日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
素早く再就職!
2010年07月29日 (木) | 編集 |
前回更新したブログから、早2週間経ち、ちょうど2週間ぶりに雨が降っています。

その2週間のうちにちょっとややこしいことがありました。
でも、昨晩には一段楽してやっとのほほんとした1日が訪れました。
その2週間のうちにも、少しいいことがありました。
なんと、最短で新しい仕事をゲットしました。

先週の木曜日の夕方のこと。
再度、図書館で借りなおした『1Q84』を午後のひととき読んでから、ご近所のスーパーに買い物に出かけました。
すると、軒並びの小さい店舗に手書きで簡便に書かれた求人パートの募集ポスターが目に留まりました。
「応募してみようか・・・」

しかし、即座には電話をかけず、その時は見過ごすことにしました。
帰りがけに、地域の週刊求人情報誌も同時にゲットして雇用対策で大募集する臨時の派遣登録の広告も同時にチェックしました。

翌金曜日。
規則正しい朝を迎え、いつもの朝ごはんを食べて9時には出発した。
はじめに、スーパーの隣の店にポスターがまだ貼られているかどうか、確認した。
今度は躊躇わず、その場で携帯電話からかけてみた。
「責任者は日中外出しているので、午後5時から7時の間にもう一度かけなおしてもらえますか?」
とのことだった。

午前10時半には、1週間ぶりに前の職場の大きなサービスカウンターに出向きました。
相変わらず、無数の諸々のトラブルを抱える方々でひしめきあった大フロアーに毎日通っていたはずなのに、抵抗感が抜けきっていなかった。
1年前に親切に指導してくれた若手メンバーに混じって「研修中」の札をつけた見知らぬ若い女性がカウンター越しに対応してくれました。
「元従業員の者ですが、制服を返しに来ました。SさんかMさんいますか?」
「しばらくお待ちください。」
2分もしないうちに先輩従業員のNさんが出てきた。
「二人とも忙しいので代わりに受け取らせてもらいますね。」
「そうですか。それじゃ、封筒にはIDカードと残りの有給休暇届けも入っています。」
「わかりました。」
「身体に気をつけてくださいね。」
「ありがとうございます。」

これで、この有名すぎる大病院ともお別れだ。
なぜかその瞬間、ほっとした気がした。

次に向かったのは、総合玄関の傍に設置された公衆電話ブースだ。
前夜ゲットして注目していた派遣会社の登録依頼の電話をかけた。
「では、来週月曜日の午前10時に当社へお越しください。」
「わかりました。よろしくお願いします。」

それから、サテライト図書館で同期入社のAさんの休憩を待った。
30分もしないうちに、小走りでAさんがいそいそとやってきた。
「久しぶりやね。」
「今日は、フライングで来ましたよ。」と笑顔。
「フライングって、休憩時間より少し早かったってこと?」

それぞれ違う部署で研修期間を過ごし、ランチタイムを共にしたAちゃんとも今日でお別れだ。
「新しい配属先はどう?」
「ん~~~、やっぱり憶えることが多すぎて難しいですね。心療内科だから患者さんにも気を遣います。
でも、残業はないし、先輩も親切なのでなんとかやってます。」
「そうか。私の分もがんばってね。」
「でも、あと1年くらいで私も辞めるつもりなんです。」
「ああ、また就活やんなきゃ・・・。せめて1年は続けたかったけどな。」
「仕方ないですよ。サービスカウンターはハード過ぎて入れ替わり激しい部署だって噂では聞いてます。」
「今日も知らない新しい人が2名いたよ。」
「じゃあ、そろそろ時間なんで・・・」
「無理しないで、また何かあったら連絡して。」
「はい。来年就活の方法、教えてくださいね。」
「参考にならないよ。」

その後、実家に戻ってのんびり昼寝をしながら真夏の日差しが夕陽に代わり涼やかになるのを待った。
再び、ポスターの電話番号にかけ直したのは、午後5時30分
「明日の朝、店に履歴書を持参してください。」
「あの、午前中でないといけませんか。今から準備をしないと。」
「じゃあ、午後からにしましょう。」

土曜日の午後、スーツ姿で酷暑の戸外へ出て店に向かった。
あのだだっ広い巨大な建物に比べれば、こちらは数坪のフロアで椅子も2脚しかない。
「今日は早速面接してもらってありがとうございます。」
「それじゃ、履歴書見せてもらおか。」
初老の店主さんは、まじまじと履歴書に目を通した。
「自転車で通える?」
「はい。歩いても多分、5分くらいです。」
「この仕事やったことあるの?」
「ないですが、以前、授産施設に勤務していたとき、施設内工場がありまして、プロの職員の手伝いをしたことがあります。」
「ずっと人様の手助けして、『せんせい』って呼ばれてきた」
「まあ、そうですね。母の勧めで資格を取りました。でも、もう辞めましたし。」
「この仕事は、お客さん相手やから遜ってないとあかんよ。」
「大丈夫です」
「勤務時間も大丈夫かい?」
「土日祝でもかまいません。」
「うちも不況やから、お給料そんなに出せませんよ。」
「はい。」
「ほんなら、やってみますか」
「えっ!!ほんとですか?ありがとうございます。」
「それと、この仕事は季節にあわせてやってるからね。少なくとも1年はやらんとわからへんよ。」

そういうわけで、週明けの月曜日から3日間午後パートの勤務を終えて、今日はお休み。
先輩同僚は、2名でいずれも年上の主婦の方たちだ。
3交代シフト勤務で、最短の通勤距離で無理なく主婦業と両立できるのはなかなかいい条件だと直感した。
何といっても、勤務中のほとんどを座していられるのも腰痛持ちの私には嬉しかった。

働きはじめた早々から、IさんもYさんも丁寧でわかりやすく説明してくれ、お客さんが来る合間には雑談で親しくなれた。
しかし、やはり業界がガラリと変わったからには、何事もまた振り出しの何もかもがわからない状態から、一人前に業務をこなせるようになる修練が必要。
価格一覧表を覚え、イレギュラーの滅多にないことや、レジ打ちももちろんのこと未経験。

一見、主婦にはもってこいの仕事だろうと錯覚したけど、
バリキャリってわけじゃなくとも、フルタイムで従業してきた路線から、外れた寂しさが何となくあるかもしれない。

でも、収入より、ステイタスより何よりも健康と安寧な日々の暮らしが何より大切だ。
それを壊されてしまった平凡な人々の姿を大病院のカウンター越しに目の当たりにした。
それだけでも、私の人生には何かを学ばせてくれた現場だったと思える。




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2010/07/29 16:38 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
結局、墓穴を掘りました。
2010年07月18日 (日) | 編集 |
7月9日金曜日の採用面接で、
「最後に自己PRをお願いします。」
うっかり、想定質問であることを忘れていた。
「真面目で、バカがつくほど正直です。そんな天然の性質が対象となる方々の支援にピッタリだ自負しています。」

しかし、「正直者がバカを見る」
遠い過去。ブラスバンド部時代のトロンボーン奏者だった先輩の呟きがふと蘇った。
書きたくない抗えない事実は、封印しておいてもよさそうなものだ。
けれども、敢えて記録に留め、自戒し次のチャンスにつなげたい。
そういう禊(ミソギ)の作用が、誰にも読まれない自己満ブログの醍醐味かもしれない。
何てったって、私は「走れ正直者♪」だから。

面接官の所長と副所長は最後にこう告げた。
「それでは、採用時には1週間後に電話通知いたします。不採用の際は、履歴書を郵送でお返しします。」
「どうぞ、前向きにご検討ください。」
前職で5年半の履歴のある職場の機関紙を持参していたので、退出前に副所長のT氏に差し出し、一礼して面接室を出た。

それから、1週間後の16日は爽快に晴れた。
採用通知の電話はなく、翌日の昨日、宅急便で履歴書が入ってるらしいA4サイズの封筒が届いた。
これで、10ヶ月ぶりに失業者の烙印を押されたわけだ。

今週も豪雨の吹きすさぶ中、家屋を失って途方にくれる人々の悲嘆の様子が報じられた。
自然は時に、残酷だけど、そんな時、安心して任せられる人々が周囲にいるのかいないのかが、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)やら諸々の精神疾患に陥って心身の2次障害予防の要だと思う。

そして、私にも不安定な天気と共に転機が否応なく訪れた。
派遣会社というところは、人知れず誰かが採用され、また人知れず誰かが辞めていく。
その数のおびただしさに、「いつか自分の番がやってくるんじゃないか」という予期不安にいつも怯えていた。

「俺は解雇するなんて一度も言ってないぞ。」
「もうこの派遣先で働ける部署はない!」
今週、急に柔和な態度に出ては、この台詞を私に繰り返していた。
遡ること、13日(火)の退勤後、自宅の電話のベルが鳴った。
「新しい派遣先が決まったから、明日、早々にそちらの上司と面接するように。Kさんという人だ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「明日10時、スーツで行くようにね。」

それから小雨が降りだしたものの、ブラウスを洗濯した。
前夜にHPで新しい派遣先の状況をチェックして、準備も整えた。

翌朝、いつもの出勤時間よりも余裕で出発した。
しかし、なぜだかわからない不安な気持ちが、雨足と共に次第に大きくなっていった。
JRの最寄駅のホームに立つと、豪雨のため、5分以上の遅延運転をしている旨の断りのアナウンスが流れた。
なぜだかわからない不安のひとつには、まだ来ていない採用結果に一縷の望みがあったからだ。

自宅からちょうど1時間くらいで通勤できそうな新しい派遣先もまた、駅前に聳え立つ巨大な有名な建物だった。
それに、今までの派遣先よりもスタッフもグレードアップしていて、歴史も古く事業内容も充実していた。
HPを覘いた瞬間から、実のところ怖気ついていたのも確かだった。

「そちらの対象者の人数はどれくらいでしたか?」
「私の配属部署で600人くらいで、総数では2000人くらいでした。」
「こちらもそれくらいだね。でも、紹介の無い方からいただく手数料はこちらが7000円以上ともっと高いのに、それでも、是非にという方は断っていないんです。」
「そんなに人気あるのですね。」
「この派遣先で大変なのは、臨機応変さと細々した不文律がややこしいと聞いています。それと、見ての通り立ち仕事です。見た目よりかなりハードですよ。」
「はあ・・・」

K氏は制服の女性たちの仕事ぶりを観察させてから、事業内容や業務内容の概要を説明し、最後に休憩室に案内してくれた。
建物の様子を一望し、喫茶店風の丸テーブルに着席するころにはすっかり拒絶反応を起こしていた。
ここから、またしばらくもぐら叩きの日々が押し寄せる・・・

「それで、どうですか?ここで新しい気持ちで勤務できそうですか?」
「それが、、、やりたい気持ちが55%、無理だという気持ちが45%です。」
「は!? あんたの返事、理解に苦しむなあ。」
K氏は私のしどろもどろの心境を聞くに連れてどんどん不機嫌になっていった。
「私は保育士だった時から腰を痛めていて延々と立ち仕事はできません。業務内容もこれまでより複雑で難しそうです。それに、何もこんな大きくて有名なところでなくても・・・」
「自分から悪宣伝してマイナスのことばかり言ってどうするんだ?あんたの前の業務報告はちゃんと聞いていてそれでここを紹介したんだぞ。俺はそんな話をするためにこの面談をしてるんじゃないんだ。誰にでもミスや失敗はある。それをリセットして気持ちを切り替え、この新しい派遣先でゼロからやり直す気持ちがあるのかどうかと聞いているんだ!!」
「・・・無理です。また同じ失敗をすれば本当に申し訳できなくなります。」
「それじゃあ、雨の中のこのこやってきて、時間の無駄じゃないか。電話で断ればいいものを!あんたの気持ちわかんないよ!」

表玄関から、帰路に向かうと雨量は更に増していた。
K氏に苦虫をつぶしたような面持ちで見送られたのだか、咄嗟の防衛本能で、「NO」と言ったことに悔いはなかった。
たとえ、不承不承受けたとしてもいずれ辞める日がくるだろうという予測は同じだと思えたからだ。

今度は配属先の上司S氏との最後の面談がやってきた。
「雨の中ご苦労サン。」
「結構、雨がきつくて電車も遅れて運行してました。」
「断ったって、どうして?ただ一言『がんばります』と言えばフルタイムで働けたんだぞ。」
「2度あることは3度ある。また取り返しのつかないミスをして報道沙汰になったら申し訳が立たないと。」
「そんなに深刻に受け止めたんだな。」
「それと、この1ヶ月自分の適性を考え直していました。Sさんが面談で何度も『他の仕事に考え直したらどうや』と言われたし、指導係のFさんにも求人応募したらと唆されていたし、もう働かせてもらえないと焦っていました。その頃、相談に乗ってくださった方たちから求人応募の話がありそれで気持ちも揺らいでいました。」
「で、もう不採用になったから、ここでがんばり直すって話じゃなかったのか?」
「前回の面談のときはそうでした。でも翌日、また求人があって、実はひとつ採否を待っています。
結果はわからないけど、もし採用されたらやっぱりKさんに迷惑をかけてしまうと。」
「そういうことか。」
「初めは、前の上司の配慮で今の部署に異動させてもらったから、どんなことがあっても研修中の札が取れるまでがんばろうと思ってました。でも、Sさんの面談が辛くなって辞めさせられるんじゃないかと益々不安が募りました。毎日が不安と焦りでミスが重なりました。Sさんからも自分の適性を考え直せと言われたし、自分の履歴は事務よりも保育士や福祉の方が長かったので偶然、その求人を応募するチャンスが先月から舞い込んでいました。」
「それで、これからどうするの?新しい派遣先を断るってそういうことだろ?自分に合った仕事を探していて、見つかるまでの間だけここに置いてちょうだいっていうの?それは、ムシがよすぎるんじゃないの?こっちから解雇はできないけど、この会社で働く気がない人間の面倒を見るほど甘くないよ。な?」
「・・・・」
「退職届持ってきて」
「どうして、こんなことに・・・私辞めたいわけじゃないのに。」
記録・補佐役のMさんが、一時退席して簡便な「退職届」を即座に用意した。

「本当にいいのか?」
といいながら、どうして笑顔なんだ、S氏?
こんな辞めさせ方、数え切れないほど、お手のものなんだろう?
所詮、派遣会社はミスの多い不都合な社員を切り捨てるなんて当たり前。
時代が江戸末期に比べたら、そして、業界は命最優先だから、実質抹殺されずに済んでいるだけ。
「昨日電話に出たの、お母さん?」
「転居前の実家に電話されたそうですね。先日、事故に遭って後ろから追突されたんです。きっと耳が遠くて気づかなかったんだと思います。」
「ええ、それは災難だったな。」
「幸い、骨折も無く示談で済みました。」
「大事にしてあげてよ。」
「はい。」
「それじゃ、ここに『一身上の都合』って書いて」
「・・・・せめて1年はがんばりたかったです。毎日が不安でした。こんなに毎日叱られて、もぐら叩きのようでした。対人といっても、支援するかかわりとクレーム対応ではまるで違いました。」
「そうだな。福祉の仕事とは対応が違うもんな。」
「どんどん入れ替わり立ち代りする職場であるのも気がかりでした。」
「そうか。でも、それを気にするのかどうかは、自分次第だろう!?」
留めの一言も抜かりないS氏。
一体、何回泣いたかしれないが、最後もやっぱり、涙で目が滲んだ。

最後に、一緒に働かせてくれた部署のメンバー2名に挨拶した。
「たった今、退職届を出しました。ご迷惑かけるばかりで、お世話になりました。」
黒スーツ姿で佇む私に、二人とも無言で悲しげな表情をして見送ってくれた。
度重なる私の面談(拷問?)の様子に、
「私が部署異動を命じられたらその時は辞めるわ!」
「結婚して辞めたいけど、他の人が穴埋めに入ってくれないと・・・」
とぼやいていたからだ。

私には意気消沈しても、即座に、宥めてくれる親しい人たちが確かにいる。
「勤務先、ちょっと遠いよね。」
「よくがんばったよ。」

しかし、割合は減っているけど、世の中には、「失業者」などとは無自覚に安穏と暮らす身分の人たちもいる。
その場合は、お金や暮らしの心配がない立場にあるだろう。
そんな嵐が去った後の3連休。
私の涙や腰痛もストレスも止んで、入道雲の向こうには、青空が広がっている。


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2010/07/18 12:25 | 悶々 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
ピンチはチャンス!?(七夕前後)
2010年07月12日 (月) | 編集 |
参院選開票後明けの月曜日は、雨が降ったり止んだりの不安定な天気です。
ブログにすっかりご無沙汰していた丸2週間のうちにいろんなことがありました。

まずは、先週7月7日七夕のこと。
前日の6日は曇り空。午前のパート勤務を終えてK駅に戻りました。
いつもは無言で通過する改札口の駅員さんに質問しました。
「七夕記念グッズって、明日何時から発売ですか?」
「3時からです。」
「すぐに完売になりますか?」
「そうですね~、その年にもよりますが。よければパンフットお渡ししましょうか?」
「いえ、大丈夫です。」

次に、帰宅後はお洗濯。
宵には、身内から笹と短冊をいただいたので、願いごとを書きました。
「家内安全」
「商売繁盛」
「世界平和」
「当たり前の願いだけど、難しいねえ。」
4文字熟語だけの願いごとを色とりどりの短冊にサインペンで書いて、ベランダに笹をくくって紙縒りに通して結びました。
そして、
私の切なる願いは・・・
「雇用安定」です!

さて、辛うじてお世話になってきた派遣会社で10ヶ月目を迎えました。
目下、私は上司命令で謹慎中にあります。
「この部署で従事してもらうわけにいかん」
「この派遣先でお前の配属先はもうない!」
涙でグショグショになりながら、数回の面談に耐えてきましたが、
とうとう、上司の宣告を受け入れるしかありませんでした。
「週末、支社で支社長代理と面談に直行するように。」

その理由として
ミスがなくならなかったことと、教育係りの手引きなしにマスターする研修期間を大幅に超過してしまったことを指摘され、支社長代理面接で詳しい経緯を報告する羽目となりました。

翌朝の七夕当日は、一応くすぶってはいましたが、曇りで湿った重い空気が漂っていました。
「帰宅するまでにはなんとかもつかな・・・」
一抹の不安が過ぎりましたが、昨日から乾ききっていなかった洗濯物を笹飾りと共にベランダに干したまま
出発しました。

謹慎といっても、次の派遣先が決まるまで何もせずにいるわけにもいきません。
私に与えられた業務は、付箋メモが印字された紙束をハサミで切り分ける単純作業。
しばし、居候をさせてもらうことになった予備室で従事する女性たちの雰囲気はまた一味違ってました。
同じ業界の同じ派遣先でも、全く業務内容が違っていました。
まず、女性たちは私服でやってきて着替えません。
ひたすらA4の紙束とにらめっこで、誰も私語をしている暇がありません。

事務といっても、つい7月のはじめまで従事していたせわしない接遇や案内、端末入力、電話応対を要する受付業務とはまるで違って閑散としていました。
そういうわけで、ただ黙々と付箋作りに没頭し、誰にも何にも干渉も指摘もされない単純作業で快適な4日間を過ごさせてもらいました。

その一方で、トホホな私に6月から7月にかけて求人応募の紹介が舞い込んできました。
縁ある方が、度重ねて上司に呼び出されては、追い討ちをかけられているという私の悩みを聞いてくださいました。
6月のうちに2件の書類審査と面接にこぎつけました。
残念ながら、2件とも結果は不採用。

そして、最後の1件は昨年、親しかった職業訓練校の同窓生Tさんから紹介を受けました。
Tさんの新しい就職先で募集している専門職の求人が私にぴったりだというのです。
ハローワーク経由で紹介状をもらうという手順に沿って応募書類を七夕前日に投函しました。
そのころ、TVではゆうパックが遅延していることが報道され、やたらに郵便局員が懇切丁寧に対応してくれました。
「これは、かなり重要な書類ではないですか?」
「今日、出せば明後日には届きますよね?」
「はい。でも、履歴書ですから、確実に届くように『特定記録』にしておきましょう。」
「ご親切にありがとうございます。」

さて、七夕当日。
予備室の女性たちが出勤まもなく会話を始めた。
「七夕の織姫と彦星って恋人同士だと思うでしょう?」
「違うの?」
「それが夫婦なんだって!」
「へえ、」
「年に一度しか会えなくなったのは、結婚したとたん二人とも仕事をサボってやらなくなったからなんだって。」
「そうなんだ。てっきり、恋人と思ってた。」
「私、今日、誕生日なんです。」
「あら、七夕が誕生日なの?おめでとう!」
「でも、ちょっと心配で・・・」
「どうしたの?」
「洗濯物を干してきたんですが、午後から雨降らないかなと。」
「私もです。昨日干して、まだ乾ききってなかったものでそのまま家を出ました。
 大丈夫ですよね、天気予報では、午後から晴れるって。」

退勤後、どんよりとした雲はより重たく、派遣先の巨大な建物を出てしばらくすると
ポツリポツリと降ってきた。
H駅から電車が発車し、一駅目のM駅に着くともうザーザー降りになっていた。
M駅で降りて善意の傘を拝借して、激安スーパーでお買い物。
私も暢気だなあ・・・
だって、ジタバタしたって洗濯物が濡れているのをどうしようもない。

そして、雨といえども、その当日は七夕だったという光景を目の当たりにした。
午後3時。
K駅に戻ってくると、カメラを構えた30人ほどの鉄道マニアと思しき一群が出迎えてくれた。
改札口にも群集がざわざわと傘を片手に屯していた。
どうやら、当日タイムサービスの記念グッズがお目当てらしい。

そもそも人ごみが嫌いな私は、ちょっと驚いたけど、
一群を一瞥して平然とK駅の改札をスルーした。

次に、新居の賃貸マンションの入り口には、蛍光色のキャップをかぶったシニアボランティアの男性が3名
佇んでいた。
「すみませんねえ、お邪魔して。」
「雨宿りですか?」
「そうなんです。七夕まつりの準備中に降られまして」
「どうぞ、この傘お使いください。」
「ありがとうございます。お返しに来ますね。」
「いえ、善意の傘で駅から借りたので、駅に返してくだされば助かります。」
「では、そうさせてもらいます。」
傘を手渡した男性がマンションを出ると、10名以上ものボランティアスタッフの男性諸氏がゾロゾロと回廊から連なって去っていった。
当然ながら、ベランダの洗濯物も七夕の短冊もずぶ濡れになり、地べたに落ちていた。

翌朝の8日
昨日の雨と打って変わってカラリと快晴。
退勤直後、見知らぬ着信電話の番号が携帯電話に記されていた。
折り返しの電話を入れると、早々に応募先につながった。
「いかがでしょう、来週の月曜日、面接に来ていただけますか?」
「よければ、明日の午前中所用で付近に赴きます。勝手を申しますが、午後からお願いできないでしょうか?」
「いいですよ。」
電話の向こうの長は、重厚で落ち着きのある声で快諾してくださった。

こうして、都合よく?ダブル面接が9日と決まった。
午前中は、現職の上司と。
午後は、星に願った未来の上司と。
急なことで、事前に何を問答するのか、どう説明するのか、
この年まで数え切れないくらい履歴書を出しては、面接して不採用の繰り返し。
場数は踏んだつもりでも、職場も相手もケースbyケース
自分のことって上手く整理整頓して初対面の相手にアプローチできないものだ。

午前中も、午後も2人の異なる上司と話して感じたことがあった。
何といってもどっしりと落ち着いているのだ。
私を責め立てるのではなく、私はどんな人物なのか、
どんな仕事なら私らしく務められるのか、
上司に望まれた仕事ができそうかどうか、
それを見極めようと熱心な質疑応答が交わされた。

そういえば、2件目の面接も結果不採用だったけど、
1次も2次もかなり長時間話が続いた。
9日も午前中は1時間余り。午後は30分余りとクタクタになった。

今回の午後の採用面接を紹介してくれたTさんの退勤に合わせて午後4時に待ち合わせた。
「どうだった?」
「随分、たくさん質問を受けたよ。」
「それは、かなり真剣に考えてると思うわよ。」
「だといいけど・・・」
「だって、履歴書が届いて、翌日すぐ面接なんてすごいじゃない。」
「Tさんの時はどうだった?」
「もう汗かいて緊張しちゃって。保有資格のことを聞かれたかな?」
「それは全然なかったな~。最後に、『自己PRしてください』と言われてすっかり忘れてた!」
「私はそんな質問なかったな。」
「同じ職場の面接でも、採用条件や仕事内容によって違うね。」

七夕は雨だったけど、
雨でもデートできたんでしょうか?
私の明日はどうなるんでしょう?
人生もお天気も不安定。
雨が降ったりやんだりです。
おや、
雲間から青空が見えてきました。
夕焼けはきれいかな?





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2010/07/12 17:56 | 就職活動 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲