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抹茶とらやき


2月逃げる・3月去る
というわけで、ゆきんこが★営業所を去る3月も迫ってきた。

4月からは、雇用関係は終了するわけですが、
(会社の人間関係ってそういう意味では、お金の切れ目が縁の切れ目
って感じであっけなく、味気ない)

今のところは、やはり上司や同僚との恩義もあるわけで、
土曜日もお客様へのクレーム処理に同行で、駆けずり回っていました。
それに、4月以降は保険・年金制度の料金改定があるので、3月末までしか販売できない、今ならチャンスの商品も、ダメもとで紹介しないと
後から
「何でその時教えてくれなかったの!!」
と営業員の悪評へと影響しかねない。

あ~~~、しんど・・・

それから、親友のOちゃんの誕生会企画を、一番多忙な私が
言いだしっぺになったので、共通の友人数名に連絡を取り合っているところ。
既に主婦になった友人たちは、身動きとれないことはわかっているので、
モノグサ性格の私が、やらないことには、事は前へ進んでいかない。

そこで、しょうもない発見に癒しを求めるのが、ゆきんこ流!

発見したのは、F教授が23日に午後7時に演習室へ持ち寄ったお菓子
その名も
「抹茶とらやき」
「どこで買っていらっしゃったのですか?」
「ん?そこのコンビニだよ。」
元町駅を出て夜の学校へ向かう数十メートルの上り坂の手前に、
私の好きなハイジのグッズを懸賞品にしている、ファミリーーマート
があるのですが、F先生は大抵、ここでサンドイッチを夜食にお買い求めになります。

そこで、捨ててしまう前に袋の裏面を転記してみよう。

名称   洋菓子
原材料名 砂糖、卵、小麦粉、小豆、ショートニング(大豆を含む)
     水あめ、植物油脂、抹茶、クロレラ、脱脂粉乳、
     生クリーム、バター、全粉乳、膨張剤、香料、香料、
     着色料(クチナシ)
内容量  1個
賞味期限 07.03.11
保存方法 直射日光や高温多湿の場所を避けてください。
製造者  株式会社 香月堂(かげつどう)
     〒442-0827 
     愛知県豊川市西島町袖身8番地
     お問合せ先 TEL0533-84-7496
     受付時間 祝祭日を除く月~金9:00~17:00

ゆきんこはお菓子だ~いすき!

例えば、どんな研究をしてもいいのなら、
面白お菓子プロジェクト隊を募って、お菓子旅行を企画してみたい!

余談ですが、2000年11月から2001年3月までの約半年間、ゆきんこは大失業時代、日本語教師養成講座を受講していた。
それも、語りだすととまらないけど、
食べ物の由来についてリサーチするというお題もあって、今となってはなかなか楽しい思い出だ。

今年は生ぬるい暖冬で、自転車営業で川沿いの土手を上ると、
蓬も少しずつ生えてきた。
すっかり忘れたはずの、母校の校歌が口からこぼれた。

「♪朝霧染めし、黎明の 姿雄雄しき K山」
そうだ!
「蓬とらやき」っていう姉妹品も販売したらどうかしら?
   


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もう少しかいつまんで、端的に書かないことには、
だ~レも読んでくれないマイブログ。

一昨日、今年初めてのYゼミをマンツーマンで開いていただいた。
正直のところ、Y教授と私は、初回から猿・猿の仲。
ゼミでも今の職場の人間関係が、前職の保育・教育関係よりも
ずっと上手くいっていることを報告すると、
Y教授は、やはり面白くない顔をした。

それでも、Yゼミに所属し、授業料を納めている限りはお互い様にその間人生をリンクさせているわけだから、仲良くやっていかないといけない。

3月末日で、保険会社を退職することを報告すると、今年に入って
やっと対面したY教授は、にわかに求人の話を切り出した。
「とりあえず、明日までに履歴書を添付ファイルで送信して。
でも、ダメもとだからね。」
「ありがとうございます。また新しいバイトか何か探しながら、
論文作成も徐々に進めたいと考えていましたが、お話前向きに検討します。」
「あなたも、年齢や条件を考えると選択の余地や我侭も言っていられないからね。」

一方、母と私は正真正銘の犬猿の仲。
いい加減に親離れしようモラトリアムおばさんモードに陥ると
耳が遠くなり、聞き違いやモノ忘れの激しさに、少なくとも3回は同じ
質問やことばかけに、

「え?なんて?」
「ちょっと、聞こえた!!」
といったバトルが開始される。

「僕は、要請がなかったらこっちからは何にも言わないから」
それなら、それまでほったらかしで、仮にも落第したら
全面的に、「何にも言わなかったあんたのせいでしょ?」

保険の世界もおんなじで、
「契約なかったら、さぼってたのかどうか知らないけど、取れなかったんだもんね。」
と、こんな世の中になってしまっている。

ブログにだらだら詳述するには理由があって、ゆきんこの場合は
レッキとした備忘録だ。
人間の記憶というのは、不確実でいい加減であることは心理学でも
多くの研究において明白である。

その「いい加減」の果てには、特に高齢期の女性の卑近で深刻な問題として「認知症」がある。

例えば、昨晩の母の大ボケを挙げてみると、
「この人形、私、誰にもらってきたんだよね?」
「誰にもらったの?」
「さあ、誰やったかな?」
「いつもらったの?」
「最近やね。」
「そのネコのパソコンの置物はね、私が去年Oちゃんの家に遊びに行ったときに、もらったんだよ。」
「あら、そうだったの?私がもらってきたんだと思ったわ!」

などとぼやいてはいるが、
反面、実はお仕事では、ラッキーなことに、
4ヶ月くらいずっと連絡が取れなかったSさんというお客さんと
一昨日、ようやくお会いすることができ、
昨日21日、即決で契約申込書にサインを頂戴した。
「やっぱり、これから先はどうなるか心配やからね。」
「Sさん、明日はお誕生日ですね。明日はネコの日ですよ。」

そして、本日、★営業所を9時半よりも早く出発すると、
まずは、自転車で5分の園芸店へ立ち寄った。
オーナーの女性に声をかけた。
「コーヒーに入れるスジャータの蓋に日付ごとに花言葉があるのですが、今日は何の花の日でしょうか?」
「花言葉や何の花の日かどうかなんて、正式には決まっていませんよ。
花の名前だって俗称もたくさんあるでしょう?例えば、お金のなる木とか。」
「じゃあ、この「冬待ち草」も?」
「そう。学名なんて殆ど使わないですよ。」
「そうですね。今日はネコの日なのですが、お誕生日の方に
プレゼントを差し上げようと思って・・・それじゃあ、猫柳にしようかな?」
「その奥の花壇にありますよ。」

庭の土に直に植えつけられるように、根元もどっしりとした枝ぶりのよいネコ柳がお手ごろ価格の600円。

若い店員さんにラッピングしてもらっている間、蘭を並べた温室でリラックス

掃除中の別の女性に言うともなく呟いた。
「いいですね~、こんな綺麗なお花に囲まれて過ごしながらお店ができるなんて。」
「お掃除ばっかりですよ。」
「私、結構、掃除好きです。今の職場も、時々しているし。前の仕事も
掃除が殆ど。」
「そうですね。私も入ったばかりで花や園芸のことなんてまるで興味がなかったけど、いろいろ勉強できて楽しくなってきました。
オーナーが、融通を利かせてくれるので、働きやすいしね。」
「いいですね。」
「あなたも、ここで働いてみますか?」
「ええ?初心者でもいいんですか?履歴書か何か要りますよね?」
「住所と電話番号をオーナーに言うだけでいいのよ。今ならオーナーも
人手を探しています。夕方に出られる人なら大歓迎よ。」
「そうですか・・・でも、今すぐには無理ですね。
ありがとうございます。お仕事がんばってください。」

自転車の前籠にネコやなぎを乗せて、向かった先はSさん宅
玄関先でワンワン吠えるこわ~い番犬くんたちに
「はいはい、静かに。毎回、怪しい人みたいやん。」
しかし、何度インターホンを押してもやはりお留守だった。

仕方がないので、勝手口に誕生日カードを添えておかせてもらった。
それから急募ポスティングちらし100枚を終えて
★営業所に再集合の時刻ギリギリ10時55分に戻ると、
何人かの営業員が最寄のK駅に向かっていた。

「ゆきんこちゃん、もうすぐ電車来るよ!」
「は~い!」
バタバタと、ズボンからスーツのスカートに履き替えると、
これまたドタバタと駅の階段を駆け上がった。
「ゆきんこちゃん、間に合わなかったね。」
「いえ、間に合いました!」
「あら、そのスカート、バスガイドみたいね。」
到着した電車の扉の前で手を差し出した。
「皆様、ドアが開きます。お足元にご注意ください。」

しかし、とってつけたようなギャグは、時にジェラシーをひき起こす。
M所長は白けた顔をして車内に乗り込んだ。

★営業所の営業員が向かう先は、ルミエールホール
この会場にK支社管轄のどの営業所よりも早く到着しておかなければならない理由があった。

まずは腹ごしらえ。恒例の定食屋さんで恒例の「豚の角煮定食」を
いただきました。

13:30~16:15
「創業100周年 全員スーパーマル活で“勝ち組の2月”!!
全営業職員研鑽会が行われた。

その冒頭、★支部の営業員が舞台袖から登壇して祝福を受けた。

H19年2月 支部昇格おめでとう!
★支部 S支部長

続いて同月に昇格した+支部も登壇して、それぞれの支部長が
登壇インタビューを行った。

私は、本来こんな登壇したり、華々しいことって余計に白けてしまう性質だから可愛くない。
それも、1月から昨日までの営業成績がおおっぴらに表彰され、支社長から、賞金・商品・花束が贈呈されるのだ。

1年経過して主力メンバーの恒例有名ベテラン営業員の表彰と裏腹に
1年以内に9割方の営業員が刷新されていることを思うと、
ゆきんことしては、
「よく1年も持続したものだ・・・」
と半分感心・半分呆れてしまう。。。

終了後、O所長のお誘いで、Bさん、Hさん、Yさんと5人でミスタードーナツでお茶して帰ることにした。
表彰式の合間に、本社のお偉方A部長のワンポイント介護講座の
話題に端を発して、(テーマは認知症と介護について)

最近のゆきんこ親子のぼやきを、聞いてもらったところ、
10歳年下のYさんを除いた人生のセンパイ3名が異口同音にゆきんこに
諭し始めた。

「いくら家を出るきっかけが今までなかったとはいえ、やっぱり
一度は自立して家を出るべきよ。」
「そうよ。私は21で出たよ。やっぱりなんと言っても自由よね。」
「家を出てまたお母さんの介護の必要に迫られることもあるかもしれないけど、一度、出た方がお母さんの有難さや感謝の気持ちが強くなるよ。自分で生活するのも、案外楽しいしね。」
「実は、何度も出たいという願望はあったけど、必要に迫られることが
なく今日までパラサイトで事足りてきちゃったんだよね。居心地もよかったし、基本的には仲良し共依存親子なんだよね。喧嘩もするけど、お互い心配性だから口やかましくなるところがあって・・・
今朝も朝ごはんを作りながら思っていた。この食器やフライパンは持ち出せるな・・・と」

「今度の門出に、家を出てみたら?」
「門出って?」
「3月になったらね、ゆきんこちゃんの送別会をするからね。」
「いけません!私の勝手で辞めるんですから。」
「いいのよ。私だって一度は辞めて、戻ってきたんだもの。
でも、戻ってきたって構わないんだよ。」
「ゆきんこちゃんのお母さんも一緒。お母さんがまだ元気なうちに
家を出て、失敗したら戻ってきたらいいじゃない。ゆきんこちゃんには
帰れる家があるんだから。」
「何だか後ろ髪惹かれますよ。」

後から綴りなおしてみると、なかなか感動的だな。
仕事はともかく、
こんな素敵な仲間と過ごす時間を1日1日大切にしたい今日この頃の
ぽかぽか陽気のネコの日でした。



 





 


土曜日の朝は、営業に出ようか出まいかとそわそわしているが、
実質、寛ぎモードに浸ってくるのは、土曜の夕刻から日曜の午前中まで

そろそろ、営業所に出発するべと思ったが、
外は、朝からしとしと雨模様。
夕方は★営業所ではすっかり擦れ違いのNさんが、夢にまで見ていた「佐世保バーガー」を食べに出かけようと、
ドタバタの3ヶ月前のノルマが課せられる以前から約束していたのだが、

Nさんは、最も期待の高い優秀な営業員故の過労や、更年期などが重なって、体調がなかなか回復しないようだ。
「佐世保バーガーは逃げていかないからまた今度にしよう」
と、返信メールに書いてあった。

17日土曜日は夕食までに今更遅いんだけどの、
残りの年賀状20数枚を書き上げて、夜更けになっても降り続いていていた雨のなかを、気分転換に投函しに行った。

改めて、長年ずっと年賀状を下さった友人・知人に思いを馳せてみた。
既婚者も、独身者もみんな幸せに暮らしているのかな?

夕食後、徐にお雛様を押入れから出してきて飾ることにした。
居間の本棚の一部は、通常みやげ物やら、母の粘土細工の手作り人形などで少女チックに溢れているが、
これらを一時、移動させて押入れからお雛様を出してきた。

わたしの誕生日が1月で、その2ヵ月後の3月に亡き祖父が買ってくれたものだ。
小さいお内裏さまとお雛さま2体だけの立ち雛で、顔立ちも古風だけど、従姉の持っているガラスケースの3人官女付よりも、
「ゆきんこにそっくり」
のところが気に入っている。

また、銘柄は真多呂作で、実は古今人形の名手による作品だから、
案外と、オークションではいいお値段だろうと推測できる。
そういうわけで、誰にも無価値な希少価値が、私の宝物。

それから、昨夜からはじまった土曜ドラマ『ハゲタカ』をBGMに
20日火曜日のゼミに備えて、今まで書き溜めたデータのメモをワードに
転記する作業。

日曜の午前中はだらだらと過ごして、遅い朝食後に台所をちょっと掃除した。(しかし、瞬く間に汚れてしまう)
正午はNHK喉自慢を横目に、久しぶりにブログを梯子したり、
Oちゃんにメールを書いたり、1日2ページの原著音読したりと、
のほほんとしていた。

「そろそろ出かけよう。」
午後1時半に着替えて、老いた母と半分おばさんの娘が出かけた先は
自転車で5分のT保育所。

定刻の2時まで時間つぶしに、初めて足を踏み入れたこの施設を
じっくり見物させていただいた。
何を隠そう、このT保育所の四半世紀の歴史を具に知っているのは、
母と私と、そこに集合した初老の面々方だった。

元々は第2次ベビーブーム期の25年前、公私の認可保育所に入れなかった産休明けの待機乳幼児を受け入れるために、始まった草の根運動から
生まれたボロボロっちい簡易保育所に端を発している。

それから署名を集めたり、庶民のなけなしの募金や収益金を寄せ集めて
認可のT保育所が完成したのは、3年前のことだった。
私は、母のコネクションでこの保育所の採用試験も受けたのだが、
どういうわけか、やっぱり不採用になった・・・
という経緯があった。
長年、母の同僚だったIさんは、悠々自適のダンナさんの年金で
特別生活に困っていないのに、保育所の職員で、余暇には日本舞踊に
つぎ込むお金だってたくさんあるのに・・・

ゆきんこは、老いたる母を扶養しながら結局行かず後家のまま、
今また、失業寸前の苦境に追い込まれていた。

スタッフのIさんが、案内してくれた。
「へ~、ピカピカで綺麗だね。」
「収納庫の道具や機材も公立よりもずっといいじゃない。」

1階から3階までピカピカの園舎の設備をくまなく拝見して
午後2時
「要求や質問を持ち寄ってタウンミーティング」が始まった。

内容は、
困っていること、悩んでいること、何とかして欲しいこと、
公共団体や自治体に要望して欲しいこと、みんなに聞いて欲しいこと
などを持ち寄って、地域の市会議員、元H市職員のN氏(40代)に
ぶちまけようというもの。

はじめに、N議員からパワーポイントを使っての、市民アンケートの報告があった。

それは、資料を基に後ほど付記するとして、
ゆきんこにとっては、生涯忘れられない、憤懣やるかたない思いを
今こそ、ぶちまける好機(?)を得たり!!

いつもは、至って温厚なんだけど、
ゆきんこは、長年そんじょそこらの凡人に比べたら、
のほほん顔には似合わない辛苦を舐めてきた半生を自負してきた分、
自分でも信じられないくらい豹変してしまうことがある。

だから、それを間のあたりにした数少ない人々は、
私の言動に、顔を一瞬にして曇らせてしまう。
だから、N氏の場合も同様で、ぶちまけた後に
「な~んだ、お前もノーリアクションかよ」
・・・と白々しくなってしまうのだ。

具体的には、既にブログを立ち上げて以来その日、その瞬間をしたためてきたことに過ぎないのだが。
そういえば、受験合格を果たした翌年の2005年2月当時のことが
蘇った。

「市政がこれまで改革という名のもとに行ってきたことを、
私は、2004年当時から複数の医療福祉施設をアルバイトの非正規雇用者として、具に体験してきました。
今まで、交通安全管理について議論が為されてきましたが、
他の行政についても、同様のことが言えます。
つまり、市民が数名、「ここは危ないよ。これはよくないよ。」
などと些細な、困ったことを自治体に訴えても、それが大事になったり、事例数を束ねない限りは、重い腰を上げて対策を立てたり、解決しようなどとしない。一事が万事、事件や事故になってから、あとの祭りで誰かが大きな犠牲を払わない限り、善処しようとしないお役所の悪しき体質を目の当たりにしました。

私は生まれ育ったこの町で、自分の専門分野である障害児保育に
アルバイトでも、薄給でも構わないから貢献したいと思ってきました。
しかし、市の臨時職員として転々とするなかで、唖然としたのは、
こうした弱い中途半端な立場の職員の処遇が劣悪なばかりか、
尻拭いさせるだけさせて、都合が悪くなるとお払い箱にしてしまうというシステムそのものでした。

例えば、私は市民病院の第1号小児科病棟保育士として勤務しました。
当時は、医療裁判や管理体制などの問題が浮上するなかで、
「ヒヤリ・ハッと報告書」が実施されていました。
悪しきイメージを刷新すべく、お試しモルモットのように
私のファイルが廻ったのです。

また、就学前障がい児施設のS園においては、たったの3ヶ月契約の私を
園長が呼び出し、解雇を言い渡されました。
大学院にまで進学し、最も効果があるとされる最先端の行動分析学を現場で当事者の方々に役立てたいと思っても、
それが園長や主任の反感を買い、
「ここでは、ABAはできません。他でやってください。」
と言われたのです。
他にも類似した嫌がらせで、退職に追い込まれた人もいると聞いたので
なんと空恐ろしいことかと思いました。

その窮状をN議員に訴えたにもかかわらず、動いてくれなかったので、
私は、半強制的に辞表を書かされたのです。」

「当時の園長はI氏ですか?」
「はい。その後、あからさまなパワハラにハローワークや労働監査基準局、弁護士さんにまで掛け合いました。けれども、有形無形のパワハラは、提訴する場合、しかも被告はこの場合、市長になるので結局、実証が難しく勝ち目はないと、泣き寝入りせざるを得ませんでした。」

「もういい。気が済んだでしょう。」
母が横槍を入れた。

いいえ。泣き寝入りで善処されるなら、そのままでも何も言いません。けれども、私だけではないのです、泣き寝入りを強要された数々の
方々が結局、格差社会の負け組を担わされているのですから。」

N議員は黙り込んだ。

「N議員、どうお考えでしょうか?私は最終的には、K課長の呼び出しまで受けて、『あなたは保育士には不適任ですから転職すべきです。H市ではあなたの理想の保育はできません。他市でやってください。』と
まで言われたのです。私はK課長の職務濫用にもさることながら、
自分の故郷を掌る市職員の人徳のなさに、憤懣やる方ない思いでいっぱいでした。」

「あのK氏は今はもう保育課長ではありません。元々保育のことなんて何もしらないんだ。」

「私は言ったんです。こんなずざんな保育をしている町に、保育士である前に、生まれ育った市民として安心して子育てができないし、
自分の夢を自分の町で叶えられないなんて、次世代の目の前の子どもたちにはそんな悲しい思いをさせたくない。すると、K課長は
『夢なんて子どもみたいなことを言うな』と言いました。
なんという人がヘッドなのだろう。自分だって幼いわが子を市の保育所に預けているのに、わが子にも同じことを言うのだろうかと耳を疑いました。

そういうわけで、私はこのことがすっかりトラウマとなり、
以来、保育畑から遠ざかりました。復職を躊躇うほどの心理的な痛手を受けたのです。
市民を辞めようとさえ思ったほどです。」

N氏はコメントした。
「まずは、非正規雇用者という身分です。何を言っても聞き届けない、
管理職にとって自分たちにとって都合が悪いと判断された雇用者は、容赦なく泣き寝入りさせられるでしょう。そもそも、次世代を担う子どもに貢献する保育士などの専門職をそのような劣悪な処遇にしていることが、市政として間違っています。
また、私も市会議員の前は市職員でしたが、職員間での派閥や諸々の因縁は確かにあって、その延長上にあなたのようなアルバイト雇用者が、
最も犠牲を払いやすいのです。

S園については、いわく因縁のあるややこしい施設だと聞いています。
職員間でもいがみ合ったり、ギクシャクした人間関係ですから、
護らなければならない子どもの世界にもそれが波及していることは、不安もひとしおでしょう。」
「ハイ。」
私は深く頷いた。

ミーティング終了後、N氏は私に話しかけようとしなかった。
寧ろ、よそよそしかったくらいだ。

私は、構わない。
私を信じ、受け入れ生き生きとさせてくれる時空間を提供してくれる
「環境」を保障してくれる、誰かが、何かが存在してくれたら・・・

「ABAに被れるな」と言われても、
保育の世界で、誰も彼もが信じられなかったひとりぼっちの私には、
I先生のお助け入門書が、私のお守りだったんだ。

T保育園の玄関で、母の元同僚だったという、初対面のHさんと話した。
「私、ずっとこの町で母と二人で生きてきたけど、
母以外の人を誰も信頼できなくて、いつまでも家を出られないのかもしれません。もうすっかりいい大人なんですけどね・・・」


その唯一無二の母親さえ、信じられないという苛め抜かれた子どもたちが増殖されている日本社会に、明るい未来はあるでしょうか?
I助教授とも、ギロンしたいお題目です。

自分の人生は不遇に次ぐ不遇で、親不孝ばかり。
だけど、私は腐りそうになるココロを戒めて、自転車を停めた。
ご利益のあった、Iさん宅前の祠の中でひっそりと微笑むお地蔵さんに
手を合わせた。
「合格しますように!」

それから、初詣以来、誰もいないK神社の鈴を鳴らした。
「合格しますように!」

初めての飼い主さんやワンコたちともコミュニケーションを楽しんだ。
99%の出会いは、通りすがりに終わってしまう。


私には有難いことにコトバがある。
時にはやさしく、時には辛辣に自分の行動や感情や思考・心情を
コトバに文字に置き換える。

それは、きっと誰かの目に留まり、何かを伝えているだろう。
たとえ、1パーセントでも0ではない。


 


年をとればとるほど、振り返ってみると思い出がどんどん積み重なっていく。

その分、新しい出会いも、別れも増えていく。
新しい何かを求めることは、何か捨てなければならないということ。

2週間前に引いたセルフセラピーカードは奇しくも(必然的に)
ヒーリングの「Letting Go」と告げた。

そのどちらもを厚かましいことに手に入れることはできない。
それが「取捨選択」っていう四字熟語。

待ちわびる人と、別れを告げるべき人との境界にいる私を
そのどちら側にもいる方々は容赦してくださるだろうか。
私がそのために分裂しないように、日々の憂さと不安に紛れて
心身の健康を損なわないように、オーバーリアクションで、
今、ここ、この瞬間を、噛み締めて過去を振り返り、未来に備えている
予感を、春一番に吹かれて・・・
なんてね!

丁度、10年前の2月にも似たような転機が私に訪れた。


春一番が吹いたと報道された昨日のバレンタインデー
わが故郷は、終日雨で、レインコート着ながらずぶ濡れの自転車営業。
今日、午前中に★営業所で開催した「為になる年金セミナー」に召喚するお客さんを探すため、H市内を駈けずり廻ったり、電話をかけてみたり。

自分が「砂かけばばあ」のように、とっとと保険業界を去るわけにいかず、支部昇格という契約ノルマを達成した暁には、採用ノルマ20名を達成するのも、お仕事。

午後4時までに、お客さんを呼べなかった営業員は、翌朝も駅前に立って
「お客さんを拉致せよ」との指令が下される。
自分がコマになっているうちは、それでもどこかしら
「しょうがないやんな。」
と割り切って、春2番のさむ~い朝、結露でベチョ濡れになった窓を拭いてから、新人営業員のYさんとスーパーに向かった。

「Yさん、お友だちには声をかけなかったの?」
「私、友達いないです。」
「え~意外!たくさんいそうなのに。」
「結婚してからは、殆ど付き合いもなくなりました。」

10時10分を廻って、講師の養成部山口部長が、10名ほどの平日、仕事をしていない女性たちに弁舌を振るった。
「人という字は、2画で、男女が支えあってできているそうです。自署には載ってないよ。どっちが男だと思う?」

「私はダンナに支えてもらっているから右側が男。」
「なるほど・・・説法では、左側が男だって。その理由は、仮に支える
右側の女性が、先立ったら男性は、倒れて生きていられない。だけど、
その逆に男性が先立てば、女性はツッカエがとれて伸び伸びできるから
長生きするんだよね。」
そこで、笑が渦巻いた。

「だけど、女性が長生きするのにお金がなかったらどうする?
年々社会保険制度なんてコロコロ変わるんだから、女性が一人で生きて
いくためのお金どうするの?
年金払いたいけど掛けるお金がない。
安心してください。わが社に入社すれば、お給料がもらえるし、それで
年金にも入れます。」

そのコテコテ関西の落ちに再び笑いがコダマした。

1年前に同期入社したが、昨年のうちに査定落ちして今は別の職種を
探しているNさんとも親しい、HさんとKさんがサクラになってやってきていた。
他の営業員に気付かれないように二人に聞いてみた。

「他に求人出てる?」
「う~ん、職種によるけどね。」
「今どうしてるの?」
「この前、面接に行って返事待ち」
「うちの営業所どうかしら?」
「明るくていい雰囲気じゃない?」
「K営業所は、みんな仲悪かったもの。」
「私も査定落ちで、所長も部下が減ったから降格したみたい。」
「それじゃあ、この営業所でやりなおしてみる気あるの?」
「それはもうないな。仕事はきつくなったけど、ノルマはなくなったからやっぱり開放感あるよ。それに、私は他社商品の方が好きだしね。」
「私の部下になったKさんの話では去年、私たち新人営業員の教育係だったW部長、入院で長期療養しているらしいわ。」
「あの、介護・介護ってやかましかったW部長が!?」
「どこで働いてたって、いつ病気するかわからないもんね。」
「Nさんも、先週倒れたんだよ。」
「ええ、ホント!?」
「うん・・・他人事じゃないよね。」

今日、1日で大事な転機真っ最中の話題は、ゆきんこのアタマの中で
満載になっている。
誰も読んでくれないのをいいことに、(レポートが無事に提出できたのをいいことに)もう少し書いてみよう。

午後7時前に見慣れない番号を表示して携帯のベルが鳴った。
「ゆきちゃん、久しぶり~!」
「Hちゃん!!」

なんとその声は、10年以上も聞いていなかった心理学科のクラスメイト
Hちゃんだった。
旧友のなかで最も早く結婚した彼女のお子さんたちは、
年賀状の中ですっかり、パパママにそっくりになっていた。

「年賀状着いたよ。」
「ごめんね~!今年本当に忙しかったんだ。あの水彩画の年賀状、友だちに手描きだから、いつもは時間かけてかいてたんだけど、どうしても
描けなかったんだ。来年も無理だと思うよ。」
「毎年、綺麗な水彩画、楽しみにしてたから嬉しいのと久しぶりなので
電話したんだ。随分、忙しいんだね。」
「うん。今保険会社で働いてるし、夜は社会人の大学院に通っていて、
もう両立できないから、会社は3月で辞めるんだけどね。」
「へ~!保険会社で働きながら、大学院!!すごいじゃない!」
「年賀状に書いてなかったかな?」
「全然知らなかったよ。」
「まあ、結婚も子育てもしないで、気がついたらって感じだけどね。」
「去年の年賀状見て、ブログ1回見たけど、すごく難しいことが書いてあったからビックリしたよ。」
「まあ、書くのはずっと続けてきたからね。」
「また、久しぶりに会いたいな~。私も子育てにひと段落ついたから、
社会福祉士の資格を目指しているんだ。」
「子育てしながら、新しい資格を取るなんて大変だね。私も資格とってもお金ばかりかかって、仕事にはちっとも結びつかない・・・」
「結婚しないでずっと働き続けていても、働きながら大学院まで行ってもそうなの?」
「女はどんな生きかたを選択しても、低所得には違いないよ。
私もずっと転々とバイトだもの・・・またゆっくり会いたいね。」
「久しぶりに会いたいわ~!」
「今、ちょっと忙しいんだけど、また時間作れたら連絡するね。」

・・・などと、書き綴っていたらもう11時を廻った・・・
おやすみなさい。






 


三連休の週明け、帰宅は午後9時半。

3連休もどっぷり休んでいたわけではなく、骨折り損のくたびれもうけが
続く、2月は1月に引き続いてスランプモードのゆきんこ

やっぱり加齢のせいなのかな~?
それとも、I助教授がゆきんこを精神分析すれば、
やはり幼少期のトラウマに問題があるのか??

3連休と言えども、実働(とりあえず1件の契約をつけること)をしない
限りはお飯(まんま)食い上げのS生命保険募集人のサダメ。

1月は運良く社長さんのご契約があったが、
毎月毎月、契約と採用にやいのやいのと言われる日々と、
大学院のレポートの締め切りに追われて、かなり精神的に余裕がない。

というより、昨年秋から年末にかけての恐ろしいほどの支部昇格ノルマの最中に、プライベートに大きな変化も生じて、
それを誰にも相談できないから、余計にグチャグチャになっていると
いった感じだ。

自分は辛うじて心身の健康をキープしていても、諸々に降りかかる出来事が不安にさせる。
それなのに、どうして支部昇格パーティーを素直に祝福できるだろうか。

そう。
丁度1年前の支社長面接で、
「一目惚れしました。」と
茶目っ気を出していた保険業界に、全く無知・無邪気だったゆきんこは
1年後、すっかり変貌を遂げていた。

先週から、近づくバレンタインデーに向けて営業員たちは、いつもより
多めにお客さんたちを惹きつける(?)何種類かのチョコレートのセットを用意し始めた。

2月7日だったか、記憶がはっきりしないが、
午前中の身支度の最中、4歳年上のN所長が突如、ばたりと倒れた。
数日前から頭痛が続いていたのだが、激しい眩暈に襲われたのだ。
慌てて、何人かの営業員がNさんを抱きかかえ、壁際に座布団を挟んで
椅子に腰掛けさせた。

O所長が倉庫から新聞紙とありったけの座布団を持ち込み、
Nさんを横たえて安静にすることになった。
その後、数日Nさんは脳ドッグにかかり、今日まで休養をとっていた。

夜の学校の後期授業が終わっても、ゆっくりできる時間がない。
土曜日も午後出勤して、目星をつけたお客様の書類を整えて、
夕方、H市街のBというマンションに出かけた。
玄関から照明が洩れていて、在宅していても、保険屋さんを忌み嫌って
出てこないヒト、ようやくドアを開けてくれても、
今月は、販促品のバレンタインデーのチョコレートを撒き散らすだけで
当然、設計書にまで扱ぎつけない。

午後6時半過ぎ。
すっかり日が暮れた田んぼ道の真ん中を自転車で★営業所へ向かう最中
携帯のベルが鳴った。
「ゆきんこちゃん、今どこ?」
「え~と、今営業所へ向かっているよ。」
「気をつけて帰って来てね。まだ営業所は開いてるからね。」
「うん。ありがとう。」

7時前に無事★営業所に戻ると、Hちゃんがセラピーカードの付属本を
読みながら待っていてくれた。
「どう?そのカード当たってるかな?」
「うん。カードに色んな意味があるんだね。」
「ねえ、Hちゃん真っ直ぐ家に帰る?」
「それは、どういう意味?」
「ずっと前から一緒にごはん食べに行きたいって言ってたよね?」
「うん。だってゆきんこちゃん、忙しかったもんね。
もしかして、今がチャンス?」

というわけで、Hちゃんと初めてディナーをご一緒することになった。
そこでの会話は、割愛するが、
Hちゃんだけでなく、ゆきんこが一緒に過ごす日々が残り少なくなっていくことを察知している彼女たちは、みんな
「寂しくなるわ・・・」
「引き止めたいけど、やりたいことがあるんだもんね。」
と名残惜しそうにしてくれる。

「ゆきんこちゃん、ブログ書いてるんでしょう?アドレス教えてよ。」
「★営業所を辞める時にね。今は恥ずかしいんだもん。」

11日と12日のうちに大学院のレポートを仕上げると、
自分で決めたことはなんとかクリアできた!
しかし、約束をしていたお客さんに電話をかけたところ、
しかも、歯磨きして、化粧して、スーツも着てからスタンバイOKという
状態まで準備していたのに、
「あ、電話くれたの?今日は疲れたからゆっくり休みたいと思って電話しなかったんだけど。また今度、こっちから電話するから。」

こういうことは当たり前なんだけど、やっぱり腐ってしまう。

お陰で、久しぶりにテレビを呆けーっと見ながら、
年明けから描きかけのまんまだった年賀状のお返事を書いて、
10枚くらいは翌朝に投函することができた。

しかし、どうやらゆきんこはいつから不機嫌なのだろう?

「おはよう、ゆきんこちゃん。今日はがんばろうね。設計書準備して!」
「はい。」

ぶっ倒れたN所長、ゆっくり休養できたのか、いつものゴージャズな
営業スマイルで、復帰していたものの、顔色がよくない。

「もう大丈夫なの?」
と先週よりも咳が酷くなっているBさんがNさんに声をかけた。
「実は、内耳の聴神経の血管が詰まっていることが脳ドッグでわかったの。あと1日遅かったら、もう歩けなくなっていたって。それから4時間も点滴を受けたわ。不幸中の幸いだった。」
「やっぱり、脳からきてたんだ!もし1日遅れていたら介護状態だったってわけ?」
「うん。そう。私、身をもってやっぱり介護保障のついた保険って大事だな~と思ったわ。」

11時過ぎに、支社から20代の初々しいT氏がカメラマンになって
3月の社内月報の表紙にする写真撮影が行われた。
当然、★営業所の面々、いつもより気張った衣装に濃い目のメイク
そして、板についた営業スマイルで、
ハイ!チーズ

「ゆきんこちゃん、そのジャケット素敵じゃない?」
「伯母の形見なの。」
「へ~、サイズも合ってるね。」
「うん。タカラヅカが好きだったから、特定のブティックでオシャレな
スーツをコレクションするのが好きだったみたい。伯母に感謝してるわ。」

写真撮影を終えて、一路自転車で小1時間かけてH工場へひた走る。
到着して間もなく正午のチャイムがなったが、
目当てのMさんが昼食を済ませるのを日向ぼっこがてら
春の気配についてO所長と雑談して待機した。
「この当たり、土筆がでているかしら?」
「さあ、いぬのふぐりは咲いていますね。」

顔なじみになったお客さんたちに、
「今日はチョコレート持って来ました。」
と手のひらに乗せると、大抵は素直に受け取ってくださった。

しかし、ちょっと油断した隙に、Mさんが忽然と席からいなくなっていた。
「私、裏を見てきます。」
裏口からどんどん遠ざかるMさんに、
内心「あ~!!しまった!」と半分諦めかけたが、
O所長が傍にいなかったら、しなかっただろうゆきんこの咄嗟の行動。

「Mさ~ん!待ってください!」

走って追いかけると、
Mさんは振り帰って戻ってきてくださった。
「すみません。今日上司と同行で来ました。
この前のお話の続きをさせてもらえませんか?」
「ええよ。」

Mさんは、我々を応接間に通してくださった。
「先週もってきてくれた提案書。嫁さんにも見せたわ。妻の保障もついてるんやな?」
「はい。」
「ほんなら・・・いつもはいろいろあって帰るのも遅いけど、
今日は真っ直ぐ家に帰るから、夕方来てくれるか?」
「はい!ありがとうございます!」

なんと、Mさんに設計書をお見せして1週間以内に契約が決まった。

それからドタバタと★営業所に戻ると、
K支社の上層部のお偉方が続々と★営業所に集まっていた。
Y部長、O所長、Hちゃん、ゆきんこの4名が
★営業所を出発して予約したタクシーで乗り付けたのは、
昨年11月にも親睦会を開いた国道1号線のK道楽。

「メニューは前とおんなじ?」
「かにづくしのコースメニューだもんね。」

午後2時を廻って、★営業所支部昇格祝賀パーティーが催された。
特別ゲストに就任1年半のK支社長、
2005年3月に定年退職したS元顧問
養成部の要職者で噂の高いO支部長、I補佐役
そしてお腹がトレードマークのY部長、Hさんなどなどの豪華な(お邪魔な)面々が勢揃いした。

自然、権威という権威、支配階級にぞわぞわ~っと嫌悪感が走り、
祝宴の席だというのに仏頂面になってしまう。

今日のこの日を迎えるのに、一体どれほどの犠牲を払ったと言うのだろう。
乾杯の音頭を前に、K支社長から祝辞があったが、
こんなとき、都合のよくゆきんこはノンバーバルコミュニケーションに
着目する癖がついている。
純粋に、ニカニカとしたK支社長の口元を斜め向かいから見据え、傾聴するが、視線が合わない。
多分、無意識に睨みつけていたんだな。

管理職というのは全く得て勝手だ。
苦心惨憺した営業員の涙ぐんでの、自己紹介にウンウンという
わかったような素振りだけ見せている(と勘ぐり過ぎている)

そして、反対の左斜め向かいには名高いO支部長が座していらっしゃるから興ざめしてしまう。
ゆきんこの正面に、O支部長の隣り合わせに座ったN所長は、
復活したばかりのヨロヨロの笑顔で、O支部長を接待した。
「私、料理は得意なの。」
「うわ~!O支部長、とん汁の作り方教えてくださいます?」

N所長から去年の秋ごろに聞いたO支部長の噂では、
女史の怒りを買った営業員は、ものすごい剣幕で自己契約も含めて親戚縁者から無理やり契約を取り付けさせると、ボロ雑巾のようにお払い箱にしてしまうらしい。
それを証拠に、Nさんとゆきんこが親しかった同期入社の彼女らは
いつの間にやら闇に葬られていた・・・

そのO支部長の面前での処世術は、やはり生まれながらの営業員か、
元お墓レディとして有名になったN所長が断然長けている。
何だか白々しいわね・・・Nさん。

そんなんだから、自分で自分の命縮めているんでしょ?

宴もタケナワとなったころ、
S元顧問が、
「新しい営業員の顔と名前を紹介してほしいわ。」
ベテラン所長の最古参から順番に新しい営業員が自己紹介し、
ゆきんこの番が来た。

「平成18年2月入社のゆきんこです。丁度1年立ち、ここにいることを
今改めて、不思議な気がしています。私は福祉畑にいたので、全く保険のことは知らなかったし、S友さんともご縁がありませんでした。
1年経って見ると、お客さんのなかには身近に親しい人もかなりいて、
世間は狭いものだと感じたり、また名刺1枚でそれまでお話することもなかったような社長さんともお話するなど、自分の知らなかった世界も広がりました。また、驚いたのは宴会の多さです。タバコもお酒も嫌いで、パーティーもあんまり好きではないのですが、、、、
とにかく今までの職種とは全く別世界のいろんな経験ができました。」
それまで、視線の合わなかったK支社長が視線を合わせてきた。
「それじゃあ、あなたがもっと成績を挙げられるようになったら、私は禁煙しようかなぁ!」
「ええ!!支社長、そんな無理な約束できるんですか?」
「ゆきんこさん、これからの1年でもっと営業員として成長し、
保険を好きになって欲しいですね。それにボランティアや正しいことだけでは、仕事ですからね。この1年で更に営業に磨きをかけてください。


私ははっきり返事をしなかった。
保険のことなど、なんとも思っていなかった
純粋培養のゆきんこのリアクションを、その後も遠く離れた主賓席から
K支社長はメガネの奥から光らせていたので、
ゆきんこはちっとも面白くなかったけど、腹いせにブログに綴ることに決めた。

重役共にとっては、辞める寸前の、辞めた直後の営業員の吹聴が
何より恐ろしいはずだ。
・・・といっても最重要機密はもちろんあるのだろうけど、
やっぱり、信じられないノルマ制をいい加減辞めて
ビンボウ人から無理やり搾取した保険料で、かにかに食べ放題に
罪悪感を感じない方が、いくら聖業だとエバってみたって、
営業員をバタバタと半殺ししていたのでは、
神経がどうかしているとしか思えない。

まるでハイエナやな。
いやいや、ハイエナの方がなんぼかましかもしれない。

こんな辛辣な文章を書くときは、
ゆきんこも、アタマがどうかしている。
私は社会の汚らわしさに犯されそうになるとき、
無意識に自己防衛で毒舌を吐く傾向があるらしい。

悪しからず・・・












 


只今、初コメントのまい豆さんへのコメントを書き込んで、
お気に入り番組「迷宮美術館」が始まった!


今夜のテーマは「パリに咲いた女たち」
1920年代、花のパリを舞台にパリに颯爽と現れたモダンガールのアート
をクイズ方式で解明していく番組だ。

マリーローランサンは、シングルマザーに育てられた新進気鋭の女性アーティスト

マリーの絵を好むのは上流階級の女性たちだった。
マリーの絵が愛される理由は、色彩と女性らしい繊細なタッチ。
濃淡をつけた色合いの変化で幻想的な、母性的でありながら憂いのある
現実離れした夢見る乙女チックな画風が魅力的である。
ローランサンはモデルの選り好みも激しかったらしい。
描きたくないモデルの依頼に対して、例えば、男性の場合、料金を高くしたそうだ。
母子家庭で育ったマリーは自然、男性嫌いだったそうだ。
また、女性でも黒髪よりも金髪の女性を好んだ。

一方、タマラ・ド・レンピッカ
時代の最先端を行くスーパーレディ
大富豪やパトロンを標的にしたマニッシュでシャープな印象に、
女性ゲストが、
「カッコイイ~!!」と唸る。

他の女性のもとに去っていたタマラの夫の肖像には、腹癒せなのか、
結婚指輪を描かなかったという。

当時の一世を風靡した女優スージー・ソリドールはその美貌で、多くのアーティストの肖像画の対象となったが、

レンビッカの描いたソリドールの肖像画は、
自分自身を曝け出している挑発的な裸体。
男に従属しない、立ち向かっていく女性像。
それは、彼女自身の生き様の象徴でもある。


そして、上流社会出身でベルト・モリゾは、
美しいだけでなく逞しさも兼ね備えた女性だった。
17歳のある日、邸宅から心躍らせて向かった先は、有名画家のアトリエ。
印象派の師匠、マネに弟子入りする傍ら、モデルとしても活躍した。
「スミレのブーケをつけたべルト・モリゾ」は、
マネの傑作のひとつでもある。

モリゾは師匠のマネの手法を身につけようと努力を重ねたが、
そこへ年若いライバルが現れた。

エヴァ・ゴンザレス
エヴァに熱心に指導を施すマネ。嫉妬を覚えるモリゾ

モリゾはマネを尊敬していたが、全く模倣することは考えず、
自立した存在であることを望んだ。
しかし、マネの手法で修正された作品がサロンで入選し、モリゾは自分らしくない作品の入選に愕然としてしまった。

その後、マネの指導を離れて描いた「ゆりかご」はアカデミズムで評価された傑作だ。

マネの弟、マネージャーのウジェーヌと結ばれたモリゾは、彼の後ろ盾を励みに、独自の世界を描き出していった。

「化粧する女」で一流の画家としての不動の地位を確立し、
「印象派の画家はたった一人である。それは、ベルト・モリゾである。」と評された。
後に師匠だったマネも「君の作品が一番よかったよ。」
それまで、男性中心だったサロンに、
44歳にして印象派画家の地位を不動のものとしたモリゾが
その後、初めて描いた自画像は、マルモッタン美術館にある。

引き締まった表情で正面を見据えるひっつめ髪の質素な姿は、
キャンバスに向かって絵を描く自画像だった。
「また新しいことに挑んでいくんだ」という気概は、
敢えて画面の余白に物語られている。

師匠に阿ることなく、男性に屈することなく女性らしさと自分らしさを
貫いた。

「女性って素敵で怖いなって思います。」
とゲストの一人高見恭子さんがコメントして番組は終わりました。

さて、現実社会のゆきんこは、相変わらずすったもんだしている。
だんだんアカデミックな世界で、モリゾに肖りたい気持ちがタイムリーにふつふつと涌いてきた。

1週間前に「夢の美術館-大阪コレクションズ」の前売りチケットを購入した。
これを3月のご褒美にとっておいて、
明日からの3連休も哀しいことに、営業です。

それから、2つのレポートの締め切りも16日まで。

ああ、私もパリジェンヌに生まれたなら、どんな作品を描いたでしょう。
どんな作風を作ったとしても、男性諸氏にあ~だ、こ~だと
修正されるなんてやなこった!
と師匠に引導を渡したモリゾの思いも、
男性を排除し、幻想の夢の世界に陶酔したいマリーの気持ち、
男なんて何さ!と粋がっている男勝りなレンビッカの強さも、
「みんなちがってみんないい」

どこかで、彼女たちの諸々の思いを追体験してきたゆきんこは、
とってもとっても癒されてしまいました!

さて、Fゼミが急遽、休講でご機嫌さんに今夜も花金番組を満喫したので、今からレポートがんばります!

因みに、F教授は、今晩特殊教育学会の打ち合わせにドタバタしている模様です。
このブログを書き込んでいる最中には、母の口コミである心の電話相談員のMさんから、「緘黙症」についての問い合わせが入りました。

1月は、地球温暖化とエルニーニョ現象のために世界の平均気温は、
過去最高を記録したらしい。
とてもとても、尋常ではいられません。

あと何年もしないうちに、
「雪ってなあに?白くて冷たいの?」
などと、未来人たちは言っているかもしれません・・・


 


今週もなんとか終わった。

何か特別な変化といえば、
ゆきんこの場合、毎日、毎年がこれでもそこそこ波乱万丈?

まずは、前回のブログを書き終えた直後、PSさんの指南を受けて
スカイプなるものを使用し始めた。

知っている方は知っている代物で、わたしの場合、初めて耳にしたのは、2006年6月ごろだったか。

一時、同僚だったカナダに在住経験のある看護師さんで、母子家庭のYさんと出会ったのは、2005年暮れの再就職支援施設のポリテクセンターだった。

彼女が1ヶ月あまりで早々に★営業所に別れを告げて、ケアマネージャーとしての再出発を決めた。
別れの日、「ゆきんこさん、電話代は結構かかるけど、PCがあれば、スカイプならタダでいくらでも話せるんですよ。」
と、メールアドレスと共にメモを頂戴した。
なのに、、、それ以来、Yさんにはすっかりご無沙汰していて申し訳ありません。

母子家庭で育ったゆきんこには、DVにせよ、どんな理由にせよ、
わが国におけるシングルマザーの増加と生き苦しさに、黙っていられないところがある。

夫婦揃って保険を毛嫌いしているTちゃんだって、今は安泰のセレブだろうけど、万一のことがあれば、手っ取り早く生保レディになるだろう
などと、約1ヶ月前のマイバースデーで言っていた。

話が逸れてしまったが、これで携帯電話代も大幅に節約できるはず!
スカイプを更に楽しむために、通信相手の顔を拝めるウェブカメラもあるんだけど、ちょっと恥ずかしいので、検討中。

1月は予定外の出費も多かった。
書類申請の結果、ついに3月の最終週に特別支援教育士養成セミナーの
指導実習の参加許可証が届いた。
それにしても、指導実習代5万5000円は痛い!

もしかすると、「ゆきんこに真珠」っていう、またもや将来性の無い
無駄な資格をゲットすることに躍起になっているのだから・・・

仕事では、これまた「変額試験保険」の資格を取得したてのため、
その資格取得者だけに販売を許可されている「変額保険」のご案内に
勤しんでいた。
けれども、なかなか売れませんね~~。

何を書きたかったのか、
火曜日7時限目のI先生のご講義も最終回であっけなかった。
ぶったおれた翌晩で、今週、★営業所でもぼ~っと大人しくして過ごしていた。

最後の演習では、司会者(院生:女性教員)、問題提供者(I先生)、
意見者(院生複数名)がモデルになってインシデンタル・プロセス法なる面接法の演習を行った。

というところで、スカイプのベルが鳴り、「千と千尋の神隠し」も進行している。

それでは、夢のお話は明日書きたいと思います。

中途半端に失礼します。





♥ More..Open↓




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