ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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10月も残り僅か。
バタバタとH市内を駆け巡って、このまま年老いていくのかな~。

♪何のために生まれて
何をして生きるのか
答えられないなんて
そんなのはいやだ!

実際、目覚めのふとんの中で聞こえてきたのは、
J.Sバッハの♪プレリュード
あま~いチェロの音色で、一瞬くらい優雅なアルファー波を脳ミソから
放出したいものだ。

★営業所のS支所長の顔も急に老け出し、ゆきんこの目を覗き込む目も
何となく憂いと懇願と怒りとが入り混じる険しい黒い視線が突き刺さる。
「ゆきんこちゃん、いつでも同行するから、言ってね。」

そう言い残して、入ってきたばかりの新人の同行や、要職者会議に慌しく出かけて行く。
でも、今年中の支部昇格のきついノルマを課せられ、昨日の朝礼でも土曜日の自主出勤の意思表示をする挙手を過半数の営業員がするなか、
私はオペラントにしなかった。

25日水曜日、朝の朝礼で9月に査定落ちして10月有給休暇をめいっぱい使って休みがちだった子育てママのHさんが、営業員の前で別れの挨拶を
した。
上司にあたる年下のM所長との関係が上手くいかなかったのと、
厳しいノルマ、幼稚園と小学校2年の二人の子育ての両立が難しく、
勤務期間はちょうど1年だった。
M所長が花束を初めての部下Hさんに渡すとき、二人は向き合って無言で涙した。

「ゆきんこさん、最後にコーヒーを淹れるわね。」
「Hさん・・・寂しくなるね。」
Hさんは一人一人の営業員の机を廻って、恭しい笑顔でコーヒーサービスで★営業所を後にした。

翌日25日午前中から、抜き打ちのコンプライアンスチェックで、
重要書類やロッカーの顧客情報の管理状況を支社から派遣された社員が
やってきた。

「ゆきんこ先生、噂で前職に戻りたがっているってきいたけど、
営業員としてもっともっとがんばってもらわなくちゃ。頼むよ!」
と、白髪交じりの課長が傍に寄ってきて肩を揉む。
「もう先生じゃありませんから・・・」

通常、1時間あまりの朝礼が終わると、活動準備を始めるのだが、
7月に私が採用して入社したOさんが、私にわからないことを質問したり、「え?どうしよう~」と助けを求めるので、採用者は勧誘者の面倒を見るという暗黙の了解のもと、半人前以下の営業力のゆきんこが
手取り足取り、Oさんのジョブコーチみたいな関係も夏から秋にかけて
3ヶ月間続いていた。

10日前、Oさんは支所長の呼び出しを受けたあと、少し落ち込んでいた。
20日(金)にOさんと私はそれぞれの地区を巡回したあと、
携帯で連絡を取り合って、11時にS神社で落ち合った。
石段に腰を下ろして、私はOさんに言った。
「前にも言ったけど、3人の小さなお子さんを抱えて、自転車で
この仕事がずっと続けていけると思う?
私だってもう限界を感じているから、辞めようと思っているけど、
会社は思惑があるのか、査定落ちする前に不必要な契約を無理強いするんだよ。Oさん、仮にそうして今回は査定をクリアできたとして、
今度査定落ちしたときに、後から残った保険料ずっと払っていける?」
「あかんわ・・・」
「Nさんは朝から晩まで働かされているんだよ。Oさん、Nさんみたいな仕事できる?」
「でけへん。」
「自転車の運転も危なっかしいから、もしも事故に遭って、
Kさんみたいになったらどうする?保育所のMちゃん、お母さんが
いなくなっちゃうんだよ。」
「いやだ~」
「だから、支所長のことばを善意に受け止めて、仕事探しなおそう。
私も誘った責任あるし、新しい仕事探すの協力するから。」
「いや~、ゆきんこちゃん、やっぱりご縁があったのねえ。」
「この名刺あげる。困ったら使ってみて。この事務所には生活に困った人が相談にくるの。」
「ゆきんこさんに会う前はお金もなくて、仕事もなかなか見つからなくて困ってたんだ・・・ありがとう。ごめんね。」
「いいよ。謝らなくて。お菓子とか買いすぎて無駄遣いしちゃダメだよ。お金は少なくても、Mちゃんの保育所遅くならないうちに迎えに
行って、無理しないようにあとは生活保護を受けてもいいんだから。
受けたくないからこの仕事もがんばったけど、自分に合った仕事を
もう一度探しなおそう。」

それから、1週間後の27日金曜日。
前日、さぼってはいないが、お客さんの白い目や無視、拒絶反応は
相変わらずで(たまには1枚くらいアンケートももらえるけど)
お客さんたちの大半は
「どうして保険屋に?」
「早く辞めた方がいいよ。」モードに押されているため、
支所に戻って、支所長の起こり焦った笑顔に、
「ゆきんこちゃん、提案した?」の決まり文句は、
嫌悪刺激と化していた。

支所長が再びOさんに
「Oさん、折角今までがんばってもらったけどね。」
「・・・はい。お世話になりました・・・」
Oさんは涙でいっぱいの瞳で私の目を覗き込んだ。
「ありがとう・・・」
去年の秋、めいっぱい泣いていたトラウマが度を越して
私は無表情に言い放った。
「行ってきます!あとで話そうね。」

これが、THE「弱肉強食の縮図」なのだ。
そう!
私は「アルジャーノンに花束を」の別ストーリーを自分で経験してきた。

Y川河川敷に位置する公共施設に正午前に到着し、
気になるメジャーを事前にプレゼントしていた標的の主にまた3週間ぶりに出会えたのに、オオボケ

「すみません!今日はお預かりしていた資料、置いてきました。」
「なんやそれ。」
「前にもらったアンケートで設計書作ったのですが、お話聞いてもらえませんか?」
「そんなんはええわ!」

玉砕!

いつも5時になると、翌日の準備もいい加減に一番に営業所を飛び出すので、翌朝、監視のY部長の突き出たおなかがまた嫌悪刺激となり、
準備不足でお尻に火がついたように、再び営業所を出ないといけない。

でも、10月後半の秋晴れの青い空と羊雲、A川のせせらぎ、すっかり稲刈りの終わった田んぼに烏や白鷺、飼い主と散歩するコーギーやダックスにしばしリフレッシュしたり、昼食は、外で自然のスポットを見つけてぼんやりする時間を作っていた。

その分、夜の学校へ繰り出せば、やっぱり気分転換いい気分である。
火曜日の6時限目が3回連続で休講で、やっと始まった「住生活研究演習」
ご専門は都市建築というN先生が講師。
「3回も連続で休講で申し訳ありませんでした。実は6カ国協議の国際シンポジウムの準備と開催に追われていまして、先週ようやく無事に終わりました。
レジュメをみなさんにお分けしますので、どうぞ。」
授業の目標は、
「子どもとまちづくり」をテーマに、住生活研究で獲得した知見を住教育あるいは住学習として展開することを習得する。
と、シラバス)授業計画にあります。
そんなことより、都合のよい脳ミソにはこんな情報しか残されていない。
「土曜日にフィールドワークで京都の公園に出かけてみましょう。
明治以降、先駆的に学校が作られ、路地裏や玄関先の「カド」と呼ばれた空間で当時の子どもたちの遊ぶ姿を偲んでみます。お昼にはランチも
楽しみましょう。」
わ~い!

講義が終わると、はじめましてのN先生とエレベーターの前まで、仲良く談話して歩いた。

水曜日は6・7時限が専門の幼年教育コースの思想教育演習と、
心理学研究法演習だけど、この頃は、専門外の奇想天外を楽しむことにしている。

はんかちで涙を拭いながら一人一人の営業員に挨拶したり、
荷物をまとめて掃除していたOさんに、3人のお子さんが喜びそうな
販促品をたくさんあげた。
「いや~、ごめんな・・・これ、全部、自分で買ったんやろ?」
「いいの。できることはするから。でも自分でがんばれるところは
自分でがんばってよ。」

そして、昨日28日(金)約3ヶ月ぶりにF先生のゼミにお邪魔した。
掲示板の表示では演習室3とあるが、部屋は真っ暗で誰も居ない。
廊下を挟んだ図書室のPCに向かう学生のなかにFさんの姿を見つけた。

部屋の照明をつけてイスに座りしばらくぼーっとしていると、
通りすがりにFさんが私に気がついて部屋を覗き込んだ。
「どうしたんですか?」
「今からゼミなんだ。先週の火曜日あげたABAの本あるでしょう?
読んでみた?」
「まだです~!昨日のアルジャーノンだけで読むのせいいっぱい。」
「昨日の発表すごくよかったよ。気持ちが伝わってきた。」
「そうですか。あんまりちゃんと読めなかったんですけど。」
「私は元々ABA勉強したかったから、ホントはゼミ生じゃないんだけど、
去年から御願いしてお邪魔してるの。」
「そうですか。私も今からゼミです。」
「そうなんだ。じゃ、またね。」

Fさんと挨拶して、再びイスに腰掛けると、ふっとF教授がお出ましになった。
「おひさしぶりで~す。」
「先生、ご無沙汰しておりました。後期もよろしく御願いします。」
「はい。」
「お元気でいらっしゃいましたか?ご多忙だと聞きました。」
「まあ、なんとか生きてますよ。」
「はい、私も。I survive.」
「でも、この頃疲れやすくなったな~。はぁぁぁぁ・・・」
「そうだ。先生。お尋ねしたかったのですが、私はブログをしていまして、ブログ仲間の弥生桜さんから先生の実名入りでコメントがありました。先生のお取り計らいで来年、神戸開催のシンポジウムで緘黙症を取り上げると。事実でしょうか?」
「何?姥桜?なにさくらだって?」
「やよいさくらさんです。」
「彼は、そんなペンネームなのか。それで、ブログでどんな経緯があったんだい?」
「初めにアクセスしたのは、今年の初め、いえ、去年のクリスマスの時分だったと思います。毎日見てないし、面識はないので、ブログからしかわかりませんが、彼は高校時代から次第に症状が悪化したようです。
心療内科でもきちんと診てもらえずに、副作用に苦しんでいる様子も
読ませてもらっていました。何度かコメントももらって協力を要請されていたのですが、その頃から再就職して忙しくなったので、私のできる範囲でこの大学の心理相談室の連絡先を知らせたり、教育心理臨床コースの先生方に直接インタビューしたことをブログで伝えていました。
8月に入って、S先生と話したこともブログを通して知らせてもらったのですが、丁度数日前にまたコメントがあったので、F先生に確認しようと
思いまして。事実でしょうか?」
「彼はどんな人物だと思うかい?」
「さあ、私は一度もお会いしていないのです。ブログで、隣の市同士に
在住していることがわかったので、調子が悪そうなときには『たまには★のブランコにでかけたら?』とか『鳥獣戯画展、楽しかった?』なんてコメント入れてました。それから、私にはABAにすごく効果があり、幸せになりましたと
アピールしていました。」
「ふ~ん。」
「緘黙症の著者で河合先生という方がいらっしゃり、存命中にお手紙をもらったこともあったと。」
「なに?ぞん?」
「ゾンメイです。河合先生はもう亡くなられたそうです。」
「ああ、ゾンメイね。」
「はい。」

「それだけ?」
「は?」
「もうおしまいですか?もっとどうそ。」
「もっと何を話すんですか?」
「何でも。」
「何でもって・・・」
「なんでもはなしたいこと、どうそ。」
「ん~、、、私、今、生命保険会社で働いているんです。」
「え~、保険?私は苦手だな。」
「1月に出かけて行って、2月に入社して、10ヶ月経ちました。
でも、先生のご進言がきっかけでした。にんげんいざとなれば、
何とでもして生きていくと。自分で死を選ばない限りは。ホームレスでもなんでも。」
「そう。ホームレスの人は働かず、物乞いをする術を選択しているわけだ。」
「私を勧誘してくださったのが、足に障害をお持ちの女性だったんです。彼女が熱心さに心打たれました。今の上司も、私と同じ高校の出身で元保育士という履歴の方です。仲間関係はとてもいいのですが、
問題は法外な厳しすぎるノルマで、今年までに15件もあるのです。
一番、気になるのは、私が7月に勧誘したOさんのことです。
私より10歳年上なのですが、保育園に通う一番下のお子さんも含めて
3人のお子さんがいて母子家庭です。仕事も何回も断られて困り果てて
いたところに出会いました。実際、働いてみると、彼女には無理が多すぎたと思います。今日は正式に査定落ちしたことを上司に告げられ、
私の隣で泣きながら荷物の整理をしていました。役立ちそうな販促品をプレゼントして出てきましたが、再就職が上手くいくといいんですけど。」
「その年で小さい子どもが3人とは。」
「見通しの力が弱いように思います。私も他人のことは言えない人生ですけど。会話もするにはしますが、滑舌がよくなく声もかすれているので、なんとなくいじめられやすい要素を感じます。それでも、うちの営業員たちはみんな気さくでいいメンバーなので、彼女も私を頼りにして居心地はよかったと思うのですが。」
「ふ~ん。仕事はともかく、仲間関係はいいんだな。前職とは正反対って訳だ。」
「あんなレポート書きましたものね。先生、ご心配くださっていたのですね。」
「まあ、元気そうで生き生きしているのはいいことだ。結局、その女性は、」
「はい。私も発達障害を疑っていました。結婚歴もあり、普通に暮らしていらっしゃいますが、全般的に周りについていくのがしんどいです。幼少時のことも聞いてみると、敏感で乗り物酔いしやすかったと言ってました。そんな自分の状況に、タイムリーにT先生の障碍児心理学で『アルジャーノンに花束を』が課題図書の読書レポートが出題されました。」
「なんだい?その小説は?」
「心理学科卒のダニエル・キイス原作の有名なサイコSFです。F先生ご存知なかったですか?」
「ダニエル・キイス?いいや。」
「インターネットで検索したらいくらでも、出てきます。他には多重人格者を題材にした『24人のビリーミリガン』なども有名ですが、アルジャーノンの方は、32歳のチャーリーという知的障害者がビークマン大学の脳外科医の手術を受け、IQが68から180の超天才知能を獲得する
という物語です。」
「そんな話があったのか?」
「いえ、これは小説です。チャーリーと同じ手術を受けたアルジャーノンというネズミがいて、彼は迷路の競争をするのですが、負けてしまうんです。」

そこへ、1年生の初老の男性がレジュメを持参して入ってきた。
Y先生の修士論文の構想をまとめたものを一緒に見せてもらった。
学校外の地域力を取り戻す子育て支援活動として、「子どもヘルパー」
を隠居した元気なお年寄りパワーを活用し、その相互作用で、行動変容を検討するというものだ。

「なんだか私の論文に似ています。将来実用するのにも役立つと思います。」
「お年寄りと子どもの関係というのはいい視点だね。」
「SD法を使って、予め子どものお年寄りに対するイメージを測定しておくのも一案だろう。」
「SD法?」
「セマンティック・ディファレンシャル法:二つの対語を両端にして
その度合いを5段階で評定するんだ。例えば、お年寄りに対するイメージを「きれい-きたない」「やさしい-こわい」など」

帰りがけに、肩書きのわからなかった先生と3年生で保育士のKさん、ゆきんこの3人で駅まで歩いた。
「あなたは今、会社員なんですか?」
「はい。でも去年までは障碍児加配の保育士だったのです。それ以前は
自閉症の療育指導員で、15年くらいしていました。
大学院との両立ができず、ちょうど1年前にバーンアウトしました。
保育課長に呼び出され、ABAは他の自治体でやってくれと言われたのです。まあ、パワハラですね。先生は幼稚園ですか?」
「いえ、、、、小学校です。」
男性は口ごもった。

しかし、結局、雑談をしながら改札の前で、名刺を渡してくださった。
「あなたにこれをお渡ししておきます。それじゃ。」
「ありがとうございます。失礼します。」

なんと、先生の肩書きは「校長」だった・・・








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