日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
Y氏と人生相談
2006年01月22日 (日) | 編集 |
どこかへ出かけると、なにか面白いことがある。
ブログやメールを開けてみると、文字が躍っていて、面白いことが
書いてある。

返信メールを送信したら、砂壁に貼ってある未来のスケジュールを真新しい1月のカレンダーに書き込んで、それを実現しようと思う。

気分は自然に素直にそんな感じ。

午後2時から、今年初めてのボランティア活動、電話相談の小さな
部屋を訪れた。
2004年6月に認定を受けて、1ヶ月に1回4時間という機序(ルール)で、始めたボランティアも、1年半くらいで板についてきた。


雪は過疎のお年寄りの小さな村を容赦なく襲った。
只今、視聴中のNHKスペシャルは「豪雪 村を襲う」
100名を超えた死者は、足腰の弱ったお年寄りだった。

事務机でタバコをふかすU氏に一礼してご挨拶。
「今年もよろしくお願いします。」
表をあげるとびっくり!両目の周辺は痣で痛々しく変色していた。
「どうしたんですか?そのお顔!」
「この間、つまづいてこけたんだよ。」
「ええ~!どこで?」
「警察の前で。」
「あらあ、痛かったでしょう。それで救急車で運ばれたんですか?」
「警察の前だったからね。すぐに呼んでもらったよ。」
「それは、警察の前でよかったですね。」

2人1組でペアになったお相手は、研修期間で顔なじみだったY氏だったが、再会したのは実に1年以上も前だった。
「久しぶりだね。」
「同期生同士のペアになりましたね。お仕事はどうですか?」
「うん、まあ、ボチボチだよ。」
「確か、1年ほど前は3ヶ月ほど泊り込みだって。」
「ああ、T市にね、建築の依頼があって。」
「Yさん、お仕事は、」
「建築だよ。」
「そうでしたよね。職種は現場監督さんですか?」
「そうだよ。」
「じゃあ、現場ではヘルメット被って事故や怪我がないように
監督するんですね。結構、気を遣うお仕事ですね。」
「うん。そうだね。ゆきんこさんも保育士続けてるんでしょう?
1年前には、偶然、淀屋橋駅や梅田あたりで会ったよね。」
「そうでしたね。あの時は、実は予備校に通ってまして、
合格したので、今は大学院へ行ってるんです。」
「へえ、どこまで?」
「神戸の元町です。」
「また行動半径が広がったんだね。」
「でも、また失業中で、転職しようかと…相談に乗ってもらえます?」

久しぶりに会ったY氏に、近況方々電話の合間を縫って相談させてもらった。

今日の相談者は、30分ほどで機嫌よく晴れやかに電話を切るケースが
多かった。殆どが常連の相談者だが、聞き手の返答が、楽しかったり
未来に期待することばが出てきたら、お互いに清清しい気持ちを
共有できた気がする。

「また、あの子に会いに行ってみようかな?」
「そうしてみたら?もうすぐバレンタインデーだから、
誰かあげる人いるの?とかアプローチしてみたら?」

「半年前から面識が会った女性とメールの交換を始めたんです。
もう、返信メールが待ち遠しくて・・・・」
「よかったですね。」
「喜びや、感謝の気持ちはすぐに表現することで、また次にも
いいことがやってくるんですよ。
笑う門には福来るっていうじゃありませんか?」
「そうですよね。私にも教えてくださってありがとうございます。」

「私、何か宗教を始めようかと思うのですが、お勧めのところは
ありますか?」
「さあ、私がいいと思っても貴女にいいのかどうかは、わかりません。
ご自分で判断した方がいいのでは?」

人生という問いには、正しい答えはないから、本当のところは、
100%完璧なアドバイスなんてない。
辛うじて成功といえるのは、「ありがとうございました。」と
気持ちよく電話を切ってもらうことに尽きるような気がする。

「生保の勧誘員の誘いを受けていて、明日も営業所に呼び出しを受けてるんです。」
「さあ、やってみないとわからないだろうけど、どんな仕事だって
いいことばかりじゃなくて厳しいよ。私の知人でノルマがきつくて心身症になった人を知ってるし、仕事に就く前に、厭なことも敢えて聞き出して覚悟しておいた方がいいよ。」
「そうですよね。確かに、今のところはいいところしか見えていないのかもしれません。」
「大学院の方はどうするの?」
「もちろん、誰でも入れるところではないことはわかっていて、
社会人になって10年以上も立ってから入ったのですから、
最後まで修めるつもりでいます。きっと母も、生保への就職よりも、
学業を優先することを望んでいますから、当面の生活のためと許して
くれていると思います。
新卒時に、ストレートで院に進学したかったのですが、その時点では、大学を出してもらったことも贅沢なことだと断念しました。
今になって夢が叶ったのですが、一人っ子の私には、両親の老後が
目前に迫っています。アルバイトで食いつなぐ生活が心もとないと、
専門性を研きたくて去年、進学を決意したのですが、蓋を開けた
大学側も、はっきり言って、社会人に門戸を開いて収益を得る方向に
変遷しているわけで、将来性が見込めるかどうかは…」

「どこだって厳しいのは同じだよ。それだけは覚悟しておいた方がいい。社会人になっても大学院へ行こうだなんて余裕があるんだよ。
本当に余裕のない人は死に物狂いで職種も選ばず働いているさ。
私だって、家にはお金を運んでいるようなもんだ。」
「そうですか。朝の生活ホットモーニングで、今『熟年離婚』が
流行ってるんだそうです。」
Y氏は苦笑いした。

「どこだってそうじゃないの?」
「でも、男女の諸々のプロセス踏んで、お子さんも成人されたのですから、私たちの世代って、そのスタートラインで価値観がズレているから
お付き合いの段階でそれ以上進まないんだから。
私の友人も半分位は、私と同じ。結婚せずに、気がついたら15年くらい経って、子どもを産んで育てるより、今までのキャリアにしがみついて必死なんですよ。同じ条件で、Yさん、仕事辞めるなんてことできますか?」
「そんなことできないよ。自分で積み上げてきたものなのに。」
「女性にだけ仕事を辞めろと強要するのは、不平等条約というものです。
結婚する女性は、初めから仕事へのウェイトは少ないから、主婦になるという割りきりがあるかもしれませんけど。
結婚を遅らせた男女の場合は、お互いの老親が足枷になるのも事実です。だから、30歳までがいいと思いますけどね。」

団塊世代のY氏と私は、忌憚なくお互いの意見を述べた。
勿論、「電話相談室のブース内で」という信頼感と安心感がそうさせていた。

その話を、創始者のU氏が耳を欹てて聞いていることもお構いなしに。

夕暮れは遅くなった。
相談室の窓から大きな雲に覆われた市街地の空が、ドーナツ状に丸く、青かった。
5時15分から少しづつ暗くなり始め、6時に戸締りをした時には、
日没していた。




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2006/01/22 22:10 | ボランティア | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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