運動会の予行

アメリカにはハリケーン「リタ」がいよいよ上陸したとニュースの
冒頭に告げている。
夏ももう終わりのはずだが、今日は曇り空だというのに、
汗をかいて午前中を過ごした。
10月の運動会に向けて、H保育所では運動会の予行練習を行った。
わたしは、道具の出し入れの係りを担当した。
鉄棒に、マット、平均台、小道具、畳まである。

運動神経と、その場での俊敏な判断力、体力がモノをいう
こういう役どころは最も苦手な私。
だから、保育士たちに揶揄されたり、「やめれば」「不向きだ」と
罵られてきた。

自分で自分を笑うしかなかったのは、
2歳児クラスの演技が終わった後に、道具を戻しに
出たのだが、次々と他の保育士たちが、道具を運んだ後に
何も残っていなくて、そのまま手ブラで、引き返したときは、
恥ずかしいのと、まるで自分のツイてなかった人生を
暗示するようで全くバツが悪かった。

わたしにとって、同業者の保育士は
「子どもにとっての理想的な良妻賢母的存在」
というのは、幻想のように思われることもある。
しかし、弁護を許してもらえれば、子どもというのは、
決して可愛いだけの存在でなく、
その発達の途上でなんやらかんやらやらかしてくれる人々であり、
笑いあり、涙あり、バトルあり。

その両者の相互作用は、時に嘆かわしいムードへ変貌することもあれば、ラブラブに好転することもある。

また、夫婦不仲な間の子どもがダブルバインドに苦しむように
保育士同士が不仲だったり、性格の不一致があると
子どもの人格形成にもいい影響を与えるとは思えない。

わたしが、この保育所でどうでもいい目障りな
窓際保育士であることも、お部屋のなかで
がんじがらめになっている保育士たちにとって
ありがた迷惑な存在であることも自覚しているから、
全ての保育室ではないが、主任の指示で、
飛び入りお手伝いをするのは辛かったりする。

普段の担任と子どもとの関係は良好なのかどうか、
いちいち気にするまでもなく、わたしはタダの
お掃除おばさんにしか過ぎないのだが、
部屋に入るとすぐに、ム~ンと険悪なオーラを
感じつつ、「お手伝いに入らせてもらいます。」
とその部屋に入ると、2歳のYちゃんが
「ゆきせんせい」と微笑む。
「あら、Yちゃん、せんせいの名前知ってたの?」
そのやりとりに、担任が面白くないのは、想像して
もらえるだろうか。

その敬遠のある保育士に、予行の最中に
もたついていたにしても、片手で突き飛ばされたときには、
「やっぱり、わたしのこといやなんだ。」
と確信した。

5歳のRくんは笑顔でフェンスの向こうから手を振っているのに
驚いて、加配のT先生に尋ねると今日は療育施設へ通う日だという。

午前中は、肉体労働でいい汗かいて、子どもたちもめいめいが
非日常のムードでがんばっていた。
印象に残ったのは、2歳クラスの平均台くぐりと4歳児の玉入れ
案外籠の中に狙って玉を入れることの難しさと、一人一人が
集中して投げ入れていたのがよかったし、わたしも
「おし~い!」「ねらってねらって!」「やったー!はいったー!」
と掛け声に熱が入ってしまった。

昼休みは、昨日から引き続き、所長や主任たちは
職員旅行のお土産で買ってきた炭酸煎餅の話をしていた。
管理職たちと入れ替わりに、乳児室の保育士たちが入ってきて
わたしは、徐に15日の課長とのことや自分の心境を述懐した。
「所長が朝礼でいくら信頼関係と声高にいっても、課長がわざわざ
出向いてわたしに辞めろと言いにくるなんて、パワハラじゃない。
わたしに子どもがいたとしても、預けたいなんて思わない。」
「わたしも、正職員だけど、確かにこの10年で保育環境は悪くなったし、自分の子どもは隣のY市に預けた方がよかったと思っているよ。」
「乳児クラスの子達、人見知りがひどい子ばかりなのに、
ゆきんこさんが初めて来たときから、誰も泣かなかったし、
みんな嬉しそうでしたよね。」
「先生方が、わたしを温かく迎えてくださったからです。
他の保母さんとはあまり上手くいかないから・・・
だから、乳児室の仲間入りをしてどんなに嬉しかったか。
でも、課長の命令だから、もうH市では勤められません。」

1時前から、昼食を摂って、45分ごろ遊戯室に入ると、
3歳のY君がまだ寝付くことができずに、担任が手を拱いていた。
「この子トントンして」
わたしが交代すると、Yくんは自分から寝ようとする体制をとった。
それを見て担任は、苦笑いした。
「何かおかしいですか?」
「うん、おかしい。」
Yくんは、わたしとRくんのトントンの様子を見ていたのだろう。
全くかかわったこともないわたしの膝に頭を乗せると
それでリラックスしたのか、目を閉じて10分以内に眠った。

2時から職員会議で正職員が席を外すと、気のせいか
午睡から目を覚ました子どもたちは、羽を伸ばしているように見える。
わたしが3歳クラスの穴埋めをするのに、子どもたちの
テーブルに座ると、彼らはやっぱり嬉しそうにしていた。
「みんなたまご上手に運んでたね。せんせい見てたよ。」
乳児室にきょうだいのいるYちゃんとMちゃんは、その話も
嬉々とする。子どもたちが伸び伸びと屈託なくおしゃべるする
その姿にわたしも微笑むと、Yちゃんはチーズの包み紙を
わたしに渡して「せんせい大好き!はい、お手紙」
「ありがとう。ほんとだ、先生大好きって書いてある。
せんせいもYちゃん好きだよ。」
同じテーブルの子どもたちも笑っていた。

その後は、窓拭き掃除をして退勤時間まで過ごした。
非常勤のM保育士から自閉のJくんのエスケープに付き合って
保育に加わるように要請されたが、
「ごめんなさい。子どもたちとかかわるのを控えているんです。
また何かあるといけないから・・・」

「わかった。Jくん先生とボール遊びしよう。」
「♪なげてとって、なげてトン!」
懐かしい聞き覚えのあるメロディーにJくんもわたしも
ノリノリになった。

雑巾を洗っていると手洗い場の横にあるアヒルのララとイブキが
うつ伏せにひっくり返った餌の容器をくちばしでつついているのに
気づいた。
「そうか。ララちゃん、今日運動会の予行があったから
当番の先生に餌をもらっていないんだ。お腹空いたんだね。」
そう声をかけてカギに手をかけると、その途端、
普段は鳴かずにうずくまったままの2羽が共に大きな声で鳴きだした。
「うわぁ、よくわかってるんだ。すごいね!」

餌のことを用務のKさんに聞くと
「ああ、大丈夫よ。あなたの仕事じゃないから、勝手に檻を
開けないで。」
「ごめんね、ダメなんだって。」
鳥には人間のことばが随分わかっているみたいだ。
ララとイブキは諦めて元通りにうずくまった。

自転車で市街地へ向かう街道を走る途中、日暮れの始まる曇り空に、
鳥の群れが頭上高く渡って行った。
わたしは見上げて思った。
「人に飼われていなければ、自由に空を飛べるのに。
人間だって、自由が一番いいはずなのに。」




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