日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

---------------------------------------------------------------

--/--/-- --:-- | スポンサー広告 | | Top▲
ノーマライゼーションとは?
2006年03月30日 (木) | 編集 |
桜前線もついにわが故郷に上陸。
雨が降ったり止んだり、風が吹いたり寒かったりで、
ただでさえ不慣れなお外の営業活動には、支障を来たしている。

それでも、今週のうちに、営業所の最寄駅のK駅へ向かう線路沿いの
知る人ぞ知る桜並木の蕾が膨らんで、日毎に開花する数が増えているのを愛でていると、ペダルをこぐスピードが緩くなって、思わず
囀りながら枝に止まる名も知らぬ野鳥に、にっこりしてしまう。
雨に濡れても・・・

保険業のイメージは、とてもよろしくない。
でも、★営業所の女性たちは皆、性格美人だ。
この仕事を通して、人間模様がまざまざと見えてくる。

一週間に一度の同じ場所、同じ人と会話する定期訪問でも、
驚くほどに違っている。
「この仕事ってお天気みたい。」
「そうでしょう?お客さんも生きてるってことなんじゃない?」

「この仕事ってパチンコみたい」
「砂金探しみたい」
などと形容すると、先輩同僚がこう切り返してくる。
「見た目ほど派手じゃなく、奥も深いし、一番地味で忍耐が必要な仕事よ。」
「まずは信頼関係を築くことから始まるから、途中で根をあげて
辞める人も多いからね。」

9時出勤。体操の後、朝礼が終わると、
今日は年に1回の社内教育ビデオの視聴があった。時間は15分間。
同じビル内4階の物置兼休憩室に移動した。
エレベーターの中で3ヶ月先輩のKさん
「ノーマライゼーションってなあに?」
「聞いたことない?」
「知らないよね。」
職員一同が揃って、ブラウン管の前に注視した。
私は習慣化しているメモを取りながら。
(でも、そのノートは持ち帰らなかったので、脳ミソ内のDVDを
再生してみよう)

ノーマライゼーションとは、
障碍のある人もない人も共に心地よく生きていくこと
と定義するところからビデオは始まった。

それについて、S生命は従業員に障碍のある方々の立場に立った
劇を演じることで、人権教育や差別をなくすための啓発活動を
積極的に行なっている。
また、「Sハーモニー」という事務を取り扱う系列会社では、
あらゆる障碍のある54名の従業員の方々に配慮した快適な職場環境しながらも、健常者と同等またはそれ以上の力を発揮して就労している様子も収録されていた。
ビデオの中でひたむきに生きがいをもって働いている方々の姿に
感動したし、1年に1度は必ずこのビデオを社員が視聴して感想文を書いたり、ディスカッションの時間を取っていることが素晴らしいと思った。

1階の事務机に戻って、数分感想文を書いてから、議論しあった。
「ノーマライゼーションということばや障害をもつ方々と共に支えあって働くことの意義や、人権と差別についてどのような感想を持ったか
意見を出してみてください。」
司会のFさんのことばに、私は即、オペラントに口火を切った。

「私、こちらに来るまでに何度も言ってきましたが、勧誘してくださったのが、Bさんじゃなかったら入社していませんでした。
でも、このビデオを視聴することができて私がここに居ることに少し
納得できて、いい会社に入れてよかったなと思いました。
H市はノーマライゼーションを先駆的に導入した町としても知られて
恐らく、他市と比べても障碍のある方々の割合は多いと思います。
私の前職が障碍のある方々とかかわりの深い福祉業界であり、
ノーマライゼーションと言うことばも、障害のある方々が身近にいることもわたしにとっては普通のことなんです。
障碍をもって生まれてくることとそうでないことは、たまたまそうだった、そうでなかったというだけで誰にも起こり得ることだと思っています。

時間があれば、福祉施設へ出かけて行っていろんな障碍の方々と話をして私の方が一生懸命に生きていらっしゃることに癒されています。
精神医療センターに隣接のS園っていう施設がうちの近所にあるのですが皆さん、ご存知でしょうか?
そこには、自閉症などの発達障碍の子どもたちもたくさん通ってきているし、私はそちらの仕事の方がこれまで長かったんです。
障碍のある方々を直接知らないとか、そこから離れている人がまだまだたくさんいるから、こうした啓発の必要性があり、
それを推進している会社であることを嬉しく思っています。」
「ゆきんこさん、随分詳しく知っているみたいね。」
「どっちかというと専門かも。」
「ああ、H市の小学校はクラスに1人か2人は障害児の子どもがいるのが当たり前なんだよね。うちの子が小学生のときに、障害児の子がクラスにいて学級崩壊になったことを思い出したよ。その子が暴れてみんなが怖がって学校に行けなくなったんだ。そしたら保護者も巻き込んで、
その子のせいなんだから、クラス替えをして欲しいとか物凄く揉めて
ついには担任や学校長まで異動になるくらいの大事に発展したのよ。
結局、子どもたちは障碍のある仲間も一緒にクラスにいるんだと
ことばも殆どないその子が暴れたり、奇声を発したりするのを受け入れたのだけど、問題は親同士が折り合いがつかずにこじれてしまったの。」
「子どもが差別や偏見の意識を持つのも、元はといえば大人からの
影響を受けているんだもんね。」
「あの、同和問題っていうのはどうなんだろう。私の子ども時代、
被差別部落の地域が税金を注ぎ込んで立派な住宅建てたり、優遇して
ベンツまで乗ってる人もいたよ。」
「逆差別ってあったね。」
「とにかく子どもよりも大人の意識なんだよね。人権や差別について
問い直されているのは。障碍のある人はもちろん、相手への思いやりの
気持ちが鏡のように、映し出されるということなのよ。
誰だって自分が一番かわいい。一番大事なの。
でも、自分と同じくらい相手にも命があり、その人に尊厳があるんだっていう気付いてないから大人になっても、その必要があるのよね。」
「子どもの方がずっとものわかりいいですよ。」
S支所長が、付け加えた。
「私の父は、事故で車椅子の生活をしているのだけど、それまで旅行や
外出も楽しんでいたのに、一度、障害者になるといちいちめんどうだし、全然そうした人たちに配慮した環境になっていないから、周囲に迷惑をかけたくないって遠慮したり、楽しいことが激減してしまったわ。バリアフリーもまだまだ発展途上よね。」

人一倍気丈なBさんの、俯いて黙り込んで聞いていた横顔をそっと覗いた。
「私は小学校のころよくいじめられたよ。足のことでね。
中学になると苛める子もいなくなったけど、からかわれたことは
悔しくてたまらなかった。何も悪いこともしていないし、他は
みんなと同じなのに、どうして言うんだって腹が立った。
でも、この営業所の人たちはみんな温かくて優しくて、
私と同じ歩幅でゆっくり歩いてくれたのが、本当に嬉しかった。
ああ、辛くても若いときは泣いたりしなかったのに、この頃涙もろくて。」
「Bさん、はい。」
ハンカチを差し出し、私ももらい泣きして、今またその時のBさんの情景に自分が涙ぐんじゃった。

向かいの席のK所長は今日もお休み。
多分、起き上がれないんだろうな。
一昨日の雷雨の中での活動が、がんばり過ぎだったのはわかってたのに、私も迂闊だった。

午前中、本来なら1人で営業活動するようにお達しをもらっていたのだが、レインコートに自転車では、皆が不憫に思ってくれる。
「途中まで車に乗る?」
「いいの?一人では勇気がいるから、入りにくいお店ちょっと2~3軒
同行してくれない?」
「え~、私が同行!?」
「いいじゃないの、センパイ」

そんなギブ&テイクで、子育て世代のHさんに便乗した。
Hさんは、私が小学校5年から23歳までを過ごした思い出の地に
現在在住していて、尚且つ彼女の2人の子どもが、私が通っていた幼稚園と小学校に在籍しているのも、奇遇で同僚でありながら、
子育ての話題にもツーツーなのも嬉しい。
一仕事終えて、Hさん宅でランチタイムをご一緒した。
マンションのインターホンを押すと、4歳の坊ちゃんがドアを開けて
呼んでくれた。
「ゆきんこさ~ん。こっちだよ。」
「Tくん、ありがとう。おじゃましま~す。」

子どもは本当にいいなあ~。なんの差別も偏見もなくすぐにお友達になってくれるんだもん。

「ゆきんこさん、結局あなたって、前の仕事は何だったの?」
「さっきのノーマライゼーションのミーティングでも話したけど、
クラスの中に障碍のある子を受け入れるときに、その子どもや周囲に配慮しながらサポートする仕事よ。30歳までは正職員で自閉症の子どもの施設で指導員をしていたけど、毎晩H市には寝るだけのために帰ってきてただけだった。それから地元のノーマライゼーションの取り組みも
知りたくて、アルバイトで障害児加配の保育士をしながら食いつないできたけど、いろいろ辛いこともあってね。Kくんの幼稚園も受けたことあったけど、面接でダメだった。」
「幼稚園によっては20代の若い先生ばかり雇って、結婚までしか勤められないところも多いよね。」
「だからって、結婚せずに独身でも、子どもがいてもお金がいるし、
働かなくちゃ。」

1日の会話の醍醐味を凝縮して伝えきれないけど、
学校教育以外の一般社会という大枠のなかで、障碍のある方々も
含めたゆきんこ独自の、人間探訪とABAの模索がどこかにあると思っていた。

そう、「砂金探し」のようなちょっとした発見が!

こんな私の母は、なぜか追い討ちをかけるように帰宅直後の娘に告げた。
「未来の教師の採用試験対策講座、申し込み用紙FAX送信したよ。」
「ありがとう。」
こうして、あの夢のような余暇は4月には消滅していた。


















スポンサーサイト

---------------------------------------------------------------

2006/03/30 21:56 | お仕事 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。