師走なんだけど・・・

今年もカウントダウンの時節です。
しかし、私の心模様はだらだらモードです。
なんというのか、なんとかしなくちゃという焦りモードよりも、
ま、なんとかなるかなという安穏モードで、
就活に気合入りません。
あれから、一応、履歴書も手書きで書き換えて、
職務経歴書も、ハローワークの窓口担当Y氏の助言を参考に、
明瞭簡潔にA4枚にまとめてみました。

応募も2つほど、してみたのですが、
時給が安かったり、交通費の支給がなかったり、週5日勤務で条件合わなかったりで、
キャンセルしてしまいました。

これまでは、あまり選択の余地なく、採用されれば、多少の不満はあっても、
涙をのんで(大袈裟)、堪えてきました。
でも、もういいんじゃないか?
そろそろ、自分らしく無理なく働ける条件を厳選したって。
やっと政府も、世間一般も少子高齢化が深刻になって、
女性が働きやすいライフワークバランスを真剣に考えてくれるようになった。
馬車馬みたいに男性と肩を並べて働いてきた結果、
それでも、昇進、出世させてくれない日本スタイル。
古来からの男女の性役割を全否定するわけでもありません。
大方の一般女子は所詮、こまごまとした家事をするのに向いてますから。

一応、暢気なアルバイト主婦なので、
3食はちゃんと自炊してますが、たまの昼寝つきで、年末の掃除、布団干し、ゴミの分別、老母の世話、
年賀状作り、そして、たまの思いついたようなブログ。
師走だからというわけではなく、諸々の事を、めんどうくさくても、コツコツやってる師走です。

人間、何が賞賛されると言って
必ずしも、無難に悪いこともせず、長々と履歴を重ねたからいいってことでもないのです。

夕方、NHKの番組で「人生ドラマティック」というコーナーに同い年の坂上忍氏が出演していました。
夕食の支度を一時中断して、見入ってみれば、波乱万丈の俳優生活を物語っていました。
坂上氏の名前を初めに記憶したのは、1970年当時、『大草原の小さな家』が放送されていた時。
氏は、アルバートというローラの家にやってきた養子だったか、孤児だったか、そういう少年役の声優として
従事していました。
小学生の私は、ブラウン管の向こう側でお気楽な視聴者だったのです。

3歳で児童劇団に入団。天才子役として、大河ドラマにも出演し、大物俳優とも共演。
反面、坂上少年は、仕事で遅刻や欠席が多く、成績をつけてもらえなかったそうです。
学校で放課後友達と遊ぶこともできず、イジメにも遭いました。

新聞記者だった父親は、少年時代、あこがれの存在でしたが、1億円もの負債を家族に残して失踪。
家族の中でも既に子役俳優として稼ぎ手だった坂上氏にその返済が重くのしかかりました。

父への憧憬は、怒りと憎しみの入り混じったものに変わり、
10年かけて完済したのち、成人したら俳優業にやりがいを見いだせなくなって、競艇や、酒に溺れていきました。
もしも、借金がなければ、とっくに俳優をやめていただろうと、本人も母親も吐露していました。

そして、2012年父の死。葬儀には参列しなかったという坂上氏。
俳優生活43年にして、毒舌で人気を博した2014年。
その人気の背後には、父との絆、好き勝手放題だった父から受け継いだ血が流れていることを
自覚せずにはいられないと、半生を振り返っていました。

自分は、遺伝子を引き継いで、家族の誰かに似ています。
家族の誰かに似ている自分と、尊敬だったり、憎悪だったり、家族へのどうしようもない思いが
それぞれに渦巻いています。

私も、鏡をのぞくとき、
自分の顔の向こうに、亡き祖母や、伯母への思慕がしみじみと深くなってきました。
そして、祖母や伯母が、今の私と同い年のとき、
どんなふうに暮らしていたのでしょう?

掃除好きだったかな?本をよく読んでいたかな?手紙を書くのが好きだったかな?
優しい人だったかな?それとも、冷淡なところもあったかな?
もちろん、私には祖母とも、伯母とも、ほんの幼い時に会っただけで、
覚えてもいません。
青いインク文字のお手紙を時々くださり、それが残っているだけです。

だけど、二人とも、きっと喜んでくださいましたよね。
会えなかった長い時間、きっと私のこと、時々は思い出してくださいましたよね。
私は鏡をのぞいて、
いつも、傍にいてくださってると思っています。

なんてことを、同い年の坂上氏のトーク番組から連想しました。
来年もお父さん譲りの毒舌で、活躍していただきたいものです。

そういえば、今朝、裁判所から郵便が届きました。
開封すると、なんと書記官と弁護士から、10月末で倒産したアルバイト先の会社の
「破産管財人」に選定されたとのこと。

はてさて、就活してダブルワーク再開しても支障ないものなのか?
最後のお給料、社長にまだ払ってもらってませんけど。

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師走は忙しない(しはすはせわしない)

2014年もあと1か月を切り、本日、選挙戦の告示とか。
実は、短期バイトで、選挙にまつわるバイトに応募してみたが、
早々に500名の募集人数に達して、締め切ったとか。

ふりかえってみると、我が家については、アベノミクス効果あったんだろうか?
たぶん、消費税分、きっちり支出が増えた。
秋からは、マイカーが我が家にやってきて、その分、外出と外食、御土産を買う頻度も増えて、支出がふえた。
私自身の収入は、3月でフルタイム勤務が終わって、パートに戻って減収。
さらに、10月末日でダブルワークからシングルワークになってこれまた減収。

というわけで、支出を上回るほど収入はなかった。
もしも、私が独身だったら、こんな悠長なご身分ではない。
社会人になって、これでも四半世紀はずっと働いてきたのだけど、
やっぱり、更年期だから、特にやる気が出なくて、ダラダラしてしまう。
ほいほいと就活が捗らない。
先週、NHK総合の「アサイチ」で更年期特集をやっていた。
モデルケースの女性が正に私と同年齢で、思わず、画面に「ウンウン」と深くうなずいてしまった。

就活で一番悩ましいのが、履歴書です。
誰が好き好んで、こんな履歴になってしまったのか・・・
先週、久しぶりにまともに早起きして、(言い訳ですが、昨年はずっと4時半起床)
ハローワークに馳せ参じた。

担当のY氏と1時間くらい面談して、
「確かに履歴が多すぎるから、半年以内のものは削除した方がいいですね」とか、
「文章が多すぎて、相手に伝わりにくいですね、それと、なぜ転職が多くなったのかも明記した方がいいですね」
「でも、悪くないよ。40までは突っ走れても、出る杭打たれるで苦労したんだね。昭和のおんなだねぇ~」
「今時の若者と働くと、腹立たしく思うこともありますね」
「いやなら、やめるとも言わずに来なくなる。このご時世、パワハラと間違われて、社会人マナーを弁えない若者に喝入れることもできないんだよね。」
「それじゃ、書き直してまた持参します」

そういって1週間が経過したのだが、また書き直していない。
こんな履歴書、不本意なのだ。
前職の会社が倒産したのは私のせいじゃない。
でも、そこに応募して採用されたのは、私の不覚かもしれない。
履歴書を書き直す作業は、転職の度に、辛酸なめた古傷をまた蒸し返す作業でもある。

11月の後半から唯一生き残ったバイトのシフト回数を増やしてみたが、それなりに励みになっている。
相変わらずの最低賃金でも、コツコツ真面目に働く50代のおばちゃんが中心のアウトソーシング会社だ。

だけど、アベノミクスの効果なのか?2年10か月&7か月在籍した現職の会社では、空席が増えてきた。
つまり、春先にこの会社に復帰したときは、ロッカーに荷物が入らないほど、満席でシフト希望も通らなかった。
今は、在籍していたとしても、ダブルワークでもっと時給のよい事業所へ移動したバイトスタッフが増えて、
結局、安時給を度外視しても、この会社のムードや働きやすさで居残っているのが、50代の主婦という会社。

やれやれ、一方でそういう居心地のよいゆるゆるの会社に温存できるのも、就活を鈍らせている。
でも、本音のところ、TOEICも腕試ししたかったし、もっとできてもいいのだけど、、、という今までの自分、
「どうして大学院まで修了してもっとまともな仕事ないの?」と揶揄される自分
もう下り坂だもの、立派な中年おばちゃんなんだし、、、、という未来の自分との鬩ぎ合い。

自分としては、ダブルで、いずれも週2回のシフトで家事と認知症の母の世話が、理想のライフワークバランスかなと
思っている。
しかし、理想通りの職種と職場に年内にマッチングできるのか?

ああ、こうやってブロク更新してたら、首がひきつって、肩がこってきた。
15年くらいなんともなく使い続けてきた炊飯器のスイッチが原因不明で壊れた。
人間もメンテナンスせず使い続ければ、ガタがくる。
ブラック企業に雇われたなら、過労死するリスクも高まる。

そろそろ買い換えた炊飯器のスイッチ入れよう。

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