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桜の花が咲いたのを発見したのは、
確か、先週3月下旬の月曜日、19日の朝の通勤時だった。

そうそう、M駅の踏み切りの前で犬と子どもの遭遇シーンをメモった直後のこと。
いつも何気なく通っている道すがらに、「どうして今頃!?」と
すっかり忘却の彼方に葬っていた記憶がフラッシュバックすることがある。

どうしてこんな風にヒトの記憶というのは、厄介なものなのだろう。

反対に、「これを忘れちゃおしまいだ!」
「それを言っちゃおしまいだ!」とわかっているのに、
どうしてわざわざ、人生を台無しにしてしまったりするのだろう。

無意識?なのか、故意なのか?

とにかく、今日の特別の余暇がウソみたいに、ブログからもメールからも遠ざかっていたこの2週間で、ゆきんこの人生はまたまた
劇的ビフォーアフターを遂げた。

何をどう書いていいのか全く頭のなかで記憶の整理整頓ができない。

まずは、このブログそのもののことなのだが、
現実のゆきんこを知る方々、特に仕事関係者の目に触れることが
多くなってきたことは、結果として、私を悶々とさせることになった。
私のブログの内容が決して読み手に対して好感を持ってもらうものではないことは、承知していた。
私自身は、ブログを現実と乖離させておくことが前提で、ありのままを
綴っていたつもりでも、
ブログだって生身の人間が書いた限りは、生々しく辛辣であって当然だ。

たとえ、それが社会通念的に美辞麗句を並べた卒のない文章であっても、公表して書いた限りは、不当なブーイングやバッシングがくることも覚悟しておくことが、私には不覚だったのだ!

私個人の行動を不特定多数の方々がどのように解釈しようともそれは「個人の自由」である。
私が多くの職場を転々としても尚、解消されない永遠の悩みが付き纏っていた。
私を敵視し、或いは嫌悪・憎悪の対象とし、排斥する人々はどの職場を逃れようとも付き纏うものだった。

「子どもを慈しみ、擁護する」という最も平和を尊ばれるはずの環境は
障碍児業界においても、それ以外のいかなる環境においても、
私はこれまで、それを探し出すことはできずに今も彷徨っているのだ。

それは、一見、私を歓迎し穏やかに見えた★営業所でも同じだった。

どこに見出せずにいるのか、
個々人の「心」という目に見えない「環境」のなかに発見できないのだ。

2004年から最近まで一頃、私の心の拠り所であったABA(行動分析学)の理論と専門用語は、
日本における主流の力動学派のようなドロドロクサクサしたところがなくて、「何となく」シンプルで無味乾燥な理性チックな印象を覚え、夢中になった。

しかし、わたしの場合、マイブームよりも他者からのエナジェティックな(ゴーインな)アプローチによって横槍が入ると、
脆くも人生行路そのものが風向きによってフラフラしてしまうことに
この年になっても一向に気がついていない。

右往左往して、10年ぶりの師匠の前にどの面提げて何と言うのか
積年の隠蔽されたパンドラの箱を、自分から開けるなんて、
天然アホのゆきんこにしかできない神業だ!

奇しくも25日未明、六甲の中腹の合宿所では、ゴーゴーと「春の嵐」が一晩中、音を立てて吹き荒れた。

ここで、BGMからショパンの前奏曲第12番変ニ長調「雨だれ」が耳に響いてきた。

私が★営業所にやってきた丁度1年後に、2名の新人営業員HさんとUさんがやってきた。
Uさんの隣で、顧客ファイルの束をシュレッダーにかけたり、
「Uさん、これ使ってください。」
と空のファイルの束を譲ったり。

「何だかいやですよね、入社したばかりで隣の人間が辞めていくなんて。
体がコピーできていくつもあったら、いるんですけど・・・」

「ゆきんこちゃん、ホントにいなくなっちゃうの。」
「あなたの人生を邪魔して悪かったね。」
「O所長、出戻ってきたら、また宜しく御願いします。」

注意:という台詞を私に言ってくれるのは、全ての営業員ではない。

22日(木)最後の出社日に、S支部長からお褒めに預かるような餞のおことばを頂戴し、(具体的な台詞はもう忘れてしまいました)
確か、「いつも明るく楽しくしてくれた」と仰ってくださっていたように思う。
2月の支部昇格以来、高級な色とりどりの花束に囲まれていた上に、
更に花束を贈呈していただいた。

「本当はお花もらうの、あんまり嬉しくない・・・」
特に鉢植えでない「花束」は、私にとっては別れの象徴だった。

「初めて★営業所に来た日から、最後の今日まで、毎日楽しく、
笑顔いっぱいで過ごせたことを心から嬉しく思います。
★営業所のお一人お一人の人柄や雰囲気がいつも私をそうさせてくださっていました。
また、毎朝の「おはようございます」「いってらっしゃい」「ありがとうございます」の挨拶は、人間として基本的ないつどこへ行こうとも
大切なことですが、★営業所で毎日唱えることで、改めてその大切さを
経験しました。
1年間のおつきあいでしたが、皆さんも日々の厳しいノルマと多忙な日々で、大変とは思いますが、どうかお体に気をつけてお一人お一人が、
唯一無二のかけがえのない人生を歩んでいっていただきたいと思います。ありがとうございました。」

それから正午には、新人営業員Hさんと引継ぎの公共施設H衛生工場へ、ご契約をいただいた2名のMさんとSさんにもご挨拶した。
「解約しといて!頼むわ!!」
「はい。」

え~、、、そんな・・・
アフターサービスの切れ目が縁の切れ目ですか。

ともかく、ゆきんこの★営業所に要請された(会社の営利に貢献するという、はたまた各々の目標(野望)を達成するという)使命はとりあえず果たされた。
会社の3月決算も終わって、それまで営業員の数と営業成績が挙がったら、
「はい、ゴクローさん」の使い捨てオバサンに用はない。
よい子よい子のゆきんこは、ちゃんとS支部長との約束は果たした。

営業員を2名採用すること。
支所長から「支部長」と呼ぶこと。

私には富も地位も名声も栄誉も何も要らない。
必要とする人のところへそれは、訪れるものらしい。
心の底では、無用の用ではないかと思われる目に見えない
そんなプライドが、実は人間様にとっては、重要だったりするものだ。
私には陳腐と思われる呼称や称号が、やはり、一個の人間の幸福を左右する。

私は昔からいつも、それをひけらかしているヒトに異常な反応を示してきた。
なぜだかわからないが、私の連綿とした遺伝子が自然、そうさせてきた。
・・・としか、何の根拠もないので、言えない・・・

23日は、楽しみにしていたスケジュールをドタキャンしてしまった。

前日、解約の手続きに、自分の保険の名義変更、午後7時には、夕訪で
担当地区のお客様への挨拶回り、
午後11時過ぎまで書類の整理に追われていたので、他の営業員とも最後の挨拶がきちんとできなかった。
「立つ鳥後を濁さず」と美しく飛び立っていくなんてなかなかできないんだな・・・

だって、彼女たちには明日も、明後日もやってくるのだから。

23日の午前、またもや布団から起き上がれなくなった。
けれども、健康保険証は、期日までに会社に返却しなければならず、
正午前に、ドタバタしているのを承知で顔を出した。
「ゆきんこちゃん、遅いやン」
「すみませ~ん、遅れちゃって」
「なんだか、しんどそうだね。」
「ちょっと熱があるみたいです。また帰って寝ます。」

翌日は朝から雨。
明日から実施されると思っていた「特別支援教育士指導実習」に備えるべく、まずは午前11時に大阪駅に出かけた。
Fゼミの既卒で、現役小学校教愉のH先生のお嬢さんと待ち合わせ。
奇しくも、同セミナーの資格取得を目指していたH先生に無理を承知で
指導実習に際して必要不可欠なマニュアル本を拝借するのが目的だった。

どこへも寄り道せずに、1時前に帰宅すると、押入れからスーツケースを
引っ張り出して、荷造りを始めた。
「明日は、5時ごろ起きたら間に合うかな・・・」
資料に目を通して、興醒めした。

「あッ!今日からになっている!!!」

この時点で、お先マックラ・・・

慌てて、宿泊所に問い合わせたところ、スタッフから折り返し電話するとのことだった。

電話のベルが鳴った。
「どうしたの?もう始まっているわよ。」
その声の抑揚は、事務的で冷淡に響き、瞬時に9年前の大失態の瞬間をフラッシュバックさせた。
「申し訳ありません。カレンダーには以前から明日からと勘違いして書き込んでいました。」
「そうなの。30分以上の遅刻は、受講資格がありませんよ。」
「承知しています。ですが、お金は払い込んでいますので、もしお許しいただけるなら、せめて今から参加だけでもさせていただけませんか。」
「ちょっとスタッフと相談してみます。一端、切りますね。」

それから、熱に魘され、母からの「もうええわ」というくらいのしつこい罵詈雑言を浴びながらドタバタと身支度のスピードを速めて待機した。

再び、電話のベルが鳴った。
「ゆきんこです。」
「事務局の者ですが・・・」
(何でそんなに事務的なんだろう、ま、当然か・・・)
「スタッフと相談の上、参加は許可することになりました。但し、グループワークの参加だけで、受験はできませんから。」
「許可していただきありがとうございます。それでは到着は午後8時くらいになると思いますが、よろしく御願いします。」
「そんなに遅くなるんですか?どこから来るの?」
「H市です。乗り継いで到着するのに、3~4時間くらいはかかると思います。」
「そうですか。わかりました。」

そんなわけで、熱が出ていようがドタバタしないではいられなくなり、
荷物もスーツケースに突っ込むだけ突っ込んで、雨の中を出発した。

もう、この時点で受講資格がなくジタバタしたってしかたがないのに、どうしてジタバタしてるんだろう。

午後6時。
思った以上に乗り継ぎが良過ぎて、最寄り駅の谷上駅に着いたはよかったが、駅長室で宿泊所へのアクセスを尋ねると、
「一駅前の箕谷駅で下車して、そこから市バスですね。」
というので、反対のホームで、着いたばかりの電車に飛び乗った。

すると、おかしい???
着いたところは、一駅どころでない元の木阿弥の「新神戸駅」

結局、一往復して再び、6時30分に谷上駅に到着した。
そこからホテルに電話したところ、マイクロバスを手配してくださることになり、大助かりだった。

私のズッコケ人生に、なぜかこんなマンガみたいな不注意は、往々にして付き纏う。

降りしきる雨夜の中を、マイクロバスは山奥へと向かって走り抜けた。
ホテルのフロントから2階の食堂に案内されると、入り口で、電話の主が
困り笑顔で、出迎えてくださった。

「この度は、申し訳ありませんでした・・・」
私はこの権威ある女性の前で、お辞儀して同じ台詞を一体、何回言っただろう。
「どうしたの?おでこ?」
「はい。電話を切ってから、慌ててしまってトイレのドアでぶつけました。」
「そう・・・。あなたは今からAグループに参加してもらいます。荷物を置いて、食事を摂りますか?」

嘗ての師匠は、「あんた誰?」って感じで、実に他人行儀。
それにはちゃんと、イワク因縁の訳が大有りだったし、そのリアクションに呆れる弟子も少なくない。

それよりも、全く面識のない向学心に燃えた全国津々浦々から集った先生たちの方が余程、初めて会ったとは思えない温かい歓待振りだった。

「雨の中大変だったね。ここにお座りなさい。」
「ありがとうございます。」
「随分、遅くなったのね。どうしたの?」
「それが、明日から開催だと思っていたのです。」
「あら~!!うっかりしてたわね。」
「前日から熱を出していて、昼からのんびり身支度を始めたら、日程が
違っていることに慌てて気がついて・・・」
「そんな人、たまにいるわよね。でも、今から本格的なグループワークだから大丈夫よ。」
「いえ、30分以上の遅刻は、もう受講資格ないのですが、納金してるし、母が旅行だと思って、参加だけでもさせてもらうようにとけしかけてくれて。懇願してそれで許可を得て駆けつけました。」
「いいお母さんね。そうよ。この参加者のなかには、2~3回受講している先生たちだっているし、全国から高い交通費払って受講してるんだから。あなたも、熱を出しても参加するためにここにきたのはすごいじゃない。」
「先生方、随分上手に慰めてくださるのですね。そうですよね。ありがとうございます。あ~、もうこれはこの資格とるのを諦めろって神様のお告げだろうと思いながらきたんですよ。
途中で、電車にも乗り間違えたり、出かける前にたんこぶまでつくっちゃって・・・。ホントばかだな~ってね。先生方にお会いできて、私
そのためにきたのなら、よかったなと思います。」

ネームプレートを見ると、どの先生方も遠方の地名が書かれていた。
「そうね。がんばりましょう。ワークまでもう少し時間があるからお食事ゆっくりどうぞ。」

とにかく、見ず知らずの環境にポンと飛び込むには、勇気が要るのだけど、お熱にたんこぶ、そして、また師匠に恥ずかしい顔を向けて、呆れられるという救いようのない3点セットの災難が、吹き飛ぶ一瞬だった。おまけにご馳走にもありつけた。

午後7時から10時までのグループワーク
因みに、今回の参加者は100名。
Aグループ、Bグループ2つに分かれ、更に、Aグループは、あ~えまでの
4つあり、私は初心者集団13名のあグループに仲間入りした。
「すみません。遅れて参加させていただきます。宜しく御願いします。」
間もなく「会社員」という肩書きをも消滅するゆきんこに、
先生方は、「せんせい」と呼称してくださった。

ワークは、事例Yくん(小6)のWISC-Ⅲという心理検査のデータや情報収集されたプロフィールとアセスメント資料を分析し、障碍種別の総合的判断と、認知特性を明らかにした上で、
具体的な教育方針と配慮を列挙して、方略を立てて、個別の指導計画を
立てるという一連の作業だ。

1セッション3時間を所要して、司会進行、ホワイトボード記録、PC転記
発表の各係を担当して、討議する。










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楽しい時間はあっという間に過ぎるのはなぜだろう?

日曜日ももう8時を過ぎてしまった。
課題図書の原著は、なかなか読み進まず、目標1日2ページだったはずが、現時点で61ページと滞っている。

お陰さまでここまでどうにか平穏無事に生きてきましたが、
時間とお金とこころのゆとりが何となくなくて、来年の今頃は??
とまた不安が過ぎる。  

★営業所を去る日々もカウントダウンで、朝礼が終わると、
各営業員は、設計書を打ったり、黙々と身支度を始める。
支部昇格を終えた★営業所の面々は、あの信じられないドタバタとした
行動様式から自然に、元のぼよよんとしたムードに戻っている。

そんな中で、自分が何気なく言い放ったオオボケの一言が何だったか、
ちょっと忘却の彼方なのだけど、
時々、しょうもない笑いを誘っても、支部長は何となく私によそよそしかった。

仕方がないのだ。
二兎追うものは一兎をも得ず。

今更の社会人大学院生という肩書きに何かおまけがついているのか?
それとも、一世一代の見返りのない大事業だと自己満足を得るのか?

やっぱり・・・・
おばさん化しているから、こんな発想になるのかな~??
目標に向かって走っていられるうちは、何となくランナーズハイな
陶酔感に浸っていられる。
論文を書く仕事を生業とする研究者たちにとっての醍醐味はそこにあるのかもしれない。(同い年のS助教授の場合??)

しかし、それが次のプロセスへとつながらないその場限りの論文は、
どうなんだろう?

6日は、事前に休暇をとって「夢の美術館」に芸術鑑賞に出かけました。
ゆきんこは、主には印象派がお気に入りですが、
20世紀前半から現代にかけての摩訶不思議な、シュールレアリズムから現代アート作品を鑑賞するのは、初めて。

2005年の夏、Sちゃんと平日にゴッホ展を見に行ったとき、
正午過ぎになってもかなりの鑑賞者たちで混雑していたので、
12時30分くらいを見計らって入館してみました。

しかし、現代アートっていうのは、はっきり言って解説なしでは
「なんだこりゃ???」
という理解不能なアーティストのマイワールドが展開されているので、
お客さんたちも、少なくてゆったり鑑賞できました。

それでも、有名どころでは、ルネ・マグリットとか、アンディ・ウォーホルなどの作品は見応え十分!

無数のダイスを固めて作った立体作品の






9日金曜日にはこんなことがあった。
企業を訪問しながら、
「3月いっぱいで退職することになりました。」
挨拶を横目に、イケメンなのにいつも仏頂面の公務員さんが、
他社のセールスレディが説明する保険商品に耳を傾ける横で、
私は、自分に何のメリットもない保全の手続きをしていた。

野球少年をそのまんまおじさんにしたKさんが、
「あ、そう。辞めるんだ・・・」
「はい。所詮、保険はノルマが付き纏いますし、自分の適性なども
考えると、この辺が潮時かなと・・・。いつもお話してくださって
ありがとうございました。」




夢の佐世保バーガー


おひなまつりも済んで、3月第1週の日曜日は朝からぽかぽか陽気。

「今日は日中20℃もあったらしいよ。」
と不確かな母の情報を疑う余地もないほど、汗ばむくらいだ。

朝ぼらけ・・・のふとんの中で、携帯メールのベルが鳴った。
「おはよう今日は大丈夫?迎えに行くね。」
ゆきんこの返信。
「おはようございます。今、起きたばかりです。待ってます。」

それからゴソゴソしていると、30分もしないうちにまた携帯がかかって
再びのメールには
「もう着いたよ~」と書いてあった。

「ごめ~ん!まだ顔も洗ってへんねん。」
髪の毛もボサボサで、トイレに駆け込むは、靴下は昨夜用意していたのにどこへいったのか?
だって、Nさんたら、予定時刻の10時よりも10分以上も早く着くんだもの。

そんな叙述はどうでもいい。
やっぱり、10分遅刻して、どうしてもオンタイムにセルフマネジメント
できないのが、ゆきんこの短所だけど、
無事に、Nさんの白い乗用車は出発した。
「ついにこの日が来たんだね~!!」
「半年以上も前から行こうって言ってたもんね!」

仕事では度々、同行していたNさんだけど、休日、普段着で会うのは初めて。

目的地は、大阪・大日のイオンショッピングモール。
オープンして半年も経っていない巨大モールだとか。

半分くらい埋まった駐車スペースに、駐車して、
シネマが入っている建物の奥のショッピングエリアに突入した。
1階の10種類以上ものファーストフードがずらりと円形に並ぶコーナーに
入ると、空腹感もピークに達した。
「この際、何でも食べたくなっちゃうね。」
「でも、もう少しだし、探そう。」

エレベーターの前のフロント案内嬢に尋ねると、営業接客スマイルで
ガイドマップに赤ペンで書き込みながら丁寧に教えてくれた。

「あった~!!」
「佐世保バーガー!!」

そもそもは、
Nさんが昨夏ごろから、★営業所でマイブームを引き起こし、
ゆきんこに一緒に食べに行こう、食べに行こうと誘ってくれていた。

そして、
そもそもは、
Nさんのパートナー、ミスターNが、何となくインターネットで
検索していた、珍しいハンバーガー、
THAT'S SASEBO BARGER!

小さい店のレイアウトはマクドナルドなどよりずっとシンプル。
宣伝チラシや余計なデコレーションも変哲もない。という印象。

メモっていないので、うろ覚えだけど、
そもそも佐世保バーガーは、1960年代に佐世保だけにあった
アメリカ駐留軍のために開発されたハンバーガーショップだった。

それが、最近、大阪・心斎橋にも上陸し、
半年前に、このショッピングモール街の一角にも新登場したばかりだと
いうのだ。

そもそもゆきんこは、珍しい物事に目がないので、
忙しい合間にも、Nさんと他の営業員には内緒の合言葉
「佐世保バーガー一緒に食べに行こう!」を今日までの
目標にしていた。

「なんだかミスターNに悪いね。私の方がさき越して、Nさんと食べに来るなんて。ずっと検索して食べるの楽しみにしてたんでしょう?
テイクアウトで持って帰ってあげたら?」
「ああそうね。そうするわ。」

珍しいバーガーなんだから、レシピはなんだろうとか、
もっとグルメ番組みたいに詳述した感想を書きたいところだけど、
実際には、向かい合ったNさんと殆ど無言でがっついていた。

元お墓のセールスレディのNさんは、★営業所でも将来を嘱望された
期待のポープだったけど、
あの恐るべし支部昇格ノルマが祟ったのか?
ほにゃほにゃのゆきんこの10倍という厳しいノルマに
この1年ですっかりやつれてしまった。

「でも、もう私も3月末で辞めようかな?」
「所長だし、3月から新人のHさんも来たのに、そんなに急には辞めさせてもらえないんじゃないの?」
「もううちのダンナはカンカンなのよ!近々、ダンナが支部長と話し合って決着がつけば、私も3月末で辞めることになりそうなのよ。」
「ええ?本当なの?」
「夫婦で過ごす時間も減ったし、営業中に怪我したり倒れたりと
碌なことがなかったって。前職のお墓の営業スタイルのことは、
K支社長も、養成部のY部長も、何人かの管理職は興味津々らしい。
お墓の営業と比べたって、交通費やお客さんへのサービスは全て代理店生保レディのお給料天引きだから、全然儲からないよ。
すると、支部長は今まであんなに厳しいことばかり言い続けてきたのに、『一体、いくら出せばいいわけ?』と談判してきたわ。

私は、もういい。
それよりもこの会社の給与体系ってどうなってるんだろう。
100周年だとかなんとか言って、あっちこっちから無理やり女性たちを
採用しては、無謀なノルマを課し続ける。
もう私、全然ヤル気ないもん。」
「だって、前は、一緒にがんばろうって言ってたじゃない?
もしかして、私が辞めるのせいもあるの?」
「あるよ。あなたといたら面白くて楽しかったもん。
ゆきんこちゃんのいない★営業所なんて、面白くもなんともないよ。」
「そんなに面白いのかな?支部長もNさんと私とでは、随分扱いが違ったんだね。私は何でもブログに書いているから、事実を第3者に知ってもらうことで、防御線張ってるんだよ。
私が夜の大学院に通学しているというのも、下手な扱いができないから
多めにみて、甘やかしてくれたんでしょうね。
そうでないと、今までの職場では、全然生き生きできなくて、笑ってなんかいられなかったんだもの。
でも、いいじゃない。これからは、営業スマイルなしでいい格好も、
上司に媚びたりおべんちゃらもしないで休日に会えるでしょう?」

そこへ、Nさんのケータイのベルが鳴った。

ミスターNが職場でぎっくり腰になり、仕事を中断して帰宅するという
連絡だった。

遊んでいる場合じゃなかったけど、
正午過ぎ、予定通りに車は、鶴見緑地公園内へ入っていった。

次の目的地は、「咲くやこの花館」
世界各地の珍しい草花を地球まるごと凝縮してリアルに展示しているのだけど、あんまり草花に関心の薄いNさんを無理につき合わせた感じがして、じっくり観察はできなかった。

なかでも二人で注目したのは、名画「サウンド オブ ミュージック」の挿入歌で有名なエーデルワイス。
ドイツ語で「高貴な白」を意味する高山植物の代表格である
エーデルワイスは、意外とそこらへんのありふれた感じの花だった。

2週間前に、電車内の宣伝広告で、「シクラメンとクリスマス・ローズ展」を見つけて、行きたいな~と思っていた。
この特別展は、3月2日から4日までと3日間限定。

咲くやこの花館内の展示室に、即売されていたクリスマス・ローズは、
特に艶やかな花ってわけでもないのに、
値段を見てみると、4500円から10000円代の鉢もあって、なかなか手が出ない。
なんとか手の出る小さな苗木を1つ買った。

本来は、自然、天然の珍種の植物が、20世紀から21世紀にかけて人類が
科学技術を著しく発展させたが故に、そのままの自然では生息できないから、こうした温室で丁寧に人工科学によって保護しなければならないというのも、最も我侭なヒトの功罪かも?
そっと何もしないでおけば、余計な小細工もコストもかからないのに・・・

余談だけど、

3月2日のFゼミでも、似て非なる唖然とすることがあった。
そもそも部外者で、ABAの特別支援教育コースから逸れているゆきんこは、
寛大なるF教授のご好意で厚かましく常連ゼミ生もどきになった。
3月2日の午後7時に訪れると既に問答の始まっていたM1年生のY校長のケース検討が既に始まっていた。

プレひなまつりのその夜、
数学大好きなF先生は終始ご機嫌で、口元もほころばせていらっしゃった。
「ABAは、y=f()の関数で成立する。行動の事前事後は、独立変数としての行動が介入することで、事後のyがどのように変化するかを
予測することにある。
これで、常に仮説を立てて、それに基づいた研究計画を立てるんだ。
しかし、失敗はどんな研究にもつきもの。失敗すればするほど、そこには再学習のチャンスがたくさんあるんだ。あまり失敗しないで成功してしまうと帰って、身を挺した経験が乏しくなる。

従って、臨床家も駆け出しで経験不足だとクライアントに対して、
戸惑ったりうろたえたりするものだから、クライアントに操られてコントロールされてしまうわけだ。
だから、クライアントの意に叶った引き出し(反応のレパートリー)を
できるだけ多く用意しておく必要がある。それは即座にできるものじゃなくやっぱり、失敗を多く重ねた経験の数がモノをいってくるんだよ。」

修士論文の助言が丸々2時間以上にも及んだ後、午後9時15分ごろだった。

F教授が努めて優しい声で、
「それでは、残り30分きりましたが、次に発表したい人、どうぞ。」
「はい。」

と助言をいただく機会をもらった。
結論から言えば、本当はご法度の行動を許容してくださっているわけで有難かったのだが・・・

F先生はゆきんこが先週1週間かけてまとめた6ページのプリントをパラパラと捲ると、
「効果を比べるのなら、犬を介在させたA町と統制群のB町というふうにはできないか?」
「先週やっと個別に今年初めてゼミをしていただいたのですが、
Y先生にはその必要はないと言われました。Yゼミにいるので、
最早ABAで論文は書けませんし、ABAとはいえない論文しか書けないと思います。常々、無理はしないで、私の生活の諸条件の範疇で書ける無難な著作にまとめたらいいと仰っています。集めたデータは200以上にはなっていますが、それをどのように数値化して分析するかは、取りながらも見えてきません。昨年6月の中間発表ではS先生からは、『着地点はどこですか?』と聞かれて、
『わかりません』と答えるしかありませんでした。

でも、データ収集しているうちに、何となくの法則は見えてきつつあります。
公園内で殆ど飼い主と犬、子どもの行動は、素通りに終わってしまいますが、稀に触れ合いのシーンが得られた場合には、結局、子ども好きの犬と犬好きの子どもは接近しあいますが、そうでない場合は、遠ざかるということです。」
「・・・それで、自然観察だけで、介入はしないんだね?」
「はい。介入すると、やらせになるし、研究の目的が、教育の専門家を要しない地域の一般市民同士や犬などのありふれた何気ない交流が、コミュニケーションを誘発し、地域の雰囲気を和ませるということですから・・・」

そこで、F教授が苦笑いしたように思えた。
「 好きなモノ同士は接近し合うが、そうでなければ、回避しあう。
そんなことしらべなくったって当たり前じゃないか。私なんて小さい時分に、犬に吠えられたのがトラウマで犬嫌いなんだ。
 あなたには幼年教育の所属ゼミがあるのだから、私からは余計なコメントはしないでおきます・・・」
「でも、私は最初からABAを習いたくて、この学校へ来ましたし、
Y先生からもF先生のゼミでお世話になっていることを承知していただいています。」

まあ、、、、、
そう。
ゆきんこは天然ボケなのが、長所でもあり、短所でもある。

このバカ正直なオペラント行動が、どちらの先生をも
困らせていることはよ~くよくわかっている。
ゆきんこは、よくも悪くもバカ正直。
正直モノがバカを見る。

「だって、私、幼年コースに習いたい教官がいなかったんだもの。」
それこそ、苦しい生保レディのノルマに耐え難きを耐え、そのなけなしの収入を何のために3年間も、総額105万円相当の学費に交通費まで
いい年こいて捻出しなければならなかったんだろう。
将来に結びつかないなら、
正に最高級の無駄な趣味と定義できるだろう???

おまけに、大好きだったI先生は宇宙の彼方(イスカンダル)のように遠く、
毎週、ご機嫌で足繁く通っていても、
目前のF先生は、過労でゴ~ゴ~と鼾をかいていらっしゃり、
校長のY先生は激務の中で、マンツーマン指導のYちゃんのご機嫌を
とるのに毎日必死なのだ。。。

そこに、厚かましく、趣味なのか茶化しなのかわからない
ゆきんこが、こんな論文に帰結してしまおうとしている。。。。

「結局、専門家も臨床家も介入しないし、ABAつかわなくったって、
学校の外の地域は、案外のほほんと犬を挟んで平和にやってるよ。

今の学校はいじめや不登校、ニートに特別支援と問題が山積していて、
先生も生徒も病んでいる。誰かがどこかで死んでしまうんじゃないかというスレスレ危機一髪で・・・

だけど、先生のいない学校じゃない場所では、何にも言われなくても、
指示・命令なんかされなくても、好きなモノを見つけてみんなリラックスしてありのままに自由に楽しく憩っているよ。

もしかすると、お金とって踏ん反り返っている心理の専門家よりも、
犬の方が余計な口出しも介入も経費もなしに、人間同士を和ませているじゃない?」


と、何とも臨床家に対してイヤミったらしい結論が自ずと見えてくるではないか?

これも、ゆきんこらしい発想かも??
そもそも、私自身は、数多の心理臨床家のお世話になりたくてもなれずに野放図にされてきた半生があった。
それを遮二無二なんとかしようとあがいていた半生でもあった。

結局、自分が専門家を要さずに、それに準ずる専門心理臨床教育と癒しを友や、犬や花やアートなどに求めて好きなモノ、珍しいモノを発見することで、乗り切ってきたのだ!

Nさんだって車の中で言ってくれたのだ。
「パートナーはやっぱり好きになってくれる人というよりも、
自分が好きな人じゃなきゃダメよ。」
「Nさんにとって、ダンナさんと、その他の男性とどう違うの?」
「ダンナのすることはどんなことでも許せるね。病気でも、ダメでも、
調子の悪いときでも、やっぱり好きだという気持ちは変わらない。」
「それじゃあ、私を送らなくていいよ。時間がもったいない。早く家に帰ってミスターNを見てあげてよ。ぎっくり腰で帰ってきてるんでしょ?」

Nさんの自宅から最寄のK駅でNさんと別れて、
H駅から自宅までとぼとぼと、30分くらいかけて帰宅した。

M町に入ってすぐに、全く未知の地域住民と初めて会話した。
「こんにちは。今日はいいお天気でしたね。」
「そうですね。」
「お花が綺麗に咲いて素敵ですね。いつも通る度に思っていました。」
「今から植え替えようと思ってね。」
「今日は、友人と『咲くやこの花館へ行ってきました。クリスマスローズ展やってたんですが、結構高いんですね。ですから、苗木を買ってきました。」
「あら、ちょっと見せて。私も行きたかったのよ。でも、今日の午前中は京都へ出かけたの。ここに咲かせているのはクリスマスローズよ。」
「そうですか?さっき展示場で見てきたのとよく似ているなと見入って
いたんです。」
「よかったら、株分けしてあげるわ。結構上手く増やせたの。
秋ごろにまた声をかけてちょうだい。」
「いいんですか?ありがとうございます。★ー◎のゆきんこです。」
「すると、Nさんの近くかしら?」
「多分。それじゃ、帰って鉢植えします。失礼します。」

全然、ABAが無益なのかといったら、そんなことはない。
ゆきんこが生保レディになったのも、特に大きなご褒美を期待せず、
人畜無害な品行方正を自分なりにオペラントに維持したいのも、

自然体で可愛がられているワンコたちや、
家の軒先をさりげなく飾る花のようでありたいからだ。

その理想に反して、北向きの我が家の草花の殺風景なこと!
辛うじて猫柳とスミレの花が、咲いているだけ。

「ゆきんこ」という独立変数は、ヒトの行動の事後を和ませる?
という従属変数で、どのように数値化できるでしょうか?
F教授!












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