日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
Thanks so much 2006
2006年12月31日 (日) | 編集 |
只今、7時40分。「気分上々↑↑」のオープニングで、紅白歌合戦を横目に2006年を振り返っています。

一言で言って、「思いかけない1年」でした。
そして、何だか曖昧模糊とした1年でした。

昨年2005年度は、念願叶って社会人大学院に入学し、その日常を自分だけのものにするのではなく、ブログでお伝えできればと、8月から始めてみたものの、あんまりお役に立たないひとりよがりな内容に終始していました。(自分で読んで自己満足)

ただでさえ、どんくさい3倍速のゆきんこが歯を食いしばって、10年あまり曲がりなりにも継続してきた自閉症の世界と隔絶するなんて心のどこかでは、挫折感や、屈辱感、罪悪感でいっぱいでした。
保育所では、増え続ける発達障碍のお子さんたちやお母さんたちの涙や怒りに打ちひしがれて泣いてばかり。
失業してから年末までの3ヶ月、辛うじてNEETしてなかっただけで、逃避していたようなものでした。

そこで、2006年年明けは、それを払拭すべく「笑う門には福来る」をモットーに、
お陰さまで意識的に、必要以上に笑って過ごせた1年でした。

ほんのささやかなことにも、面白さや楽しさを発見しては、笑ってしまおうと心に誓ったのです。

勿論、笑えないことだってたくさんありました。
全く無知だった保険募集人の仕事は結構過酷で、毎日毎日、断られたり
怒鳴られたり、理不尽な思いもたくさんしました。
その代わりに、まずこの仕事をしていなければ、学習できなかったこともたくさんありました。

私が今、親しく笑い合っている仕事の仲間たち、それから出会った数え切れない方々との出会いは、殆ど2006年今年出会った方々ばかり。
じっとしていては出かけていかなくちゃ、お客さんからはやってきてくれない。

自分から勇気を出して声をかけたり、話しかけたり、話題を投げかけたり、
しかも、これまで対象にしていた子どもたちではなく、不特定多数のお客様方ばかり。
その大半は、仏頂面で無愛想な苦手なタイプの方々だけど、それでも必死こいて、何度も何度も会いに行った。
そして、当たり前のように連呼していたあいさつは、

「ありがとうございます!」
「恐れ入ります。」
「お元気ですか。」
「お仕事、お疲れ様です。」
などなど。

それでも、契約なんかはまるでとれなかったです。
膝頭が自転車のこぎ過ぎで痛くなるわ、笑顔が引き攣るので今年1年で年相応に老けた気がする。。。。

お給料も、保育士のときとあんまり代わらず、出来高ノルマの世界に「え~!こんだけ!?」
それなのに、販促品や必要経費はズルズルと出て行く一方。


予想外の全然違う仕事を始めて「せんせい」と呼ばれなくなって1年以上も経った。
ホント、「知らぬが仏」って感じです。
そして、夜間大学院の幼年コースの講義や、やっとやっと始まった
I先生の講義を聴いているのは正直虚しい限りだ。

その間、ブログの世界では、私は何をしていただろう。
「緘黙症」という臨床心理や教育界から全く捨て置かれたままだった当事者の方々の生々しい訴えを見過すことはできなかった。

現実の世界でも、隣の上司が慢性のうつ病から解離性障碍が深刻化して
退職した。

嘗て、言語療法士を目指していた私にとって思いかけず、
同僚は脳出血で長期入院した。
3ヶ月後、Kさんは生死の渕からよくここまでというまでに回復して、
退院し、27日に営業所に現れた。

10月から12月の3ヶ月施策の結果、★営業所は翌年2月の支部昇格までの
合計換算338件を達成した。
これは、うちの営業所だけのノルマですが、
因みに、月に1件も契約全然とれませんのゆきんこが足を引っ張っているのに、1ヶ月で110件以上だから、(12月は106件)
15名の営業員あたり、平均10件の契約をとっていたことになる。

お陰さまで、大半の営業員は査定クリアで、昇格。
そこにゆきんこも上研2期というランクに昇格させてもらった。


みんなで拍手喝采を朝礼で終えた頃、Kさんがタイミングよく元気な姿を見せてくれた。

営業員一同は、Kさんにお祝いの花束を贈呈し涙で抱擁を交わした。
「お見舞いに行こうと思ったけど、こわかってん。」

上司のO所長の横に座ってた彼女は、私にはよそよそしかった。
デザートプリンをみんなで食べ終えた頃、
Kさんの方から、私の目を見て、片言で言った。
「アリガトウ・・・」
「ごめんね。お見舞いに行って、いややったやろ。
プレゼントしたあのプーさんのパズル、難しかったね・・・」

営業に出かけるとき、再びKさんと見詰め合った。
髪を短くした彼女が、倒れる前のことばがフラッシュバックした。

「ノーマライゼーションってなあに?」

そういうわけで、特別ゲストのKさんの生還祝いが重なって、正午からの
仕事に行きたくなかったけど、中には単身赴任でこの時期しかお会いできないユウレイ顧客のリストもいくつかあり、夜間の学校は年末年始休暇に入っても、夕方から午後8時まで寒い夜空の下を自転車営業。
午後10時まで営業所に居残り残業していた。

翌日の28日は仕事収めと大掃除。
前日くじ引きで決めた場所を担当し、めいめいがいつもの営業スーツと
様相を変えて、ラフなトレーナーにGパン姿で作業に取り掛かった。

ミノムシのワンポイントの赤いエプロンに、赤ジャージ。
白い三角巾を頭に巻くと、向かいに座っていたNさんが、
「いや~ん、保母さん!!」とゴージャスに笑った。
「だって、今まではこれが仕事着だったんだもの。」

喫煙コーナーの前のガラスのヤニや、ブラインドの埃もすっきり取れて
すっきりした★営業所。

それから、午後12時半に全員で移動し、午後1時からM駅付近の居酒屋で、忘年会兼2ヶ月お世話になったコンサルティングディレクターN氏の
送別会が開かれた。

只今、紅白の画面では布施 明氏が「Imagine」を熱唱中。
いいなあ~。J.レノンのメタ・メッセージは正しくゆきんこの理想郷だ。

一人一人が、お助けマンとして奔走してくださったN氏に謝辞を述べた。
中には、涙でぐちょぐちょになって、
「すみません・・・うまくことばになりません。」

甘えん坊のYちゃん、もしかしてN氏に惚れたな~???

隣の席で鍋奉行になったN所長が、生ビールを豪快に飲み干すと、
半分酔っ払って、徐にこう言った。
「ゆきんこちゃん、昨日プリンターでお客さんのツール作ってたでしょう。あんなに大量に出して全部、お客さんに配るつもり!?」

「だって、S支所長のお達しどおりにしてるだけだよ。」

「もう、あんたって本当に存在そのものがオトボケなんだから!」
Nさんと私は、腹の底から大笑いした。

「ゆきんこちゃ~ん、寂しいよ。論文書くんだもんね。
ゆきんこちゃんがいてくれたから、がんばれたのに。。。」

「ごめんね・・・私は何にもしてないじゃない。営業だってNさんは、鉄砲玉子さんだから、行ったらなかなか返ってこないし。」

「でも、ゆきんこちゃんが私の前に★営業所にいてくれたから、
私は伸び伸び自分らしい営業ができたんだよ。」

「私はみんなの足ひっぱりで、自分で取った契約なんてなかったんだよ。」
「いいの。ここにいるだけで、十分役に立ってるから、上司も可愛がってくれるんだから。可愛い部下を手放したい上司はいないわ。それだって才能のうち。だから、もっと堂々としていればいいのに、どうしていつもへっぴり腰なの!?見ていてじれったいんだから。」
「私は、目立ちたくないんだよ・・・」

いつもの弁舌はどこへいったのか、口数少なく段ボール箱に荷物をまとめていたN氏。
2次会のカラオケでもシャランQの「ズルい女」を熱傷していたものの、
やっぱり寂しそうだった。

20代後半の営業員たちとのカラオケでは既にジェネレーションギャップを隠せない。(さっさと退散するんだった)

私は、YUMMINGが好きなんですが、特に結婚前の「荒井由美」時代の
旧いナンバーが好き。
カラオケで検索したところ、かなりマイナーな、思い出の一曲
「♪さまよいの果て波は寄せる」
を見つけてしみじみと歌ってみた。

歌い終わって、
「だ~れも知らない歌でしたね。」
「誰の歌?」
「ユーミン。」

お互いに歌っている歌を知らないから、なんとな~く白けてしまう。
おまけに彼女たちのプカプカやっている伏流煙で、狭いボックス内は、
濛々としてきた。

おせち料理も作っている暇もなく、作り方も未だに伝授されていない私が世知からいことなんて言えませんが、
10年のギャップがこんなにも甚だしいことに改めて気が遠のいていく。
こんな環境に小さな4歳の女の子をいつまでもつき合わせている
バツイチのママ営業員は恋の歌を熱唱し、上司のM所長は酔っ払った勢いで、感情を顕に馬乗りになった。

去年の大晦日には、こんな仲間に囲まれるだなんて想像もしていなかった。。。(唖然)

けれども、有難いことに、今年過ごした★営業所はやはり、居心地のよい時空間だった。
妙な威圧感や陰湿な虐めムードもなく、上司は一人一人の営業員の特徴を的確に捉えて、指導してくれたのでどの営業員も腐ったりせず、
マイペースの営業活動ができたのだと思う。
そうでなかったら、私が来る以前のメンバーではこの輝かしい(?)
挙積を残すことは到底できなかっただろう。
上層部の要職者方にも、「あの★営業所が信じられない!」という評価を得たのだから、きっとこの会社の伝説に残るだろう。(大袈裟?)

29日から今日の紅白が始まるまで、3日間大掃除。
年始の3が日も掃除してたんだよな・・・確か。

昨日は午後から母と2人で、独居老人の父に会いに行った。
父についての叙述は、あんまり周囲にメイワクをかけたくないので、やめておこうと思う。
14年前に後にしたこの自室は、もう自室として機能していない。
しかし、そのまま放置してきた思い出の品々が引き出しを開けると
出てくるのが、実は14年後のタイムカプセルって感じでなかなか
楽しかったりする。

今回は昨年の祖母の手紙に引き続き、なんと小学生時代の深雪伯母様の手紙が出てきた。
それから、7歳のクリスマスに母にかってもらった人形のジョアンナ。
20歳の夏、10日間ホームステイさせてもらったジェインからのクリスマスカード。

“Are you still playing clalinet?”
あなたは、まだクラリネットを吹いていますか。

No,Never…
もう吹いていない年月の方が遥かに長くなってしまいました。

帰りがけに父は、相変わらずの指示命令の言語機能だけを浴びせた挙句、玄関先で止めを刺した。
「おい、ムスメよ。お前、もっと器量を良くしろよ。」
「もう手遅れよ。」

人を本当に信じたり、赦せる気持ちになるには、それ相応の時間を要する。わたしの場合は、療育や保育の世界、ひいては保険の世界で、
あらゆる好からぬ境遇の方々にもみくちゃになってきたことで、少しずつ鍛錬されてきたお陰が大きい。

そして、恐らくはブログの世界においても現実とあまり変わらない事象が自ずとリンクしていくのだろう。

様々な不遇の環境に置かれた方々を他人事でないと常に自負してきたのは、他でもない父の生い立ちに由来しているからに過ぎない。
だから、美しい慈善事業だって、ボランティアだってそもそもは、
ジコチュウから端を発していることを後ろめたく思わなくていい。
それが巡り巡って誰かに恩恵がもたらされるのなら、それが本望だ。

そうそう、りらっくまタイムは、今年の主役、ワンコたちの観察だった。
誰もいなくても、ワンコの散歩シ~ンに
「カワイイ~~!!」

無邪気に叫んでいた。(やっぱり天然ボケ)

しまいには、営業所付近の常連飼い主さんも見つけたので
このくそ忙しかった営業さえなかったら、もっと癒し時間取れたのに~!!

兎に角、猪年に突入しても、もう少しこまめにデータ収集しないとやばい。
論文書けるかどうか、とてもとても心配です。

会社の掃除は午前中のうちに、キリをつけてしまわないといけないが、
自室の片付けは、マイペースできままにするので、3日もかかった。

今年も年末は、ユーミンのむか~しの曲「COBALT BLUE」をひっぱり出してBGMにしながら、整理整頓。
これが、なかなか捗らない。

その理由は、
第3者から見れば、何の価値もないゴミにしてもよさそうな物が宝物だから厄介だ。
普段、なるべく不要な品々は極力買わないつもりでも、
襖や収納棚に収まりきらないモノ。
ゆきんこの場合は、遍歴を遺す資料の束が捨てられない。
我ながら、「よくこんだけ無駄な勉強してきたなぁ。」
とシミジミするほど・・・(それだけ生きてきた証拠?)

パラパラと出てきた写真やチケットなどもアルバムに追加して挟もうものなら、またしげしげとアルバムに見入ってしまう。

いつもは見向きもしない旧い本ほど、パラリと捲って音読してみたりする。

日本の心理学者も著名な方々がたくさんいらっしゃるが、
母と親子2代で昔から大ファンなのが、秋葉秀則先生だ。
秋葉先生の代表作「今、わが子はたしかか」を開いてみると、
高校時代のメモが挟んであった。

当時は今よりずっと勉強できたかも?と、今はもうチンプンカンプンの
Σ記号の数式を眺める。
でも、こんなのもやっぱり捨てない。
当時の被虐にまみれていた自分を捨ててしまうなんてできないもの。

でも、死ぬときなんてあっという間だ。
どんな発明品も宝物も豪邸も、あの世に持って逝くことなんて誰にもできない。

生きている間は自分を証明できる痕跡を遺している。
例えば、将来、認知症になってしまうこともあるかもしれない。
自分が自分である証をアーカイブ確認するのが、大掃除、大晦日って
感じがする。

来年の今頃はどうしているのだろう。
お楽しみ!
とりあえず、紅白見終わったら、恒例のK神社に母と連れ立って初詣の
予定です。

最後に、2006年度に出会った皆々様方。
色々お世話になり、本当にありがとうございました。
一緒に笑ってくれて嬉しかったです。

どうぞ、よいお年をお迎えください。

I wish you a happy new year 2007!











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2006/12/31 23:11 | 仲間 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
クリスマスも苦しみます!?
2006年12月23日 (土) | 編集 |
2006年もあと8日あまり。
去年、失業中だった哀しく寒い冬を思えば、アクセク土日も自営業している勤労おばさんの自分は、案外、幸せ者だと思い込ませている。。。

でも、休みたいよ~。

「♪こんなおともだちもいます~
 クリスマスがやってきても~
 プレゼントももらえずに、泣いている
 おともだちが・・・
 ホント?

サンタのおじさん、誰にも忘れないで
サンタのおじさん、どうぞ忘れないで
ボクのプレゼント ちいさくてもいいから・・・」


・・・なんてちょっと寂しい歌を歌いながら、まだ紅葉の見える
Iの山並みに「ヤマナリエ」も望む。

K支社の事務からクレーム処理・大至急のお客様のところへ馳せ参じなくてはならず、お陰で今日も明日も休日返上。

「ゆきんこちゃん、私たちはロゴを借りて看板をぶら提げている代理店なのよ。そういう意識で仕事をすれば、意識も変わってもっと仕事に打ち込めるはずよ。」

うううう、、、O所長、そうなんですけどね・・・
確かに所長さんたちは部下の面倒もみながら休まず、働いている。
さすがに、20代後半が中心のちゃあみいフレッシュチームはそれぞれの
クリスマスを楽しむべく、だ~れも出勤していなかった・・・
「月月火水木金金」のお助けマンN氏も今日はお休みで、午後1時過ぎに
出勤した★営業所には誰もいなかった。

「あれ?ゆきんこちゃん、出勤してたの!」

「H所長も?」

「電気くらいつけたら?」

「ああ、一人だし、いいかなって。Hちゃんもクリスマスなのに。」

「今日しかどうしても会えないお客さんもいるしね。今日のお客さんは
ほんと凹んだな~。」

「Hちゃんも? そうだ。Hちゃん、出勤ならセラピーカード持ってきたらよかった。はずれたことないんだよ。」

「ああ、あのカードね。うん、また持ってきて。」

「ねえねえ、私また昨夜金縛りに遭っちゃった。」

「ええ!ゆきんこちゃんが金縛り?」

「昔は、全然霊感なんてなかったけどね~。昨夜は女の子だった。
7~8歳くらいの長い髪の女の子。」
そう、その子はきっと現役の緘黙の女の子。

「そんなのわかるの?」

「見えないけど、手足を動かそうにも寝返りも打てなくなって声が出なくなるんだ。
多分、これから会う予定の女の子だと思う。今回はすぐにどいてくれたんだけど、
前にも生霊の金縛りにあって、それは既知の女性だった。」

「大人になってから霊感が強くなって霊視できるようになった人の話
きいたことあるよ。でも、どうしてかしら?」

「根拠はないよ。でも、私を待ってる気がした。それに、どうして保険の仕事やってるんだ、早く来てって責められている感じ。」

「そうか、ゆきんこちゃん、保育士だったんだもんね。」

「Hちゃん、実は私、3月いっぱいで辞めるんだ。」

「やっぱりそうなの?ゆきんこちゃんは学校にも行ってたし、他にやりたいことがあるんだろうと思ってたけどね。」

「昨夜も遅くまで学校で、顔合わせなんかがあってね。
昨夜も帰宅は深夜12時だった。
保険の仕事もエンドレスだから、3ヶ月前の査定月をクリアしてからのすざまじいノルマと、学校との両立で正直、気が狂いそうなくらいだったよ。結局、ここに来てからそれ以前にやってきた学校のことが全部ほったらかしになって、この仕事のために学校のこともできなくなったら私、★営業所のみんなのことを悪く思ってしまうと思う。」

「そうか・・・だって前のキャリアの方が長かったんだものね。」

「また、戻ってくるかもしれないけど」

「ゆきんこちゃん、もう戻ってこない気がするな、残念だけど…
 また一から試験をやり直すのも大変じゃない?」
「ただいま~」
話を遮るようにS支所長が戻ってきた。

夜の学校はひとまず、今週いっぱいで年内は終業した。

火曜日7時限目のI先生は、気のせいではなくさりげない気遣いとコミュニケーションを、どんなにくたばっていても常に忘れない。

午後8時を廻った頃、廊下で擦れ違い様にオペラントに発語した。
「こんばんは。」
「・・こんばんは。」
I先生は黒板のある前方へ
ゆきんこは居心地のよい最後列へ。

今回も同じ1人1組の6グループに分かれて、面接ロールプレイング。
前回、観察者になった学生が交代で、演じることになり、
ゆきんこは自己申告で、「アスペルガーの息子が学校でいじめに遭っているのでは?」という設定の相談にやってきた母親役になった。

「学校でちゃんと先生がうちの子を評価してくださっていないように
思うんです。ニュースを見ていても虐めが原因で自殺したお子さんもいるし…、不安です。」

深刻そうに演じてみたものの、曖昧模糊とした返答に終わってしまった。

病気から復帰したスクールカウンセラー役のK先生が、
「ロールプレイングとはいえ、私が現役の教師でしょう?
演じていて複雑になるわね。保護者にこんな風に思われているのかな・・・と」

またさりげなく至近距離の机に腰掛け、総評を述べたI先生の言語行動よりも、ゆきんこが発見したのは、指輪(は、再確認)じゃなく、
年齢にしては大目のI先生の側頭の白髪だった。

今年最後の、出席コメントの用紙を提出するときも、
I先生は、男性教員の質疑に答えつつ、私の差し出した紙を直に左手で
受け取ってくださった。

それから、エレベーターで1階に降りると、ベンチに幼年コースのNさんがいたので、自分から話しかけた。
「N先生、明日はよろしく御願いします。十三駅で待ち合わせでしたね。」
「ちょっと地図を見せてください。時間は30分遅くなりましたが、連絡廻ってますか?」
「いいえ。」

後から、エレベーターで降りてきたI先生が、その行動を観察していらしたことは察知できた。(自意識過剰)

20日水曜日は、休講だった。当日、修士論文提出締切日で昼のYキャンパスはバタバタしていたことだろう。
そんなことはお構いなしに、幼年コースの仕切り屋M1のI先生が、宴会部長になって、忘年会を催した。

「今日、会社のT課長に教えてもらった心理テストです。パートナーと
手をつなぐのは、利き手ですか?」
「結婚したら、手なんかつながないよ。」
「それじゃ、するまではつないでたんでしょう?やっぱり、釣った餌には魚をやらない、と?」
「・・・っていうより、いちいち言わなくても分かれよって思うんだよね。」
「とにかく、利き手で相手とつなぐ場合は、相手に対して従順で、利き手をフリーハンドにしている場合は、自分が主導権とってるんだって。」
「う~ん、そうかなぁ。」
「ところで、I先生も、T先生も奥さんよりも、外の女性に優しい?」
「もちろん。」
「じゃ、やっぱり独身でいようっと。ね、Nさん。」

後は殆ど、幼稚園で管理職を20年近くやってきたI先生の独壇場でしたが、
「えんむすび」っていう意味深なネーミングのお店で、ふぐちり鍋をたらふく食べて、帰ってきました。

金曜日、夜の学校へ向かうゆきんこは、1ヶ月ぶりに気もソゾロ。
ルミナリエが終わった翌日のせいか、午後7時前の元町駅前も、
学校もいつもより人の数は少なく、ひっそりしていた。
4階でエレベーターの扉が開くや否や、私の目に飛び込んだ特別ゲスト。
「Hさん。」
「ゆきんこさん、早かったですね。」
「5時半の特急に乗れば、だいたいこれくらいに着くんです。」
「ちょうど、1ヶ月振りですね。」
「お元気でしたか?体調は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。」

掲示板で、部屋の確認をして、我々はソファに並んで座った。
向かいのエレベーターが再び開いた。
待ち合わせの時刻に、少し遅れて現れたのはF先生。

いつものゼミ室にF先生が照明をつけた。
「こんな小さな部屋でゼミをしているんですね。」
「これくらい小さい方がちょうど居心地がいいんです。」

ネクタイにスーツ姿の初対面のお二人は、恭しく名刺交換をされました。

なんと、このビッグなお二人が対面する前に、既に面識のあった張本人が、なんで私なんだよ!!

UNBELIEVABLE
「あの、私、席を外した方がいいですか?」
「いえ、あなたも一緒に聞いていてください。」

約1時間、ビッグな会談は無事に終了しましたが、
私が印象に残ったのは、F先生の意外や意外、あっぱれ恐れ入りました
という感じの大きな抑揚の感心振りで、
「できるだけのことは、協力しましょう。」と2回も仰っていたことだった。

F先生、私のときと全然リアクション違うんだから~~~

「あなたは何歳ですか?」
「同い年です。」
些細なことですが、「ことばと行動」の研究者は、その質問を発する
意図や謎までをも明らかにしたがることに貪欲である。

つまり、F教授が我々の年齢を問うのは、今後の人生計画を逆算して、
夢は夢のままで終わるのか、実現するには、どれくらいの所要時間がかかり、どういったお膳立てや方略が必要か、などと人間コンピューターが想定するわけだ。

会談を終えて、Hさんが白い表紙の「行動分析学入門」を私にショウイングしてくださったことが、嬉しかった。

私がその瞬間、深~く反省したのは、Hさんのお勧め本を購入もせず、
単なる口コミだけに終始していたことだった。
この本を入手して、F先生に紹介していたら、私の話だってもっと真剣に
取り合ってくださっていたはずなのに。

Hさんのことを私は1年前から知っていたのに。
それでも、遅くはありません。

ま、仕方がないです。
「T先生がスーパーひかり号なら、感覚統合の権威H先生は蒸気機関車」
ゆきんこのマイペースは、徒歩または自転車。

その方が、ゆっくりじっくり見落とさないで人生楽しめます。
仕事の合間も、風の中に鳥の囀りや、川のせせらぎにも耳を傾けられます。
田んぼ道を横切って四季の移り変わりを肌で感じることができます。
桜並木の最後の枯葉がいつ落ちたのか、自動車で走っていたのでは、
気に留めることもできないのです。

ですから、じっと黙って苦しんでいる隅っこにいる子のことなんて、
どうしてビジネスライク見栄見栄の権威に気付くことができるでしょうか。
どうして命乞いなんてできるでしょうか。

どんなに日本で牽制を誇って、世界を股にかけていて、大多数の方々に賞賛を浴びていても、私には何だか陳腐に見えた。
おなかを突き出して北京ダックなんか毎年食べている奴なんて大嫌い。
地球はあんただけのために、廻っているんじゃありません!

「絶対保険は必要なんだよね!」「今やらないといつやるの!」と
一見好々爺の支社長は笑顔で焚きつけるけど、
プカプカタバコを吹かして、自分の肺と空気を汚しているおっさんが、
品行方正でないことは、お見通しだ。
どんなに威張ってみたって孤軍奮闘では、法外なノルマを達成できるわけないでしょ!!


Hさんが先に帰った後に、通常のゼミの査読が始まったが、
「問題行動」ということばが、紙面に出てきたとき、F先生は、
「緘黙は、問題行動ですか?」
「問題行動ではありません。」
「・・・・・」
(強化子なし!)
間違っちゃった~!

そういえば、ABAに関して、ゼミ生が言ってはならないF先生の逆鱗に
触れる禁句集があるらしい。
またKさんに聞いておかなくちゃ。

疲れきった御顔のF先生と何度となく無言でアイコンタクトする。
私の顔が何か???
その深層心理に何を思っていらっしゃるのだろう?(憶測しすぎ?)

「それでは、後は裁判所の陪審員制度で、みなさんが査読のコメントを
してください。」

残りの30分は、校長のY先生、幼稚園園長のK先生、ゆきんこが、Kさんの
文章をチェックさせていただきました。
ついでに、Hさんのお土産のミスタードーナッツも、もぐもぐとみんなで
いただきました。ご馳走様でした。

ゼミだって面白いけど、最近一番楽しいのは、ゼミ終了後に、
JRの列車でKさんと交わすなんだかんだのおしゃべり。

「I先生の白髪があんなに多いなんてショックだ~。」
「それだけ苦労してるんじゃない。」
「だろうね。私もここに来てから睡眠時間が減って、逆に白髪とか笑い皺がくっきりしてきた。やだなぁ。あんなに気を遣ってくれるのは、
嬉しいような複雑な気がする。アイコンタクトだって、もういいです!」
「I先生も、F先生も自分のフトコロにちゃんと入ってきた人間は、
家族みたいに大事にしてくれるみたいだよ。」
「でもね、私にとっては、I先生やIゼミ生の人たちの、気持ち悪い優しさを感じる。わかる?」
「うん、わかるよ。」
「臨床コースの先生たちの、独特の気色悪さって何だろうか?
それが、私を素直にさせないで、いつまでも敬遠させているんだと思うんだけどね。」

大阪駅では何人ぶつかっても、誰も彼もが謝りもせず急ぎ足。
先週などは、被っていた帽子を落とした瞬間、若い男性が踏み潰していった。

普通は拾うんじゃない?あんまりだよ。
そういう大人のイケナイモデルが蔓延している満員電車で、
窒息しないように、ボクらは生きている。
でも、それが生き生きと自分らしく生きているっていうことなんだろうか。


狭い田んぼ道で小学生の女の子2人が、並んで自転車に乗っていた。
私は後ろからベルを鳴らした。
「除けろってよ。」
道を譲ってくれたお礼に、
「お先に、ありがとう。」
「何度も言ったら、きしょいわ!アハハハ」

こうした小学生たちを統べる担任教師たちだけを事の真偽を見極めず
一方的に責めたてるのは、あんまりだと思う。
単なる教員の指導力不足だけではない、社会全体の荒れが学校社会を蝕んでいるような気がしている。
今のところ当事者でない自分はそんなに言える立場ではないけどね。

は~、、、
明日のクリスマス・イヴもお仕事です。















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2006/12/23 22:54 | 大学院 | Comment (5) Trackback (0) | Top▲
「明日はわが身」です
2006年12月17日 (日) | 編集 |
何をどう綴っていいか、頭の中が整理されていない(2階の部屋も整理されていない)2006年師走の第3週。

清水寺の恒例の今年の一文字は 
MRIのお世話にならない程度に、私は健常域にいるだけであって、
日々、生保業界という自分らしくない仕事に追いたてられる企業女戦士
の戦いに明け暮れている。

逃げ出したくても、★営業所の上司に贔屓にされればされるほど、
その笑顔は引き攣っていく。

昨夜の土曜日もイヤイヤモードで★営業所に顔を出した。
知人が、40歳になっても無保険だというので11月から2回提案の話をしてきたが、結局、配偶者のお尻に敷かれているらしく、前日の金曜日に
終日返答を待っていたのに、T氏はすっぽかし作戦に出たのだ。

「N主任、アッシーになってもらえます?」
「ええ、いいですよ。」

私の遍歴を何も知らない10歳も年下の上司に謙るなんて、心の中では絶対に許せない。
でも、賭け値なしで休日返上で一人一人の営業員に同行して自らの
悦びにしているN氏の献身振りに、ゆきんこ元来の男性恐怖症は、
徐々にほぐれていった。(と思う)

「それでも、何のかんの言って、ゆきんこさんはこうして仕事に出てくるじゃありませんか。」
「中途半端にするわけにいかないもの。でも、私の今までやってきたことは全部、中途半端だった。結局、今年の1月5日にハローワークの前にBさんがいなかったら、N主任の車に乗っけてもらわなかったんだからね。
自分の夢なんて叶えたことなんかない。
私が何の役に立つのか、自分でもわからないけど、私を待っている人がいるから、そっちに行く決心をしたんだ。
お金だって全然儲からないし、もっと辛くてしんどいかもしれない。
だけど、他の営業員みたいにお客さんと契約をすることを素直に喜べないんだ。何だか斜に構えちゃってね。パーティーに参加しても、
かにかに食べ放題でも、大笑いしてもね。
必ずその場にいることができない人々がどうしているのだろうと、心を過ぎると、どうしても素直に笑えなくなるの。
だから、昨日のクリスマスパーティーも、N主任は、準備が終わったら、
参加できなかった営業員と残ると言って本当に帰ってしまったでしょう?」

「一度、宣言したことは僕は実行しますよ。」
「だから、見直したんだ。いい加減な口先だけで仕事をしている人だったら、同行なんて頼まないよ。
何度も言うけど、★営業所はいいメンバーでS支所長も尊敬できる上司だったから、入ったんだよ。別にロゴのパワーになびいてここに来たんじゃない。単純にお金儲けしたくて来たんじゃない。
それならどうしてわざわざ、断られたり無駄だらけの危うい変動給のこの仕事ができるかしら?

去年まで、自分の子どもでもない多くの赤ちゃんたちのおしめ洗いやお掃除だけに明け暮れていたのと、どっちがましだったのかという話だよ。言っておくけど、こんな話は誰にだってしない。
N主任には、というか男には、野望とか、全般出世欲とか、名誉欲とかあるよね。その大義名分で、部下を『守ってあげたい』とか言うよね。

じゃあ、結婚しても愛する家族と過ごす時間を犠牲にしてその目標を達成することが、家族を幸せにするということなの?私にはわからないよ。
私は子どものころから『結婚は必ずしも幸せを約束しない』ということを両親から植え付けられてきた。
どうしてこんなにバツイチの人たちが増えているの?
子どもを保育所に置きっぱなしにしてなかなか迎えにこない親になりきれない親は、一体どんな子ども時代を過ごしていたの?」

「    …なんだか重いですね、、、僕だって18歳で父が亡くなって進学資金に困り、母に苦労をかけました。だから苦労を知っている人の方が優しいことも知っているつもりです。でも、訳ありすぎると、重いですね…」
「ここまで立ち直るのに、すごい時間かかったんだもん。保険は信頼関係あってのものだけど、人間である限り、裏切る可能性がゼロじゃないから、わが社の方がいい商品ですよ。って平気で言って乗り換えさせるんじゃない?
これが、自分の家族だったらどう?
目の前のパートナーが、完璧じゃないからと文句をつけて、さっさと離婚したり、再婚したりしたら、子どもは誰を信じるのよ?

結婚する前に、そういう価値観受けつけられて、のた打ち回って、
他人の幸せだけを傍観して、羨望してきたんだよ。

本当に結婚したいんなら、仕事人間と家庭人とのバランス、ちゃんと
考えて、計算しなくちゃ。
35歳過ぎたら、精子も卵子も老化して、障碍児の出生率も高くなる。
奥さんにしたい人も、あんまり辛い思いをした人は、パートナーを信用できないと安心して身を任せられないから、やっぱり惚れさせてあげなくちゃ。」

「ゆきんこさん、、、かわいそうですね。」
「・・・・・」

「私には地位も名誉もいらない。ヴィトンのかばんも洋服もご馳走も
いらない。それを投げ捨てても、それ以上に大切なことを教えてくれて私を認めてくれる師匠に辿り着いたんだ。この(保険の)仕事が楽だと思わない。そっちに行っても、泣いてばかりで何にもいいことなんかないかもしれない。でも、私は行くよ。どうして私なの?と何度も確かめたけど、他の誰でもない私を要請してくれたから、決心したの。」

「かっこいいな~。かっこよすぎですよ。人間って出る杭は打つものです。
でも、出すぎた杭はもう打てないんですよ。僕、ゆきんこさんのこと、応援しています。」

「私がホームレスになっていたら、何か奢ってくれる?」

…と昨夜の黒いハマーの中での会話はこんな感じで、目当てのお客さんは出かけて留守だった。

年下上司N氏の★営業所内での武者修行は、11月から年末までの2ヶ月間だが、威張りン坊のN主任は、結構いい奴で、★営業所のメンバーもこの3ヶ月モーレツにがんばった甲斐があって、2月の支部昇格に向けてK支社トップの営業成績を修めたのだった。

けれども、ゆきんこは頑なに夜間大学の通学を優先してきたから、
面と向かってというわけじゃないが、営業員たちが夕方もお客さんをめがけて足しげく活動していたにもかかわらず、そこから逃避するかのように、5時ピタ退勤で顰蹙を買っていた。
当然、契約だってちっとも取れなくて、お客さんたちには
「一体、いつ辞めるの?」
「あんたに文句言ってもしゃあないから、さっさと嫁にいけば?」

と、連日、クライアントハラスメント(略してクラハラ)を受けていた。

なんというか、ヒョロヒョロした風貌が(今も昔も外見はヒョロヒョロしているんであるが)
相手の標的になって、どこへ行こうともセクハラ・パワハラ・リストラ
アカハラに常々、恐れおののいてきた。

だから、至近距離数メートルに、好子か嫌子か得体の知れない対象が近づくと、私は心的内部地震を予知するのだ。

それは、毎火曜日の7時限目にわなわなと起こる。
6時限目のT先生とのマンツーマンで穏やかな、気分転換いい気分の
「子どもの町づくり」の論文購読と笑顔と談話を楽しんだ後だけに、
脳ミソのスイッチの切り替えが結構大変なんである。

先週の水曜日12月6日の午後6時20分頃、偶然口を開いてしまったI先生に
予告していたある行動目標を果たすため、私はやはり尋常でなかった。

御題は、前回の予告通り、保護者面談から対象児の問題行動について事情聴取を効率的に行う初回カウンセリングのロールプレイングだった。

隣席のFさんが眉間に皺を寄せて話しかけてきた。
「私、相談したことないんです。苦手なんですよね~。
父親なんかはまるで頑固で相談しないで何でも自分勝手に決めちゃうタイプで・・・」
「みなさん、こんばんは。」
黒板の前に立ったI先生が、学生の会話を遮って講義を始めた。

「もう少し下がってください。」
アイコンタクトしたI先生の目は、明らかに「指示・命令」の機能を示していた。

5人グループで、ジャンケンして母親役、面接者役、観察者3名の役を
決めた。

私のいる所属グループのジャンケンで勝敗が決まる瞬間を、I先生はしっかりと見届けていた。

「あ~、、、よかった・・・」
私は、観察者になり、負けてカウンセラー役になったのは、まだ社会人になっていない最年少のFさんだ。

しかし、観察者になるのも難しい…
緘黙でなくても、視線や指摘の飛び交う面と向かっての意見交換の場で、表面的には和やかだが、実際、その場を取り繕うので必死だ。
しかも、もっと気になるのは、I先生の抜け目のない観察眼で、
5つのグループをくまなくチェックしていることだ。
仕方がない。これがI先生のお仕事なんだもの・・・

(そういえば、Iゼミの1年生の中間報告も確か、チェックリストを作っていたから、多分、チェック魔なんだろう)

更に、I先生の横顔が至近距離5メートル内に接近したとき、
ゆきんこは、大、大、大、、、、発見したのだ!
その途端、さ~~~~っと血の気が引く音が聞こえた。
勿論、誰一人、気がついていない・・・

「クライアントの役になりきることが、よき相談者になるにはいいですね。」
I先生はこうコメントし、何となく自己満足げに見えた。

私なんて、いつだって道化者のクラウンになりきっているさ・・・
生保の女たちは、腸が煮えくり返っていたって、笑顔を絶やさない。
そして、誰にも父を診断されずに、最後に看取る覚悟だってしなくちゃならない。

出席替わりの、用紙に学籍番号・氏名・コメントを記入して、
黒板の前の机上に提出した。
「ねえ、Kさん帰る前に2分だけ付き合って。」
「いいよ。」
最後列の座席から、廊下に出て、再び黒板前の引き戸から講義室に入り
I先生にオペラントにアプローチ!

「I先生、余暇活動に役立ててください。」
K-Railwayのロゴ入りの白い袋を手渡した。
「あ、スルッと関西!?」
「期間限定販売なので買ってきました。喜んでもらえるかなと思って。」
「生徒さんは喜ぶだろうけど、僕は・・・」

あら?
そうか・・・先生の好子ってわけじゃなかったらしい。

「ありがとうございます。」
1秒から2秒の最至近距離が何センチだったのか、
とにかくも、私の2年11ヶ月の究極の目標は達成された。
その瞬間、I先生と私はシンクロに笑顔とアイコンタクトを浮かべていたが、嘗てのどこかの自閉ちゃんたちとは、相当な技を磨かないことには
どうしようもない。

至近距離に居たくないのは、憧憬の対象に目にしたくないものまで見えてしまうことがコワイ・・・
その途端、憧憬は幻滅に変貌を遂げる瞬間を何度となく体験した。
それが、2006年12月12日火曜日だった。

4階のロッカーにプリントを入れて、エレベーターの前に立ち、
開いた途端、中にはI先生がいらっしゃった。
逃げ出すわけにいかず、Kさんと平静を装って、中に乗り込んだ。

1階へ着くと、I先生の眼中に複数の生徒たちは入っていない。
挨拶もしないで、一番にエレベーターを出ると、
足早にガラスの扉を開けると、中型ワゴンに乗ったI先生は次の目的に向かって暗闇に消えた。

やっぱり、そんなにドタバタ突っ走ってばかりいると、
たくさん見落としていることがあるんじゃないかしら?
どんなにプロフェッショナルといってもね。

IQのずば抜けて高いASちゃんたちが、孤高な世界で、凡人たちにはわからない数式を解けたって、
エロティックな生保レディたちは、臆面もなく、初対面同士でも抱き合ったり、ブチュ~っとキスをする。
無礼講のパーティーでどこまでの節度を保つのかは、全く千差万別。

そこでは、『郷に入れば郷に従え』という庶民の、学閥の、企業戦士の、教育者の、家庭の、それぞれのTPOに即した目に見えないルールが
存在している。

そのルールがチンプンカンプンな人たちが、I先生のお客さんたちだ。

「あのすごろく、私も見たかったな。」
「もう1つ買ったんだ。今度持って来るね。」
「今日の講義は、メモを書く時間がなくてI先生ってスケジュール通りにやらないと、というこだわりがあるみたいで、それも窮屈なんだな~。」
「ねえねえ、私、今までI先生を遠くからしか見たことなかったんだけど、近くに来てわかったことがあるんだよ。多分、そうだろうと思ってたけど、今日、それを確かめたんだ!」
「何?」
「何だと思う?」
「え~、わかんない。」
「ヒントは近くに見えてわかったこと。」
「何が?」
「私もKちゃんもしてないけど、I先生はしてたんだよ。」
「どこに?」
「左手」
「あ~! 指輪!?」
「そう。ショックだったな~~~」
「私、知らなかったよ。I先生に全然興味ないもん。」
「あ、そう・・・」

その日は、全然寝付けずに、翌朝9時から夕方5時までモーレツに働いた。

これまで何度となく体験してきたことだけど、
辛いことや悲しいことから気を紛らわせるには、やっぱり
目の前のしなければならないことに、猛進していることが、ABAの方略だ。

有限な人生をどのように過ごそうと、それは貴方の自由かもしれない。
しかし、地球の同じ時空に生存している我々は運命共同体だ。
I先生の御前で、払拭しきれない煮えたぎる復讐心を剥き出しにはしない。
もし、そうしてしまったら、私は自分の属する最高等動物の誇りを自分で捨ててしまうことになる。

ヘタレになっていると、私を勧誘してくださったBさんが励ましてくれる。
「ゆきんこちゃん、あんたはガラスケースに入っているように見えるよ。生保の営業員はみんな闘っているんだ。白鳥みたいなもの。
表面はスイスイと泳いで見えるけど、水面下では必死に足を動かしている。」
「うん、、、私まだまだ支所長に甘やかしてもらっているのもわかってる。がんばっているみんなに悪いから、クビにしてもらってもいいんだ。」
「また一緒にごはん食べに行こうよ。」
「うん。。。」

金曜日、クリスマスパーティーを楽しんで繰り出したFゼミ。
少し早めに複数のゼミ生が到着し、F先生が冒頭、目下の交通事故が原因で深刻なPTSDに苛まれている事例を述べられた。
その延長に、我々はF先生の滔滔と叙述しがたい遍歴に傾聴し、目頭を熱くしたのだ。
(事実に近づけて書きたいですが、疲れていると記憶力も減退したり、
嫌なことがあると、面倒になる・・・そこがヘタレ)

「たとえ、自分のかかわった学生が学校生活を円満に過ごし、卒業させて社会へ送り出したとしても、そこで躓いたり挫折したりしているのなら、生活が安定して軌道にのっているのかどうか、見届けなければ、私は気が済まないんだよ。」クリスチャンであられるF先生の御題は、
「行動分析学入門」(産業図書1998年初版)

「ABAでは、神仏に祈ることは行動から除外するものと思っていましたが?」
『第23章道徳と法による行動の制御』を読んでいないのか?」
「読みます。」

3年生のKさんのみっちり査読指導に、傍聴者3名は、最後にコメントを要請され、ゆきんこは一言。
「明日はわが身です。」

今朝、目にしたニュースのなかで、拒食症防止キャンペーンとして、
イタリアのファッション業界が、痩せすぎたり、健康な食生活をしていないモデルを起用しないことを決めたそうだ。
摂食障害の女性をクライアントにした話も拝聴したF先生に来週お伝えしなくっちゃ!

誓いを立てた指輪の主が誰なのか、私は悶々とするでしょう。
しばらく心のお天気は師走の空模様の如くぐずつきそうです。









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2006/12/17 15:26 | 悶々 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
風邪は社会のメイワクです。
2006年12月09日 (土) | 編集 |
今週、喉が痛くなったり、鼻水がタラタラ出てきたりと、とうとう風邪をひいてしまった。

2週間くらい前から、×1ほやほやのHさんの長女Yちゃんの風邪ひきを
皮切りに、複数の営業員が、バタバタと下痢や発熱の諸症状で、休んでいた。

復帰してくるのはいいけど、完全治癒してないのに、営業所内に目には見えないカゼカゼ菌を撒き散らしている罪に彼女たちは気付いていない。

しかも、
「少々しんどいくらいでは休まない!」
「気合だ気合だ!」
とかなんとか言いながら、ゴホゴホとマスクもしないで咳き込むのは
やめて欲しい。

ゆきんこの小さな努力、すなわち、うがい、手洗い、12時までには就寝して過労とストレスを溜めない
という風邪予防の励行は、科学的根拠に基づく予防を知らない人々の
妙なやせ我慢(熱があっても休まず仕事)という行動に感化されて、
結局、アタマがガンガンしてきた。

月曜日以外、なんとか休まず毎晩元町まで、往復3時間半の通学も
励行しているが、昨晩12月8日からクリスマスまで
神戸ルミナリエも開催されるので、電車内もホームもしばらくは
更に込み合うことが予想される・・・

お気に入り火曜日の7時限目のI先生の講義内容も、叙述する元気がない・・・
最後の方は、臨床家として発達障碍児の保護者の初回面接相談にどのように応じるのかを、まずはI先生ご自身がお手本になって、デモンストレーションを受講生にお披露目していただいた。

「次回は3人一組になって、相談者・相談員・観察者なって役割交代します。第3者の評価を得ることで、自分のことばや反応の癖をモニタリングしておくことは、現場での実践する前に経験しておくことが大切です。」

と締めくくって、早々にI先生はいずこへか姿を消した。
私と比較的親しい女性受講者3名ほどが、集まって
「え~、相談なんてやったことないよ。」
などと口々にぼやき合って、その日はエレベーターを使わずに、
4階のロッカーにプリントを放り込むと、学校教育コース1年の女性と
2人で談話しながら、階段を降りていた。
向かいから現れたI先生は、携帯電話を片手にせわしなく、階段を昇降していった。

その次の日。
大阪市内まで、支所長の同行を終えてそのまま夜の学校へ5時台のうちに到着した。

講義が始まるまで1時間足らず、図書室で翌日の変額保険試験の
ワークブックをして過ごし、腹ごしらえをしようと、
腰を上げたのは、午後6時20分だった。

薄暗い4階の学術雑誌コーナーの隣の自販機の前に男性のシルエット。
数秒誰か知っている人かしら?と注視した。
見覚えのある額の生え際に・・・
そしてお相手も自販機から飲み物を取り出すと、
私を誰だろうとこちらを見ていた。

「あ、I先生。」
去年の私ならその後、どんな行動を仕出かしただろう。
間を空けず、引き続きしゃべった。
「こんばんは。何だかI先生に似ている人だなあと思ったんです。
今日はどうしてこちらにお出でなんですか?」
「ああ、今日はこれから中間発表会があるんですよ。」
「ああ、そうでしたね。私、昨日先生にお渡ししたいものを持ってきていましたが、持って返ってしまいました。今度お渡しします。」

それに対してお返事はなく、I先生はすっとその場を去った。
思い起こすと、2秒くらいは私の顔をじっと黙って見ていらっしゃったかもしれないが、こんな時は意図的にあっけらかんとしてみた。
その瞬間、お相手のI先生の観察対象になっている自分の顔を自分で録画再生するわけにいかない。


私は意外にも全く緊張しないで、ずっと前から知っていたような
(いや、勿論知っていたのですが)口ぶりで話したことに後から
驚きと喜びがじわわわ~っと沸き起こってきた。

持参のお菓子とお握りを食べ終わって、何かの拍子に講義室の引き戸の前を通過した瞬間、I先生の笑顔が目の中に飛び込みスキャンした。

私はどうやら、I先生から学生というよりも、
クライアントとして遇されているらしい?

「今日、I先生とまたしゃべっちゃった!思ったよりも気さくな感じで
話せたよ。」
帰宅するやいなや、母に嬉々として報告した。
「先生はみんなそんなものよ。誰にだって初めから前からの友だちみたいに話すでしょう。」
「そうかな~?それにしても、I先生一体いつから私のことご存知だったんだろう?」

かと思うと、こちらの教育臨床心理コースの諸先生方に私はこんな
印象を覚えていた。
水曜日7時限目、こちらは精神分析派で自称発達やさんのI先生の講義。
どんな文脈だったか忘れたが、精神分裂病の心理臨床家の大家サリバンの文献を下に、いまいち盛り上がらない議論の終盤に、口火を切った。

「私はそもそもちょうど2年前の今頃、教育臨床心理コースを第1志望していて第2志望の幼年コースに入学した経緯があるのですが、面接試験のことを思い返すと、教育心理コースの先生方に、失礼ながら異様な気色悪さを覚えました。その後に幼年コースの面接試験の控え室で間際まで、Mちゃんとおしゃべりしていたので、うって変わって全く緊張しなかったし、きっと幼年コースに入るんだな~と予感していました。

今はそれでよかったと思うのですが、それでも、どうして私落ちたんだろうと思ったりします。
やっぱりクライアントの域を出ないからなのかな?とか、
臨床心理士は様々なクライアントや状況にに対応できるように、わざわざストレスフルな葛藤させるように仕向ける質問や態度で面接するのだと、噂で聞きましたが…」
「そうですね。みなさん折角ここへ来て依頼者の立場になれるんだから、現場に戻るまでの間、それを十分に体験すればいいと思います。
出てしまったら、今度は現場で、保護者などの相談に応じるばかりになりますからね。」

なんだか期待はずれな回答だな・・・
「つまり、私が言いたいのは、臨床家といえども、結局クライアントに
選ばれるのであって、主権はクライアントにあると思うんです。」

あ~、いやだいやだ。
どうしてこの頃、こんなに我侭なんだろう。

木曜日6時限目は、視覚障害教育の分野がご専門のS先生の最終講義。
最後のインフォメーションでは、
「12月9日の午後9時半に「きらっと生きる」という番組で、
私の教え子が主役になります。是非、視聴してください。」
と宣伝されて終わりました。

この頃、加齢に伴う記憶力の減退がどうしようもなく、
そのままお伝えするのは難しくなりました。
講義後、S先生と休憩時間をオーバーして談話しました。
「差別と偏見を払拭するのは、人間の永遠のテーマではないでしょうか。私はエソロジーが好きなので、動物社会の方が弱肉強食という自然のルールは仕方ないとしても、人間社会よりもずっと理に適っていると
思っています。
人間同士が合い争い、戦争を始めたのはいつからなのか?
いつになったら終わるのかと思います。」

「そうですね。動物は同じ種同士で、殺し合いはしませんね。肉食種でも空腹時以外にむやみに狩猟はしませんからね。
恐らく、人間はムラ社会ができ、特定の人間が所有欲を増幅させたことから争いを始めたのでしょう。
昨今の虐めやモラルハザード、血族同士での殺害が増えていることからも、人間は進化どころか、退化しているのかもしれません。」

「そのような健常者同士の現状からも、私は障碍児者の啓発は尚一層、
後回しになるのではないかと危惧するのです。

漢字の成り立ちも、女偏の漢字には碌な意味のものがありません。
一体、何百年後に漢字は刷新されているのかとも思いますね。」

「ああ、そうですね。女偏の漢字か・・・」

「お引止めしてお話きいていただき、ありがとうございました。
少し早いですが、先生楽しいクリスマスと、よいお年をお迎えください。」
「ええ。ありがとうございます。」

…などという会話は、I先生との間に成立するのかどうかは、
今後の課題です。

そして花金は、F先生のゼミ。
荷物を演習室においてから、再び元町駅へ繰り出すと、
雨上がりの週末、そしてルミナリエ初日にして多くの人々の群れに
押し流されそうに、5回目のパンやさんでお買い物。

演習室に戻ると、F先生が寝息を立てて着席していらした。
「先生、こんばんは・・・」
「こんばんは・・・・・・・
数ミリ薄目を開けると再び、ぐったりと仮眠を取られたF先生。
仕方がないので、中間発表会のレジュメに黙々と目を通した。

(今年のI先生のゼミ生は一人だけだ。ふ~ん、不登校児の早期発見早期対応か。チェックリスト使うのはIゼミらしいな・・・)

校長先生のY先生が息を切らせて来られたので、その瞬間、F先生も
目を覚まされた。
随分、私の前では寛いでいらっしゃるのねぇ、、、
部外者だからお互いそんなに責任ないもんね。

Y先生の事例研究の生徒さんは、相手によって挨拶がスムーズだったり、
ぎこちなかったりする。
だけど、お母さんとの電話ではよくしゃべるというところで、
ゆきんこは余計な口を挟んだ。
「私も電話嫌いなんですよ。」
「私、じゃないでしょう?」
「え?」
「文法的におかしい。この子は電話ではよくしゃべるんだから、
電話は好子なんだよ。
私も、じゃなく、」
「あ、私ですね。」

GEEE
またこの類のチクチクしたABA突込みが始まった。
続きはまた明日。

風邪ひいてるし、そろそろお風呂に入って早めに寝ましょう。
おやすみなさい。








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2006/12/09 21:25 | 大学院 | Comment (7) Trackback (1) | Top▲
女性起業セミナー2006 後半
2006年12月02日 (土) | 編集 |
師走に入り、寒さが増してきました。
★営業所に通勤する桜並木は、殆ど落葉し、寒そうに僅かの枯葉が
しがみつくように枝に残っています。

「Oさん、おはようございます。オハヨウ。」
カタカナのオハヨウは、Oさんの愛犬、レトリバーの黒いワンちゃんに
ごあいさつ。

凛々しくも、「こども110番」の黄色いゼッケンをつけてパトロール
姿にうっとりしますぅ~。

ここだけの話、マッチョで鼻持ちならない年下上司のハマーとは、
大違い。

「だから、ゆきちゃん、あんたに保険会社の社会のルールが合うわけないって言ったでしょう?」

そこが、ゆきんこの大馬鹿者です。
試して、実体験しないことには推測できない。
既に、新卒営業員だったちょっと昔、不適応症状で心身症になったこともすっかり忘れてしまって・・・

これからしようとする前人未到・前代未聞の夢への第2歩に、
どうして、どうして??とアタマがグルグル回りだす。
でも、まだ狂ってはいない。
とりあえず、明日への一歩を踏み出してきた。

対外的な行事にお咎めなしという気の緩みがオンタイムから
ずれてしまい、到着したのは午後10時5分頃。

1週間前の同時刻・同場所に・同メンバーが揃った。
「女性起業セミナー2006」の第2回目に駆け込み入室。

受付で名札をもらって、背の高い国際結婚の女性・個性的な見たこともないデザインの帽子を被った女性と、目立たないように入室した。
(だからそれが既に目立ってるんだって)

もしも、当日の参加者のどなたかの目にこの文章が映ったなら、
参加者全員に気を配っている余裕がなくて、目先の日々に追われているので今回の叙述は、自分に集約されることを、ご容赦願いたい。
(ぼ~っとしている私には信じられない気忙しさです、本当に)

御前11時頃まで、前回に引き続き、リー先生からレジュメに沿った講義があり、未来予想図を言語化するための年表や、タイムマネジメントの
専門用紙が配布された。

「この用紙に、できるだけ具体的に将来に向けての起業イメージを書き込んでいきましょう。それでは、今日は個別相談にも応じますので、ご自由に休憩してください。どうぞ。」

さて、普段はマジメ人間でも、最近、息が詰まりそうな生活をしているせいか、どこかで自分のお楽しみゆとりタイムを捻出しないでは
いられない。リー先生のお題を後回しにして、
「ゾウ女」のゆきんこ「ご自由に」という
と都合のよいことばしか耳に入れていない。

チャンス!


隣席の女性に「今日は一緒にランチを食べに行きましょうよ。」
とお誘いしてから、勝手気ままな行動をとる。
「吊り広告で見つけた期間限定の商品、今日、発売なんです。
ちょっと買ってきます。」

自転車をコンビニ前に駐車して、駆け出した先は、H駅の駅長室。
「すみません。今日から発売のすごろく下さい。」
「はいはい。」
「あの~、2つ買ってもいいですか?」
「いいですよ。」
「限定販売商品ってどれくらいで売り切れるんでしょうか?」
「そうですね~。多分、今日中には・・・」
「よかった~!2つも買えてラッキーです。領収書も御願いします。」

「スルッと関西すごろく」ごときで、嬉々としている脳天気なのも、ABAのお陰。
火曜日の夜に、計画中の究極の行動目標を、つり革広告を見て閃いたのだ!

暢気に再びの遅刻で、まだ未記入の起業計画をまたまた後回しで、
隣席の女性の人生行路に耳を傾けた。
「何かやろうとするときに、あまり迷ったりしないんですか。」
「うん。全然。」
「羨ましい~。私なんていつも不安で仕方ないんです・・・」

と綴っていると、もう午後11時です。平日はまだ電車のなかでもみくちゃになっている時間だけど・・・

今夜も帰宅は結局、午後9時だったしね。
眠くなってきました。続きはまた明日。

おやすみなさい。



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2006/12/02 23:02 | | Comment (5) Trackback (0) | Top▲