日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
子どもとイヌとのふれあい活動
2009年04月27日 (月) | 編集 |
プータロウといえども、自分も含めて困難を抱える方たちを見てみぬ振りがどうしてもできないゆきんこ。

ダンヨガの特別プログラムの後は、とてもだるくて気分が悪くてたまらず、
早川先生の講義が終わると、総会をキャンセルして即行で帰宅し、布団に臥せった。
特別のエクササイズの痕跡に鎖骨の下には痣があるし、両手のひらから肘にかけて、
ビンビンと夜中も震えていた。

それでも、翌朝は必ず、老いた母が母親業を怠らず、布団を引っ剥がす。
だから、昨日の同い年の男性のような暮らし振りは、母と同居のうちは絶対に許されない。
気だるさが全身に残るものの、午後からの目的に備えることにした。

12時30分ごろ出発して1時間かけて到着したのは、5駅向こうの隣のN市。
わんわんコミュニティの代表Hさんのお誘いで、わんわんふれあい活動を見学させてもらった。
そもそも普通の主婦で、普通の愛犬家だったHさんが、愛犬のぷうちゃんを飼うことで、
多くの方々とふれあいで社会に貢献したいと活動が徐々に広がって4年目を迎えた。
今日は午後2時から、Hさんたち5名の愛犬家グループが、市内の子どもセンター内の小さな遊び場で、3歳未満の未就園児たちとその母親たちを対象にワンちゃんとのふれあい活動を行った。
集まったワンちゃんは4匹。
トイプードルのぷうこちゃん、コッカースパニエルのななちゃん、ヨークシャテリアのさくらちゃん、
シーズーのココちゃん、のガールスだ。

オレンジ色でHさんのオリジナルデザインのロゴ入りブルゾンでかっこよくきめた子育てママさんたちが、入念な事前打ち合わせを行った。

子どもセンターから、10組ほどのよちよち歩きの子どもたちとお母さんたちが出てきて集まった。
司会の飼い主さんが、はじめにカンタンなイヌとの挨拶を話して、いざ、ふれあいタイム。
イヌにとっては、子どもがどんな行動を起こすか、実は恐怖極まりない体験。
しかし、ヨークシャテリアのさくらちゃんなどは飼い主さんの顔をじっと見て、子どもたちに抱かれたり
触られたりするのを容赦している。
イヌは本当に賢くて忠実だなあ~と感動した。

3歳未満といえども、十人十色でイヌに対する反応さまざまだ。
男の子のなかには、イヌより滑り台、砂場など、関心を示さなかったり、走り回ってばかりで母親が後追いしては捕まえていた。

草を食べさせたり、リードを引っ張る加減がわからず、イヌのかかわりがまずくて乱暴そうな子どももいた。
その子にお母さんが「ダメ!」と叩いた。

親子が去ったころ、活動を労ってセンター長がお茶をふるまってくださった。
「私は、結構です。メンバーではなく今日は見学に来ました。」
「どうぞ、遠慮なく。ここでお会いしたことが嬉しいんですよ。」
「ありがとうございます。・・・実は、私は元保育士で、保育士時代から動物とのふれあいに関心をもっていまして、こちらの愛犬家の皆さん方と知り合いました。」
「そうでしたか。では、これからも子どもセンターにいらしてください。今も現職ですか?」
「いえ、カラダを壊しまして・・・障がい児や被虐児の対応でバーンアウトしました。」
「それは大変で辛い思いをされましたね。尚のこと、このセンターに来てリハビリされたらどうですか?」
「そうおっしゃっていただけて、ほっとしました。またお伺いしたいです。」
「これも何かのご縁ですよ。あなたお名前は?」
「ゆきんこです。」
私よりも小柄なエプロン姿のセンター長のあたたかいことばが胸にしみこむようだった。

反省会では、愛犬家のメンバー同士で対策をどうするかの反省会で話題に上がった。
「やっぱり、教えてあげないといけませんよね?」
私に目を合わせて意見を求められた。
「私は、評論家でも何でもないですが・・・自分の経験ではイヌと小さい子どものかかわりや躾はよく似ていると思います。でも、皆さんは、子どもとイヌとどちらが躾け易いですか?」

「そりゃあ、イヌは冷静にかかわれるんだよね・・・?」
メンバーは苦笑いで、暗黙にイヌであることをほのめかした。

解散して、Hさんは私と特別に話す機会を残してくれた。
駅前に自転車を停めて、バス停のベンチで1時間あまり談話した。
「ゆきんこさん、どうして何者でもないといいながら、不登校や障がいのある人とのつながりをもっているの?」
「どうしてだろう?歩いていたら、勝手に出会って仲良くなっていたという感じ。」
「私もイヌを飼ったと同時に気がついたら自然にふれあい活動をしていて、その延長上に障がい児や困っている人たちとかかわるようになったの。でも、全然知らないから、ゆきんこさんにいろいろ教えて欲しいわ。」
「私も、障がいを持つお子さんとのかかわりから、イヌに関心をもって、こうしてHさんと会えたことを嬉しく思ってます。これからもHさんと一緒に活動したいから、仕事はN市に見つけてHさんのご近所に引っ越して、イヌを飼いたいよ!親離れも私の課題だしね。」

出会ってまだ1ヶ月あまりのHさんが親身にゆきんこの近況や、これまでのこと、将来のことまで
話を聴いてくれるのが何より嬉しかった。
Hさんだけではない、ショルダーバッグの中では、目をくりくりさせてぷうちゃんも傾聴してくれていた。

「GWどうするんですか?」
「私はキャンプ。ゆきんこさんは?」
「私はフジパンの工場でチマキの短期バイトです。キャンプ楽しんできてくださいね。」
二股の交差点で、Hさんと別れてツツジの咲く川沿いに自転車を走らせ帰路についた。


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2009/04/27 21:36 | ボランティア | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
コーヒーブレイク
2009年04月27日 (月) | 編集 |
ブログを始めて3年半過ぎ、その間、仕事上の肩書きも転々と定まってこなかった。
しかし、いざ、片付け物をはじめると、ぬいぐるみやおもちゃ、絵本、保育の専門書など子どもに囲まれて過ごしてきた保育士時代の品々で占められていて紙袋にまとめたものの、捨てるに忍びない。

先週もバタバタと外出が続いた。
22日は大阪キャリアセンターへカウンセリングへ出かけたり、旧友のSちゃんと食べ放題とコーヒーブレイクを楽しんだ。

23日の午後も、ある年配の男性とコーヒータイムを過ごし、お互いの悩みごとを分かち合った。
24日は、午前中、公共施設で法律講座「マネー・債務の知識をもちましょう」を受講した。
午後からブロ友のKさん宅を訪問し、プチ事業家談義に花を咲かせた。
Kさんとは、遡ること2006年12月の女性起業セミナーに参加したとき、名刺交換したご縁で
久しぶりに再会する機会を得た。

偶然、Kさん宅と別居婚のPさん宅が自転車で10分ほどということもあり、当時はシングルだった
ゆきんこの人生の転機や経緯は、ブログで随時、更新していたものの、
お互いの日常生活がめぐっている中で、2時間から3時間のコーヒーブレイクは、ひとそれぞれの人生をダイジェストで整理整頓するには、とても素敵なリフレッシュの時間なのかもしれない。

しかも、Sちゃんも、Hさんも、Kさんも、つきあいの時間と回数の差はあれど、
それぞれに、問題を出し合い、分かち合い、これからどうしていくのかの、ヒントを出し合って
また、お互いの日常に戻っていった。

それは、毎日出没しているヨガのレッスンでも全く同じように思える。
ヨガでも、人付き合いや心身に困難をもつ人たちが、それを少しでも楽に、ハッピーになりたいと
修練に励んでいる。
25日には午後から長時間に渡る「HSPメソッド」という特別プログラムを受講させてもらった。
インストラクターからは事前に、特別プログラムの内容は守秘義務を守るように断りを受けているため、感想だけをお伝えしたい。

もちろん、このプログラムをどのように体験し、どんな感想を持つのかはひとりひとり違っている。
私の場合、
とても大変な経験だった。
生きてきた年月の分、鬱積している中丹田に溜まったマイナスエネルギーがそうカンタンに浄化されないことがわかった。不気味な音楽が印象に残り、苦しさや辛さの方が大きかった。

なぜそう感じたのかを自己分析してみると、
私の場合、本当に自分の思うとおりの半生だったのだろうか?という根源的な問題に悶々としてしまう。
その証拠に、向き合った元看護師と不登校経験の若い女性にもらった真実のことばがあった。
「本当は弱いんだね。」
「素直だけど、苦労してきた。」

下腹丹田の力が弱い人は、たとえて言うなら、しっかり根を張っていない樹と同じ。
いつもアタマでっかちで、情報に振り回されて、大きな風が吹くとカンタンになぎ倒されてしまう。
あまりに今の自分をたとえるのに、ドンぴしゃりのインストラクターのお達しに大きな声で笑うしかなかった。

26日は午後からこころの電話相談記念講演会を受講した。
テーマは「ただひたすらに聴く」
講師は、幸 総合研究所所長の早川一光(はやかわ かずてる)氏 86歳
矍鑠としながら、ユーモラスに受講者たちに喝を入れる姿は、何度笑いの渦を起こしてくださった。
大学院を修了しても、何者にもなれない私なので、最近は、敢えてメモ魔であった過去を反省して、
特に印象に残ったことを再生するにとどめている。(わりには、かなりの分量だけど)

一瞬、一瞬、脳裏に焼き付けた思い出は、自分にとってはかけがえのないものだから・・・
無駄とわかっていてやめられないのかもしれない。

講演会で、印象に残ったのは、ある初老の女性の訴えだった。
女性の次男は41歳で、5年前にうつ病になってから、ひきこもりが延々と続いている。
そのため、同居の父親が次男に辛く当たり、父息子間、夫婦間バトルが絶えなかった。
とうとう、父親まで2年前にうつ病になり、母親である女性も高血圧と精神安定剤を服用しながら、
なんとか暮らしている。
次男が生計を立てる目処はなく、もともと音楽系のアーティストだったが、なかなか収入にはつながらない。
生活リズムも崩れていて、起きて調子のいい時には際限なくPCに向かっている。
唯一、息子と父の間に飼い犬が介在して関係を保っている。
息子はひきこもって外出しないため、かわいがっているイヌを父親が代わりに散歩させて世話をしてくれていることには、内心感謝しているようだ。

母と私は、他人事ではないな・・・と目配せした。

それに対して、早川先生は次のように返した。
まずは、父親から息子に歩み寄り、非難するのではない普通のコミュニケーションから改善すること。
母親一人で対処するのではなく、複数の相談者をもつこと。
息子にとってのキーマンとの出会いが大切である。
遠隔地に住む長男や、本人にかかわってくれる第3者が出現すること。

なるほどな・・・
家族はやっぱり親密すぎる分だけ、問題がこじれて本人を責めてしまう。
私にとっては、対岸の火事とは思えない訴えだった。



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2009/04/27 20:34 | 仲間 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
暗中模索
2009年04月21日 (火) | 編集 |
今日もゆきんこのふるさとは雨模様。

2月から失業して、ぎっくり腰に臥せり、再就職活動するにもすっかり気力・体力とも萎え果ててから
3ヶ月。

16日には、Tちゃんと京都祇園四条へ日帰りのお出かけを楽しんだ。
がま口をモチーフにした小間物やさんや、京都ならではのおしゃれなブランド品店をウィンドウショッピングするだけでも、楽しかった。
有名な錦通りに正午ごろにさしかかると、いろんなおいしい食べ物に、涎がこぼれそう。
Tちゃんと一緒に、パーム油で揚げたプチトマトとゴーヤチップス、マカダミアナッツチョコレートの3品を
1000円で買っておみやげにした。

通りを抜けて、町屋を改造したレストランに入って、ランチタイム。
ここでちょっとしたエピソードが起こった。
韓国の石焼ビビンパを注文すると、遅れて海外の観光客が隣り合わせのカウンターに並んで座った。
品書きは全て日本語のため、ガイジンさんたちは、わからない様子だった。
そして、隣り合わせたブロンドの少女は、写真の品々を見て困った表情をした。
「これはどんな味?」
彼女のことばが英語でないことはわかり、日本語ではそのような質問と受け取った。
私は、日本語よりは通じるだろうと、英語で答えて、表情で伝えてみた。
「こっちは日本料理で辛くないよ。反対側は韓国料理で全部辛い。」
次に少女は店員を呼んだ。
しかし、「madam」と挙手しても、その外国語に、ウェイトレスも気づかなかった。
メガネの少女は、隣席の私の袖を引っ張った。
「すみません。」
と代わりに呼んであげると、少女は「トマト」を注文した。

トマトのスライスに今度はパパが「vineger」と言ったが、店員はわからない。
かろうじてその単語がわかったゆきんこ。
「お酢をお願いします。」
とプチ通訳でお役に立った。
次に、おはしの持ち方を伝授したところ、少女は見よう見まねですぐに使いこなしていた。
私は何度も「good!」とほめると、少女はにっこりしてトマトを平らげ、おかわりした。

英語でない彼らの母国はフランスと推定した。
「フランスからきたの?」
少女は頷いた。
「私たちもフランスに行ったことあるよ。シャンゼリゼも」
少女は笑ってフランス語で話しかけたが、私の方が聞き取れなかった。

にしても、5年英会話に勤しんだ実績は、思いかけず母国語以上の楽しみを添えてくれた瞬間だった。

話題変わって、
「バカボンのパパと同い年なんです。」
元祖天才バカボンのエンディング曲の歌詞を記憶にとどめている同年代のアラフォーは希少だ。
この台詞は今シーズン使えないので、濫用している。

初夏へと移る汗ばむ陽気になるこの「41歳の春だから」
火曜日はゴミ出しの日で、その前日は特に念入りに物置代わりの2階の部屋に積み重なった段ボール箱を片付けている。
昨日は、3年前の生保レディ時代の資料をごっそり処分することに踏み切った。

本来、私は前職の職務柄、掃除は好きな方だ。
けれども、同居の家族との兼ね合いでどうしても、すっきりした住環境に恵まれてこなかった。

失業しようがしまいが、相変わらず愚痴っぽい私に、
Oちゃんがすすめてくれたある単行本をようやく入手した。
本のタイトルは、

『ガラクタ捨てれば自分が見える』
カレン・キングストン著のベストセラー風水整理術入門だ。


この時節、掃除するには、室内外とも温度は最適だ。
読み進めるにつれ、感化されて捨てられなかった諸々のモノを処分する気になった。
本によれば、部屋に不要なガラクタを溜め込むことで、マイナスのエネルギーが滞り運気が下がると
いうのだ。
心機一転、人生を変えたいのであれば執着していた事物を捨て去らないことには、
新しい事物の入る気もなく、その結果、自分らしく生きることを制限してしまうと書いてあった。

一方、失業とすれ違いに飛び込んだダンヨガの世界でもインストラクターのEさんは、同じことを諭してくれた。
今月は、何回受けてもOKのフリーヘルスコースで、週平均5~6回のエクササイズに参加している。
先週、スタジオには、多いときには15人定員のスペースが20人くらいで満杯になっていた。

今週明けのレッスンでは、午前中は9名だった。
毎回のように参加していると、インストラクター並みに全ての会員同士が顔なじみになり、レッスン後はロビーのソファに腰掛けて会話も交わすようになった。
レッスンの後に、会話したいかにも聡明な風情の女性は、遠方からわざわざこのスタジオに通っていた。もともと研究職に就きたかったそうだ。しかし、子ども時代から周囲と違う自分のハイペースや学業に秀でていたことに罪悪感を持ち、わざわざ願望をかなえようとしてこなかったのだと述懐した。

「それは、10人に同じ能力やチャンスがあって8人夢を実現したら、なぜか2名はそうでない人がいますよね。その2名のうちの一人ってこと?」
「どうしてそんなこというの?そういうゆきんこさんは、どうなんですか?」
「私は残り2名の方ですよ。」
「どうして?あなたの本当の願望って何?」
「ん~?何だろう?答えに窮するのはないってことかな?自分も苦しいけど、自分よりもっと苦しい人がいたら、かわいそうで放っておけない。困っている人たちが勝手に寄ってくる感じです。」
「ああ、わかるな。見るからにそんな感じ。」
「だから、自分が望むというより、相手に望まれた、頼まれてそれに応じてきたのです。助けを求められてもアップアップしてしまってどうしようもない自分でした。」

そして、雨が本降りになり、いつものメンバーが今日は特別レッスンを受けに他のスタジオまで出張しているため、ゆきんこだけが一回り若いE先生の手引きで特別マンツーマンのレッスンを受けることになった。

「いいんですか~?私一人で厚かましい。」
「いいですよ。よくありますから、遠慮しないで。」

脳波振動にカラダを任せて、いつものようにアタマをシェイクしたり、ドラムの効いたBGMに合わせて
下腹丹田を小刻みにドラミングする。
しかし、2回目のエクササイズでは床に仰向けになってからは、カラダのなかのエネルギーは枯渇したのか、全く動かなくなった。
初めて聞くBGMに心地よく聞き入っていたかと思いきや、
Eさんは、胸の中丹田というツボを容赦なく押したり、胸を連打した。
すると、初回と同じように胸全体がたまらなく痛くなった。
「あ~あ~あ~!!」
「どうして、こんなにがんばってきたのに、自分を許してあげないの?自分にあやまって!」
「・・・ごめんなさい・・・」
自分が可哀想になって、涙があふれた。
「私は私を許します・・・」
この呪文を繰り返し唱えて、どれくらい時間が流れたか・・・
たった一人でスタジオを使っての贅沢なたっぷり2時間特別のヒーリングタイムとなった。

「こんなに胸が痛いなんて、やっぱり、修行が足りないですね。それと、やっぱり夫にうけてもらいたいです。」
「人助けをしようにも、今のゆきんこさんは、周囲の心身を病む方々に自分のエネルギーを吸い取られて倒れてしまっています。毎回、よくなって徐々に変化しているではありませんか。まだまだだなんて思わず、昨日よりも今日、今日より明日がよくなっていればそれでいいのですよ。」
「そうですね。呪文を唱えたりすると、何だか神掛かりみたいで不安になりますが。」
「宗教には必ず戦争が付きまといます。キリスト教は2009年になりましたが、相変わらず戦争が絶えません。」
「それには、納得しています。祖父は僧侶でしたが、父を虐待し勘当しましたからね。身内がそうだったのですから、いかなる宗教も信じませんよ。だから、このヨガだけでなくいろんな事物に猜疑的ですけど。」
「もっと自分を許して愛してあげてください。」

ダンヨガの体験記集の冒頭にはEさんの投稿記事も載っている。
それによると、前職は美容師だったが、仕事で責任の重い任務に押しつぶされ、心療内科に通っていたところ、リラックスするために腹式呼吸を使ったヨガを勧められたのがきっかけだったとのこと。

傷ついて倒れた旅人の行き着いた癒しの場。
それが現代のダンヨガワールドらしい。

同じフロアの奥には心療内科もあるけど、ヨガスタジオには、雨でも笑顔があふれていた。

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2009/04/21 19:40 | 仲間 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
終日雨の事後報告
2009年04月14日 (火) | 編集 |
桜満開の新学期が始まった4月第2週が去って、
今日は10日ぶりに終日雨となった。

何回プータロウやってんの?のゆきんこ。
今日は、同居の母が終日外出のため、朝からひとりでPC三昧のオタクを楽しんでいる。
しかし、失業者らしくなく先週から一昨日の12日まで毎日朝から夕方まで出かけていた。

暇さえあれば、ヨガに行かないと折角体質改善されはじめた変化が味わえない。
奇しくも、TV番組では変体顔ヨガとか、今日のアフタヌーンショー女優で同世代の田中律子さんが
ヨガエクササイズを公開していた。
どうやら、ゆきんこだけのマイブームではないらしい?

ヨガをはじめて6週間、週4回のヨガ仲間との毎日の顔合わせもなじんできた。
てことは、回数にして25回くらいにはなっただろうか?
私の場合、ダンヨガの基本ポーズヘンゴン1番から4番のポーズが楽にとれるようになってきた。
3月の間は、仰向けに寝そべって楽に呼吸しているのがやっとだった。
独自の丹田呼吸法で、下腹部の丹田をBGMの囃子に合わせて叩くことで、下半身部から足の裏のユウセンというツボまでエネルギーのながれを良くするのだ。

「濁ったエネルギーを全部吐き出して、スタジオに置いて帰ってください。」
すると、不思議にそんな気になるものだ。
そのせいか、下腹丹田の力で下半身を支えることができるようになった。
カラダの自然治癒力の証拠に、下半身全体が小刻みに振動する。
この振動は、経絡から濁ったエネルギーが出ておこる現象だとインストラクターが囁く。

他にも背骨の感覚を感じながらの前回りが20回から30回
足の股関節のマッサージや親指の付け根を100回合わせて刺激することで、滞っていた痛みを感じる部位が軽くなり、全身の気の流れがよくなる。
すると、
「あ、肘から手指がビリビリしてきました。」
「おお~、よかったですね!」
「体中がほかほかしてきました。」
「ステキ!」

などと、毎回自然な笑顔で次第に爽快気分に近づきつつある自分を感じていた。

最新の変化といえば、エクササイズの最後の「丹舞(タンブ)」だ。
BGMには喜太郎の♪シルクロードが流れる。
胸の前で合掌
手と手の間を3センチほど開けて、意識を両手のひらの間に集中する
手と手の間に、もわもわした感じやふわっとした感じ、磁石のように反発する感じが出てくる。

私の場合、はじめの5週間はなんら変化を感じていなかったが、
11日には、ついに、「そうなのかな?」というモノを感じた。
「空を飛ぶ鳥のように自由に・・・」

インストラクターのことばに導かれるように
両手の平に「何か」を感じ、そのふわふわした感じに任せると、両手はどんどんと外側へと
広がっていった。

そして、車座になって12名の参加者がふりかえりのコメントをした。
「気のせいか、先生のことば通りに鳥のように両手が広がりました。
私の自立はまだまだですけど、もうすぐ飛べるような感じ・・・」
「大丈夫ですよ。思った通りになります。」
「なかなか全ての人を愛する境地になれません。先生はお若いのにすごいです。」
「私だって最初は自分だけでせいいっぱいだったのですよ。
ヨガに出会いインストラクターになったから変われたのです。
ゆきんこさんがヨガでカラダをしっかり作り直せば、周りの人たちを助ける力がつきますよ。」

インストラクターのEさんは、満面の微笑で私を抱きしめてエスカレーターの前で手を振るのだった。

しかし、ゆきんこのドッグ・コミュニティカフェ創業計画書は、周囲の人たちを困惑させる結末を迎えた。
総勢20名近くの方々に意見を求めたところ、多数決で反対されたのだ。
創業者セミナーの社長さんたちは、私の計画に興味津々で、
「面白いからやってごらん!」と加勢してくれた。
しかし、いくらアイデアに新規性があるといっても、
創業にしたって経営にしたってまるでずぶの素人の上に、資金繰りが何といっても全員一致の心配だった。

アイデアと、実行力、人間力はまた別物だ。
本当に反対を押し切れる力や、賛同されるには、やはりダンヨガでいうところの「丹田力」がまだまだ足りない。

ヨガのエクササイズも、ゆきんこの現状もはなはだ厳しい。
でも少しずつの変化でよくなっていくと信じたい。

ゆきんこの論文をそのまま実行していた同世代ママのHさんとの出会いは、
今週、ゆきんこがHさんをドッグカフェの共同企画者として連れ歩いてしまったことで
Hさんには多大なご迷惑をかけてしまうことになった。

そういえば、先週、カエルまんじゅうを下さった重要人物さんとの出会いも
ダンヨガのインストラクターが予言したキセキだったのだろうか?

わんわんコミュニティに飛び入りしたことがきっかけで、地域のフリースクールのメンバーとも出会うことができた。
Hさんとほぼ同時に召喚されたフリースクールを率いるB先生からボランティアの依頼があった。
12日の午後1時から市民会館大ホールでハーモニカ演歌コンサートが開催された。

ゆきんこの仕事は入り口での入場チケットのモギリだ。
午前10時30分に出かけると、わんわんコミュニティで出会ったチワワのモモちゃんの飼い主Tさんと再会した。
Tさんのお子さんはゆきんこの母校に通学しているということで、Hさん共々意気投合した。

また、ペアになった受け付けの少女とも少し話した。
「あの~、私もB先生に1週間前に出会ったばかりで何もわからずに頼まれてボランティアにきたのですが、あなたはどんな活動をしているのですか?」
「私は演劇部で活動しています。」
「私も高校時代しましたよ。でも、照明とか音響とか裏方ばかり」
少女の表情は、少しかたくなになったようだ。
もしかしたら、不登校を経験したかもしれない。
「でも、若いっていいですよ。こんな時代を背負っているから大変でしょう。
私もちょっと前までは若かったし、いつも悩んでて部屋の中にじっとしてネクラな方でした。
でも、年を重ねて今はこんな感じですけどね。
気持ちは、20代のままだけど、さすがにバカボンのパパと同い年になっちゃうとね。
あ、バカボンのパパって何歳か知ってます?」
「41歳でしょ。」
「あれ?知らないと思った。」
「だって、パチンコのCMでやってるじゃないですか。」
「そうそう。同世代でも元祖天才バカボンのエンディングの歌詞を忘れているの。」

飛び入りしたばかりで、よくわからない若人のフリースクールの未知の世界が新たに現れた。

午後2時には、20年来の小学校教諭兼旧友のHさんと散りかけた花見を見納めた。
半分葉桜になりかけた桜吹雪がそよ風にはらはらと舞い散った。
自然、子犬を連れた飼い主さんたちの多さにも目を見張った。
「はあ~、生きててよかった~!!」
「やっぱりイヌを飼いたくなっちゃうなあ~」
「飼いなさいよ。動物は癒されるよ。」
「Hさんもそう思う?小鳥さん飼ってたもんね。」

昨年、特別支援学級を1年担任したベテラン教諭のHさんの平日はスクールウォーズの戦いだ。
そこで、話の流れでプータロウのゆきんこにHさんから喝が飛んできた。
「あの仕事2ヶ月で終わったの!?」
「どうも、上司が私を気に入らなかったみたいでね。」
「もったいないなあ~、あんたのその履歴なんとかなんないの?」
「もう保育士はいいんだ。事務職を探してるけど、この不況だとなかなかね。」
「そういう問題児はなめるんだから、叱り飛ばさなくちゃ!2度と戻りたくなくなるまで切羽詰ったなんて相談してくれたらよかったのに・・・」
「いいの。母もやっと私の好きなように転職していいと言ってくれたんだ。私は子どもを叱る保育なんて絶対したくなかったけど、叱ってばかりの担任や上司ばかりでほとほとイヤになったんだよ。」
内心は、H先生タイプのゲキ飛ばし教育が主流になっている現状の問題に異議を唱えたかった。
けれども、同僚である前に友人であるHさんのクラス運営を非難することなどできない。

世の中なんだかおかしいよね。
ニュース見てても、まるで自分のことみたい。
昨日の夜のニュースではいつも買い物しているデパートの不祥事を報じていたし、
卑近なところでは、誰もが困った親族がいて、仕事もなくて、途方に暮れている。
婚活・離活とか、アラフォーとか、流行することばに振り回されている。
それって、ズバリ私のことなのだ~!!
とギャグで乗り切る41歳の春なのだ。


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2009/04/14 18:41 | 仲間 | Comment (3) Trackback (0) | Top▲
カエルまんじゅう
2009年04月08日 (水) | 編集 |
4月に入って桜も満開のぽかぽか陽気。
ダンヨガの安くない月謝を前払いして、
「今月は毎日詰めてきます。」
とインストラクターに宣言したのだが、ヨガ以外のイベントがどんどん浮上してきた。

4日は終日雨だったので、自宅でPCに向かって過ごし、創業計画書を綴った。
5日は午前10時過ぎから午後4時過ぎまで2回目のわんわんコミュニティに参加した。
初参加犬のチワワのモモちゃんは血統書ツキのデリケートなワンコだ。
飼い主さんによると、どうもオタクでヒッキーなワンコであまり外出したことがなく、家の中でうずくまってのんびり過ごすことが多い。

それを最初に聞いてたらよかったのに、抱きかかえてモモちゃんにガブリと挨拶をくらってしまった。
「ごめんなさい~!今日はかなり興奮しています。」
「いいですよ。去年まで同じようなヒトたちとかかわらせてもらってきましたから。」
飼い主さんからモモちゃんのイヌキャラや暮らしぶりなどを聞けば聞くほど、無発語の発達年齢1歳~2歳児やら、困ったちゃんたちと格闘した日々が自然、蘇った。

「これからの活動をここで継続していけるか、経費はどうするのか、」
そこで、思い切って厚かましくドッグコミュニティカフェの創業計画書を提出してみた。
集まった7名ほどのメンバーがじっくりと真剣に私の話に傾聴してくれたことが嬉しかった。
アイデアは上々として、もちろん絵に描いた餅のようなこの計画に誰もが異議はないように見受けられた。

しかし、一堂懸念したのは、資金繰りだった。
「融資額をゆきんこさん一人で背負うのはリスクが大きすぎるでしょう。」
「メンバーもまだ少ないし、コミュニティは、はじまったばかりだからいきなり大きな事業にしてしまうのではなく、まずは今年度の助成金を申請してその範囲で運営していこう。」

6日は終日、心の電話相談のボランティアに勤しんだ。
常連の相談相手が次々とかけてきただけで1人1時間応対していると、受話器を外す間もなく定刻となった。
最後の電話の相手が、
「今日はいいお天気で花見に行きました。」

そのことばに触発され、Pさんに電話をかけた。
その後、抹茶ワッフルを買って、自転車に乗ること1時間でPさん宅に到着した。
平安時代からの由緒ある桜の名所のご近所に住んでいるPさんと並んで3度目の花見デートができた。

翌日もPさんと連日会うことになった。
待ち合わせ場所は道頓堀ホテルのロビー。
そこで、Pさんとゆきんこの共通の重要人物の方と対面することとなった。
「夢のようですね!」
私たちは、出会った瞬間、お互いの友情の印におみやげを交換した。
「私のふるさとの名品なんです。」
「ありがとうございます。では、私も今日の出会いの記念にもらってください。」
私は、ハミングバードのドアチャイムをプレゼントした。

そして、私へのプレゼントは、

「カエルまんじゅう」青柳総本家

名称:菓子
原材料名:小豆餡(砂糖・小豆・水あめ)、小麦粉、砂糖、バター、脱脂粉乳、ソルビトール、香料、
       カラメル色素、膨張剤、
内容量:6個入り
保存方法:直射日光を避け常温で保存
製造者:(株)青柳総本家1F

http://www.aoyagiuirou.co.jp

Pさんと出会い、結婚した延長に、夢は現実へとつながると予感した♪3人揃って春ラララの
道頓堀だった。

お昼は、3人並んで「おいしいラーメンA」を食べた。
「お茶しましょうか?」
「あ、道頓堀にもドッグカフェがある。」
「ドッグカフェは、イヌ友だちと行きますから。」
「あら、洋服の青山じゃなくて、コーヒーの青山?」
「大阪しかないのかな?入りましょうか?」

その後は窓際の席に座って、コーヒーの青山で5時まで諸々の話を楽しんだ。
私にとっては、忘れられない大切な1日になった。

ゆきんこが、ドッグカフェを構想したのは、他でもないPさんと出会って以来、
カフェを利用することが増えたからというのも大きな理由のひとつだった。
道頓堀を抜けて心斎橋筋、本町、淀屋橋と小1時間の道すがら、多くの店舗の繁盛振りを物色しながら帰路についた。
なかでも、カフェの数の多さと値段、集客競争の様子を観察してみた。


今朝10時も梅田に出かけ、新阪急ビルの8階を訪れた。
ベテランのキャリアカウンセラーの女性が、さりげないリードで、私のキャリアを分析し、
人となりや、これからの相応しい進路を一緒に模索してくれた。
「この、療育指導員時代の『全人格的信頼関係』ってどういうことかしら?」
「障がいをもつ方々とその家族とかかわることは、まるで擬似家族的で、半永久的な全身全霊のおつきあいをしてきたということです。」

「ああ、そういうことならもう少し詳しく記述した方がよりアピールできますよ。
あなたのキャリアシートと、創業計画書、じっくり見せてもらうわね。」

「適性・適職発見テスト」と「カフェをはじめる人の本」を借り出し、2週間後に再面談の予約を入れた。

帰宅して、午後2時にはフジパンの工場に馳せ参じた。
短期のアルバイトだと、必要項目記入して、手続き完了。
受付で鉢合わせした現役女子高生と大学院卒のゆきんこ。
アルバイト条件は、同じ時給800円。1日8時間、GW5日間。
仕事内容は、ちまきの竹皮を巻く作業だ。

さて、そろそろヨガに行こうかな?



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2009/04/08 19:07 | 日常の発見 | Comment (1) Trackback (0) | Top▲
犬々房 ドッグマインド
2009年04月01日 (水) | 編集 |
失業3ヶ月目に突入したエイプリルフールは例年よりも肌寒い。

3月18日にOちゃん夫婦とペット好きな共通の友人たちに話し、そして、創業者セミナーでもプレゼンした夢。
「ドッグ・コミュニティ・カフェ」を作りたい。
3月にダンヨガに通い出したのとほぼ同時に、夢のチラシセットをファイルに挟んで持ち歩くようになった。

その夢を小耳に挟んでいたのか、
Tちゃんが春休みに、2人の子どもたちを連れて行きたいとドッグ・カフェに行こうと誘ってくれた。
行き先は、京橋IMPビルの1階「犬々房 ドッグマインド」

3年前に、保険募集人をしながら得意先で入手していたリーフレットの写真と実物とは、かなりイメージが違っていた。

ショウウィンドウ越しにカフェの全貌はよくみえるようになっていた。
入場料は、500円。
私は創業のイメージとダブらせるように店内をじっくり観察した。
こういうところは、まだまだABA(行動分析学)癖が抜けきっていない。
床は、よくあるオフィスと同じ材質でイヌと客がふれあうベンチとテーブル、ロッカー間仕切りなどは
全て木でできていて、淵や角は磨耗して剥げていた。
かじっても、引っ掻いてもかまわない材質にしてあるようだ。
ドリンクの持ち込みは、自販機で選び、倒れたりこぼれたりしにくい専用の木枠のトレーと、
洋服が毛や唾液で汚れないように、エプロンも備えられていた。
フロアの両端には、前後に開閉する木の扉がある。
20代の若い女性スタッフが一匹、一匹のイヌの名を呼んだり、呼ばなくても10匹前後の子犬たちが後追いした。
犬種は、プードル・シーズー・チワワ・マルチーズ・ブルテリア・柴犬など。
スタッフはおそろいのロゴ入りトレーナーと、小道具の入る多機能前掛けにジーンスという服装だ。
木の扉の前でイヌたちが、「ワンワン」とほえた。
新しい客が出入りするたびに扉の前に集まり、女性スタッフが「出たらダメよ!」と合図した。
動物全般苦手なTちゃんと息子のKくんも、動物大好きな愛娘Yちゃんに譲歩して、そろそろと入場した。
「こわい~」
「イヌはこわいと思う人にこわがってほえるんだよ。」

それでも、ここのイヌたちは「プロ」なのだとわかった。
よほどのことがないと、ほえないし、誰の膝の上にでも座ってひとなつこい。
私の膝には、早速、ミニチュアダックスが座ったかと思うと、すぐにグーグーと寝入ってしまった。
この子は、他のイヌたちと比べても相当、ふてぶてしいのか、ほえ声にも動じずに、ぐっすり眠っていた。

「随分、ふつうのワンちゃんたちと違いますね。どうやってこんな風に馴れるんですか?」
「生まれたてのころから、たくさんの人たちに抱かれたりなでてもらうことを快感だとしつけていきます。」
「でも、イヌきらいの人や苦手な人にはほえるでしょう?」
「そうですね。イヌ同士でもお尻のにおいを嗅ぎあって社会的地位がすぐにわかるんですよ。匂いでわかりますから、あまり寄っていきません。ほえるようなら、退場させたり、散歩させたりします。」
「こんなオフィス街でも、散歩につれていってあげるんですね。スタッフの皆さんたち、もちろんワンちゃんを飼ってるんですよね?」
「はい、全員。」

弟のKくんがフロアの隅で殆どイヌを触ろうとせず、デジカメのカメラマンに徹し、
姉のYちゃんが被写体になって、全てのワンちゃんたちを抱いたり、撫でたりしてはピースポーズを撮った。

「つまんない。。。。」
「12時だね。そろそろ行く?」
「まだ!」
「じゃあ、何時?」
「12時10分」
「1時。」
「そんなに待てないよ~」

結局、1時前頃までYちゃんを待った。
帰りは出口で念入りに、手指を洗って消毒し、エチケットブラシなどで服の汚れを落とした。
他店と違うのは衛生管理をしっかりしておくこと。
自販機の反対側にはペット用品一式が店頭販売されていた。
「ノミ取りや、洋服まであるよ。」
「イヌを飼うのもお金がかかって大変だね。」
開業5年目でも顧客はキープできているらしい。
平日でも、イヌに癒しを求めて帰りがけにやってくるビジネスマンなどの固定客もあり、
回数券クーポンチケットも販売していた。
向かいのマクドナルドで昼食タイムを取った。

競合店の事業運営を目の当たりに、夢が一歩前進した。
昨晩は、夢の構想で目まぐるしく頭が回転し、浅い眠りだった。

午後には大阪城まで歩き、城壁の前で出くわしたニホンザルのヤマト君の大道芸にあっぱれ!
わずか4歳にして2メートル半の長竹馬に乗りこなし、長距離の階段飛び越しもクリアした。
「イヌだって、サルだって、お金をもらわなくても、こんなにあらん限りを尽くしてがんばっているのに・・・」
若い女性調教師と高度な技を決めたヤマト君にくらべたら、
自分は地べたを這いずっていて、何をどんなふうにかんばったらいいのか、情けなかった。

ああ、失業者は今後もますます増えていくらしい・・・
でも、私にはまだ、ヤマト君に笑顔で拍手を贈り、小銭を籠に投じる余裕があった。


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2009/04/01 17:54 | | Comment (2) Trackback (0) | Top▲