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2007/06/21 (Thu) 修士論文中間発表会
6月も早、後半を過ぎました。
昼下がりの平日に、ブログを綴れるなんて、ホント、シアワセ~

しかし、シアワセってなんだろう?
きっとおばさんになって、おばあさんになって、死んで幽霊になってしまっても考えるだろう・・・

私にとってのシアワセって脳内からドーパミンが放出される
ほんの一瞬のことなのだ。

それは、多分ストレスフルな環境では起こってこない一種の感情。

ヒトは恐らく、最も多様な感情や情動を持ち合っており、それをTPOに応じて表出するのが、健常者にとってはそれほど難しいことではない。

しかし、わたしの場合、まず父から受け継いだ24年に渡る理不尽な
虐待の連鎖を断ち切るために、人間科学としての心理学の何かの手法が必要だった。

それから、15年経過して、自分は当事者の域からすっかりカミングアウトしたかに見えるだろう。。。第3者の目からは、きっと

進学して、何かを突き詰めれば問題は解決するのか?
単純明快に一件落着するのか?

シアワセは維持することの最も難しいヒトの憧憬だと思う。

心理学はヒトをシアワセにする学問?
それさえも、懐疑が蠢く。

昨年身罷った伯父の3回忌もそろそろ喪服つきあいだけの親族の間では、
マンネリになってきた。
何せ、こんなに不幸続きのS家で、楽しい団欒なんてなくて、
気がついたら、4世代8人家族の仏壇の位牌は5つもズラズラと並んでいる。

それでも、無垢な存在ってのはいいなぁ・・

2000年に伯母が既に亡くなった時、従姉のKさんが癒し目的に飼ったのか、ミニダックスのアポロは、もう7歳で、ヒト年齢としたらゆきんこに
相当するくらいだという。
お葬式や法事の度にドヤドヤと黒服の人々が、広々とした和室に集まるのが、楽しいらしい。
午前11時、住職の念仏が始まるとともに和室は厳かになり、
K美さんの長男Tくんの膝の上で、アポロは目をギラギラさせながら、
空梅雨の昼下がり、喉が渇いたのか、しきりに舌なめずりを始めた。

不謹慎ながら、また笑いを必死にこらえて、焼香をあげた。
遅れて、従姉のK子さんが、もうすぐ6歳になるHちゃんと、
3歳になったKクンを連れてきたら、もうゆきんこは、しょうもない
接待などしていられない。

「ねえねえ、何もってきたの?」
「エンペラーせいじん」
「かっこいいねえ!他のせいじんってあるの?」
「あるよ。」
「なあに?」
「バルタンせいじん?」
「そうそれ!」
「なんでエンペラーせいじんすきなの?」
「つのがあるから。」
「なんでつのがあるの?」
「男だから」
 
ここで吹き出すのをこらえて平然と次の質問
「そうか、パパはつのがないよ。」
「うん、ない。」
「パパはおとこじゃないの?」
「うん、おとこだよ。」
「Kくんもおとこだよね。」
「うん。」
「じゃ、なんでパパとKくんにはつのがないの?」
「いい人だから。」
「ふ~ん、じゃ、つのがあるのは悪いヒト?」
「そう。」
「エンペラーせいじんはつのがあるから悪いの?」
「ううん、悪くないよ。」
「つのがあるのは、おとこで、悪い人なんでしょう?」
「え~っと、エンペラーせいじんは強いの。」
「そうかぁ、エンペラーせいじんは強いからつのがあるんだ。」
「うん、そう。」

・・・なんて書いてたら、またとりとめもないけど、
10年前にはこんなに母親らしくなるなんて信じられなかったK子さんも
ふたりの愛児たちが、座布団をマットにして前回りするところに
笑顔をほころばせていた。

ゆきんこの新しい職場は、もう保険屋さんでも、保育所でもない。
子どもたちが集まる場所で、仕事をするエキスパートを養成する
専門学校の非常勤講師になって、8週間が経過した。

日によっては90名近くの学生さんたちの面前で、
信じられないことにレクチャーをしているのだ!
ホントに気が狂いそうだ・・・
時々、乖離現象が脳内を渦巻き、
「私、なにやってんの~~~!!」

と逃げ出したくなり、叫びだしたくなる。

プレゼンなんて大嫌いなのに、壇上に立ったらもうやるっきゃないのだ。
「だって、女の子だもん、涙が出ちゃう」
なんて、オネエサンじゃないから泣き言なんていえない。

学生のなかに不安でたまらず、しゃべられなかったり、不登校になったり、反感もたれたら、
どうしよう~~~!

18日の午後8時。
元小児科病棟保育士のまい豆さんがプロジェクターをセットしながら
こう言った。
「ゆきんこさん、名前の順では、1番目ですよね?」
「え!昨日のメールでは私が後だよ。」
「でも、先に御願いします。」

なんでだよ~~!
なんで、ギリギリ開始直前に順番変わるんだよ!
それでも、簡単に切れたりせず、いささか緊張しながら発表に入った。

論文テーマは、「地域における飼育動物を介した子どものコミュニケーション行動」

5月の連休明けから指導教官には「緘黙症」で論文を書きたいとせがんでいたが、日本にその研究者がいないことが明白になった今でも、
大学の先生(特に私の指導教官)はのほほんとしたものだ。

生保レディの自転車営業の合間合間に、汗水たらしながら昨年2006年7月1日から5月31日までこつこつ集めたデータもメモ帳3冊分になった。

先行研究(先に発表されている研究論文)も日本では殆どなく、
心理学では、動物飼育が子どもの情操や社会性の発達に寄与している
という研究は皆無に近い。

まして、学校現場では、ウサギやチャボの飼育が主で、家族に順ずるイヌの飼育をされているところも少ない(多分ない)

しかし、サテライトのツンツンした臨床心理コースの面々よりも、
健康・医療系にかかわるコースの院生さんたちが、ゆきんこの
突飛な研究テーマに関心を寄せてくれ、ついでに、旧友のSちゃんなどは、わざわざ携帯メールでもデータ報告してくれたりした。

お陰で、ワンちゃんと飼い主、子どもの遭遇したほのぼのシーンを
集めて、報告することができた。


とはいっても、結構シンプルなものだ。

「イヌ?」
「イヌよ。」
「ワンちゃん?」
「バイバーイ」

同い年で熱血漢タイプのS准教授は、昨年と全く同じ質疑をした。
「この論文の着地点は?」

「何気ない挨拶があるのと、ないのとでは、
特に強烈なスーパー心理士なんて要請しなくても
町の子どもや地域の人々のふれあいを和ませるんじゃないの?」
 
「おもしろいテーマですね。デューイの著書『民主主義と教育』の
なかにも、動物飼育のことがかかれていますから、参考にしてください。」

「行動のカテゴリーが17種類なので、それを今後どうまとめて、結論つけるのか、課題だね。」


2番手、3番手のMさんとYさんの質疑は複数の1年生から出されたが、
シーン・・・と20歳以降の大人の無反応が最もコワイ・・・
それくらい、机と黒板という環境と、ことばだけを介するコミュニケーションって味気ない・・・

100年経ったら、もうゆきんこは間違いなく死んでいる。
そのとき、地球は、日本は、学校は、社会は、子どもたちは、
どうなっているだろう?

それとも、そんなこと気にせず、もっと我侭に今、一瞬の笑顔やエクスタシーに陶酔すべきだろうか?














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2007/06/12 (Tue) ご無沙汰していました
すっかりネットの世界から隔離されていた75日間。
つまり、2ヶ月半くらいの期間と考えたら、そんなにブランクもないのかな・・・と気を取り直してみるけど。

その75日間は、私にとっては「劇的ビフォー・アフター」にも相当する
初体験に満ち満ちていた日々、瞬時、瞬間だった。

端的にいえば、更新できず、放置されたままの3月下旬のブログの数日の
うちに、何が変わったのか。

何もかもが変わった。
いや、変わらない物事もあったはずだ。
何が変わって、何が変わっていないのか、
私には鑑別しておくことが、必要かもしれない。

その急激な変化に実のところ、感情を鈍磨させて物事をスケジュール通りに遂行してきたから、後からゆきんこ固有の脳ミソ反芻作業としての
ブログ更新の時間が全くとれなかったのだ。

その最大の理由は、
3月31日に、現在勤務しているの就職先の最終面接に通ったことがきっかけだった。
今、思えば初回面接が、まだ生保レディをしていた最中に10日ほど
残っていた有給休暇を利用して、初回面接を受けたのが3月15日

それから、2次面接が3月28日で、最終面接が3月末日。
最終面接の場所は、大阪城北詰の太閤園という、正に場違いなところ。

その前夜、寝つきが悪く睡眠不足気味で、案内されたロビーの一角に
つい、寛いで目を閉じて油断していると、
面接官の上司が2名現れた。
私の履歴の中で、諸々のはみ出すほどの無駄な資格取得の意図や経緯に
ついていくつか質問を受けたあと、

「通勤の所要時間はどれくらいかかりましたか?」
「2時間20分くらいでした。」
「始業時間は8時半ですが、どうされますか?」
「採用が決まりましたら、独立して勤務先付近に転居したいと思います。」
「それでは、いつから出勤してもらえますか?」
「新しい転居先を探して、移転するまでに1ヶ月ほどご猶予願えますか?連休明けから勤務できると思います。」

・・・というわけで、日本列島の最も優美な桜の季節。
その花びらがほころび、散っていった2週間ほどかけて、
一挙に引越しの大作業が行使された。

4月10日には、プロバイダーを解約して不思議な気持ちで
段ボール箱に自分の荷物を詰めていた。

ゆきんこは、はっきり言ってもうオネエサンではない。
生まれてこの方、H市以外の町に住んだことがなかった。

そんなに大袈裟なことではないはずだけど、
私は親身になって引越しを手伝ってくれた相手に、
「私の人生の予定になかった!」
と何度となく言っては、傷つけていた。

そういうわけで、今日から「ゆきんこの引き出し」は、
何となくリニューアルされて一皮脱皮した
環境と心境の変化のなかでブログの内容も変化していくかも???

75日もご無沙汰していたら、当然ネット社会も随分変わってしまったのだろう。

変わらないものなど何もない。

ネット接続に2ヶ月を要し、親しく懐かしい人々とも隔離された転居先で大好きなブログを更新できなくなった間、PCそのものは辛うじて稼動していたので、密かに「番外編を綴っていた。」フフフ

「自分」というのは、案外、誰かに指摘されないと、
ある程度、セルフモニタリング力に自身があるつもりでも、
あまりにも開けっぴろげで自由奔放に自己開示すると、
相手を驚かせていたことに、ようやく気付いてきた。

しかし、実物の私を知る人は、
案外、ブログで表現するゆきんこよりも、一見まともで控えめな
(誰も言ってくれないので自分で言うときます)
風貌の底に「いい意味で変わっている」と評することが往々にしてある。

ゆきんこは滅多に夢をみない。
今朝方、久しぶりに引越しして以来、夢を見た。

私はオブザーバーのようにある光景を見ていた。
ピンク色の布団みたいにふかふかしたカバの集団が
ふにゃふにゃしながら踊っているともいないともいえずに
蠢いていた。

そのうち中央の一匹のカバが、着ぐるみから出てきた。
学生らしい。
私に自分たちの踊りの出来具合の様子を尋ねてきた。


「どうでしょうか?」
自分の現在進行形の人生に、ブログを綴りだすと、
尚一層、不思議な気がしてならない。
そして誰も答えてくれない難問を頭のなかで反芻する。

それは、昨晩の大学院でも飛び入り講義の最中に投げかけた愚問と同じ。
5W1Hにはない第7の疑問符だ。

5歳児のパパである准教授のI先生が、驚いたような細い瞳で私に質問し返した。
「あなたは、何だと思いますか?」
「わかりません。ちょっと考えてみます。」


う~ん、考えてみよう。
5月のGW明けから次第に実態が明らかになってきた
「20歳児」の皆さん方は、どうやら考えること、感じることが苦手らしい。
彼らの幼児期に遡ることは無意味なんだろうか。
ヒトはいつ、ことばを獲得し、尚且つ、「疑問符」を持ち得たのか?
そして、私はしばしば彼らに第6の疑問符を投げかけるようになった。
「どうでしょう?」
「どう思いますか?」

そうでなくても、ヴィゴツキーのことばを借りれば、
「なぜなに坊や」のままだから、
親しい友人に咎められることもある。

「ゆきちゃんは、いちいち『なんで?なんで?』って聞くよね。
答えられない質問に疑問符を投げかけられても困ることあるんだから。」


じゃあ、なんで、『なんで?』って聞いちゃいけないのよ?
あなたも私も人間だから「疑問符」を使えるんだよ。
質問するから、答えが返ってくる。
その手応えを相手と自分が共有し、生きている証だと思いたいから
コミュニケーションが成り立つ訳だ。


それを生れ落ちた保護者から保証されなかった多くの児童養護施設で
生活を余儀なくされた子どもたちは、
自分の生きている証や価値に納得するのに途方もない迷い道を
彷徨わなければならない。

高々100年余りの歴史しかない人間科学としての心理学にも
時代の潮流のなかで流行り廃れがある。
飛び入りしたI准教授の御題目は、昨今、心理学会で再浮上している
発達心理学者、
ヴィゴツキーの原著「新・児童心理学講義」(新読書者2002)

心理臨床家の目に私は被写体になるとき、
誤魔化すように、無邪気そうに、「何もなかったように」
相変わらず、少女チックに笑っている自分がある。


更新前から変わらずに継続してきたこともあった。
転居と並行して社会人大学院では修士課程3年になった。
続けてお邪魔虫になっているFゼミには、
保育士のKさんが修了した入れ替わりに、音楽療法士のI先生が加わった。

4月以降、毎週金曜日の午後8時から1時間30分お世話になっているのだが、
いつもは多忙に多忙を極めていらっしゃるF先生は、前回
6月8日のゼミには、体調もよくご機嫌麗しいというご様子だった。

「受験には、臨床心理の専門に特化した内容も出題されますか?」
「いや、受験は心理学の基礎知識一般から出すから、そんなに込み入った内容ではないよ。」
「そうですか。」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いえ、知人が受験するのでお聞きしてみました。」
「来年、君も受験したらどうだい?」
「私が??だって、さっき臨床家は公私の境なくクライアントに奉仕するばかりで、何の得にもならないって話だったじゃありませんか。
私、ただでさえド貧乏なのに、もう受験する余裕なんてありません。」

しかし、その場では即答したF教授からの提言は、私の脳裏から
消去されずに今も心に留まっていた。
「先生、なんで私にそんな大それたこというのかな?」
と半分懐疑が渦巻く。

とりとめもなくなってきそうなので、
目下の課題に取り組もう。

1年余り、観察データを集めてきた「イヌと飼い主・子どもとのコミュニケーション行動」の中間報告発表会を翌週18日に控えている。
2年前には集団の前の壇上で、プレゼンテーションだなんてもっての外
だったのに、

生きていくうえにおいて、必要に迫られる諸々の事象によって、
感覚器官を越えた何かの吸引力に導かれ、見かけによらない行動の変容を顕わすことがある。
そんなことって、多分、私だけではないはずだ。




















プロフィール

ゆきんこ

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴12年目になりました。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    修了後も、失業と再就職を繰り返し、どうにかケセラセラでやってきました。
    出会いと別れの中で次第に専門分野への執着を捨て、遠ざかる日々です。

    独身時代の趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などでしたが、兼業主婦になってからは家事にまい進、心身とともに衰退しています。
    かなり前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。

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