ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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3日間外出が続いたので、今日は、終日家の中でPCと向き合っている。
昨日は、午前、午後と連続で勉強会に出かけて、明日の午後も
所属しているNPO主宰のIさんのお誘いでまた勉強会と、なんだか
気忙しいけど、そこそこ楽しんでいる。

とりあえず、昨日27日午後の勉強会について、カテゴリーも「緘黙」を
設けて、書いてみたい。

「緘黙の輪」の当事者メンバー間でも指摘されているように、本当に
緘黙(Mutism)の知名度は低い。
当人も「灯台下暗し」で気づかないほどだが、苦しんでいることさえ、
本人自身が気づきにくい、訴える術がないのも問題を長引かせて、深刻化させる。

方や、軽度発達障碍の場合も似て非なるところがある。
ずば抜けたIQや特化した才能(モーツァルトもそうかも)のために、
奇異とか、常識外れの行動が、非常識扱いされて、一般人に障碍だとは
認めてもらえない。

まず、わかってほしいのは、一見非常識、ナンセンスな行動は、
我侭とか、ジコチュウなのではなく、気質的、機能的に普通の人と
同じようにすることが難しいということだ。
このような、勉強できるのに「ちょっと変な人」とか、普通の人にはなんてこともない環境が苦痛な人に配慮できない上司の下にいると悪循環なことになってしまう。

午後から出向いたのは、大阪市関目にある大阪市立城北市民学習センターだ。
2時から、1階のホールで生き方療法を実践する「メンタルヘルス友の会」の神経症克服体験談を聞く会を傍聴してきた。

参加者は現在進行形でお悩みの20名くらいの方々だ。
いずれも心療内科に受診したり、服薬中だが、症状が好転していないようだ。

「こんにちは。初めての方ですね。」
「はい。」
「どちらでこの情報を知りましたか?」
「え~と、今宮恵比寿神社にお参りしたときです。通りかかりの施設に
置いてありました。」

定刻2時になり、克服体験者の体験談を3名の方が壇上で報告された。
3人の体験克服者が一様にして語るのは、
「苦しみの原因は、自分の心の歪みにあった。」と述懐した。
真実の自己を見失った我利我利亡者(ガリガリモウジャ)が自分であり、劣等感は、他者を蹴落としても自分の私欲を求める優越感の
裏返しだというのだ。

例えば、カッコイイとか悪いとか、頭がいいとか悪いとか、
女にもてたいなどのコンプレックスの裏返しが、他人の目や評価を過剰に気にすることで、症状を悪化させ自分で自分を追い込ませている
と叱咤する方法だ。

重症例では、2回睡眠薬で自殺を企図して未遂に終わったが、椅子に座ることもできず、窒息状態にまで陥った事例もあった。
克服者たちは、唱道者の中根先生のことを「命の恩人」とまで言い、
「とにかく中根先生のお話を聞きましょう。私達は中根先生の教えの
通りに実践して壇上で話せるまでになりました。
真実の自己とはなにか?どうか鏡の前に座るような気持ちで聴いてください。
それは、決して美しくなく愚かであること。それを目をそらさずに
気づくことです。
ソクラテスは「無知の知」といい、ニュートンは「私が発見した真理など浜砂利一粒」と、著名であればあるほど、達人であればあるほど、
自らをまだまだ愚かで、未熟なのだと言います。
それに気づくとなぜ、治るのか?

①余計な劣等感がなくなる
②不必要なプライドがなくなる
③立派な人などこの世にはいないということが見えてくる
 敵を知り、己を知れば、普通に接することができる

2人目の男性Kさんは、公認会計士を目指し、5回の受験したが、回を重ねて不合格になるにつれ、自律神経失調症が悪化の一途を辿っていった。
母親が合格祈願のお守りを買ってきても、それに逆切れして
「こんなものかってきやがって!オレは実力で合格してみせる」と
恩を仇で返すようなことして、1週間口をきかないこともあった。
心療内科を転々としても、症状が回復しなかったが、中根先生に
気づかせてもらったことは、「恩」の重要性に気づかない者は、
犬畜生にも劣るとハッとさせられた。
それまで自分は、居丈高で有り難いとか恩などという気持ちは微塵も
持っておらず、奢り高ぶっていた。
その心の歪みを直したことで、自然、症状も改善された。

3人目は、対人恐怖症を克服したNさん(35歳)
元々内気な少年だったが、17歳の時、もてたい一心でバンド活動を
はじめたところ、思った通りの人気者になった。
ところが、真実の自分ではない、バンドで明るいフリをしている偽りの
自分とのギャップから、人の評価が気になりだし突然、対人恐怖に襲われた。

学生時代は、寮から一歩も出ないで、引き篭もっていた。

3人の克服者は、いずれも「真実の自己」を見つめることで気持ちが
楽になったと口を揃え、自分の体験を今、苦しんでいる方々の一助になればと、カミングアウトした。

休憩を挟んで3人の体験談の後に、うつ不安、神経症、恐怖症の3つの症状別に円陣になって座った。
「え~と、私はどこに?緘黙なんですが…」
「は?そんな病気があるのですか?とりあえず、自分に近いと思うところへどうぞ。」

私は「恐怖症」のグループに入った。
座っただけでは、一見どこが悪いのかわからない方々だが、
それぞれに自分の苦しみを訴え始めた。

2番目に話した男性に私はひときわ傾聴した。
「心療内科でカウンセリングを受けていますが、症状はあまり
改善していません。診断はされていないのですが、どうも場面緘黙のように思います。1対1なら話せるのですが、大勢のところや議論が白熱
してくるとしんどくなったり、眠くなったりしてきます。
これまでは、妻が支えてくれたのですが、一時症状が改善したとき
「これでもう大丈夫ね」と離婚を切り出されました。その時は承諾したのですが、その後、親しかった友人や、元の彼女にも冷たくされて
今は3人の大切な存在を失って喪失感でいっぱいです。」

私は、その男性と話したいと思ったが、まだ自分の番が回ってきていない。
「私も緘黙です。」
「え?緘黙ってどんな字を書くのですか?」
「封筒の裏に緘という印を見たことがあると思いますが、
減少の減というさんずいの編が糸偏になっています。つまり、閉じられているという意味で、特定の場面で恐くなると口を閉ざして話せなくなるのです。自分でも殆ど自覚してなくて、気づいたのは2年位前です。
私はこうして、今はどうもないのですが、ブログで緘黙で苦しんでいる
方々と出会って、もちろん顔なんて全く合わせないのですが、その方々の代表と言うことも込めて、参加しました。それから、私は24歳まで
父から虐待を受けていましたので、男性恐怖症で未だに独身なのです。
車に乗せられるとどこかへ連れて行かれるのではと恐くなるので、
デートもできないのです。」
「はあ、そうですか。わかりました。」

司会のN氏は、私の顔をじっと見ていたが、次の方にインタビューを続けた。

「対人恐怖とは、つまり相手の評価を気にしすぎていることが要因なのです。上司にとって都合のよいノルマを達成する部下でなければ、
スポイルされてしまう。でも、評価なんて所詮、その人の都合のいいように作られた代物だから、それに翻弄されることなんてないのですよ。」
私は反論した。
「すると、そうしたシステムを自分の都合の良いように作り上げている
上司や管理者の得手勝手な傲慢さに問題があるということではありませんか?」
「そうです。現代社会はとかく拝金主義になりすぎたことに神経症の要因もあると仏教の観点からは考えられています。仏心をなくしてしまったからだと。」
「私たちが神経症や恐怖症になるのは、社会のシステムに要因があると
おっしゃるのでしたら、それを改善するとか、間違った評価の仕方をしている上司に気づいてもらわなくては解決しないのではないでしょうか?」
「そうですね、それは、え~…」

別に苛めるつもりはなかったし、困っている人にとっては、
どんな方法でも、改善されれば、それに越したことはない。

26日の晩に見た番組で、ネパールのカトマンズの人々は永年、
仏教とヒンドゥー教を崇めてきたというのだし、昨今の日本人は、
平気で初詣に行き、チャペルで結婚式を挙げたり、クリスマスを祝って、死ぬときにはお坊さんに弔ってもらうという宗教には無頓着な民族だ。

結局、緘黙の情報は1000円払った割には、こんだけしかなかったけど、
ことばにこだわりつつも、ダメなら他の方法がいくらでもあるじゃない
とケセラセラな気分で、建物を後にした。

4月1日には創始者の中根 繁という先生が関東方面からはるばる有り難いお話を聞かせてくださるのだそうだ。
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ゆきんこんさん、こんばんは。
僕のブログのほうへ励ましのコメントをくださってありがとうございました。

ご参加された「メンタルヘルス友の会」でもどうも緘黙症についてはあまり理解されていなかったようで、残念です。
ゆきんこさんはとても精力的にいろいろなところで活動なさっているのですね。ゆきんこさんのパワフルさには恐れ入ります。
緘黙症について研究されるそうですが、感触はいかがですか?

ところで、ゆきんこさんの前の記事を読ませてもらってわかったんですけど、ゆきんこさんてたぶん大阪のH市にお住まいなんですね。僕は隣のK市に住んでるんですよ(星のブランコのある)。偶然ですね!

これからもブログお邪魔させてもらいますのでよろしくお願いします。

2006.01.28 23:33 URL | 弥生桜 #QFfX2vZ6 [ 編集 ]

弥生桜さん。コメントありがとうございます。
K市に在住とは、なんて世間は狭いのでしょうね。
K市は、サイクリングやハイキングにも出かける私のお庭みたいなものです。
1月8日ごろだったかな?初夢にみた緘黙児専用の「こぐまクリニック」もK市にあるという設定だった!
弥生桜さんとの約束だから、私は緘黙の旅をもう始めました。
正夢だったらどうしよう!!

2006.01.29 20:39 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

こんにちは♪

緘黙という言葉は知らないですよね・・・当事者だった私だって知ってからそれ程経ってないし。。。

脱緘黙した高校の頃は、楽しい事だけに目を向けよう、中学までの私は忘れよう、こうして目の前に友達が居るんだからって思い込んで、過去の自分に蓋をして必死だった。そんな時は歌や詩を読むことでパワーをもらったりしてたわ。

生きたくても生きられない人がたくさんいる中で、こうして生きていられる。それだけで幸せなんだ、今はそう思えるよ。

2006.01.31 09:54 URL | 野ウサギ。 #- [ 編集 ]

そうよぉ!野ウサギちゃん。緘黙って多分、今その症状で困っている人も自分でわからないの。
軽度のPDDの人たちも、大人になって随分たってからだし、私の父の場合は、70過ぎまで自他共にわからなかったんですから、まだまだ精神医学や、臨床心理のなぞなぞは、宇宙と同じくらい果てしないのかもしれません。

メンタルヘルスの会でも感じたことだけど、一人じゃない。あなたもきっと治るからと。支えてもらえるところから、立ち直って前向きになるんだって気がしました。

2006.01.31 11:22 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2006.03.08 10:33  | # [ 編集 ]

はじめまして。get5outさん。コメントありがとうございました。HPも拝見しました。色んな療法がありまずが、当事者にとって治療効果があれば、それが一番だと私は思っています。生き方療法の五大法則はいいですよね。自分なりに実践したいと思っています。

2006.03.08 20:13 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

ゆきんこさん、お返事頂きまして
ありがとうございます

生き方療法五大法則のどこがいいと思われましたか?よろしければ、ご意見を伺えたら嬉しいです
私も治療効果があるなら、いいのだと思っています

また、メンタルヘルス友の会が、真流一の会の信者勧誘を目的として活動していることを理解された上で、参加される分にはよろしいと思いますよ

ところで、謝って前回書き込みをした記事の編集画面で変な操作をしてしまって記事が消えてしまったようです(泣
復活のさせ方が分かりません。。。

2006.03.14 18:42 URL | get5out #H3uDEWzY [ 編集 ]

PCの操作って、奥が深くて操作ミスもどうなってるのか、解明不可能ですよね。
5大法則の全てが、ABAに通じるところがあり、父方の寺は、浄土真宗なのも奇遇ですよね。
一番、心掛けたいのは「人のせいにしない」こと。
人のせいにすることで、自分を責めずに楽になる気がするのですが、結局、自分にお釣りは跳ね返ってくるように思います。「許す」ってことも難しいです。

2006.03.18 22:50 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

私は神経症という心の悩みをずっと持っていたのですが、
メンタルヘルス友の会でほんとによくなりました☆
この会は本当にすごい会です!
神経症に限らず様々な心の問題を解決してくれます☆
一度HPを見てください!!
http://www.get5.net/japan/index.html

2006.05.20 03:00 URL | belief #- [ 編集 ]

とりあえず、メンタルヘルス友の会を知るものと名乗っておきます。

下記のHPにメンタルヘルス友の会の実態が記されている。参照してほしい。

http://www.geocities.jp/get5out/

http://www.geocities.jp/blueshine6096/top.html

http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2005/10/29_01/index.html

http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2006/02/28_01/index.html

http://www.tanteifile.com/tamashii/index.html

これを読んで、実態を考えて上で一の会の真実性を考えてほしい。

2006.12.22 23:08 URL | メンタルヘルス友の会を知るもの #- [ 編集 ]

中根氏の話は浄土真宗親鸞会において話されていることです。

まず、中根氏の経歴。下記を参照されたい。

http://seaglet.sakura.ne.jp/chtable.html

下記が親鸞会の教義の内容だ。あなたが聞いたことのある話が出てくるはずだ。

http://www.shinrankai.or.jp/jinsei/jin1.htm

http://www.shinrankai.or.jp/

さらに、親鸞会の教義のルーツも載せます。

http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/index_pkr.html

これを見ても一の会は真実の団体なのでしょうか?

2006.12.22 23:14 URL | メンタルヘルス友の会を知るもの #- [ 編集 ]

「メンタルヘルス友の会を知るもの」さま、
コメントと情報提供ありがとうございました。
私は、目下の諸々のことで時間にも精神的にも余裕がありません。
親鸞聖人の教えは、ご先祖から受け継いできましたが、親族から強要されたことはありません。当事者がより良く生きる手立てを指南する方法は、当事者自身で取捨選択する自由と権限があり、私はその探求の途上にあります。1つの宗教に限定すると、惑わなくていいのですが、敢えて多方面から模索したいと考えています。

2006.12.23 12:26 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

ゆきんこさま

返答ありがとうございます。特に、下記について了解しました。あなたは、きちんと自分で考えることの出来る人のようです。疑ってすみませんでした。

>当事者がより良く生きる手立てを指南する方法は、当事者自身で取捨選択する自由と権限があり、私はその探求の途上にあります。1つの宗教に限定すると、惑わなくていいのですが、敢えて多方面から模索したいと考えています。

私は、メンタルヘルス友の会のスタッフのブログにも同様の内容を書き込んだことがあるのですが、まったく返答なく削除されることがほとんどでした。

その中で、下記のような返答をもらいました。

■ここから

こんにちは。

最近更新していなくて、すみません。

様々なコメントありがとうございます!

まず、メンタルヘルス友の会を知るもの さんに、返答いたします。

メンタルヘルス友の会は、宗教ではありません。
ただ、仏教を土台として、神経症を克服しているだけです。

神経症を克服する療法の中に、『森田療法』という療法がありますが、
こちらも、仏教を土台としているとのことです。

ただ単に、当会の特別顧問であられる、中根先生の本職は医師ではなく正しい仏教を人に伝えおられる布教師なだけです。

ですから、もっと、正しい仏教を深く知りたいのであれば、そちらの行事に参加されれば、人生とは何か・本当の自分とはどんなものかが、はっきりわかってきます。

また、参加されなくてもかまいません。

それは、ご自身が決めることです。

メンタルヘルス友の会は自由な会ですから。

また、他の会をまねているとおっしゃっておりますが、まねてはおりません。

正しい教えをお話しているだけです。

なぜ正しいかわかるのかと言いますと、正しい仏教が書かれている『経典』を元にお話されているからです。

いつも、中根先生がお話されるとき、根拠を言われます。

中根先生ご自身も、
『私の意見を言っているのではありません。経典に書かれていることをそのまま皆さんに伝えているだけです。
少しでも、経典と間違ったことを説けば、腹を割いて皆さんにお詫びします』
と、仰っています。

最後に、メンタルヘルス友の会を批判しているページがたくさんありますが、
そんなページ、信用できません。

その根拠といたしまして、
一つ目は、『匿名』だからです。

普通、何かを批判するときは、必ず、自分の名前を名乗るのが、人間として当然の行いです。

そんな、自分の名前もまともに書けない者の意見を信用できるでしょうか。

二つ目は、当会を批判しているページを作っている人が、『当会にくるな』と言われて、去って行った人が、ほとんどだからです。

このページをごらんの方、皆さんにはっきり言っておきます。

誹謗中傷のページを信用する方は、当会に参加される必要はございません。
実際に、そういう方は当会では、神経症を克服できませんから。
ご自身が、自分が信用していないところに、参加する必要はないとわかっているはずです。
他の療法がたくさんございますから、そちらに行って頂ければと思います。

メンタルヘルス友の会は、人集めの会ではありません。

まじめに、神経症を克服したい、人生が知りたい、と思われ、苦しんでいる方が参加される会です。

メンタルヘルス友の会のスタッフも、皆、ボランティアでやっております。
私たちスタッフは、当会で神経症を克服できましたから、今苦しんでいる方の手助けになりたいと思って、頑張っているのです。

このページを読まれ、メンタルヘルス友の会で、神経症を克服したい、もっと、正しい仏教が聞きたい、
人生について学びたい、と思われる方は、

ぜひ、当会に参加されればと思います。
そういう方は、神経症は必ず克服できます!
生きがいも出てきます!

当会は、正しい会だけに、現に500人以上の方が、神経症を克服しておりますし、
私も、2年半前の神経症時代の地獄のような人生を脱出し、
現在、明るく生きがいのある人生を送っております。

今、苦しんでいる方が、一刻も早く克服される事を、願っております。

なお、質問・疑問・感想などがある方はコメントに書いて頂ければと思います。

栗田に直接質問したいという方は、遠慮なく下のメールアドレス
kenkengoo_2005@mail.goo.ne.jp
に、送ってください。

■ここまで

このHPです。

http://blog.goo.ne.jp/kenkengoo_2005/

まず、この返答についてどう思われますか?

2007.01.16 23:07 URL | メンタルヘルス友の会を知るもの #- [ 編集 ]

上の続きです。

私はこれに対して以下のように返答しました。

■ここから

丁寧な回答ありがとうございました。私は、これまで、他の会員が運営するブログにも同様の内容を書き込んだのですが、回答をもらうことなく削除されてきました。正しいこと、正しい話をしているならば反対する人たちも論破して納得させることができるはずです。

かつて、山伏弁円は親鸞聖人の命を狙いました。しかし、親鸞聖人は誠意ある態度で接したため弁円はそれに心を打たれ弟子になったといいます。あなたの回答は、正しいことをしている者として誠意あるものと評価できます。それでは、コメントをさせていただきます。

>メンタルヘルス友の会は、宗教ではありません。ただ、仏教を土台として、神経症を克服しているだけです。

宗教であるかないかは問題ではありません。事実、本願寺、親鸞会、華光会には、神経症だったが浄土真宗の実践をすることにより克服した人がいます。宗教で神経症が治るなら、宗教はむしろいいものと思います。

しかし、あなたたちには問題があります。

「中根先生の話を聞き続けないと死んだら地獄に落ちる」「一の会に入らないと死んだら地獄に落ちる」
「行事に参加し続けないと神経症が再発する」

このようなことをあなたも参加者の人に言ったことがあると思います。

「行事に参加し続けないと神経症が再発する」にコメントしたいと思います。

まず、メンタルヘルス友の会を病院として考えて見ましょう。これは、「一生、病院へ通え」といっているようなものです。

皆、神経症を治したくて行事に参加します。これは事実です。そして、神経症を治したらやりたいことがあります。それは人それぞれです。友達と旅行に行くことかもしれない、資格試験を受けることかもしれない、仕事を始めることかもしれない。すべての人が中根氏の話を聞き続けたいわけではありません。

「一の会に入らないと死んだら地獄に落ちる」についても少しコメントを。皆、地獄には行きたくありません。それと同時にすべての人が一の会に入りたいわけではありません。「地獄に行くか」、「一の会に入るか」。大半の人は両方いやです。

まとめると、
(1)すべての人が中根氏の話を聞き続けたいわけではない。
(2)すべての人は地獄へ行きたくないと思っているが、だからといって一の会に入りたい人ばかりではない。

以上を踏まえて開顕に励んでほしい。

>神経症を克服する療法の中に、『森田療法』という療法がありますが、こちらも、仏教を土台としているとのことです。

たしか、あなたたちは森田療法を批判していたと思います。事実中根氏も「森田療法は邪道だー」といっていたと思います。自分たちを正当化するために邪道を引き合いに出すことは卑怯です。

また、あなたたちはなぜ、「真流」と名乗っているのですか?「真流」が仏教ならば他が仏教でなく、他が仏教ならば「真流」が仏教ではないということだったと思います。ゆえに、森田療法が土台としている仏教と「真流」を同列に扱うべきではないと思います。

>また、他の会をまねているとおっしゃっておりますが、まねてはおりません。

「他の会」といわず、「親鸞会」といってください。浄土真宗親鸞会。

親鸞会では、世間一般で手に入れれば幸福になれるといわれているものを手に入れても幸福にはなれないと説きます。世間一般の幸福とは金、地位、名誉、結婚恋人などなど。これを「相対の幸福」と呼びます。確かに、手に入れれば一時幸福感は満たせますが、これらは状況が変われば崩れます。

それに対して、死が来ても崩れない幸福があります。これを「絶対の幸福」と呼びます。信心決定のことです。そして、その世界とは「救われる縁が絶え果てたこの私が救われた喜び」です。

そして、「絶対の幸福」になるために宿善を積むことが勧められます。積むには会長の話を聞いたり、破邪顕正(伝道)に励む必要があります。

似てますよね。信心決定するためには宿善を積めといって行事に参加したり、勧誘を行うのは親鸞会と一の会ぐらいのものです。

その会長の話も以前指摘したとおり似ています。仏教である以上類似点もあるといってしまえば、そうですが、たとえ話まで同じなのです。秀吉の話、無目的に石運びを繰り返えさせられる囚人の話。挙げだしたらきりがないのでこの辺でやめておきます。親鸞会の方が歴史が古いことと中根氏が所属していたことを考えると一の会の方がまねしたことは否定できないでしょう。それでも、一の会は親鸞会をまねていないと主張されるならば、

(1)絶対の幸福と金剛の幸福の違いと相対の幸福と無上の幸福の違いを説明してください。
(2)親鸞会の宿善と一の会の宿善の違いを説明してください。
(3)なぜ、たとえ話まで同じなのか説明をしてください。

>正しい教えをお話しているだけです。なぜ正しいかわかるのかと言いますと、正しい仏教が書かれている『経典』を元にお話されているからです。

まず、「正しい仏教が書かれている経典」も、逆に、「間違った仏教が書かれている経典」なんてものはありません。経典は経典です。これには当然仏教が書かれています。

どの経典をさしての発言かはわかりませんが、親鸞聖人が書いたものを「正しい仏教が書かれている経典」とするならば、親鸞会や本願寺もこれをもとにして話をしています。あなたの論理では、親鸞会や本願寺も正しいということになります。

重要なことは経典が正しい、間違っているではなく、経典を元に善知識を通して話されるその内容なのではないでしょうか?経典の正しい・間違っているでは正しい話の根拠にはなりません。

>いつも、中根先生がお話されるとき、根拠を言われます。

根拠を示しても正しいことの証明にはなりません。また、その根拠は前にも書いたとおり高森氏の受け売りです。

■ここまでで、いったん切ります。

2007.01.16 23:14 URL | メンタルヘルス友の会を知るもの #- [ 編集 ]

さらに続きです。

■ここから

書ききれなかったので以下に続きを。

>中根先生ご自身も、『私の意見を言っているのではありません。経典に書かれていることをそのまま皆さんに伝えているだけです。少しでも、経典と間違ったことを説けば、腹を割いて皆さんにお詫びします』と、仰っています。

このことは、昔から高森氏が言っていることです。信じられないならば親鸞会の現役会員、または、脱会者の人に聞いてみてください。

>最後に、メンタルヘルス友の会を批判しているページがたくさんありますが、そんなページ、信用できません。その根拠といたしまして、一つ目は、『匿名』だからです。普通、何かを批判するときは、必ず、自分の名前を名乗るのが、人間として当然の行いです。そんな、自分の名前もまともに書けない者の意見を信用できるでしょうか。

これはごもっともです。かくいう私も本名を名乗っていませんので。これについては、分けあって今は名乗れません。今は、あなたや中根氏がよく知っている人とだけいっておきます。

しかし、匿名であっても重要なことはそこにおける書き込みと私が見てきた一の会の実態が一致している点です。

例えば、「中根先生の話を聞き続けないと死んだら地獄に落ちる」とは、参加者たちに実際にいっているでしょう。

また、中根氏は大宇宙の真理を体得しているのに統合失調症は直せないことも的を得た批判だと思います。友の会にそのような設備がないというならば、これは、設備を用意できない善知識の責任です。

小松氏による詐欺事件もそうですね。他心通がありながら詐欺行為を見抜けなかった。接している時間がスタッフのほうが多いということですが、他心通に時間は関係ありません。

>二つ目は、当会を批判しているページを作っている人が、『当会にくるな』と言われて、去って行った人が、ほとんどだからです。

私が、前回示した批判サイトは、必ずしも「来るな」といわれた人だけではないと思います。削除されてるので、もう一度。

この人は元スタッフのようです。彼自身は、確かにニックネームを使っていますが、一の会の人には誰かわかるようです。愛知県出身のようです。おそらくあなたの知っている人と思われます

http://www.geocities.jp/blueshine6096/top.html

この人は、神経症患者ではなく、興味本位で探るために行事に参加したようです。

http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2005/10/29_01/index.html

http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2006/02/28_01/index.html

http://www.tanteifile.com/tamashii/index.html

必ずしも、「来るな」といわれた人ばかりが批判をしているのではありません。また、内容も一の会の実態と一致しています。

■以上ここまでが私の返答です。

これに対して、次のようなコメントが来ましたが、その直後、これら一連のコメントはすべて削除されてしまい、今は、何事も無かったかのようにブログが運営されています。さらに、管理者に承認されなければ反映されなくなりました。

■ここから

書き込みは、除名者のものと判断し、削除しました。

除名者には、何も言う事はありませんが、
一つだけ言っておきます。

因果の道理は、大宇宙の真理です。

ですから、悪い行いをすれば、必ずそれ相当の悪い結果が帰ってき
ます。

このまま、己の悪業を反省せずに続ければ、
必ず取り返しのつかない、結果が返ってきますよ。

己の運命は、己が作る。
私が決めるでもない、中根先生がお決めになられるでもない、
己の蒔いた種まきです。

どんな未来が訪れても、知りませんからね。

■ここまで

私は、除名された覚えは無いのですが、なぜか、除名者と勝手に決め付けられてます。

ここからも、メンタルヘルス友の会の実態が垣間見られると思います。

2007.01.16 23:25 URL | メンタルヘルス友の会を知るもの #- [ 編集 ]

メンタルヘルス友の会を知るものさま

再びの熱心なコメント、ありがとうございました。

自分の平常のダラダラとしたブログ内容を改めて反省すると共に、貴殿のご要望に応じた返答に窮するばかりです。(難しいな~~~)

只今、モラトリアム社会人大学院生として申し上げることができるのは、何人にも強要されたり犠牲になったりせずに、自分で考えたり、感じたり、反省しながら夢や希望・可能性・自分の信じる道に向かって悔いなく歩いていくことではないかと思っています。
(これが言うは安くするは難しなんです)

多くの宗教や科学は、究極には真理と幸福の探求の果てにひとつにつながっていくのではないでしょうか。
500名以上の方々が人生を好転され幸せになられたとは、本当に素晴らしいですね。

申し訳ありませんが、目先の現実に追われていて、メンタルヘルス友の会にあまり関心を持っていません。
科学と宗教は、いつの時代も未来永劫人に与えられたとっておきの永遠のテーマでしょう。
(いつまで人類は地球の覇者でいられるのかは、わかりませんが、宇宙人に進化するかもね)

あんまり難しいことはわかりませんが、どんな宗派や療法であっても、お役に立つのならそれでいいじゃない?と、単純に考えているのですが。
その時代潮流に応じたヒーローやヒロインが傑出するわけで、誰でもいいやんとか思ったり。

いつも隣り合わせにある生老病死を見過さず、出会いの有難さや、謙虚さ、感謝を忘れないように精進したいものですね。
まだまだ理想で、自分はナマケモノ、未熟者で、何にも言えないのですが、度々のコメントにお返事しないのはいけませんから、ただ感謝です。

2007.01.19 22:06 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

はじめまして。私は、若草と申します。

メンタルヘルス友の会は、裏宗教団体です。
やめた方が良いですよ。
元は、「真流一の会」といいます。

この団体事態のホームページには、宗教ですとは書かれてはいませんが、その周辺のプログを色々と見てみて下さい。
色々な情報が解ります。
自殺者もでているようですし・・・、一切もう関わらない方が良いですよ。

2007.03.20 22:53 URL | 若草 #0iyVDi8M [ 編集 ]

情報過多の時代、何を取捨選択してどのように処世するのかが、本当に難しい時代ですね。
やっぱり己こそ、己のよるべですが、誰もが疑心暗鬼になりがちな昨今だからこそ、なるべく善良でありたいですね。

そうすれば、他者のカリスマ性や噂に振り回されたり、特定の宗教に妄信する必要もないでしょう。

2007.03.27 14:51 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

はじめまして。
ゆきんこさんのブログが、なんか論争の場になってしまっているのですね。
メンタルヘルスに興味があって、開いてみていた所です。
>どんな未来が訪れても知りませんからね。
という言い方がありましたが、もっと真摯なコメントが欲しいと思いますね。
無目的な石運び・・これは確かギリシャ神話にもありますね。
シジュフォスの神話とかいったような気がします。
また長い箸の例えを、キリスト教の牧師さんが話されるのを聞いたことがあります。
要は、誰が話そうとも人間の本質は、一つなのかなという感じがします。
ただ、歎異抄や大無量寿経を、なかなか難しいですが、読んでみると、やはり今の人間社会のくだらなさが見えてくる気がします。
もし、興味がありましたら、ゆきんこさんご自身の目で、直接これらを紐解いてみてはいかがでしょうか。

2008.05.29 16:41 URL | スジャータ #- [ 編集 ]

コメントありがとうございました。
ご指摘の通りなぜだか、すごい論争の場になっていました。
スジャータさんは、いろいろ博学でいらっしゃるのですね。
未知の情報提供ありがとうございました。
私も興味は色々でして、闇雲にならないように気をつけないといけないと自戒しています。
今の人間社会のくだらなさは、よくわかりませんが、
くだらなくても、唯一無二の自分の人生を最期まで四苦八苦しながら生ききってみるしかないですね。
取り返しのつかないこともありますが、とりあえず、時間軸は不可逆でよかったなと思います。

2008.05.31 21:16 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]

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2011.01.16 03:25  | # [ 編集 ]


私が勉強会に行ったのは、もう5年前です。たったの1回だけで中根先生にお会いしたことはありません。
大阪市内をブラブラしていたときに、通りすがりに勉強会のチラシを目にしたと記憶しています。
お役に立てず、すみません。

2011.01.16 12:10 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]












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