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2010/10/31 (Sun) ちょっと同窓会
ハロウィーン・イヴの昨日の午後。
大阪・中之島のイノベーションセンターへ3ヶ月ぶりに訪れてきました。
目的は、ほぼ恒例となった『教育実践学フォーラム』を聴講すること。
今回は、夜間大学院の親しい修了生のどなたもお誘いせず、単独でのほほんと遅刻して到着しました。
すると、空席は、後部に1席残っていただけで、前回よりもたくさんの教職関係者で埋まっていました。
それもそのはず、ゲストスピーカーは、京都大学霊長類研究所所長の正高教授だから!

「遅れまして、すみません。」
と受付の名簿リストの自分の名前を確認してもらったとき、知っている方々の名前が数名2~3名目に付いた。
会場に入ると、最後尾の座席に座っていた女性がふと顔を上げ、私に微笑んだ。
「私もいま着いたところだったの。お電話しようと思ったけど、ケータイを変えたからあなたに連絡できなかったのよ」
3ヶ月前、同伴してくださったK大学講師のK先生だった。
「私もご多忙だろうからと、今回は敢えてお誘いしなかったんです。」

ごそごそと着席すると、早口気味に正高先生の自己紹介プロフィールが始まっていた。
<続く>
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2010/10/11 (Mon) 平凡な3連休
世の中には「自分にしかできない」使命を果たそうとする選ばれた人々がいる。
そうした人々は多くの人々の誉れを受け、後世に名を遺すのがいいと思う。
それは、ほんの一握りの才覚に恵まれた特権なのだから。
せめて、自分にだけ与えられた天からの恩恵なのだと感謝し、万民に寄与してもらいたい。


凡庸な私に何かの誉れがあるとすれば、一応、室町から続いてきたらしい親鸞聖人の一門に属する家系の末裔といったところでしょうか?
今のところ、名もなき平凡な兼業主婦です。

それを実感したのは、30年以上も昔昔の子ども時代ことです。
当時7歳、小学2年生の初夏でした。
父方の祖父の葬式が生まれて初めて参列した葬式だったと記憶しています。
参列者は父、母、私と女性親族、を除いて全て黒い袈裟姿という色あせたカラー写真がアルバムに入っています。

昨日は、「1Q84」のBOOK2を期日までに読み終えて図書館に返却したけど、
2010年10月10日ということに宵になるまで気づかなかった。
本日は、「生物多様性条約」を記念する長時間特別番組を視聴しながらのんびり私らしく過ごしています。
やっぱり、寛げる瞬間は12歳の頃から習慣化したとりとめもなく頭から自ずと浮かんできた何かを書き留めておくことです。好きなTV番組を視聴しながら。

この3連休の初日は、日本全国ほぼ終日雨でした。
雨の日であろうとなかろうと、休みのうち、まずは2~3時間は掃除をするのが定番になってきました。
そもそも、独身時代から気分転換に清掃に没頭するタイプではあったかもしれません。
例えば、襖の桟に溜まった綿埃や、洗い桶の黒ずみを重曹でピカピカにするのが、かなり好き。
今日は、快晴だから朝、身体が少々重だるくても、布団を干しました。
湿った布団に怠惰に寝ていたって構わないけど、そのだるさも、少しヨガの動作で振り払って、布団を天日に干して布団叩きで埃を叩き出したら、何かが一掃されて爽やかになる。
まるで、修行僧は仏像や仏具をお身拭いすることが当然であるかのように。

昨日は、実家に戻ってきました。
休日には、去年まで別居婚で週末夫を待っていた実家へ、現在は私が母から譲られたバイクに乗って母の様子を見に定期的に帰っています。

帰宅したら、母はものすごい音量で液晶TVを視聴していた。
一度、話しかけても一度では理解できないので3回位は繰り返す。その度、声を荒げて大きくなる。
第3者からは怒鳴っていると間違えられるが、難聴の母にはそれでちょうどいいのだから仕方ない。
ついさっき、話していた内容をすぐ忘れてしまう。
「今私が言ったこと、言ってみて。」
「その内容さっき話したから思い出して。」

しかし、母はいつでも開き直っている。
「精神科医のN先生が年相応の物忘れで認知症じゃないって言ってくれてるもの。」
「あと10年は大丈夫よ。」
とお決まりの食材でワンパターンの昼食をふるまってくれました。

午後から母とNPOの介護サービスを主宰しているOさんの別荘件事務所を訪問した。
Oさんと知り合ったのは、お盆休みでした。
Oさんの複数の福祉事業のひとつのうち、私たち母娘が共感できることがあった。
それは、アンペイドワークに束縛され、いつしか自分が寛げる時空間を喪失してしまった人のために、格安のワンルームを提供する事業だ。
「わんわんコミュニティ」を私に紹介してくれたIさんの誘いで、初対面のOさんと意気投合した。
業としてきた人脈は広いようでも狭い。
Oさんが、2年前に従業した授産施設の施設長と近しい間柄というのも奇遇だった。
以来、数回お会いしている。

本当は、同日わんわんコミュニティの定例会で、Y氏が愛犬を連れて初参加してくれる予定だった。
しかし、どういうわけか、突然に代表のHさんとOさんから当分、休止という連絡メールが入った。
二人とも、家事、育児、そして生活の糧を得る仕事に加えて無報酬のコミュニティ活動が大きくのしかかり、結果、「なんで私だけ!?」ってことになったらしい。
なんとも残念の一言だけど、お客さん同然の立場にあった私としては、そういう理由で辞めるのも頷けた。
参加者もうつやひきこもりなどを経験して、社会参加はもとより外出そのものが難航しているというメンバーが気まぐれにやってくるため、そもそも組織としてもいつ消滅してもおかしくない危うさがあった。

「17日空いてる?」
「ええと、午前中なら・・・」
「ええよ。ほんなら9時ごろ市役所前に来て。」

来週17日、地域でNPOフェスタという催しの準備で、手芸の得意な母が、Oさんの出品作品の手伝いをしている。
「暇があったら、なぜかいつも掃除してるなあ。。。」
「どうして?」
「ウチ(実家)に帰ったらやんなさいよ。」
「しません。汚いのがいいんでしょ!」
「新居でそんなに掃除やってるのは、義務感で?」
「・・・そうなのかなぁ・・・」

たしかに、主婦になってある意味、義務感を感じているのは、ゴミ出しなどの生活に伴う定番家事を放置できなくて帰宅してしまうこと。
毎月曜日は、プラスティックゴミの回収日で、それを逃すと来週まで2週間分も溜まってしまう。
冷蔵庫も空になったら、買い物しなくちゃ、何を買って作ろうかと、苦手意識と足りない頭が無理に先走る。
そういう役割は、やっぱり女性に不平等に押し付けられているんじゃないかと卑屈になること。
主婦だからではなく、ゴミ出しは、小学校の掃除当番が回ってきたら誰だってやらないといけないのですが、
家庭においてはどうなんでしょうね?

一方、新しい支援員の仕事でも何かと柵やら矛盾が見えてきた。
実は、支援を要する利用者の方々の大半は、自治体から保護を受けている。
その暮らしぶりは概ね私よりずっと豊かで恵まれているように見える。
私だけでなく、ヘルパーとか、ケアマネとか、デイサービスのスタッフなどさまざまな支援者が一人の利用者に入れ替わり立ちかわり恭しく傅く。
なんだか、ごねたり、不満を言ったりする利用者の方たちが王様か皇女様みたいにうらやましいと思えることがある。
介護だってまだまだ不十分かもしれないけど、保育所で一度に多人数の幼い子どもたちから8時間労働で片時も目を離せない保育士の激務と比べると随分なVIP待遇にも見える。

去年の秋から今年の夏まで、あんなにおびただしいクレーム耐え忍んできた派遣社員の仕事は、時給700円代だった。
毎月の家賃を支払うのがやっとで、月末はうどんをすすっていた慢性過労の年上の独身の同僚がぼやいていたことを思い出した。
「そろそろ辞めたいんだけどなあ~」
「ねえねえ、どうやったら生活保護受けられる?」
と冗談交じりに笑っていた。

それでも、今の私には何が報酬といって、今かかわっている利用者の方たちの笑顔かもしれない。
支援事業に就いて彼是10年という専門員のIさんの助手席の支援員は短期間で入れ替わってきたらしい。
10年続いた理由を自己分析すると、やっぱり利用者の方たちの笑顔が嬉しかったり、感謝してもらえたことだったと話してくださった。
先輩専門員のIさんの手引きで事業所と1週4日間につき延べ10人の利用者の方々の間を関係機関を何往復も駆けずり回っている。
ドタバタ系の業務内容は、結局、営業やら保険のおばちゃん業もかじった私には向いているように思える。
営業職員と違う大きな利点は、相手に忌み嫌われないことだ。
もちろん、ことばの駆け引きや、クレーム対応なども、医療事務の経験が活かせると自負している。
利用者の方々が支援を要するという関係で、ようやく私も新しい生業を立てている。

昼休みには、事業所に併設されたボランティアセンターで子育て真っ最中というの若い上司と、ペットボトルキャップの山に埋もれてシールはがしの単純作業で雑談する。
「1ヶ月前にすごい履歴の方が来るそうだってだってうわさしてたんですよ!」
「そんなんじゃありません。同じ職場でずっと長く安心して働きたいのに、自分としては全くの不本意ですよ。」

20年前は、数カ国を旅した日本人の私が、100キンで中国製の品々を物色し、
中国人観光客が日本の品々を買い漁っている。
昨晩、我が家にインドネシア製のテレビラックが備え付けられた。

お腹が空いたと思ったら、もう3時を過ぎた。
久しぶりにラーメンつくろうかな?

プロフィール

ゆきんこ

  • Author:ゆきんこ
  • 2005年8月23日にデビューして、ブログ歴12年目になりました。
    開設当初、障碍児加配保育士を経て、紆余曲折の3年間の夜間大学院の日々を綴ってきました。
    修了後も、失業と再就職を繰り返し、どうにかケセラセラでやってきました。
    出会いと別れの中で次第に専門分野への執着を捨て、遠ざかる日々です。

    独身時代の趣味は、旅行、水彩画、ハイキング、心理学系の読書、リコーダー演奏などでしたが、兼業主婦になってからは家事にまい進、心身とともに衰退しています。
    かなり前に流行った「どうぶつ占い」では「人気者のゾウ」ってことになってます。

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