日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

---------------------------------------------------------------

--/--/-- --:-- | スポンサー広告 | | Top▲
平成19年度学位授与式
2008年03月22日 (土) | 編集 |
春麗ら
今日から甲子園球場で選抜高校野球大会が開幕した。

公私共に、出会いと別れ、そして自分自身が内面と外面とが脱皮している今日この頃だ。


21日もうすぐ正午というギリギリの午前11時40分ごろPさんに電話をかけて出発した。
「おめでとう。今まで、3年間がんばったね。」
「うん。大学院に入学していなかったら、Pさんには会わなかっただろうね。
それじゃ、今から行ってきます。」

午後2時。
待ち合わせ場所は阪神岩屋駅
ぽかぽか陽気だけど、風力はいささか強めで交差点を行き交う人々の上着の裾をあおり、
ヒュウ~と音がなる。

しかし、お相手のSさんは運転中なのか、携帯がなかなかつながらず結局、落ち合ったのは
目的地の「兵庫県立美術館」

論文作成の真っ只中からテレビをチラっと見ては、開催中に絶対鑑賞したかった「ムンク展」に
学友のSさんを誘っていた。
なぜなら、「社会人大学院生」という特権が使えるのもあと10日。
どんな特権かといえば、学割の利く入場料だ。
一般社会人なら1000円だけど、学生なら前売り券を購入すれば700円。

まだ建てられて数年にもならないという真新しい美術館の3階へ入った。
「Sさん、ムンク好き?」
「嫌いじゃないよ。この前は日本画を見に行ったんだけど、私は洋画の方が好きやわ。」
「もしかして、神戸の浮世絵?」
「そう。洋画はサイズも大きいし、大胆だから」

平日の午後ならかなり人手も空くだろうと予想していたけど、案外多くの人々が鑑賞に訪れていた。
1年前には、Pさんとダリ展を鑑賞したのだが、どんな作品展に誰を誘うのかによって随分鑑賞のしかたは違うものだ。
Pさんは、何事につけ一度集中すれば、結構とことんのめりこむところが、ゆきんこのそれを凌駕しているな~と尊敬している。
鑑賞時間もじっくりゆっくり殆ど私語もなく一つ一つの作品を堪能しながら鑑賞していた。

Sさんと私の共通の話題は、大学院仲間同士でどうしても「研究」になる。
Sさんは、修士論文の作成と同時進行で3月上旬に、博士課程の受験を終えて進学先も決まったところだった。
だから、話題は目の前の「ムンク」の作品に集中できず、且つ鑑賞者の数が多いと気が散ってしまったことが、かなり残念だった。

本当にゆっくり鑑賞したいなら独りでくるべきかもしれないけど、そもそもかしましいからやっぱり
誰かを誘って、その場で見たまま感じたままを述べ合える友人と鑑賞したいのが、ゆきんこ流。

本物を直に眼にする醍醐味は、ブラウン管や印刷物からは感じ取れない、作品そのもののオーラや
アーティストの筆の質感をとらえることができることにある。

ムンクの「フリース」には、ムンクならではの筆づかいだけでなく、やっぱりあふれ出てくる何かがあった。
そのあふれ出る何かというのは、一言でいって「カリスマ性」というのかどうか適合することばは
見当たらない。
「職業的にはアーティストと研究者って似ているんだって。」
「テーマに沿って何もないところから順序立てて作品に仕上げていくものね。」

確かに、人を惹きつける魔力というか、魅力というか目に見えない「それ」は何だろう?
やっぱりオーラですか?
若き日のムンクは、漠然とした不安と死と隣り合わせにある生を描き、寧ろそうした作品が彼を有名にしたのだろう。
だけど、私は年を経て明るい色彩でおおらかに描かれた作品の方が断然好きだ。
清清しい空の青と緑、憩いの公園で抱きあう男女のモチーフは安らぎを感じる。

因みに、私自身の論文自体も、加齢と共に自身のキャラクターの変化も織り交ざってきたように思う。
1作目の学部生時代は、「生き方についての一考察」というテーマで、病気、自殺、殺戮のノンフィクションを取り上げた実にネクラなディスカッションで検討した。
今回3作目は、1万年も共生してきたイヌが子どもと大人をつなぎコミュニケーションを活性化する一助になるだろうという観察データを収集した。

ショップでは「不安」というタイトルの絵葉書を1枚100円で買った。

Sさんの車で移動し、最寄のマクドでハンバーガーを食べた。
それから、午後5時30分。20日ぶりに海沿いの大学院へ到着した。
修了式1時間前の館内は、いささか厳かな雰囲気に包まれていた。
ガラス扉を開けて毎回挨拶を交わしていたMさんも濃紺のスーツ姿だ。
「こんにちは。その後かぜはどうですか?」
「ありがとうございます。でも、花粉症はもう10年くらい毎年・・・(笑)」
「あ~、花粉症じゃない人の方が珍しいかもしれませんね。
修了しても出没すると思うのですが、もうお会いする機会が少なくなるのは淋しいですね。」

おさわがせ大学院生だったゆきんこ。
年若いのに凛としたMさんにいつもご厄介をかけては、私語も挟んでちょいとコミュニケーションを楽しんでいた。
お陰で、PさんだけでなくMさんもよく笑って接するようになった。

ここからが、最後の最後まで大学院生魂の抜け切らないところ。
お決まりの図書室のテーブルの端にカバンとコートを置くと、
まずは、常連院生のNさんの隣に腰掛け、PCの暗証番号を入力した。
「もう来てたの?先日はありがとう。その後、どうなった?」
「どうって何も・・・」
「じゃあ、アルバイト登録?」
「うん・・・多分ね。あなたは?」
「4月から働くよ。」
「決まったの?」
「うん。もう保育所じゃなくて今度は18歳以上の障害者の施設。」
「ふ~ん、よかったじゃない。」
「ありがとう。ところで、入ります?」
「何が?」
「『結婚しましたハガキ』作ったんだけど、もし迷惑なら受け取ってもらわなくてもいいし。」
「ええ、まあ、どっちでも・・・」
どっちでもという返事の場合、通常判断に迷うけど、Sさんと共に論文作成の渦中を共にした
同世代の印に手渡すことにした。

それから専門学術誌を陳列したコーナーの4月号を物色したり、いつもは目を通せなかった臨床心理学関連の文献の目次をざっと見て、関心の高い項目をいくつかコピーした。

面識のある人にはもちろん、Pさんが手作りしてくれた私の真新しい名刺を配れるだけ配った。
「3月3日に名前が変わったので、それも兼ねて・・・」
「あら、ホントに名前変わって結婚したの!それはダブルでおめでとうございます。」
そういえば、狙ったわけでも何でもなく、婚姻と大学院修了は殆ど同時に押し寄せた人生の2大イベントには違いなかった。

他コースで殆ど会釈しかしていなかった遥かに年配の同期の修了生の方々も新姓になった私の名刺を快く受け取ってくださった。
「まずはHPにアクセスしてください。それから、できましたら掲示板にコメントも御願いします。」
こうして、名刺を配布していたら、1時間はすぐに経過してしまった。

6時30分。
式典会場の講義室4・5に移動する人々が次第に集まった。
入り口で事務係りの方に学籍番号と名前を告げると、パンフレットをもらった。
なんと各コースごとに指定席になっていて、私は最前列の7番目だった。
真正面は教壇に金屏風、向かって右端に学旗と左端には、日の丸が掲げられていた。

「いやだ~・・・一番前なんて」
既に中央に陣取っていた2番目に在籍数の多い生活・健康系コースの面々は余裕でスタンバイしていた。
しかも、5分前になっても同じコースのMちゃんもY先生も姿を現さなかった。

事務連絡がアナウンスされていた開始寸前に、両隣の同期生も着席した。
「おめでとうございます。すごいですね。ご結婚も決まって。」
「既に2児のヤンママのあなたに言われたくないわよ。」
「これから子どもはどうするんですか?まだ産めますよ。」
「それも、セクハラオヤジの台詞!パシッ!!」
そのはしたない暴言と同時に博士帽のいかめしいお偉い先生方が参列して目の前を通過された。

午後7時。会場は静寂に包まれて、「平成19年度学位授与式」が開式された。

式次第 開式の辞
     学位記授与
     学長式辞
     修了生代表挨拶
     来賓紹介
     閉式の辞

学位記を授与された社会人大学院生は総勢50名
そのうち、ゆきんこの所属する幼年教育コースは6名だった。
学長のK先生が花粉症で喉を痛めておられるのをおして、一人一人丁寧に読み上げて、厳かに
授与してくださった。
「おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」

続いて、学長式辞
「皆様に餞のことばを2つ申し上げます。ひとつは昼間の大学院生へ、もうひとつは学部生へ贈った
餞のことばです。」

クリスチャンでもあらせられる学長のK先生は、ひとつめに「最澄」の教えをわかりやすく説いてくださった。
足元の自身にできるささやかなことを責任をもって行うこと。
現行の政治に象徴されるように、大事業や壮大な構想があっても、実行できなければ多くの人々を混乱させるだけである。
しかし、どんなに小さなことでも自分のできることを確実に実行し、責任を果たすことが肝要なのだと
説いてくださった。

2つめには「REFLECTION」自省、ふりかえるということ。
社会人大学院生として入学するまでの道のり、学業を終えて歩き出す道のり、
その岐路に自分自身の生涯学習の過程をふりかえることが大切だ。
常に振り返り、心を耕すことしてほしいと説かれた。

10年前の修了式の祝辞のことばも蘇った。
そのことばは「Think Glovaly Act Localy」だった。

式が終わるや否や、職場では教鞭を執る方々も役割変わって「先生も学生」の修了生たち
とりわけ、多数派の教育臨床心理学コースの袴姿艶やかなセラピストの女性陣が、
金屏風の前でデジカメ撮影を躍起に始めた。
両隣のMちゃん、Y先生ともデジカメ撮影したあと、彼女たちは所用で早々に引き上げた。

幹事係りの在校生たちが、懇親会の隣室に案内するが、なかなか移動しない。
数十名の人々を統制するという仕事は同業者同士でも儘ならないものだ。
ましてや、「テメエのいうことなんかききたくねえんだよ」という方々を相手に束ねるのはどんなに骨が折れるだろう。

廊下で幼年コースの諸先生方に挨拶して、ようやく指導教員のY先生にもご挨拶した。
図書室に戻って、Y先生に改めて『結婚しましたハガキ』を手渡した。
幼年コースの在学生の先生方が、会を進行してくれた。
まずは、紙コップに飲み物を注ぎ、全員で乾杯!

「ゴンタくれですみませんでした。」
「いやいや。」
「すみません。夜は私一人なのにわざわざ来てくださったのですか?」
「一人だってゼミ生だからね。」
「お忙しいのにありがとうございます。夜は私1人でしたが、昼のゼミ生さんは4名でY先生はとても大変だったと聞きました。」
「あ、わかってくれた?」
「はい。私1人でも大変だたったのに、全員で5名だったのですから・・・」
「まあ、留年生が2名いたからね。」
「先生もようやく肩の荷が5人分降りたのですね。」
「ホント、そうだね。」
「ご心配をおかけしましたが、就職も決まりました。」
「そう!いや~よかったね!!」
「はい。今度は障害者の授産施設で正職員として採用していただくことになりました。」
「正職員か。前の専門学校を紹介したのも無駄ではなかったのかな?」
「いえ、とんでもないです。先生が敢えて私の腕試しにと白羽の矢を立ててくださったにもかかわらず、結果として不適任だったのですから・・・
あの転職と転居がなければ、結婚もなかったと思います。」
「新婚生活はどうなの?」
「まだ当分は実家にいて、私の仕事が安定したら新居を探すことになっています。
今回、先生のご指導で子どもと大人というテーマで論文を書かせていただきましたが、
改めて自分は大人なんだろうか?まだ子どものままなんじゃないだろうかとことば1つ1つの字義にも
ますます疑問が募るようになってきました。でも、4月からは田んぼを耕します。」

はてさて、宴もタケナワとなってきたころ、ゆきんこの目標に向かっての行動を起こすときがやってきた。3年前初々しかった入学の頃からすると、殆ど「不安」を感じることも少なくなった、いや、相当面構えも厚くなったオバタリアンかもしれない。
会場の両脇に各コースごとにかたまって会食しているので、自ずとお偉方数名のコーナーは閑散としていた。そこへ、さも無邪気にゆきんこおばさんはこの会場で、いや、恐らく日本の教育界において最強の権威を誇るその方に声をかけた。

「あの、K先生失礼致します。」
「名前が変わりまして、新しく名刺を作りました。お受け取りいただけませんか?」
「どんな活動をしているのですか?」
「はい。2006年に発足した新しい会ですが、当事者の方々も保護者の方々も学校現場で大変お困りのようです。先日もある保護者の方から一人ではお子さんのことを学校へ要望するのはとても勇気がいるそうで、私も同伴で学校を訪問しお話を伺ってきました。幸い、特別支援学級の先生が大変真摯に応じてくださり、貴重な対談ができたと保護者の方にも喜んでいただいてきました。」

学長のK先生も親身に傾聴してくださり、「名刺を介して」朗報を伝えることができた。

さらに、ひときわ盛り上がりっぱなしの教育臨床心理コースの面々が集団撮影を終わった直後、
介入した。
まずは、EMDRの第1人者であるI先生に渡した。
手渡した瞬間のI先生からの確たるリアクションはなかった。
しかし、全く知らないというわけでもないI先生の微妙な反応を私なりに感じ取っていた。
所詮、自分の範疇にない障害には、「プロトコル」という専門語をはじめとする不可解な分厚い専門書監修の第1人者といえども、こんな感じなのかもしれない。
「すみません、臨床コースの修了生さん方ですね?」
「はい。」
私は名刺を次々と差し出し、挨拶してHPへのアクセスとコメントを求めた。
「どうか当事者の方々のために論文を書いてください。支援者を募集しています。」
そこで、どうして質問なり、興味・関心の反応がないのだ!?
君たちは、臨床家なんじゃないのか!?

もちろん、修了式後の懇親会という場所で名刺を配るのは場にそぐわない行動なのかもしれなかった。
でも、私がこの夜の大学院で現役生として振舞える最後の活動だった。
何だか無神経・鈍感そのものに見えるこの人たちが「臨床心理士」だなんて私の偏見だけど全く信じられない。
だって、被虐児だった私はいくつになっても振りかえる度にいつだって高感度でセラピストを品定めしているのだから。

「終わった・・・」という感じ。
それは、子ども時代の無邪気な達成感とか、突っ走った後のランナーの爽快感とは違っている。
結婚や、修士号の取得、新しい出会いと就職
いつになく「おめでとう!」といってくださる方々の笑顔が連呼され、コダマしている。
本当にありがたく、嬉しいことだなと感謝の気持ちでいっぱいだ。
今までの苦しかった泣いてばかりいた日々が嘘のような、一体、皆さんは誰に祝福と賛辞を贈っているのだろうか?
憂いに満ちた過去には、私は人々の幸せを心から喜ぶ人であっただろうか?

でも実は、なぜか素直に喜べない、気がかりなことは表面の慶びごとの背後に渦巻いているからなのかもしれない。
「禍福は糾える縄の如し」

明日の今頃は、6日間日本をエスケープするのだから、そろそろ旅支度を始めよう!















「P





スポンサーサイト

---------------------------------------------------------------

2008/03/22 15:01 | 大学院 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
おめでとうございます。ホントに良かった。
・・・で、ハネムーンで今頃どちらに?
2008/03/23(日) 17:12:11 | URL | 小林 一弘 #-[ 編集]
おめでとうございます!\(^O^)/
ほんとに春爛漫ですね。
このテンプレートのように。v-252
いいなぁ。羨ましい!
私も頑張って仕事を片付けて、ハネムーンは無理なので、
取りあえずお花見に行きたいです。
・・・多分、近所のスーパーの横の公園に。
う~む、スケールが小さすぎる。(^_^;)
2008/03/25(火) 00:53:33 | URL | とらっぴぃ~ #QUXM23xI[ 編集]
ハネムーンは未定です。
小林さん、何だか本当に兄貴みたいなコメントを
いつもありがとうございます。
またもやファームステイが後回しになってしまいました。
4月から田植え修行が始まりますので、ご指導宜しく御願いします。
2008/03/29(土) 20:21:49 | URL | ゆきんこ #-[ 編集]
スケールは自分らしく・・・
とらっぴぃ~さん、ありがとうございます。
これからは春爛漫のお花見のシーズンが楽しみですよね。
私も羨望感の強い方ですが、ある時期から自分のできることを自分らしく楽しもうと気持ちを変えてみました。
とらっぴぃ~さんならではの春爛漫、お花見をめいっぱい楽しんでくださいね。

2008/03/29(土) 20:30:12 | URL | ゆきんこ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。