日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

---------------------------------------------------------------

--/--/-- --:-- | スポンサー広告 | | Top▲
従姉の49日法要
2006年03月18日 (土) | 編集 |
殆ど毎日更新していたブログ、1週間ぶりである。
1週間前に、インターネット接続が不可能になり、ブログが故障してしまった。
プロバイダーに問い合わせるのに、同時に電話発信もできなくなって、身近な人や会社に携帯を借りたり、公衆電話を探したりと、あたふたして、ようやく昨夜、モデムの交換、接続に漕ぎ着けた。

「死人に口なし」と言うけれど、死ぬまで気付かないことがあったり、
死んでその人の存在の大きさにやるせないほど、気付かされてしまうことがある。死んでしまってからでは、遅いのに悔やんでも悔やみきれない思いに、生き残った者は逝ってしまった大切な人の面影に、苛まれてしまう。

その只中にいる人々に否応なく会わなければならないとき、
第3者としては、どのように接していいのか本当にわからない。

死者を弔う仕事である僧侶という聖職者は、遺族とかかわるときに、
どんなことを心掛けていらっしゃるのだろうか?

母と朝7時半に起床して、朝食を済ませて、また黒いスーツに身を包んだ。
朝から曇り空で午後からずっと雨。昨日から卒業式もあちらこちらで
行なわれていたのに、あいにくの天気になってしまった。

「明日は息子の大学の卒業式なのよ。最後だから見納めておこうと思って。」
私を勧誘してくれたBさんが、隣の席で言った。
翌日の今日、母と私は、亡き伯母宅へ出かけた。
従姉が結婚して以来、物心つくころから、この家で客扱いを受けたことはなく、到着するや否や、お茶の接待が始まった。

しかし、S家の女衆が相次いで亡くなって、台所や衣類の細々した勝手が
わからないなりに、儀式の合間に、Kさんの1人娘のAさんに尋ねながら、
ことを進めて行くしかない。
「ねえ、ハンガーある?」
「2階に。コートかけなんて、いつもお客がくるようなレストランでも
あるまいし。」
「そりゃ、そうだね。」
まだ布団の中らしき兄を起こして妹ながらに涙ぐましい努力を、
なんとか手伝いたかった。

ご近所の住職様が、定刻前にお出ましになり、間もなく午前11時
法要が始まった。
2月2日の葬儀に比べると、随分と寛いだムードになっていた。
30~40分ほどで、滞りなく終わり、今度は納骨に墓場へ移動。
そのころ、雨が降り出した。

数珠を持って、叔父のIさんと並んで歩いた。
口数の少ないIさんと何気ない話はちょっと苦手だけど、
「あ~、降ってきましたね。」
「中に入り。」
「この頃体調、どうですか?」
「うん、いいよ。」
「K子さんは?」
「今日は、幼稚園の修業式があって来れないんだ。」
などと話した。

納骨の時には本格的に降ってきた上に、喪主のYさんが慌てて
「お花忘れた!」と自宅に引き返したり、
お線香をつけていなかったり、墓石にお水をかけるばけつやひしゃくも
慌てて用意したりと、3人の遺族はバタバタしていた。

反対に、Kさんが可愛がっていた愛犬のダックスフント、アポロが好奇心丸出しに、人間たちの間をしっぽをフリフリ、縫い歩いては抱っこしてもらったり自分からペロリとキスしたりと、愛嬌を振りまいていた。

そのせいか、親族たちは心を和ませて共通の話題も弾んでいた。

2月に拾わせてもらったKさんの骨を、墓石の窪んだ穴に押し込んで
納骨した。なんだか、とてもあっけなかった。
Yさんがばけつの水をかけて灰の屑を流して掃除した。
それもKさんの身体の部分なのに。

すぐ傍の御堂で、またお茶を飲んで歓談して食事会までの時間潰し。
親族は総計20名出席しているものの、喪服だけのお付き合いでは、
どこのどなたかさっぱりわからないのも、冠婚葬祭じゃないだろうか?
という私自身も常連出席親族なのに、謎の人物扱いを受けていた。

私は、知り合いのなさそうなシニアの女性の横に座った。
「何度かお会いしていますのに、どんなつながりかわからなくて」
「そうですよね。私は、Kさんの祖父の従兄の妻にあたります。
夫は既に7年前に亡くなりまして。」
「はあ、Kさんの結婚式でお会いしましたでしょうか?」
「いえ、しませんでした。」

つまり、今回の法要は従姉のKさんが主役なのだが、私も知らない随分
昔に亡くなられたKさんの御祖父さん、御祖母さんつながりの4親等くらいまでの親族まで出席されているのだ。

「もっとちゃんと聞いておけばよかった。」
「お葬式の段取りなんて、滅多にすることじゃないし、私だって一度もやったことないんだもん。できなくて当たり前よ。順番が逆だよね。」
「ハハハ。」
Aさん、苦笑いだけど、笑える余裕はできたようだった。

誰もいなくなった御堂を片付けて、消灯すると再びS家へ移動。
「仕事はどう?慣れた?」
「うん。ぼちぼち」
「何の仕事してるの?」
「観光業」
「へえ、ツアーコンダクター?」
「ううん。大変だから窓口カウンター」
「そうだよね。ツアコンは責任重いし、ずっと張り詰めてるもの。
カウンターの方が気楽だね。」

再び、座敷で叔父のIさんと隣になった。
「おじさん、M子さんは、今度いつ帰ってくるの?」
「この前、帰ってきたんだよ。」
「ホント?教えてくれればよかったのに。もう3年も会ってないよ。」
「今度は夏に帰って来るって。バタバタしてすぐに戻ったからね。」
私は、向き直って反対側のKさんと同年代の女性に話した。

「こちらのMさんと私とKさんが従姉同士なんですが、Mさんの妹が
イタリアで仕事をしているんです。」
「そうですか。何のお仕事を?」
「確か化粧品だったっけ?」
「はい。修道院で物品販売しているんです。」
「でも、Kさんと随分年が離れているのね。」
「そうですね。Kさんが結婚したとき、まだ6歳でした。花束を贈呈するのに、どっちがKさんに渡すかジャンケンして、Mさんが買ったので、
私は負けて、花婿のYさんにシブシブ渡したんです。」
「そう。私はまだ嫁ぐ前だったから知らなかったけど、子どもが生まれたばかりのころに、こちらにお邪魔したこともあったわ。」
「嫁がれる前は、どちらのご出身ですか?」
「宝塚よ。」
「タカラジェンヌの町のご出身なんて素敵ですね。新年にベルばら見に行きました。」
「また、ブームになって連続講演が盛況みたいね。私、よくタカラジェンヌに間違えられたわ。」
「そうでしょうね。わかります。」

喪主のYさんが、談話を遮るように切り出した。
「え~、ここでインフォメーションをさせていただきます。
みどりの日は、母Y子の7回忌と祖母の25回忌を予定しております。」

 歓談もたけなわになってくると、次第にデクレッシェンドして、最後には、後片付けが待っている。
「ゆきんこ、そろそろお茶をお出しして。」
「わかりました。」
叔母のH子さんは、実の娘がちょこんと座るドまん前で、どうして
姪の私に指示するのだ??
まあ、いいけど。

また厨房と、座敷をお盆にお茶をのせて、何往復もして、お茶碗を洗っては拭いて、を繰り返す。
する人(女性)はするけど、しない人(男性)はしない。
「ねえ、コーヒーどうする?」
「コーヒー?」
「あのさ、言いにくいけど伯母さんの時は、コーヒー出してたよ。」
「そうだったっけ!?」
「どうする?」
「やっぱり、お出ししよう。」

なんで私も親族なのに、この家を仕切っているの?
しかし、嫁同士(私は嫁になったことはないけど)の結束が何となくできて、チームワークも抜群にコーヒーも一通り振舞うことができた。

Yさんは、海外赴任の経験とステイタスもあり、対外的なところで音頭を
取るのも上手い人だ。でもそれと裏腹に家の細々したことは、多分それほどできないだろうことは、想像に難くなかった。

「Aちゃん、今回お掃除がんばったんでしょう?」
「ありがとう。いらないもの全部捨てたんです。」
「御祖母さんは、いつも綺麗にお掃除してたものね。」

印象に残ったのは、人間よりもずっと愛想のいい天然コンパニオンの
アポロの存在だ。伯母のY子さんと入れ替わりに、S家の一員になり、
Kさんが添い寝していたそうだ。
幸い、みんな犬好きの方々ばかりで、アポロを抱っこしてはニコニコしていた。

Yさんは、親族一同に色々ウンチク話をしていたのに、なぜか最後の最後まで後片付けに残っていた母と私に気兼ねなのか、気まずいのか、面と向かって話をしたくないようだった。

というのも、はっきり口に出さなくてもその訳は、伯母のY子さんがS家に嫁ぎ、Kさんが生まれてから死ぬまでの半世紀以上の永年に渡って、
間接的なシナリオを、プレイバックすれば、薄々わかることだった。

だから、伯母にちょっと似ている母と私は暗黙の了解で、スッと存命中の伯母たちの代理ができるのだった。

親族を見送りだしたYさんと玄関先で、ようやく話した。
「ああ、雨止まないですね。あいにくの天気になっちゃいました。」
「ゆきちゃん、最後までありがとうな。これさして、気をつけて帰ってや。」
「Yさん、これ値札ついてるじゃない。Aさんの買ったばかりの傘じゃないの?私、傘持ってるから、大丈夫。」

愛妻を亡くしてすっかりシオラシイYさんに、いつも通りの挨拶をした。
「それじゃあ、また。失礼します。」

阪大病院に寄り道して、夕方5時半にH市駅に戻ると、傘の花を広げた外大の女学生の袴姿が、目に眩しかった。



スポンサーサイト

---------------------------------------------------------------

2006/03/18 21:37 | 仲間 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。