黄昏のわらべたち

週明けの9月第3週も、入道雲のない爽やかな秋空の下、
行ったり来たりの営業活動です。

しかし、週明けからゆきんこは営業所内で連日愚痴愚痴おばさんに
なっている。
「あ~、Nさん行くのいやや~!」
「そんなときあるある。」

ブツブツいいながら一番ドンびりで、正午に★営業所を出発する。
標的のおきゃくさんは、図星通り午後の休憩時間にいない。

「よう、久しぶり!」
「いくつになっても少年みたいにいい汗かいてますね。」
「でしょ?」
と、少年野球の監督をしているKさんと話す。
「ところでMさんはどちらに?」
「M?さあ??」

グルグルと探し回っているうち、チャイムが鳴った。
するとどこからともなく、上半身裸のMさんが戻ってきた。
「あ~!Mさん探してたんですよぉ・・・」
「今日持ってきてへんわ。いつ渡そう?」
「明後日また来ます。」

別の上司が釘をさした。
「他の仕事探したらどうや?保険なんてそうそう誰もはいらへんやろ」
「何かいいお仕事紹介してくださいますか?」
「もう休憩時間過ぎてるわ。業務停止になるで!」
「はい、すみません。ありがとうございました。」

自転車で往復する時間は誰にも邪魔されないいい時間だけど、
9月に入ってこんな調子の営業だから、背中がズキズキ痛くなってくる。

午後1時には、ハローワーク
中から出てきた女性がバイクのエンジンがかからず、困っている様子だったので、
「あの、お手伝いしましょうか?」

それから小1時間もその女性と話しこんでしまった。
女性は定年退職で失業保険の申請に来たが、受給中は本来もらえるはずの年金を同時に受け取ることができず、制限されることに憤慨していた。

「おかしいでしょう?低所得者にはなんの優遇もないなんて。」
「そうです。この数年の構造改革などで数年のうちに10年前の法律も
改悪されているのです。公的機関の窓口は窮状を訴えても、
法律に則った冷ややかな事務手続きしかしません。私も去年まで何往復もハローワークと公立保育所を転々としていました。」
「そう。私の娘も公立保育所で勤務しているのだけど、毎日細かい記録を取ったり、有給休暇が取れないと過労状態に追い込まれているの。」
「ええ、正職員の先生方は自律神経失調症や、婦人病などになるまで、
仕事を中断できない状態でした。私もお世話になった先生方に
『守ってあげられないから、他の職種を探しなさい』と仰って10年以上
続けてきた保育士を辞める決心をしたのです。私の母も40年間保育運営をしてきましたから、この20年で保育環境がどれだけ劣悪になっていったのかは、知っているつもりです。そうした人間の息の根を止めるために保育課長に止めをさされたことで、H市の子どもたちが本当にかわいそうだと思いました。」

★営業所に戻って、また嫌われるのがわかっていておきゃくさんをめがけて出かけるのがいやで、
夕方4時過ぎまで雑務したり、シュレッダーの掃除やゴミ出し、タオルの洗濯、食器洗いなどでうだうだしていた。
新人のYさんが、
「ゆきんこさん、私、掃除当番です。」
「いいのいいの。気分転換してるだけだから・・・
営業行かなくちゃならないんだけど、行きたくないから時間潰してるの。」

けれども、サボっているわけにはいかない。
午後5時過ぎ、自宅付近の数店舗を巡回して、先週お会いできなかったTさんにようやく会えた。
「Tさん、先週はお忙しかったんですね。前回のお話を詳しくさせていただきますので、ご都合のいい時間を教えてください。」
「あ、別にいいですよ。まだ具体的には考えていませんから」

凹む間もなく、6時前に日暮れのN公園へ自転車を走らせた。
こちらでは、私の言動に難色を示す対象はいない。
ワンコたちはベンチで寛ぎ、少年たちは野球を楽しんでいた。

犬との接触は、わずかにみられることがある。
犬を散歩させてくる子どもがクラスメートの場合は、友だちが撫でたり、犬も友だちに近寄っていくシーンがみられる。

今日は棒切れをバット代わりに素振り練習していた少年が、
少女の連れていた飼い犬に持っていた棒でつつく姿があった。
少女は、少年に蹴る素振りを見せた。
この程度なら「ちょっとしたちょっかい」だけど、
どこまでがちょっかいやからかいで、どこからが虐めかという判断が
難しいところ。

ベンチに腰掛け、せっせと記録を取っていると、見覚えのある女性と
目が合い、2秒してから女性が声をかけた。
「あら、お久しぶりね。」
「はい。こんなところでお会いするなんて・・・
在職中はありがとうございました。」
「お元気ですか?お仕事どうなさっているの?」
女性は私の身分証明の名札に視線を注いだ。
「はい、保険会社で働いています。」
「そうですか。お元気でがんばってね。」
保育士時代にお会いしたときよりも、ほっとしたような微笑を浮かべて
女性は公園を去った。

去年までは、3年ばかりH市の障碍児保育研究会や、発達相談員の面接で何度も管理職とアルバイト保育士という間柄で面接していた女性だった。

つまり、女性は、雇用する側の幹部として何度も私を奈落の底へ突き落とし、別の若年の相談員を採用してきたのだ。私は不採用になる度に、
アルバイト保育士の再登録をして保育所を転々としては、巡回してくる
この女性の指揮下の元に人生を翻弄されてきた。
担当する障碍児が発達年齢2歳6ヶ月という伏目を越えるとアルバイトは
契約を打ち切られることになり、その判断を下すのが女性の役割だ。
安堵の微笑を浮かべた女性は、そんな私と出会うことを心苦しく思っていただろう。

キャッチボールの少年のボールを拾って投げると、
「ありがとうございます。」とか、
照れくさそうにお辞儀するところも、なかなか殊勝な行動だと感心した。

「帰ろ。」
「え、もう帰んの?」

子どもたちによっては、自分で決めた帰宅時間は異なる。
ワンコたちは、殆ど同じルートで排泄したり、草の匂いをかいだりを
交互に繰り返し、黄昏の公園を通過していった。

仕事はいつでもどこでも誰でもプレッシャー。
保育士でも保険屋でも、「他に仕事ないの?」と何も知らない人は言う。
楽な仕事なんてないとわかっていて人がいやがる仕事を引き攣り笑顔で
続けてきた。

仕事の合間のひとりよがりの研究は自分だけのお楽しみタイムだ。
保育士でも保険屋でもない他に仕事があるのなら、
研究者か清掃業しかないかも・・・?
それさえもないかも?

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