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初夢3本


元心理学オタクのゆきんこ
ミドルエイジになり、精神的に貫禄がついてきたところで、おどおどしていた若い頃お守りにしていた心理学からは徐々に遠のいています。

そんなオバタリアン街道を歩んでいる私ですが、年明けから意味深な夢を見たので、記録することにしました。
後から暇があったら、夢分析しようっと。

まずは、一昨日見た夢。
同僚2名と私とで、ラリー競争しているところ。
その競技が滑稽で、魚釣竿を竹馬のようにぴょんぴょんとホッピングさせながら、20日間くらいの長丁場でゴールを目指しています。
前半は、同僚2名がリードしていましたが、後半戦にさしかかり、山場の難所に入りました。
そこでは、釣竿の乗りこなしの技が勝負どころ。
私は他の2名より前半においては、技量もスピードも引けを取っていましたが、
その難所である下りの急カーブを2者よりもスムーズに通過し、追い抜きました。
そこで、斜めに振り返り、苦闘している二人に「どや顔」で悦に入っているところで目が覚めました。

夢の中とはいえ、なんという厚かましさでしょうか。
しかし、これが私の本性かもしれません。

今朝方2つ続けて夢を見ました。
1つめの夢は覚えていませんが、なんだか怒っている夢で続けてみた2つめの夢でも私は憤慨していました。
夢の中は児童期に夏休みを過ごした3人の従姉妹の家で、当時のままでした。
夢に出てきた3人の従姉妹は、現実通りに私と同年代の40代に達していました。
成人後は、冠婚葬祭で会するくらいで、ほとんど付き合いはありません。

そんな普段会うこともない従姉妹たちに私は夢の中で憤慨していました。
彼女たちの長所は何と言っても聡明であること。
頭の回転が速く、学業ではいつも負かされていました。
反対に、短所は掃除や片づけが苦手で家の中はいつも雑然としていたのです。

いいおばさん年齢になった彼女たちの夢の中での有様は、当時と同じでした。
そして、廊下は水浸しになっています。
誰がやったのかわかりませんが、この家の住人であれば、3姉妹の誰かが疑われます。
いえ、誰がやったのであろうと、家族の第1発見者がこれを掃除して片づけてさえしまえば、それでいいのです。
しかし、夢の中の状況では、姉妹たちは、素知らぬ顔で我関せずという感じなのです。
3人のうち、2名の妹たちは用事を作って外出してしまいました。
残った長女はといえば、パソコンに熱中していてそれどころではないといった素振りです。

この3名が40歳も過ぎていい大人のくせして、水浸しの自分の家の後始末を誰もしようとしない。
つまり、夏休み中だけ居候している私がやらねばならないのか。
その無責任さに私は苛立ち、その場にいたパソコンに向かっている長女を睨み付けました。
しかし、長女は「私はそんなことに構っていられないのよ」というふうに何食わぬ顔で無視を続けています。
もしも、顔をあげて私の顔を見たなら、当事者になることがわかって知らん顔を維持しているのです。

従姉に文句を言いかけたところで、夢から覚めて、私は無意識にせよ、こんな否定的な感情を従姉妹たちに持っていたのだろうか?
と、はっとしました。

思い当たるとすれば、私は一人っ子。
親からの恩恵も、それと裏腹の責任も一人で背負い続けてきた。
つまり親の愛情からも、それと裏腹の呪縛からも逃れようがないわけです。
その半生を損とも得とも思ってきませんでしたが、時は今、高齢者介護の時代です。
一人っ子でない人なら、いやな言い方をすれば、親の言いつけや責任から逃れる術をお互い習得しながら成長してきたのだろうと想像しました。

夢の中で居残った長女は、一応姉妹の中では、「責任者」という位置付けであることを示しているかもしれないし、
長男・長女が責任取るもんなのだというユングの言うところの「集合的無意識」なのかもしれない。

実母の認知症は、一体どこまで進んでいくのだろう。
水浸しの廊下って何の暗示でしょうかね。何かのやっかい事には違いありません。
そういう漠然とした不安が無意識に見せた夢でしょうか?

保育士時代には、私は無数の子どもたちのおしめを交換し、オマルやトイレ洗いを繰り返し繰り返しやってきました。
もちろん、既にその経験は日々刻々と遠のいていますが、記憶には焼き付いているのかもしれません。


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明けましておめでとうございます。
今年も良い年でありますように・・・
アクセスのあるなしにかかわらず、ゆきんこらしく気ままに更新していきます。

さて、クリスマスからお正月にかけて充実していたので、多少疲れています。
ただ今放送中の朝の連ドラ「純&愛」のごとく、ダイジェストに綴ります。

昨年12月23日には思い切ってレンジフードの大掃除につとめました。
やれやれ、慣れないコテコテのひどすぎる油汚れと格闘し、約6時間を費やしました。
その甲斐あって、心おきなくキレイにスッキリしました。

しかし、年末から年始にかけても、TVショッピングで宣伝されている「シャーク」などの高熱スチームで除菌洗浄する掃除道具に魅力を感じています。

クリスマスには、多少手抜きしつつもクリスマス料理を作り、仕事納めの27日までアルバイトしました。
仕事の疲れを癒したいと、28日にはHさんと新今宮のスパワールドでリニューアルオープンした岩盤浴でほにょりと癒されました。
大晦日には、お買い物と多少手抜きしつつも午後からお節料理作りに取り組みました。
晦日そばを食べて、紅白歌合戦をわき見しつつ、着替えて真冬の夜空の下、初もうでに繰り出しました。
目的地は、参拝客の多さで日本屈指に入ると言われる伏見稲荷神社です。

参拝は今回で2回目ですが、初回はまだ20代初めの頃に行ったきり。
やたらに数えきれない鳥居の参道をひたすら歩いたこと、最寄駅から境内までの道中に踏み切りがあり、サイレンの鳴り響く中、線路の只中にいてひかれるんじゃないかとひやひやしたことを記憶していたくらいでしょうか。

神社でカウントダウンを唱えたのは、今回が初体験。
ドンドンドンドンと神主さんが叩く大太鼓の音と共に、参拝が始まりました。
あまりのすし詰め状態でのお参りにおぼれそうになりながら、(一応、関西にしては行儀よく並んでいた方かも?)何とか鈴を鳴らし、柏手を打って祈願しました。

それから、奥へ奥へと鳥居の階段が小1時間もかかり、途中ではぐれて迷子になってしまいました。
こんなときに限って、事前に報じられていた通り、携帯の通信が制限され、連絡が取れません。
まあ、結局は駅で落ち合って無事に帰宅したのは、午前3時半でした。

私もすっかりミドルエイジなので、若者のマナーの悪さや憚りなくラブラブなカップルの所作には眉をひそめてしまいます。新年早々にそういうオバタリアン世代になったんだなとつくづくと思いました。

翌朝は、少し寝坊しましたが、白みそのお雑煮とお節を午前中からいただきました。
午後からは母を招いて、のんびりと過ごし、付近の★MK宮に2度目のお参りです。
展望台から美しい夕焼けを望み、何だかいい年の幕開けになる予感がしました。
ここでおみくじをひいてみたところ、小吉でした。
「長閑なる 春の野中を 家人と 心安けく 行く心地かな」
とあり、私の心境に近似しています。

2日は父を訪問し、新年のあいさつを交わしました。
普段は全く交信をしていませんが、お正月くらいはいい笑顔を交わせて良かったです。

3日は神戸三宮へ
昨年より鑑賞したかった神戸市立博物館の「マウリッツハイス美術館展」を堪能しました。
ここでも入り口までに30分の行列待ち。入館後も人数制限でなかなかゆっくりと鑑賞する環境とはいきませんでした。
年も年だし、これからは年始の芸術鑑賞は控えたいと思いました。
しかしながら、実は、誰にとってもお目当てのフェルメールの名画「真珠の耳飾りの少女」が来日し、やっぱり直に目にした実物は感慨深かったです。
何しろ、この作品、恐らく10年ほど前にも天王寺美術館にやってきていたのですが、
その時、友人宅でのらりくらりと最終日を過ごしてる間に、閉館時間に間に合わず見逃してしまったという経緯がありました。
だからこそ、今回はしっかり目に焼き付けることができ、やっぱり良かった。
他に、ルーベンスやレンブラントなどオランダ名画が勢ぞろいで、見ごたえばっちりでした。
帰りがけには生田神社へも3回目の参拝へ寄り道しました。

4日5日両日共に、親族や友人とも新年の挨拶を交わしたり、会食を楽しみました。
5日は午前中に整骨院へ初通院。
待合の患者さんたちで賑わっていて、おみくじの話で盛り上がりました。

私は今まで1度も「凶」とか「大凶」をひいたことがなく、初詣なのだから、全て吉なのだと思い込んでいました。
ところが、患者さんたちの話しでは
「ありますよ。私なんて家族全員で引きました。」
「ホントに!?見せてくださいよ。」
「そういう縁起の悪いものは枝にくくってきましたよ。持ち帰ったら、後を引くかもしれないし。」
「そうですね。」

3が日を過ぎると、お正月ムードも徐々に平素に戻り、本日6日から仕事始め。
2013年になってから、一番の早起きをしました。
ありあわせのおかずでお弁当を作り、出勤です。
昨年末に「良いお年を」と挨拶した同僚が、去年と変わらず、ぞろぞろと出勤し開口一番
「明けましておめでとうございます」と新年の挨拶を交わしました。
そうした新年には、厚かましい挨拶をリクエストしています。
「実は私、今日誕生日なんですよ。」
「そうなの?それはダブルでおめでとう!」


もう四捨五入すれば50。年齢を2倍すれば90歳と加齢は大して嬉しいことではないのですけどね。
はてさて、今年はどんな1年になるでしょうか?
とりあえず、年始は順調な感じでスタートを切りました。

新年と誕生日に際し、
「今年こそはもっと腰痛を軽減し、その分仕事とお給料を増やして、素敵な新しい出会いに乾杯!」





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