Mr.(まだまだ)サマータイム

「暑いね~」と口をついて保育士同士、子ども同士が挨拶を交わす。
気温35度だから、当たり前。
往路の自転車で、二人見知った顔の人にすれ違ったが、
誰だったのかは、もう思い出せない。
朝のミーティングで、フィリピンの「オチョオチョ」というダンスを
職員一同で踊る、その振り付けは随分と身体に染み付いてきた。

午後8時40分懐かしい白いスーツ姿の4人のアカペラにキーを打つ
速度が遅くなる。
近頃の流行歌より、ずっと昔に耳慣れた歌の方がいいと
思うのは、つまり・・・

先週のあの事件以来、わたしが乳児室に入ることは厳禁になった。
「タロウチャンのお世話ならいいでしょう。」
解散した後、所長に命ぜられた仕事は、九官鳥の水浴び。
タロウチャンは、今日はよく話しており、
「ほーほけきょ」の他に
「あ・いうえお」などもしゃべっていることに気づいた。

年長5歳児クラスの太鼓を練習する音が、職員室まで
響いてくる。
それが鎮まった頃、所長に太鼓を固定する台を調整するのに、
プラスドライバーでネジを外す。

管理職と一緒の昼食の時間はなぜだか、上の空になってしまいがちだ。
確か、話題は運動会で、家族と昼食を食べたかどうかの
コフートの違いについてだった。

Rくんは、昨日より機嫌がよさそうで、
担任のY先生との「ヤクソク」も律儀に守っていた。
お昼ごはんをがんばって残さず全部食べたら
憧れの(?)ゆきんこ先生とお昼寝するという
目標のために。

「ゆきんこ先生のことかわいいっていってるわよ。」
「Rくん、美的感覚がちょっとおかしいんじゃないかな。」
「自分でそういうの?」
「はい。」

彼の眠りは安らかだった。
わたしは彼に寄り添って目を閉じ、背中をトントンする。
瞼を閉じるまで、Rくんはわたしの唇を触っていたが、
そのうち寝息を立て、他の雑魚寝の子どもたちよりも
早く25分で眠りについた。
彼の眠りを誘うのに、わたしの今時でない風貌が
功を奏するのなら幻想でもいいじゃないの。

2時過ぎに残っていた何人かの寝付きにくい子どもたちを
トントンして眠りに誘って、洗濯物を干して
職員室に戻ると、所長が机に座り、頭を両手で
抱え込んでいた。
「ああ、今年はどうも試練の年のようですね。」
5日の事故報告をどのように保護者に伝えるのか、
前代未聞・・・ではないにしても、
「長年勤めて来て、こうした責任を突きつけられようとは。」
クビになる寸前のアルバイトのわたしに最早、「口なし」だ。

和歌山県知事が、民間企業と同様の能力主義を導入することを
発表したらしい。
職員室の間仕切りの物置で、カードの猫の顔に茶色い鼻を糊付けして
いよいよ完成までになった。

夕刻、休憩室のクーラーの掃除を頼まれた。
戸外の洗い場でフィルターを洗っていたわたしを
Rくんが見つけてこう言った。
「せんせい、いっしょにいこうよ。」
「ごめん。T先生からクーラーのお掃除を頼まれたの。
今日はとっても上手にお昼寝できたよ。何時だったか
教えてあげようか?」
「うん。」
「1時25分。5番目だったよ。明日もがんばったら、
一緒に寝ようね。」
「うん!」
Rくんはナットクして、その場を去った。

わたしは、倉庫の奥から古ハブラシを発見し、
それで、クーラーの溝にこびりついた埃を拭って、
フィルターをはめ込んだ。しかし、エアコンは作動しなかった。

「ねえ、ここいつまでだった?」
非常勤の用務員をしている一つ違いのYさんがロッカーで
わたしに聞いてきた。
「9月末まで。」
「次はどうするの?」
「わからない。終わってから考える。そんなに器用じゃないから。
もうこの町では勤めないかもしれないけど。」

能力主義ということばが、
わたしのこころを硬くする。
そんなことで、壊れた信頼関係がどうやって
取り戻されるというのだ。
能力主義と裏腹に人の尊厳や生きる権利、
もっと大切なものを奪ってしまってもいいというのか。
能力のない人間は生きる必要がないというのなら、
それは、究極にはホロコーストを是認することに
つながっていくと懸念するのは、極端だろうか。

でも、暢気。
自分独りではどうにもならないこともたくさんある。
だけど、こうしてブログに綴っているということは、
好きなことをしているっていうことは、
わたしは、楽観主義者だってこと。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する