日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

---------------------------------------------------------------

--/--/-- --:-- | スポンサー広告 | | Top▲
ジンベエザメとコバンザメ
2009年05月30日 (土) | 編集 |
新型インフルエンザがひと段落したと思ったら、5月も残すところあと1日になってしまった。

訓練校も3週間目に入って、30名クラスの雰囲気はちょっとした年増の女子校ムードになってきた。
といっても、そのうち1名は特別な年下の男性なのだけど。
彼はゆきんこと同じ最前列に座っているのに、全く違和感なくクラスに溶け込んでいた。

こういうにわか失業者の集団クラスといえども、2年前の非常勤講師を仰せ付かったときのことを思い出し、いじめや仲間はずれはないだろうか?と余計な心配をしそうになる。
幸い、このクラスは和気藹々と気さくな女性ばかりで、親しいグループがいくつかできあがっていた。
講義内容も次第に進むと、真剣に、時に笑いあり、どよめきありで面白いクラスになってきた。
現役の学生時代と大きく異なるのは、失業者であること、自分が生きていくためには、仕事とそれに必要な職能スキルを習得する必要に迫られていること、
そのモチベーションをキリキリとまたは、ほんわかと何気なく感じるのだった。

梅雨の到来を前に、5月の新緑を楽しみたいのと、1日6時間みっちりの座学の息抜きになるべく
休憩時間はカラダを動かし、戸外で気分転換するようになった。
訓練校のある雑居ビルは廊下も狭くてトイレも同じフロアに2箇所しかないので、
10分の休憩時間は、トイレの列ができてしまう。
エレベーターも狭いし、昇降の時間がかかる。

そこで、非常階段を使って、別の階にあがってトイレへ行ったり、
頭脳プレーで疲労し、充満している濁ったエネルギーを吐き出すために、背伸びしたり、深呼吸して
ワンブロック小走りしたりと、休み時間の度に席を外してはいかにしてリフレッシュするかを工夫していた。

隣席の2児の母のFさんとは大違い。
家事・育児と看病の多忙な生活の合間を惜しむように、休み時間も復習や練習問題を怠らず、
必死に再就職への闘魂を漲らせていた。


しかし、自然、類は友を呼ぶのかな???
週の中日の水曜日。
公園でランチしようと外へ出た。
同じクラスのおしゃれな帽子とサンダルの女性が横断歩道の前を歩いていた。

彼女の行き先は同じ公園だった。
「あれ?もしかして、同じこと考えてる?」
「一緒に食べていいかな?」

アラサーのTさんと、アラフォーのゆきんこ
ここでピクニック仲間になった。
雑談を進めるうち、次第にお互いの素性に共通項が多いことで話が弾んでいった。
ゆきんこが元々は自閉症児の保育士だったことや、心理学を修めたこと、大学院で学んだことなど
諸々を話すうち、Tさんは私の話に積極的に傾聴してくれて打ち解けていった。
Tさんも心理学に関心があり、臨床心理士になりたいと思っていたそうだ。
Tさんの家の隣に保育所があり、日常茶飯事クールに保育士という職業を眺めていたようだ。
それで、私も傾聴上手なTさんに饒舌になった。

「結局、いい保育士さんの方がもたなくなってやめていくんですよね。」
「やっぱりそう思う!?」
「幼稚園よりも保育所の方がよほど大変だと見ているだけでわかりますよ。」

それだけでなくTさんは、なかでも特別な唯一の男性、Yさんとも親しくしているのか、
杖をついてゆっくり歩くYさんと話したり、歩いているところに出くわした。
冗談めかして
「もしかして、デキてるの!?」
「そんなんじゃありませんよ。これです。」
男性のYさんが定期券を見せた。
身障者の同伴介助をする人は、割引優遇されている特別な定期券だった。
「これで、私は便乗させてもらってるんです。」
お茶目にTさんは笑った。
「ああ、ジンベエザメとコバンザメみたいだね。」

その翌日、訓練校のカウンターに置いてあったルーブル美術館のチラシを1枚もらって
教室に戻った。
すれ違いにTさんがチラシに目をやり、呟いた。
「あ、私、絵を見るのが好きなんです。」
「じゃ、一緒に見に行こうか?」
「いいんですか?」
「あとでね。」

そして、今日土曜日。
南森町の改札口でもらったヴェローチェコーヒーの割引チケットが使えるのは今日まで。
水曜日、斜め向かいのDさんを誘ったけど、あいにくDさんはコーヒーが飲めないと丁重に断りを受けていた。
ランチタイムに同じ方向に横断歩道を横切るアラサーのTさんが前方に歩いていた。
「Tさん、今日も公園で食べる?」
「はい。でも、この近くにパンやさんありますか?寄って買いに行きます。」
「コーヒー好き?私、ヴェローチェの割引チケット持ってるんだ。そこで確か、パンやサンドイッチも
売ってたと思うよ。」
「ヴェローチェって訓練校のN先生が行きつけているという・・・?」
「そう。せっかく割引券2枚あるから誰かと行きたいと思ってたんだ!でも、テイクアウトできるかな?」
「多分、できますよ。」

予想通り、ギリギリの偶然にTさんを誘い込んでベローチェの割引チケットでテイクアウトの抹茶ラテを
200円でゲットできた!
これだけで、十分幸せなランチタイムだった。
更にいえば、アラサーのTさんは女優になれそうな風貌で妖艶な素敵な雰囲気を醸していた。
そんな彼女と今週、意気投合してランチ友だちになれたのはラッキーだった。

それにしても、訓練は本格的にむずむずかしくなってきた。
そのうえ、先週のインフルエンザで抜けた1週間の穴埋め講義が今週びっしり詰まってタイトスケジュールに追い込まれての週末を迎えた。

やっとサタデー。。。
ヤマサン先生から週末の宿題を言い渡されため息交じりで、訓練生たちが立ち去った後も、掃除当番で居残りのゆきんこ。

そこへ、YさんとTさんが声をかけてきた。
「掃除当番ですか?随分、念入りにしてますね。」
「うん。前にチョークの粉が飛んでくるのイヤでしょ?前から粉っぽいのが気になったから、
当番廻ってきたらきれいにしようと思ってたんだ。」
「えらいですね~・・・」
「自分がそうしたいから。お二人一緒に帰るの?」
「はい。え~と海遊館の、、、」
「ん?・・・ああ、ジンベエザメ?」
「そうそう。ジンベエザメとコバンザメ(笑)」
「ゆきんこさん、どこから帰るんですか?」
「南森町」
「じゃあ、一緒に・・・帰りましょう。私たちちょっと玄関で休憩してます。」
「いいよ。待たせたら悪いから先に帰って。お疲れ様。」

それから約10分後。
すっきりと黒板掃除が終わった頃、誰もいないクラスを消灯して外へ出た。
するとロビーにジンベエザメとコバンザメの二人がまだ残っていた。
「待っててくれたの?」
「わざわざ待ってたわけでもなく・・・」
「そうなんだ。Yさんカバン持ちましょう。」
「大丈夫です。」
「ゆきんこさん、優しいですね。私そんなこと気づかなかった。」
「やさしいっていうか、前職ですから。」

なんとなくスローマイペースな仲間が寄っていくのはいい感じだった。

南森町へ向かう途中、話題は「障害者自立支援法」や政治・選挙のことにまで話が及んだ。
Yさんは、リハビリのサービスが打ち切られた上に生計すら危うくなってしまったと述懐してくれた。
「結局、誰も一人では生きて行けないのだから、自分たちが幸せになるために政治をしてくれる人を選ばなくちゃならないのか考えないとね。」
「でも、誰に入れたらいいのかわかんないですよね~・・・あ、N先生だ。」

なかなかいけてないわが国で厳しい反面、優しさが重宝になっている気もする。
同じ共通項を分かち合い、ちょっとした親切や思いやりで新たな出会いが生まれるのは嬉しいことだ。





スポンサーサイト
---------------------------------------------------------------

2009/05/30 21:22 | 仲間 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
予知夢?
2009年05月24日 (日) | 編集 |
インフルエンザ騒動で、外出を控えて自粛していたものの、ヨガのエクササイズや資格試験のための自主学習と、断続的なガラクタ整理で、なぜか気分は平穏な1週間だった。

昨晩、就寝前にセルフ・セラピーカードをひいてみた。
48枚のうちの一枚はピンクのギフト(恩恵)のカード38「恵まれた才能 GIFTEDNESS」だった。

 このカードを受け取った人は、今自分にギフト(才能)が与えられていて、それがあればどんな問題も簡単に解消できることに気づきましょう。
あなたには豊かな天分があることを自覚しましょう。
その才能をしっかりと自分自身で受けとめ、そして世界を受けとめましょう。
 あなたの豊かな才能が世界を祝福します。
なぜなら、受け取れば受け取るほど、人にも与えられるからです。
才能を分かち合うのは喜びです。
それは人とつながって、あなたが出会うすべての人にとってより良い世界を作っていくことなのですから。


その後、久しぶり寝室を変え、カレンの歌声をBGMに眠りに就いた。
日本のファン層がかなり厚くて根強い人気を博してきたカーペンターズが、実はゆきんこもお気に入り。
さすがにアラフォーなので、自分の20代以前のPOPSしか受け付けないみたい。
最近のお気に入りは「♪青春の輝き」で、カレンも自身の心情を如実に伝えるお気に入りの歌だったらしいので、是非とも歌えるようになりたいと思っている。
偉大な芸能人には悲劇のヒロインが少なくないようだが、
カレンの私生活は殆どなく、本当は普通の女性として普通に恋愛、結婚し、普通の家庭を築くことを
望んでいたかもしれない。
その切ないカレンの歌声が、CDを通して枕元に響き、なんだか独り胸キュンになった。

なぜだか浅い眠りのなか、久しぶりに明け方に夢を見た。

訓練校の仲間同士で職場実習先への面接の順番を待っていた。
引率者の男性がにこやかに誘導に来た。
男性は、ハローワークでしばしばお世話になったことのあるIさんだった。
Iさんが、私に耳打ちして励ましてくださった。
「あなたがこれまでよくがんばってきたのを知っていますよ。
いつも通り落ち着いてやれば大丈夫です。」

夢のなかのIさんは実年齢よりもずっと若くて、おどけて楽しい雰囲気を演出して
訓練校のメンバー5~6名1組を校庭に連れ出した。
訓練実習先の面接会場への移動手段はなんと気球だった。
大きな丸い気球の下に回転ブランコのように一人ずつの席が均等に6人分ぶら下がっていた。
面接先へ向かうというのに、心地よくスリリングな遊園地気分。
風に吹かれてわくわくしている。


先週の分も今週挽回してがんばろう!

---------------------------------------------------------------

2009/05/24 20:36 | | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
しあわせストラップ
2009年05月23日 (土) | 編集 |
毎日新型インフルエンザの報道ばかりで、感染していないどうってことない人間にとっては
多少退屈気味な1週間が過ぎた。
案の定、通い始めた訓練校も昨日まで休校になり、来週25日から再開すると担当教員が電話で告げてきた。

そのお陰で、SちゃんやFさんを誘ってランチパーティーを企画していたのに、またもや言いだしっぺの
私が、キャンセルしなくてはならなくなった。
狭い自室内でくさくさしていても仕方がないので、ガラクタの続編で、ダンボール箱の整理整頓と、
復習に時間を充てた。

昨日は、雨天だったが午前中に駅前のヨガスタジオに顔を出した。
入会して半年足らずのOさんがE先生に代わって6名の参加者をインストラクトして張り切っていた。

暇つぶしにABBAのBGMで自主トレも少ししてみたが、どうもスタジオで仲間と取り組むのとは効果が違う。

それと、今まで一般会員だった主婦のOさんがインストラクトしてくれるのも、なんだかいつもと違って少し違和感があった。

「それではふりかえりしましょうか。ゆきんこさん、久しぶりですね。じゃあ、どうぞ。」
「はい。1週間ぶりにきたら、Oさんが先生になっていてびっくりしました。
先週は、自分でもとてもいい感じでした。
そのときも言いましたが、カラダのなかもこの空気も普段は感じることがなくて、でも、実は目には見えないエネルギーや何かがあるんだなと自覚するようになりました。
このカラダも目にはみえないけど、実はツボが365個あって、穴だらけなのに詰っているところがたくさんあるんだなと。
ヨガと同時進行で、今、私は部屋の掃除や整理整頓もよくやっています。
ちょうど、室内に溜まった不要なガラクタや埃を払うことで運気があがるという本を読んでいます。
その本にも掃除をしない部屋は悪いエネルギーが浮沈して滞っていると書いてあり、
体内のエネルギーも室内と同じで適度に悪い者を外に吐き出し、キレイにすることが大切だと思っています。」

私のコメントに、両隣の女性たちがとても納得したようだった。
「私は掃除が苦手でなかなかモノが捨てられないので、ハッとしました。
帰宅したら見習って掃除します。」

話題は代わって・・・
2006年の3月から2007年3月の1年間、外交保険募集人をしていた。
そのとき、鍛錬されたお陰で社会的地位にお構いなく不特定多数の方々とコミュニケーションをとることには殆ど抵抗がなくなった。

そのとき、直属上司のKさんに同行してもらい仕事でどうしても必要な携帯電話を契約することになった。

携帯電話はリニューアルすることなく、自分の使い勝手のよさで今も使い続けている。
ストラップはその都度1年おきに付け替えて、最近は、「私のしごと館」で組紐の職業体験したときの
和風の桃色の菊結びのストラップを年明けから付けていた。
使っているうち、結び目が何度も緩んで、とうとう4月にはほどけてしまい、ただの細長い紐がダラリと携帯から垂れていた。

そこで、「なんかつまんないなぁ~・・・」と思えるときほど、ささやかな変化を作るのがゆきんこ流。
ガラクタを整理していたら、その時は大切にとっておいたモノが時を経てそうでなくなることはしばしばあるものだ。

保険募集人をしていたころ、販促品の中でもお客さんにはプレゼントしなかったものがあった。
期間限定で最も気に入ったその希少品を久しぶりに見つけた。

「しあわせストラップ」

本物の四つ葉のクローバーを埋め込んだアクリル製の透明ティアドロップのストラップに付け替えてみた。
そのストラップの包装の裏面には、四つ葉のクローバー「幸運」の由来が書いてある。

四つ葉のクローバーが「幸運のシンボル」として信じられるようになったのは、その葉の形が「十字架」に似ているからと言われています。
四枚の葉にはそれぞれ、誠実・希望・愛・幸運の意味が込められていて、四枚揃って「真実・本物」を示します。
花言葉は「Be Mine(私のものになって)」です。


身も心も、部屋もスッキリ掃除したら、窓からさわやかな皐月のそよ風が入ってきたみたい。
そして、四つ葉のクローバーのストラップをつけて出かけたら、「幸運」に出会うかな!?


---------------------------------------------------------------

2009/05/23 19:49 | 日常の発見 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
宇宙のエネルギー
2009年05月20日 (水) | 編集 |
失業3ヶ月目にもかかわらず、毎日、毎時、いろんなことがありすぎて。
もう少しマメに更新したい皐月の初夏。

午前6時過ぎに起床して、お弁当作り。自宅から南森町まで電車で往復2時間と、職業能力開発訓練校での1日6時限の訓練が始まって、1週間経過した。

配布されたテキストは全部で5冊もあり、一番太い物は、電話帳かはたまた百科事典並みの分厚さと
中身も小さい文字で埋め尽くされている。
それだけでも、溜息吐息。はぁぁぁぁぁ~・・・

理解不能な専門用語の読み書きやら、算定方法の事細かなルールを覚えるだけでも脳ミソの限界との格闘が3ヶ月間続くのだけど、、、
正直のところ、大学院での少人数アットホームな議論交じりなムードでないだけに、
丸暗記式の集中力を要する事務能力を問われると、自然、午後2時ごろには睡魔に襲われてくる。

1週間のうちに、自由席が固定席になり、私は黒板どまん前に陣取ることに成功した。
初日に座った前から5番目くらいの席では、黒板の文字が霞んで見えにくかったので、2日目以降は
始業時刻の9時30分よりも30分前に到着して、最前列をキープし、その間の30分は前日のおさらいをすることを習慣づけた。

隣の固定の席で親しくなったのは、35歳で2児の母の女性Fさん。
下の息子さんが小2、上の娘さんが小5に進級したのを機に、それまで専業主婦を10年くらいしていて比較的のんびりしていたが、そろそろ再就職して母でも妻でもない自分の時間と自由になるお金が欲しいと思ったそうだ。

一念発起したとはいえ、新卒時から結婚退職したときまでのキャリアが少なく10年のブランクがあることが、少々気がかりの様子だった。
その上、お母さんが訓練校に通うことになって、息子さんは帰宅したときにひとりぼっちでいることを
寂しく思って、しばしば携帯電話にかけてきたようだった。

「主婦と母は一生かけての立派なお仕事ですよ。息抜きは寝ている間くらいのものでしょう?
それなのに、お金にならないんだもの。
面接ではブランクの理由を聞かれても子育てに専念していたことは、正当な理由ですから気にしなくて大丈夫。私の友人たちも子育てひと段落つけて、ちゃんと両立してがんばって再就職してますから。」
「そうですね。がんばります。」
「でも、しばらくはお母さんがいないのを寂しく思うかもね。」
「そうですね。息子は甘えたで・・・。お姉ちゃんがいるから心配ないと思いますけど。」

Fさんとは、お菓子を分け合ったり、聞き逃した箇所を確認したり質問しあったりといい仲間関係ができた。
また、自分に似ているせいか、娘さんにとってかなり厳しく当たることが多いそうだが、難解な授業に
6時間集中することがどれだけ辛いのか、娘さんの身になって経験しなおすことがFさんにとっては、
新しい変化に満ちているようだ。

Fさんと私だけでなく、殆どの受講生は気さくでフレンドリーな感じの方たちが殆どだった。
授業中は私語も一切なく、時折、質問も飛び交う。休み時間には、楽しげな雑談もあり、廊下でもちょっとした笑顔つき会話も飛び出す。
みんないい人たちなのに、パートやバイト、派遣などで正職員になるチャンスを奪われてきた。
だから、ここでがんばってキャリアを積んで再就職につなげないという意気込みも強い。
それは、10年前の訓練校のメンバーとの意欲の違いは大きいと感じている。
専任講師の男性2名も柔和で熱心な感じの方々で、3ヶ月間はいじめもなく安心して過ごせそう。


その分、ヨガに通う時間と回数は制約されて、今月から月8回のコースに変更した。
まだまだスッキリ爽快は、感じられないのだけど、不思議とヨガに通うことが日常生活の一部のような気がして、行く回数が減ってしまうと物足りない感じがしている。
インストラクターのEさんによれば、バタンキューだったゆきんこの日々の心身の変化は目を見張るようだ。
どうやら、生命力の源となる下腹丹田のエネルギーが蓄積されてその効果が徐々に出てきたらしい。
今でも、ジャンセンウォーキングから、股関節回し、超運動エクササイズの準備運動の段階で、胸からアタマにかけて、マイナスエネルギーが充満してむっと苦しい感じは続いているが、
ペアになって背中を思い切り叩いてもらったり、足裏マッサージ、ヘンゴン1~5番のポーズが回を重ねるごとに、苦しいとか痛いとかいう感じから、痛気持ちいい、もうすぐすっきりしそうな感じに変わっていた。

金曜日のふりかえりでは、円陣になって最後に皆さんの前でこんなコメントをした。
「このヨガスタジオに来る前からなんとなく思っていたのですが、とにかく懐かしい気持ち、帰りたい気持ちになって涙が出るのです。よく通うようになってますます宇宙のことを考えるようになりました。わたしはどこからきたのか?あの宇宙の彼方から来たのだと。
たまたま、この地球のこの時代に生まれる必要があって、父と母の間にこの『私』という肉体をもって生まれ、Pさんと巡り合って結婚したのかな・・・と。
このスタジオを出たら、また日々の諸々の憂さに紛れていろんな柵にがんじがらめになってしまって、
苦しくなるのですが、E先生が『ここでマイナスのエネルギーを全部置いて帰ってください。』とおっしゃってくださり、その通りにさせてもらえることが嬉しいです。もう今までのように苦しまなくていいんだ・・・と。ありがとうございます。」

「ゆきんこさん、素晴らしいですね。3ヶ月でこんなに成長されるなんて・・・」
隣でペアになった笑顔の素敵なNさんも清清しく言ってくれた。
「私も同じこと思っていたわ!」
「テレパシーですかね?ココロはつながっているんですね!」

ヨガが終わって、外へ出て就寝するまでの間、何も感じず、考えず放心しているのに、カラダのなかではひとつひとつの細胞が生き生きとうごめいて未来に向けていい展望がありそうな気分になる。
なにか、カラダのなかに、5月のそよ風がふきわたっている感じだ。

何より、くだらないことでプチっと切れたり、喚いたりしなくなり、母やPさんと穏やかに過ごせるようになった。


同時進行でOちゃんオススメの続編
『ガラクタ捨てれば未来がひらける』 風水浄化術入門
カレン・キングストン
を読んでいる。
そういえば、私たちは空気があって、宇宙のなかに地球が浮かんでいてそこに乗っかって生かされていることを物理学者ほど自覚していない。

そしてヒトのカラダには365個のツボがあって、カラダのなかにも、住む家の中にも確かに目には見えない気(宇宙のエネルギー)が循環していることを自覚することはまずない。
ヨガでも、訓練校で習い始めた基礎医学でも、そして、カレンのガラクタの本にも目には見えない
マイナスエネルギーがカラダの中や室内の中に滞ることで、体調に支障を来たし、運気を下げるということが諭されている。

自分と他者隔てることが、焦りや不安、怯え、怒り、紛争など起こすマイナスエネルギーを引き出しあう。
それを浄化させ、心身を開放し、宇宙と一体になる、無我の境地になることで
悟りを拓く科学的プログラムがダンヨガなのらしい。

しかし、3ヶ月くらいでは、そう単純に劇的に変化したとは言い難いし、一番劇的に人格変容したのを目の当たりにしたのは夫のPさん以外には思い当たらない。
Eさんの言うとおり、もしも、私が劇的ビフォーアフターを遂げたなら、今、描いている夢が実現したら
そのとき心からダンヨガを信じよう。

5月17日はそのダンヨガの創始者の新刊本出版本記念講演会が、中之島公会堂で午後1時から開催されるというので、半強制的に出席することになった。
結局、家族や友人などを誘うことはできなかったので雨の中、一人で出かけた。
ミニコンサートや、心理学研究者の発表、経験者の登壇発表、会場での体験エクササイズ、そして、創始者イルチ・イスンホン博士の講演と盛りだくさんで5時を廻った。

元保育士、心理学オタクのゆきんことしては、一押しの演目は大阪経済大学准教授、古宮昇先生の
実証的データに基づいたダンヨガの心理的効果の研究結果だった。

3月4日に体験入会したきっかけになったマンガつきリーフレット宣伝冊子のなかに、そのデータが記載されていたことを知っていたのだけど、改めて壇上で発表された古宮先生その人に興味がそそられたのだ。

その理由は、「ガラクタ」の続編と共に借り出したもう1冊の専門雑誌にあった。
その雑誌とは、
『児童心理 2009年5月号』金子書房

特集 感情表現が上手な子を育てる

著者は、2004年からマイブームのABAを教えてくださった広汎性発達障害の権威として名高くなられたI先生のご芳名はもちろん、名立たる心理学の専門家に混じって、古宮昇先生の名前もあった。

「感情表現を促す話の聞き方」と題して、古宮先生の小学生時代の恩師とのかかわりから、
7つのパラグラフに分けてエッセイ風に寄稿されている。
クラスメイトからバカにされたり、あざけられたり、ののしられたりして、とうとう相手に彫刻刀を向け、
泣いて追いかけた古宮少年。

そのとき、二人の先生は古宮少年に対してまるで正反対の対応をとった。
この事件をきっかけに、古宮少年はおとなしい萎縮した子ども時代を過ごすことになった。

心理学を志す人々の殆どが、子ども時代に大なり小なりの心の禍根を残して自身の研究テーマにしているのは、珍しいことではないらしい。
しかし、残念ながら心理学のプロと、彼らを要請する人々は増大しているのは、不景気や新型インフルエンザの蔓延と何か相関があるんでしょうか?







---------------------------------------------------------------

2009/05/20 21:20 | 日常の発見 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
登龍門
2009年05月09日 (土) | 編集 |
GWは白い忍者隊に変装し、5月4日までフジパンのバイトに勤しんだわけだが、
5日も経つと、単純なチマキ巻き巻きの作業中であっても、そこには不思議な連帯感や、人間模様が
オペラントに生起してくる。

最終日には、200名の忍者隊がベルトコンベヤを挟んで黙々とではなく、ざわざわと談話しながら、
しかし、手作業のスピードはそのままに大量のちまきが両脇のベルトコンベヤに流され、袋詰めが増産されていった。

3日と4日はペアが変わって、私は18歳のメガネの少女Aさんと向かい合って作業することになった。
こんな出会いってあるんだな。
Aさんにとっては、生まれてはじめてのバイト経験。
それまで不登校とひきこもり、昼夜逆転PCに没頭する6年間を過ごしたというAさん。
不登校になったきっかけは、どうやら心因性のストレスだったらしい。
小学生の頃から朝、登校する身支度をしようとすると、鼻血が出たり、頭痛・腹痛に苛まれたという。

「どうして、このバイトしようと思ったの?」
「なんとなくです。そろそろ出てみようかな~・・・と。」
「でも、こんなに大勢の人がいて、こんな忍者みたいな格好だったら視線が気になるんじゃない?」
「そうなんですけど、気にしないようにしてればなんとか・・・。」
「本当は、誰もそんなに人のことなんて気にしてないし、見てないんだけどね。」
「そうなんですよね。でも、どうしてだかそう思ってしまうと不安になって、
そうなったら、外へ出るのもいやになっていました。」
「家にいたらいやなことはないかもしれないけど、1円にもならない。1時間800円の時給だけど、
5日間まとめて3万2000円!」
「まとめたらすごいですね!」
Aさんの笑顔がなんともいえないゆきんこのご褒美になった。

「私がはじめてバイトしたときは、郵便局で時給450円だったよ。」(いつの時代?)
「じゃあ、結構いい時給ですよね。」
「何に使う?」
「お父さんとお母さんのプレゼント。」
「いいね!」

ここで、ABA(応用行動分析学)被れのゆきんこは思い出す。
壇上のI先生が何気なく、聴講者の笑いを取ろうとする水面下の板についた努力と優しさを。

Aさんは奇しくもイヌ2匹と猫1匹を飼っていて、わんわんコミュニティの定例会をしている最寄り駅付近に在住しているらしかった。
そこで、ゆきんこは抜かりなく、次回の定例会にAさんを案内した。
「気が乗らなかったら、無理しなくていいからね。」

迎えに来てくれたお父さんの車の助手席からAさんが笑顔で手を振ってくれた。

他にも、派遣労働者の過酷な現状や、昼食時に隣り合わせたパート労働者の方々の悩みをお聞きした。使い捨てグッズは何かと生活を便利にしたのだろうけど、その延長上に使い捨て労働者までもが
増産される時代になったとしか思えない。
比較的、フジパンのスタッフは臨時バイトの皆様に丁重な恭しい態度で遇してくれた。
季節の臨時バイトは他にもクリスマスケーキなどもあるらしい。
最終日のお土産には、名古屋工場のピザパンとあんドーナツをもらった。

5月5日の子どもの日は午後からPさんと過ごした。
雨が降ったりやんだりで、Pさんと家のなかでひっそりとあんドーナツを食べた。

GW最終日の6日曇り空の朝から、プチドライブ。
目的は、県境のショッピングモール街で映画鑑賞すること。
前日に、ネットで調べて「レッドクリフ」に決定した。
その運転席のお相手は、もちろんPさんといいたいところだが・・・
20年来の旧友Hさんだった。
レッドクリフは、友人の前評判で見てみようと思ったのだけど、
そもそも、スポーツと戦闘シーン全般に興味を全く感じないゆきんこ。
2時間30分の超大作は、少しくたびれてしまった。
話題は、Hさんと同業だった共通の知り合いの学校教諭があまりの心労の大きさにこの3月末で退職したことだった。
Hさんは、少し落ち込んだようだった。
「あんたも、結婚してもいつまでも実家にいちゃダメよ。ちゃんと仕事見つけて自立しなくちゃ。」
「もちろん、そのつもりだよ。」
「あんなに障害児教育のことを勉強したのに、なんとかならなかったのかなぁ~」

フジパン工場でも、卑近な学校関係者の窮状を外聞だけでさえ、恐怖に慄いているのに、
やっぱり、もう一度、汚れた洗濯機の渦の中に戻る勇気はまだ回復しそうになかった。

7日も終日雨で、PCに向かっていたらあっという間に夜が来ていた。

そして、昨日8日の早朝を迎えた。
久しぶりにベージュのスーツに着替えて、大阪の南森町まで出かけた。
あきらめかけていた4月下旬、3月に応募していた職業訓練校の適性試験と面接の合格通知をもらい、入校式の当日を迎えた。
受付カウンター越しに、訓練校の代表者らしきメガネの背の高い男性が気さくに声をかけてくれた。
「前にどこかでお会いしましたね?面接だったかな?」
「そうでしたか?覚えていただきありがとうございます。今日からよろしくお願いします。」
勢ぞろいした訓練生は、50名。その殆どが女性で、なかには身体に軽い障がいをもつ男性の姿もあった。
訓練生といえば、聞こえがいいけどみんな失業して困っているなかにも、
「なんとかここへ入校できた~」というひと安心感が漂っていた。

右隣の背の高い気立ての良さそうな女性は、私に親しく話しかけてくれた。
11階建ての背高の雑居ビルは、学校法人に比べて敷地面積も狭いし、トイレも少ない。
簡素な入校式が終わり、10分間休憩のうちに各階に1箇所しかないトイレにも順番の列ができた。
隣のNさんとエレベーターに乗り込んで階上にあがった。
「トイレも就職先も限定されていていやになっちゃうね。」
「ホント!」

事務職への再就職を目指す人々のキャラや人間模様は楚々とした小さな親切で済むことが多い。
対人援助の福祉職ほどねっとり、微に入り細に入りの関係性は余計なお世話のようだ。

スクールを後にして、帰りがけに大阪天満宮へと寄り道してお参りした。
2005年、大学院合格を果たした正月には、Oちゃんと初詣して拍手を打った場所があった。

登龍門

当宮は天保8年(1837)の大塩の乱で本殿及び多くはその当時から東西唐門西側に龍の図柄の燈籠がありましたが、戦前の金属の供出でなくなり、台座を残すのみとなっていました。
菅原道真公1100年大祭記念として篤志の方々の奉納により、昔ながらの図柄の燈籠が再現されることとなりました。
屋根の部分は威勢良く跳ね返る鯉の胴体には龍が巻き上がり、逆巻く水面から天空をめざし
舞い上がろうとしている雄姿は一見奇異に見えますが、
この唐門こそ登龍門そのものであります。
というのも、龍門は中国の黄河流域で鯉などがその下に集まり、多くは登り龍となるという故事に基づいています。
それが転じてそこを通り抜ければ、必ず出世するといわれる関門の意となります。


この故事というのは、「こいのぼり」にも因んでいて小児科病棟のプレイルームで子どもの日のお楽しみ会を催し、入院していたお子さんたちや看護実習生の方たちの前で紙芝居を披露したことも思い出す。
4年前には、Oちゃんと並んで大学院への入学を祈念し、胸を膨らませていた。
その登龍門の前で合掌し、再び念じるしかない。
「全ての入校生の努力が報われ、望ましい進路が開けますように」


---------------------------------------------------------------

2009/05/09 14:14 | 日常の発見 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲
白い忍者隊、チマキ巻きます!
2009年05月01日 (金) | 編集 |
今日から5月。
いよいよGW到来間近となりました。
昨日4月30日から5月4日までGW返上で短期アルバイトをすることになった。
先月初旬、新聞の折込チラシを見つけて応募した。
貧乏性なのか、社会からつまはじきされたくない気持ちと、
就職活動に本腰が入らない心境が入り混じり、とりあえず短期バイトからの復帰を実行した。

短期バイト先は地元のフジパン工場。
小学6年生の頃、校庭から仰ぎ見た大きなパン工場のなかに、30年後の今になって突入したわけだ。

初日は、初顔合わせの20名ほどの新入りバイトの皆さんが、まずは清掃業務から勤しむことになった。
食品工場で働かせてもらうのは、実に初体験!
私の脳みそはどうやら新奇なことに快感をもつ性質らしい。
更衣室で普段着から作業着に着替えると、最早、個別認識は不能。
アタマからは2重に専用キャップを被り、髪の毛が落ちないように防護する。
それからマスク。
靴下も足首から素肌を出してはならない。
手首・足首の袖口はゴム伸縮でガッチリガード

工場内のトイレと作業所は自動ドアになったいるが、食品工場ならではの特殊な制御装置がついている。
つまり、自動ドアの横に消毒液を噴出するマシンが設置されていて、そこでしっかりと手を消毒しないとドアが開かないしくみだ。
今日も、トイレ休憩で隣り合わせたメガネの若い女性と会話した。
「工場って、普段みたこともないいろんな機械があっておもしろいね。」
「はい、ちゃんと消毒しないと開かない自動ドアとか、エアブラッシングとか」
「それに、目だけしか出してなくてなんだか白い忍者みたいじゃない?」

食品産業とあって手抜かりなく、随所、適時、掲示で衛生チェック、入念なアルコールでの清掃作業などが厳重に行われているのが印象的だった。

30日は、全くはじめての20名はチマキを巻く作業から外れて、柏餅の一連ベルトコンベヤの作業に
従事することとなった。
管理者から最後まで役割を与えられなかったシニア世代の男性とゆきんこの2名。
ベルトコンベヤのしんがり場所で、袋詰めの点検やミスのチェック
一見、カンタンそうだが、次第にコンベヤのスピードが加速するので、気が抜けないし、
見落とせば、そのまま箱詰めして出荷されるので案外、責任の重い役割だった。
それでも、正面のおじさんと和気藹々と会話しながら、上手く連携混合ダブルスのような分担ができた。
おじさんが20段のひとまとめの箱を積むときに、一人で点検をしないといけないが、
手薄になったときに、ベルトコンベヤでど~っと柏餅のパック詰めが押し寄せてくる。
それで、あたふたするのだが、それもバイトならではのご愛嬌だろうか?

柏餅の業務は午後3時までで終了し、それから退勤までの2時間は、ちまきの作業に加わった。
翌日の今日5月1日は、午前8時から午後5時まで終日立ちっぱなしでのちまきの作業が
黙々と続いた。

研修期間中の新入社員の多少のおしゃべりも先輩の監督官は、多めに見ているようだ。
但し、作業能率や、失敗作についてはその都度、指導も入ってくる。
「中身のおもちがみえないように巻いてください。」
「最後にしっかりイグサの紐をしめて、ゆるまないように」

アルバイトの臨時雇用者は殆ど女性たちだけど、昨日に引き続き、今日も男性とペアになった。
今度の男性はメガネで背の高い若い男性だ。
昨日のおじさんとは、連携しないといけなくて、会話も交わしながらの作業だったが、
見るからに(といっても、メガネしか見えないのだけど)
物静かで自分から話すタイプじゃなさそうな男性と、向き合い、ひたすらに黙々とチマキを巻いた。

終日忍者姿で過ごしているし、作業はだたひらすらにチマキを巻き巻きするだけで8時間が経過した。
しかし、午前と、昼休み、そして午後の休憩の間にも、私が誰とも話をしないということはまるでなかった。

どういうわけか、一人っ子で鍵っ子だった私には、
通りすがりであったとしても、誰かとちょっとした会話をすることが
寂しさから免れる予防策になっているらしい。

昼食時は、社員のおばさん2名と話した。
「フジパンのちまきってどこで買うんですか?」
「それが、私たちも知らないのよ。日本全国に出荷するらしいけど、この辺ではどこの小売店でも見ないんだよ。」
「そんなに遠くまで・・・。私もまさかこんなバイトをさせてもらうとは思ってませんでしたから、
買おうと思ってたのですが。」

この白い忍者服で過ごすのは、あと3日だ。
作業所内につまれていたチマキの笹の葉は、中部地方から輸送されたものらしかった。
そして、私の手にかかった柏餅とちまきは、このGWにはてさてどなたの口の中に入るのでしょうか?
どうぞ、おいしく召し上がってください。

---------------------------------------------------------------

2009/05/01 19:42 | お仕事 | Comment (6) Trackback (0) | Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。