日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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はじめましての忘年会
2008年12月28日 (日) | 編集 |
2008年もあと3日あまりとなり、北国では雪模様。
昨晩は仕事納めの後に、T会主催の忘年会に参加した。
昨年に引き続き、宴会部長のO氏が猪なべと鮟鱇なべの食材一式を買い揃えて往来してくださっていた。
今日は、業務にかかわる電話も通信もなく、午後からは掲示物の張替えに、窓ガラス拭きなど年末の
掃除・整頓に加えて、エプロンをつけて食材の下拵えに勤しんだ。
猪なべの材料であるサトイモと大根を一口サイズに切って、下茹でしておいた。

ブログを綴りだしてからというもの、今年の漢字に選ばれた「変」とは、私の人生を象徴するかのようでもあり、この師走そのものを表していたようにも思われる。
昨晩の忘年会の参加者はおよそ20名。
年齢層の8割は戦中戦後生まれの悠々自適年金シニア世代の男性方だ。
一体、どこに共通の話題があるだろうか?
新参者で肩身のせま~いゆきんこに、面接官のひとりだった常務理事のH氏が全員の前でプレゼンテーションした。

「忘年会の席ではありますが、新任者が決まりました。自己紹介してもらいましょう。
「はじめまして、ゆきんこと申します。着任してまだ1ヶ月と覚えて慣れている最中ですが、新しい職務はやりがいも大きい反面、責任も重いと感じています。皆さん方が長年積み重ねてこられた歴史と
その思いに応えられるように貢献したいと思います。どうぞ宜しくお願いします。」
・・・と目上の皆さんの御前でもっともらしく無難に挨拶できた。

飲んだり食べたり、わいわいおしゃべりが楽しいシニア世代に、どうしても事務局長のK氏の忠告であった「いかに気働きができるか」に応えられないゆきんこ・・
その一方で、母からは「余計なおしゃべりは慎むように」と釘をさされて矛盾と葛藤の金縛りだ。
しかたがないので、一升瓶のにごり酒を抱えて、引きつり笑顔でお酌に廻った。
それを目にしたI氏が
「そんなことしなくていいのよ!」
「はい・・・でも、」
とキョトキョトしてしまうのだった。

シニア男性の話題は、大手電気メーカーの話や建築など業界話に花が咲いた。
途中、耳がダンボになったのは、電動自転車が流行りだということ。
隣の3歳年下の男性は、今朝東京から帰省してきたのだが、昨晩は深夜4時まで飲み明かしたとか。

宴もたけなわとなり、なべ奉行のO氏が広告の裏に書いたクイズで会を盛り上げた。
ゆきんこは、謎かけ問題で2問正解した。
1問は、「グルメ」と「夕鶴」の共通項は?
2問は、「背広」と「お寺の家政婦」
ご褒美はQUOカードだった。

「それ、どこで使うか知ってる?」
「はい、コンビニですよね。」
「さすが、若いなあ~。オレ、どこで使うかわからずにデパートやあちこちで聞いたよ。」
「助かります。今朝のニュースでも、100年に一度の恐慌だそうです。どうなるんでしょう?」
「・・・・」
こういう話題展開はいけなかったかな?

自治会の集会をすっぽかして忘年会に参加したN氏が突如言った。
「どうしよう!私の両親は94歳なんだけど、私のほうが認知症かもしれない。
去年も忘年会に参加して同じようにクイズもしたのに、まるで何も覚えていないんだ!!」
「心配しなくったって、みんな順番にぼけるんです!!」
「来年のためにやっておこう・・・」
N氏は器に落花生を盛り付け、各席に配り始めた。
なべ奉行のO氏は、見るからに大食漢なのか、落花生の殻をボロボロと床にこぼしつつ、食べ続けた。

気がつけば、ゆきんこと隣席の脳性マヒの初老男性だけが、ぽつんと会話の輪からこぼれおちていた。
「Mさん、聞くのがせいいっぱいでなんだか話しに入っていけなくなりましたね。」
「アア~」
「お話するとき、しんどくないのですか?」
「いやあ、そんなことはないよ。」
生まれつきの障がいをもって生まれて、生きながらえてこられたM氏は相当に精神的には強かな印象を受けた。
申し訳ないことに、私はM氏の発音が殆ど聞き取れなかった。

このはじめましてのメンバーのなかで有償で雇われているのは、事務局長と新参者のゆきんこの2名だけ。
善良そのものの笑顔は屈託も不自然さもなぜか感じなかった。
それは反対に、ここも果たして安住の職場なのだろうか?
前任者のように気に入ってもらえるだろうか?
期待に応えられるように従事できるだろうかという不安交じりの誤魔化し笑顔を私に作らせていた。
さて、この忘年会の模様は、N氏だけでなく、ゆきんこにとっても備忘録だ。
1年後もN氏と一緒に忘年会に参加していたいと、来年に誓おう。

よい年になりますように・・・







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2008/12/28 19:36 | お仕事 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
平凡な年の瀬に(年賀状かいてます)
2008年12月14日 (日) | 編集 |
12月第2週を迎えて、今年も残すところ、あと20日を切った。
今年は毎週日曜日にお楽しみだった大河ドラマ「篤姫」も最終回。

あの激動の幕末期に比べたら、慢性的憂慮が継続するものの、昨今の企業の不況と派遣労働者に対する無慈悲な解雇というご時世を背景にして、私の日常は今のところは平穏無事のようだ。

再就職して、新しい職場で2週間が経過した。
一番助かっているのが、起床時間と出勤時間の大幅短縮。
午前9時過ぎに自宅を出て、自転車で20分ほどの職場。
毎日、毎瞬間が「はじめまして」の連続だった。
職務上今後も、続々と新しい出会いが待ち受けている。
しかも、(どんな職務もそうだけど)一発勝負で信頼関係を築かないといけない。
憧れの事務職とはいえ、半分は外勤もあって不慣れなお手本も何もない珍しい職務にしどろもどろしている。
上司には早速「KY(空気読め」とか、電話応対など、厳しいチェックも入っている。

新しい職務のもうひとつの特徴は、どうやら間接的な知り合いが多いと推測されることだ。
自分の履歴を振り返ってみれば、理想に反してこんなに多種多様な経験をしてきたのも皮肉な感じがしないでもない。

昨晩も、師走という時節柄もあって仕事の終わりに職務上の付き合いで懇親会の飲み会に参加した。
「無理に付き合わなくてもいいよ。」
と面接官だった理事が、新任のゆきんこに声かけをしてくれた。
そうはいっても、「はじめまして」の後任者がはじめから付き合いの悪い奴なら、さっさとお払い箱になりかねない最も人づきあいを重んじる業界でもある。

飲めない私が、タバコと生チュウがあって懇意になれる人々のなかでは、自然、口数が少なく大人しい、つまんない第1印象を与えたんではないかと心配である。。。
最後に作りたてほやほやの名刺を交換させてもらい、「よいお年を」の挨拶でお別れした。

昨年、一昨年と時間が取れなかった年賀状の手描きを始めて、今日は絵筆を使って大好きな色づけをした。
一応、新婚なので、年賀状にははじめてPさんの苗字を書いた。
年賀状には、結婚や出生など昨年のビッグな慶事を書きたいものだけど、ゆきんこの場合、このご時世がそうさせるのか、それも憚られる2008年だったかもしれない。

2009年の絵柄は、牛乳のパッケージを模写して描いた。
時代は、プリントごっこを経て、PC印刷が当たり前になっても、
一枚一枚、年賀状を手描きで送るのがゆきんこ流。
小学校時代から一貫してこだわっている。

結婚して、社会人大学院を修了して、再就職したけど、またバーンアウトして、退職してしまった。
失業中、ボランティアしながら心理学読本の秋を過ごして、ようやく新しい再就職先に収まった。
篤姫さまとは比べられないけど、凡庸なゆきんこにしては激動の1年だった2008年。

そういうわけで、新しいおつきあいの方々に年賀状を送る枚数が増えそうだ。
今年出会った人々の数は数え切れないけど、ゆきんこにとって大切な人はやっぱり
ファーストネームで呼び合える旧知の親しい人々だ。

10日に放映されていた「マザー・テレサ」の生涯が何となく胸に染み入ります。
今年は年内に、年賀状を出して、部屋も掃除して、平凡な年の瀬を過ごしたいな~。
あと2週間も平穏でありますように。



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2008/12/14 14:40 | 季節、気象 | Comment (0) Trackback (1) | Top▲
講演会場は元披露宴式場
2008年12月01日 (月) | 編集 |
今日から12月。今年もあと1ヶ月となった。

自転車通勤で約20分。
試用期間3ヶ月で一応、正職員として働き始めた。
新しい就職先では、メールの管理やHPの更新・機関紙発行など、個人情報にかかわる職務に就くため、以後のブログの更新では、仕事内容について詳しく書くことを自戒したい。
なぜなら、ネットの内外で自分の人生行路はあまりにも世間の狭さを感じてしまうからだ。
このブログの更新さえもが、常に危険と隣りあわせなのだ。

はじめましての仕事関連で出会った老若男女の方々は、全員で10名ほど。
皆さんとても個性的で、親しく挨拶させてもらった。

11月30日には、自分にとって大きな挑戦となった講演会の講師を初経験した!
「しょうがいってなんだろう?」
という演目で、午後1時から3時まで講演させていただいた。
市民会館の集会室にはある女性団体の定期総会が行なわれたが、その講演会の講師として
ありがたいことに、白羽の矢を立てていただいたのだ。
本来、私ごときの分際で、講師なんてさせてもらうだなんて最初で最後かもしれない画期的なことなのだ。

内容は、
「しょうがい」ということばのイメージをインタビューしてみることから導入した。
障害という漢字の由来と、いつから社会一般に使われ始めたのか?
障害ということばが使われだした時代背景や、それ以前には「しょうがい者」と呼ばれている人々が
古来何と呼ばれてきたのか遡ってみた。

現在は、放送禁止用語となっている過去の障がい者の呼称も、昨今の社会通念の変化によって、
やがて「しょうがい」ということばも未来には改変される可能性も示唆してみた。

1950年以降に発布された法制度の下で障害者と認められ保障されている人々は、各種障がい種別の分類によって定義された上で辛うじて守られている。

しかし、法の外で認められない障がい者(味覚障害・触覚障がい・慢性疾患・難病・小人症など)
もマイノリティとして存在している。

どんな社会的弱者も、同じ悩みや苦しみを分かち合い、世に訴える活動を地道に続けることで、
一般の人々に認知され、権利を獲得してきた歴史がある。

一般の人々も他人事とは思わずに、いつどこでどんな病気や障がいの当事者になるかもしれない。
弱い立場、困難を抱える人々を差別や偏見の対象とするのか、それとも的確に理解し、共に支えあって生きていくのかを、未来予想することで社会作りに参与する市民としての個々人の意識のあり様が問われているのではないだろうか?

結果としては、聴講してくださった40名のシニア女性の方々の反響は大きく、講演の後には感想や意見も多数承ることができた。

この女性団体には、目覚めた集団で母の友人知人が多数所属していることもあり、私としては、多くの母たちに見守られているという安心感を得て、自己採点は200点満点だった。

そういえば、この集会室は元結婚式場だったので、独身時代ここで挙式してもいいかなと思っていた私には、いい思い出の場所となりそうです。
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2008/12/01 21:28 | 講演会 | Comment (6) Trackback (0) | Top▲
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