日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
ブログの功罪 その2
2007年07月05日 (木) | 編集 |
6月は2回しか更新できなくて、明後日は七夕を控えている。

七夕発祥地であるふるさとを離れて間もなく3ヶ月になるが、
私の新天地での劇的ビフォー・アフターも梅雨と夏の気だるさがじわじわと漂ってきた気配だ。

そもそも2005年8月下旬にブロクを初めて、ブログの内外では様々な出逢いがあり、3月から4月にかけてはそれが最も顕在化した時節だった。

経済的、心理的に自立することの難しさを肌で感じつつ、
表面的には平静を装ってきた3ヶ月だったけど、
日々、当たり前の家事や生活を軌道にのせるだけで精一杯で、
ブログから次第に遠ざかっている気さえする。

ブログは私にとっては、自分を見つめる心理的な癒し空間の役割も
果たしていた。

ヒトとかかわりたくないときだってたくさんある。
自分探しの旅は一向に見えてこないのに、
ちょっとばかり早く生まれて先生と呼ばれる立場に返り咲くと、
後輩に「世間はそんなに甘くない!!」
と否応なく叱咤激励しなければならない立場にあることを新しい上司に
突きつけられた。

「あなたにどこまで仕事を任せていいのか、迷っています・・・」
「先生にご指摘を受けたことは、過去にも何度もありました。」
「もっと周りをよく見て、あなたがその椅子に座って、どのように
振舞う立場なのかを考えてください。」

それを見透かされる瞬間、
また自分のアイデンティティは揺らぎ、拡散を起こしそうになる。

またオペラントに自発した自分の行動(しなかったことも含めて)
自己責任が当たり前に問われる。

そんな時に、因果なことなのか4年前に在職していた知的障碍児施設の上司から手紙が舞い込んだ。

中身は、半年で退職に追い込んだことへの私に対するお詫びの手紙だった。

私自身は特段の障碍がなくとも、社会的弱者の周辺で社会自立に困難を感じてきた当事者であり続けてきた半生と反省から、
責め口調には過敏に号泣してしまう癖がある。

社会人大学院に進学したのも、
そこに大学院があったから、
そこに憧れの先生がいたから、
という単純・不純な動機だ。

それを曲がりなりにもなんとか続けてきたけれど、
他大学大学院で心理学修士を修め、若干社会人2年目のW先生が
心理学の専門書がズラリと並んだ隣のデスクで飄々と言った。

「心理屋なんてペテンですよ。」
「自分も含めてそう仰るんですか?」
「ええ。」

私は心理屋さんなどと思ったことがない。
だけど、私の周辺には私を心理屋さんだと思って近寄ってきた
当事者はかなりたくさんいたし、ボランティア丸出しで癒された人々も
少なからずいらっしゃったと思う。
私を直に知る学校関係者や履歴から「あなたは専門家」だと評して下さる人もいる。
でも、私にはいい年こいてその自覚も自信も依然としてないのだ。
そして、私のインナーチャイルドが泣き叫ぶのだ。

「やめてよ!私、ヘタレなんだから・・・」

ネコも杓子も誰もが心理学に関心を持たざるを得なくなった時代に、
今更、これ以上、少子高齢化の罪人のように心理学に投資を続けて食えないプロになっても、
当事者に逆恨みされるリスクも過去の辛酸から知り尽くしているつもりだ。

「心理屋さんよりも、お掃除おばさんの方が余程ご飯食べていけると思うんです。」
「あんた、うちの奥さんとおんなじこと言うねえ。」
6月29日、学校心理統計法の時間、SPSSという統計解析ソフトの入力をしながら指導教官のA先生が仰った。

仮に、もっと財産と知性に恵まれてアメリカ留学で心理学博士を修めても、外国でも食えないし、日本では余程の研究論文のバンバン書き続けて実績を上げないことには、これまた食えない心理屋さん。

それなのに、救いきれない当事者は無尽蔵に膨れていて、みんなが
バーンアウト寸前・・・

・・・なんてまた悶々としていたら、学校へ出かける時間が迫ってきた。
今夜は、「児童精神青年病理学」で講師は、精神科医のI先生だ。










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2007/07/05 16:27 | 大学院 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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