も出ません。

それが証拠に、日本の自衛隊はアメリカ駐留軍と接近し、
もうすぐアメリカと一緒に何をやっても構わない「衛星プチ帝国」と
化していくだろう。

さて、これは殆どアレンジされずに、斉藤氏の講演内容をそのまま
報告している次第です。

ホラー映画よりも怖いよ~!!

そろそろ、ゼミの用意しなくっちゃ・・・














2006/11/11 (Sat) 「格差社会は子どもをどこへみちびくのか」
雨上がりの午後4時過ぎに★営業所に顔を出すと、3名の所長はもちろん、新人営業員も全員出勤で、こんな夕方に大名出勤のゆきんこ。
大ヒンシュク者。

でも、平日ちゃんと休まず出勤して、尚且つ暗黙の了解で休日出勤を
強いているんだから、どうしてそう思わなくちゃいけないのだろう?

見慣れない5歳の坊ちゃんが営業所内で手持ち無沙汰に紙飛行機を投げ飛ばしていた。新人営業員の一人Yさんのお子さんだ。
人懐こく出勤したての私に話しかけてきた。

「ここからヒコーキ落ちたらどうする?オネエチャン」
(ほお、オネエチャンと呼んでくれるのですか)
「この窓から降りたいところだけど・・・階段降りて、ぐるっと走って
取りに行きます。」
「え~、めんどくさいじゃない。」
「じゃあ、Yくんはどうするの?」
「知らない。」
「考えてみてよ。」

30分で支度して、休日しかお会いできない2件のお客さんのお宅へ出かけたが、残念ながら留守だった。
休日もお会いできなければ、それでも会えるようになんとかしろ!
とまた無茶苦茶なことを言ってくる。

「お疲れ様」
「いえ、支所長、今からお客さんのところへ行って来ます。」
「あ、そうなんだ。」
「はい。そのまま直帰するかもしれませんが。」
「行ってらっしゃい。」
「行ってきま~す。」

夕方5時過ぎに出発すると、大きな雨雲が立ち込めているせいもあって、
それから20分も経過するころには、殆ど真っ暗闇になっていた。
先週、偶然提案できたお客さんは、2件ともあいにくお留守だった。

そのまま、K沿線に沿ってM地区から駅6つ分をエイサオイサとH駅へ向けて自転車をこいで、6時15分。行き着いた先は、勤労者会館の2階ホール。

すでに開演の余興の和太鼓演奏が終わり、前の入り口から案内されると、母とご近所のFさんが手を振って、取っていた座席に招いてくれた。
前列に近い席に座ると、地域の若手ギタリストの平和メッセージたっぷりの歌声に会場の聴衆は魅了された。

第7回 H市の教育を語り合う父母・市民と教育者のつどい
本日の講師は、ジャーナリストの斉藤貴男さん
演目は「格差社会は教育をどこへみちびくのか」

「みなさん、こんばんは。斉藤貴男と申します。
私は、豊島区の池袋の盛り場で生まれました。
サンシャイン60とか、巣鴨プリズンのあたりです。
1956年(S31年)父がシベリアの抑留兵として帰還し、
戦争を引き摺っていた家族のもとに昭和33年に生まれました。
身体の弱い子どもだったので、当時、喘息や肥満児などの
転地療養先だった千葉の養護学校で過ごしました。半年で丈夫になり、
帰ってくることができました。
戻った地域の小学校では46番中46番で(笑)先生からは、
「お前、いいから出てってくれ」と言われ、別の先生からは懇々と諭され・・・公教育の恩恵を受けたことに感謝し、それはゆるぎないものと
信じていました。10年前までは。

国民背番号制が導入され、暗闇の光が当たるのはほんの一握り。
大半の人々は真っ暗闇に放り出される。
取材を通して、これは話しておかないという思いでいっぱいです。」
タウンミーティングのやらせ会議は面白い。
青森県のある学校長に宛てた発言についての注意事項。
「できるだけ、自分のことばで御願いしてください。」
と書いてまるでお芝居の脚本みたいに指示してある。
言わせる方(教育委員会)も言わされる方(校長)も、どうかしている。人間の魂を持っているならおかしい。

政府・与党の要人がとんでもない失言をすれば、即辞職という自浄作用がまともに残っていた時代があったのに、今は通じない。
今回の「格差社会は教育をどこへみちびくか」というテーマは、
どうにでも解釈できるわかりにくさがあるが、見事な表現だ。
結論を言えば、このまま戦争、格差社会、差別がまかり通り、
生まれつきの格差が政策的に拡大され、封建時代のように固着化する。
「教育基本法」については、HPで詳しい条文を見てください。
与党と民主党がそれぞれ法案を提出し、来週可決されます。
与党案には二つの問題点があります。
1つは、「愛国心」にかかわる表現。
個々人が自由に自分なりの愛国心を語るのは、構わない。
しかし、法律に文言が記されるときは、意味が違う。
他国の人々が嫌がり、日本のしくみに差別をもたらす。
なぜ、わざわざ書き込むのか、なんのためかを吟味する必要がある。

国家には3つの要素がある。
・国民(人間)
・領土
・政府(統括機構)
このうち、人間も領土も自然発生したものだが、政府は人為的に発生した。
2003年3月5日西村衆議院議員が言った。
「お国のために、イノチを投げ出す人間を育てるため」
安倍首相も敢えて強調している。
政府の理想はおかしい。愛国心は性質が悪い。
とりあえず、現行の教育法を踏みにじりながら進められている。

教育改革の問題点は、機会均等が打ち壊され、市場原理・競争原理に則った差別的であること。
選択し、行使できるの人は全てではない。

1999年ゆとり教育から2002年指導要領改訂30%削減で、
例えば、円周率3.14→約3とか、
台形の公式を教えないなど、内容は易しくなったが釈然としない。
これに対し、文科省は立派なことを言った。
「詰め込み教育で落ちこぼれ、ついていけない子がなくなるように。」
私は、斜に構える癖を反省して、この国を信じていいかなと思った。

しかし、教科審議会の一人だった三浦朱門氏は、
「学力は低いほうがいいんだ。世界のトップになったのは、全体の底上げをしたからで、手間暇がかかった。これからは、1000人に一人、1万人に一人のエリート教育に力を入れて、国を引っ張っていけばいい。」
本当のことを言ったら、国民が怒るので、回りくどく言ってるのだ。


続く

2006/11/11 (Sat) マージナル・ゆきんこ
昨深夜から大雨と雷がBGMになって、布団の中で、誰にも邪魔されない
週末を過ごし、土曜日の正午を過ぎました。

ストレス(上司からの有形無形の圧力やハラスメント)が溜まると、
背骨がズキズキ痛みますが、なんとか今日も生きています。
先週の3連休も、3連休気分じゃなくてあっという間に終わってしまいました。

11月から、本社の男性社員N主任(28歳独身)が赴任して、入社1年未満の新人部隊「ちゃあみいフレッシュ」(すなわち、魅力的な新人の意味)
お助けマンとして、モーレツ大活躍中!

ハトコのTくんよりも年下のこのN氏実は、転職大抜擢の出世コースで順風満帆な人生航路。

今年1月にわが社で設けられた画期的な役職「コンサルティング・ディレクター」として、700人のオーディションのなかから選ばれた22人に採用された。

ちゃ~みぃチームは、元お墓レディのNさんがリーダー、ゆきんこが
サブ・リーダー、9月に入ったばかりのぼよよん新人3名を含めて総勢7名

その新人営業員に営業のノウハウを同行しながら助言・サポートするのが彼のお仕事。
毎晩帰宅が午前様の自称「仕事人間」のN氏、この10日のうちにすっかり★営業所に馴染んで、新人営業員に耳元で囁く。
「ゆきんこさん、今月、絶対◎活(マルカツというのは、社内用語ですが、目安は月5件の営業成績を挙げること)しましょうね!」
と、11月2日の親睦会で引き攣っていた通風の足を屈めてスマイル。

冗談でしょ~!!

しかし着任間もないN氏とも、ゆきんこの場合同行中は、やはりイケナイ辛辣なピア・カー・カウンセリングに早代わりしてしまう。

「ゆきんこさんは結婚してるんですか?」
(また、こういう質問はセクハラだっちゅうの!)
「ううん、独身だよ。なんで?自分のことってわからないからな。」
「いいお母さんしてるように見えるから。」
「この頃、そんなことばかり言われるよ。」
「ゆきんこさんは、面倒見がいいし、芯もしっかりしていて自分をもっているから、営業にも向いていますよ。」
「そうかな?毎日辞めたいって思ってるよ。前職に戻ろうかなって。
自分の力でまだ契約していないせいもあるけど、面白くないんだよね。
N主任はどうしてこの会社に転職したの?」
「前の仕事も順調で、新しいポストも約束されていたんですよ。今も前の仲間同士、仲良くやってるし。でも、ひとつの会社だけで自分が高く
評価されているのって、本当の自分の力なんだろうか、別の会社でも自分の力量を試したいと思ったんです。どうして採用されたのかは、未だにわかりませんけどね。」

内心はなんであんたにそんな偉ぶったようなことを言われなくちゃならないのかと腸がグツグツしている。

「つまり、N主任の世代って就職難だったから、あなたは勝ち組ってわけでしょう?」
「そうなんですかね。」
「でも、まだ若いんだから、将来自分で経営者になるにも、今の役職が
役に立ちそうじゃないですか。」
「ん~、そんなふうに言われると嬉しいですね。でも結婚したり、先のことはわかりませんけど。」
「結婚したいなら、したいときにするのがいいと思うよ。でも今の仕事内容なら、相手も赴任先にすぐに馴染むような人の方がいいんじゃない?」
「僕は結婚したら、経済的な苦労を家族にかけないように、なるべくがんばって稼ぎたいと思っています。」
「でも、そのために家族と過ごす時間が少なくなってもいいのかな?
この頃の子どもたちは、お父さんと過ごす時間が殆どなくて、
『パパ、ひさしぶり~』なんて言ってるんだよ。ただお金に不自由させないだけで家族と言えるかしら?」
「必要に応じて、早く帰宅したりすることも考えますが。」
「うちの営業所もそうだけど、離婚などで働くお母さんも増えているから、お金を払って子育ては保母さんにまかせっきり、教育も先生にまかせっきり、それでいいのかな?」

役職や地位は高くても、やっぱりそれを傘にきて居丈高になっていいのだろうか?
そして、「アルジャーノンの教訓」の通り、それを濫用したり、対象の尊厳を侮辱したり、蔑んだりしてもいいのだろうか?
その懐疑は、父と歩かざるを得なかった半生を背負ってきた幼い頃から決して払拭されることはない。

この余計なお世話のN主任との同行が昨日の午前中もあった。
N氏は黒い4WDの外車で、私は中古の自転車で、担当地区の公園で待ち合わせることになった。

「ゆきんこさん、すいませ~ん。ナビに目的地の公園が出てこないんですよ。」
「そこで待っててください。迎えに行きます。」

なんで、チャリンコの私が4WDを案内するんだよ。
「ファイト!ファイト!」
N氏、ゆるゆると後追い運転でまたスマイル。

ああ、こういうこと私も保育士時代、散々子どもたちに浴びせていたんだな・・・

お客さんとの会話を終えて、N氏は止めを刺した。
「ゆきんこさんは、話題を切り出すのも、拡げるのも上手です。
でも、お客さんの話をもっとよく聞いて、引き出すようにしてみてください。さっき、質問したのにお客さんの返事を待たずに話してしまいましたね。これは、僕も本社の研修で受けた上級レベルの話法ですが、
ゆきんこさんには、敢えてそれを受け売りさせてもらいますよ。」
「へえ、本社ではそんな研修あるんですか。」
「そうだ。Yちゃんにさっきお菓子買ったんです。なかなかぼくに懐いてくれないんですよね。」
「それって、私が大学院で学んでる子どもと仲良くなる方法だよ。」
「え?そうなんですか。ゆきんこさん、そんなのやってたんですか。」
「でも、Yちゃんは賢いから、お菓子ごときでは無理なんじゃない?
その道のプロなら男女の別なく、即座に仲良くなるわよ。」
「どうしたらいいんでしょうね~。」

ああ、臨床心理士の仕事もこうなんだ。
確かに、私の話し方ってバランスが悪いかもしれない。
でも、目付け役のN氏が居ない方が、もっと落ち着いて話せているようにも思う。どうしても、緊張しちゃって焦ってしゃべりすぎちゃうのだ。
そう、相手に話す隙なんか与えずに。

N氏は11時過ぎに、次の新人の同行のため、地区を後にした。
ああ~、、、邪魔者は去り、やっときた私の安らぎタイム。

自転車でのほほんと青い空に向かって深呼吸したら、
なんだか後は自分らしい仕事ができた。
保険の提案なんかはまるでしない。

「Nさ~ん!もう帰るんですか?」
「おう。今から病院行くんや。」
「いつもよりお顔の色はいいみたいですけど。」
「いや、便秘やから調子悪いんや。」
「そうですか・・・お大事にしてください。」

「Sさん、こんにちは。お仕事お疲れ様です。」
「今月は契約とれたんか?」
「全然。辞めたいんですが、なかなか辞めさせてくれなくて。」
「なんでやねん?」
「お客さんにとっては営業員がコロコロ替わるのが、苦情になっているらしくて、会社はそれを善処しようとしているところがあるかもしれません。にしても、ノルマが達成できないと、結局査定落ちですから。」
「結婚する気ないんかいな。」
「もう手遅れですよ。子ども産めないと思うし。」
「まだ大丈夫やろ。よし、オレが探しといたるわ。」

「え~とHさん、ホロスコープお渡ししてませんでしたね。」
「Hはとなり。オレのはこれ。」
「Gさん、ごめんなさい。」

「あんた結婚してるの?」
「いいえ。」
「この頃してない人も多いんやな。」
「そうですね~。私の友人も半分くらいです。」
「一人がいいんか?」
「さあ、多分・・・。逆に、結婚した友人に聞くんです。どうしてしたのって。
そしたら、タイミングというのが一番多いです。
お互いの仕事が忙しく、いつするのか同時に思わないとズレてしまったまま、何となくフェイドアウトで終わってしまうんですよ。」
「へえ・・・ところで独身の場合、お金の管理はどうなってるの?オレは小遣い制なんやけど。」
「ご夫婦の場合は、奥さんが管理されるのが大多数でしょうね。
私は、この仕事を始めるまで前職は保育士でしたので、お金のことに
関心がなかったです。通帳は自分名義ですけど、今も忙しいので、管理はやっぱり母に任せてますね。そろそろ自分でしないといけないという意味でも、金銭感覚を高めるには今の仕事に就いてよかったところもあります。」

ほんま、おっちゃんたちとの会話ってこんなんばっかり・・・

午後1時半、K沿線にあるお寺の境内に上がり、ようやく郊外でのランチタイムでベンチに腰掛け、誰にも邪魔されず、ほっこりするはずだった・・・

お弁当を食べ終わった頃、異国の二人連れの青年が近づいてきた。

「スワッテイイデスカ?」
「どうぞ。」
(内心、いやっていうわけにいかない)
さて、ここからは久しぶりに、下手くそな英会話で話すしかなかった。
「K外大の学生さんですか?」
「ええ。」
「私、留学生さんに英語を習っていたんですよ。2年前までね。」
「そうですか。」
「オーストラリアからきたリズとか、ニュージーランドのケーシーとか」
「へえ~。」
「久しぶりだから、英語、上手く話せません。でも、ここであなたたちにお二人に会えて嬉しいわ。」
「はい。僕たちも。」
「日本語のお勉強はどうですか?」
「ん~、ムズカシイ」

「お仕事は何ですか?」
「え~とビジネス(営業)です。自転車で。」
「え?自転車!?」
「そう。市内じゅう廻るのよ。」
チラシをさりげなく渡した。
「日本では有名な会社ですけど、知ってます?」
「いいえ。」
「でも、好きじゃないの。ノルマが厳しくてね。」
「・・・」
「前は保育士でした。自閉症とか、LDとか、ADHDとか。」
「大変ですね。」
「ええ、大変だった。でも、できなかったの。日本語教師になるための勉強もしていたわ。」
「そうですか。あなたならなれますよ。」
「そう?ありがとう。でも、、、それもできなかった。」
「・・・・」
「ところで、どちらから来たの?」
「アメリカのミズーリです。」
「将来の夢は何ですか?」
「自分で経営者になることです。」
「わあ、大きな夢ね。私、さっきまでマネージャーと一緒だったの。
彼は、まだ28歳よ。私は管理されてるの。日本はまだまだ差別があるからね。」
「・・・・」
「さあ、もう行かなくちゃ。多分私、来週のこの時間、ここでお弁当を食べているわ。今日はあなた方にお会いできてよかったわ。」
「また会いたいです。」


将来有望なアメリカの青年が、板についたレディファーストでこんなに真摯にジェントルに傾聴してくれるのは嬉しいことだ。

そういうわけで、道中ですれちがった、毛並みのいいダルメシアンくんもなでなでさせてもらい、そのあと、ばったり旧友のKちゃんの
お母さんと挨拶したり、お花のご主人に会釈したりと、
いつもより多くの人々に出会いすぎて、刺激の多すぎる日中を過ごした。

そして花金の宵は、元町へダーッシュ!
ABAのF教授にお会いすべく、特急電車のなかで少女時代からの
お気に入りのコミックを人目も構わず、読み耽る。
そのマンガは、
「はいからさんが通る 第1巻」(講談社フレンドに連載)

もしかすると、I先生が講義中、宣伝していたスキナー博士の最新翻訳本(二瓶社)と、
大和和紀のこのコミック、どちらが有名で人気あるでしょう?
そして、ゆきんこへの癒し効果度は?

さてさて、日暮れの車中でご機嫌さんに読み終えて、元町に到着すると、中華街の手前のパンやさんに寄り道です。

毎朝、夕食用のおにぎりを作って、お菓子やケーキ入りの小さな鞄に
入れて自宅を出ますが、
営業所を5時ピタダッシュするときには、ついつい置き去りにしていた
今週。

さすがに空腹で夜学に耐えられないのと、ゼミでは講義室と違って
何か食べ物の付け届けをするのは、院生の暗黙の義務。

FゼミのKさんからは予め、「遅れるので先にABA論を話していてください。」と携帯で連絡が入っていたが、
一番乗りで、演習室で待機しつつ、11月5日に出かけた「ペット博」での
データをノートに書き写しながら、時間を潰した。

7時すぎだったか、次にひょいとお出ましになったのは、F教授。
「先生、こんばんは。」
「はい。こんばんは。」
「お仕事お疲れ様です。お腹すいていらっしゃいますか?
パンを買ってきましたので、どうぞ。」
「いいですよ。あなたが食べなさい。」
「いいえ、自分の分も他のみなさんの分も買って来ました。それに、
先生に2回もケーキをご馳走になりましたから。」
「そうですか。それでは、遠慮なく。」
「どうぞ。このパン、トライアルウィークで住吉中学の生徒さんが作ったそうです。」
「ああ、そうなの。」

気のせいではなく、F先生が私を腫物のように丁重に扱ってくださっているのが、「目と目で」わかる。
多分、ブログで逐一、ありのままをタクトしていることを警戒していらっしゃるのだろう。
それくらい、専門家ってイノチスレスレのお仕事ですから、
落ちこぼれのゆきんこの扱いには、やっぱり慎重でしょうな、アハハ。

「そうだ。あなたの携帯の電話番号、登録しておきましょう。」
「ええ?いいんですか?部外者ですのに。」
「どうぞ、言ってください。」

その場で登録すると、しばらくして私の携帯がブルった。
「これで、通じてますね。」
「はい。あ、でも非通知になってます。」
「私の番号、お知らせしておきましょうか?」
「いいえ。私の方からまず連絡することはないと思います。」
(それに、先生にとっても濫りに教えない方がいいんでしょう?)

それから、少しハロウィーンの話をした。
「前回10月31日のI先生の講義で机の上にハロウィーンの玩具がありました。きっとどなたかからのプレゼントだろうと。日本では滅多にしない行事ですけど、F先生が留学中はどんなふうでしたか?」

「楽しかったよ。娘が当時4歳でまだ小さかったから、いい思い出だ。」
「すると、先生は40歳前後のころですか?」
「いや、35歳くらいだったかな。」

なんだか、中途半端で本題に入る前に、仕事に出かける時間が来てしまいました。
ああ、行きたくない・・・
でも、行ってきます。




2006/11/03 (Fri) ニュースです!その2
只今、午後6時50分のニュースです。
地元の警察の巡査(23)が、警察署内のトイレで拳銃を頭に当てて
自殺しました。
巡査はこの春、警察に就職したばかり、勤務態度にも異変はなかったとのことです。

ショックです!こういうニュースは聞き捨てなりません!
死ぬくらいなら、辞めたらいいんです!逃げてもいいんです。
どんなに重い障害があっても、生きる希望を失わず前向きに生きようとする方々の方がずっとずっと立派です。

そのためには、誰かのお世話になって少々困らせても構いません。

それでは、この辺で公園に観察に出かけて帰ってきた経過を書きたいと
思います。

遡ること、11月1日(水)の午後3時半、
O町のショッピング街の地下1階にお客さんのお店があって
そのお隣のペットショップで見つけたペット情報誌の広告で見つけました。
この3連休、大阪住之江のインデックス大阪でペット博を開催しています。

それと直接、関連ありませんが、
一人でも行ってみて、観察しようかなと躊躇した結果、
今日は、自転車で15分かけて地域のK公園まででかけてみました。

公園は小学生仲間や、家族連れ、単独行動の老人たち、
そしてターゲットのワンコと飼い主さんたちが、あちらこちらで
それぞれの休日を楽しんでいました。

ここは大型のローラー滑り台やビオトープ、アスレチック広場もあって
K保育所に勤務中には、昨年、春の遠足で訪れた場所でした。

観察は日暮れ前の1時間前くらいが、複数の飼い主さんたちが散歩に
くるピークになることが、概ねわかってきました。
たまには夜の散歩にも遭遇しますが、この場合は子どもとのコミュニケーション場面を観察する確立がぐっと少なくなってしまいます。

続々とワンちゃんたちと飼い主さんたちが公園に登場!
ああ、親子と擦れ違った!う~ん、でも通り過ぎるな・・・
その瞬間を、チャチャッとメモに取ります。

自然観察のままではこんな感じ。

4時から5時過ぎまで公園内をゆっくり廻って、そろそろ薄暗くなって帰ろうかなと思った頃です。

やはり、私に熱い視線を注いでいるお方がいました。(恥)
そのお方は飼い主殿に紐をほどいてもらうと、やはり
私に近づいていらっしゃいました。(ドキドキ)

「こんにちは。」
「こんにちは。」
「女の子ですか?」
「そうです。」
「この頃、よくワンちゃんが寄ってくるんですよ。」
「犬はよく知ってますよ。親しい人ならもっと尻尾振って喜んでいる。」
「うちのご近所のワンちゃんもそうですね。」
「子どもにはどうですか?」
「うちの子も、飼ったばかりのころは世話をしたけど、糞尿の始末をめんどうくさがって、親にまかせっきりだ。」

例えば、このフレーズ、今時の親に語呂合わせで当てはめることもできそう。
「今時の親も、赤ちゃんが生まれたばかりの頃は、お世話したけど、
オシメ交換や子育てがめんどうになって、保母さんにまかせっきりだ。」

生きている限り、生き物が食べてウンコをするのは当然だから、誰かがトイレを掃除したり、オシメを換えて洗濯しなければ、衛生的に快適に過ごせない。
ヒトだけが、トイレとか、掃除したり洗濯する必要があるのも不思議な
行動ですね~。

気象情報によると、今夜は十三夜で観月にはいいお天気だそうです。

10月31日(火)発達障害心理臨床特論でメモしたQ&Aの続きです。

Q.自閉症児の感情理解・表出トレーニングとは?
A.自閉症児30名に喜怒哀楽の表情カードの理解度を研究した。
 その結果、マンガは簡単だが、動画では難しかった。
 線画→写真→実物へと般化させていく方法が有効?
 声色の感情「こんにちは。」のイントネーションでは、スムーズな
 般化のデータが得られた。
 感情は理解よりも表出の方がずっと難しい。
 
ロールプレイで「しかめ面をしましょう」などのトレーニングでは、
怒りの表情はできるが、笑うときに笑えない、おかしくないとき笑うなど独特の表情になってしまう。
怒らなくてもいいのに「怒れ!」と指導するのもおかしい。
ネガティブな感情を教えるのは難しい。
ネガティブな状況を敢えて作るのも教育的配慮としてはいかがなものか。

Q.実行機能障害とは?
A.あるのかないのかわからない仮説
 スケジューリング、段取りは視覚化で目に見える形にする工夫。

Q.他傷行為と障害の重さとの関連は?
A.他傷行動は行動障害で、知的障害の度合いとはあまり関係ない。
例えば、笑っている(泣いている)人を叩きにくる場合、
その声のトーン(周波数)が嫌悪刺激になっていると考えられる。
どんな心理が働いているかというのは、解釈しすぎ。

それから、行動療法学会では、1990年代、旋風の巻き起こっていた「心の理論」の最新報告も拝聴した。
自閉症でも、アスペルガーの方々は「アンとサリーの課題」はクリアするので、「心の理論」の障害ではなく、感覚入力の特異性・過敏性と捉える方がいい。また、心の読み取りと、こだわりの関連性もよくわからない。

Q.PARSの検査を取り寄せたい。
A.(社)日本自閉症協会のナショナルセンターで照会されたし。
  HPの書き込みで申し込めます。検査は専門家でなくても簡単に使え  るマニュアルです。
  但し、使用にあたっては、検査をしてそのまんま終わりというのは
  よくない。何のために使うのかよく考え、当事者支援のツールとし  て使うこと。

Q.映画「レインマン」の主人公はサヴァン症候群?
A.サヴァンは自閉症児に一部認められる。
 (サヴァンとは、障害があっても、特化した優れた能力を持っていること、日本では裸の大将の画才など)

Q.こだわりの軽減法は?
A.アプローチは難しい。迷惑にならないような調整、折り合いをつけることが大切。
こだわりは、職人の世界。
ある事例では戦前からこだわりのだしを使った大阪のうなぎやさんに入門したが、社会的にはいいこだわりもあるので、支援者の方が
こだわりにこだわらないように心かけて欲しい。

Q.偏食の指導は?
A.時間がたてば、味覚が変わることもある。
 調理法の工夫、何がダメなのかのリサーチが必要。
 におい・味・食感・カタカナだからダメとか理由は様々。
 理屈を説明して納得できる子もいる。
 カレーに野菜を入れて成功したが、何でも欲張って入れすぎて、結果、また食べなくなった。(笑)

ペアレントメンターの養成講座をI先生は只今実施中だけど、
面接法では、インシデンタルプロセス法というのが効果的だとか。
面接者と当事者の立場が逆転して、入れ替わりが許される集団にもなるけど、上手く行けばそれでいいじゃないか。

リソースは自分たちで作り、当事者主体で動かしていくのがいい。
何だか専門家がそんなこと言ったら、仕事さぼってません?
と突っ込みたくなりますが、これこそが、
専門家の周辺をうろうろして、要請できない為に、
「やっぱり自分でなんとかしなくちゃ」という開き直りの境地へと
導いているのなら、やはり、専門家は「無用の用」なんでしょうね。

Q.なんでゆきんこのABAマイブームが維持しているのかといえば、
A.そこにABAの師匠がいるからなのです。

「脳ミソはいじくれない。(アルジャーノンじゃないけど)
 環境をどうやって調えるか?個体内部だけでなく、環境を活かしている人々から学びましょう。来週はABAの問題行動にかかわるアプローチの
演習をやります。是非、ご出席ください。」

「ありがとうございました。」(礼)

ABAの信奉者でも、星占いも好きなゆきんこ
「目標を達成し、充実感に満たされる。
喜びを分かち合う友情にも恵まれそう。」










2006/11/03 (Fri) ABAに被れてます。
11月に入って、朝夕はひんやり、でも日中は真っ青な空が爽やかな日々が続き、★営業所の外を出れば、それなりに開放感を感じつつ、
厳しいノルマも、その瞬間は上手く忘却しています。

というのは、ゆきんこにはヘタレになると、ちゃんと慰めたり励ましたりしてくれる人々に囲まれているから大丈夫。

今月から、毎日3軒は絶対にお客さんに電話しないといけないノルマが
加わり、お客さんに合う約束(アポイント)ができたら、
ご褒美に販促品がもらえるという方略が始まった。

おまけに、支社から入社8年目の若手ホープ主任のN氏が、
新人指導&将来、営業所を束ねる支部長候補として、
★営業所に武者修行に来ることになった。
女性営業員15名の女の園で、我ら以上に厳しい指令を受けて。

ああ、お気の毒・・・

更に、入社1年未満の新人営業員VS1年以上~30年のベテラン営業員との
対抗戦を強いられることになった。

その宣戦布告(あ~いやだ、この戦術用語)に際し、
グループ名と各リーダーを決めた。

新人といったって、こんなグループ分けしたら、
既にゆきんこは新人グループの中で一番入社が旧くなっている。
「じゃあ、私サブリーダーになる。リーダーは年長のNさんね。」
というわけで、即決。
グループ名は「ちゃあみいフレッシュ」と決まった。

一方、ベテランは、「山いも」チーム
リーダーはBさんと、Tさん。二人はうつ病で去ったK所長の出張所に属していた。

Nさんと私は10月20日の引越し以来、2週間席替えでバラバラになり、
殆ど話をしていなかった。
最後に、顔色の悪いNさんと会話したのは、こういうの。
「Nさん、若いツモリでも、更年期だから用心しなくちゃ。
この前、電車の中で広告みたよ。動悸、息切れ、めまいに・・・」
「救心?」
その途端、二人はハモッてゴージャスに笑った。
「ゆきんこちゃん、3万円くらいするよ。」
「そんなに高いんだ。」

それ以来、挨拶以外は全く会話しておらず、営業員同士は擦れ違いの
単独行動を強いられていた。
Nさんからは、ピーク時
「私、死ぬ?」と携帯メールが入っていたので、
「死ぬ前に辞めよう!」
と返信した。

会社のノルマに忙殺されるくらいなら、少々ビンボーでも
私にはやりたいことがたくさんあるのだ!

何といってもABAで論文を書くという最大の目標が!

10月最終日の31日(火)早速、上得意のお客様Tさんにお電話を入れてみました。
「Tさん、昨日TVに映っていらっしゃいましたね。」
「いやあ、見てたんか。」
「はい。あ~!Tさん映ってる!と思いました。あのご先祖さまの掛け軸
素敵ですね。」
Tさんはあいにく所用のため、訪問するのは来週になった。

O町界隈は、昨年の今頃もTVレポート中継されていた。
なぜなら、ゆきんこの地域、この季節にぴったりの菊の花で全国的に
有名で、O町には江戸時代、東海道の宿場町として栄えた歴史もある。
従ってTさんは、そのご先祖の子孫というわけなのだ。

31日(火)は、★営業所から稲刈りの終わった夕暮れの田んぼ道を抜け、母校のH高校を通過して駅4つ分の距離を自転車でぶっ飛ばす。

それから、3本の電車を乗り継いで、目的地に着けば、
そこにゆきんこたちの講師(好子:こうし)がいらっしゃるからだ。

6時45分、いつも通りに無事に到着したが、
6階の講義室、お部屋は空っぽ。そして真っ暗。
「あれ?今日も休講?」
階下の事務室へ行くと、血走った目をしたN先生が疲れきった表情で
ため息をつき、カウンター越しの事務職員にぼやいていた。
クルリと振り返り、咄嗟の状況判断で謝った。

「先生、ごめんなさい。たった今着いたのです。
仕事は5時に終わっても、駅に着くのは5時半です。
どんなに急いで来ても、これ以上早い時間に到着できないのです。
申し訳ありません。」
「いやいや、あなたがあと1分でも遅れていたら、休講にするところでした。受講生の事情がわかっていたら、そのように覚悟できるのですが、
私も、寝る間を惜しんで、ここに駆けつけているものですから。」
だ~れも受講生が来なくては、平謝りするしかない。
だってお相手は、最先端の研究で全国を駈けずり廻っている諸先生方に
ありがた~い最新情報をFACE to FACE で教授していただいているのですから。

だから、会社の厳しいノルマよりもこっちが大事?
ってことも言い切れませんけどね。

今や、発達障害の分野においては、全国的にI先生の名前は轟いていて、
「住生活研究演習」の権威であられる6時限目のN先生よりも、7時限目の
履修生は、その10倍の人数。

・・・って書くと大袈裟だけど、6時限目の履修生は4名。
7時限目は50名は固い。
昨年の11月8日、昼のキャンパスにI先生の講義を飛び入り聴講させて
もらったことがあったが、その時は昼の現役大学院生の受講生は、
数え切れず、推測100名以上は受講していた。
それくらい人気の講座なのである。

だからって、私にとってはどの先生のどの講座だって
履修した限りは疎かにしたり、ないがしろにするつもりなんてない。
寧ろ、少人数クラスの講座の方が、生意気なことに、
大御所と対等に会話できるし、覚えもめでたくなるし、可愛がってもらえる。マジメに聴講すれば、多少成績悪くても、それ以上に、誠意や
熱意の方が、大事なんである。

そのエネルギーが、会社の厳しいノルマとの板挟みで枯渇しそうになる。
「N先生、どうしてこんなに死に物狂いでお仕事しなくてはならないんでしょうか?お昼だけで十分じゃないでしょうか。」
「いや、お陰さまで今のところはやってますけどね。
欧米では社会人対象の夜間大学院も、珍しくなく、日本ではようやく
2000年代に入って定着してきたんですよ。ただ今日は、1日2往復も
キャンパスと神戸を行き来したものですから、余計に拍子抜けして。」

先週から、配布されていた論文
「こどものまちづくり学習の視座-ホリスティックな環境観・教育観-」(名城大学工学部教授 遠藤安弘先生)を読んで、その要旨を
まとめるのが次回までの宿題。ふ~っ・・・

何回読んでもわかりましぇん!

7時限目のI先生の90分きっかり講義も、盛りだくさんの最新情報を
どうやってまとめるの?
近々、いずれかの専門誌(注:『現代のエスプリ』の次号らしい)に掲載予定の生原稿を早速、公開しつつ、
これを即座に講義ネタで披露するとは、ブラボ~!です。

特に、恐らくI先生ご自身にとっても、為になっているのは、
受講生が出席代わりに提出する前回の講義に対する質問用紙にお答えする。質疑応答コーナー。これだけでも、50名以上の質問があるわけで、小1時間も費やしますが、
何といっても、ABAは身近な困ったことを解決するツールとしての学問だから、受講生の生のお悩みに明答するのは、専門家の当然の使命と
お心得だからなのだ。と、また勝手に解釈している。

I先生が大学院生だった20年前のこと、(書いてもいいのかな~?)
「サルに戻ろう」と思ったこともあった。
この大学の研究センターで自閉症の専門家になる前に、
京都大学の霊長類研究所の門との二つの分かれ道があった。

この頃、気のせいか犬の研究を始めたところ、
散歩途中のワンコの皆さんが寄ってくることが往々にして増えている気がする、ゆきんこ。

水曜日の正午ごろ、一時帰宅したときのこと、
偶然、自治会役員の女性が2匹の犬を散歩させ、自宅の前を通りかかった。
「こんにちは。」
「こんにちは。2匹も飼っていらっしゃるんですか?」
すると、2匹は私に寄ってきたので、頭や首元を撫でて挨拶した。
「この頃、不思議とワンちゃんたちが寄ってきてくれるんですよ。」
「犬はよくわかってますよ。犬嫌いな人もわかってこの子たちも
近づきませんから。飼ってるんですか?」
「飼いたいのですが、忙しすぎるのと、母が嫌いでね。
一人になったら飼おうかなって。」
「私、犬の里親探しをしているんです。血統書付から雑種まで、犬種も
たくさん紹介しています。いつでも声をかけてください。」

講義中のI先生の述懐に、違和感はなかった。
そういえば、サルが好きそうな風貌(こじつけすぎ)

私にとっては、(まだ独りよがりの域を出ませんが)
ABAに被れてくると、動物の延長上に最高位のヒトの行動があるわけで、
おサルもワンコも、自閉症児も、健常者も、その延長上に事象は見え隠れしてくる。

霊長類研究っていうのは、
類人猿とヒトとの進化過程の違いを究めることにある。
その分かれ目はどこだったのか?
おサルのままだった一群と、ヒトへの進化を始めた特異なサルとの
分かれ目を。

人間も多種多様で、その中にも特異な行動を示す珍しい方々がいらっしゃいます。

おサルやワンコにはことばがあるようなないようなコミュニケーション力があるから、
優れたワンコのなかには、介助犬もいたり、人間と共存できる力があるわけだ。
(でも、おサルを家で飼うのは案外難しそうだよね?)

恥ずかしいかどうかはさておき、
ゆきんこという個体が、
I先生のお出ましに、
こそこそと、最後列の席をキープする。

それをABAの権威が見逃さずに、観察していたら、
「ああ、恥ずかしいんだね。」
「集団苦手なんだね。」
とお見通しになるから、やっぱり、恥ずかしい。

この、「恥ずかしい」という感情がヒトにはあるけど、
おサルやワンコ、PDDのみなさんではどうか?と
これだって研究対象になる。

人間がことばを駆使し、高度な文明文化を築きあげてきたのは、
学習し、親がまた子孫に伝授する力を備えているからである。
京大では、アイという母チンパンジーが子どものアユムに
獲得したシンボル言語をどのように学習させるのかを研究中。

I先生の主要テーマは、ペアレントトレーニングの般化だから、
発達障害だけでなく、昨今の日本の親機能の弱化(専門用語使ったらわからないですね)をどのように強化・維持・般化するのか、
そのためには、家族ぐるみの支援の必要性が望まれるので、
この頃、I先生は毎週火曜日、どこかの幼稚園・保育所に介入にお出かけの模様です。

その証拠に机上にはオレンジのかぼちゃお化けの玩具が置いてあった。
「そうか、今日はハロウィ~ン」

F先生によると、「悩み」とか「気持ち」という実際に、目に見えないものを表す言語を取り除き、単純な行動観察眼を身につけるところから、
修行は始まる。

従って、帰りのJRの電車に揺られて、ゼミ生のKさんに、
「だから、悩みということばを排斥したら、文字通り、悩みがなくなったんだよ。それに、私一度も、F先生に叱られてないしね。だってABAで幸せになりましたって宣言してるもの。」
「それが、F先生にとってご満悦のことばだから叱られないのね。
それにF先生、精神分析で解消されているうちは、そんなに深刻に困ってないって仰るのよ。」
「だって、『神様が見てくれてるから大丈夫』とか、『このお守りで
幸せになれるわ』という世界でしょう?私だって、10年前は『あなたの姓名は悪いから、改印しましょう』って占い師に言われて、2万円くらいの印鑑買ったけど、全然、幸せにならなかったもん。」

Q.行動療法と行動分析学との違いは?
A.行動療法の対象は、人間に限定
 隣接学問領域には、バイオフィードバック、認知行動療法を含む。
 
 行動分析学では、対象は自閉症・亀・金魚・ミジンコまで幅広い。
 なるほど~。
 だから、ダイビングしたときのお魚さんたちの行動もやっぱり
 面白い。
 隣接領域も、交通心理学、予防心理学、健康心理学、行動経済学と幅広い。

だから、ゆきんこらしくない「生命保険募集人」の産業界もひょっとして隣接業界?という勘違いな目論見があったけど、ここはどなたか
専門家にご意見を賜りたいところだ。

母親業、家族業、教育界の王道から疎外され、その隣接のプロもどきとしてなんとか生きてきた私には、やっぱりABAがぴったりくるのである。
 
ABA的には、行動療法は「近くて遠い親戚」わかるようなわからないような解説です。

午後2時半を過ぎました。
この辺で、中断してちょっと公園へ出かけてきます。

プロフィール

ゆきんこ

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴12年目になりました。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    修了後も、失業と再就職を繰り返し、どうにかケセラセラでやってきました。
    出会いと別れの中で次第に専門分野への執着を捨て、遠ざかる日々です。

    独身時代の趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などでしたが、兼業主婦になってからは家事にまい進、心身とともに衰退しています。
    かなり前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。

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