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盆休み前後から、こじんまりとしたカウンターで、唯一無二の25年以上は使い込んでいるレジを打って、カウンター実務をはじめました。
お金のやりとりに両替、お客さんからの預かり品の確認、タグの取り付け、数日後の受け渡しの繰り返しで、
これまでやってきた仕事内容のなかでは、一番シンプルで主婦向きの仕事内容です。

その反面、雇用条件もいまいちで面接時に断る人もわりといたらしい。
地域の情報誌に載っている最低賃金を破っているし、雇用保険も何の社会保障もありません。
それもそのはず、個人事業主で、業績も悪化している上に、この残酷な猛暑でお客さんの数が例年よりもがた落ちしている。
じっとカウンターの奥で日暮れを待ちわび、ガラス越しに入道雲を眺めていると
「まるでポニョみたいな気分になってくるんだよね~」
と、世話役で同世代ママのYさんがつぶやいた。

「ここは一人で寂しいけど、慣れたら気楽よ。社長の奥さんが言ってくれたけど、お客さんが来ないときは本を読んでたってかまわないのよ。」
「え~!!? 私、今までの職場でそんなこと言ってもらったことありません。」
と、とろけそうなゆるい職場環境が気に入っていた。

しかし、職場環境の緩さと、収入は反比例して厳しいのは否めない。
お盆休み明けにも空いた非番の時間や休日には、やっぱりハローワークにでかけて求人検索をかけていた。

ちょうど1週間前の25日水曜日の午後。
正午から午後にかけてH駅前の美容院でカット&カラーをしてからついでに付近のハローワークに寄っていた。昼下がりというのにPCブースはほぼ満席だったが、待たずに空席に滑り込めた。
偶然、新居から最寄の福祉事業所の「支援員」の求人票が一発目でヒットした。
「ダメもと」で応募したところ、会議で不在だった担当者から30分ほど経過して直々に携帯電話に連絡をいただいた。
面接は、週明けの30日の午後4時と決まった。

そして、昨日週明けの30日。
一通りの業務を手ほどきしてくれたYさんと懇意に二人で勤務する見習いを終えて、
月末の2日間は、ベテランのIさんと過ごすことになった。
「私、独り立ちしたら非番に別の仕事を探しています。」
両人には、採用直後からそう仄めかし、家計がラクでないことを理解してもらっていた。

しかし、自分でも思わぬ展開に今も信じられないくらいだ。
午前から午後にかけて4時間半のパート勤務を終えて、一時帰宅。
今度は履歴書を入れた封筒をリクルートバッグに詰め替え、スーツに着替えた。
用意していた想定質問もなんだかうろ覚えだ。
けれども、ふてぶてしいことに全く緊張はしていなかった。

なんとなくここまでスムーズにきて、面接も実に自然でスムーズだった。
「では、履歴書拝見しますね。」
「どうぞ、ご査読ください。」
「・・・これは、もったいない履歴ですね。」
「ちょっと消しゴムで消したいくらいで。。。」
「もう保育士に戻るつもりはないのですか?」
「大学院に進学した前後から腰を痛めまして、断念しました。腰痛が災いして子どもたちの安全を守ることに限界を感じ、 転職を考えました。」
「保育士さんは腰を痛めている方が多いですね。イヌのことで論文を書かれたのですね?」
「それも、保育士ではなく一般人として何ができるか?と苦肉の策でイヌの散歩のシーンを集めました。」
「是非、読ませてもらいたいです。私どもの事業内容は多岐にわたっていますが、最近アニマルセラピーの効果に関心を寄せていたところです。」
「そうでしたか!ありがとうございます!」

<続く>

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 日記


終戦から65年目の記念日も相変わらずひどい暑さです。
お盆ラッシュとは関係ないですが、更新が滞りがちです。
猛暑に負けて、エアコンつけたら夕方から日暮れを待たないことには、ほんのそこまでの買い物までもが億劫です。
家事のなかでも、やっぱり買い物タイムは楽しいようで、面倒なロスタイム。
激安品の前で財布とにらめっこしながら手を伸ばしたり引っ込めたり。
冷蔵庫をパンパンにしたくないし、数日経てば、余った食材で何を作ろうかと悶々として献立が決まらな~い。。。

それなら、日中冷房の室内で何をしているのかといえば、11日から今日15日までの盆休み中は実家やら友人宅でのほほんと時間が過ぎていくばかりでした。
おなじみの故郷の市街地をうろうろするくらいで遠出はしなかった(金欠でできなかった)けど、比較的平凡な盆休みだったかな?

それでは、前回の続きです。
恩師Y教授との思いがけない再会の直後に教育実践学フォーラムが始まりました。
「子どもの生活リズムとパフォーマンス」-睡眠教育(眠育)の重要性-
ゲストスピーカーは、兵庫県子どもの睡眠と発達医療センター 三池輝久先生でした。

1942年熊本生まれの三池先生は、1968年熊本大学医学部卒後、小児科入局。
同大学医学部講師に就任後は、小児発達学講座を開講され、2008年4月より現職というプロフィールです。
本来は筋ジストロフィーが専門だったのに、不登校児にどっぷり専念されたと自己紹介されました。

不登校児の問題を取り上げるとき、生活リズム・パターンの改善がなかなか進まない。
生活リズムの乱れには、多くの原因や背景が考えられるが、本当の背景はどこにあるのか?
脳機能と、睡眠リズムのアンバランスではないだろうか?
睡眠は脳の栄養であり、「眠る力」は生命力でもある。
ある研究によれば、1日平均7時間睡眠の人は長寿。
5時間以下なら平均寿命よりも1.6倍、10時間以上なら1.9倍早死にするらしい。
つまり、ひとそれぞれの最適な睡眠時間には個人差はあるものの、
長生きするための理想的な睡眠時間は7時間で、
短時間でも長時間でも短命だということらしい。

睡眠を司る脳機能には3つの役割がある。
1.体温調節
2.ホルモン分泌
3.自律神経

レム(動)睡眠中には、情報処理ネットワーク(記憶)を整理する。
脳を活性化すると脳神経回路のシナプス受容器にグルタミン酸が蓄積するが、
睡眠時には、除去するはたらきがある。
徹夜で詰め込み型の試験勉強をすると、グルタミン酸が蓄積したままとなり、翌朝受験の最中ブチッと脳裏で音がしてそのまま頭が真っ白になり、しばらく眠ってしまったというエピソードもある。
だから、「あんまり勉強しすぎると却って逆効果」
無理しても脳は働かない。
ミトコンドリアは体内にエネルギーを供給する役割をし、且つ、シナプスの脳機能維持を果たしている。
しかし、質の良い睡眠中に機能されていて、熟睡できないと機能しない。

睡眠の「長さ」と「時間帯」と「質」がとても重要である。
光と電気の24時間営業の現代日本人のライフスタイルが、生活リズムを壊し、日本人は睡眠によるリセットの力が失われている。

地球上の社会生活、学校生活からの離脱、睡眠欠乏の慢性化と混乱が脳機能の歯車を噛み合わせることが難しくなっているのに加え、脳機能バランスの悪さが、昨今の発達障がいを引き起こしているのではないか?
と、三池先生は推測されている。

睡眠が障害されると、どうなるのか?
ネズミを不眠不休させると、6日目には死んでしまう。
発達障害児では、新生児期から泣いてばかりいて眠らないなどの症状が懸念される。
乳児期から睡眠リズムがバラバラというケースは後に発達障害と診断されることもあるだろう。
1~4歳児の71%は午後10時までに就寝しているが、29%が10時以降も起きている。
これらの約3割の子どもたちを3~5歳までのうちに睡眠障害の治療・予防する必要がある。
そうでないと、睡眠障害は生涯の問題につながるのではないだろうか?
思春期に睡眠障害で朝起きられないという理由で不登校に陥った場合、
起きてから登校させるというのではなく、定刻に無理に起こして連れて行く方が得策である。

ADHDの場合、多動になるのは脳の一部が眠っていて、覚醒しきっていない状態であることが一因と考えられる。
日中、教室で「じっとしてろ」「座っていろ」と叱られると、
本人は「自分は好かれていない」「どうせ俺なんか・・・」という態度になり、
やがて反抗挑戦性障害へとつながりかねない。

睡眠障害は発達障害児・者だけの問題ではない。
ストレスと不安が強まると眠れなくなり、仕事が捗らない社会人を増産している。
夜でも明るい日本の都会の有様にも問題がある。
睡眠学者アビサレイの報告によれば、
日本人の平均睡眠時間は、1960年代には8時間13分だったが、
2000年代には、7時間23分に減少している。
最早日本人は、世界で一番睡眠時間が短くなってしまった。
日本だけでなく、隣国韓国の高校生も受験競争を強いられ、睡眠時間は5時間以下とのことである。

三池先生はレジュメでも、以下のように強調してしめくくっている。
「不登校は、こころの問題を背景とした不安や緊張に伴う生活時計軸のズレです。
 朝、学校社会生活時間に脳が目覚めてくれず、精神身体活動の準備が間に合わないので、
最終的には昼夜逆転の眠りが現れます。
こころの問題の解決はできませんが、睡眠リズムを調節し、学校社会への復帰に向けて準備を整えるお手伝いができます。」
今後は、幼児期・児童期からの睡眠障害と思春期不登校、ひいてはひきこもりとの一連の関連性を明らかにする研究をされるそうだ。




主婦業は、エンドレスの無報酬事業です。
やめられない、とまらないわけだけど、
子育て済んで、パートナーも円満定年退職したとき、
「自分の残された時間を自由に謳歌したい」
という熟年女性の気持ちが、たったの4ヶ月くらいでなんとなくわかってしまうのは、
自分でも少し早過ぎないだろうか?

以前は毎日、綴っていたブログを今はまとまった時間がとれなくて一番、後回しになってしまいます。
余暇は確実に増えているはずなのに、脳裏で「そうじしなくちゃ」「買い物しなくちゃ」「料理しなくちゃ」と考えていることは、永い独身時代には全くといっていいほど母任せだった・・・

長寿天国は、間違いだったのかと諸外国から疑われるような報道が相次いでいて、目下、私の親族も他人事ではありません。
週に1回は、独居暮らしにしてしまった母の様子を見に行ったり、母の親しい友人に様子を訊ねたりと、
日ごろの何気ない会話が一番大事だなと切実に感じる猛暑の8月上旬です。


さて、前置きがいつも長いのがクセであり、何気ないことも大げさに記録する習癖も遅まきながらのブログ更新を維持させています。
去る7月31日(土)は待ちに待った講演会の当日でした。
大学院の同窓生で親しくしてくださっていた複数の目上の女性の方々をしつこくお誘いしていました。
3名の方々は、いずれも教育者として重要な社会的地位をお持ちの上に、相変わらずのご多忙ぶりで、なかなか連絡がつきませんでした。

けれども、そのうちの1名の方と再会することができました。
待ち合わせは、大阪中之島界隈のキャンパスイノベーションセンターに正午と決まりました。
独身時代から、しばしば愛用してきた青いワンピース姿でいそいそと出かけました。
お相手は、某H大学の講師に就任して3年目のK先生で、2年ぶりの再会でした。

「貴女が、わざわざ誘ってくださらなかったら、自分の研究につながるこの講演を聞き逃していたわ。ありがとう。」
「大学院に入学する前から定期的にフォーラムを開催されているのを知っていて、修了後もしばしば聴講していたのですが、今回はどなたか同窓の先生方とご一緒したかったのです。
今や、すっかり大学院と無縁の生活を送っている私に、変わらず懇意にしてくださってありがとうございます。」
「そうね。。。不況で大変でしょうけど、がんばってね。」
「先生の大学の学生さんたちも就活大変なのでしょうね。」
「ええ。採用試験に合格した学生は誰もいないから、厳しいわね。偏差値がそんなに高くないし、受験勉強もそんなに苦学していないからのんびりした学風なのよね。」
「中高時代から、それほど遮二無二勉学に励まずに、すんなりと大学まできたのでしょうね。」
「そうなの。だから、社会人になる厳しさがよくわかってないらしいのよ。だから採用試験や就活を何となく甘く考えてるようね。」
「私も当時はそうだったかもしれないです。バブルがはじける前だから、のんびりしたものでした。社会人になって大学も入りなおしてみたけど、履歴が途切れ途切れになってしまっては、もう取り返しがつきません。」
シーフードピラフを食べ終え、話は、今時20歳前後の現役大学生たちの関心事が生活習慣と肥満の関係についてだったり、ひきこもりの人々の将来、ヤンママの虐待の危険性や、親ライセンスの必要性など、誰もが持っている最近の関心事へと進んだ。
その間、突然、携帯電話のベルが鳴って中座した。
お誘いしていたもう一方の、S先生からだった。
「ごめんね~~!!本当は今日行くつもりでちゃんと申し込みもしたんだけど、午後から急に学生のゼミが入ってしまって・・・!今度はきっとご一緒しましょう!!」

講演30分前の午後2時になり、2階のレストランから3階の多目的ホールへと移動した。
着座してしばらくすると、何と、恩師の修士論文指導教員Y教授がお出ましになり、私の後列に着席された。
「先生、ご無沙汰しております。在学中はお世話になりました。こちらで偶然お会いできるとはびっくりしました。」
「大学教員もいろいろ勉強しなくちゃね。フォーラムは、所用がなければ参加するようにしてるよ。
元気に新婚生活送ってるの?」
「はい。毎日の家事に苦労してます。主婦の地道な大変さが身にしみてます。」
「そうなんだ。えらいじゃないか。」
「Tさんは、無事、論文書いて修了されましたか?」
「それが、まだ指導してるんだよ。今年でラストチャンスだからね。」

定刻2時半になり、司会のコーディネーターM先生が、ゲストスピーカーの紹介をするところからフォーラムが始まった。
ここで、そろそろ晩御飯の支度をします。
<続く>


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