日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
ゼミと秋風
2005年09月16日 (金) | 編集 |
昨日から、「爽やか」と形容される風が吹き、秋めいてきた。
わたしは、季節の移ろいを肌で感じるのが好きだ。
「あ、鈴虫の声が小さくなったな」とか、今日は汗拭きタオルを
忘れたけれど、結局汗を拭う必要はなかった。

今週は、少し短く感じた一週間だった。
昨日の朝、所長からこう告げられた。
「午後2時に子育て支援室の保育課長が来られるので、
そのつもりでいてください。」
わたしはその途端、眉を顰めるしかなかった。
昨日の午前中は、何をしていただろう。
ノルマの来年度の誕生カード120枚は完成した。
1時にいつものように幼児クラスの午睡のトントン
手伝いをする。

Rくんがわたしに寝かせて欲しがり、ふとんの上で
バタバタしていたが、これ以上彼と仲良くなっても
仕方がない。今の加配のT先生を足蹴にする彼を
少し離れたところから見守ることにした。
30分かかってRくんはT先生の付き添いで眠った。

2時過ぎに所長から声がかかり、いよいよ課長との面談の時が来た。
別段、緊張したりはしなかったが、
わたしにとっても、K課長にとっても向かい合わせたくはない
顔同士だった。

「9月6日の事故経過をもう一度あなた自身の口から説明してもらえますか?」
わたしは、声を詰まらせながら説明し、いろんな要因があったにせよ、直接の原因は私自身の不注意によるものだったと自白した。

「以前にも、度々、判断ミスがあったとK保育所の所長からも
報告を受けていますが、自分ではどう思いますか。」
誘導尋問に対して、わたしには弁解の余地がなかった。
「K保育所でも、不向きだとの忠告は受けていました。」
「あなたに合った他の仕事を探した方がいいですよ。
金輪際、当公立保育所での勤務はしないでもらいたい。」
所長も追い討ちをかけた。
「子どもの大切な命には代えられないのです。無事だったから
よかったものの、万が一後遺症でも残ったら、あなたの人生も
台無しになるところだったのよ。」
わたしは黙って頷いた。

「自分の生まれ育った故郷で、大好きな子どもたちとかかわる
仕事に就きたいとただそう願っただけです。子どもたちには、
わたしのように自分の夢を諦めて不本意な生き方をして欲しくありません。」
「そんな話をしてるんじゃない。
どんなにこの仕事が好きでも、好きと言うだけでは、困ります。
夢を追い求めるだけでは生きていけないでしょう。
とにかく、わが市で勤務するのは、これで最後です。
何か他にいうことはありますか。」

3ヶ月前にも聞いた同じ締めセリフに、何も言う気がせず、
わたしは、伏目にしていた視線を上げて管理職の顔を
見据えた。
「ありません。あと2週間よろしくお願いいたします。」

課長が去ると、間もなく子どもたちが午睡から目覚めて、
また保育所は賑やかになる。
この瞬間が、いずれ過去になり、思い出の彼方へ消えてゆく。
顔も名前も、出会ったことも、交わしたことばも。

2ヶ月振りに最寄り駅の傍に自転車を停めて、電車に乗った。
「確かに取り返しのつかないようなことをしたのは事実だ。
だからといって、課長にあんなことを言う権利があるのだろうか。
どうして人間は、他の動物のように公平に生きることを許されないんだろう。」
わたしは諸々の思索を巡らせながら、ぼんやりと電車に揺られていた。

すっかり日が暮れた夜の学校へ着くと、本来の自分が取り戻せる。
職場では至って大人しくしていると自己弁護するが、
Y先生は、ことば通りにとってはくれない。

ゼミ生のNさんがお誕生日なので、Oさんが持参してくれたケーキを
みんなで食べて、雑談していると、すぐに1時間も過ぎてしまう。
わたしは独壇場で正直に職場での一件を仲間にぶちまけた。

「お役所の人間もいろいろで、都合のいいことを言ってくるわよ。」
「保育所の関係者と大学とがリンクしていくのは、これからだし、
あなたがひとりで『これがいい理論なんだ』と突っぱねても受付けないのは仕方ないよ。押し付けることは、絶対にできないんだから。
まあね、女性はなんだかんだ言っても男性陣より強いから、
そう切羽つまらなくていいよ。履歴書この沿線の各市に撒いておいたら
どうだい。」
「5時ピタできるところもありますよ。」

後半は、7月に発表した1年生の論文計画の報告を2年生にお披露目した。
父親が経営する幼稚園の次期園長になるTさんが、園の抱える
問題点を列挙し、それぞれにコメントした。

わたしは、現場もケースもなくなってしまうので、元の木阿弥といった
状態だ。ABA(応用行動分析学)の事例研究をしたいと入学の時から決めていたことと、保育スタンスをどう取るのかが課題だが、Y先生はこうコメントした。

「さっきから聞いていると、データや効果を出したいがためとか、
論文を書きたいから、それに相応しいケースを見つけると
言っている様に聞こえるけど、それは本末転倒じゃない?
あなたはABAだの、インリアルだのって『パッケージ』に弱いんだね。
そういうマニュアルを拠り所にしているようだ。」
「そうですね。前の指導教官の影響が大きかったし、自分の技術にも自信がないからだと思います。実はこのケースのご家族は、偶然ABAの親の会に入っていた方から依頼を受けて意気投合したのです。」
「もっとサブに徹するということを今後の保育でも貫いたらどうだろう。保護者との共同参画というより、主体はまだあなたの側にある思うよ。」
「はい。まだわたしが主導でリクエストを聞いてそれを基にプログラムを立てています。」
「それはいいんだが、保護者がやっても同じようになっているかの
検証が必要だ。」
「すぐ傍にいる気の置けないお手伝いさんっていうスタンスです。」
「そう。修士論文は何も結果や効果なんて狙わなくていい。
逆にあなたのそういう面持では、この論文の目的には適っていない。
大切なのは、ケースに最終的にどんな感想を持ってもらえるかなんだ。
着眼点が従来の保育サービスと逆の発想だということには、
面白さがあるし、学習理論が障害児に効果があるのも当然だから、
それを使うのにわたしに異論はない。だが、保育のスタンスを目的と本質からズラさないで、絞りきることだ。それがあなたの将来にもつながっていくだろう。」

後から思うと随分真剣にいろんなアドバイスが盛り込まれていたし、
わたしの我侭もよくわかってごちゃまぜゼミに入れてくださったY先生に感謝感激だった。

ゼミの時間は確かにここぞとばかりに我を張りすぎているのは事実だ。
それくらい好きだっていう証拠なのだ。

とにかくポジティブに行こう。
辞めることはいつでも後回しにできる。
こういう時こそ、じたばたせずに、冷静でいること。


今日は、休暇のT先生の代わりに正職のK先生がRくんを担当。
わたしの姿を見つけては、抱きついたり、手をつないだり
したがるが、来春就学のRくんにいつまでもそれを許容する
わけにはいかない。

午前中は、九官鳥のタロウチャンの巣箱の掃除。
運動会のリハーサルと誕生会の設営の手伝い。靴箱の掃除。
いいじゃない?こんな裏方専門も。
Rくんは、行事のランチを食べ終えると、わたしの背後から肩に手を回して「ねえ、トントンして」と頼んだ。
自分で所長のT先生に頼み込んで、添い寝なしのトントンでOKが出ると
布団敷きの当番もはりきっていた。
布団に寝転び、しばらくわたしの半袖の中に手を入れていたが、
トントンの膝枕で23分で眠りに落ちた。

夢は眠ったときしか見られないものか?
それとも起きている瞬間瞬間が、夢に近づくスモールステップなのか。
たとえ叶わぬ夢だとわかっていても、
わたしは「夢なんてね」という考え方はしたくないと思った。
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2005/09/16 22:24 | 大学院 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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