日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
ぎっくり腰
2007年09月19日 (水) | 編集 |
今年の9月はなんだか、8月より早い。
それなのに、敬老の日前後の今日この頃は相変わらず暑い。
宵になれば、夜風に紛れて秋の虫の声が聞こえるから、確実に秋はやってきている。

そして、ゆきんこの明日をも知れぬ運命も。

今晩7時30分にオンエアされていたクローズアップ現代のテーマは
悪徳な派遣会社の実態についてだった。

こんな相変わらずのオカタイ冒頭はまあ、いい。
契約非常勤勤務の専門学校での日々も5ヶ月目に入った。
私の肩書きは一応「教員」ってことになっている。
けれども、実際の業務内容は、学生の指導は皆無に近く、
9月上旬は、ひたすらプリントの束をホッチキスで留めて封筒に分類する
という単純作業に勤しんでいた。

翌週から学生たちは前期試験だけに登校してくるので、
いつもは20代前後のキャピキャピムードも、必然校舎一体が厳かな雰囲気に包まれていた。

14日から18日まで、お盆返上だった前月とは裏腹に、
3連休を挟んで連続5日間も嬉しい休暇が取れた。
もちろん無給だけど。

修士論文も一時そっちのけで、旧友たちに連絡を取り合って
会う約束を取り付けていた。

13日の5時前に、突如、直属の上司と同僚教員のW先生から呼び出しを受けた。
あ~、いい年こいて何度経験しても一番いやなシチュエーションだ。

どんな会話を交わしたのか、年毎に記憶力も減退気味で明確には思い出せない。

早い話が、上司の期待した業務を一切こなす様子もなく、ちっとも勤務態度を改める気配もないと判断したようだ。
私としては、心外な上司の手厳しい評価だった。

「W先生よりあなたの方がずっと年上でしょう。しっかりリーダーシップとりなさいよ。」
「ゆきんこさんの言ってること、枝葉末節です。インターネットで調べた他校のシラバスを真似てどうするんですか?あなた自身が指導法を考え、当校の学生に応じたカリキュラムを講じてもらうことがあなたの業務なのに、この数ヶ月全く善処されませんでしたね・・・」
「学生がグループワークをするとき、ゆきんこ先生が彼らにどんな指導を示すのですか?」
両先生の質問雪隠詰めに、伏目がちになり、口ごもるしかなかった。
「このまま話を進めても、お互いに禍根を残すだけのようです。
 あなたには一体何ができるのですか?」
「・・・・・」
「転居してまで就職の意気込みを見せてくれたし、最終的には採用した私が責任をとります。あなたに相応しい施設をご紹介することも考えましょう。」
「・・・即答はできませんので、しばらくご猶予いただけますか?」
「ゆっくり考えてください。」

改めて問い質された質問にこの数日苛まれた。

実家に戻って、懐かしい旧知の方々が私の失態などお構いなしに
朗らかに迎えてくれたので随分気も紛れたし、
場所を変えるのは、暫しの現実逃避と気分転換にはもってこいだった。
「あいかわらず、いろんなことにがんばっているのね。」
・・・というふうに色眼鏡で見られているらしい。


何せ、10年以上ものお付き合いの方々が、ゆきんこの突然の公私共々の
転職・転居にまつわる劇的ビフォーアフターに、依然として興味津々が
維持されたままだったので、質疑応答するのも少し楽しかった。

15日にはTちゃんと待ち合わせ、Oちゃん宅に集まった。
旧友たちは、いつも景気の良くないリストラを仄めかされた私に、
さりげなく優しく、且つ私の不運話にまたうんざりしているようでもあった。

「上司にそんなこと言われてまで、気まずい雰囲気でしぶとく居続けるのもなんだかね・・・
私も中途半端な雇用形態で勤務してるけど、転居したときお金も使ったし、とうとう赤字に転じちゃったからな~」

本音のところは、私の中で今の職場に馴染むことに初めから違和感があり、「学生を指導する」という自分の新しいアイデンティティが、
大学院生という他方の肩書きと解離を起こしているようでもあった。

16日にはSさんの美容室に出かけ、肩まで伸びていたセミロングをショートボブにばっさりと切ってもらった。

17日、約束の場所へでかける前に、風呂場で手洗い洗濯をしていた。
しばらく屈めていた腰を上げようと立ち上がろうとした。

あれ?
そのまま、腰の曲がったお婆さんの状態になり、直立できない。
「イテテテテテテテ!」
ほんの少しでも体を動かそうものなら、腰から背中にかけて激痛が走った。

仕方がない・・・
その一瞬の出来事のために、17日と18日の両日、
友人・知人に会う約束を全てドタキャンせざるを得なくなった。

布団に突っ伏して、長い長い1日がだら~っと流れた。
改めて、誰ともかかわらず、身動きのとれないたった独りぼっちの時間
なんて、私は耐えられないと実感した。

しかし、世間にはなんだか孤独な人々の群集が多い。
家族がいるのに、自分自身の認知力に問題が起きることを想定して
第3者に「成年後見人」を依頼するお年よりも増えているそうだ。

痛めた腰に負担をかけないようによちよち歩きで電車とバスを乗り継いで帰路についた。いつものように歩けなくて身を持ってお年寄り体験しながら所要時間も2倍になってしまった。
バス停で何となく不安になり、自分から杖をついた見知らぬお婆さんに声をかけた。
「なかなかバス来ませんね。」
「まだこれでも便利になったけどね。」
「いつもは、駅から自宅まで20分くらいは歩くのですが、ぎっくり腰になって・・・」
「そりゃ大変だ。」
「年配の方の気持ちがわかりました。駅前までお買い物するのも大変でしょう。」


最寄り駅から自宅まで普段はバスに乗るまでもないという距離だけど、
バスが発車して一つ目の停留所で降りた。
てくてくと、坂道を降りる途中、地元のTさんに出会った。

Tさんと出会ったのは、7月半ばの雨上がりの日曜の夕方だった。
Tさんが連れていたイヌが、50メートルも離れたところからじっと私を
見つめていたのだ。

母と同い年の戦前生まれだというTさんは、初対面だというのに、
わたしの顔をまじまじと懐かしそうに覗き込み、いきなり自分の身の上話を滔滔と話し始めた。
養父母に育てられたTさんは、最近、不意に昔を思い出し、産みの親は誰なのかを知りたい衝動に駆られると語った。
14歳の時に自分が養女だと知ったのだが、成人して養父母を亡くすまで
実の父母のことを告げられなかったことが今頃になって悔やまれるのだそうだ。

「お姉ちゃんごめんな。私みたいな年寄りの話、聞いてくれて有難いと思うねん。」
「誰にでもそんな感じでお話してるんでしょう?」
「そうでもないよ。いつもは独りでいることも多いしね。
でも、ぱっと見たら話安い人かどうかわかるよ。」
「なんでわかるの?」
「そりゃ、わかるよ。この頃の若い人は何となく話すのが苦手そうだな~とか。あんたは優しい、いい人だよ。」
「まだ2回しか会ってないのに? 時々、そう言われるんです。
 あ、Tさんこれ少しだけどお菓子。今度ボビーに会いにお家にいってもいいかな。」
「ありがとう。また、おいでな。」

不思議だけど、不思議じゃないのかな?
職場では無機的な事物に囲まれてぎこちなく大人しくしているけど、
ふらりと戸外へ歩き出すと、面白い出逢いは、
前から知っていたみたいに自然に笑い合える関係が生まれる。

引きこもりの別居の父は孤独な誕生日をどのように迎えただろうか。




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2007/09/19 23:01 | 仲間 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
プロフェッショナルもどき
2007年09月11日 (火) | 編集 |
9月に入って、早速指導教官のY先生にメール送信し、次回のゼミの予定を立てた。
Y先生とゆきんこは各々9月中に学会に参加する所用があるため、次回のゼミは
9月下旬に決まった。
8月中、無駄な統計学やらIEPなどの夏季集中講座に追われて修士論文に全く手付かずだったが、ここに至ってようやく目処がついてきた。
昨年生保レディをしながらコツコツ溜めたメモ書きのままだった観察データ記録をワード収録する過程が今日、終了した!!

収録データ期間は2006年7月1日から2007年5月31日まで
本格的にデータ興しを開始したのは、4月に転居して一段落したGWだったので、
実質、8月を除いて4ヶ月かかったことになる。

週3日の非常勤を容赦してもらっている今の職場の上司に何と咎められても返答のしようもない。
昨日も前期試験の初日、緊迫ムードの職員室で遮二無二駈けずり廻っている若武者のW先生におずおずと話しかけた。

「あの、W先生、いつでも構いませんが5分ほどお時間いただいてお話させてもらえませんか?」
「今いいですよ。どうぞ。」
「私が非常勤で中途半端な雑務しか請け負えず、年若い先生にお独りで何もかも業務を抱えていることを申し訳なく、恐縮しています。それで、先生が体調を崩されたりしてもいけませんし、後期からは先生の業務をもう少し分担したいと
思うのですが。」
「???一体、どうしてそんなことを言い出すのですか?」
「そのようにお見受けし、先生の負担が大きい分、私がさぼっているように見えていると聞きました。」
「僕は、入職した初日から講義をしました。現在もこんな感じですよ。確かに駈けずり廻ってしんどいです。だからといってゆきんこ先生に分担しようだなんて思いません。
なぜだかわかりますか?お考えになってみてください。」
彼は時々、意地悪いニュアンスで生意気そうに答えに窮する質問を吹っ掛ける。
「私の業務が多いことや私に気兼ねしていただくことなど無用です。
私は私にしかできない業務をしますし、ゆきんこ先生ならではの、ゆきんこ先生にしかできないここでの職務を遂行されたらいいのではありませんか。」
「私は、前職は保育士で子ども相手や雑用なら慣れていますが、集団で講義したり、20歳前後の学生さんたちを指導するなど、どうしていいのか、、、」
「私だって集団は苦手です。
 ここは、学校で保育所ではありません。
 何をすべきかよくお考えになってください。」

え~~~~
こういう突き放した態度、W先生のキャラなのかな?
それとも、社風?

やっぱり、子どもに囲まれていない人生なんてゆきんこらしくない・・・
これからますます歳を重ね、おばさんになっていこうとも、
学習は学校という厳しく冷たい環境だけでするものではない。

一昨日の夜、久しぶりにひいてみた「セルフ・セラピーカード」は告げた。
インスピレーション

私だって、20代の頃は、いや最近まで保育・療育現場では釈迦利器でやってきたのだ。今はサボタージュしているように見えるかもしれないが・・・

夕方5時ピタで、帰宅し歩いて5分のスーパーHさんへお買い物に出かけた。
駅前のスーパーにはない掘り出し物についつい手が伸びるが、
店内が狭いし、品数も少ないので所用時間も節約できる。
おまけに儲け根性のないおっちゃんが、レジで
「まけとくわ」と値引きしてくれ、
「またきます~!」と自然とストレスもふっとぶ。

すっかり機嫌を直して、部屋に向かって歩いていると、
向かいの住宅から女性がかけて私に近付いてきた。
「こんばんは。向かいのDですが、ちょっといいですか?」
「どうしましたか?」
「福祉の学校の先生になるためにここに転居されて、以前は保育士さんだったと
おっしゃってましたね?」
「はい。元々は障碍児専任の保育士でした。」
「まあ、なんとタイミングがいいんでしょう。私の娘のことでちょっとご相談したいのです。会話がどうも通じにくいと感じることや、多動でテレビの上にのったりします。」
「今は、通園なさっているのですか?加配の先生はいらっしゃいますか?」
「幼稚園に通園していて、関係者の先生にも見てもらっていますが、私も先々で、周囲の理解が得られずトラブルやいじめに巻き込まれないかと心配です。
どんな障碍なのかが、親ではよくわからないので相応しい専門書を紹介していただけないでしょうか。」
「どうぞ、どうぞ。最新の書籍ではありませんが、ちょっとお貸ししましょう。」
「ああ、この先生有名ですね。名前、知っています。」
「私の習っていた先生です。専門書の豊富な大型の書店にもよく出向きますので、もっと相応しい書籍も探してきますね。
それから、近々日曜日に講演会にも出かけますので、よかったらここからご一緒しましょうか。」
「うわ、そんな情報まであるのですか。ありがとうございます。でも、母が入院中で遠方までは外出できないかもしれません。」
「どうぞ、ご無理はしないでください。また、いつでも不安になったり、ご自分の子育てを責めないように気をつけてください。
私は以前にも障碍児の方の家庭教師もしていました。お向かいですし、お嬢さんと一緒に遊びたいです。」
「そうですか。主人に話してみます。ありがとうございました。」

職場で読んでいた臨床心理学の本には、こんなことが書いてあった。
「科学的な実践データに基づいた実証研究を遂行するのが、臨床家の任務だ!」

私は厄介なことに、お金にならない自分で課した好きなことにはコツコツ地道にがんばるところがあるかも。
来る学会のシンポジウムに向けて、お客さんがあまりにも少ないのも何だから、
転居前から懇意にしてきた関心をもっていただけそうな方々に案内のメールを送信した。
全ての方々とはいかないが、数名返信があり、近況なども付記してもらえると
更に喜びが増幅した。

私にエールを贈ってくれる人は多くないが、
希少だからこそ、ゆきんこ自身も懐かしい親しい人々もかけがえがないと実感できる。




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2007/09/11 18:27 | 研究 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
秋の気配
2007年09月09日 (日) | 編集 |
ブログの開設3年目を迎えたが、相変わらずの不人気と、大学院修士課程3年目に入っても尚、人生の紆余曲折が持続していることから、精神的健康を維持しているのがやっとこさだ。

9月になって窓から聞こえてきた蝉の音がぱたりと途絶え、夕方には宙を蜻蛉が舞う姿を発見するようになった。
2年前の9月にも、私は公立保育所で勤務する日々をカウントダウンしつつ、
H保育所の子どもたちに癒されていた。

確か7月の半ばに、10年も務めたN市長の逮捕の報道がされ、間もなくH市長選挙
が行われると母から電話で聞いた。

今なら、年々伸び伸びした保育ができなくなり、親しく優しかったベテランの保育士たちが相次いでリストラされていったアンラッキーな時代をアルバイトの非正規雇用保育士として過ごしてきた。 

それに比べたら、猛暑のなかを自転車営業で厳しいノルマに耐えていた昨夏と比べても、この新天地は文字通りの新天地といいたいが・・・

新しく採用された専門学校の学科主任の上司は、ゆきんこにやっぱり厳しい。
週末の金曜日の夕方、キャリアセンターというガラズ越しの部屋に呼び出しを受けた。

こういう場面設定では、ゆきんこの場合、自然、恐怖心に襲われ、涙ぐんでうわずった声になってしまう。

「ゆきんこ先生、どういうつもりなんですか?そろそろ半年になりますが、あなたのことを職員は好感をもっていないと聞いています。
今年は修士論文を書くということで、私たちも譲歩していますが、あなたが
修士課程まで進学され、児童福祉の分野で当校に貢献してくださるという期待をかけて採用したのに・・・・。あなたにはそれだけ年下のW先生の仕事振りと比べても、あなたの方が年上なんだからもっと気を利かせられないんですか?
W先生が今、2年生クラスでどんなに大変なのかわかっているのですか?
8月のスクーリングだって、かばん持ちの仕事くらいしたらどうなんですか?」

「私も初めてのことで、気が聞かなかったのは、申し訳なく思っています。
でも、W先生にお手伝いがあれば、遠慮なく雑用でも何でも仰って欲しいと
何度言っても、独りで抱え込んでしまっているようです。
今日も、薬を飲んでいらっしゃいましたし・・・」

「あなたが、年上だから言いにくいに決まっているでしょう。私たちの職務は
先回りして、学生の進路をお膳立て、レールを敷く仕事です。周囲のスタッフは
ゆきんこ先生が、さぼって何してるんだろうと噂しているのですよ。
教鞭を取るのが無理なら、事務の手伝いをしていただいても、大事な原稿が封筒に紛れていたと聞いています。このことは、事務のスタッフに丁重にもう一度
謝ってください。これから後期に入ってあなたがどのように振舞うのか、よく考えてみてください。最終的には、私が全ての責任を負わなければなりません。
煮え湯を飲まされたことだってあるんですから・・・」

専任教員の若手2名は若干26歳のW先生と27歳のT先生。
お行儀があんまりよろしくないキャピキャピギャルと、
まだまだ反抗期進行中の20歳前後の学生100名近くを一手に指導しているのだ。
私が彼らよりも一回りも上でそれなりの履歴?を携えている割には、
(だから、人間はレジュメでなんか単純に推し量れないのだ)
「でくの坊」なのか、どう思っているのか、土日も返上でバタバタしている彼らの横で、私の業務といえば、今のところ電話の取次ぎと職務に関する自主机上学習くらいだった。

二人とも臨床心理士だの、精神衛生保健士だの、心理学のエキスパートとして修業しているのなら、どうしてもっとオープンに接してくれないのだろう・・・
年上だの、キャリアがどうだの、男女の別なくどうしてコンプレックスを取り払って素直にコラボレーションしてくれないんだろう?
どうして直接、私のことを咎めずに、間接的に上司に言うのだろう?
これってかなり「迂遠的ないじめ」に近くないだろうか?

夕暮れのワンちゃんたちを散歩させるご近所さんたちを横目に、自転車を押して上り坂をとぼとぼと歩いていた。

同じ居住区内の母と同い年の女性が、買い物籠を押して歩いている途中、挨拶した。
「こんばんは。今からお出かけですか?」
「そこのスーパーに買い物にね。あるいて5分で便利だよ。私は足の具合が悪いから、駅前のスーパーは遠いし、高いでしょう。」
「私、買い物はいつも駅前まで出かけていました。そんなに近くにあるんですか?」
「すぐそこよ。店主さんが親切で、いつも安くしてくれるの。それに直接仕入れているから、安くて品がいいのよ。」
「今から一緒に行ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。」

道中、ちょっとしたカウンセリングになった。
「さっき、上司に叱られたものですから、ちょっと落ち込んでいました。」
「どうして?」
「新しい業務でまだまだ迷惑をかけていて、前任者の穴埋めを期待されていたのに、上司は期待はずれだと思っているようです。私は気が弱いし、今の仕事もあんまり向いていないかもと思っています。」
「あなたはいい人よ。私は人間ウォッチングが好きでね。今は昔と違って、
人間関係もややこしい。あなたは素直すぎて、腹の底をうまく隠して生きていけないのね。人間、生涯に心からつながっている関係は2~3人で十分ですよ。
都会の人間は田舎とちがって落ち着きがないから、変な人も増えているでしょう。」
「今の上司に気に入られず、仕事も分不相応なら、年老いた母を独りにして心配なので、故郷へ帰ろうと思っています。」
「とにかく、どんなことがあっても腹を立てないことね。それから、人間なんとでもなるものですよ。あなたのペースでいきなさいよ。」

紹介してくれたH商店さんは寂れた昔ながらの小さなぼろっちい個人商店、元祖
コンビニエンスストアだ。
20代半ばのT先生やW先生は昼休みも十分とらずに駅前のマクドナルドのハンバーガーをかっ食らっている。

個人商店のおっちゃんは、ドタバタと即席栽培された一見エリートはだしの若者よりも、皺と白髪から滲み出るような素朴さと、優しさ、気前のよさを風貌に湛えていた。
「これ、お食べ。」
Hさんはよもぎもちをくれた。
「え?駅前のスーパーやったら、こんなサービスないわ。いいんですか?」
「ええから。」
「うわ、案内してもらって得したわ。お客さんにこんなことしてたら儲からないでしょ?」
「トマトも魚もおいしいよ。」

駅前の大型スーパーでは、大勢の人々が黙々と買い物している。
商品も溢れているのに、なぜだか味気ないし、コミュニケーションもない。
いつも、日曜日の夕方は駅前まで出かけていた。
今日の夕方はまた、Hのおっちゃんのところへリピーターになろうと思う。
















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2007/09/09 13:41 | 悶々 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲