夢想花(揺れて・迷って・流離って)

失業の憂さ晴らしに3月から無料体験ダンヨガに通い出した私は、結局、1年コース会員になることを決めた。

日曜日の午前中は、夜勤明けの初対面の女性も加わって、和やかにいつもと同じメンバーと、
いつもと違うメンバーが手をつなぎ輪になって、股関節エクササイズに取り組んだ。
「うわ~~!いたあぁぁぁぁい!!」
ヨガに関心があって始めた人たちの動機は、類似していた。
今のヘタレな自分を克服し、少しでもよりよい健康で幸せに自分らしく生きたいと願う素朴な善良さを感じた。
そして、基本的に真面目な人たちだ。

「今日はいつもの振動よりも、自由に踊ってみましょうか」
始めは立つこともできずに床をゴロゴロと横転していた。
前夜、ファン・ジニの最終回で、自由な庶民派の踊り子として貫いた生涯を見終わった。
そのせいか、気分はすっかりファン・ジニで誰よりも楽しく大胆に回転したり、ジャンプしたりと
自由に快活に踊っていた。
「私って誰よりも我がままだし、阻止されずに自由に生きたいとい願望があるんだなあ・・・」
宇宙の塵が浮遊する様を想像しながら、このカラダさえもどこまで自由ってわけじゃない。
手を伸ばしても、それ以上は伸びない。
ジャンプしても、重力のある限り、必ず、地に足がつく。
などということも感じていた。

インストラクターが囁いた。
「自分の心を見つめてください。あなたは今、何を思っていますか?」
私はPさんの心身の健康を思うと、背中と胸が痛くなり涙が滲んだ。

しかし、入会を決めたとはいっても決めきれない諸悪の根源はどこにあるのか、
この10年間、ハローワークと数々の職場を転々として、気がついたこと。
彷徨って行き場のないヘロヘロになった季節外れの蝶のような自分だ。
何かを決断し、行動に移そうとすれば、母の横槍が入りなし崩しになる。

ダンヨガの入会は1年まとめての年払いで安くない。
「同じ値段なら、1週間の海外旅行に行けるじゃない。こっちの方がよほど有意義よ。」
旅行パンフレットを見ながら母が昨日のバトルなど意に介さないで言った。
「自分の価値観押し付けないでよ!」

昨日29日、レッスンを終えて、帰宅し夕食を取りながら母と話した。
「私、1年間ヨガに通うから。今日お金も納めてきた。」
「はい、どうぞ。それで、いくらかかるの?」
私が金額を言った途端、母の血相が変わった。
「そんなところにそんな高い金額払うなんて、あんたの金銭感覚どうなってんの!!」
「私が働いたお金なのに、なんでいちいち干渉してくるのよ!」
しかも、失業中にもかかわらず、無職者が支払う額ではないと、猛烈に怒りを露にした。

私は私で、私の交友関係から職業選択、外出先、帰宅時間、果ては金銭の使途にまで何もかもに干渉され続ける半生にブチ切れた。
「ヨガに払うお金あるなら、私に食費を払いなさい!ここに住まわせてもらってなんという口の利き方をしてるの!!」
「生まれたくて生まれたんじゃない!仕事なかったら出て行けないもん!!」
「今まで3つも大学行かせてもらって好きなことして、何言ってるの!?」
「そうだよ。習いたい先生がいてやりたい勉強がしたかったから。
でも、仕事には結びつかないんだもん。母親に怒鳴りつけたり、仕事が空回りしないために、Pさんに元気になってもらうためにも、失業中だから、ヨガをがんばれば上手くいくようになるってインストラクターが言ってくれたんだもの。」
「そんなこと!誰だって口車に乗せてお金欲しさにいいことを言うのよ。だから、オレオレ詐欺だって増えてるんでしょ。どうせ、明日ドロンされているわ。」
「もうわかった!そんなに言うなら、私じゃなくて責任者に直接、文句言って今からお金を返してもらおう!」

即座に、ダンヨガに電話をかけた。
インストラクターたちは母の剣幕に半分呆れつつも、返金することを承諾した。
ダンヨガに限ったことではなく、最近の私は、母の言動にことあるごとに反抗しては八つ当たりしていた。
それは、白髪が生えても飛び立てない鳥のようだった。

3月の毎土曜日には3週連続の「新創業塾ビジネスプランセミナー」に参加した。
2006年12月に女性起業家セミナーに参加して、2年4ヶ月ぶりに商工会議所に出かけた。
参加者30名中、男性諸氏が8割で、業種もさまざま。

建築リフォーム・認知症の方たちのためのグループホーム・蝋細工のアートフラワー・教職員塾・ペーパードライバー教習
自然食レストラン・ネット販売・ベトナムコーヒー・フランスパンベーカリーなどなど。
将来を度外視すれば、異業種交流は、単純に楽しかった。
2年前の女性起業家セミナーの内容はすっかり忘れているけれど、
男性諸氏に混じってのセミナーとの違いとして、印象に残ったのは、より現実的で具体性があったことだった。
「日本一明るい経済新聞」の編集長のイケテルオーナーの特徴とか、
「只今、創業真っ最中!」の若手美容師の経験談
最終日は、事業計画書や、専門的な簿記とやりくりの方法など。

保育や心理学では「もうかりまっか?」という話題は出てこない。
男性は古来の本能が、現代ビジネス感覚に影響しているのか、
それとも、歴代の習慣がそうさせるのか、
黙々と楽しげにPCを叩いて、経営シュミレーションに耽る姿は、
女性起業家セミナーでは見られない光景だった。

夢を具体的にどのように実現するのかの熱気は、3日間静かな会議室の中に充満していた。
プログラムは、予め司会進行の中小企業診断士のW先生が考案した、フォーマットに、
それぞれの創業プランをできるだけ具体的に明記し、最終回はそれを公表することで修了した。
私の場合、シングルでPさんと出会った直後の2年半前と比べると、その構想は半分くらいズレていた。

2年前には、かんもく児のための専門クリニックの構想があった。
しかし、その構想は、半分歪んで、社会的に孤立しがちな人たちが、
最初の一歩を踏み出すための気軽なコミュニティ・カフェへと変化した。
最終回で参加者全員がプレゼンテーションを3分間で披露した。

「私は、ドッグ・コミュニティ・カフェを創業したいです。
現在、ひきこもりなど社会的に孤立している寂しい方たちが増えています。
私はこれまで障がいをもつ方たちとのかかわりが多かったので、
そうした人たちと、愛犬家の方たちがイヌを連れて入ることができ、仲良くなれるコミュニティ・カフェをつくりたいです。
どちらかといえば、営利目的でなく、友だちや仲間づくりのきっかけにしてもらい、そのついでに
飲食を楽しんでもらうという感じです。
私はイヌが好きで、愛犬家の方とコミュニティを作り、学校の登下校時のワンワンパトロールや
アニマル・セラピーの活動をするための、居場所作りをしたいと思いました。
立地条件は、店舗つき住宅。
必ずしも駅前でなくても構わないのですが、イヌの散歩のついでに立ち寄れる公園付近で、
数台の駐車場があることです。
商品は、作業所などで製造しているクッキーやケーキとハーブティーのセットを500円~1000円で値段設定します。
ワンワンパトロールやドッグセラピーの活動機関誌を発行したり、オリジナルグッズの販売で、活動資金も作りたいです。
是非、遊びにきてください!」

拍手をもらい、隣席で既に創業者のM氏からは、
「あなたのアイデア、うまくいきますよ。ニーズがあるのに事業にはなってないからね。」
「創業者のMさんからそう言っていただけると励みになります。
去年、社会人大学院で論文を書いたのでそれを実現させたいと思いました。」
「そうなの?どこの大学院ですか?僕もMBPの称号を得ました。」
「名乗るほどじゃないです。合格したから行っただけですから。
でも、苦肉の策なのですよ。
従来の女性の仕事なんてどれもアンペイドワーク。奴隷制です。
自分で食べていくには、自分の関心事をなんとかビジネスラインに乗っけなくては。
もう10年もハローワークを行き来してるんです。」
「そういう時が、チャンスですよ。僕もこの2~3年は踏ん切りつけて船出する時期でした。
でも、漕ぎ出してみると案外、周りが加勢してくれるものですよ。」
いかにも紳士的で面倒見の良さそうな面長のM氏は、名刺を差し出してくれた。

しかし、帰宅した途端、夢ははかなく打ち砕かれてしまう。
「一体、何を創業するっていうの?そんなの、不良債権抱えてすぐに経営破たんするのがオチだわ!」
「おもしろいアイデアだから上手くいくって、創業者の皆さんたちには言ってもらったよ。
どうして、頭ごなしにできないって決め付けるのよ!
私をいつまでも子ども扱いしないでよ!」
「新しい作業所ができるらしいから、そこに就職させてもらえばいいじゃない。」
「いや!私の人生は自分で決めます!指図は受けません!」
「家族なら、意見して当然よ。自分で自立して食費も入れてないのに、親に楯突くんじゃありません。」

どうやら、あまりにも卑近で影響力最大の母の過保護の弊害が人生を阻んでいる気がしてならない。
どうして20年前に乗り越えられなかったんだろう。
母は、私をいつまで子どものまま、自立させてくれないんだろう。
乳飲み子の私と実家に帰れなかった自分の代わりに、私を路頭に迷わせまいとする間違った過保護なんじゃないだろうか。

さっきは銀行から電話がかかってきた。
「住宅ローンの説明会がありますが、いかがでしょうか?」
「ありがとうございます。勉強させてください。最近、住宅情報チラシを見ていました。」
「失礼ですが、現在の年収はいくらくらいでしょうか?」
「失業しています。」
「住宅ローンを借りるには、正職員で3年以上勤務していらっしゃることが条件となっておりますが。」
「創業を考えていまして、店舗つき住宅はどうですか?」
「未経験者の方ですと経営破たんの可能性もありますし、磐石な経営実績がありませんと該当しません。」

私も子ども扱いを受けても仕方ないのだろうか。
失業者は、所詮、社会人として全く信用がないようだ。
しかし、もう保育士には戻らないとして、
これからどう生きていけばいいのか、
本当に途方に暮れていた。

途方に暮れてはいるものの、あきらめたわけじゃない。
凹みきらないだけの希望を持続させる力はまだ残っている。
ダンヨガのお気に入りの癒しBGMが私に夢想を誘う。
花畑にひらひらと舞う蝶を。
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寒の戻り(ココロもカラダも?)

お花見情報が飛び交っていて、我がふるさとでも、そこここの桜が咲いているのを目にするようになった。

ダンヨガを習い出して4週間目で、私のカラダには毎日変化が訪れるようになった。
20日の健康セミナーで、不意に母を同伴してマイブームのダンヨガを知ってもらった。
「どこへ出かけてるのかと思ったら、こんなこと始めたのね。
あんたのお金でしょ。やりたいなら自由に使えばいいじゃない。」
月額のレッスン料はそんなに安くなく失業中にもかかわらず、意外にも許可してくれた。
いい大人のアラフォーなんだから、いちいちお金の使途に許可を求めている自分も、やっぱりネオテニー(幼児成体)なんだなとおかしい気がしている。
それでも、母のお墨付きをもらってしばらく通うことを決心した。

別にダンヨガに通わなくても自分でなんとか自立できるならそうしたい。
けれども、インストラクターのことばが胸に突き刺さってまだ痛いのだ。
19日は、若い女性インストラクターから予め指示があった。
「今日は心の中でひとつ決めてください。そして、自分の心を見つめて向き合ってください。」

自分のなかで何かを「決める」ということがとても難しかった。
特にダンヨガに来てからは、今までの我武者羅なだけの自分は何だったんだろう?迷っている自分、ちっぽけな気弱な自分、役に立てない逃げてばかりの自分、中途半端な自分、そんな自分に悔しさがこみ上げ、涙が滲み沸いてきた。
「家を出ようと決めました。それから、ヨガはもう少し続けます。」

ヨガのプログラムやポーズは果てしなくあるのだけど、初心者の私は立っていること、
1回70分のエクササイズについていくのがやっとで、いつも生き絶え絶えだった。
せめて、「Health」コースの基礎体力でも楽についていけるようにならないと、職場復帰も同じことの繰り返しになるだろうことは頷けた。

70分のレッスンが終わると、参加者とインストラクターがスタジオの中央に車座になってお茶を飲みながら「振り返り」をする。一人ずつカラダと心の変化や感じを述べ合う時間だ。
参加者の殆どは私を中央値にした感じの女性たちだ。
子育てや仕事の合間に来ているけど、共通しているキャラは、まじめで熱心、でも元々は気弱そう?
それから、体型にコンプレックスがあり、心身共に健康に関心が高そうな印象を覚えた。
それにしても、私の毎回の参加している様子といったら、
お尻を巻いて肛門を閉めて歩くジャンセンウォーキングができない。
「たんでん・丹田・タンデン・・・」
丹田叩きもお腹に力を込められない。
途中で上半身が邪気で充満するのか、ムカムカしてくる。

一昨日、24日は委員長のT先生の指導をはじめて受けた。
お腹を出したり引っ込めたり、いつもより念入りな腸運動のエクササイズが30分以上も続いた。
とても一人では挫けてできそうもない。
初めの数回は、どのヘンゴン(ダンヨガのポーズ)も全く取れずにマットに横たわっていただけだったのが、今回は、前回り30回転、床に寝転んで下肢を上下させる動きや、股関節を回転させたり、一番辛かった下肢の膝曲げ静止状態を維持させることができた。
辛い姿勢を保持していると、ブルブルと振動するのだが、それがカラダにいいというのだ。
こうした地道なヨガのレパートリーがひとつずつできるようになって、カラダと心が無理なく鍛錬され、浄化されていくのだろう。

いつもと違うスペシャルプログラムが終わって振り返りの時間になった。
女性インストラクターのお母さんが故郷の鹿児島からイチゴを送ってくれたので、皆で一粒づついただいた。
「ありがとうございます。今年初めてイチゴをいただきます。」
女性たちは、エクササイズを終えてカラダの変化について清清しく報告した。
「今日で10回目になりました。振動のときには殆ど静止状態で自然に沸き起こる感じはありませんでした。その代わりに、腕から指先と、下半身にもビリビリと電気が走っている感じがあって、最後の背中を連打してもらったときには、カラダにビンビンと響く感じでした。そういえば、夜中に全身の細胞が
震えているようなそんな感じを覚えたときがありました。」
「おお!それは私が初心者だったときよりも変化が早いですよ!」
なぜか、T先生は私の報告を喜んでいた。
「どうしてこうなるのですか?」
「多分、カラダのツボが開いて気が流れるようになったのです。明弦(メイゲン)でしょう。」
「メイゲン・・・?」

HSPメソッドという特別プログラムもあって、それに参加して帰ってきた直後の女性が飛び入りした。
「私がわかりました!悩むこともあったけど、ああ、これでいいんだって納得できた。」
女性は嬉々として、清清しく参加してよかったと喜びを表した。
それがよくわからない初心者のゆきんこは、やっぱり半信半疑だけど、単純にその様子を目の当たりにするとうらやましかった。
スタジオにはいろんなスペシャルプログラムの掲示物がある。
中でも気になるのは「真我発見 瞑想旅行」とHSPメソッドで、これまた10万円単位のお金が要る。
つまり、地獄の沙汰も金次第なのか!?
「ゆきんこさんも、5月には行けますよ。」
「私はまだ入会したところですし、あの意識の階層表ではまだまだ地べたを這いずってますから。」
「遠慮しなくていいですよ。行ける時に行って真我(この世になぜ自分が生まれてきたのか、真の自分を知ること)がわかれば、一気に意識の階層が上がります。」

気のせいか、通うごとに思い悩む時間や悶々とする時間が減り、何も気にせずにぼんやりのほほんとしていられる時間は少し増えていた。
でもな~、、、、、

「もうすぐ1ヶ月になるので、とりあえず3ヶ月続けます。」
「1年会員の方が得ですよ。」
「でも、明日はどうなっているか、わかりませんし。」
「それはそうです。もしも、途中で解約する場合は、キャンセル料を除いてお返しします。それでも、
1年コースの方がお得なんです。」
「29日まで変更可能ですから。」
「では、もうしばらく考えさせてもらいます。」

やっぱりまとめ払いは失業者には安くない。
同額使うなら、Pさんと新居を構えたいとか、イヌを飼ってワンパトを作りたいとか、使途はいくらでもあるのだ。
しかし、どうしてヨガに身銭を切る必要があるのかという葛藤と、今の自分のままではまだまだダメなんだと、もう一人の内なる自分が叫び、鬩ぎあっていた。

Oちゃんがくれた『スピリチュアル ワーキングブック』(江原啓之 三笠書房)にも同じようなことが書いてあった。
「オーラが弱いときは、自分を磨くしかない。精神力、仕事力、人間力、全てを今より強くしていくよう、がんばるしかない。自分を磨いていると、オーラにパワーがみなぎります。すると、軽々しく扱えない雰囲気が周囲に漂うのです。」
その証拠に、私はヨガの初回から、泣いたり叫んだり、ぶっ倒れたりと迷惑をかけ通しだった。
その姿は、私のアラフォー半生そのものを象徴しているかのようだった。

昨日25日は、早朝に起床して職業訓練校応募の適性試験と面接に出かけた。
午後3時には地元に戻って、個別カウンセリングを受けた。
数年以上前に、公共施設の3階にある相談室の中に入ったことをその瞬間に思い出した。
しかし、それはいつのことだったのか、何を話したのか、カウンセラーは誰だったのか、一切憶えていない。

初対面のシニア女性のカウンセラーに、私はざっと現況の問題点を話した。
「あなたは何歳?」
「メモをとらせてもらってもいいですか?」
「お住まいは?」
「結婚されてどれくらいですか?」
「お母さんと一緒に住んでいるのね。お母さんはおいくつ?」
など、私の話の要所要所にカウンセラーは質問を重ねた。

「人生の仕切りなおし、ですね?」
自分のことばを復唱して、返してくれたカウンセラーのことばに、はっとした。
「ええ、そうです。このままでは自分が家族を支えられず倒れてしまわないかという危機感でしょうか?そのためにも母と距離をおいて自活したいのです。」
結婚して1年経過するのに、生計が立てられないこと、
心配性のグレートマザーのいいつけ通りにパラサイトしていることに束縛感を10年来感じてきたこと、
経済的にも精神的にも自立することが発達課題として克服されていないと自覚していること、
これまでの障がい児の保育は、上司との軋轢で苦しかったがやりきったという思いがあり未練はないこと、
これから事務職等の適職を探し、安定した仕事と家庭を両立させたいこと、
できるなら、上司の理不尽なパワハラやリストラの心配のない個人事業を一考していること
などを話した。

「じゃあ、時間がきましたから、また次回の予約をとっていただいて、あなたの話の続きを聞かせてもらえますか?」
「ありがとうございます。先生が上手に聴いてくださったので気迷っていたのが整理できました。」
帰宅すると、Hさんから長文メールが送信されていた。
そこには、私の論文を読み終えて感極まったHさんの思いの丈がありありと綴られていた。
Hさんも私も、2年前に出会えていたら!!と共感した瞬間だった。

週間予報では、今週いっぱい冷え込んで満開の時期は遅れそうだ。

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天使がウチにやってきた!

ダンヨガを習い始めてから、カラダのなかでなんとなくの変化が起こっていることを実感している。
昨晩から明け方にかけて、20日の健康セミナーの体験脳波振動で、やたらと背伸びしながらの
上肢の振りのやりすぎか、腕から指先にかけて、何か電流のような流れを感じた。
明け方には、夢枕に上司が現れた。夢の中でも現実と同じように、2回も呼び出しを受けて取るに足らないミスに目くじらをたてられて叱られていた。
カラダが重くて目覚めは悪く、10時30分を過ぎてようやく布団から起き上がった。

定期的に求人情報チラシに目を通しているけど、なんとなく回避している。
「保育士資格保有者優遇か・・・」
場所も駅前だし条件悪くないのに、やっぱり迷っていた。

午後からしばらくHちゃんに借りている医療事務のテキストに目を凝らしてみた。
心理学科で親しかった友情は今も続いている。
子育てをひと段落して難易度の高い資格もゲットしたHちゃんは、ゆきんこの凹みがちな人生に共感してくれているのがありがたい。

2時を過ぎた頃、母が電話相談員仲間のMさんが隣の☆病院に入院しているので見舞いにでかけると言い出した。
「私もごあいさつしたいから、一緒に行くわ。」

玄関ドアの前で戸締りの確認や鍵をかけていると、隣のBさん宅の門扉の前にメガネをかけた若い男性が佇んでいた。
Bさん宅の知り合いなのだろうと、気に留めなかった。
「あの・・・、すみませんが。」
男性は私たちに声をかけた。
「何か御用でしょうか?」
「ネット販売をしているのですが、今日はキャンペーンでこの地区を廻って訪問販売をしています。」
「どこから来たの?」
根掘り葉掘りと母が男性の胸元の名刺に注目し、質問を始めた。
「I市です。」
「I市?私はI高校の出身よ。あなたは?」
「僕はT高校です。」
「あらお勉強できるのね」
「それで、あなたI市に住んでるの?」
「いえ、T市のSです。」
「私も子ども時代に過ごしたわ!」
「前はのどかで田んぼもあったのですが、最近はマンションなどが増えてきました。」
気立てのよさそうな男性は笑顔で気さくに私たちの質問に応じていた。
「それで、どうしてこんな仕事を?」
「これはアルバイトなのです。学費を稼がないといけなくて。」
「大学は?」
どうして初対面の訪問販売の男性に学歴を聞くんだ?全く親ながら失礼千万。
それも仕方ない、母の育ちがそうさせるなら。
「K学です。」
「母の弟と従姉妹も同じですよ。」
「ああ、そうですか。」
「何をお勉強してるんですか?」
「経済です。」
「将来はどうされるのですか?」
「税理士を目指しています。それでダブルスクールで専門学校にも通っていて、休日はこのアルバイトをしています。」
「大変ですね。」
男性の素性がだいたいわかったところで、ようやく商売の話になった。
男性は5つのキラキラ光る商品をぶら提げたハンガーを見せた。
「玄関のドアチャイムにどうでしょうか?こんな音がなりますよ。」
「涼しげできれいな音ね。」
「母は耳が遠くてインターホンが聞こえにくいのです。これなら聞こえそうだね。」
どれもクリスタルでできた洒落たデザインで、私はとりわけ、天使のデザインのチャイムに釘付けになった。
「いくらですか?」
「いつもはネット販売で2100円ですが、今日は特別に1500円です。」
「Mさんのお見舞いにもうひとつ買おうか?」
「2個ならもっと安くなって2800円です。」
「やっぱり、私ももうひとつ買おう。」
「なんで?」
「これなら誰にプレゼントしても喜んでもらえそうだから。」
「3個なら4000円です。」
「ってことは、随分お得だね?」
「はい。ネットなら3個6300円ですから、2000円以上お買い得です。」
「よかったね。一度に3個も売れて。」
「ちょっとしどろもどろになりました。領収証を渡しますね。」
「声かけなかったら、そのまま出かけてしまっていたかも。」
3軒向こうから男性の友人が近づいてきた。
「お友だち?」
「はい。大学の。」
「彼も税理士を目指しているの?」
「いえ、彼は違います。」
「あなたが声かけてくれたら、もちろんあなたから買ったわよ。」
母と私は、2名のアルバイト学生と微笑を交わした。
「夢が叶うといいですね。」

母とMさんを見舞って、クリスタルのウィンドチャイムをプレゼントした。
手術後、1週間経過して退院は来月以降になると、Mさんは入院前と変わらぬ人当たりの良い笑顔だった。
雨のなか夕方帰宅してすぐに、玄関に早速、クリスタルの天使を飾ってみた。
それだけで、玄関が華やぎ、天使がなにかいいことを運んできてくれる気になった。
「やっぱり、音がいいね。」

訪問販売なんていつもはインタホン越しにお断りが常なのに、
お互いタイミングというか、運がよかったのかな?



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これでいいのか?

日本各地で桜の開花宣言された3月第3週。

今週も2回はダンヨガでのヘルスエクササイズに参加した。
最近、楽しくなってきたのは、頭の先から足の先までの脳波振動の時間だ。
独特のBGMに合わせて体が自由自在に動くようになった。
自由にといっても、脳幹奥から沸き起こってくる自然な動きに身を任せている感じだ。
両手のひらの間にもわ~っとした感じ・暖かい感じのエネルギーを感じることはまだない。
ダンヨガのプログラムは果てしないのだ。
「どうしてだか、懐かしい感じがするのです。」
「世の中がおかしいんですよ。」
「それはそうだといつも感じてます。だから息苦しいんです。」
インストラクターのお三方が勢ぞろいで「いってらっしゃい」と交互にハグの挨拶をしてくれると
「いってきます。」とエレベーターの前で手を振ってしまうのだった。

18日の昼下がりはぽかぽかの5月中旬の陽気に恵まれた。
親友Oちゃん夫妻の招待で、ちょうど1年振りに結婚式に参列した友人たち5名が集まった。
Oちゃんが予約してくれた北浜メトロで、再びのアフタヌーンティーセットで優雅なひとときを堪能した。
「やせましたね~!」
H氏のすっきりしたお腹に一堂注目。
二人で食事で分け合って主食の摂取量を半分にしたそうだ。
ケーキを食べのこして、女性陣を残してH氏は先に退席した。

話題は、それぞれの近況やマイブーム。
そのうち、専業主婦だったTちゃんと、Hちゃんは子育てがひと段落したのでパートで働きだし、順調な様子がうらやましかった。

私だって働きたい!
でもヨガを習い出したせいか、再就職へのモチベーションは素直に低下していた。
「ゆきちゃんは、人の何倍もがんばってきたのに、それが報われないんだよね。」
「う~ん、努力はしてるしマジメなのに・・・」
「でも、社会ってそれだけじゃダメなの。要領のいい人が勝つんだよ。」
「わかってる・・・」

長年OL生活をしてきたFさんは自称オジサンキラーだから、相手に上手に気配りする社交マナーが身についているらしい。
しかし、福祉畑で七転八倒してきたゆきんこにはそれが至難だ。
「もう福祉の仕事はやめた方がいいって。カラダを壊すし、また人間関係で苦しまないといけないよ。」

その見透かしたようなSちゃんの忠告が胸に刺さって痛い。
そして、再再就職活動を渋っている諸悪の根源はそこにあった。

それを実証する女性との出会いは2日後の春分の日だった。
ダンヨガのセミナーで家族や知人を同伴するようにとインストラクターからの知らせがあった。
Oちゃんたちにマイブームのダンヨガのそのチラシを見せたが、主婦の皆さんたちには祝日は都合がつかない。

その当日も、
「探していたのに、こんなところに洗わずにコップを置きっぱなして」
「私じゃない!自分のやったこと記憶していないのに、何でも私のせいにしないでよ!」
だんだん耳と記憶力が悪くなっている母の些細な言動にイライラしては怒鳴りつけた。
険悪な午前を過ごしていたし、高額なヨガに通っていることは、反対するに決まってると内緒にしていた。
しかし、ダメもとで出かける前に母を誘ってみたのだ。
「今から私ひとりでこのセミナーにいくんだけど、一緒に行く?」
母はセミナーのチラシに見入ると、
「なんだ。こういう心の問題に関することならもっと早く誘えばいいのに。」
「え?Pさんにも友だちにもみんな断られたし、興味ないと思った。ヨガのエクササイズだよ。」
「どこでもらってきたの?どういう知り合い?」
「3月のはじめに電話相談室に行ったとき、冊子があって無料体験できるからすぐに予約にいったの覚えてる?」
「そうだっけ?」

毎日がこの調子で、1日に5回くらいはその日のスケジュールやTPOなどを繰り返さないと、2日以上前になればもう何も憶えていない。
70台半ばならこんなものかな?80台の伯母よりも衰えているのはようやく自認するようになった。

いつまでも母に内緒で毎日ヨガに通っていることに気がひけていた。
だから、セミナーに母を連れてきて容認してもらえただけでも、私にはありがたいことに思えた。
反面、私には母に対する愛憎の気持ちが噴出してきた。
いつまでも自立できない・・・
度重ねての失業と別居婚・断ち切れないパラサイト母娘関係に呪縛感を持ち続けてきた。
一つ屋根の下に住んでいる間は、家族として過干渉で心配性の母の家訓はもうイヤだ!

会場変わって、いつもと違うお囃子風のBGMで脳波振動のエクササイズを会員とその同伴者20名で
トライした。
私は、桜の伸びやかな開花のシーンを思い描き、上肢を伸び伸びと上下に大きく振ってはジャンプした。
そう。私はすっかり満開の桜になりきっていた。

セミナーの最後に会員を代表して中学校教員のM先生のコメントがあった。
健康に問題は感じず多くの常備薬を服用していることに疑問も感じなかった。
以前は、生徒たちを頭ごなしに叱り付けることも頻繁だった。
ところが、ダンヨガに1年通い、怒ることより笑うことが増えた。
妙な宗教団体等でなく科学的に実証された副作用のないプログラムであることが素晴らしい!

私は、M先生と会話した。
「私も知り合いに教職員の方たちが多いのですが、例えばADHDのお子さんたちは親や先生にいつも叱られて自尊心を傷つけられていると思うのです。だから、M先生のように教育現場の方たちがみんな会員になれば、教育界も穏やかになるでしょうね。」
「私もそう思っています。」
「最近は、先生や保育士もみんな病んでいますね。」
「モンスターペアレントに振り回されて、現場は子ども・親・先生誰もが荒れています。」
「先生もお体に気をつけてください。」
「ありがとうございます。」

それにしても、いい年こいてなかなか自立できない。
この根本的な後回しにしてきた発達心理学的問題を、私は何としても解決しないといけないのだった。



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わんわんコミュニティ その2

キーボード操作ミスで書き綴った内容が消去された直後はやはり凹む。

しかし、それにめげずにもう一度、記録しておこう!
自分にとっての一大事は他人にとってはどうでもいいこと。
でも、私は一生一度の人生を無駄にして、怨念を残して輪廻転生したくないのだ。

14日にビジネスプランセミナーに参加した。
終わったはず、あきらめたはずの夢。
その同じ夢をもっている人に今月に入って出会えるとは思わなかった。

6日にコミュニティ・カフェLで出会った、成人するまでADHDと知らなかった同い年のIさんが
15日に「わんわんコミュニティ」の定例会があると知らせてくれた。

最寄り駅からその集会場所のあるK駅まで4駅分約30分あまりで到着した。
他の店の雰囲気と違って戦後間もないバラック風のプレハブの入り口には、おとなしそうな若い人が
子犬を連れて立っていた。
「すみません。突然、やってきました。Tさんの紹介です。」
「ああ、Tさんの?」
やはり、Tさんはかなりの有名人らしいと推察した。
「はい。10年来のおつきあいです。私の人生を掌握している方でして、そもそものご縁は、Tさんのお子さん方の家庭教師をしていました。それと、前職は障がいをおもちのお子さんの保育士をしてきました。」

初対面の方に自己紹介するには、こんな感じで信用してもらうしかない。
私は1年前に「地域におけるイヌを介した子どもと大人のコミュニケーションに関する研究」をしていたので、後続研究にワンワンパトロールをしたかったが、現状ではイヌを飼えないこと、それでも、
事情があって飼えない人でもイヌと仲良くしたい人との良心的な愛犬家とを取り持つコミュニティ作りの夢があったこと、資金はないが創業者セミナーに参加して、ドッグカフェの事業を始めようかと考えあぐねていることなどを語った。

もちろん、体調のよくないPさんと共存共栄していくことや、非正規で雇われている現状を打破することもある。
「もしも、私がドッグカフェをはじめたら皆さん、利用してくださいますか?」
初対面にしては、あまりにも厚かましいお願いだった。

「私たちは、営利を目的にはしていないのです。でも、この建物も借りていて、いざ、イヌを連れている人が飲食できる場所となると、このままでは制約もあります。もちろん資金もありません。
例えば、イヌの手作り小物を売ってその収益を活動資金に充てるなどのアイデアはあります。」
「ああ、確か、芸能人で愛犬家の方がブランドショップを経営してますね。」
「そこまででなくとも、やはり運営するために必要な資金は必要です。」
「でも、土地もないし・・・」
「夢はいっぱいですけどね。例えば、庭つきで娘が結婚するときできるだけアットホームな挙式をしたいなと。」
「う~ん、素晴らしい。素敵ですね。」
「とりあえず、宿題考えましょうよ。どんなグッズにするのか」
「デザインのマークね。」
「足型マークでしょ?」
「それって、Hブランドですか?」
「次回まで楽しみね。」

夕方、5時過ぎに帰宅すると、その夜のうちにHさんからメールがあり、
翌日には空いた時間にもう少し話したいと誘いを受けた。
善は急げというお告げか!?

今日の午後、ダンヨガのレッスンを正午過ぎに終えると、Hさんの住むY市駅まで1時間自転車を
走らせた。
「ゆきんこさん、どこから自転車で?」
「H駅からね。一昨日はK駅まで来てたのでもう一駅がんばりました。」
「すごい!」
「失業してますから。」
「HさんはずっとN市に?」
「ええ、子ども時代から。」
「そうですか。隣町なのにいつもY市は素通りで、全然知らないです。案内してもらえますか?」

商店街の喫茶店で1時間半もしゃべりまくってHさんに傾聴してもらった。
これだから、Pさんや上司たちに邪険にされても仕方ないのかも。
けれども、Hさんは心優しい愛犬家だ。
愛犬のぷうちゃんを飼ってから、5年のうちにワンワンパトロールやコミュニティ・アニマルセラピーの世界がどんどん広がったと話してくださった。
私はHさんに昨年の論文「地域におけるイヌを介した子どもと大人のコミュニケーションに関する研究」や、引用文献をお見せした。
「ひゃ~、本当にこんな著作を書いていたなんてすごいです!」
「私としては、反対の発想でした。普通の地域の人たちをつなぐものは何でもいいのですが、
特にイヌの社会的効果の大きさをもっと知って欲しいと色んな文献を調べました。
研究はペットとか動物飼育の部門に特化していて、まだ学校教育や心理学では欧米ほどメジャーではありません。やっぱり前例という理由で、受け入れてくれない。」
「そうです。学校も校長先生が動物好きなら許可してもらえますが、N警察では責任負えないからと
門前払いでした。」
「いいことしてるのに、やっぱり公的機関って事なかれ主義ですよね。防犯避難訓練よりもよほど、
ワンパトの方が平和だと思いませんか?」
「そう、今日も保健所に行ってややこしい法規制があることを知りました。」
「ふ~ん・・・ドッグカフェといっても、飲食店経営のノウハウと動物法規の両方に精通していないとダメだと調べてみてわかりました。」
Hさんは、単なる飼い主の域を出て老人施設や障害者施設・幼稚園などの慰問活動を展開し、社会貢献しようとする行動力をもっている。
それは、愛犬ぷうこちゃんのおかげなのだと述懐してくれた。
イヌは話さなくても、気持ちをわかってくれる。それが話すことに困難をもつ人、人とことばでやりとりすることの難しさを緩和してくれるのだと信じている。
話さずに、ただそこにいるだけで通じ合って癒される。
それは、動物のなかでもイヌ特有の才能なのだ。

話は尽きなくて、とにかくHさんも私も同じ夢を持つ同士として意気投合したことを確かめ合った。
Hさんと私の経験が合致すれば、夢に近づけそう!
Hさんも私の生活を案じてくれたのだけど、やっぱり仕事は探さなくちゃ・・・

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わんわんコミュニティ

100年に一度の大不況と共に、ゆきんこの人生も大きく低迷中。

とはいえ、いいことも悪いこともごちゃまぜになっていた3月第2週。

8日には久しぶりに6時台には起床してあんまり気乗りしない面接に出かけた。
質問は、NPOらしくユニークなものだったのであまり緊張せずに済んだ。
面接形式も4対4だった。朝一9時30分から面接が始まり、同席の応募者のうち若い女性2名が自己アピールを一生懸命にやっていたお陰で、冷静に答えをその場で考えることができた。

しかし、なかなかマニュアル通りにはいかないものだなあ~
いつもカウンセラーには、「結論を先に簡潔に」と叱咤されそのように応じた。
あのお姉ちゃんたちは、あんなにベラベラとしゃべっているのに、おじさん面接官たちの目尻は
「うんうん」とあんなに緩んでいる。
やはり、攻略本よりも所詮は色仕掛けが勝つものか・・・はぁ~
初めから面接官の視線を注がれなかったということは、いくら応募書類が通過しても、答えは決まっているのだ。
もともと落ちる確立の高い応募数なんだから・・・
一体何枚の履歴書を書き、写真を撮って面接を通過し、それ以後も慣れない仕事をマスターするまでにどれくらいの心血を注がなくてはならないものか。
今更、整形することも、履歴を消しゴムで消すこともできない。
NPOといっても、弱い者・ダメな者・失敗の多い者・醜い者を排除する社会に成り果ててしまった結果なんである。
私はそういう隅に追いやられた人々が負い目祟り目のオンパレードに見舞われていくのは本当に
ご本人だけのせいなのかと勘ぐっている。
所詮、上司は部下を叩きのめして、あるいは人畜無害そうな部下を従えて社会的地位を守ろうと保身本能で採用しているのだろう。


凹んでいる間もなく、翌日の午後は電話相談のボランティアに出かけた。
相談員に復帰した主婦のKさんと意気投合して、雑談に花が咲いた。
「昨日のNHKスペシャル面白かったですよ。宇宙飛行士の最終試験。NASAに出かけて面接するんですが、それだけじゃわからないですものね。」
「見たかったわ!」

地球の上に病気にならない程度にやっとこさ生きている私には宇宙なんてとんでもない。
若田氏みたいな諸々の資質を備えたタフマンしか、無重力の何もない宇宙で生活なんてできないよね。

けれども、ゆきんこは只今傷心(小心)であることを除けば、そもそもは天真爛漫なところやチャレンジ精神も秘めているところがあったりする。
海外でのスキューバダイビングや富士山頂登山も体験した。

ところが、この10年間はやっぱり時代に翻弄されることが往々にしてあり、いささか人間不信と厭世が
心を覆っていたように思う。

その間、公私共にさまざまなところではじめましての連続があり、今週もそのオンパレードだった。
火曜日~金曜日まで4日間連続してダンヨガのレッスンに参加した。
毎日体験レッスンの方が1名はやってくる。殆ど毎日参加しているゆきんこは2週目ですっかりお馴染みになってしまった。

胸のツボがすごく痛かったのが、次第に和らいで激しく泣いたりすることもなくなった。
「ここでは何も考えなくていいのですよ。みんな3歳です。」
インストラクターのことばに、安心してレッスンに没頭できた。
「私、ここに来るしか楽しみがないのです。就職活動しなくちゃならないのに全くやる気にならなくて。」
「それでいいんですよ。」

一般人のことばと違ってなんとも癒されていた。
とにかく、自分の思い通りにしようとすれば、身内からの良かれと思っての妨げのブーイングや横槍が入り、そのたびにイライラして反抗的になってしまう。
もちろん、その逆もあって自分の意見が通らない、自分のことをわかってもらっていないという負のエネルギー連鎖が募っていったのかもしれない。
その意味で果てしないだろうヨガの精神修練にどこかで挫折するかもという懸念も過ぎる。

インストラクターによると、私の体内では日々、いい変化が起こっているのだと言う。
毎回、レッスンの中盤には振動エクササイズがあって、次第に楽しくなってきた。
私の場合、木曜日あたりまでは体内エネルギーがなくて立って振動させることが難しく、ひたすら
頭を脱水するように振っていた。それも、自分の意思ではなく勝手にシェイクしているのだ。

12日は、振動中にラーメンのにおいがしておなかがペコペコになった。

13日には、まるで「赤い靴」でもはいているかのように頭から手足の指先まで全身が自由自在に振動した。
自分の意思ではこんな大胆で自由なダンスなどしたことがない。

「自分のカラダの痛いところ、気が溜まっているところが自然治癒力によって外へ出るとき振動するのですよ。」

そんなに私は体内エネルギーが枯渇しているのか・・・
それじゃあ、就職活動にしたって諸々の活動にしたってどうしようもない。
本当にどうしようもないとき、まるで心の空洞を埋めるかのようにダンヨガのレッスンや
インストラクターの笑顔、なんとも肝の据わった落ち着きのある風情が羨ましかった。

これまでも私の目前にチャンスがあった。
けれども、私は怖気づいて逃げ出すか、追い出されていた。

13日に2次面接の結果が郵送された。
私は母とPさんに告げた。
「やっぱり、ダメだった。好感度高い経験者と同席だったし、あの倍率じゃあね。
採用されても雇用期間は1年間で、土日も出勤だものね。」

これが心理学で習った防衛機制のうち、「酸っぱいブドウ」の合理化である。
国会では、各部門の累積赤字の責任問題について論じ始めた。

そして、インストラクターだけが私に慈悲の微笑を浮かべていた。
「明日も待ってます。」
「ありがとうございます。なんだかやっと助けてもらった気がしました。」






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ダンヨガの驚き効果 その5

それにしても、胸の詰まった感じ・ムカムカした感じは何だろう?
それを確かめるには、ヨガを継続している経験者の生の声を聞くのが一番だ。

3回目は土曜日の午前中だった。
平日参加できない若い女性たちや初対面の方たち10名くらいでスタジオは賑やかになった。
倦怠感不快感をひきずったまま、参加した。
「どうですか?」
インストラクターのH氏は、私の体調を聞くと微笑んでこう言った。
「それはよかったですね~。効果出ていますよ。」
「これで本当に効果出ているんですか?」
「これまで体内に澱んで濁った気が出て行けなかったので、詰まっているのです。
楽になるまでもう少しかかりますから、続けましょう。」
「はあ。でも、昨日知人たちに話したらやめた方がいいと言われました。」
「知らないからそういうんです。」
「まあ、そうですね。」

3回目もやっぱり苦しくてエクササイズの進行についていくだけでやっとだった。
自分としてはそれほど楽になったとか大きな変化はなかったのだけど、
他の参加者のコメントや態度が印象に残った。
「気が流れているのを感じました。」
「肩の力がすっと抜けて楽になりました。」
3ヶ月から1年くらい続けている会員さんたちは、なぜか清清しく楽しそうで魅力的に見えた。

本当にこんなふうに爽やかになれるのかな?
結局、この倦怠した気持ち悪いダルさをなんとかしたい。
それが本当にスッキリ感に変わるまでは中途半端な気がした。
「もちろん継続したいのですが、失業していますし、用立てるのが難しいのでとりあえず1ヶ月でお願いします。」
「ええ、いいですよ。」


そして、今日の午前中4回目のレッスンに参加した。
やっぱり、振動ダンスでは精根尽き果て立っていられなくなった。
そのまま自然にゴロゴロと床を左右に転がっていた。
最後に振り返りで自分の体の感じを報告し合ってエクササイズが終わる。
「肩の力が抜けてきました。」
「そういえば、ここに通って1年だけど毎年悩んでいた花粉症に今年はなってないわ。」
「私も。」
「免疫力がついてきたのですね。」

更衣室でも初対面のメンバーの方の話を聞いた。
「最近子どももレッスンを受け始めたのですが、集中力がついて自分から勉強するようになったんです。だから成績も上がったの!それまでは、塾へ行かせても渋々だったんですけどね。」
「それはすごいですね!友だちには子どもがいるので話してみます。」
「子どもの入会者が増えると嬉しいわ。」

私の場合、なんでだろう?の虐待と追い出され体験の連鎖をなんとか終わらせたい。
一度も追い出されない人もいれば、何度も追い出されて苦しんでいる。
「私、鬼っ子と言われました。」
「え?鬼っ子?」
「笑いごとじゃないんです。どこへ行っても他の誰でもなく私だけがどうしてなのかと思うほど、上司に怒鳴られては退職に追い込まれるのですよ。」
「丹田にエネルギーが溜まってくると気が座るのです。怒鳴られたり、追い出されたりするのは、
あなたが相手のそうした感情を引き出しているからなんですよ。腹が据わってくると相手に怒鳴られることはなくなってきます。」

本当にそうなって欲しい。
インストラクターのことばが余韻した。
「負けない自分。逃げない自分。」

帰りがけにカラダの感じをことばにした。
「なんだかお腹に大きな丸いものがとある感じがしてきました。
それから、手先があたたかくなってきました。」
「おお、そうですか!効果ありましたね。」
「明日も来て下さい。」
「明日も来ていいんですか?」
「ええ。」
「嬉しいです。来てもいいよなんて言ってもらえるなんて。」
インストラクターは微笑んだ。

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ダンヨガの驚き効果 その4

6日は終日雨だった。

5日の夕方から就寝まで、全くその気にならなかった宿題をやるっきゃない。
ジョブカードの申請書類は全部で5枚もあった。
学習暦・職歴・訓練歴・自己PR・趣味・特技など。
その総括表と詳細を書き込むだけでも気骨の折れる作業だ。
しかも、ダウンロードが上手くいかなかったので、鉛筆で下書きしてボールペン清書するという面倒な
宿題をその夜のうちに終えることができた。

6日の午前9時。
閑散としたハローワークの職業訓練コーナーのI氏に書類を提出した。
「いや~、綺麗に書いていますね。しかも、これほど資格も取得されて努力してこられたか、よくわかりますよ。」
「ありがとうございます。そのおことばにほっと癒されました。」
年配のI氏の恭しい応対にすっかり気が抜けていた。

雨の降るなか、次に向かったのがLというコミュニティ・カフェ。
ここで幽霊会員として所属していたT組の定例会に参加した。
私の退職を聞きつけて、10年来のつきあいのTさんの紹介でNPOのT組に仲間入りしていたが、
平常勤務している間はなかなか、参加できずにいた。
しかし、主宰のI先生をはじめ、お馴染みのイケテルミセスたち7名が集まった。
「ゆきんこさんが久しぶりに来たせいか、今日は話が弾んだよ。」
「そうですか?私、追い出されてこれでも落ち込んでるんですよ。」
「私も。。。」
「同じ失業者同士だもんね。今日はここで会えてよかった。」
自称、ADHDかも?で同い年のIさんと初対面で意気投合した。
Iさんも大人になるまで自分が何者かわからずに彷徨い、縁あってこの会に入会したというのだ。
私がIさんの背中をさすると、
「なんだか癒されるわぁ~」
と傷心のIさんはとろけそうな笑顔になった。

「一体、私が何をしたっていうのよ!!」
「あんたは鬼っ子なのよ。」
「鬼っ子かぁ~」

ヨガエクササイズの後遺症か、上半身のムカムカした感じや倦怠感・各関節の鈍痛が続いていた。
「なんだか怪しいわね、そのヨガ。」
「高額だし、本当にいいならタダで奉仕して欲しいわよね。」

数年来の利害関係のない、何を愚痴ってもぼやいても構わない仲間の進言に心は揺れた。

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ダンヨガの驚き効果 その3

翌朝、騙され次いでに厚かましく無料体験をさせていただいた。

「おはようございます。昨日はご迷惑かけてすみませんでした。」
「いえいえ、出せてよかったですね。」
「ちょっと怖かったです。」

もう1名の女性インストラクターにも確認の質問をしたところ、彼女も初回から3回連続して号泣していたと話してくれて安心した。
「もうあんなことはないですよね?」
「さあ、どうでしょう?」

前半は初回と同じ、笑顔でユウセンを意識しながら行進するエクササイズから始まった。
倒れて参加しそびれた中半のメニューは、全身身を任せるように頭の先から足の先まで振動させるエクササイズだ。

といっても、どうしていいのかわからない。
アフリカ音楽風のビートの利いたリズムのBGMが流れた。
これも次第に目を開けられなくなり、眉間に皺が寄って、息苦しくなり出した。
「ゆきんこさん、無理しなくていいですよ。マットに座って楽に呼吸して。」
しかし、2回目も指示通りカラダをコントロールできない。
胸座がムカムカして頭が痛くなる。
座位をとることができず、床に突っ伏した。
すると、カラダがゴロゴロと勝手に横転を始めた。
BGMが終わるまで壁にぶち当たっては、反転しゴロゴロとカラダが転がった。

それから座禅姿勢になろうにもなれない。
一人でハアハアと息を荒げている自分が情けない。
清清しいBGMに変わると、やっぱり自然に泣けてきて、でも恥ずかしくて涙を呑んだ。
すると、お花畑の情景が浮かび、懐かしく帰りたい気持ちになった。
それって、I准教授が「君は天使なんだね。」と言ってくれたことと重なるような気がした。

しかし・・・
失業者にこの特別なヨガの料金は安くない。
「う~ん・・・一番安いのは、一生会員ですよね。」
「一生でこの値段なら安いでしょう。」
「でも、今は無理だなあ。」
「人間って欲望があるからお金に執着するのですよ。私も入会したときは全然お金がなかったんです。でも、投資して手放せば、返ってくるのです。その後、私には奇跡が起こりました。」
「え?」
「どうかしばらく毎日通ってください。きっと体調がよくなります。ご主人のためにも」
「確かに私よりも夫に通って欲しいのですけどね。」
「明日もこれますか?」
「明日は先約があるのでこれません。」
「じゃあ、明後日の午前中待ってます。」

申し込み用紙を渡されて、魅惑的な笑顔で送り出されると不思議な気持ちになった。
もう1回参加して決めよう。




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ダンヨガの驚き効果 その2

失業中には、なぜかしら目まぐるしく非日常体験が訪れるから不思議だ。

ブログの外にいたPさんが私的時空間に当たり前に存在するようになったのも、実に不思議なのだが
それも含めて「これでいいのだろうか?」という私特有の日々はとりあえず連続している。

昨晩、NHKスペシャルでロシアの天才数学者が100年間以上も解けなかった難問を解明したときに、
まるでヒッキーになったかのように、失踪してしまったという謎々だらけのドキュメンタリーに見入った。

さて、そんな類稀な宇宙と数学のことだけをひらすら考えている天才に比べたら、私の日常はどうってこともないだろう。

駅前ビルに1年前に開設したというブレインヨガのスタジオに体験入会して今日で4回目になった。
4回レッスンを受けて体感したことを綴っておきたい。

初回は、40代のインストラクターH氏の体験談レクチャーを「ふんふんなるほど」と聞いていた。
説明はシンプルだった。
H氏は、入会当時30代半ばの働き盛り。
でも仕事のストレスでイライラしてしては、妻子に当り散らしていた。
体重は100キロもあって、暴飲暴食ヘビースモーカーという不健康なライフスタイルだった。
ある日、ダンヨガの講演会を聴講し、「よし、体質改善から」と入会した。
入会当初は、カンタンな前転ポーズもとれず、呼吸も乱れていた。
徐々に、ポーズが作れるようになり、35キロの減量に成功した。
現在は、脱サラしてインストラクターになり、昨年スタジオオープンしたとのことだ。
「私たちは頭を洗ったり、体を洗いますね。」
「はい。」
「でも、脳の中を洗うことはできますか?」
「いいえ。」
「脳はいつも考え事をしてストレスを溜め込み、カラダのなかは汚れています。それを洗い流すのが
ヨガなんですよ。」
「はあ・・・」
「ゆきんこさんは、純真な人ですね。」
「はい、私、そうですよ。よく言われます。」
「感受性がある人は、マイナスエネルギーを溜め込んでしまいます。」
「失業して落ち込んでしまって・・・何をどうふるまってもピンとこないです。
あんまり深く考えずに、リーフレットを見てきました。前から漠然と何か運動とか、ヨガには興味があったんですけどね。」
「ここに来る運命だったんですよ。」
「運命!?」
「そう。それじゃ、まずやってみましょうか。」

他の会員さんたちに混じって、早速エクササイズが始まった。
「肛門を閉めて、尾てい骨を丸めて」
「ユウセンを踏みしめて歩きましょう。」
「笑顔で!」
おかしい。全く指示通りにできない。
鏡に映った笑顔は、ひきつって恐ろしい顔にしか見えなかった。
自分の笑顔にギョッとした。

それから、丹田叩き
数の掛け声に合わせてリズミカルに叩き出すと、次第に気分が悪くなり立てなくなった。
表情は眉間に皺が寄って苦しくなる。立っていることもできなくなり息も荒くなった。
グループから外れてヒーリングルームに連れて行かれると、そのまま寝込んでしまった。
その間、気絶していたのか、トランス状態に陥ったのか、時間がどれくらい経ったのかもわからなかった。

目が開けていられなくなり、眉間に皺が寄ったままひたすら悲愴な表情をどうすることもできなかった。
それからどこからか沸いてくる「気」というものなのか、
腕から指先にかけて地震のようなブルブルと震えが2回襲った。
なぜだか沸き起こってくる涙がどんどんあふれ、それと共にことばにならない叫び声をあげた。
「あああああああああ~~~!!!」

次いで、ようやくことばになった。
助けて・・・た・す・け・て、助けて~!ああ~!助けて~~!!!」

それから退行を起こした。
私は押入れの中に閉じ込められていた。
喉が渇いて苦しいのに、泣き叫んでも誰も助けてくれなかった。
唇はもごもごと動くのに心のなかでは、助けてと叫んでいるのにことばにならない。
それはまだ乳飲み子だったときの記憶が蘇った瞬間だった。

それから、心の奥底からことばがリフレインした。
「帰りたい。帰りたい。帰りたい。。。。」

Tちゃんと会う約束の時間が迫っていることは自覚していて、目を覚まさないといけないのに起き上がれない。
H氏の呪文が耳元でこだました。
「許しなさい。許しなさい。許しなさい。許しなさい・・・」
肋骨の中央にある中丹田のツボを押されると物凄く痛い。
「ああ~、痛い!!」

しばらくして、若い女性インストラクターが囁いた。
「どうしたいですか?」
「お茶が飲みたいです。」
そこで、目を開け体を起こすことができた。

お茶を一杯いただくと、落ち着いて話せるようになった。
「すみません。私、初めてなんですけどどうなっちゃったんですか?」
「よくあることですよ。今まで溜まっていたマイナスエネルギーが一度に放出されると起こる現象です。」
「なんだか怖くて仕方がなかったです。自分でやろうと思ってこうなったんじゃないのに?」
「でも、カラダの奥ではみんな覚えているんです。」
「母からは聞いていましたが、私赤ちゃんの時に父に押入れに閉じ込められていたと。
私は赤ちゃんでした。だから泣いて心では助けて欲しいのに、ことばにならなくてただ叫んでいるだけでした。」
「初回から出せてよかったですね。」
「すみません。体験だけなのにご迷惑かけました。それじゃ、どうも。」
「あ、待って!」
「でも、体験だけですから。」
「そのままじゃ、同じことの繰り返しです。」
「え?」
「今日は途中で倒れてしまったでしょう?明日もう1回来て最後まで体験してくださいよ。」
「いいんですか?2回も無料で。」
「ええ、どうぞ。」

とにかく、こんなに大きな声で号泣したのは生まれて初めてだった。
当然、その夜はぐっすり眠れた。

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ダンヨガの驚き初体験!

離職票のサインと印鑑がもれていたという理由で、午前11時ごろ先の職場を訪問した。
「エヘヘ、こんなヘマしてごめんなさい。私もクビになるわね。」
「そんなことおっしゃらないでください。胸が痛みます。」
上司が少なからず罪悪感をもっていることはわかった。
「それじゃ、お世話になりました。」
ガラス越しにマー君の小母ちゃんが待っていてくれた。

「Dさん来てくれたの?」
「どうしようかと思ったけど、もう当分来ないんだよね。ちょっと寄っていって。」
「ありがとう・・・Dさんがここに住んでたから母と私を呼んでくれたんだよね。」
何を隠そう追われた職場は、小学生の頃、マークンと私が住んでいた文化住宅の向かいにあった。
その文化住宅の跡地には一戸建てが数件並んでいる。
当時、母が離婚して実家に戻れず、母の同僚だったDさんが空き部屋に呼び寄せてくれたという縁が
続いている。

Dさん宅の前を素通りしてもなかなか室内にまで招いてもらえない深い理由があった。
「本当にいいの?」
「いいよ。」
「ありがとう。Dさんの気持ちを思うとずっと気にしていたけど、なかなか頼めなかったんだ。」
門扉をくぐると、庭先で遊んだ思い出がよみがえった。
「わあ、なつかしいなぁ~」
応接間に通してもらうと、老犬がソファにうずくまって座っていた。
「こんにちは。突然お邪魔してびっくりさせてごめんね。」
すると老犬はよろよろと立ち上がり奥の部屋へ移動した。

「一人でいるのが好きなイヌなの。」
「そういう人もいるよ。」
「さあ、こっちに挨拶してやって。」
Dさんが仏壇を開けて促してくれた。

私は遺影の幼なじみの青年の顔にまじまじと見入った。
そして素直に涙が出た。
「もう何年になるのかな?」
「19年」
「そんなに経つんだ・・・。だって今の私が離婚したときの母と同い年になったんだもんね。」
「桜の咲く4月6日に亡くなったからね。毎年その頃はしばらく外に出たくなかったよ。」
「そうだったけ。ずっと来れなくてごめんね・・・」
「後を追って死にたくて河原まで行ったこともあった。」
「そう。最愛の息子に先立たれた母ってたまらないよね。」
「ことばでなんか言えないよ。順番どおりでないんだから。親不孝だよ。
誰にもこんな気持ちわからないよ。」
「そうだよね・・・」
「マーくん、ごめんね。いつも一緒で気がつかなくて。」
「ホント、小さい時から一緒だったから、それが自然恋心に変わったんだね。
いつもゆきちゃんのことを話してたよ。」
「Dさんも知ってたのに、なんで私、気づかなかったのかな・・・」
「今日はMがあんたを連れてきてくれたんだね。」
「う・・・ん。そうなのかな?」
気のせいか、私と向き合った19年ぶりの遺影は嬉しそうに見えた。

「今日は突然に、すみませんでした。」
「いいよ。また時間を作っておいで。お母さんにもよろしくね。」

私は次なる目的地に行く前に予定の1時30分までY川の河川敷をサイクリングして時間をつぶすことにした。
ホースセラピー牧場に顔出ししようか、図書館で読書しようか迷って、陰鬱な気分を癒すのに
都市部に残った自然に触れたかった。
そよ風はもう冷たくない。
土手にはイヌのフグリが咲いていて、早い春の訪れを感じた。
川面には、鴨の集団や、3羽トリオのゆりかもめが並んで柵にとまっていた。
「みんなしゃべらなくても仲良く一緒にいるのにね。人間だけが話せるのに、それが難しいんだよね。」
ゆりかもめを写メールしかけたら、二人連れの男女が声をかけてくれて、私も加わってしゃべりながら
15分くらい散歩した。
「あんたどこから来たの?」
「M町です。」
「歩けば健康にいいし、いい運動だよ。しかもタダ!」
「そうですね~。今日は自転車で来ました。」
「今度は一緒に歩こうよ。お弁当作ってきて。」
「はい。それじゃ、また。」

この会話ならどこが凹んでるのか、まったく問題ないよね?
ところが、1時30分にダンスタジオに着いたら・・・
とんでもない初体験が待っていた。


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結婚記念日は雪だった・・・

本日、桃の節句・雛祭り
婚姻届を提出した直後、正午過ぎにK市役所前で記念写真を撮ってからまる1年が経過した。

失業中かつ別居婚の慢性的憂いは、そのまま天気になるんだろうか?
ちょうど1年後、母と母の友人で初対面のSさん、ゆきんこは万博記念公園にいた。
3月といえども雪のちらつく寒空の下、満開の梅を見て楽しんだ。

大阪ガスの地域のMガスセンターの主催で、なんと500円の参加費で、梅見物バスツアーとホテルでのランチバイキング、それから、午後にはクッキングも体験させてもらった。
桃色といってもさまざまな濃淡の可愛らしい梅の花、一輪一輪に和まされ、気分はすっかり、郊外生涯学習だ。
対象は、お役御免となったシニア世代の主婦の方々に男性が2名ほど混じった総勢41名。
その10名近くは母の声かけでM町の自治会つながりの御馴染みさんたちだ。
失業中でも、母は私を自堕落なひきこもりにさせまいと、早朝からふとんをひきはがし、たたき起こして半強制的に誘われた。

因みにM町婦人会のマダムたちの大半が、子どもは独立した団塊世代だから、こんなバスツアーに参加したらアラフォーでも挨拶はこんな感じ。
「はじめまして。」
「あら、Nさんの娘さんね。」
「いつも母がお世話になってありがとうございます。もう、おばさんです。白髪も生えてきましたし。」
「ゆきんこさん、今日はよろしくね。」
民生委員で誰にでも温厚なMさんが今日のバスツアーの世話役だ。
「Mさん、母共々お誘いありがとうございます。この前はいろいろ愚痴をきいてもらってすみませんでした・・・。」
「いいのよ。そうだ、3月の広報見た?K園の求人があったけどどうかしら?」
「K園は20代のころ受けて落ちました。華奢な体格だからダメでした。メタボ状態の重度障がいの方たちの支援ですから、求人があるのでしょう。介護よりも過酷です。」
「ああ、そうかぁ~・・・」

3日前招待された豪華絢爛な1万2千円の祝賀会よりも、ご近所のマダムたちとのホテルで安価なランチバイキングがゆきんこには何十倍も落ち着く。
そして少々マナー通りでなくても誰も怪訝な顔はしない。
「ケーキがきたわ。」
「雛ケーキじゃないですけどね。」
「そうね、今日はひなまつりね。」
「因みに、今日で結婚して1年になりました。」
「そうだったわね。その後、どうなった?」
「相変わらず家にいますよ。今日も母と参加してますから。」

別にそんなことはどうだっていいんだ。
かなり、いけてない夫婦の方がマジョリティなのがせめてもの救いだ。
マダムたちには当然、パートナーが健在しているはずなのに、誰も夫婦で参加していない。
マダムたちにははじめから「主婦」という無報酬の奴隷制で今日まで生き延びてきたに過ぎないのだから。
開放感のあるひとときを過ごしたいのか、話題は専ら孫のことで夫のことではない。
これ一つとっても、各界のトップリーダーの面々を拝んでみても、あまりにも不甲斐ないわが国の有様よ。

「でも、昭和20年と平成20年とでは全然違いますよね。」
「そうよね~。」
「当時から戦後にかけて幼稚園通っていた人ってどれくらいいます?」
「私、行ってたわよ。」
「私も。でも、行けなかった子どももいたわね。」
「私がお世話になった大学の先生、家が貧しくて幼稚園に行けなかったって。ベルトもなくてひもでくくっていたんですって。それでいじめられたそうです。」
「貧しくなくてもいじめはあるけどね。」
「結局、富を独り占めしたいという本能がむき出しになると、やっぱりいじめや競争はなくならない。
夫は家庭内で経済力のない妻をDVするしね。」
「たとえ年老いて収入にならなくても、元気なうちはボランティアでもやって、社会に役立つ存在なのだと生きがいを感じられるような社会にならないと、ブラブラと遊山させられてもなんだか面白くない。」
「本当はみんな働きたいんだ。それなのに一部の有能な効率のいい人たちや頑健な人たちしか働かせてもらえない社会に成り果ててしまった。」
「古代のアテネでは、富や権力を持ちすぎた人は都市から25年も追放されたんだ。法の下に重罪だったんだよ。」

気のせいか、午後から体験した調理実習の若いアシスタントの方たちは、マダムたちを取り囲むように壁際に佇み、半強制的な企業仕込みのスマイルを浮かべているように見えた。

統計学の本をひっぱり出したものの、今更どうするっていうんだ?
ドクターPのせせら笑いが脳裏こだまするようだ。
「ゆきんこさんは、そんなことしなくたっていい。」
私はどうやったって、凡人の域を出ない。
F先生みたいなあんな輝かしい笑顔をたたえられないな・・・
「記念祝賀会の文集のなかに書いてあったけど、F先生がある徒弟の先生に『心理士なんて足の裏の米粒だよ』と言ったんだって。心理士を養成する先生がそんなこといっていいのかな?」
「あっても無駄ってことでしょう?」
「祝賀会で私の隣に座ってたセラピストさん、ずっと眉間に皺を寄せて指をもじもじさせていたよ。そんな態度で普段からちゃんと人の相談に乗ってるのかな?それとも、悩み事や困った人の話ばかりきいているからいつも精神不衛生なのかな?」
「そうかもしれないよ。結局、人間相手の仕事ほど難しくて徒労に終わってしまうものはないということじゃないの?」
「だから、F先生3年間通っても、私に何も仰らなかったんだ・・・」
「あんたみたいなすぐに機嫌を損ねるヒステリックじゃダメよ。」
「だったら、最初から受験するんじゃなかったな。入ってから何度もカルチャーセンターの方がましだと思ったよ。」
「まあその感覚で、学者だって学生に貢いでもらって稼いでいるわけだから・・・」
「将来を約束しないならやっぱり詐欺だよ。」

ぴかぴかの最新式の台所用品やミストサウナ浴室、床暖房のショープラザに囲まれているのに、
働き盛りの私たちの方がマダム集団を相手になんだかしょぼくれている。
昭和20年にはきっと結婚直後、戦争に引きさかれた夫婦もあっただろう。
平成21年でもひとつ屋根の下にいても、苦しいだけの夫婦もある。
やっぱり仕事を見つけなくちゃ・・・!!と焦る。

せめてもの慰めは、白杖や盲導犬を使って梅を感じている視覚障がいの方が共に参加し、社会的にも家庭的にも弱者として生きながらえてきた聞こえの悪くなったSさんと母が会話の折々に笑顔を交わす姿に癒されている。

あ~あ、明日はまた上司に会いに行かなくちゃ。
はじめから落ちるとわかっている試験や面接はもう御免だ。

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F教授退官記念講演会

今日から弥生となり。
昨日、2月28日付けで私の肩書きは抹消され、またもや失業中。

しかし、ギリギリの肩書きをつけてPさんと午後から終日出席したのは、神戸ポートピアホテル地下1階の布引の間。
大きなホテルにめかしこんで出かけるのって好きじゃない。
Pさんが一緒に同伴してくれというのと、大恩師のF教授の退官記念となるありがたい最終講義に招待を受けたとあっては、身銭を切って出席することに大いなる意義があるのだ。

それもこれも、誰かがアクセスしようとしまいと、私がブログを更新しつづけてきたこととつながっていることなのだ。

1時過ぎには、数え切れない(といっても概算300名くらいの)F先生にご指導・ご鞭撻を受けた錚々たる教員・心理士を生業とする方々が続々と布引の間に着座した。
「こういうところって場違いな気がするんだよね・・・」
定刻午後2時になり、I教授の司会進行で開演された。

私は恒例のその場メモに勤しんだ。
この栄えある2度とないF先生の退官記念講演会を一言一句逃すまい・・・と。
その記録は、ブログでアップしてしまうと、やっぱり著作権違反になるんだろうか?

元保育士の私としては、初めて拝聴したF先生の学童期の思い出だった。
家庭環境は大変貧しく、そのせいで子どもたちからはやされたり、いじめをうけた。
学校では黙り込んでうつむいていた。今、思い起こせば場面かんもくだったと思う。
そんなときに、やさしくしてくれた大人の真心がその後の先生の原動力となっている。
ずっと話し出すのを待っていてくれた先生の期待に応えようと恐る恐る口を開いたそうだ。

長らく子ども専科だった私としては幼少期の禍根は、加齢と共に尚鮮明な印象を覚えた。

F先生の教えを尊び、信頼してこんなにも多くの心ある方々が一同に会し、先生へのお祝いとお礼のことばで満ち溢れた1日だった。

第2部の「寿ぐ会」にもPさんと同席したのだけど、どうにも居心地のよさを感じなかった。
「私、パーティーって好きじゃないんだ。」
「え?ゆきんこさんらしくないな。」

だってそうだろう?
周囲は皆、臨床心理士や特別支援教育の第1線で活躍する先生たちの集団なのだ。
所詮、アウトサイダーの一体何回失業してる私がこんなところに座っていることはおかしいのだ。
でも、悔しい。そして、華やいだところにいると返って塞いでしまう自分を感じていた。
多分、ここに集った人々から目には見えない憂いを私なりに感じ取ってしまうからなのか?
この感情はどこから、いつから沸いてくるのか・・・
やはり、何気に二ーチェかな。

金屏風の飾られた壇上でF先生への祝辞が来賓各位から披露された。
その中には、1992年F先生の助手であったI先生の姿もあった。
私のカバンの中には5年前に大学院受験を志した当初は、I先生の著作があり、
昨日は、F先生が敬服していらっしゃる恩師N先生の「リラクセーション」があった。

上座から下座へと、各テーブルはF先生の笑顔と来賓の笑顔の渦に包まれていった。
Pさんと私が座った24番テーブルは、あんまり会話が弾まない席だった。
そもそもF先生の愛弟子でもなんでもないPさんと私、門外の規卒のセラピスト、その他学外の関係者の雑魚テーブルなので、共通の会話なんて出てくるわけがない。
「私、去年の修了式でこの方たちにも名刺を配ったの。」

「誰かと話をしたのかい?」
すかさず息を弾ませてF先生が私の右隣に座ってくださり、左にはPさんに挟まれた。
「私はAさんを知っていますが、Aさんは私を知りませんから・・・」
Aさんは、無反応に背後に回った。
一同が笑顔を作った。一度、テーブルはカメラのフラッシュライトで眩しく光った。
F先生がPさんと私に握手をしてくださると、すかさずPさんの耳元に助言をくださった。

人々のざわめきに紛れて、Pさんと私はお達し通りに行動を起こした。
その姿を観察していた憧憬の人がいた。
アイコンタクトした者同士だけが気づいていた。

最後に、F先生が花束を抱えて満面の笑顔で大宴会場を出ると拍手はデクレッシェンドして、人々の会話でざわめいた。
私はゼミ生モドキだった時にお世話になった保育士のMさんとNさんを探すために、Pさんと別行動をとった。
「N先生、ご無沙汰しています。厚かましくゼミにお邪魔してすみませんでした。」
「ゆきんこさん、結婚したんですってね。」
「あれ?N先生に言いましたっけ?」
「F先生から聞きましたよ。」
「F先生が?でも、紙切れだけの別居婚なんです。指輪もないですし・・・」

Pさんが2次会も参加したいというので、3000円のコーヒー代を奮発するか否か、考えあぐねた結果、
退散することにした。
エンゲル係数が高くなる一方だから、今のところPさんと私には100円コーヒーがお似合いのようだ。

別れ際に、Pさんに呟いてみた。
「ねえ、もうすぐ結婚して1年だけど、一緒に過ごせるかな?」
「ごめんな」
「・・・いいよ・・・」

夢と希望と感謝
だけでない2月の終わりだった。
みんな私の大好きな、ブログに頻繁に使ってきたことばだ。
今の私はなんだか屈託のない素直な笑顔を作れずにいる。
自然、口元はへの字に歪む。
こんだけ勉強して働いてきたのに、何度も失業して新しい進路も、新居もなければ、子どもを生んで育てられる安心できる環境もない。凡人はさすがに笑えないよね。
F先生はPさんの将来に大きな期待を寄せても私にはそうでないこともわかっているからだ。

♪なんだか泣けてく~る♪

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