日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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尼崎グループ Intercity Meeting
2006年02月05日 (日) | 編集 |
昨日は午後から尼崎市のアルカイック・ホール オクトへ出かけた。

午前9時15分からオンエアされていたNHK総合「くらしと経済」では、
奇しくも「生命保険」について特集されていた。
生命保険の由来は、なんと聖職者にあるというのも驚きだった。

俗世と隔絶していた中世の牧師の世界で、仲間の牧師が亡くなる以前の
今でいう互助会の延長上に「香典前倒し制度」が転じて、
17世紀のイギリスで産業革命の頃に世界初の生命保険会社が設立されたそうだ。

当時から、香典が年齢に関わりなく一律だったのだが、
それでは、存命率の高い若者に長期に渡って負担がかかるのは不公平だというので、若年者は低額、加齢と共に高額という最低限のルールに
則って、複雑な現行の保険制度が確立したらしい。

その番組を見ていた時分、電話が鳴った。
新しい上司になるかもしれないS所長からだった。
「昨日は、大変でしたね。」
「ありがとうございます。お陰さまで滞りなく済みました。」
「6日のことだけど、10時30分に支店まで来てもらえますか?
ビルは駐車場の隣にあります。」
「はい。わかりました。連絡ありがとうございました。」

11時半ごろ自宅を出発して、いつもより乗継がスムーズだったので、
JR尼崎駅には12時30分ごろに到着した。
夜の学校へ行くには、素通りしかしない駅だったけど、改札口には、
色んな行事があるのか、小学生のグループもいて賑やかな感じがした。

予めインターネットで調べて、目的地は阪神沿線の方が近いのはわかっていたが、地図と現地は想像から逸脱していることが往々にしてある。
尼崎駅から歩き出して15分くらいするとだんだん鼻先も冷えてきて、雪もちらつき出した。

今回の講演会は
2005-2006年度国際ロータリー第2680地区
尼崎グループIntercity Meeting
「これから始まる特別支援教育とLD・ADHD・高機能自閉症へのかかわり方」
講師は、大阪教育大学名誉教授、大阪医科大学客員教授
特別支援教育士資格認定協会会長 竹田契一先生

ロータリークラブが、アメリカのシカゴで発足して今年で101年目。
昨年2005年が100周年記念で、竹田先生が会員として精力的に
慈善事業の一環として、PDD関連の講演会を兵庫各地で巡業してこられた。
101年は、「ワンオーワン」初めに戻る、初心に帰るという意味が
英語的にはあるそうだ。

竹田先生の追っかけを始めてかれこれ10年以上も経っていることに
改めて気づいた。
10年前に、発足した日本LD学会もこんなに巨大な且つ深刻な問題にまで
なっていようとは、予測していた人はどれだけいただろうか。

講演に先立ち、ロータリークラブの関係者や、尼崎市長の挨拶もあった。
市長の白井文さんは、就任3年目の女性市長。
「平穏無事なのが当たり前の日常生活を、気づかないところで
支えてくださっている多くの方々に、高いところからではございますが
改めて本当に有り難いことだと感謝申し上げます。
軽度発達障碍のお子さんをお持ちのお母さん方が、大きな負担を抱え、
母子の孤立という現状に、認識を深めながら取り組み、心から応援したいと思います。また、今日ご来場の皆様には、子どもたちが生き生きと
育つ社会のために今日の講演内容を広めていって欲しいと思います。」

そういえば、尼崎市は、子育て支援や社会福祉も改善されつつあると
噂に聞いた。
どうしても、家庭や身の回りのことは生得的に女性の方が優位なのは、
幼児期の子どもが好んでするままごと遊びからも明らかだろう。
先着600名という募集参加者人数が、事前にメールで伝えられていたのだが、従来、竹田先生のロータリークラブ関連の講演会は、神戸の西山記念会館がここ数年定番で、2005年の1月も満席の立ち見状態だった。
受講者は、当事者の保護者・教育者が殆どだった。

今回は、席も会場も広々している上に、初めてないし2回目の聴講という
初老の男性諸氏(殆どがロータリーの会員)という、直接的には関係なさそうな受講者層が目に付いた。

私も1月26日(木)の午後に、こうした背広姿の中小企業のオーナーたち
に混じって、紅一点、全然場違いな「近畿産・学・官連携ビジネスショウセミナー」なんかに参加しているのだから、イレギュラーというのは、このよくわかんない21世ににおいては、バリアフリーって感じで、
私はいいんじゃないかと思っている。

とかく障害者の問題は、企業戦士一点張りの従来の男性諸氏にとっては
何億光年も彼方の他人事かもしれない。
しかし、それを卑近なもの、身近なものとして見直してみることから
異なる人々同士の歩み寄りが始まる。

だから、ゆきんこは敢えて場違いなところへ出かけて行って、
馴染んでみようと人生のシフトを模索中。(勇気リンリン冒険中)
その範疇に、多分、占い師さんの予告した「転居」とか「変化」という
ことがあるのかもしれなくて、生保の仕事も付随して舞い込んできたの
かもしれない。

竹田先生の講演会も追っかけで年に平均3回くらいは聴講してきたから、
同じネタを繰り返し聞いているところもあるのだが、
耳にタコができると退屈するのではなく、そこに新たな発見が絶対に
あるものだ。
冒頭には、PDD関連の最新情報がタダで聴けるから、寒くてもノコノコ
短い足を動かして、聴きに行く。

「平成10年4月1日から全国34500校で一斉に特別支援教育がスタート
します。
3年前(2003年3月)に大阪教育大学を退官して、47都道府県の巡回指導を始めました。
これまで、対象となる特別支援は小・中の義務教育のみに限定されていましたが、行政も珍しいことに、縦割りシステムを見直し、文科省と厚生労働省が連携して、幼稚園から高校、ひいては社会人にいたるまでのトータルサポートの施策をようやく打ち出しました。
2004年12月に発達障害者支援法が策定され、2005年4月から施行されました。」

第3者からすれば、「それがどうしたの?」という話かもしれない。
少子高齢化に拍車がかかるなかで、次世代が健やかに誕生するかどうかは、親のライフスタイルや、大人を取り巻く社会全体が健全なのかとう
ことまで話が及んでくる。

紆余曲折の末、結婚、出産したわが子が、障害児なら、「晴天の霹靂」
その割合は、結婚どころか、お付き合いさえも難しくなった1960年世代、晩婚化、晩産化、明確化していない環境ホルモンとの相互作用で、急増している。
この頃は、「実は親が発達障碍だった。」という遺伝要因もはっきり
してきた。

「これまでの教員の力量は、10人中10人を右向け右という指導で、
右を向かない子どもを強制的に右を向かせていました。
これからは、右を向かない子どもはなぜ向かないのか?どうしたら
向いてくれるのかを科学的アプローチで方略を立てる時代に変わっています。それを指導するコーディネーターの派遣で、担任と協力しあって
個別のプログラムを立てていくことになります。」

講演が終わって、2月4日当日の午後6時に隣のアルカイックホールで
オペラ「フィガロの結婚」のポスターに目を留めた。
もっと早く知ってたら、一緒に鑑賞できたのにな。

さて、ゆきんこの運命はどうなるんだろう?
保険の営業は、企業や家庭を巡回訪問する仕事だ。
内容は違うけど、アフターフォローやサポートも似て非なるところがある。難しい商品であればあるほど、お客さんのニーズにピッタリ適って
満足たるものでなければならない。

それも、ちょっと違った脳を生まれながらに負ってきた赤ちゃんが、
死ぬまで幸せに暮らせる工夫を足りない知恵をどれだけ絞って
捻出できるのかにも相当する。

もちろん、灯台下暗しの緘黙のことも忘れてはいない。
論文テーマは、緘黙症のことにしようか、試行錯誤中。
パッチワークのようにバラバラに見えてつなぎ合わせたい過去と未来があった。

ABAのF先生は、先週火曜日のゼミで、うたた寝からふっと目を覚まして、私に足りない脳ミソに熟練した研究の視点を加味してくださった。
「思いつきだけで牛や馬をセラピーに使って、貴方の将来性と結びつかなかったら、仕方ないからな。」
「はあ。ということは、犬とかネコとか身近な小動物ですか。」

人間同士がダイレクトな関係を持つとき、ギクシャクして
親の子殺し、子の親殺しというのも、気をつけないとエスカレートしやすい危うい昨今。
昨夜の土曜サスペンスで橋田寿賀子脚本の「夫婦」というドラマを見た。

親類間の夫婦関係が我侭言ったり、罵りあったり、次第にすれ違って、家出したり、不倫したり、嫁姑の云々があったりと、こういうドラマばっかりみてだんだんうんざりしていく。ホント、いけないなあ。

「御祖母さんが、戦争前に私と同い年で5人も子どもを残して死んだとき、御祖父さんも男やもめで大変だっただろうね。子どもの頃どうしてたの?」
「商売が忙しかったから、ほったらかしでしょう。学校にも行ってなかったわよ。学校行っても、戦争中だからスミ塗りばっかり。」
「それで、食事は芋づるだもんね。そんな子ども時代だったんだから、
何にも怖くないよね。」
「そうね。何にもない焼け野原からこんなにモノだらけになったんだもの。死んでいった人よりも、残された人が後始末をして新しいものを
作り出していくほうがずっと大変なことだと思うわ。
あんた、大学院生なんだから新聞ちゃんと読みなさいよ。」



モーツァルトでも聞いて、脳みそスッキリさせなくちゃ。


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2006/02/05 14:18 | 講演会 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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