日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
ご無沙汰していました
2007年06月12日 (火) | 編集 |
すっかりネットの世界から隔離されていた75日間。
つまり、2ヶ月半くらいの期間と考えたら、そんなにブランクもないのかな・・・と気を取り直してみるけど。

その75日間は、私にとっては「劇的ビフォー・アフター」にも相当する
初体験に満ち満ちていた日々、瞬時、瞬間だった。

端的にいえば、更新できず、放置されたままの3月下旬のブログの数日の
うちに、何が変わったのか。

何もかもが変わった。
いや、変わらない物事もあったはずだ。
何が変わって、何が変わっていないのか、
私には鑑別しておくことが、必要かもしれない。

その急激な変化に実のところ、感情を鈍磨させて物事をスケジュール通りに遂行してきたから、後からゆきんこ固有の脳ミソ反芻作業としての
ブログ更新の時間が全くとれなかったのだ。

その最大の理由は、
3月31日に、現在勤務しているの就職先の最終面接に通ったことがきっかけだった。
今、思えば初回面接が、まだ生保レディをしていた最中に10日ほど
残っていた有給休暇を利用して、初回面接を受けたのが3月15日

それから、2次面接が3月28日で、最終面接が3月末日。
最終面接の場所は、大阪城北詰の太閤園という、正に場違いなところ。

その前夜、寝つきが悪く睡眠不足気味で、案内されたロビーの一角に
つい、寛いで目を閉じて油断していると、
面接官の上司が2名現れた。
私の履歴の中で、諸々のはみ出すほどの無駄な資格取得の意図や経緯に
ついていくつか質問を受けたあと、

「通勤の所要時間はどれくらいかかりましたか?」
「2時間20分くらいでした。」
「始業時間は8時半ですが、どうされますか?」
「採用が決まりましたら、独立して勤務先付近に転居したいと思います。」
「それでは、いつから出勤してもらえますか?」
「新しい転居先を探して、移転するまでに1ヶ月ほどご猶予願えますか?連休明けから勤務できると思います。」

・・・というわけで、日本列島の最も優美な桜の季節。
その花びらがほころび、散っていった2週間ほどかけて、
一挙に引越しの大作業が行使された。

4月10日には、プロバイダーを解約して不思議な気持ちで
段ボール箱に自分の荷物を詰めていた。

ゆきんこは、はっきり言ってもうオネエサンではない。
生まれてこの方、H市以外の町に住んだことがなかった。

そんなに大袈裟なことではないはずだけど、
私は親身になって引越しを手伝ってくれた相手に、
「私の人生の予定になかった!」
と何度となく言っては、傷つけていた。

そういうわけで、今日から「ゆきんこの引き出し」は、
何となくリニューアルされて一皮脱皮した
環境と心境の変化のなかでブログの内容も変化していくかも???

75日もご無沙汰していたら、当然ネット社会も随分変わってしまったのだろう。

変わらないものなど何もない。

ネット接続に2ヶ月を要し、親しく懐かしい人々とも隔離された転居先で大好きなブログを更新できなくなった間、PCそのものは辛うじて稼動していたので、密かに「番外編を綴っていた。」フフフ

「自分」というのは、案外、誰かに指摘されないと、
ある程度、セルフモニタリング力に自身があるつもりでも、
あまりにも開けっぴろげで自由奔放に自己開示すると、
相手を驚かせていたことに、ようやく気付いてきた。

しかし、実物の私を知る人は、
案外、ブログで表現するゆきんこよりも、一見まともで控えめな
(誰も言ってくれないので自分で言うときます)
風貌の底に「いい意味で変わっている」と評することが往々にしてある。

ゆきんこは滅多に夢をみない。
今朝方、久しぶりに引越しして以来、夢を見た。

私はオブザーバーのようにある光景を見ていた。
ピンク色の布団みたいにふかふかしたカバの集団が
ふにゃふにゃしながら踊っているともいないともいえずに
蠢いていた。

そのうち中央の一匹のカバが、着ぐるみから出てきた。
学生らしい。
私に自分たちの踊りの出来具合の様子を尋ねてきた。


「どうでしょうか?」
自分の現在進行形の人生に、ブログを綴りだすと、
尚一層、不思議な気がしてならない。
そして誰も答えてくれない難問を頭のなかで反芻する。

それは、昨晩の大学院でも飛び入り講義の最中に投げかけた愚問と同じ。
5W1Hにはない第7の疑問符だ。

5歳児のパパである准教授のI先生が、驚いたような細い瞳で私に質問し返した。
「あなたは、何だと思いますか?」
「わかりません。ちょっと考えてみます。」


う~ん、考えてみよう。
5月のGW明けから次第に実態が明らかになってきた
「20歳児」の皆さん方は、どうやら考えること、感じることが苦手らしい。
彼らの幼児期に遡ることは無意味なんだろうか。
ヒトはいつ、ことばを獲得し、尚且つ、「疑問符」を持ち得たのか?
そして、私はしばしば彼らに第6の疑問符を投げかけるようになった。
「どうでしょう?」
「どう思いますか?」

そうでなくても、ヴィゴツキーのことばを借りれば、
「なぜなに坊や」のままだから、
親しい友人に咎められることもある。

「ゆきちゃんは、いちいち『なんで?なんで?』って聞くよね。
答えられない質問に疑問符を投げかけられても困ることあるんだから。」


じゃあ、なんで、『なんで?』って聞いちゃいけないのよ?
あなたも私も人間だから「疑問符」を使えるんだよ。
質問するから、答えが返ってくる。
その手応えを相手と自分が共有し、生きている証だと思いたいから
コミュニケーションが成り立つ訳だ。


それを生れ落ちた保護者から保証されなかった多くの児童養護施設で
生活を余儀なくされた子どもたちは、
自分の生きている証や価値に納得するのに途方もない迷い道を
彷徨わなければならない。

高々100年余りの歴史しかない人間科学としての心理学にも
時代の潮流のなかで流行り廃れがある。
飛び入りしたI准教授の御題目は、昨今、心理学会で再浮上している
発達心理学者、
ヴィゴツキーの原著「新・児童心理学講義」(新読書者2002)

心理臨床家の目に私は被写体になるとき、
誤魔化すように、無邪気そうに、「何もなかったように」
相変わらず、少女チックに笑っている自分がある。


更新前から変わらずに継続してきたこともあった。
転居と並行して社会人大学院では修士課程3年になった。
続けてお邪魔虫になっているFゼミには、
保育士のKさんが修了した入れ替わりに、音楽療法士のI先生が加わった。

4月以降、毎週金曜日の午後8時から1時間30分お世話になっているのだが、
いつもは多忙に多忙を極めていらっしゃるF先生は、前回
6月8日のゼミには、体調もよくご機嫌麗しいというご様子だった。

「受験には、臨床心理の専門に特化した内容も出題されますか?」
「いや、受験は心理学の基礎知識一般から出すから、そんなに込み入った内容ではないよ。」
「そうですか。」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いえ、知人が受験するのでお聞きしてみました。」
「来年、君も受験したらどうだい?」
「私が??だって、さっき臨床家は公私の境なくクライアントに奉仕するばかりで、何の得にもならないって話だったじゃありませんか。
私、ただでさえド貧乏なのに、もう受験する余裕なんてありません。」

しかし、その場では即答したF教授からの提言は、私の脳裏から
消去されずに今も心に留まっていた。
「先生、なんで私にそんな大それたこというのかな?」
と半分懐疑が渦巻く。

とりとめもなくなってきそうなので、
目下の課題に取り組もう。

1年余り、観察データを集めてきた「イヌと飼い主・子どもとのコミュニケーション行動」の中間報告発表会を翌週18日に控えている。
2年前には集団の前の壇上で、プレゼンテーションだなんてもっての外
だったのに、

生きていくうえにおいて、必要に迫られる諸々の事象によって、
感覚器官を越えた何かの吸引力に導かれ、見かけによらない行動の変容を顕わすことがある。
そんなことって、多分、私だけではないはずだ。



















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2007/06/12 14:55 | 大学院 | Comment (3) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
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2007/06/13(水) 22:37:22 | | #[ 編集]
お帰りなさい!元気そうで何よりです。
プレゼン頑張って!
2007/06/16(土) 10:28:12 | URL | 小林 一弘 #-[ 編集]
なんとか無事に終わりました
小林さん、いつもこまめにコメントありがとうございます。お陰さまで6月18日に発表が終わりました。
更新ネタにしますので、宜しく御願いします。
2007/06/21(木) 13:42:59 | URL | ゆきんこ #-[ 編集]
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