ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
午後9時前、またわが地域の自治体にまつわる
物憂いニュースが流れる。この10年くらいで
度々、殺人事件や自治体の不祥事が全国ネットで
ブロードキャストされてきただけに、
「本当に悪い町になったなあ」という実感が否めない。

わが町にも確実に発達障害の子どもたちは増えている。
急増していると言い切れば、過言だろうか。
診断機関や諸々のシステムは、かなり大きな町なので、
比較的整ってはいると思われるが、プロと素人の間に
属するサポーターのわたしには、どうも人材や支援内容に
疑問符が残るのである。
そして、勘違いかもしれないが、なぜかわが町の自治体は
大学の専門家を要請しない。

7年前の指導教官は、ステージに立つ度にぼやいている。
「特別支援教育の進捗は、自治体の為政者に依る。
特に大阪はやりにくい。」
特別支援の教員や保育士も、全く専門知識のない人々が
如何とも診断されない子どもたちをマニュアルも何もなく
あやふやに扱っているのが現状だが、子どもたちがそれなりに
いい方向に成長していく姿で、ある程度のサービスに達して
いるのではないだろうか。

わが町の軒先には、ある政党のポスターが増えてきた。
それと関連するのかはっきりと言及できないのだが、
個人的な意見としては、市民の幸せは、決して
支持政党と不可分ではないとすれば、
この町の福祉もどんどん悪くなっていて、
保育士はますます悪条件で、働きづらくなっているのに、
その政党を支持し続けるのであれば、
ますます住み心地の悪い町に、市民自らがしていると
懸念するのは、この市民のわたしだけではないはずだ。

それなのに、わたしは保育所のどの保育士たちとも
一切、そんな話もできなければ、
今や障害児教育界で最も名高いお気に入りのブログの
主の話や諸々の情報についても、話せない。
その現象こそが、民主主義とは言えないんじゃないかと
思う。

うぬぼれなのかもしれない。
でも、わたしだけが感じている。
今日も子どもたちは、それも保育士たちから
内心は「困った子だな、聞き分けのない子だな」と
思われているであろう子どもは尚更、
やっぱりわたしのところへ近づいてくる。
それだけが、唯一のわたしの誇りなのだ。

子どもたちは、ことばは少ないけど
幼い自分を本当に慈しんで世話をしている
大人なのかどうかを見極める本能があるのかも
しれない。

でも、わたしは魔法使いでもなんでもなく、
ただ、専門家や科学者の理論、本の中に書かれてきた
自分で「これだ!」と思うことを、代入し、
自分なりに試行錯誤してきただけなのだ。
そういった仕事ほど、誰にも評価はされないし、
そうした存在は人知れず、スポイルされていくのだろう。

反対に、社会的地位の高い職業の一部の人々が
優遇されることが、必ずしもその人個人の幸せにつながっているとは
信じがたい。

「幸福の王子様」は、ツバメになりたい
わたしのことなんてなんとも思っていない。
そうでなければ、昨日知り合ったばかりの駆け出しの
児童精神科医といそいそとその日にリンクしないだろう。


ずっと前からこの仕事をしてきたのに、
他にいくらでも幸せになれる別の道があったかもしれないのに、
わたしのことなんて何も知らない人々が
「あなたはこの仕事を辞めるべきだ」と
罵られていることも知らないで。

日本じゅうの発達障害の保護者のサポーターを募る声は
「バーゲン会場が恐い」わたしに覆いかぶさってくる。
だから、わたしは息を顰めて自分の「幸せ」が
わからなくなる。



スポンサーサイト












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://sateraito.blog20.fc2.com/tb.php/13-a4c3de7b

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。