日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
居場所づくりの可能性
2006年02月25日 (土) | 編集 |
だんだん春めいてきた。
玄関に母が活けているねこやなぎの目が膨らんで触ると、ふわふわ
本当に猫の毛並みみたいにカワイイ。

ご近所の家の軒先にも白梅が3部咲きで、思わず目を細めてしまう。

昨日は、一昨日の試験の結果発表を電話連絡するため、自宅待機することになっていたのに、いつも通り9時半に出社すると、誰もいなかった。
遅刻するよりはましなので、11時まで「アニマルセラピー」の単行本を
読んで時間を潰した。隣の壁越しに威勢のいいT課長の声が聞こえてくrのをBGMに。
10時30分前になると、T課長が徐にやってきてポンと肩を叩いた。
「おめでとう。100点だったよ。」
「えっ!?本当ですか?嬉しい!!私100点取ったの初めてです!」

イナバウワーが優美な荒川静香選手が金メダルを獲得し、銀板のクールビューティーと称された記念すべき同日に初めて100点取るなんて!!!

今日は午後2時から、大阪中之島付近に所在するキャンパス・イノベーションセンター大阪サテライトで開講された「教育実践学フォーラム2005」に参加した。
今回は、第8回目「子ども・若者の居場所つくりの可能性」
講師は、萩原健太郎先生(駒沢大学文学部専任講師)
萩原先生の専門は、社会教育学、青少年支援者の力量形成・居場所論
因みに私と同い年だが、見た目には年上に見えた。
30代は往々にして年齢不詳だから、こんなことは蛇足だけど、
働き盛りの同世代は、人生行路によってステイタスに格差が生じていることを冷ややかに感じてしまう年頃なのだ。

1985年から既に不登校生徒の対応策としてネットワークも立ち上げられたが、それ以前の1970年代から時間・空間・仲間の「3つの間」が奪われ始め、受験戦争やスケジュール管理に苛まれた子ども世代のさまざまな心理的問題が浮上してきた。生徒たちは学校のなかでは普通の顔を演じているが、「居場所」ということばや概念は定義したり、データ化することは難しい。
1990年代から「子どもの居場所つくり支援施設」が叫ばれ、例えば、古い消防署をリフォームして提供してきた。

また、1990年に渋谷コギャルのカリスマ的存在の浜崎あゆみのファーストアルバムが大ヒットし、若者の居場所の喪失感を歌った歌詞に、共感が寄せられた。
「♪居場所がなかったら、見つからなかったら、未来に期待できるのかわからずに
人を信じることは、いつか裏切られ、捨てられることだと思っていた」

萩原先生は、学部生に「居場所」についてのアンケート調査を行なった。
「中学2年までスケートに打ち込んでいた。それをやめた途端、何をしていいかわからなくなり戸惑った。友だちが悩みを聞いてくれたので、
乗り越えて、別のやりたい目標が見つかった。」

「居場所」には3つの側面がある。
①存在感の希薄化
外部の物差しで一方的に優等生とか劣等性のレッテルを貼られ、
自分が揺らいでわからなくなってしまう。
②行き場所がない
人生の方向性や生きる目標がわからない。
苛める子も苛められる子も辛い。
③身の置き所がない
「教室には自分の席がある。そこが辛うじての自分の安全地帯。」
それさえも、脅かされている。

その背景には、かつてあった共同体の脆弱化と、関係性の貧困化した環境で育っていることに要因がある。

これからの居場所作りの可能性は、学校・家庭・地域の他に、
第4の居場所が求められる。
いわゆる、大人や既存社会から逸脱したアジトのような溜まり場的な
時空間作りだ。
しかし、それはあくまでも、当事者である子どもや若者が自ら創造していくことが大切で、大人が過干渉だったり、「真綿を絞めるように」
余計な監視をすると余計に、事態がこじれてしまうことがあるので、
「支援者の支援」を研究テーマにしている。
個人対個人という親密な関係を作る「訪問部隊」から、徐々に少人数グループ「若者衆」→社会人体験へと本人の心の変化やニーズに応じた「居場所」をサポートしていく。

なかでも、「若者衆」というのは、共同生活をする寮みたいなもの。
マニラ・NZ・韓国・ローマなど日本を敢えて離れて異邦人になることで、自然と自分を見つめなおし、他者からの視線に晒される不安を解消する作用があるらしい。

支援者の要素として、権威的な立場にある教育者や専門家であるよりも、近未来を示す自分の手本になるようなきょうだい・先輩的なボランティアや指南者など、斜めの関係が相応しい。

研究者たちは、今日的な問題を論文にすることが商売だけど、
当事者にとっては、自分の不幸を手玉に取られているようであんまり嬉しくなかったりする。
以前、論文の対象になって欲しいと依頼した方に逆切れされたことがあ
るから自明のことなのだ。
「妙に、対象者を病人扱いしたり、特別な腫物扱いするから余計に
おかしなことになる。」とも、萩原先生は、後半ディスカッションで
敢えて自然体な振りにも神妙な面持ちでドクターコースの大学生たちの
質疑に答えていた。

こんなとき、私はイジワルなことに緘黙になる。
コーヒーブレイクの前に、萩原先生がメモ用紙を配り、
「折角のフォーラムですから、いろいろ意見を出し合いましょう。
質問がありましたら、書いて提出してください。」
緘黙でも、書きたいことは遠慮なく書ける。

「大学院のプレゼンテーションで緘黙だったことをカミングアウトしたのに、それを機会に同期の先生方がよそよそしくなってしまいました。
親しくなろうと近づいても、疎まれてしまいます。
社会人になって15年以上も経つのに、居場所がみつからず、自明のこととしてなやんでいます。よきご回答をお願いします。」

これに対し、萩原先生の明確な回答はなかったが、博士課程の院生の質疑に対する応答に混じってほのめかすようなことは、こんな風に述べられた。
「オウム真理教の幹部や、ライブドアの取締役しても、昭和40年以降の
若い受験戦争に追い込まれたエリートたちの起した大事件ですが、
大人になっても、熟年離婚や自殺、孤立化があって居場所がないのは、全ての世代に共通です。管理された学校や会社などの組織ではない何気なく自然発生する仲間関係のなかで、緘黙なんていつの間にか治っていたケースもありました。スクールカウンセラーや臨床心理士が、病気とか予防的対応なんて仰々しく扱うとややこしい。文部科学省が、居場所つくり事業に平成19年度に140億円の予算を立てていますが、安易に騒ぎ立てるよりも、もっとデリケートに扱うべき問題なのです。」

私が質問をしていた若輩のスクールカウンセラーの背後からじ~っと見つめていたからかしら?
仕方ないもん。教職員の集うところでは、緘黙になっちゃうんだから。

人込みに紛れているうち、一人一人の人間の顔に嫌悪感も出てきて、
背中が痛くなってくる。
でも、私には少ないけど信頼できる友達も何人かいる。
緘黙なんて気にしないで、いつも通りに話せる仲間がいれば、
そして、今日も明日も、無事に1日終わったら、それでいい。
それをブログに書き留めて、誰かに読んでもらえたら、嬉しい。
そんなささやかなことでホッとできるようになった。

人間なんて本当は何もしてくれない。
でも、念入りに描いた絵や一生懸命奏でた音楽。
そんな人間が創ってくれた美しいものに癒されることが増えてきた。

H市駅前のK百貨店の前の花屋に雪割り草の鉢植えにも微笑んでしまう。
フォーラムの先生のコメントにはだんまりで、小さな蕾に呟いた。
「かわいい。」








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2006/02/25 21:30 | 緘黙 | Comment (1) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
理想の相手をゲット!
主に性的な癒しを求める女大半ですので貴方の優しさで
包み込んであげて下さい(´▽`*)女性ユーザの
約80%は現役風俗嬢やキャバ嬢ですょ★
2006/02/25(土) 22:21:53 | URL | gesear #e8dqewdg[ 編集]
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