日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
あっという間に母の日
2014年05月10日 (土) | 編集 |
縁は異なものという4月があっという間に去ってしまいました。
なんやかんやと家事や雑事が入ると、ブログは後回しになってしまいます。

4月中更新しなかった1か月間をダイジェストに綴っておくことにしました。
まず、4月第1週は、箍がはずれたように気分転換がてら家事をして過ごしました。
8か月間フルタイム勤務で余暇も少なくなっていたので、
その間会えなかった友人・知人との女子会の予定をいくつか作りました。
お金と時間と何でも話せる楽しい仲間
私には多少あるというのが、ありがたいことです。

そして、忘れちゃならない恩師への御礼。
定期券の有効期限間近の4月5日尼崎駅に赴きました。

もう4年前とは時の経つのは早いですが、
医療事務の職業訓練仲間との縁も続いていて、
その中のYさんが尼崎駅前で働いているというので、
久しぶりにランチを共にしました。

アベノミクスの効果があったのかどうか、
正職員に就けそうもない40歳以降の女性にはあまり関係なさそうです。
雇用契約が終わってしまえば、また職探し。
先の不安は尽きません。

さて、ランチタイムが終わってYさんは職場へ戻っていきました。
まだまだ午後は始まったばかり。
ふらりと阪神を抜けて駅近のK大学へと向かいました。
何のアポイントもなく、ガードマンに声をかけました。
「卒業生ではないのですが、F先生に指導を受けたものです。ご挨拶に伺いました。」
ガードマンの方が親切に案内してくれて、突撃のご挨拶となりました。
控室らしきソファでF先生は焼きそばをすすっておられました。

「先生、この度は大変お世話になりました。」
「この人ったら、次の紹介先断ってきたんだよ。」
「すみません、、、また先生のお顔に泥を塗ってしまいたくありません。
この度は格別なご縁をいただきましたが、スタッフの方々と仲良くできませんでした。申し訳ございませんでした。
はっきり言ってまあ・・・なんとかに睨まれたカエルって感じでした。」
「せっかく顔みせてくれたんだから、研究室を覗いていってよ。」
「いいんですか?他の学生さんのご指導もあるのでは?」
「だから、紹介するよ。」
研究室に移ると、10年前に気分は舞い戻った。
修士課程のYさんをご紹介していただき、なぜかその瞬間私も何かがんばろうと心に火が付いた。
「先生、再就職するまでの間、少し暇もあるので、英語を勉強し直したいと思っています。3月に届いた英語の学会誌のひとつを訳してみようと・・・」
「それ、私に見せて!」
「え?でも、先生はお弟子さんのご指導もありますし、御目にかけるようなものでは・・・」
「できたら、メール送信して」

それ以上はNOとはいえず、退職早々、仕事でもないのに自分から余計な課せを作ってしまいました。
それから、約1か月、ブログを綴れなかったのはある論文の和訳にチャレンジしていたという訳です。
就寝前の1~2時間と遅々とした速度で、辞書やネットで一言一句を調べながら慣れない作業です。
しかし、昨晩ようやく仕上がってみると、自己満足ではありますが、自己ベターの出来だったと思います。
私は、中高時代、父の引きこもりと暴力のために、受験勉強が十分にできませんでした。
それでも、大学、専攻科、そして、大学院とあつかましくも、高等専門教育を受ける機会に恵まれてきました。
十分ラッキーだったと思います。

しかし、反面、不十分だった学業領域もあり、英語はどちらかといえば、コンプレックスが転じて、
30代を過ぎてから、独学での英会話などでじわじわと力がついてきたように思います。

4月11日
離任式に招待され、最後のお別れのスピーチをしました。
離任する職員は全員で5名。
そのうち2名は臨月で出産退職ですからおめでたいです。
名残りを惜しんでくれる方々もいて、花束と思いのこもった寄せ書きの色紙もいただきました。
8か月間、夜明け前の真っ暗な道を出勤した甲斐がありました。


一方で、当てにしていた失業保険の給付が受けられないことがはっきりしました。
4月3週目を過ぎてようやく届いた離職票を携え、ハローワークへ。
しかし、駅前のデパート内に移転したハローワークの説明によると、
1年以内の契約嘱託の仕事は、双方の合意があれば、受給対象外とのことでした。

4月の初めに前職のコールセンターから、人手不足のため、臨時のアルバイトで4月中の期間限定でシフトに入ってもらいたいという、管理職のIさんから直筆のはがきが届きました。
勝手知ったる居心地のよい前職のコールセンター。
失業保険がなければ、即新しい仕事をゲットしなければ!


コールセンターを去る時、上司に「8か月間の契約なので、また戻らせてください。」
と予め、頼んでおいたのがよかったです。
4月20日コールセンターに戻ってみたら・・・

8か月余りご無沙汰していたうちにずいぶんと顔ぶれが変わってしまい、
知らない新人さんばかりでごった返していました。
でも、見覚えのある数名の古参の同僚の方に
「あれ?久しぶりやん!」
と気さくに声をかけてもらいました。

でも、何が変わったと言って、
自分のモチベーションが一番変わってしまったかもしれません。

私はバカ正直者ですから、お給料に見合った仕事をするのが普通だと思っていました。
ところが、この8か月のうちに、穿った性質になってしまったのかもしれません。
それも一因は、昨年8月から今年3月まではフルタイムの週5日勤務で、有給休暇に、ボーナス2回、社会保険付き。
処遇は、とてもよかったのです。

しかし、その間、本来の仕事を任されることはなく、ストレスと人間関係に苛まれました。
本来の自身の専門である特別支援に係る役職に就けたことは有意義ではありましたが、
やっぱり身に余る責任が果たせなかったという悔恨が残ってしまいました。
長続きしないことは、条件からしてもわかっていたので、その意味では退職は念願だったので、悔いはありません。

それから、1か月余り経ち、自分のアイデンティティが揺らいでしまったのです。
もちろん、心身のストレスが無くなったおかげで、平穏に家事とコールセンターの両立がこなせるようになりましたが。
私は20年近く築いてきたキャリアや資格を持ち腐れている。
なんとかに睨まれたカエルでもあり、自己有能感も効力感も何もない手足をもがれた虫のようでもありました。

4月26日
再び、F先生と会食をご一緒する機会に恵まれました。
F先生の愛弟子であるKさんに連絡をとってみたら、久しぶりに再会する運びになったのです。
Kさんは保育士から栄転して、児童相談員として活躍しているとの朗報を得ました。
誰に言うともなく、F先生が
「諦めて過去形にしちゃいけないんだよね」


私は保育士だった。
もう過去形です。

にわか素人翻訳の課題もF先生に提出して、
5月のGWは暦通りに休んでのんびり過ごしました。
主には衣替えや掃除、整理整頓で皐月の風を部屋いっぱいに入れて換気しました。

明日は、母の日。
前日の今日、母の日参りに行きました。
墓石に水をかけて、お花を生けて、イチゴとトマト、バナナのお供え。
そして、ラベンダーの香りの御線香。
手を合わせてお祈りしました。

さて、週明けにはダブルワークを始めることになりました。
偶然、GWに外出した帰りにガストで休憩中に、パラパラと捲っていたタウンワークの中に
関心をひく募集広告が目に留まりました。
早速電話をかけると、早速面接日が決まり、トントン拍子に採用が決まりました。

己の命ずるままに、そして、偶然の縁に導かれて
他力本願ですが、それでいいのかもしれません。
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2014/05/10 23:06 | 季節、気象 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲