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今年も残すところ、あと35日あまりとなりました。
時の経つのは早いです。(おばさんになった証拠)

自宅では10日くらい前にヒーターをつけはじめ、昨日帰宅してから
ホットカーペットを居間に敷きました。

只今、NHK喉自慢では、イリノイ出身の英語教師トンプソン姉妹が、
歌詞を英語にアレンジした琵琶湖の唱歌を可憐に披露し、見事合格!
「日本のどこが好きですか?」
「え?全部です。」

その次に歌った高校生の夢は「獣医になること」
いいですね~。

夢に向かって歩いていこうとする。
それだけで十分、幸せなのかもしれない。

ABAということばも、緘黙ということばも、まだまだ巷に流布しきることの難しい「なにそれ?」っていうことばかもしれない。

宇宙の万物のなかには、測り知れない不思議なことがグルグルと
渦巻いて、出会ったり擦れ違ったりしているのだ。

自分がヒトとして、今、ここに存在している真の理由を
「風が吹いたら桶屋が儲かる」という辻褄の合う論理でその場で説得できても、実のところ説明することなんてできない。

「あなたはこの父と母を選んで生まれてきたのですよ。」
などと言われて、私は納得などできない。

2004年1月、突如ABAブームが自分の中に巻き起こり、
「これは私を幸せにした画期的なツールなんです!」
となるべく平易なことばで口コミしてみても、その大方の反応は、
「一人でそんなに盛り上がっているなんて脳天気だね。」
と呆れられるばかりだった。

「だからね、今やっているそれ!それが、ABAなんだってば!
どうして見えないの?」
伝わらないのには、自分の伝える技に多分、問題あるんだろうな~
と反省します。

私は言語障害の、ABAのゼミからも常にはみだしてきた。
だから、専売特許のない、趣味領域の一ファンである限り、
お金を儲けることは許されていない。
ABAについてあ~だ、こ~だと解説などしたら、これは似非セラピストにも近い違法行為になってしまうわけです。

ですから、プロでない素人が、プロはだしのことをインターネットで公開するのもルール違反で、いい加減な情報が蔓延しないように、
そのための厳粛たるライセンスは当然、必要だと思います。

私に与えられている自由は、せいぜい1円にもならないボランティアの受け売り情報。
もちろん本当なのかどうかの検証はご自身でしていただき、そのリスクも弁えてほしいです。(幸か不幸か、私のブログは不人気です)

それくらい個人情報やお互いの信頼関係がこれほど、やかましく
ピリピリしていなくてはならない時代もありません。
いちいち書いてませんが、私は過去に恐ろしい目に何度も遭い、
憤慨してきました。

ABAの師匠、F先生の語録も、生で狭いゼミ室のなかだけで、極少数のゼミ生の短期記憶で終わらせてしまってはもったいない。
「ABAにはまる人間は結構、苦労人だ。それは万策尽きて、最後の望みを
かけてやってくるクライアントが、カミングアウトするべくオペラントに行動しようとするとき、もう半分は治っているんだ。」

すっかり日没が早くなり、5時を待たずに窓の外は暗くなってきた。
★営業所では、今週も順調に売り上げを伸ばし、他の営業員たちは
モーレツに駆けずり回っている。私を除いて・・・
夕方4時に1週間の活動や成果を一人一人検証し、褒章の記しに拍手が飛び交った。

でも、景品もらっても、ちょっとしたお小遣いもらっても、
やっぱり嬉しくなかった。
お客さんに契約もらっても、お給料がそれで多少、増えても
他の営業員みたいに素直に喜んでいない自分があった。
そしてS支所長から、最後にお告げがあった。
「Nさんが12月から4級所長に任命されることが正式に決まりました。
おめでとう!!」

私の5倍くらいの活動量だもの。おまけにパワーも。上司の引き立ても。
その代わり、彼女はとうとう胃潰瘍になってしまったし、
食事だって、3食まともに摂っていない。
そうまでして、もらって嬉しい褒章なのか?
それが「子育て支援に貢献している」この会社の方針なのか?と
素直に喜べないのだ。

21世紀という時代潮流に疑問を持たず、殉死していくことに満足するのなら、それが「普通」ってことなんでしょうか?

こうした「ちょっとしたシニカルな乖離」は、凡人として外面的には振舞っていても子ども時代からどうしても抜けない孤独感だ。

午後5時10分、★営業所を飛び出すとき、営業員の冷たい視線を見て見ぬふりをして、明かりの点る市街地に自転車で向かい、夜の学校に辿り着いた。

演習室3には、今週も一番乗り。
隣の小部屋では、精神分析派で、京都大学出身のI助教授と、
幼年コース1年のI先生がマンツーマンの対話をしているのが見えた。

10分するかしないかのうちに、小学校校長のY先生がやってきた。
「Y先生、こんばんは。お疲れ様です。」
「ご苦労様ですね。貴方はどちらから来ているのですか?」
「H市です。」
「そんな遠くから・・・やるなあ~。」
「もっと遠方の先生方もたくさんいらっしゃいますよ。
帰宅は深夜近くで、乗り物の中で皆さん仮眠していらっしゃるようです。寧ろ、遠方の先生方の方が、切羽詰った使命感を強くお持ちなのではないでしょうか。Y先生も校長職と兼任では、睡眠時間少ないでしょう?」
「そうですね。だいたい平均3~4時間でしょうか。」

F教授を待ちきれず、私は数ヶ月前にも、Y先生に口コミしていた
「緘黙症」について話題を投げかけた。
「以前あなたが言っていたように、私も気に留めてはいたのですよ。
あ、あの子がそうだったかな?と。だからといって、気にかけてはいますが、出席態度や日常生活に特に問題がなければどうしても、他に特別支援を要する子どもたちに、学校は右往左往してしまうのが現状です。」

30分くらいして、F先生が息を切らせてお出ましになった。
「は~、今日はT市まで出張でした・・・」
T市からここまで片道3時間以上もかかる。
「先生こんばんは。お仕事、お疲れ様です。」
とパンを差し出した。
「いつもすみませんね。いただきます。」
「いいえ。このパンやさんのスタンプを集めてるんです。」
「・・・・」

毎週金曜日にお目にかかっているだけに、今週はいつもより遥かに
ぐったりと疲労されているのが一目瞭然だった。
F先生に、「重要人物さん」にお目にかかったことを報告すると、
「あ、そう。はい。」
と機械的に返答された。

ついでにY先生が質問してくださった。
「緘黙症というのは、以前からあったのですか?」
「ありましたよ。ギリシャ時代から。」
「ギリシャ時代!?」

はっきり言って、ゆきんこは相変わらず、Fゼミのお邪魔虫。
手ぶらで自発的に何の御題も持たずに、出入りさせていただき、
1年が経過した。

「それでは、この文章について何か意見をお互いに言い合ってください。」
F先生はいつものように目を閉じて、ゼミ生たちの自発的なやりとりに
黙して傾聴された。(寝ていらっしゃるのかと間違うくらい)

「地域の元気なお年寄りと子どもたちとの放課後の交流において、最後にはどんなイメージ像を描いていらっしゃいますか。」
「SD法(セマンティック・デイファレンシャル)で、双方がお互いに抱くイメージが好転することを狙っていますし、最終目標は、お膳立てした立役者がなくても、活動が廃れずに受け継がれていくことを願っています。」

「私のような親世代が既に、核家族で育ち、私自身も祖父母に疎遠な環境で育っています。私が子どもに期待したいのは、お年寄りへの尊敬や畏敬の念を持って欲しいと願っています。
そのための媒体に、先生がお考えになった百人一首や太鼓演奏もいいと思いますが、最後には、お年よりも童心に戻って、自分の子ども時代の遊びを再現して、今の子どもたちに伝承していくような内容だと、もっと面白くなるのではないでしょうか。

例えば、この冬の時期ならしめ縄作りとか、季節を楽しむよもぎだんごを一緒に作って食べるとか。
スタッフのお膳立ての必要がなく、お年寄りと子どもたちとが、議論しあって次のプログラムも考案していけるようになったらな~と
イメージしました。」

「ああ、なるほどね。あなたも手伝っていただけますか?」
「え?A市まで?・・・今は身動きとれないんです。」

毎晩、ここに来てるんだから、確かにA市には途中下車するのは
どうってことないはずなんです。

言うは安し、するは難し・・・
だいたい、ゆきんこは過去の保育士仲間からも罵詈雑言、でくの坊扱い不適応感めいっぱいで、保育業界から逃避しているんだから・・・

ゆきんこは、セラピストでも、臨床心理士でも、保育士でも、特別支援教育士でも、学校関係者でも、保護者でも何でもない。

何者でもない私は、とりあえず、万有引力のお陰で2足歩行しているから、目的地での見聞を自分の脳ミソの媒体を通してお伝えすることで
何とか生きて、生きがいを見出しています。

M3の保育士Kさんによると、
「なんかのときに言ってたよ。F先生ご自身も小学校1年生のとき、
先生に全然しゃべらなかったんだって。」
「え?それ初耳だな。どこで仰ってたの?」
「どこで聞いたんだったかな?Yキャンパスだったかも。
確か、1年生の時の先生に嫌なこと言われて、もう2度とこの先生としゃべらないと決めて、クラス替えするまで口を利かなかって。
だけど、学校でそれ以外の不適応行動は起こさずに過ごしていたそうよ。」

「そうなんだ・・・ただでさえ、お忙しいのにまた大きな課題を先生に
投じてしまったんだね。私も悩むよ~~~。
何ていうの、ごみたろうさんの絵本『わにさんどきっ、はいしゃさんどきっ』そんな心境。」










11月25日(土)10時から16時まで、北大阪商工会議所4階で開催された
「女性企業セミナー2006」に参加してきました。

受付スタッフの男性2名を除いて、集まった女性は16名。
単なる好奇心で、どんな女性たちが集まっているのかお楽しみ。

一見して、20代から60代までのやはりただものではない。
共通していることは、自分の特技や趣味を活かし、それを共有できる
誰かのために、生業をたてようというモチベーションの持ち主。

初めに、午後1時まで、講師パーソナル・アシスタント・ギャラリー代表
で、中小企業診断士の、リー・ヤマネ・清実氏(年齢不詳)

いかにも明るい個性的な魅力を放った凛とした印象の女性だ。

リーさんのレジュメの見開きに小さく印刷されたことばが目に留まった。(でも拡大します)

貴女の知性と感性が今後ものをいう

「知性」:知覚されたものを整理統一して、新しい認識を生み出す精神の働き
「感性」:外界からの刺激によって何らかの印象を感じとることのできる直観的・受容的な能力



「私は在日コリアンです。日本で生まれ育ちましたが、日本人でもなく
韓国人でもない。
幸か不幸かずっとシングルできました。知人には『今は幸ですよ』と言われ、自分でもそう思っています。(笑)
1991年に自宅で起業して、それから4年後、1995年梅田に事務所を構えました。

私は変わっている、他人と違っていることに価値があるという考えです。
ひとつ面白いのは、日本人は『同じ』ということに安心する。
友人はそう思わない私にショックを受けたようです。
シンプルに考えても、他人と同じなら選ばれる保証がない。
なんで同じヴィトンのバッグを持つことに安心感があるのかわからない。ということが、独立したからわかる。」

起業は自分の新しい発見。自分の夢を叶えること。
新しいライフステージを作ること。
「人と違う」という理由で選ばれる。
可能性を広げたい。自己実現の欲求。

全ての人々のためになるニーズに応えることは大企業でもできないが、
誰かのためなら、可能だ。

去年から思っている。女性ががんばらないとダメですね。
去年からの実感なんです。
春ごろから男性(経営者)の相談が増えてきたが、男性は助言や発想の転換が受け入れられない。男性ビジネス社会の思考パターンを崩せない。
同じ起業のお手伝いをするなら、女性をお手伝いしないと日本はよくならない。

今年の日経新聞のコラムに「男と女の生産性」というのがありました。
これが結構面白い。
いろんなクリエイティヴィティの高まりは、
男性では、10代~20代に上昇し、30代でピーク。若いときに魅力的だと、40代では保身に廻ってしまう。
女性では、(持論ですが)33歳ごろに転職や留学などの転機が訪れ、ピークは45歳から60歳。
大きな人生の転換期・局面を迎えるが、それはラッキーなこと。
 魅力的な人として人生を送る。
年を取ればとるほど、いろんなものに長けてくる。
「年だから」というのは、行動しないことの理由にならない。
脳科学の見地からも明白。
目の前の仕事に追われず、外に出る。

「自分はこのままでいいのか」と自分に問い直す。
女性は身体で世の中の変化を感じている。
女性は生活の中に、時代の流れを見聞きし、予測している。
これまでの物差し、感性ではダメ。

在日コリアンとして、わけのわからない事業を興した。
起業1年目はがむしゃらで、浸透しなかった。
半年くらい誰とも出会わず、どうしようと悩んだ。
発信を続けていくうち、伝える時間が必要。(緘黙も然り)

3年目で軌道に乗ってくる。
そこで、安心して『狎れ』に陥る。
「狎れ」:とは、いわば胡坐をかいて努力を怠ったり感謝の念を忘れてしまうことだ。
常に初心に返り、次の3年の新しいステップ・課題に取り組もう。
新しい次の潜在能力を蓄えよう。

創業し、自分の事務所を構えたとき、朝日新聞と日経新聞の広告担当者にお世話になった。担当者の審査を通過せず、「なんで?」と思った。
女一人、わけのわからない事業、見送りたいというのがその理由だった。
事務所の開設まではトントントントンと来ていた。
晴天の霹靂(パニックにはならなかったけど)
「どうしよ~う!」と思って、この事態をなんとかしないとと思っている。その時、脳細胞はフル回転。最大限に活性化される。

最終的に「自分の信じることをやる!」
ハードルがあるから、潜在的能力が出てくる。
安定の中からは生まれない。

思い立ったこと、例えば、遠くにいる誰かに会いに行こう→行く
新しいステージで可能性を拓いていく。それが起業家だ!

ここまでは、よくある起業家セミナーのお決まり激励文句で、
多少聞き飽きた感があった。

昼食休憩時間、臨席の年上の女性や斜め前に座った女性と歓談するうち、既に午後からのセッションを待たず、講師を抜きにした
オペラントな井戸端おばちゃん会議が、ゆきんこの親譲りの『狎れ』でしょうか?

「好きなことで、ソコソコ食べていけたらそれでいいんですが、
ボランティアでは飢え死にしてしまいます。」
「そうですよね~。ボロ儲けしたいわけじゃなし、そのために自分の時間を楽しめないのもナンセンス。この矛盾をどうするのか。」


午後からは、円陣に椅子を並べて参加者がお互いの顔を見あいっこしながらの自己紹介トークが3時間以上にも及んだ。

というのも、男性と互角または、男性と違った角度で起業を志す女性の集まりなんだから、リーさんが「3分以内で午前中書いてもらった自分史年表を使って自己紹介を御願いします。」と指示していたとしても、
一人当たりの時間は押し気味になる。

蓋を開けてみるとやっぱり面白い女性たち。

6代目の靴下製造業を営む女性。
「夫は言うんです。『オレは会社と結婚したんじゃない。』って」

父親が創業者で、後継となる技術者と結婚したいという跡取り娘。
「どうして結婚に結びつけるの?とりあえず従業員でいいんじゃないの?貴女はもっと経営マネジメントの勉強をするべきよ。」
と、リーさんの笑いが私にも受けたな~。

それからネパール人の夫を持つ女性は、夫婦で異国情緒のある癒し系のカフェ・バーを営業中。

初老の女性は、牧師の称号を持ち、トレンディな子育て相談に奮闘中。

それから、妹が画家なので、自分はプロデューサーになるか、英会話教室を経営するかという、いかにも資産家?という年配の女性。

生命保険会社に勤務する女性は、旧いシステムに嫌気がさして、
動物を介在した癒し関係の転職を考えている。

趣味の範疇のノンプロの絵描きだったり、WEBデザイナー、詩や文章構成してきたけど、
実績ないから、生計が成り立たない微々たる報酬で、なんとかやってきた。
自分に共通の趣味を持つ人同士の居場所を作り、そこに営利を介在させられないか?

自分は外食が好きだけど、この頃食べ飽きてきた。でも食べ飽きないのはやっぱり、お袋の素朴な料理で、独居老人などは、自炊するのがめんどうな人々には結構人気がある。そこで、宅配なり、独居老人が集まって家庭料理を楽しむようなレストランじゃない「食堂」をしてみたい。

そこで、リーさんのコメント。
「お金がないとき、既存のモノを利用するように知恵を働かせましょう。お年寄りへの家庭料理のサービス、女性ならではの生活に密着したアイデアで、時代のニーズにも合っていますね。それでは、次はゆきんこさん。」
「はい。」
メモを取っていたファイルを椅子に置いて立ち上がると、私の心拍数は同時に跳ね上がった。

「ゆきんこさん、座ったままでいいですよ。」
「あ、はい・・・」

座りなおして、ちょっと間が抜けたが、やっぱり焦って早口になった。
「それでは、自分の年表を元に自己紹介させていただきます。
10年前は、自閉症の療育指導員をしていました。ある自閉症のお母さんから「ゆきんこせんせい、私は子どもがいてできないから代わりに、進学してスピーチセラピストになってちょうだい。」と頼まれました。

翌年、大学に合格したのですが、資格制度が変わりセラピストになることができませんでした。それからアルバイトで障碍児加配の保育士として毎年のように職場を転々とし、ある時は小児科病棟保育士をしたり、
その間、英会話も習ったりして右往左往しながら、生きてきました。

また、特別支援教育士という資格を取る最中に、ABAという行動主義の
心理学の存在を知り、受験したのが2年前で、現在修士課程の社会人大学院2年生です。内容はリー先生の講談と殆どオーバーラップしています。

その経緯で昨年8月にブログを開設し、自分の日常を綴っていましたが、リンクしている方々とのご縁で、緘黙症という障碍を知りました。

皆さん、自閉症や発達障碍ということばはご存知かと思いますが、
緘黙症ってご存じないと思います。
私は、緘黙症の研究とその啓発に尽力したいと考えています。
・・・といっても、今は身動きが取れなくて、本当に最初の第1歩ですから、具体的なことは何も決まっていませんし、不安もいっぱいです。

私自身、集団の面前で話すと、今はこんな感じですが、不安や緊張が
高まって、そのせいで、面接試験もたくさん落ちて苦労したんです。
本当にいやになるくらい、ハローワークのお世話になって、すっかりこの類のセミナーフェチになってしまいました。」

そこで、女性たちは爆笑した。

「私たちには、話せることが当然ですが、世の中にはマイノリティという存在が必ずあります。私の半生はこれまでも障碍のある方々とのご縁が深かったと思いますが、そうした声なき声を代弁し、人知れず苦しんでいる方々のお役に立ちたいと思っています。

たまたまタイムリーにこのセミナーに参加させてもらうことになり、
こうして、起業を志す方々と一期一会できたことを嬉しく思っています。ご助言よろしく御願いします。」

「起業というよりも、NPOのニュアンスですね。それから専門家に要請する働きかけも必要でしょう。」
「はい。」

円陣の女性たちは元の席に戻り、リーさんは最後に締めくくった。
「起業には4つの要素が必要です。①お金 ②ノウハウ ③人の理解・
協力 ④モノ・設備 このうち最も大事なのは②の知・アイデアの力です。他の3つの要素はなくなってしまえばおしまい。アイデアは一度蓄えたら、いくら使ってもなくなることはありません。

そのために、子どもたちへの教育への投資は大事で、詰め込みではない
経験を豊かにする教育の必要性を感じます。」

このセミナーは2回シリーズで、次回、12月2日は個別相談があります。
どっちかっていうと、このメンバーとお食事するのが、週末のお楽しみ!(好子)




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