日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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自分のキャリアを磨く方法
2008年11月27日 (木) | 編集 |
転職とハローワークの出没頻度が高いゆきんこ。
雲り空の今日も、正午過ぎにハローワークへ出向した。

「58番の方」
「採用が決まりました。」
「おめでとうございます。」

8ヶ月以上経過しても、交友範囲の広い母の知人からまだ結婚の祝辞もパラパラと電話越しに入ってくる「おめでとう」のことばが、今の自分の心情とミスマッチ。

今回、職種の変更も射程に入れた就職活動の間、しばらく借りていた本の内容がまずまず参考になったので記録しておきたい。

「自分のキャリアを磨く方法 -あなたの評価が低いわけ-」
著者 山本 寛 創成社新書22
2008年6月20日初版
定価 800円

目次

第1章 キャリアをめぐる環境の変化
 キャリアをめぐる環境の変化/働く人のキャリアの変化/境界のないキャリア

第2章 キャリアとは何か
 キャリアの意味/人生そのものとしてのキャリア/職業生活としてのキャリア/組織の職位としてのキ ャリア/職業とは何か/キャリア・チェック1(キャリアの分析)

第3章 キャリアの特徴
 継続性/連鎖性/発達性/キャリア・チェック2(職業への態度)

第4章 キャリアにはどのような種類があるか
 客観的な側面と主観的な側面/内的キャリアと外的キャリア/組織との関係によるキャリア/タテのキ ャリアと横のキャリア/価値観・志向性による分類/キャリア・チェック3(組織への態度)

第5章 キャリアの転機とキャリアチェンジ
 キャリアチェンジ/キャリアの転機/多様なキャリアチェンジ/キャリアチェンジを促進する条件
 転機としてのM&Aとキャリア発達/キャリア・チェック4(専門性)
 
第6章 キャリアが発達するとはどういうことか
 キャリア発達とは/キャリア発達基準の変化/キャリア発達の指標/昇進/エンプロイアビリティの高さ
 転職/キャリア・チェック5(業績)

第7章 キャリア発達には段階があるか
 探索期/確立期/維持期/開放期/

第8章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(1)キャリア上の夢や目標を持つ
 キャリア上の目標とは何か/キャリア目標を達成するためのコミットメント/価値観とキャリア目標との 一致/個人のキャリア目標と組織とのかかわり/キャリア・チェック6(キャリア目標の設定)

第9章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(2)実際に行動する
 必要な時期に意思決定する/自己分析によってアイデンティティを確立する/キャリア目標を達成する ための行動を起こす/キャリア上の機会をつくり、可能性を高める行動/フィードバックを求める/他者 からの評価を高める/ネットワークをつくる/キャリアをチェンジする/キャリア・チェック7(キャリア上の 機会をつくり、可能性を高める行動)

第10章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(3)遇線や逆境にどう対処するか
 偶然の出来事にどう対処するか/逆境にどう対処するか/キャリア・チェック8(フィードバックを求め 
 る)

第11章 キャリアを発達させるにはどうしたらよいか(4)キャリアの意味づけと統合
 キャリアの意味づけと統合/自分史/キャリア・チェック9(他者評価志向的行動)
 
第12章 女性のキャリア発達
 キャリアにおける性差/キャリア・パターンの性差/キャリア発達の性差/キャリア・チェック10(ネット ワークをつくる)

第13章 非正規社員のキャリア発達
 非正規社員のキャリア発達の重要性/正規社員への転換(登用)/キャリア・チェック11(肉体的・
 精神的な健康度)

第14章 ワーク・ライフ・バランスとキャリア発達
 ワーク・ライフ・バランスとは/ワーク・ライフ・バランスとキャリア発達/キャリア発達における労働生活 とそれ以外の生活の役割/キャリア・チェック12(基礎的な一般能力)

キャリア・チェックのまとめ

ハローワークを出たあとは、ホースセラピー牧場でポニーと馴致。
クリスマスパーティーのチラシを通行人に配ったところ、30枚ほど全て完了した。
帰りがけ、川沿いの堤防で最後に手渡した女性は、なんと顔見知りのKさんだった。
ガイドヘルパーの最中で、利用者の方を同伴して散歩中、偶然の出会いに驚いた。

牧場へ戻ると今まで面識はあったものの、敬遠していた女性Nさんと砂利拾いの会話した。
Nさんはいつも馴致から帰ると、ボランティアメンバーにお菓子を配ってくれていた。
ほぼ初対面の人同士の挨拶って、だいたい「どこから来たんですか?」
それで、自分の職場や行ったことがある場所なら、「ああ、私も○○で・・・」とか
共通項が作れる。

ゆきんこはボランティアのなかでも地元の民で抜け道もよく知っている存在になってきた。
でも、12月からの新しい仕事に身も心もそろそろセットアップして、癒しのお馬さんたちとも
しばらくお別れするだろう。
   
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2008/11/27 21:41 | 読書 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
人間としての視点から「自閉症」を考える
2008年11月24日 (月) | 編集 |
天気予報どおり、3連休の最終日の今日は、終日雨となった。
午前は11時30分過ぎに、市立総合体育館へ出かけた。
Tちゃんの娘のYちゃんが演技するスポーツ祭りを見物させてもらった。
ブルーのチアリーディングの衣装とポニーテールの少女たちがかわいらしく
揃って演舞した。

本当はTちゃん一家にとってお邪魔ムシのゆきんこ。
Tちゃんの夫Yさんにも再就職のお祝いのことばをいただいた。
Tちゃんの親族よりも遥かに出没頻度の高い他人のゆきんこに、
Tちゃん一家は優しく温かい、そしてごく普通のいい家族だなと思う。
どこへ行っても、家族もどき・シングルもどきの自分がなんとなく切なくなるな~。

12時30分にはレインコートを纏って、Tちゃん家族と別れた。
Tちゃんが心配してそばまで見送ってくれた。
「自転車じゃなかったら、車に乗って一緒にランチ食べに行けるのに。」
「家族みんなでおいしいもの食べてきて。
今まで市内どこへいくにも、びしょぬれになったことなんて何度もあるから気にしないで。」

レインコートを着ていても顔に雨粒がかかるとそれだけでなんとなく不快だ。
午後から雨脚が強くなり、自宅で独り昼食を摂ると再びレインコートを着るのに勇気が要った。
次の目的地は総合福祉会館

自閉症児親の会主催の第6回講演会を午後2時~4時まで聴講した。
演目「人間としての視点から『自閉症』を考える」
講師 高岡 健先生(精神科医・岐阜大学准教授)
著書「自閉症の原点」「人格障害論の虚像」「別れの精神哲学」ほか著書多数

日ごろご苦労なさっていることでなく、広い範囲を見渡すことでゆとりにつながり無駄でなく役に立つ話をします。
「自閉症」ということばつくりのきっかけは、1943年WWⅡ時代、アメリカの児童精神科医カナーが論文にまとめたことによる。
カナーは、ヨーロッパで生まれ育ち、ナチスドイツから逃れてアメリカへ移住した。
当時、ユダヤ系というだけで迫害された心理学者・科学者がたくさんいた。
カナーも英語ができないまま渡米し、内科医を経て児童精神科医になった。
だから、カナーはもともとはリベラルな人だったに違いないようだ。
第2次大戦中の知的障害児・者は巨大施設に次々と収容され、超過させてもまだ収容していた。
そのうち、長期の入所者を市民社会へ復帰させる運動が起こったが、
カナーはそれに対し、アルコール中毒や売春に陥る危険があると反対した。
数年後、「知的障害者有用説」が唱えられ、牡蠣の殻剥きやゴミ集めなどの軍需産業にも使役された。

なぜこんな話をするかというと、カナーの自閉症観と関連がある。
カナーは日々、知的障害児の診断をしながら、どうも雰囲気の違う子どもたちを発見した。
「賢そう」「記憶力が正確」な彼らについて、胸を躍らせて論文にしただろう。
この子どもたちは、弁護士やホワイトカラーの子息であることが多かったので、そうした市民層へアピールしていった。

ここで、知的障害と自閉症という分断線が引かれた。
知的障害者は相変わらず、施設へ収容するという処遇であるのに対し、
自閉症児にはちがう方法での治療教育が始まった。

一方、1950~60代のイギリスでは分断線は教育分野において、知的障害者を対象外のまま捨て置いた。その背景にあった資本主義政策はいい面とまずい面をもっていた。

さらに、70~80代には新たな分断線ができた。
1981年アメリカでは知的には平均以上の「高機能自閉症」ということばが出現し、
同年イギリスでは、ローナ・ウィングによって「アスペルガー」という用語が脚光を浴びた。
知能指数はもともと数量評価によるものだが、自閉症の質には高低の評価は存在しない。
「アスペルガー」は原著論文がオーストラリア語で書かれたので、1943年に発表されたものの、
注目を浴びず、児童精神科医でもあり、自閉症児の保護者だったウィング(夫は疫学者)が英語に翻訳したことで注目されることとなった。

しかし、どれを「アスペルガー」というのか?
ことばの遅れはない。2歳で2語文表出できるが、ことばの使い方に特徴がある。

なぜ、1981年に公表されたのか?
凡人とは違う「特殊な才能をもつ人」として取り上げられた。
欧米社会の変革によって(今では評判の悪い)「新自由主義」が台頭した。
つまり、政府を小さくして福祉や教育にお金をかけない「自己責任」が謳われた。
しかし、この制度では凡人のなかに困る人々も増えてきた。
モノ作りの徒弟制度が通用しなくなると鋳物工場が倒産した。
すると学校教育の段階で社会に役立つ人々とその限りでない人々との格差が生まれた。
こうして、凡人と障害者の分断線、高機能とそれ以外の自閉症との分断線が生まれた。
特別支援教育もカリキュラムに則った自己責任となり、
「高機能でない自閉症・知的障害者は知りませんよ」という線引きがなされた。

こうした世界の動きを知っておかないと苦しくなる。
日本では20年遅れて1970~80代高度成長期に自閉症の概念が輸入された。
それでも、注目されていたのは児童精神科領域だけで、一般の医学界や社会ではそれほどでもなかった。

知的障害者は高度経済社会から排除された。
当然、特徴に沿ったサポートも論外だった。
2000年以降、バブル経済が崩壊し、他の医学界や一般社会にも注目されるようになったのは、
「学級崩壊」の原因として、ADHD児が犯人扱いをうけたことだった。
高遠尚子さんの事件などで「国家社会は助けません」「自助努力」という新自由主義の台頭。

もう少し詳述すると、ADHD児には大きな誤解がある。
1歳年をとれば、その分多動は少なくなる。
多動がひどくなるのはワケがあって、落ち着かない悪化した環境におかれた場合だ。
怪我や危険な事物に配慮した物理的安全対策は必要だが、多動の対策は不要。

特別支援教育の対象(LD・ADHD・自閉症)は6.3%と言われているが、相当水増しされていると思う。
ADHDの出現率は、アメリカでは100人に1人、イギリスでは2000年に1人と40倍もの開きがある。
TEACCHプログラムが開発されたロースカロライナ州は白人富裕層の多い州であり、早期発見・早期療育という風土が根付いている。
アメリカの格差社会は甚だしく、アフリカ・メキシコ系では薬物で管理されていて誤診もあると思う。

イギリスもまた階級社会、生ぬるくない80代
特別支援というより教員の命をどう守るか、麻薬犯罪の防止策が優先される。
すなわち、特別支援教育よりも学校管理に経費が回されてしまう。」

ここまで高岡先生の講演を書き写していて、何だか気分が悪くなってきました。
多分、11月から慢性的に続く懺悔・罪悪感と自己嫌悪感です。。。

なぜ、自閉症関連、障害者関連の講演会に相変わらず出没しているのだろう。
人間に生まれた以上、四苦八苦するのは仕方のないことでしょうか?
なんだかジタバタしている自分をどうしたらいいのだろう・・・
なんだか明るくもっていくのも、空元気になってきた。

最後にまとめて、
「自閉症」だけでないさまざまな障害のある方々をいかにサポートするのかということは、
その時代背景や政治思想・経済・教育・福祉施策と不可分ではありません。
寧ろ、ひとりひとりが彼らをどのように遇することが、自分の幸せや身近な暮らしとつながっているということを高岡先生は諭してくださったように思います。
障害者にみる分断の歴史とは、格差を是とする選民思想が隠蔽されているということではないでしょうか。

やはり、悲しい現実ですね・・・
幸せってなんだろう?と足りない頭がグルグル回りだします。
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2008/11/24 20:41 | 講演会 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
NPOフェスティバル
2008年11月24日 (月) | 編集 |
昨日23日(日・祝)もやや肌寒い空気を感じつつ、早起きして終日、ボランティアに勤しんだ。
昨日は、H市役所前の通りでNPOフェスティバルが開催され、既に今月の初めから予定が入っていた。
午前中は、ホースセラピー牧場が出展する公園エリアで、スタンプラリーの担当。
約50名くらいの市民のみなさんにスタンプを押してもらった。
フェスティバルが始まる10時前に一番乗りで来てくれたのは、旧友のTちゃんと息子のKくんだった。

午後は、別の子育て支援グループのNPO主催のアンデス音楽祭の受付係り。
参加者にグループ別に着席してもらうため、4色のカラーガムテープを名札代わりに肩に貼り付けてもらった。

親子連れの参加者たちは、数曲のアンデス音楽を鑑賞したあと、ワークショップを体験した。
実際にボンボ・ケーナなどの民族楽器の試演奏やダンスを練習し、最後に全員で合奏してフィナーレという賑やかなプログラム構成だった。

電話で誘いをかけてくださった元家庭教師先のTさんと二人の息子さんFくんとTくんにも3年ぶりに再会した。
すっかり背が伸びた二人は、私のことをもう忘れただろうかというくらい、初めはよそよそしかった。
でも、演奏会の後片付けで会場がバタバタしだすと、退屈紛れか、弟のTくんが寄ってきて会話やその場の遊びに誘ってきた。
Tくんは3年前の私との数回の学習内容を記憶に留めていた。
「ゆきんこさんの家、M町?M町ってどこ?」
「今度遊びにくる?」

すっかり日暮れになって、打ち上げパーティーを催す喫茶店に移動した。
アンデス音楽の主要メンバーに混じってほとんど部外者のゆきんこも飛び入り参加させてもらった。
ペルー出身の日系の男性や、その家族・友人、そのまた友人・知人のつながりの20名が小さい喫茶店を占領した。
全くのアットホームな不思議なメンバーだったけど、共通点は南米文化つながりでその場ですぐに
フレンドリーな笑顔と音楽・そしてエキサイティングな踊りが飛び出してくる味わったことのない独特の雰囲気だった。それでいて、緊張感がなく居心地もいい。

気がつけば、ゆきんこはやっぱり自閉のFくんの傍にいた。
「Fくん、おはし使うの上手だね。」
Fくんの円らで空ろな瞳は私とアイコンタクトしないけど、こんな騒然とした場所でも
彼は、淡々とそのムードを楽しんでいる仙人のような佇まいで私の横に座していた。

3年を隔ててもTくん・Fくん兄弟が私を受け入れ信頼してくれたことが一番嬉しかった。


去年の勤労感謝の日は、確かどこへも出かけず論文をたった独りで書いていた。
一昨年は、重要人物殿とお目にかかった。
来年はどうしているだろう?

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2008/11/24 17:48 | ボランティア | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
奇跡のシンフォニー
2008年11月22日 (土) | 編集 |
今日も快晴の穏やかな小春日和。
心の天気もこのようでありたいけど、そうはいかないのが人間に生まれた辛さかな?

今日はいい夫婦の日。
なんだけど、午前中ご近所の4人のミセスが集まって出かけたのは、市民会館大ホール。
3連休に連れ合いと過ごさない理由は人さまざまですが、
なかなか夫婦円満っていかないのかな~?

19日水曜日に裏のWさんと誘い合わせて前売りチケットを600円で購入しました。
ついでに母と母の知人のSさんも加わって多文化フェスティバル関連事業の国際シネマ劇場に出かけました。

シネマタイトルは「奇跡のシンフォニー」(2007 アメリカ)
ケヴィン・リマ監督/フレディ・ハイモア主演
上映時間1時間54分

児童擁護施設で11年と16日育った少年オーガスト。
彼は消息のわからない両親に捨てられ、絶望的な孤独の日々を過ごしていた。
そんな彼の心の支えは、いつか両親に会えるという希望と神様から贈られた音楽の天賦の才。

12年前のオーガストの出生は、両親にとっても深い心のわだかまりを残していた。
才気あふれる名門チェリストのライラと、ライヴハウスでリードヴォーカルとして人気沸騰中のルイス
ある月夜の晩、奇跡的な出会いに二人は恋に落ち、一夜を過ごした。

しかし、同じ音楽家であっても、一流クラシカル業界に棲むライラと大衆音楽界のルイスが
再会する機会は訪れず月日が過ぎた。
ライラは一夜の恋で身篭っていたが、年若く将来有望な彼女を父親がシングルマザーにすることを拒んだ。

出産は無事に済んだのだが、ライラの父は子どもは死産だったと嘘をついて
身元がわからないように施設に捨てたのだった。

ルイスとライラは、音楽に対する情熱を失い、抜け殻のような人生をそれぞれに送っていた。

オーガストに類まれな天才的音楽の才能を見出したのは、施設の管理人(ロビン・ウィリアムズ)
元管理人とオーガストは施設を脱走した。
自由を得たものの、オーガストのストリートギターで流しをしながら生活を続け、行政から追われる身となった。

ある時、オーガストは教会のゴスペルに混じっている少女と出会い、ピアノのレッスンをかじってみた。
すると、瞬く間にオーガストは音符を書き並べ、シンフォニーを作曲し、ついには、教会のパイプオルガンを即興演奏するという驚異的な才能を発揮した。

オーガストの才覚を見出した牧師の手引きで彼は無名の神童として、音楽院に入学し、
英才教育を受けるまでになった。

そんな折、ライラは父親から「11年前の子どもが施設で生きている」という遺言を聞かされた。
わが子の消息を探し全米を隈なく奔走すると共に、自然、音楽への志気を取り戻していくライラ。
ライブハウスを引退したルイスにも、音楽への再挑戦の転機が訪れていた。

音楽院で英気を養っていた孤児のオーガストにもチャンスが到来した。
栄えある音楽祭の最終演目としてわずか11歳の少年がオリジナル狂想曲を自らの指揮で演奏するという異例の大抜擢を受けた。

その同じ音楽祭で、母ライラも独奏することは神様だけが知っていた。

ところが、運命は逆戻りした。
元施設管理人が父親だと名乗り出て、オーガストを連れ戻しに来たのだ。
オーガストは管理人に「施設へ連れ戻すぞ」と脅され、指揮台を降りなければならなかった。

管理人の罠にかかり、再び流しの路上ライブで日銭稼ぎに戻ったオーガストは失意に満ちていた。
そこへ、偶然、ルイスが通りかかりギタリストとして親子と知らぬまま再会を果たした。
二人は無心にギターを弾くことで音楽の喜びをかみしめあった。

そして、奇跡のシンフォニー
音楽祭が間もなく始まるという、夕刻。
オーガストは、管理人から逃れ、ひたすらに会場へと走った。
最後の演目の出演に間に合い、浪々と指揮棒を振って数千人の観客に披露するオーガスト
その神から与えられたと思えるほどの調べは偶然、付近を通りかかったルイスと
チェロの独奏を終えたライラの耳にも響いてきた。
消息不明だった息子オーガストは、自ら作曲した荘厳な音楽であの月の一夜以来、引き裂かれていた二人をつなぎあわせ、家族の絆を取り戻した瞬間だった。

ラストシーンに隣のWさんはじめ、多くの観客が涙を拭った。
さて、ゆきんこの場合、今回、素直に泣けない昨今の積み重なった憂さが邪魔をしていた。

まず、アメリカ社会の貧富の雲泥の差が映画からにじみ出る作品だ。
養護施設にいる子どもたちは殆どが黒人だった。
ことばは荒れて暴言と毒舌ばかり。
劣悪極まりない児童養護施設という環境で唯一白人の孤児オーガストは、黒人の子どもたちに虐めぬかれていた。
オーガストと音楽つながりで出会った子どもたちも黒人で、彼らを凌駕して上り詰めていくオーガストに彼らは嫉妬心を覚えていく。

また、いつも好々爺タイプを演じている名優ロビン・ウィリアムズの役どころもシニカルだ。
恩着せがましいのか、オーガストが神童であることを見出した管理人が、施設から脱走し、
金儲けしようと企むところも、アメリカ社会の矛盾を風刺している気がする。

児童福祉にかかわるスタッフも殆どが黒人で配役されているのに反して、
雅な音楽院関係者は白人の割合が多くなる。

音楽を通して父と母をつないだストーリー性よりも、音楽というひとつのプロフェッショナリズムから・能力主義・ビジネスライクに偏狭なアメリカ社会を垣間見て、人間社会は古今東西決して公平でも平等でもないということを思い知らされるのだ。

それに、そもそも子どもを捨てている理由がけしからんじゃないか!
父と母との間に横たわる音楽界の禁断の壁
生まれてきた命をなかったかのように抹殺する人間の卑劣さ、払拭できない差別と偏見が
子どもを犠牲にしている。


なんてことは、チラシの裏に書いてある各芸能人のコメントにはまるでない。
美辞麗句だけでは片付けられないのは、ゆきんこ独自の半生と感性が「伊丹十三」タイプだからなのかも?

そして、自分がどこにどんな風に生まれるのか、どんな才能や環境を与えられているのかは、
やはり神に支配されたものなのか?人間の創出する邪悪な社会システムの弊害か?

なんだか、頭がおかしくなってきた。。。
こういう映画みると、やっぱり、、そもそも(周囲からそう思ってもらえない)ペシミストの私は、
自分の子ども時代を思い出したり、現状の儘ならなさに自分の子どもを産まなくてよかったかも?
と妙な防衛反応が強まってしまうのだ。

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2008/11/22 15:50 | 鑑賞 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
ホットカーペットを敷いて
2008年11月19日 (水) | 編集 |
昨日、どうしても会いたかった人に再会できた。
人間生きていれば、過ちはつきもので取り返しのつかないことがたくさんある。

昨日お会いすることができた人とは、向かい合って過去のわだかまりを清算し、未来にどう対応していくかという模索について意義のある話し合いができた。
それはなぜかというと、自分一人では解決できなかったヒントを分かち合うことができ、
それに成功したからだ。
その人には、身近なところで腹を割って何でも話せる人はいないことが
一番の悩みの原因のように思われた。

「私には今のところ、そういう悩みはないかもしれないですね。
一昨日も私が一人で晩御飯食べていたら、突然、裏のご近所さんがやってきて
あとから一緒に御菓子食べてました。」
「へえ~!!」
「今時、そういう家族みたいなご近所付き合いってなかなかできないようですが、
私の身近な周辺に関しては、みんな家族の延長上です。ただ、家の外壁がそれを仕切っているという感じ。」

それでも、全面的に解決したわけではない。
私のわがままを聞き届けてくれたその人は
私があなたに害悪のある人間だと判断したならいつでも関係を切ってもらって構わないと
再三再四断っていた。

けれども、その人はありがたいことに「また再会したい」と意思表示してくれた。

昨日、その人に私が10年以上も愛用している「セルフ・セラピーカード」を試しにやってもらった。
身近な人間関係に戸惑い勝ちなその人はヒーリングカードのなかの『コミュニケーション』をひいた。

その人とすっきりと手を振って別れ、夕方自宅に帰ると心地よい睡魔が訪れ、
9時前にはぐっすりと眠ることができた。

今回の再就職の採用が決まってブログの内外で心ある方々から結婚と同等の祝福を受けたことに
感謝の気持ちでいっぱいだ。

今朝は冬の本格的な到来か、最高気温10度と天気予報が告げた。
砂壁の築30年以上のボロい我が家は暖房を入れないと堪らないというほど冷え込んだ。

遅い朝食を取って、5分間テレビ体操。
掃除機をかけて、何気なく口ずさんだ歌は
「♪聖母(マドンナ)たちのララバイ」
それから、2階からホットカーペットを下ろしてきた。

セーターやコート・手袋・マフラーも出して
昨日までは確か、まだ「秋」だったのに?

ホットカーペットがほかほかと下半身をあたためてくれ、
PCをたちあげている間に、「セルフセラピーカード」をひいた。
そのカードは「HOLINESS 神聖さ」という恩恵のカードだ。

『神聖さを認識する機会が与えられています。
あなたがこの真実に気づくと、その祝福が世界を照らすのです。
『神聖さ』が認識されると、それが通り道になって恩恵とミラクルが訪れるのです。
あなたは神の使者なのですから、手に負えないことなど何もありません。
自分自身をここまで深いレベルで知ることによって、まわりの世界を愛し、祝福することになるのです。
 今日はどんな障害にもだまされないようにしましょう。
『神聖さによってあなたが祝福され、自由になることができます。
そしてまた世界を祝福し開放することができるのです。
本当の自分を知りたいと心から願いましょう。
 今日あなたを妨害するどんなものに対しても、あなたの『神聖さ』が答えです。
あなたと神との関係を何者も邪魔することはできないのです。
これが神からのあなたへの贈り物です。」


寒すぎる冬は苦手だけど、暖かい家から寒い戸外へ出て
冷たい空気に触れるのはなんだかシャキッと心地よく引き締まる。
そして吐息は空気よりも温かく白く、呼吸して生きていることを実感する。
これって、うつ予防の「マインドフルネス」の自己流境地かな?
さて、今から初出勤。
コメントのご祝辞通りに気長にぼちぼち行きましょう!
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2008/11/19 12:03 | 自己分析 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
採用は突然に・・・
2008年11月15日 (土) | 編集 |
10月の終わりにハローワークで見つけた事務職の求人。
その2日後には自転車で訪問し、先方で履歴書を持参した。

同時にハローワークで6日には模擬面接も受けた。
10月の初回再就職説明会で、再就職支援セミナーの司会進行役だったH氏に質問したのがきっかけで、以後、個別コンサルティングで懇切な助言を受けることになった。
「もう~、というのはやめましょう。まだできる。と自信をもって。」

自分の面接の言動のクセやら、ドアの開閉の所作マナー、アドバイスなどを受けた。
複数の転職経験があり、人事採用担当など経験豊富なH氏は、なんだかゆきんこに関心ありげな
感じで、親しく雑談などもした。
「言い方や書類作成は工夫が大切です。ナビゲーターもひとりひとり経験も違ってアドバイスも違います。だから、おいしいとこどりすればいいんですよ。」
今となってはH氏の事細かなアドバイスが大変役になったのだな~としみじみしてきた。

今週明けの10日には、応募先から電話で連絡通知を受けて書類審査を通過して
面談日を知らせていただいた。

過去2回の失敗を教訓に応募先のHPやブログ、機関紙などに目を凝らし、
新しい志望職種の「ボランティア・コーディネーター」
について調べたり、自分なりの面接対策を考えた。

それから、なんとか気力復帰させて今日の午後まで、平常心を取り戻しつつも
なんとなくそわそわした胸騒ぎも感じつつ過ごしていた。
偶然、学生時代からの旧友とメール交換しているうち、全員で集まれることになった。
昨日は、日中、自然公園でもみじの散策やホースセラピーを案内して楽しいひとときを過ごすことができた。

面接を控えている前日だというのに、全く暢気なものだ。
しかし、私の場合、そういう気分転換が功を奏したらしい。
帰宅した夜と、面接までの午前中までに、面接シュミレーション
そして、本番までの開き直り。

出かける前に旧友のOちゃんにまた、メールして意気込みを伝えた。
Oちゃんから即座に激励の返信をもらって落ち着いた。

自宅から風をきって自転車をこぎだせば、穏やかな気持ちに包まれた。
学齢期を過ごした公園を横切ると、小学生らしき男児たちがスーツおばさんの私に一瞬注目した。

幼なじみのM君のおばちゃんとまた再会した。
「あれ?どうしたの?」
「今から面接。この前は会ったときは履歴書出しに来たの。行ってきます!」
「ゆきちゃんなら、受かるわ。」
「どうかな?たくさん応募してるらしい・・・」

こじんまりとした事務所に面接の15分前には到着した。
テーブルに着座して待機するようにお茶を差し出されてまたリラックス

過去2回にはそんなアットホームなサービスなんてなかったもの・・・
お電話くださった事務局長のKさんとスタッフの女性たちが傍で和やかに談話しているのも
さらにリラックス効果を増した。

「では、ゆきんこさん。お待たせしました。こちらへどうぞ。」
「はい。ありがとうございます。」

通された面接室の面接官はシニア世代の3名だった。
あんなに想定していた質問項目だけど、ことごとく外れてしまうんだな~
しかし、一貫して心がけたのは(ひきつり)笑顔と、新しい仕事への意欲だった。

「給与は財源が限られているため、高額は出せませんがいいのですか?」
「報酬よりもやりがいの方が私には大切です。」

「教員免許状をお持ちですが、教員にはならなかったのですか?」
「はじめに自閉症の療育指導員になったきっかけは?」

「これまでは、子どもたちとのかかわりが主だったようですが、これからは成人の方々との
関係が主立ってきますがよろしいのですか?」
「私生活では同居の母の友人・知人の方々などシニア方々とも親交しています。」

「電話相談員をしているというのは、ボランティアですか?」
「はい、ボランティアです。」
「やってみてどうですか?」
「電話の向こう側の方々はそれぞれお悩みやわだかまりなどを抱えていらっしゃいますが、
傾聴するうち、穏やかになり、電話を切るときには
『ここに電話してよかった』
『ありがとう』といっていただき、気持ちよく挨拶できる瞬間がとても嬉しいです。」

結局、履歴書や職務経歴に的を当てたパーソナルな質問に終わった。

帰りがけには総合福祉会館に寄り道して、平和コンサートでリフレッシュ。
午後4時30分
夕焼けの中、地元のK神社にもお参りして神頼み。
「こんにちは。お参りさせていただきます。」
宮司さんに会釈して、社の前で拝んだ。

ふと掲示板をみると、標語が目に入った。
そういえば、ちょうど2004年の大学院受験のときにも願掛けをした。
同じようなシチュエーションだったな・・・
その時のアインシュタインの格言はおぼろげに脳裏に刻まれていた。

今、目の前にした標語は、孔子の子ども子思(しし)の『中庸』のなかのひとつだ。
「誠は天の道なり これを誠にするは人の道なり」
Iさんの自宅横のお地蔵さんにも手を合わせて帰宅した。

午後5時
着替えて、ひと段落してPさんにメールを打っている最中、同時に電話のベルがなった。
「ゆきんこさんのお宅ですか?」
「はい、そうです。」
「ボランティアセンターのKです。」
「先ほどは面接ありがとうございました。」
「面接の結果ですが、きていただくことになりました。」
「ありがとうございます!」
「あなたはがんばりやさんのようですが、ゆったりぼちぼちいきましょう。肩の力を抜いて長くやっていきましょうね。」

それにしても、こんなに即決するとは意外だった・・・
採用が決まったからといってぬか喜びはできない。
仕事も結婚も時には危機的なことや辛く耐えられないと思うことがあっても、途中で投げ出したり辞めてしまおうとは、もう望まない。

それにしても、この願ったり叶ったりのご縁は、天国のマーくんが私を呼び寄せてくれたんじゃないだろうか?
心の痛みをバネにして今こそ、自分の子ども時代を過ごしたこの地区に、自分で見つけた「誠の道」に
志を新たにしよう。
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2008/11/15 20:21 | 就職活動 | Comment (8) Trackback (0) | Top▲
ホースセラピー牧場で気力回復!
2008年11月13日 (木) | 編集 |
午前中、国会中継を視聴しながら、自分を見つめなおしたら、次第にお出かけモードになった。
午後1時には、先月から出没し始めたホースセラピー牧場に顔を出した。

ここのスタッフもボランティアも癒し馬のファンだから、みんな気さくでフレンドリー
毎週出没しているだけなのに、ゆきんこの新顔も次第にお馴染みになってきた。
そんな私に6月からボランティアを始めたというYさんも、
「ずっと前から知っているみたい」
と評してくれた。

スケジュールでは、ポニー2頭の馴致の後に、8日の午後にはH小学校を訪問することになっていた。
あいにく、当日は終日雨で、キャンセルとなったとスタッフのGさんから聞いた。

今日は、ポニーは牧場でお留守番。
女子中学生の実習のお相手があるそうだ。

出発までのほんの束の間、引退競走馬のサラブレッドのカシューにニンジンをやった。
馬の唇は肉厚で手のひらでもごもごとニンジンをつままれた。すると少し唾液でぬれた。
大きなつぶらな瞳を覗き込んで、独り言と判別つかない語りかけをした。
「競走馬だったなんてすごいね。そして、今度はセラピーホースとして人を癒してくれるなんて
ほんとお疲れ様・・・」

午後1時30分、ポニー抜きで12月に訪問依頼を受けているN小学校へと徒歩で下見にでかけた。
歩きながら、Yさんから馬の特性について詳しい話しを聞くことができた。

競走馬は、ビジネスライクに仕立てられた走る目的で産み育てられるそうだ。
そのため、普通のギャンブルと違って賭けるお客は、馬の出身地やその両親、馬主、などなどを
考え合わせるのに頭を捻るとか。
馬主が、馬の引退の時期やその後の生死まで決めてしまう。
たまに、赤い目の白馬も生まれるそうだが、見た目に美しい白馬は突然変異だから、
脆弱性をもっている。
最近、「ユキちゃん」という白馬が、それにもかかわらずダービーで優秀な成績を上げているということで人気を集めているそうだ。

N小学校に着いた途端、私は感想を述べた。
「ふ~ん・・・なんだか、サラブレッドの生涯って切ないな・・・
人間社会の縮図って感じですね。私だったらどんな馬でも子どもでも分け隔てなく
かかわりたいけどね。」

帰りは、ゆきんこのナビゲーターで母校であるK小学校経由で牧場まで戻ることになった。
「こんにちは。来年、訪問させていただきます。今日は下見に来ました。」
Gさんが校門前で門番の男性に挨拶した。

馬の学校訪問の依頼は、教育委員会を通して今年に入って複数の小学校から依頼を受けているらしい。
「幼稚園にはいかないんですか?」
「あんまり、範囲を広げると対応できなくなるんでね。」
「それにしてもK学校の坂は急ですね。」
「でしょ?起伏は多いですね。地図ではわからないでしょう?丘がつく地名が多くて昔、仁徳天皇稜並みの大古墳があったと考えられているんです。
でも、住宅地になってしまったから、発掘されていないんですよ。」
「いつ頃かしら?」
「多分、奈良時代より前ですね。600年代かな?この辺は天皇の縁の地名も多いです。」
「ふ~ん。」
「この坂、お馬さん大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫、大丈夫。」

子ども時代を過ごした故郷をスタッフやボランティアのみなさんに案内できて、とてもルンルン気分だった。
実のところ、子ども時代は、憂いと悲しみ色に染められてはいるが・・・

帰ってきたら、所定の用紙に感想や反省点を書き込んだ。
総じていえば、車や人通りが少なくて安心して馬の馴致ができそうだというものが多かった。

馬の視界は真後ろが見えない他は350度と広範囲だ。
草食動物で怖がり。だから、天敵を遠くから一望して察知し、すぐに逃走できるようなしくみになっている。
馴致のときには、車のクラクションや傍で手綱を引く人間に視界をさえぎされ、おっかなびっくり
外へ出る。
舌は鈍感で甘いと苦いしかわからない。
耳はよく聞こえているけど、人間のことばはよくわからない。
低くて安定した音声だと安心する。
こわがっている人間に過敏に反応して、こわがる。

「ふ~ん、そうやって馬の話をじっくり聞くと、犬とはどこが違うんだろう?
人間とはどう違うかなととても勉強になりました。
私は障害児・者の方々とのかかわりが多かったですが、やっぱり共通点はあるように思いました。
馬と人間なら、人間が後から進化して出てきた種ですよね。ということは、人間らしい前頭葉が機能していない障害のある方々には、人間の祖先にあたる動物と同じ本能部分で似たような特性を示すことがあるんです。

例えば、馬のとてもこわがりであるという特性。
記憶力がよくて一度いやな経験をすると、2度と同じことをしようとせずに、同じ場面に遭遇すると驚いてしまうということは、自閉症のフラッシュバックに似ているんじゃないかな~?」

「へえ~、そうなんですか?」

「私、馬のことはわからないけど、人間はいろいろかかわらせてもらってきましたから・・・
Yさんの馬のお話、とても楽しかったです。」

「こちらこそ、よければ、馬の本をお貸ししますよ。」

「ありがとうございます。」

Yさんは結婚して2年目ということで同じミセス同士でこれからも話題はたくさん共有できる気がした。
牧場の隣には宿泊もかねたセミナーハウス「癒しの家」がある。
Yさんの案内で今日はここにも初めて入らせてもらった。
この癒しの家は、なんとモデルルームを寄贈してもらって移築したそうだ。
こじんまりした新婚向けの真新しい柿渋の白い壁が、何とも初々しい。

スタッフによると、ホースセラピー牧場のそもそもの候補地は、なんとPさんのご近所だったというから
あまりにも奇遇であることに驚いた。
更に驚いたのが、リーダーのGさんの故郷というのが、ゆきんこが昨年、一時独立して論文を書いていたK市内の100メートル以内のご近所だったという話で、
馬にはこんなに人を引き寄せる癒しパワーがあることを実感した。
Gさんには、ゆきんこが海外旅行のついでに乗馬を楽しんだ話も聞いてもらった。
すると、大学では畜産の専攻だったというGさんは、ワーキングホリデーで牧場経験をしたいと考えていたそうで、実に興味深くゆきんこの話に傾聴してくれた。

「グリーンバレーを知り合いに紹介しました。
乗馬クラブでライセンスとってもそれを生業にすることは庶民には難しいです。
ただ馬と触れ合うというニーズは全国的にもきっとあると思うんです。
私がボランティアで出没しているのがすごく羨ましいって。」

「馬って、別に家でペットにしたって全然、構わないんですよ。お世話ができれば。」

「昔は飼っている人結構いたのにね。」

「でも、今の住宅環境じゃ、それも難しい。人間だっておかしくなってますよね。」

「日本って海外に比べると人の住環境も牧場の規模も偏狭だなとつくづく思う。」

「海外志向の人は、一度は留学とか移住とか考えるけど、日本を捨て去って永住まではなかなか
踏ん切りつけられない。帰国したときの受け皿も日本人なのにお粗末ですよね。
JAICAなどでも経済効果のあるボランティアなら帰ってきても企業に収まれるんですが、
そうでない分野は、帰国後の生活がビンボウになってしまうリスクがあります。」

宣伝チラシを4枚持ち帰って、別れの挨拶をした。
「明日、友だちに会うので宣伝しますね。私、口コミが得意みたい。」

どんなに楽しくてもボランティアじゃ生きていけない。
もう子どもじゃないから、誰もパトロンになどなってくれない。
平日の日中、ボランティアできる女性たちは「当然、専業主婦」なのだ。
でも、私は違う。

好きなこと、夢中で注ぎ込める情熱をなんとか、お金に還元できないものだろうか?
私の人生もキャリアも愛情も全てが無償なら、そのうち底をつくのは目に見えている。
日本社会は一体いつまでお人よしの「癒し屋さん」を奴隷にしているのだろうか?
まるで宮沢賢治の「オツベルと象」と同じじゃないか?
いや、ここのボランティアのむごいのは、こちらが身銭を切ってお馬さんにかかわらせてもらって
いるのだ。

私はそんなに貪欲でもビジネスライクな人間でもない。
「認認介護」よりましだというギリギリラインで必死に笑顔を作っている。
そして、夜中に象はとうとう叫ぶ!

「苦しいです。サンタマリア・・・」
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2008/11/13 20:34 | ボランティア | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
小春日和の計画
2008年11月13日 (木) | 編集 |
70代の母が中学時代の旧友の方々と2泊3日の旅行へでかけた。
その間しばし、一人暮らし状態。

11日の午前中にはハローワークの失業認定を受けた。
それが終わると、就職相談の「コンサルティング」を小1時間受けた。
1週間前の6日には、民間企業の人事部からハローワークの就労支援ナビゲーターに転身した
H氏の手ほどきで、模擬面接の練習にも出かけた。

就職先からは明らかに聞かれることはないだろうという質問まで投げかけられた。
「最近、読んだ本は何ですか?」
「『エビデンス・ベースト・カウンセリング』です。」
「エビデンス?何ですかそれは?普通のカウンセリングとどう違うのですか?」
「もともとは医学用語で『証拠に基づいている』という意味です。
例えば、就職支援の成功率やカウンセリングの技術は、各々のカウンセラーの個性によって多少ばらつきがあるものです。そうではなく、どのカウンセラーであっても、特定のカウンセリング技法で確実に就職を確実にするには、その証拠があるわけで、それに基づいて支援することが大切だという本です。」
「ふ~む、なるほどね・・・あなたは本当に勉強が好きなんですね~」

にもかかわらず、
その反動か、取り越し苦労か、気持ちはどこか焦り気味だった。
先週末から週明けにかけて罪悪感で頭がいっぱいになり、眠れぬ夜と食欲不振が続いた。
背中もズキズキ痛くなった。
週末のホースセラピーのボランティアの予定もキャンセルして、生活も心身のリズムも狂いそうになっていた。
慢性的うつに有効とされる新次元のアプローチとして脚光を浴びている書を読んでみた。
『マインドフルネス認知療法 うつを予防する新しいアプローチ 』(北大路書房2007 \3200)
読み進めると単純に、
「ああ、こうすれば、寛解するんだな」
と納得して、少し気分がよくなる。

でも、本当のうつを私は体験したことがない。長期に持続しないからだ。
凹んで気分が多少悪くなっても、ジタバタあがいて自然回復力が備わっているらしい。

そのジタバタあがきというのは、私の場合、いつも複数の友人たちに助けられてきたことだった。
今回もやっぱりそうだった。

まず、私は凹んで自己嫌悪に陥ったら、母に愚痴りまくる。
とことん、自分のいやらしさや卑屈さを吐露してみる。
自分の汚らしさと向き合うことは辛いことなのかもしれないが、
案外どうってこともない心理学オタクの私には、
幼少時から自然鍛えられてきた自己流鍛錬法なのかもしれない。

それでは足りなくて、メル友同士の心の吐露というのは、私にとって非常に重要だ。
自分のいいところだけでなく、悪いところ、弱いところ、ダメなところ、
そんな自分を受け入れてもらえる相手に鏡になってもらえることで、
自分のありのままの姿が見えてくる。

今回、自分の憤懣や醜さを晒したことで、相手を驚かせ、傷つけてしまった。
それが自分に跳ね返ってきた。
これまでいつも、私が向き合ってきた友人はそれを難なく受け入れてくれていたので、
私はすんなりと立ち直ることができていた。
母や友人たちは、つきあいも長いから私がどんな人間か、そんなに強く生きてきたのでもないことをわかってくれている。
私も聞いてもらう分、相手が悩んだときには打ち明けられる関係が出来上がっている。
だから、安心して醜態も晒せる。

でも、そうでない相手に対して同じスタンスでいたなら、途方もない大きなダメージを与えてしまったことにようやく気づいた。
それで、相手と自分の弱さを改めて実感することができた。

昨晩、マーチン・ルーサー・キングJr.の非暴力による公民権運動について視聴した。
弱者が闘うとき、威圧的な為政者に対して暴動や革命を起こすのは得策ではない。
静かに笑って、根気よく、諦めずに繰り返し続けることが大切なのだろう。
それは、何だか心理学のエビデンス・ベーストに通じている気がしている。

連休開けの4日、10代から20代を過ごした大学祭にTちゃんと出かけた。
所々に当時の面影もあるが、殆どが新しい校舎が居並び、物々しいキャンパスに変わり果てていた。
その時、他の学友も誘っていたけど、断りを受け、別企画で紅葉散策することになっていた。

一昨日、3人を誘ったら、快諾してくれたので明日は4人で付近の自然公園へ繰り出す予定が決まった。
返信の感じでは、きっと、皆揃って会えるのを楽しみにしてくれているだろう。
明後日には、また面接が控えているのに全く暢気なことだな~
昨晩は数日振りに良質の睡眠が訪れた。
こんな小さなことだけど、まるで心はこの小春日和のようだ。
冬の到来前に2階の部屋もぼちぼち片付けながら、心も一緒に整理整頓することって、
怠ってはいけない生活習慣なのかもしれない。

小春日和のような穏やかな気持ちで毎日を恙無く送ること。
それを忘れて、失業や数々の失敗を反芻する度、怒りをぶちまけて諦めたり卑屈になっても
いいことなんてないからだ。

さて、午後から元気出してお馬さんに会いに行きましょう!
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2008/11/13 11:17 | 自己分析 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
読書の秋
2008年11月09日 (日) | 編集 |
11月第2週に入って、日中も冷え込みを感じるようになってきた。

水面下で悩んでいることほどなかなか公表はできないし、何よりブログにありのまま、正直に綴ることが憚られてきた。

それは、研究の世界や私的空間・心という最もプライベート空間さえも同じかもしれない。
それは、ちょうど封印されたパンドラの箱が開けられて元には戻せなくなった感覚だ。

私はストレスや不満が溜まると攻撃的になってしまう。
失業の度にその憤懣は、徐々にエスカレートし、書きなぐることで発散していた。

確か、3年前の11月ごろ、夜間社会人大学院の発達心理学の時間にIS先生から
E・H・エリクソンの「社会と子ども」のなかの「ヒトラーの児童期」について討論したことを思い出す。

Pさんとの最後の電話の後の3日3晩、全く熟睡できず脳ミソがぼんやりしていた。
「快適睡眠講座 ~よりよい睡眠をとるために~」
の無料メンタルヘルスセミナーに申し込もうかな~?
それに伴いどんより感と食欲不振

昨晩はFAXで申し込んでみた。
「からだほぐしですっきりリラックス」

母からすすめられた図書館の本を読んでみると、少し冷静になれた。
石坂晴海「男と女の離婚格差」(2007小学館)
それによると、

「夫の最優先事項はあくまでも仕事で、仕事に影響することはできるだけ排除したいという本音がある。妻の訴えで一番多いのは、ダンナは仕事ばっかりで家のことも子どものこともやらないで私一人でがんばっている。わかってくれない。認めてくれない。見てくれない。でも、それは夫にしても同じ気持ちなんですよね。お互いがんばってるけど、お互い余裕がなくなって相手のがんばりが見えなくなって
しまう。相手ばかりに意識がいくというのは、いい意味でも悪い意味でも自分をないがしろにしいる。
人に気を遣いすぎる、顔色をみてしまう、あるいは、我慢とか犠牲とかで自分を放置してしまっていることが多い。そうしているのは、実はパートナーに対してだけでなく、あらゆる人間関係に出ているはずだ。

人は誰でも自分の「パターン」というのを持っていて、それはあらゆる人間関係に出ている。
会社での上司、同僚、部下との関係も、過去の恋愛関係や親子関係などが影響していたりする。
夫に向かう怒りや悲しみは、夫だけでなく過去の恋愛や親子関係の中で培われた問題だったりする。
過去の満たされなかった思いが夫に向くことも少なくない。そこに気づくと長い眼で見れば夫婦関係が
改善されるケースは多い。
パートナーシップにおける大きな壁となるもの、それは
「罪悪感」「恐れ」「恥ずかしさ」というきわめて人間的でやっかいな3つの感情だという。

専門的には、心理的に距離が近ければ近いほど自分自身を扱うように相手を扱う。
多くの人はみんな自分に厳しい。
自己嫌悪というのは自分をバカにしたり攻撃していることだから、
身近な人にも同じような攻撃をしてしまう。

なぜそういうことが起きたのか、
そこを見つめて何かを学んで卒業するという形の離婚でないと
おそらく同じトラブルが他の近い関係に出てくる。
自分の中に相手を引き寄せるフックみたいなものがある。
それが自分のパターンだ。
せっかく縁あって引き寄せあったのだから、
そのパターンを見つけて、受け入れて、手放して卒業した方が得であることは間違いない。
自分を知ることで何より自分が楽になる。
そもそも他人だった男女が夫婦という形をとって角をつきつけあうことの意味は、
そこにあるのだと思う。






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2008/11/09 13:42 | 読書 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
芋掘りバーベキュー
2008年11月03日 (月) | 編集 |
思いがけないYさんのお誘いで、昨日のフェスティバルの続きに1ヶ月振りに障害者自立施設ワーク☆へ出かけた。

まずは、利用者さんとその家族総出で畑でスコップや鍬で芋掘り作業。
あの真夏の猛暑がなかったら・・・

しかし、ここで突然、こゆきさんから電話がかかってきた。
不思議とこゆきさんの電話越しの声からドンマイというオーラが発せられてきて、
社会不安などどこ吹く風という気分になってきた。

6月初旬の苗植えのバーベキューパーティーから5ヶ月経過して、
地下のサツマイモを一斉に掘り起こすと、大きなお芋が次々と顔を出した。
「どう?H君掘ってみる?」
「ううん。いい。」
Yさんだけでなく、何名かの利用者さんたちが元支援員のゆきんこに親しみをもってくれていたのか、
傍まで来てにこにこしていた。

女性の利用者の参加は来年入所予定のまだ支援学校に在籍中のNさんだけだった。
Nさんとは、夏季実習で2日間だけのつきあいだったのだけど、やはりゆきんこのことを憶えていてくれていた。

「なあ、ゆきんこさん、戻っておいでや。」
「ほんまや。戻りたいなあ~。なんでやめたんやろ・・・」
「Tさん、怒っとったで。」
「そうか。Tさん、ゆきんこが辞めるとき、お休みやったから挨拶でけへんかったもんな。
今日も休み?」
「また、熱出して休んでる。」
「お大事にねと伝えてよ。」
「うん。お大事にって言っとくわ。」

1時間以内に芋の掘り起こしと畝の整地が終わると、今度は駐車場と玄関先にバーベキューの設営とシートを敷いて食事の支度が始まった。

キャンピングテーブルを置くと、利用者さんたちは皿と箸を両手に食べるスタンバイいつでもOKという感じでテーブルを囲んで胡坐をかいた。

保護者がアルミ箔に野菜を包み、次々と炭火の網の上にのせて焼いた。
すると、Yくんが待ってましたというかんじで
「パンや、パン」
とカバンから食パンを取り出し、嬉しそうに焼き網の上にのせた。
Yくんのお母さんが恥ずかしそうに私に解説してくれた。
「前のバーベキューでゆきんこさんがパンを焼いて食べていたのがすごくうらやましかったらしいんです。」
「あれは、ウチに朝ごはんがなくて、、、、」
「今まで、バーベキューの主食はおにぎりが当たり前だったんですが、朝ごはんはトーストですから、今日はその時のことがインパクトあったらしくて、朝からここでパンを焼こうと決めていました。」
「そうですか。よく憶えていたんですね。」

瞬く間にパンは炭色にこげて、トーストを通り越してしまった。
「こんなにこげたら発がん性物質になってないかな?」
「いただきま~す」
バーベキューの炭火トーストを食べるというY君の望みは一応叶ったらしい?

知的障害者同士のテーブルというのは、あんまり会話らしい会話なんてないけど、
成年に達した彼らなりの落ち着きというか、長年のつきあいというか、
ある程度、お腹を満たしてしまっても、ただその場に座って安穏としてゆっくり時間が流れていった。
この自然なゆったりとした時間の流れを、利用者と支援者という関係ではなかなか味わうことができなかった。
なぜなら、両者は余暇を楽しむのではなく、仕事をしなければならない間柄がそうさせていた。

Kさんのお母さんによると、利用者さんたちが幼少時から恒例の年2回のバーベキューは、初夏のサツマイモの苗植えと秋の収穫に行なってきたそうだ。
この施設が今年4月オープンするまでは、付近の畑を借りて川原を会場にしていた。
施設の畑も借りることができて、施設のトイレや水道を使えるようになってとても便利になったと語ってくれた。

「Hくんとゆきんこさん、どっちが背が高い?」
「どっちかな?立って比べてみよう。」
「う~ん、同じくらいだね・・・」
「ちょっと、H君が高いかな?」
「それじゃ、HくんとMくんは?」
「う~ん、やっぱり同じくらいだ。」
「ホントだ。3人とも同じくらい。」

などと、おやつを食べ食べ仲良く背比べをしていると
Aさん親子が遅れて到着した。
しばらく、ゆきんこがどこにいるかわからなかったAさんだが、
「Aさん、こんにちは。今日も来たよ。」
すると、Aさんは嬉しそうな奇声を発し、やっぱり抱きつき行動をしてくれた。
「Aさん、お出かけしてきたから、お腹空いたね。食べたら遊ぼう。」

しかし、Aさん親子が食べ終わった頃、バーベキューは同時におひらきモードになった。
めいめいが片付け始めても、Aさんは目ざとくつまみ食い行動をしていたので、
Aさんをお父さんが阻止した。
Aさんもめげずにお父さんに抵抗し、集団に戻ろうと父娘で押し相撲のようになった。
「Aさん、わかったよ。もうおかたづけになったから、ゆきんこと散歩しよう。」
Aさんは抵抗をやめて、すんなりゆきんこと手をつないで歩き出した。
車の前に来て、お父さんがAさんを車に乗せ、ドアを閉めてロックした。
すると、Aさんはものすごい力で車内からドアや窓をドンドンと叩いた。
彼女がこの閉じ込められ行動を幾度となく経験してきたのだろうと察知した。

お父さんも様子を見てドアを開けて自分も乗り込んだ。
その隙にAさんがゆきんこを車に引き込んだ。
「Aさん、一緒に車にのせてくれてありがとう。でも、いいのかな?」
結局、Aさんに独占され、抱きしめあって車中で時間を潰した。
「A、ちょっと興奮しすぎだぞ。」
「お父さん、ごめんなさい。Aさんとゆきんこは友だちだよね。
Aさんは私にこんな感じでぬいぐるみみたいですけど、支援員のOさんにはお父さんみたいに慕っていますよ。」
「ああ、そうですか・・・」
お母さんが戻ってきて、座席を降りAさん一家と別れた。
三々五々と家族が☆を去り、施設長のY先生やYさんのお父さん、M理事に挨拶して徒歩で30分以上かかるバス停へ向かった。

もう支援員でない肩書きのない私でも、利用者さんたちが受け入れてくれたことが嬉しかった。

帰ってきてから1年ぶりにこゆきさんに電話があり、励まされた。
「遅くなってごめん。市役所の前で撮ったはがき、よかったよ。失業しても、ゆきんこさんはゆきんこさん。その施設で5ヶ月間働いたことも、どこかできっと役に立つわよ。人生に無駄なんてないわ。」


明日はTちゃんと大学祭へ出かける予定だ。

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2008/11/03 20:03 | 仲間 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
再会は突然やってくる
2008年11月02日 (日) | 編集 |
昨日、夜中に寝付けず脳ミソがすっきりしない午後をふとんの中で過ごした。

翌日の今朝は、脳ミソのぼんやり感も抜けて休日らしい連休の中日。
母と焼き飯を食べていた午後1時30分。携帯のベルが鳴った。

「ゆきんこさん、Oです。今日はどうしてる?」
「Oさん、こんにちは。今、昼ごはん食べてました。どうしましたか?」
「オレ、姉妹園の障害者施設のイベントに来てるんだ。今頃気づいたんだけど、
(利用者の)Yが『ゆきんこさん、どうしてる?』っていうんでちょっとかけてみたんだ。」
「Yさん、憶えていてくれたんだ。昨日にでも連絡くれたら駆けつけたのに。」
「ごめん、Yが言うまで忘れてたんだ。ゆきんこさん、市内だけどここまでどれくらいかかる?」
「自転車で30分くらいです。」
「こっちは、2時30分くらいまでやってるよ。来るかい?」
「はい。それじゃ、今から行きます。待っててください。」

3連休の国道1号線沿いは、なんだか平日よりも渋滞していた。
そういうわけで急いで身支度して2時前にはなんとか姉妹施設の駐車場へ駆けつけた。
バザー会場になっている駐車場のフェンス越しにYさんが私の姿を見つけてくれた。
「ゆきんこさん!ゆきんこさんや!」
会場は既に撤収モードに入っていた。

最初に微笑んで迎えてくれたのは、担当していた片目を失明した重度重複障害のAさんのお母さんだった。
「こんにちは。ゆきんこさん、今、Aは車の中なのですが、連れてきます。」
「お母さん、私が会いに行きます。」
フェンスの脇に停めていたぬいぐるみがぎっしり詰まった見慣れた車からそろりとAさんが降りてきた。

すると、Aさんは私を見るなり抱きつき行動。
まるでPさんを差し置いての最高の愛情表現やな。
「Aさん、元気にしてる?今日はお父さん、お母さんと来たんだね。」
「はい。元気にやってます。あの夏を乗り切ったので、Aも変わったと思います。」
「ごめんなさいね。。。あの時は素敵なお姉さんになってねとおまじないをかけていたんですけど。
でも、今はKさんとがんばってるんだよね。」
「明日は、保護者会でバーベキューするんです。よければ、ゆきんこさんも。」
「いいんですか?」
「うちは、遅れて参加しますが是非どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「A、Yくんが待ってるからゆきんこさんを独り占めしちゃダメだよ。」
「Aさん、私のこと好きでいてくれてありがとう。でも、私、Aさんのぬいぐるみじゃないからね。」
フェンスの外側でAさんとお母さんに会釈すると、フェンスの中に入りYさんと再会した。

「ゆきんこさん。」
「Yさん、呼んでくれてありがとう。」
続いて、Oさん、施設長のY先生、クリーニング班の支援員T氏とI氏も揃って迎えてくれた。
・・・というよりも、そのメンバーが今回の出店に参加していたところに、イベントも終わりかけた
頃に野暮用で顔を出させてもらったといったところか?
もしも辞めてなかったら、当然ここにいただろうけど。
「Yさん、お仕事がんばってる?」
「がんばってるよ!がんばってる。がんばってるよ!!」
大きな屈託のない声で、知的障害を越えた朗らかキャラそのもののYさんが繰り返した。
「すごい!がんばってるんだ。ごめんね。途中でしんどくなってしまって。
なんでやめんとあかんかったんかなぁ・・・」

施設長とOさんが心配してきいてくれた。
「どう?仕事見つかりそう?」
「厳しいですね。ハローワークもいっぱいです。先日、面接を受けましたが不採用でした。」
「そう・・・明日の芋ほりバーベキューいらっしゃいよ。みんなに会えるから」
「はい。是非、行きますね。」
「バーベキュー来てな!」
「ありがとう。行くよ。」

Yさんのご両親は、施設保護者会の会長さんで、施設の立地から新設まで労苦されてきた。
「突然辞めてしまって挨拶もできず、すみませんでした。明日、参加させてもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「Yさんが辞める最後の日に言ってくれたんです。ゆきんこさん、なんで辞めるんや・・・って。
あの夏を乗り切れたらな・・・と。」

悔やんでみても後悔先に立たず。
Oさんが気前よく失業者のゆきんこに果物をくれた。
スタッフはゆきんこに何となく後ろめたさを感じてくれているようだった。

知的障害者の方々はやっぱりゆきんこに素直で優しい。
邪心のないAさんの抱きつきや、Yくんのラブコールが、私の何よりの慰めと励ましになった再会のひとときだった。

明日はワーク☆の芋ほりへ行ってきます!





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2008/11/02 16:13 | 仲間 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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