日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
ハローワークを行ったり来たり
2009年02月27日 (金) | 編集 |
世知辛い100年に一度の大不況だからこそ、今日は雨だな~と空を見上げる余裕が欲しい。

ぼ~っとしているようでも、やることはやってる私はあまり自堕落な性質ではないらしい。
かといって企業社会が要請するほどテキパキと効率よく働く有能さもない。
だから、その中間地帯でニートにも正職員にもならずに、足繁くハローワークに出没する年月はカレコレ10年目となった。

そのときの開き直りっていうのは、
「It’s not only me.」
何もかも自業自得ってわけじゃない。

20日には合同就職面接会があった。
地域の求人企業が30社ほど集まり、その場で面接・採用を即決する催しだ。
一応、写真添付の履歴書は持参したものの、ピンとくる応募先はなかった。
そこで、厚生労働省のジョブ・カードを作成するための説明や、面接攻略セミナーなどに参加するにとどまった。
自宅にいてもくさくさするときは、思い切って身支度を整え外の空気を感じてみる。
すると、みんな困って仕事を探しているんだな~と返ってクールになるときがある。
最近、ニーチェの格言集を読んでいたせいかな?
こんなとき、世俗から遠く離れた奇人哲人のオコトバは、いい鎮静作用をもたらしてくれるようだ。

ついでに、会場では翌日もブランクのある女性のための再就職支援セミナーもあることを知り、
その場で申し込んだ。
21日の午後は、セミナー形式で女性キャリアコンサルタントの講義と実践ワークがあった。
私より年下の講師は、才色兼備、いかにも元大手電気メーカーで実績を残したバリバリのキャリアウーマンだったオーラを放っていた。
最後列に、「またかよ~・・・」とうんざり顔で座っていたゆきんこ。
しかし、いつもお決まりのセミナーと一味違ったアプローチが気に入った。
その場で、一言挨拶と一礼のシーンをビデオ録画し、参加者全員に再生して見せてくれた。
自分の姿はなかなか客観的に自分ではわからないもの。
私の場合、度重なるセミナー通いで「どうでもいいですよ」オーラが放たれていた。
そこで、T先生が即座にほめことばを言ってくれた。
「『どうぞ』のひとことのあるなしで随分印象が違いますね!」

馬車馬のように第1線で働いたというT女史だが、某大手電気メーカーといえども、やはり男女平等ではなかったと述懐した。女性だって働きたい。
でも、現行の男性と同じ待遇でどうやって家事、出産、子育てをやりこなせと言うのだと仄めかした。
「がんばりすぎず、あきらめず」と女性参加者を根気よく励ましてくださった。
一番面白かったのは、女史がストレス発散のために阪神戦を観戦するのだと繰り返し強調したことだった。

22日は午後からPさんとクラシックギターのリサイタルに出かけた。
会場は独奏ギタリストのK氏の教え子の方々や関係者の方々で満席だった。
音楽でもゆきんこが学生時代所属したブラスバンドとは違った厳かで気の優しい音色の調べは、
お疲れモードのPさんの眠りと安らぎを誘ったようだった。
それでいて、情熱的な音色に2時間30分うっとりした。

23日、ぎっくり腰の予防と整体に整骨へ通院、午後は就職希望先に電話応募してみた。
それから、電話相談のボランティア。
相談者の殆どは常連の精神障がい者の方たちだ。
大した話はしないけど、自分で話し相手を見つけるのが難しい相談者にとっては、いい話し相手になるらしい。

25日にはハローワークに寄り道してから、Tちゃんのお招きでランチとダベリングを楽しんだ。
「ええ、たったの2ヶ月で採用取消!?」
「どうも、私が気に入らなかったらしい。それならはじめから不採用の方がマシだった。」
「従業員2名なんて閉塞的だね。それは不当な理由だけど、相性悪かったら結局続かないんだから
それでよかったよ。」
「ぎっくり腰になったのも、やっぱり上司のストレスかなぁ?」
「結局、人事してきた管理職ってその人の好みなんだから、正当な人選かどうかわかんないよ。」
「私だって人格を否定するようなパワハラじゃないの?と指摘したい言動はいくらでもあったよ。
次に行くしかない。」

昨日26日は、最後の整骨院の通院を済ませて午後1時過ぎに職場に顔を出した。
2ヶ月間、通過していたま~君の小母ちゃんの家の前を通過していた。
偶然、Dさんは門先に出ていた。
「こんにちは。お正月楽しかった?」
「うん、、まあまあ・・・元気?」
「毎日、ここを通っていたんだよ。でも、今日で最後になっちゃった。」
「仕事がんばってるんでしょう?」
「ううん。試用期間内に採用取消だって。」
「ええ?ひどいじゃない?」
「まあ、仕方ない。退職届出してきます。」

いよいよ、上司や理事と再びのご対面。
お互いに誤魔化し笑顔と気遣いの美辞麗句が交わされた。
「腰、大丈夫?」
「はい、今日まで保険証も使わせてもらいすっかり治りました。」
「まっすぐになってよかったね。」
「退職届と保険証です。」
「自己都合で書いてくれたんだ。雇用保険は使えないけど、一応、離職票を発行します。
異議なしに○つけてもらっていい?」
「本当は自己都合じゃないから、ありに○でもいいですか?」
「あら、それじゃ退職届には自己都合と書いているから不一致になるわよ。」
「・・・・」
不承不承その場で異議なしに○をつけさせるのは、明らかにパワハラじゃないか!
雇用者は美しく追い出したいから、落ち度は作らず暗黙のプレッシャーをかける。
だってこの職場は30年以上お局として君臨していた彼女の独占領なのだから。
気分はかつての難民アルメニア人だ。

「あなたの文章なかなかね。3月の機関紙に投稿させてもらうわね。編集みたいな仕事も向いてそう
なのにねぇ。」
「ありがとうございます。条件は厳しいのでこれからハローワークへ行きます。」
「そうそう、早く仕事探さないとね!」
(じゃあ、なんで辞めさせるんだよ。)
「私物とか忘れ物ない?また仕事決まったら連絡ちょうだい。」
「わかりました。このご時世ですから、そうカンタンにすぐには見つからないと思いますが。」
(誰が連絡なんかするもんですか)
「後任の方はもう見つかったのですか?」
「今、ハローワークに求人票を出してるよ。検索したら出てくると思うけど。」
「今度は、適任の方が見つかるようにお祈りしています。それじゃ、お世話になりました。」

自転車を走らせ、お次はハローワークへ。
昨日よりも更に込んでいて、順番を待ち手続きだけでも2時間近くかかった。
スタッフも顔馴染みになってきたせいか、何度も出没している失業者には妙に慇懃な態度に改まった
気がする。それに、心地よいBGMが流れ、玄関には花も飾られたりと変な気遣いに投資されるようになったようだ。そんなことより、安心して追い出されずに働ける職場を紹介して欲しい~~!
来たくて来てるんじゃありませ~ん!

4時30分
ハローワークとセットでこの時節、混雑しているのが税務署。
年末調整したけど、ほぼ10年間のうち、1年以上同じ職場で継続して勤務したことはなかったため、
確定申告もお馴染みになっている。おかげで、買い物すればレシートを必ず1年間保管して確定申告の際に備えるようになった。
なかには、幼い子供づれの夫婦や訳ありげ老若男女が入れ替わり立ち代り、係員の手引きで電卓を打ったりPC入力していた。
今回は、医療費がかさんだのでそれもレシートと交通費の領収証を全て添付し、申告した。

そんなこんなで、ハローワークに行ったり来たりの2009年2月でした。
一縷の望みは帰宅後に届いていた通知書。
なんと応募した書類が1次選考の結果、2次面接のチャンスにこぎつけました!








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2009/02/27 21:19 | 就職活動 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
夢は朝開く
2009年02月26日 (木) | 編集 |
自称、心理学オタクのゆきんこ
若かりしころは、あまり流派の是非の区別もなくあらゆるジャンルの心理学読本を読んでいた。
それは、思春期から今も根本的に変わっていない。
日本の心理学の権威といえば河合隼雄氏が代名詞。
書店にはずらりと河合氏の本が居並んでいたので、自然、ゆきんこも2冊くらいは所蔵し余暇の気分転換の友にしていた。
私の小さな本棚には、自閉症の専門書も同時に時間の経過と共に並ぶようになり、その二つの心理学派が相反する歴史をもっていたことに、無頓着だった。

そういうわけで、行動分析学に被れながらもそもそも夢分析だって大好きな私は、「明恵上人」に肖って夢の記録も遺している。現実などより記憶しておくことが難しく夢の彼方・忘却の彼方へ消えてしまうから。

今朝、8時頃に見た夢。
3次元空間の中にいくつかの迷路のような階段と四角い空間が整然と間仕切りされている。
暗い立方体の中は障子から灯りがこぼれてくる。
私は、誰だかわからない10歳前後の女の子の相棒とせわしなく、且つひっそりと階段を昇降することを繰り返す。そして天井裏から宴会なのか密会なのかを催す大人たちが表面的に興じている有様を
眺めている。どうやら、私と相棒の役目はコンパニオンというか舞妓のような存在だ。
大人たちは、宴を楽しんでいるように見えて苦悩している。とても重大な未来に対する懸案を抱えているのに平静を装っている。
それを天井から、相棒と私は道化のように見透かしていて、おどけて客を送り出したり、接待する。



今日はその夢を反映してか、午前から夕方まで数箇所を訪問して多くの人たちと面してきた。
ああ、心地よく疲れました~。
事後報告は、また明日書くつもりです。



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2009/02/26 20:49 | | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
MANMA・MIA
2009年02月19日 (木) | 編集 |
3度目のぎっくり腰もようやく全快して、今週の動き。
15日は終日、履歴書・職務経歴書の書き直し作業。
転職サイトやハローワークの求人サイトを眺めていると、だんだんと嫌気がさしてきた。
16日の午後、ある会社の人事課に電話で問い合わせ応募の確認と職務内容について詳しく説明を受けた。けれども、即答はせずに話を聞くにとどまった。
17日の午前中、雪のちらつく中、市駅前の資格取得スクールの説明会に出かけた。
黙々と20名ほどの女性受講者がPC画面に向かって学習中だった。
資料を封筒に入れてもらい、次にハローワークへ向かった。
職業訓練校の斡旋窓口で女性担当者と会話した。
「12月に再就職されましたよね?」
「はい。試用期間内に採用取消の通告を受けまして・・・。
それで、採用されたときに、同時に訓練校の入校許可証をいただき、その時は断ったのですが
再度、申し込みたいと思いまして・・・」
「ああ、通っていらっしゃったのですね。そうですか・・・でも、どうして採用取消に?」
「適性がないとのことでしたが、はっきりとはわかりません。」


夜中にあるとグルグルと思索が巡り、眠れなくなってくる。
16日の夜には、大学院でお世話になったIS先生お勧めの哲学書
ジル・ドゥルーズ著『無人島1953-1968』(2003河出書房新社)を読み終えた。
自分の頭では到底、理解不能な本だった。
しかし、この本の随所には、あらゆる哲学者の名言が散りばめられていた。
一番、印象的だったのはニーチェについて述べられている文章だった。

17日の夜、『無人島』を読み終えた感動を伝えたくて、IS先生に1年ぶりにメールを送信した。
就寝後は、すがすがしい眠りに陥った。
もともと脆弱なゆきんこ流の日々の暮らし術。
1週間先の喫緊未来に、たあいない余暇やお楽しみを取り入れて、気が滅入り過ぎないように
自動回復装置が働くらしい。

2月から劇場公開中のミュージカル映画「MANMA-MIA!!」を鑑賞に出かけた。
その前に、4ヶ月ぶりに総合病院で再受診。
時節柄、マスク姿の患者さんたちが多く、午前中の予約者がずれ込んで3時ごろまで
待合室は込み合っていた。
なかには、「いつまで待たせんねん!次の予定が立たんやないか!」
と事務方に文句をつける男性の姿もあった。

午後1時半の予約だったのに、終わったのは午後4時だった。
同伴してくれたSちゃんをすっかりお待たせしてしまったのだが、
なんとか6時台の上映にこぎつけて、座席を確保するころができた。
観客は、ざっと99%が女性だった。

マンマ・ミーアは、3年前に劇団四季が劇場公開していたのを鑑賞して2回目だった。
私としては、メリル・ストリープ主演であること、初のミュージカル映画ということに見ごたえが大きかった。

もちろん、脇役もバツグンのキャスト構成だった。
殆どがABBAのヒットメドレーで占められているのも飽きがこなかった。
70年代後半~80年代初めのポップスなのに、なぜか、新鮮なのだ。
やっぱり、もう1回英語でABBAソングに挑戦したいと思った。
その瞬間、瞬間の演技はコミカルで、歌詞にも笑いがこみ上げた。
主人公孤島の安ホテルのオーナーでシングルマザーのドナが、昔の恋人に
別れた時の心情を歌に託して告げるところでは、ウルルル・・・と泣きに泣いた。
「♪勝者が全てを奪っていく」

最近、歌を聞くくらいでは泣いたりしませんでしたが、久しぶりにカタルシス効果ありました。
私個人は、映画の方が舞台よりも満足感が高かったのだけど、会場の盛り上がり度は、直に観客と面して演じきる「四季」の舞台の方がダイナミックで白熱感もあったと思う。

でも、嬉しいのはそんなことじゃない。
Sちゃんは、ゆきんこのずっこけ人生に根気よくつきあってきてくれた旧友だ。
お互いアラフォーともなると、
「多分、このまま地球のどこで暮らそうと、どこでどうなってもずっと友だちでいられるよね?」

ストーリーは、父親候補と思しき3名の中年男性にドナの一人娘ソフィが、自分の20歳の結婚式に
バージンロードのエスコートを依頼するために、招待状を投函するところから始まる。
最後は、母親のドナがエスコートして挙式するのだが、同時に3人のうちの本命のサムがドナにプロポーズし、母娘が同時に結婚することでハッピーエンドになっている。
サムは、婚約者がありながらドナと出会い、彼女を捨てて結婚した。その後、ドナとソフィに苦労をかけさせてしまったことを悔いた。けれども、二人とも目の前の異性が真実の愛の対象なのかどうか、定めかねてすれ違った20年を埋め合わせることができなかったのだ。娘が結婚するそのときまで。

けれども、最後の最後には、ドナの盟友たちとダンシングクィーンを再び歌いだすのだ。
私には、メインテーマに隠されたこの友情が、清清しく思えた。
いつも映画に同伴してくれるのは、Sちゃんだ。
長年のつきあいのせいか、彼女に会うと自然、「これでいいのだ。」と自己肯定することができ、
気力がわいてくるのだ。
人は、会う人や立場によって言動を臨機応変にしないといけないけど、
その必要が全くない存在、つまり友人や家族というのは、実にありがたく嬉しいものだ。
そういえば、去年の今頃、私に似たようなライフイベントの真っ最中だった。
いずれも失業中とは思えない、苦境でも笑ったり泣いたりして乗り越えることの大切さを物語っている気がしている。

さてと、
明日はどうしようかな?







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2009/02/19 14:30 | 鑑賞 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
I have a dream.ゆきんこの場合
2009年02月12日 (木) | 編集 |
マスコミで報道されていることは、あまり他人事だとは思わないのが、私の思考回路。
そして、それとはあまり乖離しないところで夢想家であるのも、私の好いところでも悪いところでもある。

少々、辛いと思える状況でもある種ドラマティックに気分転換すれば、「難波のことも夢のまた夢」
そのうち、宇宙のなかでいつどこでどんなふうに生きてきたのかどうかさえ、確かめることもできないほど、何万光年も時は過ぎ去っていく。

すると、失業中に限って私は、自然、「現実逃避」をするのか、
哲学書を読んだり、はたまた、何もしないで無為にしていたりする。
自宅の中やブログのなかでは、自分を愛し、誰にも迷惑をかけるでなし。

コモンセンスのなかで普通に適応しているマジョリティの方々には、少数派故の目に見えない苦しみや悲しみは、なかなか理解してもらえない。
あまりに切実感のない一生懸命さは、上司にとって苛々の要因になっているだろう。
「つりバカ日誌」の主役ハマちゃんが、かわいがってもらえたのは景気がいいときだけの話。

表面、能面みたいに平静を装って、実はかなり焦っている。
過去の度重ねての経験からいって、ジタバタ行動に移して、支離滅裂になりそうな気配を感じている。

景気の良し悪しがあるのは、お金が地球をかけめぐっているから。
お金の種類の数だけ、国があるのかな?
すると、密林のジャングルではないのかな?
カブトムシは黒いダイヤ・珍獣も都会に連れてくれば、動物園やペットショップで高価な値段がつく。

お金のない国もある。
昨晩、キング牧師の公民権運動のドキュメンタリーを視聴した。
いつ、どんな時代も良くなったり悪くなったりで、時代のピンチにヒーローが現れるのが、
歴史の法則なんだろうかね?
末路は、多喜二もキング牧師も同じなのかしらね?
その意味では、科学技術は躍進したのだろうけど、果たして人類ってどれだけ進歩したんでしょうか?

人間がもっと進化したなら、お金のない文明がやってくると思います。
お金があるから、ある人とない人の間に格差が生まれる。
お金があればできるのに、なければできない。
お金のある人だけが生き残る。
それを繰り返していたら、オリンピックと同じこと。
金メダルはたった一人しかもらえない。
お金もたった一人だけが自分一人で誰にも遠慮なく使う。

そして、誰もいなくなってしまう。
お金はあってもひとりぼっち。
つまんないです。

地球というかけがえのない星もお金みたいなもの。
たった一人の人間が欲しいままに使いたい放題になったら、
最後にはその人間も死んでしまい、何も残っていなくて、宇宙の塵になっているだろう。

一昨日、アムロの飼い主さんに会いに行きました。
オレンジピンクの薔薇の鉢植えを手向けました。
飼い主のIさん夫妻が「アムロの命日、覚えていてくれたんだね。」
「アムロのこと、忘れるもんですか!」
生前の散歩が大好きで、誰にでも人懐こいアムロの話をしました。
Iさんは、私の失業についてコメントしました。
「あんたも不運だね。でも、辛抱が足りなかったんじゃないか?今は、非常勤の方が正職員以上に
成果をあげないとすぐに怠け者扱いされるんだよ。」
「だから、蟹工船なんですよ。」
そんな話をしながら、Iさんは手作りのお寿司と白菜・長ネギなどをおみやげにくださいました。

お金は大事だけど、もっと大事なものがある。
いつかは、宇宙の塵になってしまう私たちを誰がいくらで買うのでしょうか?
いえ、買ってしまっていいのでしょうか?
どう思いますか、キング牧師?
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2009/02/12 17:22 | 悶々 | Comment (3) Trackback (0) | Top▲
持ち家願望度
2009年02月11日 (水) | 編集 |
ネット上の誹謗中傷がエスカレートする「炎上」現象が、深刻な社会的問題になってきている。
匿名性で日記を公開するのも、その内容から管理者を特定するのはカンタンなことだと報道され、危険ととなり合わせで、恐る恐る更新しています。

本日は、午前11時から映画「蟹工船」を鑑賞してきました。
目上の知人の方々もたくさん集まり、上映時間の合間にはロビーなどでペコリペコリとご挨拶。

それから、午後2時すぎには帰宅して、ネットで自己分析。
今年に入ってから住宅情報の広告をよく見ていたせいか、ちょっと「ビューティー・アートロジー」なる心理テストに興じてみました。

それによると、私の持ち家願望度は、90%
顕在的にも、文化住宅で過ごした子ども時代はなんだか自己憐憫な思い出模様。
それに、派遣切りなどで一歩間違えば、路頭に迷うことになりそうなよろしくないご時世だ。
だから、持ち家志向なのは特別なこととは思わない。
女性であればなおのこと、子どもを生み育てるために安住の地を求めるのはごく自然なことでしょう?


あなたは、「自分の考え方や意見をもっと主張したい。そして大勢に受け入れてもらいたい!」と思っていませんか?
あなたの心の矛盾は、「社会発信」が関係しているようです。あなたの中には、自己との対話や創造観といった個人の存在を強調したい思いがあるので、心的な過程においてのさまざまな葛藤(かっとう)が発生するのです。

あなたを取り巻く社会秩序は、はっきりと形のあるものが優先される社会なので、個人の存在を主張することは困難を伴います。自分というものを存在させながら生きていくには、多数派の人間との間でいくつかの妥協策を探ることも必要です。きっとあなたは妥協は嫌だと思うでしょうが、妥協こそ、我が道を行くために必要な手段であることを覚えておいてください。

そして、あなたがこの矛盾を解消するための願望として持ち家を検討するならば、90%くらいの確率で購入することになるでしょう。

あなたが家を持つなら、たくさんの人を招ける広いリビングやゲストルームがあるといいかも。自分のホームグラウンドでなら、大勢が相手でも恐れずに思いを伝えることができそう!



この分析結果は、前回の夢分析とも合致するような気がしている。
彼是、別居婚が1年になろうとしているのに、仕事が不安定で試用期間のうちに採用を断られてしまった。それで、物件探しがなかなか進展しない。

昨今、「蟹工船」に共感する若者が増えているらしく、60万部のベストセラー小説となったそうだ。
因みに、原作者の小林多喜二が存命中に売れた部数は5万部だった。
多喜二は、とても優しい人柄で弟思いでもあった。
小説家デビューする前の若き労働者であった多喜二は、弟にバイオリンをプレゼントした。
そのおかげで、弟は後にバイオリンニストとして才気を放つことに成功したという。
しかし、兄の多喜二は29歳の若さで獄中死に処された。
その理由は、当時の政策や法のあり方と関連している。

そして、正直者がバカを見るのは今も昔も同じこと。
「哲学書読んでます。」
なんて読書好きの上司に答えてしまったのが運のツキだったのか?
「蟹工船」の読者だって、大っぴらに豪語できるわけではない気がしている。
なぜなら、私の人生も「蟹工船」の船上(戦場)そのもの。

温暖化しているといっても、凍てつく大海原に投げ出されるかもしれない。
過酷な労働は絶え間なく、バタバタと病気で倒れる者が相次ぐ。
にもかかわらず、監督者は医師の忠告をきかない。
効率が悪い者、抗う者は鞭で叩かれたり、便所に閉じ込められたりする。
嘆願すれば、憲兵に銃をつきつけられ、悶々と黙り込むしかない。

「蟹工船」を学校にたとえるなら、
先生も子どもも、経費が削減され劣悪な環境で満足な教育が提供できず、皆疲弊しきっている。
昨晩のクローズアップ現代では、発達障がい児を取り巻く諸問題を取り上げていた。
平成19年度から特別支援教育が施行されたが、2年経過した今も学校現場での混乱は続いている。
特別支援教育の先進国イギリスでは、国家予算と潤沢な専門スタッフを備え、対象となる児童・生徒の生涯に渡るきめ細かい支援が、ひいては個々人の幸福や国家に有望な人材として資するという理解が行き渡っている。
反対に日本では、いじめ・不登校・ひきこもり・就労困難などの2次障がいにまで慢性憂慮が山積していき、専門家抜きでの支援に教職員もストレスと不安を抱えている。
新採用されても、1年以内に鬱や精神疾患などで退職に追い込まれる教員は後を絶たない。
同じ話は、心療内科や精神科を受診する人のうち、教員や保育士が増えてきていると「心の保健ゼミナール」で聴講したところだ。
うつ病は、まじめで責任感が強く、弱音や愚痴を吐けない理想的な人物ほど無理に無理を重ねて重症化しやすい。

ある意味、「引きこもり」という選択をした人たちもこんな時勢を察知するのか、
せめて、誰にも侵害されない「自分の居場所」にこだわるのかもしれない?

もしも、持ち家があるなら、私を慕ってくれる人々を(そうでない人も)いつでも招きたい。
好きなだけくつろいで好きなことをして楽しんでもらいたい。
イヌや小鳥を飼って楽園のように実のなる野菜や果物・花々で豊かな庭を造りたい。
トーマスとその母のように、オリジナルの特別支援家庭教育がしたい。
お金がなくても、自給自足できるトータルバイオエコシステムの暮らしがしたい。
ま、自分流のユートピアというかガンダーラというか。。。

なんていう願望は、アルバイト生活者には夢のまた夢。
確かに、正職員になりたければ、多数派にまかれて「ウンウン」と妥協していなくちゃならない。
オバマ氏も大統領になるには、多数の方々の多様な意見から妥協案を提出しただろう。

「青い地球は誰のもの?」
「果てしない宇宙は誰のもの?」
「人間の命は地球より重いのですか?」
「なぜ私は生まれてきたの?」
「どうしてこんなに苦しみながら生きなくてはならないの?」
「科学はこの問いに納得できる解明をしてくれますか?」

自分の思うことは他の誰でも思うことだから。
「そんなこと言ったら、損するよ!」
忠告をきかなければ、末路は多喜二さんと同じでしょうか?
いずれはアニメの人類滅亡の危機もくるかもしれませんが、安心できる自分の家が必要です。
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2009/02/11 17:56 | 自己分析 | Comment (4) Trackback (1) | Top▲
遅ればせて初夢報告
2009年02月06日 (金) | 編集 |
ブログの更新も4年目に入ると、去年の今日は何を書いていたかな?
と自分の記憶を確かめてみたくなる。

2008年の2月は、論文を書き上げた新天地から出戻って、実家で先の見えない失業中だった。
その割には、私はまだ大学院に在籍していたアイデンティティを保っていられたのか平然としていた。

今の心境を克明に記録するには、1年半ぶりに患っているぎっくり腰が邪魔をして、座位を保つことができない。
滅多に夢をみない私が、夢を記録しておくのは、心理学的にも自己夢分析するのに役に立つ。
昨年の今頃のその夢の記録を読み返し、そうだ!と思い出した。

初夢は珍しいことに、1月3日の未明にみた。
そこに登場したのはノラの三毛猫と私。
私はミケの前足を肩に回して両手で握り、背負っていた。
そして、ゆるやかにらせん状になった平たい段差が10センチもない白い石版の階段をゆっくりと静かに下りていた。

夢分析によると、猫は嫉妬やプライドなど、純粋な女性エネルギーを補給することを意味するらしい。
階段を上るのは理性的な方向へ、下りは感情的な方向への心の動きらしい。

この分析結果に、70%は納得した。
自分は女性的でも、感情的でもないと思っていたけどこの夢そのものが今の私の心模様そのものなのだろう。
女性的であることも多少、感情的なのもそれが自分なら素直に悪くないと自己肯定しよう。
確かに、結婚生活は私自身の女性性を目覚めさせる人生最大の経験だったのだから。








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2009/02/06 22:09 | | Comment (2) Trackback (0) | Top▲