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今日から明日にかけて、西日本から全国へと雨模様になりそうな5月下旬。
子ども時代からお馴染みのHパークの薔薇園が盛況だとNHKでは薔薇ソムリエをゲストに迎えて報じていました。

子どものいない専業主婦は、結構暇を持て余し、だらら~んモードに陥りそう。
それでも、主婦は日常当たり前の家事がアンペイドワークなわけだから、
冷蔵庫の中が空っぽになれば、買い物へ行くし、汚れた衣類がたまったら洗濯する。
埃が被ったら掃除して、「おじゃるまる」を見終わったら料理する。

これでも、暇つぶしに週1~2回は定期的に外出する機会がある。
カイロに通って姿勢矯正も継続中なので、スタッフのYさん、Oさんと一緒にお昼ごはんを食べてダべリングしたり、ワンちゃんのふれあい活動しているHさんのグループ勉強会に久しぶりに参加したり、NPOのOさんにお会いしたりと、仕事にならないなんやかんやの再会と雑事が舞い込んでいる。
おまけに、何人かの友人、知人からもメールで「久しぶりに会いましょう」という連絡が入って嬉しさとワクワク感でいっぱい。

失業中にもかかわらず、ぐずついたお天気と裏腹にいい気分なのは、たまたま天満橋でゲットしたシティモジャーナル5月号の「ラッキーカラーで幸せ星占い」に書いてあったことを真に受けてるから。
2011年5月の星模様は、
「行動力が高まり、気分的にも、明るく前向きになれるときです。ここ数か月、なんとなく気持ちがふさぎがちな人も多いかも。だけど、今月は、つとめてポジティブにゆきましょう。春らしく、軽やかに前へと向かうエネルギーを享受できる1か月。」

そして、私の生まれ月のお告げにはこんなことが書いてあった。
「相変わらずお仕事や勉強は忙しそうですね。だけど今月は、やればそれだけ成果がちゃんと出る暗示。責任感のある言動を心がけて」
失業中なんだけど、冒頭「相変わらずお仕事、勉強に忙しい」というのは、そんな星の下に生まれた定めかな?

それでも、やっぱり家事の合間も何気に就活もしなくちゃと頭を過ぎる。
5月を振り返ってみると、
再就職が決まるまでまたもやハローワーク通いをする羽目となった。
13日には、おなじみの職業訓練コーナーに赴き、7月から開講予定のコースに申し込みに行った。
最近、慢性的に失業者が続出しているためか、どの訓練コースも応募受験があって制限された合格者に門戸を開くことになっているらしい。
一昨日、24日はその事前説明会があり、午後1時に天満橋の「エル・おおさか」まで出かけた。
養成コースの定員は30名のところ、会場に集まった応募者はなんと100名以上を超えた。
「今年は、失業率が高くなり合格率は3倍になっています。」
と、講師が説明し始めた。

一見、人気を博している講座のようでもあるが、皆失業者だから、実のところ本当に切実。
開講者側は、来る超高齢化社会に備えて国の施策とタイアップして、「質の高さ」と受講者の本気、やる気度を推し量っているようにも思われた。

説明会の前夜、ホームページで調べてみたPDFファイルと会場で配布された資料の内容は殆ど合致していた。
シラバスや講師陣もなかなかゴーカで、ひときわ注目したのは、「成年後見制度と地域権利擁護事業」と「自己の健康管理」
何よりいいなと思ったのは、実習先一覧の中に、自宅からほんの100メートル圏内に実習先があったことだった。

そんな表面的なよりも、いざ合格、受講スタートとなったら、大変なことになるぞ。
説明の最後に「覚悟して受験せよ」とプレゼンターのY先生(シラバスの講師名には彼女の名前が何度も記入)は何度も念押しされていた。
無遅刻・無欠席は当たり前。
もし合格した暁には、500時間すし詰めで夏から冬にかけての6か月間を過ごすことになる。
そんなことより、正職員でなくてもいいから同じところで恙なく働かせてほしいだけなんだけど。
今まで一体、何度失業し、その度に、訓練を受講して、履歴書を書いては面接という再就職活動を繰り返しただろう。

トイレでふと話かけた女性も「受験します。」と言って素っ気なく同じ建物を後にした。
それから、徒歩25分ほどで到着したのは、大阪家庭裁判所の後見係という全くお馴染みではないところ。
初めて出かけてみると、隣はNHK大阪放送局で、その隣には歴史博物館もあり、大阪城も望めるという素敵な場所だった。

つい3月末まで支援員の業務で、しばしば目にしていた「成年後見申し立てセット」
それを故郷のH市の職員から当事者家族として受け取り、ここに来ようとは思ってもいなかった。
受講内容に連なる超高齢化社会問題は、正に自身の「灯台下暗し」。
10年来、決着の着いてこなかったある家族問題に腰をあげなくてはならなくなった。
そのため、市会議員→市民相談課→司法書士の法律相談と渡り歩いて、家裁にたどり着いたのだった。

詰まる所、クローンでない限り、人は誰にも父親と母親がいる。
喜寿にも差しかかった老齢の父母が、心身に支障を来たし、ややこしい公的手続きやら、お金のやりくりができなくなれば、成人した子どもが代行するのが世の習わしである。
しかし、親子関係さえもややこしいとなったら、誰に委託するのか?
それが、成年後見とか、権利擁護の根幹的な役割なんだろうと解釈している。

後見係では、まず手続き案内と説明ビデオの視聴室に案内された。
20分ほどの説明ビデオが1日中繰り返し放映されていて、よくわからない箇所をノートにとった。
もし、申し立てるとなれば、申し立てセットに必要な書類を整えて再訪することになるだろう。
あ~あ、人間っていろいろややこしいけど、誰もが法の下に生かされているんだなと実感し、
滅多に来ない珍しい事物なんだからと、持ち前の好奇心で乗り切っていきましょう。

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今週は火曜日から金曜日にかけて毎日雨が降り続きました。
ようやく、洗濯槽にてんこ盛りになった洗濯物を干して、すっきり爽快な週末です。

今回の日常の発見は、NHK総合で毎週土曜日午後12時15分より放送中の「生活笑百科」です。
2組の漫才コンビが、身近に起こった珍問題を投じ、2つの選択肢をレギュラー回答者がそれぞれに説明し、最後に専門家である弁護士が解説するという番組展開です。

後半に出演したオール阪神・巨人のお二人が投じた相談事は、
「補佐人のついた認知症高齢者の遺言は、有効かどうか?」
というものでした。

なぜ、この問題に見入ったのかといえば、実は、私の今年3月までの前職と被る問題だったからです。
職務上担当させていただいた利用者の方々は、全て「判断力に問題のある当事者」であり、複数人の方々には「成年後見人」「保佐人」という方が選任されていました。
そして、本人に代わって金銭管理を代行するのが私の任務でした。

結局、弁護士の正しい回答は、「保佐人のある認知症本人の遺言は有効」ということでした。
成年後見人をもつ本人は「著しく判断力を欠く」というガイドラインですが、
保佐人の場合は、本人が「判断力」を全く持たない訳ではないので、意思尊重されるという解説でした。

私自身の半年余りの経験値からも「なるほどな~」と頷けました。
例えば、成年後見人のある本人(認知症)の場合、
・見当識(年月日や時間)がわからない
・お金をティッシュボックスに突っ込む
・買い物に行けない

これに対し、保佐人のある本人(精神障害)の場合、
・見当識は明瞭で、予定を立てた約束事ができる
・普通会話で、自分の困りごとを相談する
・銀行に同行することで、概ね自分で利用手続きがわかる

という大きな相違点が見受けられました。

退職して1か月余りが経ち、今改めて思います。
アルバイトという臨時雇用にしても生活支援員の職務にやりがいを感じて過ごした半年でした。
一難去ってまた一難と確かにややこしい方々ではありましたが、それだけに得難い貴重な経験でした。
ひとりひとりの利用者の方々に支援させていただけたことが嬉しく、感謝の気持ちがわいてきます。

私も知って間もない、世間にはまだあまり知れ渡っていない「後見人」制度ですが、
超少子高齢化社会において、今後はもっとありふれた当たり前の制度になっていくだろうことは間違いないと思います。

そして、40代の自分は、今人生の中腹地点。
つまり、富士山に喩えれば、山頂から下り道の折り返し始めといったところです。
山頂までの登り坂は、険しく、空気が薄く自然苦しくなります。
そうしてたどり着いた山頂の眺めは、目に焼き付いて印象深いものです。
下りは、登りより楽なのかといえば、実はそうでもありません。
膝や太ももには登りよりも筋肉の負担がかかるように思います。
しっかり踏んばらないと滑ってそのまま転げ落ちてしまうかもしれません。
より慎重を期さねばなりませんし、前半の登りに比べると、体力を消耗しています。

これまで、私の人生にはありがたいことに、生まれて間もない乳児から終焉の人々に渡る多くのさまざまの出会いがありました。
私の脳裏には、今の時節に相応しく雨露に濡れて尚、露の光に妖艶に咲く薔薇と虹が浮かんでいます。
そんな下り坂を目指したいとイメージしました。

来週は毎日いいお天気が続くようです。


元教え子の写真展


GWも過ぎると、関西地方はすっかり夏の陽気です。
GW最中には、新たな出会いがありました。
といっても、親族同士で付近のY公園でバーベキューを楽しんできました。
親族といっても、4年目とまだ浅い関係の婚家のメンバーなので、初対面だったわけです。
子ども連れのファミリーに交じって子どもなしの私が加わるのも何だか妙だったけど、
自分の血のつながりのない初対面の子どもと屈託なく戯れるのが、元保育士だった私のいいところです。

さて今日は、日本全国雨模様の様子。
午前7時に起床して、9時前には雨の中JRの最寄駅へと出発しました。
目的地は、新大阪駅。
途中、大リニューアルしたばかりの大阪駅を経由して唖然!
改札口が1階と3階に分かれて倍増し、これまで以上に華やいだ空港もどきの雰囲気に変わっていました。

それから、新大阪駅で下車。
メルクパルホールを通過して、着いたところはそこから1㎞圏内のとあるギャラリー。

実際には通りの手前で建物を間違い、うろうろ探していたところ、向かいの横断歩道の先で待っていた二人に手招きされました。
「すみません。この雨で電車が遅れてしまって、、、大分待ちましたか?」
「ううん。5分ほど前ですよ。でも、ゆきんこさんの知り合いかどうか。」
「そうですよね。私が早く来て紹介しないといけなかったのに、すみませんでした。」

遡ること連休前の4月下旬。
初対面同士の2名の知人を同時にこのギャラリーの写真展に誘っていた。
3月の終わりに、元教え子だったS君から写真展を開催するとDMをいただいた。
どうせなら特別支援に関心のある友人・知人にも鑑賞してもらいたい。
目星をつけた方々に一斉送信メールで募ったところ、Mさんと、Tさんが応じてくれ、当日を迎えたのだった。

教員同士で結婚したご夫婦の間に、S君が生誕し、家族の歴史とS君の成長が濃縮されていた個展だった。
ギャラリーはこじんまりとしていて、写真の数も思ったよりも厳選されていて少なかった。
残念なことに、S君や主催者家族の皆さんは不在で、他に来客もなかった。
そして、私の知人の一人からは、S君は新聞やテレビなどで取材されていたことを知っているとの返信もあった。

当時5歳だったS君が、もう21歳!
しかも、個展開催の招待状が来た!
それだけで、ワクワクして、彼や多くの児童生徒たちを支援していた汗だくの日々が蘇った。

S君のお母さんの進言がなかったら、私の人生行路もどうなっていたか、わからない。
まだ三十歳になる前の私に、言語療法士という資格取得の専攻科への進学を勧めてくださったのだ。
幸運にも、合格し、進学のために教え子の皆様と五年半を過ごした施設に別れを告げることになった。

S君の撮った作品から、私なりにその後の彼の半生が幸せだったのだろうと想像できた。
写真とともに、S君のお祖父様の俳句も展示され、老賢人の三十一文字に込めた明瞭簡潔な感性に触れ、多才な幸せ家族模様を鑑賞させていただいた。

小さな誰もいないギャラリーを出るとお楽しみのランチタイム。
横断歩道を渡ってすぐ傍のフレンドリーに直行した。
フリードリンク付のランチバイキングが、999円となかなかのサービスで3時間近くも食べて、終始、会話も弾んだ。
盛りだくさんのランチのおかげか、MさんとTさんには、初対面ながら、お互いの情報交換で親交していただいた。
でも、二人にとっては私という仲介者の近況が共通項。
「ゆきんこさんは、去年の夏、クリーニング屋さんで働き始めたとメールにありましたが、その後は?」
「そうそう!実は、あれからまたすぐに転職したの。」
思い返せば、去年から今年にかけて目まぐるしい日々を過ごしてきた。
二人の知人に近況を報告し、あまりの変化の大きさに自分でも、そろそろ落ち着きたいなという疲れを感じた。
「4月からまた失業して、カイロのアシスタントと、介護関係のNPOでヘルパーの仕事に誘いを受けていて、考えてるところなんだけど・・・」

そういえば、二人とも古い付き合いではない。結婚してから3年のうちに知り合った2人に親身に人生相談に乗ってもらえたことがありがたかった。
「保育士を辞めて、転職しようともがいているけど、やっぱり過去の特別支援の日々が愛おしくて今日も
お二人を誘ったのかもしれませんね。」
「きっと、ゆきんこさんに合う仕事が見つかりますよ。今までは合わなかっただけ。」

Tさんの身内には、震災の前に仙台から関西に転勤になり、不幸中の幸いだったというエピソードを聞いた。
不透明で不安な時代だから、誰もが生き迷っている。
心に染み入る励ましのことばをブログに転記し、明日は晴れることを願って洗濯物を干そう。






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