日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
処暑につき、恵みの雨?(祝6周年)
2011年08月26日 (金) | 編集 |
夏の全国高校野球大会の決勝戦は、午前中、雨で一時、中断したものの、
日大三高の圧勝で、無事幕を閉じました。
お盆を過ぎて、甲子園が終わると、真夏から残暑の気配に変わって、嬉しいような物寂しいような。。。

8月第3週の週末から第4週にかけて雨が降ったりやんだりしていて、猛暑は一時しのぎになってます。
天気予報では、猛暑が一区切りついたこの時節を「処暑」というのだとか。

しかし、お盆を挟んだ先週から昨日まで連日8日間は、公私共に毎日外出してくたくたになっていました。
元は、引っ込み思案(と自分で言っても誰も信じてくれないが)の私が、
20年以上働いてきたおかげで、外出が当たり前になったから、まあ、いいのですが。
外に出て何かができるというのは、元気な証拠には違いありません。

それで、何をバタバタしていたのかというと、主には離婚した両親のイザコザだとか、
就活に追われていました。

普通、両親が離婚したのなら、キッパリと後腐れのないようにしてもらいたいものですが、
過去20年来放置していたある問題が自然消滅する訳もありませんでした。
今頃、高齢になってどうしようもなくなった父母の板挟みになっています。

一人っ子の私の場合、頼れるきょうだいもいない。
3月末での失業後、その一件で公共施設をうろうろしては、関係者の助けを要請していましたが、ちっともあてにならないことがわかりました。

「なんでやねん!」と、どなたかのようにイライラしていても仕方ない。
それで、自分で一歩一歩解決するしかないと腹をくくりました。
「偉そうなこと言っても、あんただって、いずれは私のようにおばあさんになるのよ!」
と、諸々尻拭いさせて開き直る母に従うしかありません。
もちろん、その何千倍もお世話になりっぱなしだったのですから。

つまりは、少子高齢化問題は、自身の問題という方は私だけではないはずです。
老親を背負い、自分には子どもがいない。
では、自分の老後はどうなるのか?
ご厄介をかける相手は、必然、医療介護の専門家になるでしょうが、
案外、プロに任せる方がすんなり割り切れるんじゃないでしょうか。

血のつながった関係というのは決して代替できない。
けれども、そうでなくてもいいとなると、当然相手は変更可能になってくる。
それで、本人の意思を抜きにして、相手によってはグルグルと翻弄される弊害も出てくる訳で、
いずれにしても、どうしようもなくなった時の自分の身を誰に任せるのか、
考えさせられてしまいます。

前置きがまたまた長くなってしまいました。

22日に図書館に行って、昨年越しからリクエストしていた「1Q84 BOOK3」を借りて、
読みふける間もなく、週末を迎えようとしています。

8月も徒労に終わりそうな就活で、なんだか処暑バテしています。
ありがたいことに、7月からお世話になっている就労支援センターのナビゲーターO氏が、
淡々としながらも、熱心に支援してくださるので、どうにもダララ~ン、ノホホ~ン気分にはなれません。

盆明け早々にハローワークから帰宅直後、携帯電話のベルがなったと思えば、O氏の声。
「今日から募集している求人であなたにふさわしいのを見つけたから、ハローワークで検索して確認してみて。」
「わかりました。明日の午前中までには確認します。」

翌朝、最寄りの(といっても小1時間はかかる)ハローワークで検索。
確認してみると、応募者多数につき、募集を締め切ったところだとか。

また次の朝もO氏から電話あり。
「前回のは残念だったね。今度の求人は、たった今応募が始まったばかりだ。よければ、求人票を渡すので今からこちらに出向いてください。」
「わかりました。午後1時には到着できるように行きます。」
ドタバタで、支援センターへ定刻より10分ほど早く到着した。
求人票を受け取り、その場で面接の約束にこぎつけ、後日先方から電話連絡で面接日を知らせていただく運びとなった。

それから1週間後の昨日25日、午後3時の支援センター。

「それで、その後どうだった?」
「それが、K駅に着いた途端、折り返しのお電話をいただきまして。」
「ほう、そんなにすぐに?」
「他の応募者の方の面接が詰まっているので、その日のうちに面接されたいと仰いまして、」
「それは、随分急だな。」
「普段着のまま履歴書も用意していないので、一度帰宅して、履歴書を整えて身支度して先方へ伺ったのは、5時半でした。そこから、面接が30分と筆記試験が30分でした。帰宅したのは午後8時ごろでした。」
「終日大変だったね。」
「でも、24日に電話連絡待ちしてたのですが、なかったので、きっとダメだったでしょうね。HPで調べると、なかなか大変な内容でした。」
「ハローワークにはまだ採用結果の報告はないようだ。選考中だな。」
「そうですか。・・・それで、今日はどうしたらいいんでしょう?」
「あなたに向いている求人だと思ったけどね。まだ結果はわからないけど、他の求人を検索してみる?」
「そうですね。」

残りの時間いっぱい、事務職やその他の求人検索をO氏と一緒にやってみた。
たいていの条件は雇用期間が23年末までの3か月間と厳しくなっている。

他に目についたのは、隣町の特別支援関連のサポート人材の仕事だ。
元来の履歴に合致した仕事内容ではあったが、躊躇の気持ちは否定できなかった。
「従来の社会の在り方というのは、既存の社会があって、そこに普通といわれる人々が適応する形だったと思います。ところが、雇用社会情勢が変わり、その弊害が学校教育にも影響を及ぼしている。特別支援というのは、そうした規制の学校社会に適応できない児童生徒に、反対に一人ひとりに応じた合わせる支援社会の在り方が理想なのですが、何か矛盾を感じます。規範社会からはみ出してしまう人々が増え、私自身も失業し、その渦中でこうして支援を受けています。こんな半年ぽっきりの使い捨て付け焼刃な支援に従事しても、根本解決にはならないとわかっていて応募する気にならないです。既に腰も痛めてバーンアウトした身ですから。」
わかりきった私の口ぶりに、O氏は理解したように沈黙された。

でも、このままじっとしてられる悠長なご身分ではない。
かといって、存亡の危機というほどでもない。
明日はいやでもやってきますが、ひとまず、早めに晩御飯の支度をしましょう。
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2011/08/26 16:52 | 就職活動 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
いろいろあってお盆(猛暑お見舞い申し上げます)
2011年08月14日 (日) | 編集 |
気が付けば、葉月も早半ばです。
更新できない間、いろいろなことがありました。
こまめに綴ろうと思えば、時間が取れないこともなかったのですが、
最近、すっかり小母さん化現象を起こしています。
あまりにもひどい暑さも加わってPCを立ち上げるのも面倒になっていました。

しかし、根は真面目な私です。
さぼってダラダラと過ごしていた訳ではなく、6月下旬から7月にかけて、暑さと就活に戦っていました。
20年以上も前のバブル期新卒時よりも遥かに健気にアクセクと就活していました。

週に1回は、就活のバックアップをしてくれる就職支援センターに通い、ナビゲーターのO氏のサポートを受けて、面接をトータルで5回受けました。
しかし、応募先の業種・職種はこれまでの福祉一点張りから大きく逸れてバラバラです。
共通点としては、持病の腰痛に配慮して「座り仕事」に絞って検索していました。

その結果、8月4日に1社のデザイン事務所に採用が決まり、8日月曜日から営業事務としてフルタイム勤務を始めたところでした。
しかも、駅から徒歩5分の好立地、雇用期間の定めなしと常雇であることも好条件で、次に控えていた面接を断って心機一転しました。
「まさか採用していただけるとは思いませんでした。嬉しいです!」
と、雇用主さんの前で笑顔で挨拶したのもつかの間。

しかし、その喜びはわずか3日後には、消沈しました。
なぜなら、2日目にはまだ雇用主のAさんは、私に専用PCの使い方を自ら教えつつ、
「まだ、入ったばかりだからね。」
と仰っていたのに、翌朝は1時間近くも遅刻してきたのです。

そこで、Aさんがいないので、10日で辞職する前任者のKさんにその理由を聞いてみました。
「毎日が落ち着かなくて、いっぱいいっぱいだったんです。」
まだ設立2年目という新しい事務所ですが、事務員が足早に代わる代わる辞めていくというのです。
Kさんも1か月で見切りを着け、最も長い職員でもまだ勤続5か月というのは随分おかしいと思いました。

案じていたことが、その日のうちに起こりました。
代表のAさんの人柄がとても気難しく、怒りっぽい気性だとわかりました。
私のやることなすことをじっと疑惑の目で見張っていて、まだ業務内容も仕事の流れも知識も全くわからないのに、ミスを重ねるとそれだけで激怒しているのです。

しかも、スタッフは総勢5名で皆パート勤務。
だから、Kさんが去った翌々日からAさんと2人きりでフルタイムを過ごさねばなりません。
仕事の右左も何もわからず、ただ叱責を受けるばかりになるだろうことが想像できました。

久しぶりのフルタイム勤務で、2日目にはたちまち生活リズムが狂ってきました。
初日から残業で、買い物タイムがなくなり、帰宅は午後8時30分。まともな夕食が作れませんでした。
疲れすぎて、夜はぐっすり眠れないし、慣れないPC画面に目玉が泳ぐので、眼精疲労。
3日間のうちに全ての業務内容の説明を受けていると、何を言われているのかわからなくなり、頭の回転まで鈍くなってきました。
それも、雇用主のAさんよりも15歳も年上の私だから、などとは言い訳にならない。

採用面接の際にも、2回延期され、勤務中気ままにフラリと外出しては、クレーム対応は事務方に任せたきり放置するなど、
Aさんの代表としての才覚と器量にかなりの疑問がわいてきました。
つまりは、駄々っ子のようなAさんの尻拭いお世話係をするのが事務方なのだということが、3日間でわかったのです。

このような困った気難しく、些細なことで機嫌を損ねる上司を持ったことが、過去に何度もあり、結局、辞職しました。
彼らに付ける薬はありません。
障がい児保育に従事してきたときも、困った対象児をなんとか宥めすかせて対応してきましたが、最早、社長や上役ともなるとお手上げです。
Aさんの気の短さは、これまで出会った方たちの中で最も短いといえるでしょう。
3日目の勤務を終えて、帰宅したときにはためらうことなく決意を固めました。

4日目は、もう出勤せず、電話で断ろうかと思いましたが、そこは社会人の節度。
エレベーターを昇り、オフィスのドアを開けるまで、緊張して心臓が高鳴りました。
でも、私はもう小母さんなのです。Aさん以外のスタッフはまだ出勤前でしたが、思い切って告げました。
「おはようございます。」
昨日からご機嫌斜めのAさんは、ムッツリとして挨拶もしませんでした。
「たったの3日間で申し訳ありませんが、採用を取り消してください。私がミスをする度、貴方をイライラさせて迷惑をかけたく(かけられたく)ないのです。」

「えっ!?もう辞めちゃうの!早い!」
「私の教え方が雑でしたか?」
玄関ドアで、後から出勤したばかりのスタッフに挨拶して事務所を去りました。

この3日間の給与も、交通費も私には一切、支給されないでしょう。
何せ、母国は日本ではない方ですから、日本の常識も法律もどこか通用しないところがあります。
そこが、新天地で面白いんじゃないかとも思ったのですけど。
やっぱり、地球人ならどこに住んでも「短気は損気」だと思うんですけどね。

どうして、Aさん自国ではなく、日本で事業を始めたのだろう、
でも、事業以前にアンガーマネジメントしたらいいんじゃないかとか、
残されたスタッフは、彼をどう扱っているのか、気苦労は絶えないのだろうとか、
私の後にも、誰か事務員さん来るだろうか、でも無理じゃない?とか
いろいろ余計なことも思いを巡らせました。

私はめげずに、また面接の予定を入れました。
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2011/08/14 23:56 | 就職活動 | Comment (2) Trackback (0) | Top▲